なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第八話 桜通りの吸血鬼

ついにこの日が来た、と言うべきか。

 このか達と登校(……そう、登校)するのを楽しみにしていたけど、よく考えてみれば、私は早めに行って学園長に会ったりしないといけないのだ。一緒に登校したいけど、付き合わせて早くに家を出させる訳にはいかない。

 という訳で、一人寂しく家を出て、学校へ向かった。早朝だけあって、ほとんど人の姿はない。……電車の中は、わりと人がいたけど。

 学園長室へ行くと、ここまで来て「本当に入学するか」と聞いてきた。はいと答える以外に何があると言うのだろうか。入学すると、この妖怪の配下として見られるとか? ……そしたら、いっぱいクリームソーダ食べさせて貰えるかな。……なんて。

 校則、校風、模範的な過ごし方なんかを、学園長は語った。詳しくは生徒手帳に書いてある、とも。……こういう説明って、担任の先生がするものなんじゃないんだろうか。……あ、担任の先生はネギだ。駄目か。

 職員室へ行って、今日の日程をネギに聞く。新学期初日は、授業が無いらしい。せっかく教科書持ってきたのに。

 いつか見た教室まで案内されて、「呼ぶまで待っていてください」と扉の前に立たされる。

 ……ドキドキする。胸に手を当てて、深呼吸をする。上手く喋れるか不安だ。噛まないと良いけど。……緊張する。

 もう一度はー、ふー、とやっていると、教室の中がワッと沸いた。三年A組、ネギ……先生? 先生の声、女の人の声……が、たくさん。微かに聞こえるこのかの短い声に、確かにこの先にいるのだと認識して、少し落ち着きを取り戻した。左手に吊るしたカバンの重みをしっかり感じて、キーホルダーがチャラリと揺れるのに、いつ呼ばれてもいいように心構えする。

 やがてざわめきがやむと、先生の声。

 

『今日から加わる新しいお友達を紹介します。魂魄妖夢さん、入ってきてくださ~い!』

 

 フルネームで呼ばれるのにビクリとして、扉に近づき、そっと横に押し開ける。途端、ワッと音が広がった。誰かが大声を上げたとかじゃない。廊下とは違う、賑やかな雰囲気。それが音として耳いっぱいに広がった。

 窓から入る光。大きな机に手を置いて、私を見ている先生の笑み。興味深そうなたくさんの目。その視線の中にチリチリしたものが混じっていなきゃ、きっと私、凄くギクシャクしてしまっただろう。

 ゴクリとつばを飲み込み、後ろ手に扉を閉め、手招きをするネギ先生のもとへ歩いて行く。なんだか、先生がとても頼もしく見えた。

 俯きがちな私の顔を覗き込んで、大丈夫ですか? と聞いてくる先生に、コクリと頷く。

 

「はい、それじゃあ自己紹介いってみましょうか!」

 

 私というより、たくさんの女性に向けた言葉に慌ててカバンを持った手を前にして、反対の手を重ねて……それから、ど、どうするの?

 ザワザワと、静かに騒がしい女の人達の座る姿がグルグル回る。『銀髪だー』『白い』『外人さん?』『コスプレかよ』『人間か』『あのー』『んむ』『……』…………。

 声、息遣い、促す雰囲気。こ、これ、どうすればいいの? 何をすれば、いいの? 最初は、名前、お辞儀!? た、助けて先生!

 泣きそうになりながら先生を見ると、ファイトです、と小さく拳を握られた。そんなっ、先生!

 どうしよう、どうしよう、『あれ、どうしたのかな』『大丈夫ー?』ち、ちが、早く動かないと……!

 

「あー、じゃあ先生! ちょっと私が質問……」

 

 誰かが手を挙げたその時、ふっと私の隣に花びらが舞った。ゆ、ゆ、ゆ……!!

 

「幽々子様……!」

 

 小さく呟くと、にこりと微笑んだ幽々子様が、背後の……えっと、そう、黒板……の、その下……あれは、白い棒は、えっと、チョーク投げのチョーク?

 私がそれを認識すると、今度は黒板を指さす。その手がふらふらと揺れるのに必死に頭を回す。書け……? ……あ、名前!

 

 「はい、じゃあまず名前を……」と誰かが言うのを聞きながらそう答えを出して、チョークを引っ掴み、黒板に向き合う。縦? 横? ……見えやすいように、横。こん、ぱく……ようむ、と。

 ことりとチョークを置いて反転し、両手を揃えて息を吸う。

 

「魂魄妖夢です! よろしくお願いします!」

 

 ここ最近で一番の声を出して、ペコッとお辞儀をする。ワアッと、今度は本当に声。手を打つ音とか、質問の言葉とか、感嘆の声とか。

 少しして、顔を上げる。身を乗り出す人。声。笑み。……どうしていいかわからない。投げかけられる質問に答えれば、いいのかな……。

 

「前はどこの学校だったの?」

「あ、前は、い、行ってなくて」

「それ前の学校の制服?」

「あっ、そ、いえ、制服です、私の、」

「背負ってるのって何?」

「かたっ、家宝なんです!」

 

 別の人の声。別の言葉。声に割り込む声。目が回りそうだった。

 いや、回っていた。自分が何を言ってるのかもわからない。用意していた答えは言えてる? 変な事を言ってない?

 湧き上がる気持ちに、目をつぶって、頑張って声を絞り出す。

 

「わ、私、初めてでっ、その、よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 ただ、同じ言葉をもう一度言う。これでいいの? 間違ってるの? わからない。幽々子様……。

 いつの間にか拍手に迎えられていて、先生はやけに嬉しそうに「頑張りましたね!」と言って、みんなに私と仲良くするよう指示を出した後、私の席は真ん中の一番後ろだと教えてくれた。

 そこに行く時に、このかが「頑張ったなー」と声をかけてくれて、すっごく嬉しかった。

 席について、一息つく。前を向くと、オレンジ髪を一つ縛りにした眼鏡の女性が私を覗き見ていて、私が顔を上げるとすぐ前を向いてしまった。コスプレかよ、ヨウムかよ、と小さな声。……コスプレじゃない。むっとして、すぐ、私の事を知ってる? と首を傾げる。不思議に思って、机に伏せてアリエンとかなんとかブツブツ言っている女性を眺める。……まあ、いいか。そんな事より、眼鏡の女性の一つ前の席、このかの姿がよく見えない方が問題だ。

 少し考えて、左に一つ、いや、二つ? ずれる事にした。紫髪を二つに縛っている女性がチラリと私を見てきたけど、特に何か言われなかったという事は、やって良い事なんだろう。にしても、どこかで見た事があるような……?

 机の下にカバンを置いていると、ノックの音と、扉の開く音。見覚えのある女性の教師が、身体測定だと伝えると、先生は大慌てて今すぐこの場で脱ぐように言った。

 ……先生は、やっぱり先生じゃなくて、ネギで十分かもしれない。

 机が下げられ、器具が運び込まれる間に、みんなが脱いでいく。開放的……と言うべきか、羞恥心の欠片もない光景だった。

 私も脱がなきゃいけないのだけど、恥ずかしい。まごついていると、このかが寄って来た。すでに下着姿だ。見てはいけない物を見てしまった気がして目を逸らすと、恥ずかしいん? と優しい声。……うん。それに、刀を手放すのも不安で……。

 

「大丈夫、誰もとったりせーへんよ。ほら、脱ぐの手伝ったげよか」

 

 そ、それは……。

 なんてしている内に素早く脱がされてしまった。……肌着も脱ぐの? やだなあ。

 ばんざーい、と言われるのに両手を上げると、スポン。畳んだ服は、教室の後ろの棚に仕舞われた。

 ワラワラと集まってくる人達が、白いね、とか銀色だね、とかなかーま、とか……鳴滝姉妹に仲間と言われるのは、なんか嫌。

 それにしても……。

 

「…………」

 

 今、目を逸らした金髪の子とか、ニッと笑っている短髪の女性とか、やたら背の高い二人とか、とか、とか、とかとかとか……。ここは妖怪の楽園なの? ……変な力を感じる人達ばかり。それとも……魔法使い、なのかな。鋭い力が私を刺すのに首を振って、このかを見上げる。

 でも、このかは人間。優しく包み込むような力を感じるけど、人間だ。私の勘に間違いは、そんなにない。

 

「にじゅうろくー?」

 

 後ろに回った鳴滝……ふみ? ふーか? お団子頭が、なにやら言った。ドタドタと、もう一人も。何? 何を見てるの? 私の背中に何かついてるの?

 

「うん、数字の二十六みたいなアザ」

「キズー?」

 

 ……なに、それ。

 自分の体に変なのがあると知って、少し不安になる。

 が、さっきからチラチラチラチラ私を見ている、私のななめ前の席の人が「中二か……」と呟くのに、今日から中三、と心の中で返す。

 ……中三って、初めて言った。私、本当に学生さんになったんだ。

 

 「……減っとる?」とこのかが言うのに、お腹が? と見上げると、曖昧な笑み。

 ……?

 

「あ、妖夢ちゃんが背、測る番や」

 

 そっと背中を押されるままに、へんてこな機械の前に立つ。……何すればいーのだろうか、とぼーっとしていると、機械の脇に立っていた女性が、丁寧に教えてくれた。

 

「124.1ね」

 

 ……それって、大きいのだろうか。

 

「小っちゃいねー。牛乳とか飲むと良いよ」

 

 ……小さいらしい。

 次はあっちに並んでね、と誘導される。ザコーと言うのを測るらしい。サイドテールの女性が測るのを眺めていると、横に背の高い女性がやってきた。肌が黒い。髪も黒い。ついでに長い。肩に手を置かれて、顔を寄せられる。「疑ってすまなかったな」と、変な笑み。

 疑う? 私を? なぜ?

 それだけ言って、女性は離れていった。……あ、セツナだ。その女性に向けて肩を竦めるセツナを不思議に思っていると、私の番。親切に説明してくれるけど、大丈夫、見ていてわかっている。

 このかを眺めていると、すぐ終わった。数字が小さいほど良いらしい。なぜ? 身長が低い方が良いの?

 また別の列に並ぶ。体重計に乗って、ひぃーと叫ぶ金髪の女性に、65キロは駄目なのか、と思っていると、遠くの方で気になる話が始まった。

 

「26キロねー。ちゃんと食べてる?」

 

 ――吸血鬼。楽園から迷い出たか。

 よく通る桜並木の道に、吸血鬼が現れるらしい。よーむちゃんも気になるの? と黒髪に眼鏡の女性が話しかけてくるのに頷くと、おおっ! とよくわからない声。それから、あごに手を添えて唸りだす。……何?

 このかが黒板に吸血鬼の絵を描く。……このか、それ、違う。吸血鬼っていうのは、もっとこう……あれ? 少女? ……まあいい。

 問題なのは、その吸血鬼が血を吸うという話だ。私を魔力的な力で刺した金髪少女が言うには、アスナのような人間の血を好むらしいが、どうだろう。

 噂になるという事は、それだけ被害が出ているという事。……アスナみたいなのがそんなにたくさんいるのかな。……しかし、アスナが活きが良い……? 確かに元気そうだけど、なんか怖がってる姿ばかり見ている気がする。朝とか、廊下で会うとびっくりされるし。……そんなに私、怖いかなぁ。

 と、なにやら騒がしくなる。どうやらこのかの友人が吸血鬼にやられたようだ。……これは、いよいよもって、楽園からでも地獄からでも迷い出て来た吸血鬼を斬らなきゃいけないらしい。このかの危険だ。きっとセツナも斬るだろう、と目を向けると、静かに教室の出入り口に目を向けているだけだった。何を考えているのかは……わからない。

 測定を終えるとすぐに着替えて、このかについて保健室へ行く。かつて私が目覚めたベッドの上で、ピンク色の髪の女性が安らかな息をたてて眠っていた。死んではいない。

 ……ん、小さいけど、変な感じ。どこから……? ……この女性から、か。残り香みたいな小さな力にネギも気づいたらしく、今夜は遅くなります、なんて言っている。なるほど、犠牲はなくとも教師、教え子の仇を討ちに行くのか。僅かに歩み寄って、センセ、と声をかける。はい? と私を見る()()に、私も殺ります、と頷いてみせると、は、はあ……? と先生も頷いた。

 

 体力測定だとか、健康診断だとか、ロングホームルームとか。あっという間に時は過ぎて、放課後。このかとアスナの友人を待つ間、一緒に図書館で過ごしてから、暗い中、帰路につく。……この暗さ、(あやかし)が好みそうなものだ。

 片時も離れずこのかを守ろう、と身を寄せると、ん? と笑顔を向けられた。繋いだ手に、少し力を込める。

 大丈夫、あなたは私が守ってあげる。迫る危険なんて、この刀で断ち切ってあげる。

 揺れるカバンとキーホルダー。ざわめく木々。もうすぐ噂の桜通りだ。このかたちは、このまますぐ帰るという訳じゃないみたいだけど、そんな事より私は、何か襲ってこないか注意していなきゃ。

 私とこのかの関係とか、私の事を聞いてきていた女性達の内の一人。大人しい女性、名前は……ミヤザキナントカが、一人道を変え、桜通りを行く。心配そうに見送るアスナに、先生がいるから、何かあっても大丈夫だろうと思った。少し歩くと、やっぱり心配だわ、とアスナが走って行く。……向こうの方から魔力を感じる。アスナって、勘が良い?

 

「……あ」

 

 アスナー、と追いかけるこのかの後を追う。頑張りなー、と眼鏡の人に声をかけられた。春なんとかさん?

 二人と共に先生の下に駆けつけると、先生は肌を露わにしたミヤザキさんを抱えていた。その向こう……煙に紛れて立つのは、長い衣、マントに身を包んだ長い髪の少女。……長い……金髪か。紅魔館の者ではない。誰だ?

 ……そう言えば、昔に聞いた事がある。花の妖怪の配下に、金髪の吸血鬼がいた、と。確か名前は……ミルク? だったか。実力の程はわからないが、薄く感じる魔力は、そう脅威には思えなかった。

 逃げるミルクを先生が追う。……速い。私も追うか? 幻想郷の場所を吐かせれば、いつでも帰れるようになる。だが、吸血鬼が一人とは限らないし、このかの傍を離れる訳にはいかない。……セツナがいれば、任せられるのだけど……。護衛だというのに、何をしているのだろう。

 まあ、いい。

 このかが抱えているミヤザキさんを引き起こして、かつぐ。……う、重い。……でも、このかに持たせる訳には。

 

「あー、妖夢ちゃん、ウチが」

「ごめんこのか、妖夢ちゃん! 私、ネギを追う!」

「あ、アスナー」

 

 先生に負けず劣らずな速さで走って行ったアスナに、行ってしもた、とこのかが呟く。よいしょ……ちっ、身長が足りない。力も。刀がつっかかるし、引き摺ってしまうしで碌に進めない。……くそっ。

 見かねたこのかがミヤザキさんを抱き上げた。少しよろけたけど、持てている。……力持ち?

 

「とりあえず、寮に戻らな、服が……」

 

 服、か。流石に私の制服はサイズが合わないだろう。自分の制服の上をミヤザキさんにかけたこのかが私を促す。……うん、任せて。誰が来ても斬る。

 

 寮へ戻ると、このかの部屋に上がらせて貰って、ミヤザキ……ノドカと言うらしい女性の介抱を手伝う。そのさなかに目を覚ましたミヤザキさんは、襲われた事をよく覚えていないようだった。

 それよりも二人は、温かいココアを飲みながら、いるかどうかわからない吸血鬼の事より、大変な事になっている制服について心配していた。幸い替えはあるらしいけど、どうすればこんなになるかがわからないらしい。

 ……魔法以外にないだろうが、答えを示したところで制服は戻らない。脇に置かれた制服の破れたような端を触ると、凍ったように冷たく、硬かった。……氷、か?

 私にも用意されたココアを飲みながら(初めて飲んだけど、聞くほど甘くなかった)、先生達の帰りを待つ。しばらくすると、アスナにかつがれて先生は戻ってきた。……どうやら仕留められず逃がしたらしい。それだけならわかるが、この怯えようはなんだ? ひょっとして、先生は弱いの? ……ますます私が斬らなければならないようだ。

 しかし、このかの傍は離れられない。どうする? 泣きべそをかくこいつをたきつけるか? いや、力量もわからないのにぶつけても死なせるだけか。

 ……アスナに慰められるネギを見て、息を吐く。子供には荷が重い、か。明日セツナに相談してみよう。

 

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