IS 《神器の少女》   作:ピヨえもん

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どんどんキャラが入り乱れて来ました。収拾付かないよコレェ…。


42 手探り

 

 アリーシャ・ジョセスターフの操縦者データを移植された黒いテンペスタを吹き飛ばし、静かな怒りと共に眼下に睨み付ける藤色のISが空に浮かぶ。

 

 千冬は天之尾羽張(アメノオハバリ)の腰部スカートアーマーに連結された武装、《天羽々斬(アメノハバキリ)》の柄を引き抜く。

 するとフォン…、と静かな音を立て、まるでレイピアのように薄く細い刀身が煌いた。

 

 よく見ればソレは実体剣ではなくエネルギーで形成された刃。

 白式の《零落白夜》のように荒々しく迸る炎のような刃とはまるで違う、どこまでも研ぎ澄まされた氷のように冷たく静かで、いっそ静謐さを感じ取れるほど。

 その一切の無駄なく凝縮されたエネルギーの刃は、触れる物全てを両断するという操縦者の鋼の意思そのもの。

 

 《天之尾羽張(アメノオハバリ)》は第二世代型の『打鉄』をベースとした機体に暮桜の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)である『零落白夜』、そして白式の試作第四世代兵装『雪片弐型』、完成した紅椿の『展開装甲』のノウハウを詰め込んだ『緋緋色金(ヒヒイロカネ)』と名付けられた第四世代型の特殊兵装を持つ。

 

 特徴的な腰部スカートアーマー、そして花弁のような肩部シールドブースターがそれだ。

 

 しかし機体性能そのものはあくまでも打鉄がベースとなっているために極端な高性能ではない。

 むしろパッと見ただけで分かる装甲の薄さから察することが出来る、打鉄の持ち味である『防御力』というものが感じられないほどだ。

 

 しかしそれにはあくまでも外見上は、という但し書きが付く。

 天才《篠ノ之束》がそんな分かりやすい弱点を残したまま、ということのほうが有り得ない。

 

 緋緋色金(ヒヒイロカネ)という第四世代兵装は、搭乗者のイメージを「感知」して最適化された形状に自立変形を行う展開装甲。その自由度は紅椿の展開装甲部分よりも高く、VPS装甲の構造を応用しているため実弾兵器などに無類の強さを発揮する上、相転移により特殊な活用法もある。

 

 しかし今度は全てをエネルギーに依存する兵装であるがゆえに燃費が悪いという別の弱点も浮かび上がる事になる。

 使用する武装には零落白夜の特徴であるエネルギーの大量消費が発生し、そしてVPS型展開装甲でもエネルギーは大量に消費される。

 ミスリルの天才技術者たちの手により極限まで効率化を進めたが、それでも白式よりも大飯喰らいだ。

 

 なのでそれを補うために雪華の手でISコアに超小型ジェネレーターとしてフェイク・スフィアが積み込まれた。

 

 元々ISコアに使われている材質は『時結晶(タイムクリスタル)』という解析出来ない鉱物だ。しかしこの世界では未知の物質であっても、他の世界では実はそうではない。

 

 時結晶とは「高濃度の次元力が結晶化したもの」の一種。Zクリスタルに集積される人々の想いの力の結晶であるZチップと同じ性質を持ち、ゲッター線や光子力のような意志を持つエネルギーそのものだ。

 様々な時空に存在する次元力。別の世界では無限力とも呼ばれるそれは、「エーテル」や「プラーナ」、または「チャクラ」などと命名される霊子の事。

 

 それ自体に文字通り無限のエネルギーが内包されているのだが、実はそれを効率よく抽出し、制御する手段がほぼ(・・)存在しない。

 ISコアである時結晶も例外ではなく、例えば海からストローで海水を吸い上げるような感じなのだ、これは効率が悪いとしか言いようがないだろう。

 

 しかしその手段が全くないわけではないのもまた事実。

 実際に紅椿に搭載される予定だった単一仕様能力(ワンオフアビリティー)の『絢爛舞踏』などはその欠点を無視してエネルギー抽出を行うためのものだった。

 エネルギーの海からストローのような細いバイパスを通じて少しずつエネルギーを得るのではなく、その海そのものから直接エネルギーを取り込めばいいのだ。

 

 雪華の黒い太陽や、スフィアが持つエネルギーを取り出すのと同じ要領。

 

 しかし言うのは簡単だが実際にそれを行うには細心の注意を払わなければならない。

 元々無尽蔵のエネルギー元だ。それほど膨大なものに直接触れるなど正気の沙汰ではないだろう。

 スフィアの反作用と同じく、並の人間であればその膨大な量のエネルギーの渦に飲み込まれ精神が崩壊しかねないのだ。

 

 並の人間であれば(・・・・・・・・)、の話だが。

 

 

「これを使うのは初めてだが…、しかし使いこなせなければ話にならんか」

 

 

 次元力を最も使いこなした先駆者達…。

 

 それは先の大戦での12人の『スフィア・リアクター』。そしてそのうちの一人。

 

 

 

「雪華が言うには『虚無』が発動キーとなっているらしいが…それが私に眠っている?いや、必ず使いこなして見せるぞ…、この《沈黙の巨蟹》のフェイクスフィア…!」

 

 

 かつてZ-BLUE隊と死闘を繰り広げた沈黙の巨蟹のスフィア・リアクター、『尸空(しくう)』が持っていた《消滅しようとする力》。

 至高神ソル(雪華)の死を司るこのスフィアの発動キーは『虚無』。それは本来生きている人間には発動することすら不可能。そして意志を持たない死者でも発動させることは叶わないという最も適応するリアクターが居ないスフィア。

 

 しかし雪華から託されたこのフェイクスフィアを発動できる操縦者が居るとすれば、それは唯一人、織斑千冬しか可能性は無い。

 

 千冬が現役時代に発動させていた単一仕様能力(ワンオフアビリティー)の零落白夜の存在。あれこそが消滅しようとする力(・・・・・・・・・)の現れ。

 

 

「む?あれは…」

 

 

 アリーナの端まで吹き飛ばされた黒いテンペスタが背部ウイングユニットを開く。通常のものより小型のスラスターを複数搭載し、最大巡航速度より一瞬の加速力と運動性を重視した接近戦特化型の機体。

 

 バランスのよいスラスター配置をしているテンペスタを模しているにも関わらず、それは従来のセオリー通りの加速法ではなくガクガクと上下左右様々な角度に小刻みな蛇行をしつつ加速を繰り返す。

 

 テンペスタの名前はイタリア語で『暴風』を意味するものだが、実はパイロットであるアリーシャ・ジョセスターフに付けられた二つ名こそがその機体名の由来である事を知る者は意外に少ない。

 

 自由な風のように誰にも屈せず、嵐のように誰にも止める事が出来ない、荒れ狂う暴風の如き軍神そのものの彼女に付けられた畏怖と尊敬が込められた称号。そしてその唯一無二の称号はこの究極の瞬時加速にちなんで付けられたもの。

 

 

「…竜巻軌道瞬時加速(トルネード・イグニッションブースト)か」

 

 

 黒いテンペスタは次第に姿勢などが制御不能に近い状態に陥り、グルグルと螺旋を描くような回転をしたかと思えば急激に角度を変えるなど、操縦者がいれば凄まじい負担がかかるような動きになっていく。

 

 

 機体に4基以上の背部スラスターが必須であり、さらに片手で数え切れるほどの操縦者しか成功させる事が出来ないと言われている超上級技術『個別瞬時加速(リボルバー・イグニッションブースト)』、その亜種。アーリィにしか使えない最高峰の加速技術。

 

 個別瞬時加速は文字通り『リボルバー』の名を冠する技術。その理由は左右対称のスラスターを交互に連続で瞬時加速させ爆発的な加速を生み出す技術。

 当然その加速力は千冬の愛機であった暮桜の2基のウイングスラスターから生み出される『連続瞬時加速(ダブル・イグニッションブースト)』よりも大きく、難易度はさらに高い。

 しかし竜巻軌道瞬時加速は左右対称のスラスターではなく、テンペスタの全身に搭載された小型のものをランダムで瞬時加速させるもの。そのため軌道制御、姿勢制御は共にほぼ不可能に近い。まるで竜巻に巻き込まれた木の葉のように舞うISの動きから名付けられた特S難度の技法。

 純粋な技術としての難易度だけでなく、操縦者にかかる多大な負担や危険性からもソレに手出しする者は一人も出なかったくらいの危険な技術。操縦者であるアーリィでさえ機体制御を諦め、あえて暴走させていたほどだ。

 しかしそこはアーリィの馬鹿げたバランス感覚と鍛え上げられた強靭な肉体により、どう動くかを制御出来ないならば動いた先で制御すれば良いというロデオ感覚で御すという意味不明な理論で不可能を可能にした。

 その軌道はまるで野球のナックルボールやサッカーの無回転シュートのように、ランダムな瞬時加速の方向と空気抵抗によりまるで機体が残像を残し分身したように見える。

 

 

「なるほど、アーリィのデータを流用しているならば考えられる…だがVTシステムが暴走を制御してしまっている分アーリィのキレには程遠いな」

 

 

 千冬はスッと右手に持った『天羽々斬』を目線と同じ高さで水平に構え、切っ先を黒いテンペスタに向ける。ブレードの陰に機体の下半分が隠れて上半身だけが見える。

 千冬の剣技は篠ノ之流古流剣術をベースにしたものだが、その中には世界中の様々な技が吸収され融合している。

 左半身を引き、まるでフェンシングのように構える千冬の目の前から凄まじい加速で接近してきた黒いテンペスタが消えた。

 

 …ように見えた。

 

 しかし千冬にはブレードの陰に半分隠したテンペスタの姿から、重心が流れる角度で進行方向を読んでいた。はっきり言えば常識外れの動体視力と進路予測技術、そして黒の英知によるNT染みた千冬の直感あってこその離れ業。

 

 

「ここか」

 

 

 眼前に差し出した天羽々斬の切っ先を軽く右足側に潜り込んだテンペスタに向けて振り抜く。

 キィンと透明感のある軽い音と共にテンペスタの右腕が無くなった。

 

 まさかすれ違いざまに繰り出した鉤爪のように展開した右腕ブレードごと真っ二つに両断されるなど想定していなかったVTシステムは、即座に左腕にラファール(・・・・・)に搭載されていたアサルトライフル(ガルム)を展開し引き撃ちしつつ後方に加速する。

 

 

「!…なるほど、ベースとなった訓練機の武装も呼び出せるか。それもそうだな、拡張領域内に収納したままのはずだからな」

 

 

 事も無げに迫りくる銃弾を切り裂き捌いていく千冬。かつて振るっていた雪片よりも軽く使い勝手の良い天羽々斬であれば造作もない事なのだろう。

 しかしその間にテンペスタの切断された右腕が、付け根の部分からズブリと湧き出てきた黒いコールタールのようなものによって再生される。

 

 そして右手には拡張領域から呼び出されたショットガン(レイン・オブ・サタディ)

 

 両手に持った銃を交互に乱射し、弾速差によって切り払いだけでなく回避を強要する。

 しかしVTシステムが選択したのは再び突撃を仕掛ける事ではなく、円状制御飛翔(サークル・ロンド)による消極的な戦法だった。

 確かに天之尾羽張はブレードオンリーの機体なので、射撃武器を持つ機体での選択としては理に適っている。しかし千冬はそれこそ並みの操縦者ではない。実弾であればレールガンの砲弾でさえ真っ二つにできる技量を持つのだ。

 

 

「アーリィのデータと言うには、随分とらしくない判断だな。なまじ拡張領域に余計なもの(・・・・・)が入っているからか?」

 

 

 銃弾を切り裂き、隙間を縫うように稲妻のような軌道でテンペスタに接近していく千冬。

 しかしテンペスタも次々に武装を変更しリズムを一定に絞らせない。しかしアーリィの戦闘スタイルは元々接近戦特化型なのだ。

 

 山田真耶のような射撃が得意なタイプではないのだ。

 

 高速切替(ラピッドスイッチ)と呼べるような武装の変更が出来るほど銃器に通じているわけではないアーリィ、そして操縦者の技術を忠実に再現しようとしたVTシステム。ほんのコンマ数秒の違いであるものの、それは千冬にとって十二分に付け入る隙となる。

 

 

 「…緋緋色金(ヒヒイロカネ)展開」

 

 

 天之尾羽張の腰部スカートアーマー、その展開装甲が開く。迫りくる弾丸を展開装甲が弾き、ビットのように天之尾羽張の周囲を舞う。

 それが様々な形状のパーツに分離し、千冬が手に持つ天羽之斬に連結してゆく。黄金に輝く展開装甲がエネルギーで出来た刀身を覆い尽くし、大型の実体剣のようになる。

 

 しかしそれはまだ本来の姿ではない。

 

 

(研ぎ澄ませ…。世界を閉じろ(・・・・・・)…。風の流れを…、様々な音を…、声を…、切り離せ。()を感じ取れ…)

 

 

 フォォ…ン

 

 

 天之尾羽張のISコア部分が淡い赤色に光った。それを受け大型の実体剣のようになった展開装甲の刃は変質し、まるで意志を持ったように歪に成長してゆく。

 どこか感情が消えたかのような千冬の顔がその淡い光に照らされて見える。いつもの狼を思わせる鋭い美貌が抜け落ちた、それこそ能面のような、むしろ人形のような表情。

 

 

「切り裂け…」

 

 

 細いレイピアのようだった天羽之斬、その連結した展開装甲(ヒヒイロカネ)部分の隙間から眩いばかりの茜色の光が迸り出る。

 

 本物と違い粒子が赤く輝くフェイク・スフィアだが、緋緋色金(ヒヒイロカネ)の展開装甲の黄金色の光と合わさりまるで夕焼けのような美しい景色を織りなしていく。

 

 

「天羽之斬・変剣之壱『建御雷(タケミカヅチ)』」

 

 

 ダブルオーライザーのライザーソードから得た技術を転用して生まれた天之尾羽張の遠距離(・・・)武器。3つある天羽之斬の変剣之型の一つ。

 

 その性質は銃剣。合体するまで真っ直ぐな形状だった刃は様々な形状の展開装甲と連結し、ISコアとフェイク・スフィアが持つ次元力の影響により相転移を起こす。右手に持つ天羽之斬とISとしては薄く細い腕部装甲が一体化し右腕装甲そのものが剣となり、八首の竜を表しているかのような歪な姿に変形した。

 そして周囲に衛星のように旋回する20基を超える展開装甲のリクレクタービット。千冬は変異した右腕の剣先をテンペスタに向け、一直線に突っ込む。

 

 先ほど接近戦で強烈なカウンターを貰ったVTシステムは学習したのか接近戦を嫌っている様子だが、そんなことなどお構いなしといった風に千冬は右腕を突き出した姿勢のまま直進する。

 突き出した建御雷(タケミカヅチ)から溢れ出る茜色のエネルギーはより一層力強さを増して装甲の繋ぎ目部分から一斉に放出された。それが剣や機体の周囲を旋回するビットに当たった。

 

 ハイパーセンサーを通して尚、瞬きすら許さない速度で八首の竜(建御雷)から雷が迸る。そしてビットにぶつかり乱反射されたものは稲妻のように変質してアリーナ内を縦横無尽に駆け巡ってゆく。様々な形状のビットにより全てが指向性の違う拡散エネルギー砲のように放出されたそれがテンペスタに向けて牙を剥き襲い掛かる。

 

 アーリィのデータをVTシステムにトレースしたとはいえ、突然目の前に広範囲を巻き込む零落白夜の雷を繰り出されれば回避することなど出来ず被弾する。拡張領域から実体シールドを呼び出したものの、あっという間に穴あきチーズのように(はつ)られ破壊されてしまった。無理もない、零落白夜の性質を持ちながらそれぞれがより圧縮された高出力のエネルギーなのだ。量産されているIS用の盾程度ではまともに受ける事すら出来ないだろう。

 

 

「ガワだけ真似ても所詮は木偶か。こんなものよりもアーリィの方が100倍強い」

 

 類を見ない程の一瞬の出来事により黒いテンペスタがズタズタに引き裂かれる。退避する間もなくアリーナ内に残されたシャルロットは唖然とした表情でソレを見届けていた。

 

 

 雪華以外の完全な戦争用ISのバトルを見るのは初めてなシャルロット。驚くのも無理はないのだが、しかしこれは天之尾羽張のごく一部の能力に過ぎない。元の機体が打鉄であるために機体性能そのものは決して飛びぬけてはいないのだが、コンセプトは『あらゆる状況に対して即応出来る戦争用のIS』だ、展開装甲の使い方次第で十二分に大物食い(ジャイアントキリング)が出来るだけのポテンシャルを秘めている。IS開発者の篠ノ之束が最大の信頼を寄せる親友であるからこそ託された、2機の可能性の獣(ボン太くん)と並ぶ完全な軍用機。

 

 

(フェイク・スフィア稼働率…たったの4%。…まるで使いこなせていないとは。何が足りない?何がいけない?)

 

 

 黒いテンペスタを圧倒したにも関わらず千冬の表情は優れない。そもそもこの程度の相手ならばフェイク・スフィア無しでも負けるようなことは無いのだが、IS同士の1対1ではなく戦争に耐えうる機体を目指すならばフェイク・スフィアは最低でもセカンドステージまでは使いこなせなければならないと千冬は思っている。

 

 グズグズに焼け爛れた黒いテンペスタの残骸からISコアを取り出す。すでに反対側のアリーナも鎮圧完了との報告が届いていた。あちらは千冬自身のデータを流用した黒い暮桜が相手だったはずだが、何の問題も無く破壊した好敵手に心の中で賛辞を贈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   IS学園 外周 モノレール駅付近

 

 

「全員配置に就いたか?」

 

 

 気だるげな様子でAS『プラン1058 コダールi』のコクピット内で待機中のガウルンが陸戦部隊へと通信を繋ぐ。

 傍受の危険性があるため視認できる距離ならばハンドサインなどで確認を行うのが常だが、今回はECS機能により彼らの機体は不可視化しているため通信を繋がざるを得ないのだ。

 

 

「…ん?あー、モミアゲの長さもバッチリ!いつでもいけるよ~ん」

 

「少しは真面目にやれやイカレ野郎。クラマ、そっちはどうだ?」

 

 

 ふざけている様子に見えるがそれは表面上だけのものであり、彼とて百戦錬磨の戦士である。オンとオフの切り替えなど瞬時に出来る。

 そしてクラマと呼ばれた男は若干のタイムラグの後に返事を返す。経過は順調、と。しかし。

 

 

「学園の警備は厳重だが想定の範囲内か。さすがに陽動前に潜入は無理ってわけだ、さてどうする…?」

 

「…どうするも何もない。予定通りだ」

 

「…チッ。わかってんのか?この作戦に次はねぇぜ?命なんざ別に惜しいと思わねぇが…俺も、お前らも、すでに崖っぷちなんだぜ」

 

 

 ガウルンの気配が変わる。数多の戦場を潜り抜けてきた猛者の気配だ。しかし先の大戦で散っていった際に自身を構成する何かを失った。

 狡猾で残忍、しかし命というものの儚さを知る戦士の不文律だけは守る男。故に彼を突き動かす欲求は破壊や殺戮ではなく戦いそのものにある。まさに野生と理性が融合した知恵を持った獣。

 

 ガウルンは理解している。自分たちがこの世界にとっての異物だということを。だからこそ世界の理から拒絶されているかのように常に死が付き纏っている事も。

 しかしこんな作戦に己の命を投げ捨てる価値などない事も理解しきっている。まだ死ねない、まだその時ではないと本能が囁く。

 

 

『…花火は上がりました、さぁ時間ですよ兵士の皆さん。先程VTシステムが発動しましたので、じきにMS隊も現れるでしょう。僕はこのまま地下シェルターに避難しておきますよ』

 

 

 通信が届く。IS学園アリーナにIS関連企業の社長という身分で偽装潜入し、観客席にて観戦していたムルタ・アズラエルからのものだ。

 学園のアリーナでVTシステムが発動した。これは女性権利団体が学園教師を抱き込み、今大会で使用されるISにデータを移植させた条約違反のシステム。これを皮切りに陸と空から挟撃する形で学園を襲撃するのが今回の与えられた作戦概要。

 

 しかし彼らは独自にその作戦を修正した。

 

 

「いいご身分だな、少しは働けや」

 

「それこそプロに任せるのが道理ではありませんかねぇ?僕は所詮経営者に過ぎませんので。では…」

 

 

 通信が切れる。彼の言う通り戦闘の素人が手出ししたところで邪魔でしかないのだ、余計なことをせずに大人しくしていてもらったほうがいいだろう。しかしガウルンのささくれた心を逆撫でするのなら多少なりとも効果はあった。

 

 

「潮時…だな」

 

 

 吹っ切れたような表情のガウルンが秘匿通信を繋ぐ。それは作戦行動を共にする者たちとは別の、プライベートなチャンネル。

 

 

『二人とも、準備は?』

 

『…いつでも使用できます、先生』

 

『そうか。時間になったら構わず行け、それと…達者でな』

 

 

 通信先から若い女性の声が届く。悲しみを堪えるような声だ。それを聞いたガウルンは僅かな微笑みを浮かべそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「VTシステムが敗北しただと!?おのれ…」

 

 

 観客席では封鎖されてしまったアリーナ内の様子を見ることは出来ない。しかし独自の伝手により内部の情報を入手していた女性、エーデル・ベルナルは美しい貌を歪めて呪詛のように恨み言を吐き捨てる。

 お付きの警護はオロオロとした様子で状況に着いていけていない、しかし彼女はお構いなしに客席から立ち上がりアリーナの外に向けて移動を開始した。

 

 

(あまりにも対処が早い…。情報がどこからか漏れたか?いや、仮にそうだとして如何にしてVTシステムに対抗した?)

 

 

 IS操縦者の二大巨頭。双璧とも言える最強の操縦者のデータ。それを打ち破るとなればISの性能だけではなく操縦者も二人と同等の技量が要求される。

 仮に本物の織斑千冬とアリーシャ・ジョセスターフが相手だったとしても、学園が所有するのは量産機であり訓練機だ。ならば当時の彼女たちの専用機を再現したVTシステムのほうに分があると言えるだろう。そう簡単に破壊されるなどエーデル・ベルナルは想像も出来ない。

 

 しかし現実にVTシステムは敗北した。女権団が送り込んだ教師(スパイ)からの情報によれば、学園に新たに配備された新型は存在しないという。何がどうなっているのか、彼女の不信は募る。

 

 

「…本部に戻る。何かが食い違っているのは間違いない」

 

「あらあら、まだ避難誘導は終わっていませんよ。どこに行くのですか?」

 

 

 学園から離れようとしていた女権団一行の前に一人の少女が立ち塞がった。水色の髪と紅い瞳。制服の上からも分かる抜群のスタイル。

 

 IS学園生徒会長、更識刀奈その人だ。

 

 

「…貴女に何の権利があって我々に干渉するのです?そこをどいていただきたい」

 

 

 しかしエーデル・ベルナルは為政者の仮面を被り直し刀奈に告げる。口調は先ほどまでと違い柔らかくなっているが、内心にはドス黒い怒りと憎悪が渦巻いている。

 お付きのSP達が油断なくエーデル・ベルナルを庇うように前に出るが、それを手で制し一歩歩み出る。聖母のような眼差しで刀奈を見つめる。しかし…。

 

 

「まぁ、見事な仮面ですこと。さすがジ・エーデルのお人形さん、こわいわ~♪世界の平和のためにもここで女権団は潰しておかないといけないわね♪あ、三回回ってワンって言ってくれたらちょっと考えちゃうかしら?」

 

 

 雪華を通じてその正体を知っている刀奈を騙すことなど不可能だった。

 欠落した因子。屈辱の過去を掘り起こされた女権団代表は夜叉の形相で楯無を睨む。抑えきれない恨みと怒り、そして肥大化した野心と復讐心が全身から溢れ出る。

 楯無は扇子で口元を隠し、スッと目を細めて周囲を観察する。目の前のエーデル・ベルナル以外に厄介な手合いは居るか?と。いつでもISを展開できるように意識を集中する。脱力した状態でありながら隙の無い立ち姿、IS学園で生徒最強は伊達ではない。

 しかしそれはIS学園内に限る話だ。世界は広い、埋もれているだけで織斑千冬と同等かそれ以上の戦闘力を有した存在がまだ残っている可能性も十分ある。

 

 そしてそれは自ずと最悪の形で訪れる。

 

 

「貴様…、ヤツの手先か!!前世で私の尊厳を悉く踏みにじった挙句、今世でもまた…!!」

 

 

 肩を震わせ吠えるエーデル。もはや聖女の仮面などどこかに置き忘れてきたかのような激昂。左腕に着けているシルバーのブレスレットが眩い光を放ち、量子化されたソレがエーデル・ベルナルの身を包む。

 楯無は自身が想像していた以上に導火線が短い爆弾(トラウマ)に舌打ちしたが、概ね想定していた通りなのか落ち着いた様子で『氷の女帝(ファービュラリス)』を展開し、背部ウイングを開放する。

 

 だが楯無は未だ展開が済まないエーデル・ベルナルのISに違和感を覚えた。量子化された光は黒く輝き、まるでブラックホールのように再びブレスレットに吸い込まれる。何かがおかしい、楯無の直感が囁く。

 

 

「私はこの世界を統べる者…。誰にも邪魔はさせぬ。ヤツの呪縛は最早無い、私を止められる者など最早…!!」

 

 

 その瞬間、暗闇が弾けた。

 

 楯無は目の前で起きている異常事態に思わず後方に飛ぶ。些細な変化も見逃さないように注視しながら観察するが、あまりにもおぞましいソレに冷や汗が頬を伝う。

 それはISでありながらISとは呼べない何かだった。通常5m以下の全長で納まるはずの機体は100mを優に超え、機械というより半分生物に近い異様な装甲。胸部に山羊の顔、腹部に蛇を挟んだようにそれが尻尾となって伸び、腰に獅子の頭部が埋め込まれ、蹄の付いた両脚が伸びるキメラのような機体。その反面両腕はマニピュレーターが無くドリルアームに、そして巨大な2枚のウイングスラスターを搭載。これが唯一ISらしい部分といえるだろうか。

 

 

「レム…レース」

 

 

 あまりにも常識外れの機体に流石の楯無も表情が固まる。

 雪華の専用機DEM-03『ジェニオン(いがみ合う双子)』の大元。遍く次元全てに存在し、黒の英知により全ての人格意識を共有した稀代の大天才ジ・エーデル・ベルナル。彼が生み出した対御使い用決戦兵器の雛型であるDEM-01『レムレース(亡霊)

 

 異形のISは咆哮を上げ、敵と認識した楯無に襲い掛かった。

 

 

「私は誰よりも優れた人間だッ!!神に選ばれた至高の存在なのだ!!邪魔をするものは全て…塵一つ残さず消滅するがいい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   2009531平行世界 火星近海 天柱ゲート付近

 

 ラー・カイラム艦内

 

「次元跳躍、完了しました。各部システム異常ありません」

 

「よし、引き続き周囲を警戒してくれ。メラン、暫く艦内の事を頼む。トーレスは通信回線を開いてくれ」

 

「了解です」

 

「ミノフスキー粒子は感知されませんね…。通信、繋がりました。モニターに上げます」

 

 

 ラー・カイラム艦内は次元エレベーターを通った際に不具合が生じていないかを慌ただしくチェックするクルー達が行き交う。艦長であるブライト・ノアは通信士のトーレスを通じて他の艦隊との連絡を取り、現在地の照らし合わせを行う。

 彼らがバルゴラの転移を掴んだのがおよそ半年前。様々な機材や資材を調達搬入し、出港準備が整ったのがつい先日の事だ。激戦の傷跡により戦闘要員から外れた者たちもいるために、かつてのメンバー全員が揃っているわけではないが、それでもかなりの大所帯だ。

 

 しかしこちらの世界ではバルゴラの転移からもう4年以上が経過していたのだ。明らかに時間軸が違っている。しかしZ-BLUE隊のメンバーはそのズレを知らない。

 

 

「ブライト艦長、そちらはいかがです?本艦は少し座標がずれております。先程入った情報によりますと一番地球から遠い位置に転移したのは我々のようですな」

 

 

 モニターの向こう側でネェル・アーガマ艦長のオットー・ミタスが苦笑する。ラー・カイラムはおよそ火星にあるゲートの座標とほとんど変わらない場所に居るのだが、彼らはどうやら木星とまでは行かないがアステロイドベルト出口付近に展開しているようだ。離れていると言ってもミノフスキー粒子の影響下に無い宙域であれば交信そのものは難しくは無く、今の処レーダーには敵性勢力などは捉えられていない。

 

 

「ほぼ座標通りに転移できたのはラー・カイラムの他はドラゴンズハイヴと真ゲッタードラゴンのみですか。少し離れてネェル・アーガマ方面に超銀河ダイグレンとトゥアハー・デ・ダナン。地球寄りにマクロス・クォーターが。そして地球に一番近いのはプトレマイオス2改ですか。見事にばらけましたね」

 

 

 三つ編みのお下げを指で弄りながらトゥアハー・デ・ダナン艦長テレサ・テスタロッサが発言する。元々はストレスが溜まっているときに無意識に表れていた癖なのだが、今のテッサは手持無沙汰な時に意識して弄る様になっただけだ。しかし彼女の言う通り現在かなり広範囲に艦隊が離れている。当初の予定ではソレスタルビーイングのメンバーが突入した後、彼女らミスリルのメンバーが大気圏突入する手筈だった。しかしこれだけ距離が離れていると合流するにもかなりの時間は掛かってしまう。

 

 

「ですが幸いにも周囲に敵性勢力は存在しないようですし、まずは地球側に交信してみるのも一つの案ではないでしょうか?」

 

「そうなるとプトレマイオスの方が向いているだろう。GN粒子を使えばレーダーに映る事はない上、何より大気圏離脱にかかる時間が違いすぎる。それにマクロス・クォーターは図体がでかい」

 

 

 マクロス・クォーター艦長のジェフリー・ワイルダーがプトレマイオスチームを推挙する。確かに安全に大気圏を抜けようと思うならば彼ら以上の適任は居ない。しかしプトレマイオスは戦艦ではなく多目的輸送艦なので護衛が居なければZ-BLUE隊の艦船では一番自衛能力は低い。

 しかし元々突入部隊として選ばれていた船であるために、今回はトレミークルー以外にも数人乗り込んでいる。まず乗艦であったソーラリアンをヒビキに譲ったトライア博士と助手であるエスター・ハルハス。俺が行かなきゃ誰が行くんだと、どうにも言う事を聞かないシン・アスカやお目付け役のルナマリア・ホーク。巻き込まれた形でキラ・ヤマトとカミーユ・ビダン。

 ただ現在、刹那・F・セイエイとフェルト・グレイスがELSの母星に向かっている為に部隊には居ない。肉体を捨てて精神だけ刹那達に着いて行っているティエリアは、ヴェーダを介して意見の参加や情報収集は出来るが戦闘は出来ない。最大戦力のクアンタが不在で火力担当のラファエルはパイロットが居ない為に実質プトレマイオスが保有する戦力は差し引きゼロに近いだろう。

 

 

「後数人、戦力が欲しいところですね。もしも戦闘となった時、本艦を守りながらでは…。えっ、これって!?」

 

 

 プトレマイオス2改艦長のスメラギ・李・ノリエガは収集しているデータを精査しつつ物憂げな表情で呟く。頭の中では同時進行で様々なパターンを構築しているが、良いアイデアは浮かぶ様子がない。しかし精査しているデータの中に無視できないものが含まれているのを見つけ、思わず声を上げてしまう。

 

 

「地球の…、これは日本の座標かしら?こんな狭い範囲で大規模戦闘が行われている?トライア博士、次元力の感知もみられますか?ッ!戦闘が行われている座標がどんどん増えて…、世界中!?一体、何が…」

 

 

 一心不乱にコンソールを操作するスメラギの姿に他の艦長達は発言を控える。言葉の端々から不穏な単語がいくつか聞こえてくるが、こういう時の彼女はとても頼りになる。

 

 

「ブライト艦長!プトレマイオスチームは直ちに大気圏突入し、最初の大規模戦闘が行われている座標に向かいます。他の箇所には無い大きな次元力が感知されている以上、そこに二人が居る可能性が高いでしょう。ただ後詰めが無ければ継戦は不可能なので最短距離で突入し離脱します!」

 

 

 顔を上げたスメラギの表情は決断を下したものだった。おそらく雪華達が居るだろうという地点におおよそのアタリを付けたのだろう。モニターの向こう側でクルー達に矢継ぎ早に指示を飛ばし、精査したデータを次々に各艦に送っている。

 

 

「致し方ないか、了解した。ジェフリー艦長、出来る限り支援できる距離まで移動して頂きたい。我々も可能な限り地球圏に向かう。ゲートの建設はその後だ。それとオットー艦長は済まない、後回しになってしまうがそちらも周囲を警戒しつつ地球に向けて移動を開始してくれ」

 

「了解した。総員、第二種戦闘配備だ。野郎ども!いつでも波に乗れる準備しておけ!頼んだぞボビー!」

 

『うおっしゃあああっ!!!血が滾ってきたぁ!!!』

 

 

 マクロス・クォーター艦内でも動きが活発化している様子だ。モニターの向こう側から届く操舵手のボビー・マルゴの返事は打って変わって力強い咆哮だった。

 




天羽之斬:日本神話に登場する刀剣。極細のレイピア状にまで収斂したエネルギーブレードで、零落白夜と同等の威力と遥かに改善されたエネルギー効率を持つ。展開装甲の緋緋色金と合体させる事により3つのモードチェンジを行う。

緋緋色金:古代日本で使用されていたと言われる伝説の金属。紅椿の展開装甲と同じシステムを持ち、用途に応じた様々な形状に自己進化する。天羽之斬と合体する事により変剣之型となり、壱『建御雷』、弐『経津主』、参『加具土』の3種類がある。

沈黙の巨蟹:虚無が覚醒キーとなるスフィア。ちっふーの専用機に搭載されているものはフェイクスフィアなため反作用は生れないが、本来の力を引き出す為には虚無を極めなければならない。ではちっふーの虚無とは何なのか?

ダブルオーライザー:プトレマイオス2改でお留守番しているGN電池2号。パイロット不在。

ライザーソード:粒子貯蔵タンク装備型なためにサブパイロットは必要ないごん太ビームサーベル。最大約1万kmにも達するらしい。

建御雷:タケミカヅチ。展開装甲と一体化し、右肘のあたりから7つの刃が変則的に伸び、中央部分にある右手に持った天羽之斬と合わせて8つになる。八岐大蛇をモチーフにした形態で膨大な電撃を放つ。

竜巻軌道瞬時加速:トルネードイグニッションブースト。原作には搭乗しない技術で、荒れ狂う竜巻のような予測不能の動きをする暴走状態の個別瞬時加速。当然ながら瞬時加速中の方向転換そのものなので素人が真似すれば体が捩じ切れてしまうかもしれない。

プラン1058 コダールi:暗く赤い塗装のコダール改良型IS。ECS装置は電子機器が弱いので、可視光の中では最も波長の短い赤色を使用することで辛うじて透明化することに成功している。その代わり戦闘力はガーンズバックを凌駕し、パイロットが凶悪なために猛威を振るう。

モミアゲ:ゲイツのトレードマーク。原作小説では見せ場と呼べるものがないほどあっさり退場するゲイツだが、スパロボではしつこい程に何度も登場しセリフも個性的なものが多い。人間性は最低のクズなので用意されたセリフもひどいものばかり。

クラマ:アマルガム実行部隊の一人。ASには乗らないが生身の戦闘力は高く、原作小説で宗介はクラマと戦って重傷を負い、肝臓の損傷などで後遺症が残った。スパロボでは一方的にやられるため咬ませ犬っぽくなっている。

ムルタ・アズラエル:慇懃で人を食ったような態度と、コーディネーターの居ない世界なのでそこまで精神が捻じ曲がってはいないが、野心家で上昇志向が強い。反面、経営者としては優秀。

エーデル・ベルナルの能力:スパロボZのラスボスなのでステータスは全て高いレベルで纏まっている厄介なキャラ。

レムレース:あくまでも試作機の域を出ない機体だが、それでも戦闘能力は高い。製作者の趣味の悪さを煮詰めたようなデザイン。

時間のズレ:IS世界の時間は他の次元と比べると早送りしているように進む。


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