FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜 作:桜大好き野郎
太陽の村の一件も終わり、露天風呂を楽しんで数日。ウォーロッドの元へと赴いた面々は無事にギルドへと辿り着く。今日も今日とて騒がしいギルドにて、エルザとカイトは今回の件についてマカロフへと報告をしていた。
「あのミネルバが闇ギルドに?」
「はい」
「ふむぅ。まったく、とんだバカタレ娘よのう。奴の父親は?」
「今のところ行方知れず、だね。まぁ、ギルドの方はスティングがマスターを務めてるみたいだけど」
若手のイケメンマスターと週刊ソーサラーで見出しを飾っていた事を思い出す。元々注目度の高いスティングがマスターとなり、その号は飛ぶ様に売れたと聞いている。
そして続く様に、帰りがけに受けた週ソラのインタビューを思い出してげんなりと。ただでさえ顔出しの少なかったカイトはジェイソンの格好の獲物だったらしく、受け答えの度に「COOL!COOL!COOOOOL‼︎」と叫んでいたのだ。付き添いのウェンディもこれでもかとカイトの事を褒めちぎっていたので、思い返しば思い返すほど羞恥のあまり天を仰ぐしかない。来週の発行には必ず間に合わせてみせると豪語していたが、今のカイトからすればただの死刑宣告である。
余計な事を思い出して遠い目をするカイトに、マカロフが喉を鳴らして現実へと引き戻させた。
「こほん。あい、わかった。これは評議会に報告せねばなるまいのう」
「私もスティングに一声かけておこうと思います」
「まぁ、できる事はそれくらいだしねぇ」
後は万が一冥府の門が仕掛けてきた時に対象できるよう、ギルドの周りに防御結界を張るくらいだろうか。しかし、いつ来るかわからない敵に魔力消費の激しい防御魔法を常時展開する訳にもいかない。なにかその様な魔道具が倉庫にあればよいのだが。そんな事を考えて倉庫に向かおうとするが、ふとその脚が止まる。
現在、倉庫は使えないのだ。壊れているだとか、整理されていないなどの要因ではなく、単純に中に人が入って鍵を閉めているからである。何やら内緒の話があると、ウェンディを引き連れたミラジェーンが誰も入らぬ様にと言いふくめていたことを思い出す。
倉庫と言っても広さも申し分なく、清掃も欠かしていないので秘密の会合にはピッタリではあるが、あの2人の秘密となると自身の存在が関わってきそうなので少し戦慄する。
冥府の門にしろ、2人の内緒話にしろ、どちらも何事もなければいいのだがと不安を抱き、ため息をこぼすのであった。
◇◆◇◆
フェアリーテイル倉庫内。他の部屋と比べ広く作られたこの部屋は新設されたばかりだと言うのに物が溢れかえっていた。食器やテーブル、椅子をはじめとした物から、
しかし、きっちりと整理されているのは確かで、物が溢れかえってはいるが通行のスペースは確保され、取り出す物を改めて確認できる様に中央には物を広げられるために少し大きめのテーブルが設置されていた。ミラジェーンとウェンディがいるのはそのテーブル。
持参した紅茶とクッキーを並べ、優雅に一杯。緊張しながら入れていたせいか、少し苦味が残ってしまった。だが、ミラジェーンの緊張など目の前のウェンディに比べてしまったら毛程もないだろう。
突然呼び出されて、半ば強引に連れて来られた倉庫。ミラジェーンの人柄は信用しているが、何か気に触ることでもしてしまったのだろうかと視線を右往左往。落ち着かないウェンディに困った様に笑いかけるミラジェーン。別に取って食おうと言うわけではないのだから。
「大丈夫よ、ウェンディ。少し、貴女と話がしたかっただけよ」
「は、はい………」
お茶をどうぞ、と言われ少し冷めてしまった紅茶を一口。思ったよりも苦かったのか顔が顰められるが、お陰で緊張がほぐれたのだろう。一息入れたウェンディは落ち着いた様子でミラジェーンへと問いかける。
「えっと、それでお話しってなんですか?」
「話………そうね。確認だけど、ウェンディ。貴女、カイトの事好きよね?もちろん、男性としてよ」
「うぇ⁉︎」
突然自身の恋心を明かされて顔を赤くするウェンディ。手の中のティーカップを落とさなかったのは奇跡的。ワタワタと慌てる彼女だったが、ミラジェーンの真剣な眼差しに押され、しどろもどろになりながらも答える。
「え、えっと………はい………」
消え入りそうな声だったが念の為の確認は取れた。満足気に頷いたミラジェーンは同じ様に自身の胸の内を明かす。
「そう。実は私も、カイトの事が好きよ」
「あ、はい。それは知ってます」
「そ、そう………」
と言うよりも、ミラジェーンの恋心などギルド内では公然の秘密。つまりは誰しもが知っているのだ。こんな小さな子にもバレていたのかと少し肩を落とすミラジェーンだが、気を取り直し言葉を続ける。
「私たちはカイトの事が好き。けど、カイトはそれに応えるつもりはないわ」
「え⁉︎な、なんでですか⁉︎まさか、他に好きな人が⁉︎」
「それはないわ。きっと、種族が違うからとかよ」
伊達に長い事恋慕しているわけではないのだ。カイトの隠している事などお見通しである。いつもより彼我の距離を置く様になっているくせに、見捨てられないような立ち位置にずっといる。嫌われたくないが、側にいる事はできないと面倒くさい状況を自ら作り出しているのだとミラジェーンは予想して、確信していた。
驚きのあまり椅子の上に立ち上がるウェンディを宥めるように座らせると、自身の考察を続ける。
「カイトの性格からして、こうなったら頑固よ。こちらがいくら言葉を尽くそうとしても、耳を塞ぐだけ。迫っていっても距離を取られるだけよ」
「そ、そんな………」
ありえない。アタックし続ければきっといつか、などウェンディは言えなかった。その様子がありありと想像できたからだ。そのくせこちらから距離を取ろうとすれば近寄ってくるのは間違いないと、ウェンディも確信できた。
「ど、どうすれば………」
「私たちがひとりひとりだったら、ね」
含みのある言い方を溢し、ミラジェーンは口角を少し上げる。その自信ありげな表情に何か作戦があるのかと固唾飲み込んでウェンディは真剣な眼差しを送り、続く言葉を待つ。
「協力しましょう」
「協力?」
要領を得ないようで、おうむ返しにされる言葉に「そう、協力よ」と頷き返すミラジェーン。
「私たちが別々にアタックしても、逃げる隙を与えるだけ。だから協力して逃げ道を塞ぐのよ」
もしこの場に第三者がいればやめておけ、と忠告してくれるだろう。何せカイトだ。そんなガバガバな作戦では相手を煙に巻き、手玉に取って逃げるに決まっていると。
しかし、そんな忠言をしてくれる第三者はおらず、そしてミラジェーン自身も自覚はないが焦っているのだ。このままでは、カイトとの関係に進展はないと理解しているからこその焦燥。その気持ちはウェンディにも伝播し、より一層歯止めが効かなくなっていた。
「そ、それなら!」
「ええ。絶対に堕ちるわ」
「あ、でも………その場合、私たちのどっちかが……」
そう口では言うが、自身では勝ち目は薄いと引け目を感じるウェンディ。何せ相手はギルドの看板娘にして週ソラでグラビアを飾るミラジェーン。美貌という点では勝機はないと悟っていた。
けれどそれはない、とミラジェーンは自信を持って断言する。
「そこは大丈夫よ。カイトの事だもの、どちらを選ぶかなんでできるわけないわ」
懐に入れた相手には甘くなるのがカイトだ。どちらかを選ぶ事はできず、そのままなし崩しで2人とも恋仲になることは容易い。
独占したい気持ちがないかと言われれば嘘になるが、かと言ってこのままではなぁなぁの関係が続くだけ。それならば共有も辞さない覚悟がミラジェーンにはあった。
「な、なるほど……‼︎私は何をすれば⁉︎」
すっかり乗り気となったウェンディが鼻息荒く、机に乗り出して話の続きを聴こうとする。しかし、その時であった。入り口から遠く離れた倉庫の中にまで響く声が聞こえたのは。
「た、大変だぁーーーっ‼︎‼︎大ニュースーーー‼︎‼︎」
危機感に溢れた声はギルド内を駆け巡り、そして続く言葉を聞いて誰しもが絶句するのであった。
◇◆◇◆
魔導士ギルドの統括、及び魔法界の秩序を維持する事を目的とする魔法評議院。
一応は国に属する機関なのではあるが、魔導士の事は魔導士が解決するとし半ば独立している状態である。議長を含め9席からなる議席、そしてそれをサポートする複数人の部下によって運営されており、今日に至るまで権力争いを挟みつつもその目的通りの成果を上げてきた。
そんな評議院であるが先日、議員9人含め死傷者128人の犠牲を出し、建物諸共爆破されたのだ。唯一の生き残りであるラハールの証言によれば下手人はジャッカルと名乗る冥府の門の幹部。議員全員の死亡を確認すると用はないとばかりに見逃されたそうだ。
国としても、魔導士しとしても一大事である。何せ、依頼の多くは評議院経由でギルドに通達され、またこれを機に暴走を図るギルドがないとは言えない。国の一機関が破壊されたと言う事で騎士団も捜査に躍り出た。
自分たちもじっとしていられないとギルド単位で捜査に参加する中、フェアリーテイル内は重い空気に包まれていた。
原因はラクサスを含めた雷神衆。元評議院のヤジマの元で依頼を受けていた4人。しかし、そこへヤジマの殺害を目的として現れたのは冥府の門。二足歩行の狼の様な相手に4人は奮闘。ラクサスの活躍もあり捕縛をしようとした瞬間に相手は身体が爆発。その身を空気中のエーテルナノを破壊する魔障粒子へと変え街ひとつを飲み込もうとしたのだ。
魔導士にとっては死へと至る事もある魔力欠乏症や魔障病。魔力を持たない一般人にも影響の出るそれを、ラクサスは大量に吸い込んだのだ。
街を救うため、人よりも頑丈な竜の肺をもってして行われた抵抗は、奮闘虚しくも成果は出ず、結果として全員が魔障粒子に侵され生死の境を彷徨うことに。襲われた街も汚染され、既に100人を超える犠牲者が出ていると聞く。
「戦争だ」
静かに呟いたナツの言葉に、反対する者はいなかった。ギルド内は現在、火薬庫の様なものだ。標的が現旧問わず評議院とわかった今、そこを逆手に相手を炙り出そうとしている。そしてその所在が掴めたが最後、その煮えたぎった怒りを過不足なくぶつけるつもりである。
しかし、問題は元評議院の所在だ。
魔導士ギルドの統括という立場上、闇ギルドからの報復の危険性もあるためその情報は秘匿扱い。目撃談や人伝、そして贔屓にしていた街などから予想せねばならないのだ。
「うーん………」
いくつもの羊皮紙を机に並べ、住所の割り出しに励むカイト。一部、星霊のロキの人伝もあり判明した者もあるが、それも全員ではない。まだ10人単位の所在が不明なのだ。
そして、並行して冥府の門の目的を予想する。
現評議院の壊滅までは理解できる。しかし、元評議院も標的となるとその意図が掴めない。強力な魔導士の排除、ということならば聖十大魔導を狙うべき。評議院の選出はその実力もあるが、何より重要視されているのは積み上げた業績だ。既に魔法界への影響力も少なく、襲う旨みはないはず。
更に謎なのは、なぜ秘匿されている元評議院の居場所を冥府の門は知っていたのか。ジェラールの様に潜入して探った、とも考えるが納得はいかない。そも、評議院の本部であるERAの守りを誰にも気づかずに盗み出せることは不可能。許可のないものが侵入すればすぐさま警報が鳴り響き、議員達が対処したに違いない。
(………内通者がいるねぇ)
それも下っ端の様な議員ではなく、議長クラスが裏切っている可能性が高い。あらゆる情報を仕入れることのできる議長ならば、他の議員の所在を知っていてもおかしくはなく、そうでなくとも探りを入れても違和感はないだろう。存命の元議長は3人。誰が裏切り、そして間接的とはいえラクサスたちに危害を加えたのか。血眼になりながら羊皮紙と睨めっこするカイトの肩を、ポンと叩かれる。
「カイト、元議長の1人の所在が判明した。私とミラ、3人で向かうぞ」
「おや、本当かいエルザ?けど、調べ物がまだ残っているんだよねぇ」
内心の怒りを表に出さず、務めて平常を装って返す言葉にエルザは頭を抱えた。頭に血が昇り過ぎて冷静さを失っている。マカロフの言う通り、息抜きがてら何かしら行動させた方が良いだろうと判断する。
「はぁ………そう根を詰めても仕方がないだろう。他の者に任せておけ」
「けど、ねぇ………」
「くどい。ミラ、引きずっていくから手伝え」
「ああ、わかったわかった。わかったよ、大人しく着いて行くからその縄しまっておくれ」
降参とばかりに両手を上げるカイト。このままでは間違いなく引きずってでも連れ出されるだろうと重たい腰を上げた。そうして早馬で駆けて前議長であるクロフォード・シームの元へ。
鬱蒼と生い茂る森の中、人目を憚れるようにして建てられた家に件の人物は住んでいる。馬から降りた3人は早速安否の確認、そして事情を説明して護衛をと意気込みが、家の前に停まった馬車を見つけて足を止める。
街で行き交う運搬用の馬車とは違い、要人を運ぶための馬車の側面には紋章が刻まれていた。
「うん?あれ、貴族の馬車だね」
「このタイミングでか………どこの者かわかるか?」
「確かあれは………ああ、そうだ。土曜男爵の家紋だよ」
「土曜男爵?」
「毎週土曜日、欠かさずに領地の集合墓地に礼拝してる変わり者だよ」
「聞いた事あるわ。土地は広くないけど、その分領民に寄り添って続いてきた家系よね」
「それと、騎士や使用人の代わりにサーカス団を周りに侍らせる変人さ」
貴族ともなれば普通、私兵の1人や2人を護衛として、身の回りの世話をする使用人を雇っているものだが、かの男爵の元には騎士に連なる者どころか戦闘経験もないサーカス団を雇っているのだ。ついた字は変人男爵、土曜男爵、不吉な十字架男爵などと名誉なものは一つもない。領地経営は順調のようではあるのだが。
しかし、そんな男爵がなぜここにいるのか?という疑問が残る。この場は男爵の領地の外。評議院と懇意にしていたという話は聞いたことがない。
「うーん………少し様子を見るかい?男爵が敵の可能性もあるけど」
「無関係の場合が怖いわね………私は賛成よ。議長には申し訳ないけど、最悪現行犯で捕えられるかもしれないわ」
「そうだな。ところでカイト。道中話していた、議長が敵の可能性というのはどのくらいの確率だ?」
「まだ推測の段階だよ。けど、存命の評議院の殆どと元議長のクロフォードは任期が被ってる。可能性は他の議長よりも高い」
しかし、物的証拠がないので確定とも言えないのが現状。警戒するに越したことはない、程度の対策しか取れないのだ。
そうこうしているうちに家の扉が開く。ボールのような体型の道化師がいそいそと御者席に乗り、遅れて出てきた黒いスーツ姿の男が乗り込む。最後に出てきた恰幅のいい老人がその後ろ姿を見送ると、馬車は家を後にした。
「失礼、少しよろしいですか?」
「おや?今日は来客が多いのう」
その老人こそ前議長の座にいたクロフォード・シーム。現役時代よりも柔らかくなった体型と表情は正に好々爺としており、突然の来客であろうと邪険にする様子はない。
少なくとも目に見える異常はないと判断した3人はミラジェーンが代表として言葉を続ける。
「私たちはフェアリーテイルです。クロフォードさんにお話があって来ました」
「ふむ………何やら異常事態のようじゃの。まぁ、入りなさい。詳しくは中で聞こう」
危機迫る表情で察したのか、クロフォードは3人を自宅へと案内する。老人の一人暮らしには少し広く感じる自宅のリビングに案内されると、手ずから淹れた紅茶を差し出して一息入れる。
「それで?せっかくのお客人にこんな質問も無粋なのじゃが、どうやってうちの住所を?」
「大変失礼かと思ったのですが緊急時ゆえ、ギルド独自の情報網を使わせていただきました」
「それで秘匿情報のハズのワシの住所まで辿り着くとは………恐れ入ったよ」
「申し訳ありません」
「いやなに、ワシはもう引退した身。咎めはせんよ。はっはっは!ああ、そう言えば君のことは覚えているよ」
クロフォードが指すのはエルザの事。かつて鉄の森が暴れた際、その事態を収集したフェアリーテイル。しかし、評議院としては何か動いたという実績が無ければ格好がつかない。故にパフォーマンスとしてエルザを捕えたのだが、裁判中にナツが乱入したのだ。結果として2人とも仲良く一晩牢屋の中へと。長い期間議長を務めていたクロフォードからしても、あれほど印象的な出来事はそうそうない。
「懐かしいなぁ………あれから7年、君たちは凍結封印されてたんだってねぇ」
「カッカッカ、それはさておきクロフォードさん。現在、新旧含め評議院の役員達が狙われている。その心当たりはあるかい?」
「ふむ………ワシたちも闇ギルドから恨まれておるからのう」
「では、なぜ秘匿されている評議院の所在が割れているのかも知らないと?」
「現に君たちはこうしてワシの前に来ておる。闇ギルド独自の情報網があったのやもしれん」
「なるほどなるほど………カッカッカ、さすがは元議長。芝居がうまいねぇ」
「………何のことかね?それよりも、紅茶はいかがかな?引退後の趣味としてハーブを育てておるのだ。自分で言うのもなんだが、結構な自信作でのう」
カイトからの質問に答えず、全てにおいてわからないと告げるクロフォード。それに対してカイトは不遜にも背もたれに身体を預け、脚を組みその膝の上で手を組む。礼を廃した態度ではあるが、両隣のエルザとミラジェーンからは叱責が飛ばない。確信できる何かがあったのだろうと信じ、いつでも動けるように腰を浮かせる。
ちらりとカイトが視線をテーブルの上に向ければ、そこには床から脚を伝って登って来たのであろう手のひらサイズの鼠がそこにいた。その背に縛り付けるようにしてあるのはひとつのビン。それを見た瞬間、クロフォードの呼吸が一瞬止まる。
それを摘み、掲げるようにして見せつけるカイトの表情は嗜虐に染まっており、中身の錠剤を揺らしながら問い詰める姿は正に悪魔のよう。
「さて、お偉いさん方の作法というのはよく知らないけれど、客人相手に睡眠薬を盛るというのは、ねぇ。どういうことなのかな?」
「………ワシにはなんのことやら」
「ああ、言い訳は無用だよ。一部始終、それこそこの家に招かれた瞬間からお前の行動は見張っていたさ」
しらを切ろうとするクロフォードの肩からひょっこりと顔を出すのは、テーブルで突っ伏すのと同じ鼠。ひくひくと本物と同じように鼻を鳴らし、じっとクロフォードを見つめていた。
「チィッ‼︎」
言い訳や丸め込みは不可能と判断したクロフォード。肩を払って鼠を振り落とすと逃走を計る。しかし、腰を浮かした瞬間に首元には剣が添えられ、横からは拳が、そして足元には床を埋め尽くす程の鼠がそれを阻止した。
「あまり信じたくはなかったが…………どうやら、間違いないようだな」
「何を対価にしたかはわかりませんが、話してもらえますか?」
「わ、ワシは知らん!何も知らんぞ‼︎」
「カッカッカ、詳しくはギルドで聞こうか」
一連の行動で確信を得たエルザ、そして問いただそうとするミラジェーンだったがクロフォードは知らぬ存ぜぬを通すつもりらしい。普通なら詰みの状況だというのに、諦める様子はない。
増援を期待しているのかもしれないが、外にいた冥府の門らしき相手はカイトの魔法で対応。不意を突くつもりだったのか、下っ端しかいない状況ならば遠隔でも問題ないと目の前のクロフォードに集中する。
内通者は捕え、ここから反撃の兆しが見えてくるものだと安堵する3人。ひとまずはカイトの影に沈めていた魔水晶を使いギルドに連絡を、とその時だった。
「は?」
影に沈めていた腕を横合いから妨害する存在。肉もなく、脆そうな外見とは裏腹にこちらを握りつぶさんとばかりの力を感じるそれは間違いなく人間の骨の手であった。
地面から生えたそれに妨害されて腕を引き抜くことはできず、クロフォードの仕業かと睨むが未だ無実を騒ぐ様子に違うと判断する。ならばと周囲を影で探らせるが、下手人は見当たらない。
「やれやれ。こうもあっさりと捕まるとは………我々との関係を見直さねばなりませんかね、クロフォードさん?」
「何やつ⁉︎」
クロフォードの背後、玄関へと続く通路から現れたのは自分たちよりも先にクロフォードに接触していた男爵。すぐさまエルザが剣先を向けようとするが、それよりも早く背後から飛び出した影がエルザを羽交締めにする。
「ホッホウ‼︎そいつはいけませんよぅ、お嬢さぁん‼︎」
「くっ⁉︎」
背後から現れたのはのはピエロメイクを施した細身の男。振り払おうとするエルザを他所にそのまま地面に沈み、エルザの顔から下を拘束した。
「エルザ‼︎」
「貴方はこっちですねぃ‼︎」
動揺したミラジェーンを拘束するのはボール体型のピエロ。その小柄な体形が嘘のように縦に伸びると、開いた腹がミラジェーンを飲み込み、そして再び元の背丈に戻る。そのままコロコロと滑稽に転がるピエロを仕留めんとカイトが影で攻撃しようとするが、複数に増えた骨の手がカイトを地面に貼り付けにし、標準を逸らす。
それでも尚鼠の視界と共有して一矢報いようとするが、それよりも早く頭に男爵のステッキが刺さり、思考能力を奪い取った。
ものの数秒で状況を一変させた男爵はため息を溢すと、クロフォードに視線をやる。
「こ、これはこれは、バロン殿。お恥ずかしい所を見られましたな」
「忠告してこの様とは、確かに恥ずかしいですねぃ。道化たる我々にさえ匹敵する滑稽さ。ホホゥ‼︎もしかしてもしかしてぇ?我々の傘下に入りたいのではぁ?」
コロコロと未だに転がるボール体型の道化にうるさいとばかりに睨みつける。しかし、痛痒に感じていない道化はカラカラと笑い声に合わせて弾むだけ。
「議長‼︎元とはいえ、評議院として魔法界の秩序を守って来た貴方が何故‼︎」
ここまで来て男爵さえも冥府の門の仲間だと察したエルザ。地中に埋められて身動きできない状況ではあるが、声だけでクロフォードを責め立てる。
「ふん。君にはわからんだろうよ。勝ち馬に乗る事で得られるものは魅力的なのだよ」
「何だかんだ言っても、金で釣られたのでしょう貴方は」
呆れた表情でため息を溢しながら、視線はカイトへ。脳天に刺さったステッキで思考能力を奪ったが、死んだ様子はない。どうやら吸血鬼だという話は本当だったようだと当たりをつける。
次いで地中に埋まるエルザとミラジェーンを捉えた道化に視線を寄越す。幹部のジャッカル、テンペストが邪魔をされたと喚いていたフェアリーテイル。目障りな蝿程度の認識でしかないが、このまま放置しておくのも厄介だ。
「ふむ………そういえば、検体が足りないという話しでしたね。場所が割れた以上、長居は危険でしょう。一先ず、ギルドへと移動をーーー」
そう言葉を紡ごうとした時だった。窓辺からの日差しが遮られたのは。そして大地を震わせるような声が聞こえたのは。
「な、なんじゃあ⁉︎」
外に出て確認するまでもなく、議長宅の2階部分が薙ぎ倒されその姿が現れた。影で出来た黒い巨人。牛頭と獅子の鬣を持つソレはアトラスと呼ばれる魔法だ。
思考能力を奪っているというのに、本能的に発動したのだろう。ステッキの先で尚倒れ伏すカイトに心の中で称賛を送り、敵を確認したアトラスが拳を振り上げる様を見送る。
「素晴らしいですね。意地でも我々を倒したいようだ」
「そんな事言っとる場合か⁉︎」
このままでは潰されるとわかっているが、この部屋には価値ある物が多々ある。逃げようにも踏ん切りがつかないクロフォードには呆れ、しかし潰されるのも困りものかと反撃を開始する。
「
地面をひとつ、靴で鳴らす。それだけで男爵の周囲からは魔法陣が展開され、それらから複数の骨が柱のように伸びていく。柱は中空で混ざり合うとその姿を巨大な蛇へと変えた。迫り来る拳に勝るとも劣らない体躯の骨で出来た蛇は拳を躱すとその腕に絡みつき、狙いを逸らす。
鬱陶しい蛇を叩き潰さんと反対側の腕で振り払おうとするアトラスだが、動きの速さが違った。
あっという間にアトラスの全身に巻き付いた蛇はそのまま締め付け、抵抗虚しくアトラスはバラバラとなってしまった。流石にこれ以上は無理だろうと思いつつも、更により深くステッキを差し込む男爵。一瞬だけビクりと跳ねたひカイトだったが、それ以上動く気配はなく。それを確認した男爵は温和で冷徹な笑みをクロフォードに向けた。
「さて、迎えを寄越しましょう。歓迎しますよ、クロフォードさん」
自身の知識、そして魔法から殺されるリスクは少ない。そう思いつつも、目の前の男爵の顔を見ていると言いも知れない不安に襲われるクロフォード。しかし、既に退路はなく、素直に頷くことしかクロフォードには出来ないのであった。