FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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貴方のために歌いましょう

貴方のために踊りましょう

それで私の存在は許されるのだから





悪魔

 

 

 

ふわりと、月夜に白いコートが舞う。

月の光を反射して、自ら輝くような白さを誇るその光景は、側から見ても美しい。

だが、それと対峙しているのはバケモノであり、負の遺産とも言われる悪魔だ。 物の価値観など人のそれと同じではないし、なによりその悪魔はそんなものは持ち合わせていない。

 

 

人の魂を喰らう

 

 

それだけが悪魔の存在理由であり、存在目的だ。 それを考えれば目の前の白いコートに身を包むカイトは食事を邪魔する闖入者である。

鬱陶しいハエを追い払うようにその巨腕を振るうがまるで効果なし。 風に揺蕩う木の葉のように足場のない空中でふわりと舞うだけだ。

 

「小癪な……‼︎」

 

物理攻撃は薄いと判断し、樹木の虚のような口から魔力の塊を発射する。しかし、振るった腕の軌跡に魔力が迸り、魔力の塊と衝突した。

小規模の爆発が起こるが、カイトにダメージを与えた様子はない。 最初と同じようにカラカラと笑っているだけだ。

 

「カッカッカ♪ どうしたんだい、悪魔(ララバイ)。負の遺産とまで言われたゼレフ書の悪魔の実力は、こんなものではないだろう?」

 

かかって来い、とばかりの挑発に少なからずイラつくララバイ。

切り札である呪歌を放とうと考えるが、しかし1人のために大量殺戮魔法を使うのも躊躇われる。 なにより負けた気になってしまうのが嫌だ。

 

だからこそララバイは当初の予定通り巨躰を活かした、質量任せの攻撃を行う。 腕を振るい、脚を蹴り上げ、口で噛み砕こうともする。

しかし、やはりのらりくらりとそれらの攻撃はかわされる。 そうしてララバイの拳を後退してかわした瞬間、ここにきて初めてララバイがほくそ笑む。

 

「かかったな!」

 

握った拳を開くと、大樹のような指が枝分かれするように伸びる。 さすがに予想だにしていなかったのか、呆気なく捕らえられたカイト。身体中に巻きついた枝は成人男性の腕の太さほどはあり、簡単に引きちぎれるはずもない。

 

「このまま捻り潰してやるわ!」

 

ぎゅっ、と拘束を強めるララバイ。 数秒後にバラバラに引き裂かれるカイトの姿を幻視して笑った。

だが不意に、指先から伝わる肉を締め付ける感覚が消えた。 もっと言えば指先の感覚さえも。

 

影絵(シャドー・ピクチャ)ーーー偽・仏斬大鋏(ぶつぎりおおばさみ)

 

「ガァッ‼︎」

 

カイトの影から伸びる巨大な二本の刃が交差。何の抵抗もなくララバイの指先は切断されていた。

それを認識した瞬間に走る痛み。 大きく仰け反って二歩三歩とカイトから距離を取る。

 

切断された指先を確認し、忌々しくカイトを睨む。 影から浮き出た魔法はいつのまにか元に戻っており、まるで幻覚でも見たかのようにも思えるが、カイトの体に力なく巻きつく己の指先がそれを否定していた。

 

「やれやれ、今のはちょっと驚いたよ。さて、受けてばっかりも飽きた事だし、反撃するとしようか」

 

「ぬかせ!」

 

反撃の機会は与えない。

切られたのとは反対側の腕を上から振り下ろす。 今度こそは確実にその身体を捉えた感触が腕を伝い、そして地面に叩きつけられた。 油断することなく口から魔力の塊を撃ち、続けざまに何度も拳を振り下ろす。

すっかりと辺り一帯の地形が陥没するほどの攻撃を加え、ようやくララバイは攻撃の手を止める。

 

これだけすれば大丈夫だろうと。

 

これだけすれば死ぬだろうと。

 

「やぁ、気は晴れたかな?」

 

だが、その陽気な声を聞いた瞬間、背筋がぞわりと震える。 背骨を直接撫でられたかのような不快感が生まれる。

そんなララバイの姿を楽しむかのように、肩に乗っていたカイトは口を大きく開けてその首筋へと牙を突き立てる。

 

魔力吸収(エナジードレイン)

 

「ガッ‼︎ き、貴様‼︎」

 

刹那、ララバイの身体が足元から崩れ落ちる。なんとか片腕で伏すことは回避するが、それでも少しでも気を抜けば倒れてしまいそうな虚脱感。

 

「オ、ォ、ォォォ」

 

抵抗らしき抵抗もできず、大樹のような肌が端の方から枯れていく。 その態勢からもはや微塵も動けないほどの体力や精神力、魔力が吸われたのを確認するとようやくカイトは口を離し、ララバイの目の前へと降り立つ。

 

「ご馳走さま。 食事としてはまずまずだったよ」

 

「き、きさま……」

 

「おや、まだ話せるとは予想外。 カッカッカ、意外としぶといんだねぇ」

 

目の前でカラカラと笑う、嗤う、嘲笑う、悪魔のような道化師。

違う、とララバイは思考する。こいつは 我々(ゼレフ書の悪魔)とは違う、別種の悪魔だと。

造られた悪魔ではない、元より存在する悪魔なのだと。

 

知っている。

ララバイは知っている。

 

この存在を。

この存在の危険性を。

 

経験ではなく知識として知っている。

 

「………どうやら、なにか知ってるみたいだね」

 

まぁ、これだけヒントを出せば当たり前かとまた笑い、ひとつ指を鳴らす。 展開された足元の魔法陣。 そこから伸びる影の大きさはこれまでの比ではない。 ララバイよりも一回り小さいとはいえ、それでも恐るべき巨大さ。

 

「さて、色々と聞きたいかもしれないが、そろそろお客さんが帰ってくる頃合いだ。 新たな幕を開く前に、舞台を綺麗にしないとね」

 

巨大な影は拳を握る。 そしてカイトの動きに合わせるように、ララバイへと標準を向けた。

 

「きさま………貴様は………っ‼︎‼︎」

 

影絵(シャドー・ピクチャ)ーーー偽・魔王ノ御手(デーモンハンド)‼︎」

 

ふり抜かれた拳は周囲の土塊や木々を巻き込み、有象無象と変わらないとばかりにララバイ(悪魔)を宙へと吹き飛ばした。

 

役目を終えて姿を消すカイトの魔法。後に残るは荒れ果てた土地。 遅れて中心からへし折られた笛状態のララバイがカイトの足元に落ちる。

やり過ぎちゃった、と内心で反省しつつ、反対側の林から現れたギルドマスターたちに舞台役者さながらに深々とお辞儀をするのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

大丈夫大丈夫と、どこか他人事である面々に発破をかけ、林を駆け抜けたルーシィは目の前の光景に絶句する。

 

地形が変わるほど荒らされた大地を見たからではない。

 

悉くなぎ倒された木々を見たからではない。

 

巨大なララバイの姿がどこにもないからではない。

 

もっと単純に、目の前の白い服に身を包んだ人物に見惚れていたのだ。

その装飾と仮面が特徴的で、姿だけで言えば道化師とも言えるだろう。だが、月に反射して輝くその人はどこか幻想的で、混じり気のない白は高貴的でありながらも袖にあしらわれたカーテン状の装飾が高圧さを感じさせない。

見た目と印象のギャップが大きいその人に目を奪われ、言葉を失っていたのだ。

 

「ったく、だから大丈夫つったろ?」

 

グレイの恨み言のような愚痴に意識を取り戻し、詰めかけるようにして彼を指差す。

 

「そ、それより、あれ!あれ‼︎」

 

「あ? あいつがどうかしたのか?」

 

「知らないの⁉︎ 道化さんだよ、道化さん‼︎」

 

興奮するルーシィを鬱陶しそうにしながら目の前の人物を見る。

たしかに道化と言われそうな姿格好だ。 しかし、中身を知っているグレイからすれば驚きはない。

 

その正体を言おうとするが、「ほら、これ‼︎」とルーシィから雑誌の記事の切り取りを渡される。

 

読めば読むほど誰だこれ、と言いたくなるような美談ばかり。 写真は目の前の人物と同じものが載っているが、絶対に村人を憂いたり、義憤に燃えたりなどの理由でいくつかの闇ギルドを潰した訳ではないだろう。厄介ごとに巻き込まれた結果であると当たりをつけるグレイ。

 

隣にいたナツに手渡すと同じような反応を示していた。見せて見せてー、と興味津々なハッピーに手渡すと、思わずうわぁと声を漏らしていた。

 

「すごいでしょ⁉︎ もうあたし大ファンで‼︎ サインもらえるかな⁉︎」

 

「あー……どうすンだ、これ?」

 

「ハッピー、頼んだ」

 

「オイラ人の夢壊したくないよ」

 

1人テンションの上がるルーシィを他所に、グレイ、ナツ、ハッピーの3人はお前がいけ、いやお前が、と現実を突きつける役を押し付け合っていた。

 

我慢の限界とばかりにサインをねだろうとするルーシィの脇をエルザが通り過ぎる。 その手に持つのは一本の劔。 鎧を着ているとは思えない速さで接近すると、劔を正中線上に振り下ろした。

 

「成敗‼︎」

 

「きゃあああああ⁉︎」

 

突然のエルザの行動にルーシィは大慌て。 腰に抱きつく形で止めようとするが、いかんせん力量差が激しい。ほぼ引きずられるような形になっていた。

 

「ちょっ、エルザ、落ち着いて⁉︎」

 

「ええい、避けるな‼︎ じっとしていろ‼︎」

 

「カッカッカ♪ 無茶言うねぇ」

 

カラカラと笑う道化。 その特徴的な笑い声にルーシィの動きが止まる。

 

「えっ………も、もも、もしかして………カ、カイト?」

 

「カッカッカ♪ そうだよ、カイトだよ♪ ちょ、エルザ? マジで切ろうとしてない? やめて、切られると痛いからやめて。ルーシィもエルザを止めてくれると嬉しいなぁ‼︎」

 

上段からの斬撃を白刃どりで受け止めながらも、徐々に剣先はカイトに近づいていた。

信じられないとばかりにショックを受けるルーシィ。

 

素性を明かさないミステリアスな雰囲気で、雑誌の取材にも応じない徹底ぶり。 写真でさえ取れたらラッキーほどの目撃談の低さ。

そんな彼に憧れを抱き、羨望の眼差しを向けていた。

 

だがその正体は楽天家でいつもヘラヘラと笑っている、とても好印象とは言えないカイトだったのだ。

ルーシィの抱いていた理想は崩れ去り、辛い現実が突きつけられる。ショックのあまり両手で顔を覆うと解放されたエルザの斬撃がカイトを襲った。

 

ぎゃああ‼︎と断末魔をあげるカイトにさえ注意がいかず、またナツたちも止めない。ララバイを横取りされたのもあるが、日常的な光景に過ぎないからだ。

数秒後には傷を回復させたカイトが復活していたが、それは無視されルーシィを慰める面々。

 

一方で、ほかのギルドマスターたちから持ち上げられているのはマカロフだ。 経緯はわからないが、間違いなく命の危機を救ってもらったのだ。周りからあがる感謝の言葉にマカロフは喜びを隠そうともしない。

 

「フェアリーテイルには借りができたな」

 

「なんのなんの、ふひゃひゃひゃひゃひゃ‼︎」

 

普段から問題の絶えないギルドのマスターだ。 気持ちの悪い笑い声を上げて笑いたくもなるし、気持ちも有頂天になる。

 

「ふひゃひゃ………ひゃひゃ……ひゃ………」

 

しかし、ある一点に気がつくとその笑い声は徐々になりを潜める。

その変化に不信を抱いたギルドマスターたちがそちらを振り向いた。

 

「なあっ⁉︎ 定例会会場が‼︎」

 

「コナゴナじゃあ‼︎‼︎」

 

戦闘の余波を受けたであろう会場。 ギルドマスターたちが少なくない資金で建てた会場は見るも無残に瓦礫の山へと変わっていた。

 

責任追及をしようとマカロフの方を振り返るが、すでにほかのメンバーと一緒に逃げ出した後である。

 

「逃げた‼︎」

 

「追えー‼︎」

 

「………カイトはどこにいった?」

 

「あい。 もう逃げてます」

 

1人逃げ足の速いカイト。見つけ次第処罰することがエルザの中で決まった瞬間である。

 

「そう落ち込むな、ルーシィ。良いことあるって、な?」

 

「………うん。 でもサインはもらう」

 

「意外とメンタル強ェのな………」

 

なんとか気持ちを持ち直したらしく、ナツに手を引かれながらもそう硬く決意していた。 その決意に後ろを走るグレイは少々引いていたが。

 

やいのやいのと騒ぐ集団は街の方へと消えていき、誰もいなくなった会場跡を静寂が支配する。

それを確認したのか草葉の影が文字通り浮き上がり、泡のように弾けると中からカイトが姿をあらわす。

 

姿格好は私服に戻っているが、その手に持つのは今回の騒動の中心とも言えるララバイ。 しかし、中央から真っ二つに折られたそれに人を呪い殺すことなどできるはずもない。

 

ここまで破壊してしまえば封印などせずとも、復活は不可能と判断していいだろう。 もはやガラクタ以下の価値となったララバイをどうしたものかと考え、影の中に収納する。

使い道はないが、取っておいて損はないだろうという、謎の勿体ない精神からだ。

 

「さてさて、どうしたものやら………」

 

前後左右を見渡し人がいない事を確認する。 逃げ出したはいいが、帰り道のわからないカイトにとってそれは非常事態に等しい。

しかし、それもしょうがないと諦めをつけると本能の赴くまま明後日の方向に歩き出す。

 

それからギルドへたどり着いたのは実に3週間もの時間を要したのだった。

 

 

 


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