「おい……あいつだぞ……」
「やめろって……」
綺麗に整った廊下は冷たい空気に満たされており、その窓際を歩く二人の男は、反対側から歩いてきた金髪の少女を見ると、呟き足早に去って行った。少女は無表情に全てを伝える。心身共に疲弊し、誰かから助けを貰う事も無い。孤独はただ蝕むように少女の感性を満たし、小さな体に見合わない刀を下げて歩いて行く。”裏切り者の娘”ただそれだけの肩書きが、どれほど少女に重くのしかかるのか、周囲の人間は分かろうともしない。少女はとある一室にたどり着くと、ノックもせずに部屋に入った。中にはツインテールをした同じくらいの少女がおり、金髪の少女はソファに座る。
「お話とは何でしょうか?」
「分かってるでしょ……私はここを抜ける、貴女に止める権利は無い」
少女、四条桃花学院長は金髪の少女が座ると、反対側のソファに座り問いかけた。学院長は金髪の少女の言葉ににっこりと笑って見せる。
「巾桐さんには随分とお世話になりました….…あのような事件には心を痛めるばかりです。しかし、子供の貴女に罪はありま……」
「それが答えか」
「そうです。ですが、できれば貴女には残って頂きたい。貴女の両親は共に優秀な魔法使いです。ゴーストトレイラーから仲間を守ることに順次し、おかげで被害は無くなりました。貴女は、魔法使いでありながら、魔法を使わない。それがどれだけの人を見捨てることになるか、亡きお父さんも悲しみますよ?」
金髪の少女、零は呆れたように呟き、立ち上がった。学院長もそれを見て言葉を続けたが、零はそのまま扉の前まで歩いて行き立ち止まる。
「行き場の無い私を置いてくれた事は、感謝している。しかし、少なからず貴女達、ウィザードブレスも敵だ。私自身を含めて……な」
零は言葉を残して部屋を出て行き、残された学院長は、憂いに満ちた瞳を伏せ、小さく溜息をついた。部屋の外は騒がしく、何人もの魔法使いが怒号を飛ばし、悲鳴や断末魔がこだましていた。
零等六人はDグループの拠点である、大きなビルに待機していた。着いた時には誰も居らず、龍を見張りに付けて各自休憩していた。零と時雨はそろって眠っており、零は薄っすらと汗をかいている。対して莱華と虎鉄、葵葉の三人は何やら話していた。
「零が……?だって、彼女は魔法も使えないし何よりも、金髪で刀を使ってたことしか共通点は無いですよ?」
葵葉はなにやら焦った様子で反論をしているのに対して、虎鉄と莱華は揃って首を振り、眠りについている零へと視線を向ける。
「少なくともウィザードブレスは、これを隠蔽したがっている。それに、魔法を使えるお前は、零に勝てるのか?」
虎鉄の言葉に渋い顔をした葵葉は、小さく首を振った。葵葉も刀を扱うのだが、その扱いや戦法は、全て零によって教えられた物なのだ。葵葉がこのグループにいられるのも、それのおかげと言って過言では無い。
「生徒数名を斬殺して逃亡した少女……それが零だとして、何か不具合でもある?あの娘は強い、魔法を使えるにせよ使えないにせよね。私達に伝えたのには理由でもあるのかしら?才兎は、知らないんでしょ」
莱華は葵葉と違い、落ち着いて状況を把握していた。このタイミングで、それを伝える意味は何か。莱華の鋭い指摘を受けた虎鉄は、苦笑いを零して口を開いた。
「今回の件は……」
「虎鉄さん、お客さんですよ?」
しかし、それに合わせるように龍の声が響き、虎鉄は口を閉じる。龍は電気魔法をソナー代わりに使っており、見張りについていたのもそのためだ。どうやら何者かがビルに入ってきたらしい。
「零と時雨を起こせ。何人来たんだ?」
「二人だけ。外に別働隊がいるかもだけど、僕もそこまではねー?」
莱華が虎鉄に従い、二人の肩を揺らして起こすと、龍はのんびりと答えた。零と時雨も状況を察したらしく、立ち上がると虎鉄へと歩み寄る。
「二人か……葵葉と零は俺とここに残れ、莱華は龍と時雨を連れてここを出る。その後、龍の索敵で周囲を確認し、問題があれば信号を出してから対処に移れ」
五人は小さく頷くと、それぞれ指示通りに行動を始める。
「人と人とを繋ぐ縁よ、我が眼前ではその全てを断ち切り、一つの影へと移りゆく。幻影の覇者……」
莱華達は時雨の肩に手を起くと、ゆっくりと背景に溶け込み、灰色の粒子をその場に残して消えた。足音一つ聞こえないが、これが時雨の特異魔法だ。三人が消えた事を確認し、零と葵葉は刀に手を添える。
「寝起きじゃ全力が出せないんじゃないですか?ここで休んでてもいいですよ」
すると、葵葉が零を小馬鹿するように言い、虎鉄は特に叱る訳では無く、呆れたようにため息をつく。
「わざわざ戦力を減らすというのは、よほど頭が冴えていないとできない判断のようだな」
零は鼻で笑うと、それだけ呟いて小さく首を傾げる。葵葉はしばし理解できないようでキョトンとしたが、虎鉄がクスクスと笑っているのを見ると、悔しそうに視線を逸らした。
「じゃあ、作戦立案を知性的な葵葉さんにお願いしようか」
「虎鉄さん!」
葵葉が視線を逸らすのを確認すると、零はわざとらしく敬語を使って葵葉に振り、虎鉄はカッカッカと笑いだしてしまった。葵葉は零をちらっと確認すると、虎鉄に怒りをぶつけるように睨みつける。
「わりぃわりぃ……とりあえず、今回は零の勝ちってことで、前衛を葵葉に、俺の護衛を零に任せる。異論は無いな?」
「じゃあ、今回は楽をさせて貰うかな」
虎鉄は「怖い怖い」と呟き指示を出すと、三人で廊下へと出て行った。
廊下には明かりと呼べる物は無く、侵入したらしい二人組も勿論、形すら掴めそうにない。すぐ目の前に居る、虎鉄と葵葉がぼんやりと見えるだけで、月の光も期待できそうになかった。
「待ち構えるにはもう遅い、屋上まで上がるぞ、迅速に動け」
廊下の状態を確認した虎鉄は、簡単な指示だけ出して走り出した。相手に時雨のような魔法を使えたり、暗視できる者が居ないとは限らない、危険を回避するにはこれが一番安心なのだ。零と葵葉は頷き、虎鉄の後を暗闇を掻き分け付いて行き、葵葉が先行した。
「っ……クリアです」
屋上の戸を蹴破り現れたのは葵葉で、周囲を見渡すとそう呟き鞘から手を離した。
「ご苦労様。信号は見当たらないし、向こうは大丈夫だろう。こっちはこっちでゆっくりやるか」
その後に虎鉄と零が入ってくると、虎鉄の指示を聞いて三人ともその場に座り込む。虎鉄はタバコを取り出し、葵葉は乱れた髪を手櫛しはじめ、零はドアにもたれて刀を握っている。夜風はまだ暖かさを残し、沈黙を拒むように小さく風が吹いた。
「……あの、一ついいですか?」
「んー……なんだ?」
風が止み、最初に沈黙を破ったのは葵葉だった。虎鉄はタバコを一口吸い、余韻を楽しむように煙を吐くと、小さくなっていたそれを捨てた。
「その……ウィザードブレスは今どうしてると思いますか?」
「そうだな、恐らくもう動き始める時期だな。少なくともDグループ以外にも、被害の出てる所はいくつかある。俺等んところもそうならないとは限らないしな。何より……あのチビは厄介だ」
葵葉は少し気まずそうに口を開き、虎鉄は至って普通に返事を返した。これは零に少し気を使ったのだろうが、零は眠ったように目を閉じている。
「チビ……学院長ですか?」
しかし、学院長と聞くと目を開け、半ば睨むような目つきで葵葉を見た。だが、葵葉はそれに気付くことは無い。
「聞きたい事があるなら本人に聞け、回りくどいのは嫌いなんでね」
虎鉄は溜息混じりにそう言うと、タバコを取り出し口に咥える。葵葉は罰の悪そうな顔をすると、零へと視線を向けた。零は依然として、睨むように葵葉を視界に捉えており、葵葉もそのまま黙ってしまった。
「……お前の想像するような、金髪の少女は私だ。満足したか?この組織において、過去の詮索はする物じゃない。今回のような、無駄な意識が生まれるからな」
しかし、沈黙は長く続かず、零が棘の多い言い方で葵葉に告げる。あの時、起きていたのだろう。葵葉の表情は曇り、ゆっくりと口を開く。
「分かってますよ……でも、私だって……」
「そこで頭を冷やしてろ、私は席を外す」
零は立ち上がると、冷たくそう呟き、屋上から出て行った。虎鉄はそれを止めるでなく、見送った。
「……?」
零が屋上から出ると、階段の前に見知らぬ女性が立っていた。不思議と周囲は明るく、女性から生えている、金属の触手のような羽が不気味な光沢を発しており、零は刀を構えた。女性は機械的な冷たさで零を見つめており、空虚な瞳は赤黒く変色し、奇猟じみた生臭い死臭が漂い鼻に刺さった。
「っ……零!」
それを感じて二人を呼ぼうとした矢先、ドアが勢い良くへこみ、虎鉄の声が響いた。どうやら分断されたらしいが、目の前の女性は動く気配を見せず、ただ何かを待っている。
「こっちもだ、手早く片付けて援護に向かう!」
零は刀を抜くと、女性へ駆けて行きながら叫んだ。すると、不意に女性は口を開く。
「目標補足。データを、ささ、さ、採取します。マキナ、戦闘じょ、じ、モードにシフトして、し、ます」
言葉はまるでバグを起こした人口音声のようで、それだけ言うと向こうからも駆け出した。足には足枷がついているようで、千切れた鎖がジャラジャラと音を立てる。
「補足、補足」
「うるさい……!」
零が刀を振り下ろすと、金属の翼がそれを弾き、両手で首に掴み掛かろうと手を伸ばしてくる。零は刀を弾かれた方の足を軸足にし、そのまま腹部へと蹴りを入れて相手を怯ませようとした。
「い、たい。痛いです」
「バカなっ……!」
しかし、マキナはそれだけ呟くと、怯むどころか動きを増して零の足を掴み、壁へ叩きつけた。零は血を吐くと、ダラっとして意識を保ったまま動かなくなった。内臓や骨に傷を負ったのだろう。マキナはその様子の零の足を掴んだまま、何をするでも無く何かを待ち、三分後に呟く。
「収集完了、マキナ、き、きか、き……試験体四号と合流し、この場から帰還します」
まるで人形が言葉を覚えて、何かを伝えようとしているようだ。マキナはミスの修正に言葉を並べ続け、言葉を言い終わると扉が吹き飛ばされる。
「こちらもデータ採取終了したよ、マキナ。帰ろっか?」
「き、きと、します」
試験体四号と呼ばれていた者の声はまだ暖かく、無邪気な子供のようであった。零は目の前に淡いピンク色をした粒子が舞っているのを見て、ゆっくりと意識を失った。
零が目を覚ますと、随分と高い位置にある見慣れない天井が視界に映った。ランプが規則的にならぶ、かなり広い天井だ。上半身を上げて周囲を見渡すと、零の敷布団に寄り添うように才兎が眠っていた。
改めて見渡すと見覚えのある物が幾つかあった。十枚ほどの敷布団、酒瓶や拳銃、どれも虎鉄や莱華の所持品だ。零の刀も才兎の隣に置かれていた。零は才兎をゆすり起こす。
「起きろ、才兎」
才兎は小さく喉を鳴らすと、のそっと瞼を開けて零の顔を確認する。すると、才兎は驚いた様子で、安堵のため息をしながら脱力した。
「よかった……」
才兎は小さく呟き、零は状況が掴めずに小さく首を傾げる。
「ここは……?」
「あ、ごめん。えーっと……零と虎鉄さん、それに葵葉が重傷を負った状態で六人が帰還して、その後、虎鉄さんと葵葉は治癒魔法ですぐ目を覚ましたんだけど、零だけ起きなかったんだ。理由も分からないけど、とりあえずは位置がバレた可能性があるから移動をして、今は小学校の体育館を仮拠点にしてる所だよ」
「ふむ……?」
才兎の説明を受けた零は、大きな違和感を感じた。言葉にできないような、強い嫌悪感に近い何かだ。
「私は、何日寝ていた?」
「三日間だよ、正直もうダメだと思ってたよ……本当、良かった……」
しかし、そんなことをわざわざ言葉にはしない。無意味であることは明確なのだから。零は才兎の返事を聞くと、小さく首を傾げて質問を重ねる。
「その間、ずっと看病してたのか?」
「え?まぁ、うん……そうだけど……」
才兎は急に恥ずかしそうに言葉を濁したが、零は小さく頷くと少しよろけながら立ち上がった。
「そうか、じゃあ面倒ついでだ、体を動かしたいから付き合え」
ほとんど無意識の言葉だった。才兎は一瞬きょとん、とすると、にへらと笑いながら零の刀を差し出しながら立ち上がる。
「分かった、僕でいいなら付き合うよ」
零は刀を受け取ると、少し歩き難そうに外へ向かい、才兎は肩を軽く支えてやりながら一緒に出て行った。
外に出ると、暖かな日差しが出迎えた。固まっていた筋肉は完全とは言えず、刀を腰に掛けると大人しく才兎に重心を傾け始める。
「……他の奴等はどうしてるんだ?」
「今は新しい穴倉を探しに歩き回ってる所じゃないかな?リーダーは知らないよ」
才兎は努めて普段通り答えた。しかし、ぎくしゃくしたぎこちない笑顔に零は違和感を覚え、考えるように顔を下へかたむける。
「あ、そういえば、零の昔話をまだ聞いて無かったよね?」
それを見た才兎は、思い出したように零へ話を振った。零もそちらに気を取られたようで、才兎へと顔を向ける。
「あの時は指示だ、私の意思じゃない。それに私からも答えただろ」
「あれは答えになってないし、まだ報告してないんでしょ?ならそれを理由にするのは卑怯だよ」
零は意地でも言わないつもりなのか、起きたばかりの脳を回転させて反論した。才兎も引き下がる様子は無く一つ一つ言い訳を潰しに掛かった。
「お前に話す道理も無い」
「自分だけ話さないのはどうなのかな?」
「む……」
「勝った」
零はジトっと才兎を見て訴え掛けたが、才兎は得意気に零を見ると小さく呟いて見せる。
「零はどうか知らないけど、僕にとっては大切なことだから。知りたいんだ」
「聞いて面白い話でも無いし、何かが変わる訳でも無い。同情も哀れみも慰めも、煩わしいだけだ」
才兎の言葉は柔らかく、子供にさとすお父さんのような眼差しであり、どこか悲しそうな響きがあった。零は最後に念を押すように告げたが、才兎のにっこりとした笑顔を見ると、諦めたようで小さくため息をつく。
「……私は純血の魔法使い、魔法貴族だ。父の巾桐 嵐はウィザードブレスに、母のサリル=フライアはエンシェント・ペンドラゴンに所属していた。しかし、サリルは魔法の才能が無かったらしい」
「……」
歩くのを遅くし、ゆっくりと語りだしたのを、才兎は黙って聞いていた。
「それで次第に扱いも悪くなり、兄妹喧嘩で相手を重症にしてしまって追い出された。そして、それを拾ってウィザードブレスに迎えたのが、巾桐 嵐だったという訳だ。父は優秀な魔法使いで、サリルの訓練にもかなり手を貸していた。次第に二人の距離は近付き、結婚して零という女を産んでしまった……サリルはその後も訓練を惜しまず、特異魔法である未来予知を用いて尽力していた。しかし、ある日事件が起きる……」
「巾桐 嵐の襲撃によりフライア家はサリルとその姉を残して全滅。巾桐 サリルと巾桐嵐の大剣だけは見つからずに忽然と姿を消した、これのことだね」
「そうだ。それが表に出ている情報だ」
才兎の言葉に対して、零は分かっている、といった様子でそれを否定した。才兎も才兎なりに調べたのだろうが、それはまた違っていたのである。零は驚いた様子の才兎を見て、止まることなく話し続けた。
「実際に襲ったのは、サリルの方だ。それを止めようと父は出向き、返り討ちにされた……非力な自分を呪ったよ、もっと早く気付き、もっと強い魔力があって、ちゃんと二人を止めることができればな……」
そこまで話すと、零は眉をひそめて立ち止まった。刀の柄を握り締め、今にも抜いて暴れだしそうなほどりきんでいる。才兎はそれに対して上手い言葉をかけれず、ゆっくりと口を開いた。
「……零は、悪くないよ」
その一言はとても弱く、ハッキリとした意味合いは無かった。才兎も曖昧な感情を言葉にできず、考えるような表情になった。
「そういう問題じゃなく、非力な自分が嫌なんだよ。話を戻すか。その後遅れてきた学院長に拾われて、私はウィザードブレスに戻った。しかし、学院長は事実を隠蔽した。全ては父の仕業で、サリルとその家族は皆殺しだ、と。他のコミュニティとの衝突は避けたいのだろうな。事実、嵐をゴーストトレイラーに仕立て上げ、ほとぼりは冷めていったよ。だが、その後の私の扱いを想像することくらい簡単だろ?裏切り者などと聞くだけで、殺意が湧いたよ。父にはお墓も作れず、位牌も無いんだからな……」
「それで、ウィザードブレスを抜けた、と」
全て話し終わるころには、丁度半分ほど歩いていた。零は歩みを止め、地面に座り込む。才兎は触れていた背中から、激しい心拍を感じており、一緒に座り込む。
痛い沈黙がその場に流れ、二人の距離は少しずつ離れて行くようにも感じた。そしてそれを破ったのは、予想外の客人であった。
「おいおい、本当に居んじゃねーか」
「っ誰だ……?」
不意に聞こえた男の声に、二人は跳ねるように立ち上がった。二人が見た先には大男が立っていた。身の丈ほどのバスターソードを肩に担ぎ、その隣にメガネを掛けた男がアタッシュケースを片手に辺りを見渡している。
「ん?あー、ゴーストトレイラーって名乗ればわかるか?」
「零、下がっちょ、ちょっと!」
才兎は相手が名乗ったのを聞くと、零に指示しながら前へ出た。しかし、零は才兎の首根っこを掴むと、後ろへ引っ張り自身が前へ出る。
「追神、どっちにすんの?」
「……女だ、男の方は武器を持って無いようだしな」
狼神と呼ばれた男は二人を見ると、そう言いバスターソードを降ろした。
「才兎、お前は先に帰ってろ。こいつ等くらい、私一人で十分だ」
「へぇ?言ってくれるじゃねーの。牛若、手ぇ出すなよ」
「男も面倒だからやっといていいよな?」
「好きにしろ」
才兎に発言権は無いようで、才兎は零を一瞥すると、悔しそうに歯軋りをして、背中を向けて駆け出した。才兎は分かっているのだろう、この二人を相手にするには、ハンデが大き過ぎると。牛若と呼ばれた男がそれを確認して追おうとすると、零が刀を捨てて道を塞ぐように前へ出た。
「邪魔すんのか!?」
「少し私に付き合え、未来無き軍隊も、あいつを失う訳にはいかないんだ」
牛若はアタッシュケースを開けようとしたが、狼神が前へ出たのを見ると、食い下がろうとしたが、すぐに諦めて後退した。
「つまり、時間稼ぎをして逃がすってことか?残念だが、お前を捕まえただけでも戦果は上がるんだぜ?」
「いや?私がお前達を殺して帰る。簡単な話だと思うんだが」
狼神はクスクスと笑いながらバスターソードを構え、語り掛けた。それに対し、零はキョトンと首を傾げて挑発で返す。
「それなら、試してみるか!」
狼神はそれだけ叫ぶと、零へと駆けて行き、バスターソードを肩口へ斜めに振り下ろす。刀は衝撃に弱く折れやすい、捨てた理由はそれだろう。懐からナイフを取り出すと、大きく後退して避ける。狼神はそれを追うように体を一回転させ、再度同じように斬り掛かってくるのだ。零がナイフに変えた途端、切っ先を掠めるようにバスターソードを振り下ろす。距離を開けて確実に決めるつもりだろう。零は小さく後退してそれを避け、ナイフ構えた。
「魔法は使わないのか?」
「あぁ?俺は回避魔法使いなんだよ、お前こそ使わないのか?」
「……どうだろうな」
狼神の言葉を聞くと、零は小さく笑い呟いた。身体が不自由な今でも、一人はやれると判断したのだろう。
「何を笑って……っ!」
零は狼神が口を開くのを確認し、飛び込むように近付いた。狼神は横へ薙ぎ払い迎撃しようとしたが、バスターソードは振りが遅い、零は薄く濃度の低い、黄金色に輝く粒子を尾ひれに残し、跳躍して避けた。狼神のバスターソードは空振り、零は狼神の頭上へナイフを振り下ろす。全身が軋み、筋肉は急な運動に悲鳴を上げる。その刹那の隙を狼神は見逃さなかった。左手をバスターソードから離すと、零の手首を掴み、受け流すように放り投げた。
「なんだ、随分と制御が下手だが、ちゃんと魔法使えるじゃねーか」
「っ……クソ」
零がアスファルトに投げ出され、受け身を取り軽く転がったのを見て、狼神は薄く笑みを零した。狼神の周囲には、煌めく黄金の粒子と、焼け焦げたアスファルトが宙に浮かんでおり、周囲の足元は抉るように切り取られていた。零が跳躍した時に掛けた、浮力を生む基本魔法と、投げられた時に残した、何かしらの破壊魔法による物だろう。
「まぁ、その身体じゃ限界も近いだろ。諦めて俺等の仲間になれ」
「冗談がきついな…….!」
零は立ち上がり狼神へと駆けるが、狼神はバスターソードをその場に置いて待った。零の足はおぼつかず、受け身を取った両腕が小さく痙攣しているからだ。零が近くまで来ると、狼神は溜息をつき、突き出した腕を掴みナイフを取り上げる。
「お前が全快だったら、多少は良い勝負だったかもな。牛若、ちゃんと虫付けたよな?帰るぞ」
「離せ!私はまだっ……」
牛若がわめき始めた零の首に小さな何かを刺すと、零は大人しくなり、ダラン、と項垂れる。狼神は零を肩に掛けると、刀とナイフをその場に残して立ち去った。誰もいなくなった空間に才兎が戻って来たのは、それから数分後のことであった。
「……起きたか、簡単な質問をする。間違えないで答えろよ?」
零が強烈な苦味を感じて目を覚ますと、目の前の白髪でモノクルを掛けた男がそう言い、指を二本立てた。零の四肢は椅子に縛り付けられており、力は入る物の動けないようにされている。
周りは薄暗く、モノクルの男の後ろには狼神と、身長の低い茶髪の女が居た。女はつまらなさそうに前髪を弄っており、男が零から少し離れると、値踏みするように零の顔を眺め始める。
「お前を見捨てて逃げた奴を庇って、利点はあるか?それよりも、俺に協力した方が賢い筈だ」
「……一つ間違いを伝えておく。見捨てて逃げた訳じゃない、仲間に危機を知らせために、私の意思で逃がしてやったんだ」
零は一気に冴えてしまった脳を落ち着かせ、ゆっくりとした口調で訂正をした。
「それは失礼、なら訂正しよう。巾桐 嵐の仇を討ちたくは無いか?」
「っ……分かりやすい嘘はよくないぞ」
男はにこやかに笑って見せると、小さく頭を下げて言葉を訂正した。その内容はあまりにも唐突で、零は分かりやすく力み、表情を固くさせてしまう。
「俺はこう見えてお前の力を買っている。なるべく良好な関係を築きたいと思うなら、嘘を言うべきでないだろ?」
「戯言をペラペラと……情報源も提示しないで、信じられるか」
男は少しずつ零へ揺さぶりを掛けて行く。ゆっくりと着実に、相手の様子を確認して追い詰める。このような状況を体験していない零には、とても有効な揺さぶり方だ。零はあきらからに焦り、威圧的に男を睨み付ける。
「巾桐 嵐はとても厄介な存在だったよ、アレが仲間だったらどれだけ楽だったか……そうそう、君の母上もな。まぁ、あのおチビも分かってたんだろうが、このザマじゃなぁ」
零の思考は少しずつ掌握されているのを感じながらも、それに抗えずに男の言葉に耳を傾けてしまっていた。
「おチビ……?」
「気になってきたかな?そうだろうな……人生を捨てる覚悟でやってるんだ、気になるのが当然、恥じることは無い」
「……」
零がつい質問を返してしまうと、男は待っていたと言わんばかりにそれを突いてくる。零は黙り込み、このままではいけないと感じながらも、そのことに対する抵抗が揺らいでいた。
「まぁ、おチビってのは四条 桃花学院長のことだが。なんにせよお前にとっては敵に違いない、どうせ……」
「いい加減に答えろ!未来無き軍隊が関与している、その証拠を……」
男はまたぺらぺらと言葉を並べ始め、零はそれを遮って怒鳴った。焦りからか、心的負担のためか。どちらにしても、零に余裕が無いことを吐露してしまっていた。男は呑気に頷くと、ニタリと笑う。
「あぁ、そういえばそういう話だったな、忘れていたよ。だが、それを聞きたいならまずは協力しろ。そしたらそれ以上の情報をくれてやる」
「っそんな馬鹿な話!乗る訳……無いだろ……」
今の零はその条件を明白に拒否できる状態では無かった。言葉を荒げ、悔しそうに歯軋りをし、小さく咬み殺すように呟いた。
「そんな嫌悪する必要は無い、仲間だろうと、魔法使いだ。いずれ殺しにかかる相手だろ。それとも……怖いのか?」
「私は……」
「お前は父親を裏切るのか?本物の裏切り者に、なれるのか!」
零に答えさせる暇も与えず、両肩を掴んで一気に押し込むように言った。零にその言葉がどれ程の意味があるか、男は分かっているのだろう。零の表情は歪み、目に涙を溜めていた。
「父上を裏切るなんて……できる訳が無いだろ……卑怯者が……」
「つまり、協力するんだろ?この話は後にして、お前と組む仲間を紹介しよう」
男は零の様子を見ると、優しく頭を撫で、ナイフで縄を切ってやった。零は顔を伏せ、男は紹介を始める。
「お前と戦ったのが、狼神 鷹雄。一緒に居たメガネが、牛若 天道。そこの茶髪の女が熊谷 蛍。そして、俺が鷲津 吉平だ。他にも居るが、まぁ今度でいいだろう」
ここから全て狂い始めたのを零は随分後になって理解するのだろう。しかし、零の頭には優しく笑顔を浮かべる、男の姿しか写らなかった。
情報の訂正です。
ルビ振り機能を見つけましたので空いた時間を見て少しずつルビダグを付けていこうかと思います。とりあえず序章の分だけは済ましておいたので、完了するまではお手数ですが、そちらを見て頂ければ幸いです
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