なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第九話 慰める会とプチ歓迎会と剣術修行

「私は手を出せない」

 

 ……なぜだ。

 翌日、初めての授業(まったく頭に入らなかった)の後の休み時間にセツナの下へ行くと、そう言われた。……このかに害はない? その根拠は? すぐ駆けつけるのだとしても、間に合わなかったらどうするつもりだ。……本当に守る気があるのか?

 

「私だって、できれば、傍に……」

 

 私の言葉に、セツナは口の端を噛んだ。

 ……少し熱くなりすぎた。セツナにだって、事情があるのだろう。

 だから、私がいるんだ。

 私がこのかの傍にいる。

 少しの間、険しい目で私を見ていたセツナは、目を閉じて首を振り、頼む、と、それだけ言った。

 

 自分の席に戻り、着席する。机の横に下げたカバンと、それに重ねるように立ててある楼観剣を撫でてから、授業の準備をする。英語の教科書とか、ノートとか、シャープペンシルとか消しゴムとか。

 チャイムが鳴り、授業が始まる。ネギは上の空ではあったが、授業はしっかりやっていた。……言ってる意味は全然わからないけど。……教科書も、ちんぷんかんぷんだ。文武両道は遠い。せめてノートをとるぐらいは頑張ろうと思っているのだけど、ネギは教科書を読んだり読ませたりするだけで、あんまり黒板に文字を書かない。困った。

 ――はぁ、とネギが溜め息を吐く。やはり、吸血鬼を取り逃がしたのを気にしているのだろう。あんなに怯えてはいたけど、やっぱり先生だ。

 少し見直そうとして、周りから聞こえてくる『この間の恋人探しが~』という声に疑問を持つ。パートナー? ……何の、話? 先生は吸血鬼の事で……。首を傾げる私に、先生は答えを示した。

 パートナー選び? 何を言ってるの、先生。そんな場合では……おい、何を言ってる。恋人探し? 吸血鬼はどうした。

 生徒の声に否定してみせる先生に、ギュッとシャープペンを握りしめる。

 だけど、チャイムが鳴ってヨロヨロと出て行く先生の後を追うアスナが「パートナーがいないとヤバイらしくて」と言うのに、怒りを飲み込んだ。

 ……意味がある事、なの? 恋人探しが? クラス内は、先生のパートナーになるという話から、先生を慰めようという話に移っていった。私も声をかけられて、頷いた。このかが行くみたいだから、私も行かないと。

 先生が立ち直って戦うと言うなら、私も手を貸す。だけど、邪魔になるなら、その時は……。

 楼観剣の鞘を撫でると、鞄が揺れて、キーホルダーがチャラリと鳴った。

 ……晴子がくれた機械。黒い長方形、その表面に張られたシールに、赤い風車のXマーク。手に取って、その感触を確かめながら、心を落ち着ける。先生に憤っていても仕方がない。このかを守る事を考えよう。

 ……それにしても、水着、あったかな。

 

 放課後に大浴場に集まって、『ネギ先生を元気づける会』が始まる。

 みんな水着だ。私も、言われた通り水着。……実は水着を着るのは、今日が初めてだったりする。

 このかの横でちびちび甘酒を飲んでいると、先生が運ばれてきた。それまでも騒がしかった浴場に、女生徒たちの声が反響する。

 先生に近づくこのかにくっついて動きながら、離れた場所にいるセツナを見る。……刀、持ってきてる。木製の鞘は腐らないのだろうか。私も、刀を持ってくればよかった。

 女生徒達に囲まれて、先生が湯に沈められている。……? 元気づける会と聞いていたけど、殺したいのだろうか。殺意は感じない。みんなの表情を見るに、ただ単にセクハラをしようとしているだけらしい。たのしー、なんて声を零しているし、楽しいのだろう。先生は凄く嫌がっているが。

 

「……情けない」

 

 ぽつりと呟いた言葉は、湯の跳ねる音のに掻き消された。

 

「キャーッ!」

 

 ……ん?

 雲行きが怪しくなってきた。何か変なのが女生徒達の水着を剥いで動き回っている。

 ……白い……動物? っ、こっちに来る。このかには触らせない!

 湯を跳ね飛ばして跳び出て来た動物を叩き落とそうとして、空を駆けるような動きに空振りする。

 

「ひゃっ!?」

「このか! くそっ!」

 

 私の体を一周這って回った動物が、ビュンと飛び出て、このかと傍にいたミヤザキさんの水着を外していく。破廉恥な……! 二人の水着を素早く集めて渡すと、すまんな、と言われた。……すまないのは、こっちだ。私がついていながら、このかへの接触を許すなんて。このネズミ……斬ってやる!

 

「ど、どうしたん? 大丈夫?」

 

 不甲斐なさに歯を食いしばっていると、心配されてしまった。

 情けないのは、私じゃないか。先生の事なんて何も言えない。私は弱い……! この体では、何もできない。半霊さえ戻れば……。くそっ、言い訳なんて! 情けない、情けない、なんで!

 ぐいっと乱暴に目元を(ぬぐ)い、ネズミを弾き飛ばして私達に声を上げるアスナを睨む。

 ……私、強くならなきゃ。たとえ半霊がいなくたって、一人を守れる強さ。そうでなきゃ、半人前からは抜け出せない。死人の……半人半霊の名にかけても、私は強くなる。

 

 帰り際、ツンツン頭の女性……アサクラだったかに、取材を受けて欲しいと話しかけられた。

 前回は断られたしって……前に話した事あったっけ?

 

「……こんな未熟者の事を取材しても、面白くないですよ」

 

 このかの事もあるし、自分の事もある。取材なんか受けている暇はない。やんわり断ると、熱いねー、と笑われた。そう。

 

「人に話してわかる事もあるかもよ?」

 

 ……自分は自分で見つめ直す。人の手は、借りない。

 寮に戻り、このかと別れる。……寮の中には、アスナと先生がいる。その生活の中にまで私が入る事はない、か。

 この時間から、自分を見つめ直す意味も含めて鍛錬しようと、夕食の後に外に出た。食後の運動に軽く走って体を温めてから、暗い公園で刀を振る。闇を裂く桜色の光。星のように瞬く光の花びら。研ぎ澄まされていく精神。落ち着いていく心。

 でも、迷いは晴れない。どうすれば強くなれるのだろう。刀を振っているだけでは駄目だ。……経験を、積まないと。いくら練習したところで、実戦にはかなわない。

 肉を断つ感触を思い出して、ブルリと身を震わせた。

 ……その方が、良い。

 そうと決まれば、部屋に戻ろう。早く寝て、明日に備えよう。

 

 階段を上って行くと、やけに騒がしい音がするのに首を傾げた。声の断片を拾うと、何やら小動物がいるらしい。……まさか。

 大浴場での騒動を思い出して足を速めれば、そのまさかだった。白く細長いネズミがもみくちゃにされているのを前に刀に手をかけ、だけど、抜けない。人が多い。振れば、無駄に死体を増やしてしまう。……なら、くびり殺すまで。

 人の波を掻き分け、撫でられていたネズミを取り上げ、首を絞める。……止められた。……このかにまで。

 どうして? こいつは……先生のペット? どういう事?

 許可を取りに行くと言うこのかに、慌ててネズミを放ってついて行く。一人になるなんて危ない。弱くても……庇うくらいなら!

 

 

 翌日。

 難解で理解の追い付かない授業を乗り越え、帰り支度をする私を呼び止める声があった。何やらこれからプチ歓迎会なるものを開くらしい。

 

「本当はもっと大きくやってあげたいんだけど」

 

 時間が無くて、と手を合わせて謝られてしまうと、参加しない訳にはいかない。……良かった、このかもいてくれるらしい。

 渡された缶ジュースを飲みながら、話しかけてくる人の相手をする。……あんまり喋れなくて縮こまっていると、このかが間に入ってくれた。人と話すのは、少し苦手だ。その元気さについて行けない。

 

「ハンジン?」

「ハンレー?」

 

 ここぞとばかりに質問を浴びせてくるツンツン頭の女性にボソボソ答えていると、妙な視線を感じて振り返る。私の斜め前の席の人。小さく口が動くのに、なんで気づくんだよ、と囁くような声が重なった。……何?

 

 動物は嫌い? 彼氏はいる? 仕事ってバイト? それが好きなの? ハンジンハンレーってなんですか? 背中のそれって何?

 

 中華まんを頬張っている間に、周りからたくさんの声。答えるのが面倒くさい。仲良くしないといけないんだろうけど……もう少しゆっくり食べていよう。

 

 妖夢ちゃん、ピース! そのまま十秒! これ触っていい? その制服かわいいねー。そんないっぺんに質問しても聞こえんだろ……。これ美味しいよね。カチューシャ触らせて。これあげる。

 

 重なって、途切れず、それぞれがそれぞれの好きなように話す。……私を何だと思っているんだろう。全て聞こえてはいる。でも、それだけだ。答える気力をなくしてしまう。

 間に立つこのかが取り成してくれたおかげで、誰かの気分を害するという事はなかった。……ありがとう。でも、私ばかり助けられてる。私も助けたい。このか……。

 

「お、歓迎会かい? 羽目を外すのも程々にね」

 

 ふっと聞こえてきた声に顔を上げ、その姿を認識した時には刀に手をかけてこのかの前に出ていた。

 白髪の……眼鏡の男。タカ、ハタ?

 ズ……と黒い炎が引き出されるのに、警戒心を強める。私の肩に手を置いたこのかが、前の担任の先生や、と教えてくれた。

 

「君が……ああ。君が、魂魄妖夢ちゃんか。僕は高畑。ネギ先生のお友達さ」

 

 屈んで私に目線を合わせ、優しく微笑むその顔に影がかかる。……斬れ? どうして? ……斬りたい。このかの危険なの? みんな楽しそうに笑ってるのに。でも、こいつも仲間の一人だ。恨みを晴らそう。斬ろう。

 複数向けられる敵意を無視して、刀を引き抜こうとする。心は冷静だった。冷静に、目の前の敵を斬ろうとしていた。

 

「学園長からの伝言だ。慣れない学園生活で大変だろうが、落ち着きを持って過ごすように。……」

 

 刀にかけた手を包み込むように押さえられて、ちっ、と心の中で舌打ちする。釘を刺しにでも来たか。私はただ、このかの危険をこの刀で払っているだけだ。

 ……ここは、頷いておくか。

 

「うん、良い子だね。それじゃ、精いっぱい楽しんでくれ」

 

 私の頭にぽんと手を乗せてそう言って、タカハタ先生は去って行った。……どうやら人気の先生のようだ。笑いかけてくるこのかに私も笑い返して、暗い気持ちを晴らす。

 学園長は言った。私の刀の振り方を信じると。ならば私は、私の刀を振るだけだ。文句は言わせない。それが私の刀の振り方なのだから。

 このかを部屋まで送り届けた後、学校の制服に着替え、外を歩き回る。やがて幽々子様が現れ、一つのお店に誘導された。……この匂いは……生魚?

 

「らっしゃい、嬢ちゃん、何が望みだね」

「お前の命」

 

 壁にかかる木板、壁際に設置された水槽を泳ぐ魚。幽々子様が指差した灰色の髪の白衣を着た男に、そう返す。カウンターに座ってお寿司を食べていた男性が、ギョッとしたように私を見た。

 

「はっは、よし、嬢ちゃんの命を握ってやろう」

 

 皺を寄せて笑う店主だろう男がそう言うと、カウンター席に座っていた男性が懐から取り出した機械を私に向けた。……ああ、拳銃だ。

 

「まな板の上の……と、言う奴かな?」

 

 はぁ、と息を吐いて白楼剣に結ばれたリボンを解くのと、乾いた音が響くのは同時だった。

 

 

「……お腹痛い」

 

 なんとか抉り出した鉄の塊をゴミ箱に捨てて、タオルでお腹を押さえる。みるみる赤く染まっていく布に、しかめっ面が直りそうになかった。……自分の服を汚したくなくて、制服に着替えておいたのは正解だった。

 しばらくすると血も止まったので、手当てをする。包帯でグルグル巻いて……と。シャワーで浴室を洗い流し、早苗の服に着替える。はぁ……熱っぽい。それに、なぜだか無性にお腹が空く。

 後で……お刺身でも食べよう。

 

 

「ぎ……うっ」

 

 ブシュ、と腹の傷から血が噴き出すのに膝が崩れて、だけど、斬り捨てる。崩れ落ちる体に任せて倒れ込み、地面スレスレに走って術者の女性を二つにする。ビ、と頬に熱が走った。……変な御札の力か。悪足掻きを……。

 

「た、かや、く……」

 

 這って逃げようとする上半身に刀を突き立て、息を吐く。

 ……それにしても、お腹が空いた。

 血の臭いに混じってどこかから漂ってくる夕食の匂いが食欲を刺激する。

 穴が開いてるからお腹が空くのかな、と馬鹿な事を考えて、女性の懐から、生徒手帳を抜き取る。ページの合間に紙が挟んであった。えっと……ああ、そう。次の標的はこいつね。まったく、このかをかどわかそうなんて、馬鹿な奴ら。

 でも、ペラペラ喋ってくれたおかげで次の標的がわかった。……何でこんなに敵が多いんだろう。

 ……まあ、いいか。斬る相手に事欠かない。

 

「それにしても、お腹空いたな……」

 

 視界の端にチラチラと踊る黒い炎が、無邪気に笑う声だけが耳に響いていた。

 

 その場で木に身を預けて、傷が癒えるまで休憩してから家に戻る。今が何時かわからないが、自室に戻る際の廊下でアスナに会い、いつもの二割増しで驚かれた。

 私だとわかった途端に、なあんだ妖夢ちゃんかー、と肩を叩いてくる。こんな早くにどうしたの、なんて、そんな事聞いてどうするの?

 アスナは、と問い返すと、私はバイト。じゃね、と元気に走り去って行った。……もうそんな時間。家に戻り、水を飲んでから床につく。眠れたのは、二、三時間程だった。

 

 このか達と一緒に登校する。

 怪我してない? とやけにアスナに心配されるのだけど、何なんだろう。頬の傷はもう消えてる筈だけど。……それとも、知ってる? ……まさか。

 このかと先生まで心配してくるのに、大丈夫だと首を振って返す。……そんな事より先生、肩にネズミを乗せているって事は、本当にペットなんだ。

 睨んできているような気がするネズミ……カモ君とかいうらしいのを睨み返していると、かわいいやろ? とこのか。……よくわからないよ。カモ君が喋ってるのも、よくわからない。

 ……オス? どうしてかこいつは、下着を好むらしい。女物の柔らかさが良いんとちゃうの? なんてこのかは言うけど……そもそも、ベッドで寝ればいいのに。

 下駄箱について、中靴を履く。こちらに向かってくる金髪少女の魔力が私を刺すのを気にしていると、このかが部室に行くと言うのでくっついて行く事にした。

 

「そや、妖夢ちゃん。勉強にはついてけてる?」

「…………」

 

 手を合わせ、背を折って私の顔を見るこのかに、下を向いてしまう。……素直に、全然わからないです、なんて言うのは恥ずかしい。

 でも、私の態度が答えになってしまったらしく、勉強を教えて貰う事になった。手を煩わせるのは心苦しいけど……でも、嬉しい。このかが私の隣の席だったら良かったのに。アスナにちょっとだけ嫉妬した。

 

 国語の授業は、ちょっとできる。色んな話の載った教科書を読んでいると、授業が終わってしまった。ノート取ってない……。途方に暮れていると、このかがノートを貸してくれた。……字、綺麗。

 体育の授業は楽しい。体を動かせるから。刀を持っていけないのが不安だけど、息を切らす頃には、気にならなくなっている。……それにしても、私はクラス内では然程運動神経の良い方ではないらしい。要修行。……水の上でも走れるようになればいいのかな。

 数学の授業は、わからなかった。足し算とか、掛け算とかじゃない。図形なんか出されても意味がわからない。……けど、ある程度は教科書と先生の言う通りにすればなんとかなった。頭が痛い。勉強って、凄く難しい。

 休み時間やお昼休みもこのかにくっついていると、仲良いね、と声をかけられる。このかは嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。……もっと撫でて欲しい。……けど、それは言わないでおこう。甘えている場合じゃない。

 

「…………」

 

 放課後、部活動をしに行こうとするこのかについて行こうとすると、遠い物陰で私に手招きするセツナの姿を見かけ、渋々このかの傍を離れる。……何の用だろう。このかの傍を離れさせる程に重要な事なのかと思えば、昨夜どこに行っていたかなんていうものだった。私が昨日出かけている事を知っているなら、何をしていたかも調べてあるんじゃないの?

 仕方なく、人を斬りに、と答える。

 

「辻斬りか」

 

 そう、この楼観剣の切れ味を……違う。このかの敵を斬りに行っていたのだ。断じて無差別に斬りに行っていた訳ではない。

 

「……なぜ、斬る」

 

 それは、このかの危険だから。

 そう答えようとして、それはもう伝えていると思い出した。じゃあ、何を聞いているのか……。

 ああ、そういう事。

 

「……実戦こそが成長への近道だからだ」

「だからといって、斬るなど」

「……このかの、あなたのお嬢様の危険でも? 斬らないでどうする」

 

 セツナは首を振って、お前が斬った者達は既に把握されていたのだ、と言った。だから何?

 

「殺す必要は無い。殺さずに捕える方が良い」

「何を悠長な事を。お前も刀を振るなら、殺さずにはいられない」

 

 魂魄、と肩に手を置かれて、屈んだセツナが目を合わせてくる。

 

「落ち着け。お嬢様の危険にはならないと言っているんだ。それに、我々がいる。お前が手を汚す必要はない」

「だが、今この時もこのかを狙う者が……」

「魂魄!」

 

 小さく、鋭い声に身を固くする。

 肩に置かれた手に一瞬力が入って、すぐに抜けた。

 

「私を、信じてくれ。私の気持ちを信じてくれ」

 

 お嬢様に何かあるなら、私が駆けつけている。私が剣を抜いている。そうでない時は、お嬢様に危険がない時だ。

 

「…………」

 

 スッと体を戻したセツナが、一瞬目を逸らす。少しの躊躇いが見て取れた。

 私の肩から手が滑り落ちて、やがて、セツナは言った。何をそんなに焦っている、と。

 ……。真剣な目で私を見るセツナにうつむいて、だけど、顔を上げる。……弱いから。

 

「私が、弱いから。強くならなきゃ……何も守れない」

 

 何かあってからでは遅い。私はこのかを失いたくない。

 

「だから、斬ったか」

「……そうよ」

 

 コクリと頷くと、目をつぶったセツナが、数秒動きを止めて、やがて緩く長く息を吐いた。

 同じだ、と零す。

 

「私もまだ未熟だ。……こんな事を口にする時点で駄目なのかもしれないが、それでも、言いたい」

 

 お前と同じだ、と。

 同じ? ……私より強いのに?

 ……想いは同じ?

 セツナも、このかを失うのは嫌? セツナも、このかを大切に思ってるの? セツナも……好きなの?

 

「なあ、魂魄」

「……なに、セツナ」

 

 稽古をしよう。そう、セツナは言った。未熟なら、精進すれば良い。ちょうどここに、同じ志の者がいる。だから、稽古をしよう、と。

 

「私が刀の振り方を教えよう。対処の仕方を教えよう。……あなたも同じ事を教えてくれ。私に、教えてくれ」

 

 願ってもない事だった。強くなれるなら、私に是非はない。……いや、ぜひ。

 

「だからもう、斬りに行くのはやめろ」

「……このかに危険が無いと言うなら」

「ここは学園だ。そう無いだろう。……それに、私は……私達は、護衛だ。自ら進んでいくより、お嬢様の傍に控えて、迫る危険を斬り捨てれば良い」

 

 ……なら、なんでセツナはこのかの傍にいないの?

 それは、と口ごもるセツナに、小さく首を振って、話さなくて良いと止める。言いたくないならいい。理由があるのはわかっていたし、それに……。

 それに、私がこのかの傍にいるから。

 

 ついでに剣道部にも参加するかと問うセツナに、ブンブン首を振る。練習風景を見たけど、あんなたくさんでやるのはやだ。大きな声も出せなさそうだし。

 明日から時間を作る、と言うセツナと別れて、このかの下に急いだ。

 

 翌日。

 今日は休日だけど、学校に向かう。このかも用事があるらしく、一緒に登校する事ができた。

 セツナが来いと言っていたのは……この武道館か。ここって、前に来た剣道部の……。

 

「どうしたのかな、お嬢ちゃん。見学希望かい?」

 

 後ろからの声に振り返れば、手提げ袋を持った剣道着姿の男が立っていた。短い黒髪に細い目。身長は高い。……どうでもいい事、か。

 どうぞ、中へ入って、とスライド式のドアを開けて入って行く男を追う。

 ……うるさい。

 パシーン、ズダン、パシーン。

 体に響く振動と気合いの声。私が入るか入るまいか迷っていた要素。……耳にも響く。

 おーい、差し入れ持って来たぞー、と手提げ袋を持ち上げてみせる男に周囲の注目が集まった。その中の一人が、私に気づいて声をかけてくる。お面をつけたセツナ。

 

「お、桜咲の妹さんか?」

「いえ、知り合いです。魂魄、もう少しかかるから、端で待っててくれ」

 

 言われた通りに端に寄って、膝を抱えて座り込む。数分の休憩の後に動き始めるお面達を見ていると、廊下で声をかけてきた男が寄って来た。この人はお面をつけていない。

 どうだい、感想は、という問いに、少し間を空けてから、凄いですね、と曖昧な答え。だろう? と嬉しそうに男は言った。

 ……この人は、練習に参加しないのだろうか。

 

「俺は部長の高谷(たかや)慎吾。もし入部するのなら色々教えられると思うが……」

「いえ、結構です」

 

 急に名乗る男に、そう返す。私は既に入部しているけど、幽霊部員を貫くつもりだ。男は横に座り込んできて、興味深そうに私の顔を覗き込んできた。

 

「これって、地毛かい? ……綺麗だね」

 

 髪を触ろうとしてくる男の手を払いながら、セツナの方を見る。……ちょっと見分けがつかない。……ああ、いた。あれだ。セツナ、早く来て。この男面倒くさい。

 子供扱いして頭を撫でようとしてくる男に、中三である事を伝えると、げっ、同学年!? と大袈裟に驚かれた。本当はあなたなんかより長く生きてるんだけどね。 ……ええい、撫でるな! うざったくてかなわない。

 少しかかると言われてから一時間程して、ようやく練習を終えたセツナがやってきた。遅い。今日は早いくらいだ、だって? 遅い。

 わいわいと外へ出て行く人達を眺めていると、部長の男に鍵を手渡されたセツナが、その人が出ていくのを待ってから「じゃあ始めようか」と言った。

 刀を握って立ち上がって、刀は置いておけ、と言われるのに首を傾げる。

 

「真剣で斬り合う訳にはいかないだろう。木刀を使う」

 

 ……それも、そうか。

 一刀長いのを渡されて、何となく短いのをもう一本、壁から外して後ろ腰に括り付ける。うん、安定感がある。

 特に合図もなしに、私とセツナは打ち合い始めた。

 

 繰り返し、試合を三回。……全部負けた。

 最初は、「魂魄の刀は魔法を放てるのか」とか、「前に言っていたユユコさま……とは」なんて問いかけてくる余裕を見せていたけど、切り結ぶたび、その口数は減っていった。

 私だけ息も荒く、今にもへたり込んでしまいそうなのに、セツナは然程息も乱さず不思議そうにしていた。

 

「……ちぐはぐだ」

 

 ……?

 ちぐはぐ? どういう意味?

 ん、とつばを飲み込んで背を伸ばすと、セツナは口元に当てていた手を下ろして、木刀の先を上げて見せた。

 

「武道の経験は?」

 

 ……ある、と言っていいのだろうか。全て先代の教えだ。もっとも、全てを教わる前に先代は消えてしまったのだけど。

 なら、ほとんど我流で剣を振っていたのか、とセツナが聞いてくるのに、そうなるなと思い、頷く。

 

「体の動きはなってないが、振る剣は鋭い。動きは目で追っているし、感覚でも捉えているみたいだ」

 

 振り上げられている木刀がぶれるのに、咄嗟に自分の刀を滑り込ませる。体の横で、カンと軽い音が鳴った。

 

「反応も凄く良いし、何より、気の練りには目を見張るものがある」

「木? ……気?」

 

 私は、門番じゃない。

 気なんて使えないし、今の体では、妖力も霊力も……。

 

「無意識に使っているのか? ……うーん」

 

 セツナの口振りだと、どうやら私には僅かに力が残っているらしい。妖力か霊力かはわからないけど、あるなら使うまで。いや、もう使ってるのか?

 セツナは私を見て、振ってみろ、と短く言った。言われたとおり、ヒュンと刀を振るう。

 

「……やはり。刀を振るたびに鋭く見覚えのある太刀筋になっていると思っていたが……」

 

 セツナが難しそうな顔をして唸るのに首を傾げると、凄いセンスだ、と呆れたように言われた。

 よくわからないけど、私は強くなれるの?

 

「続けよう、魂魄」

 

 木刀を構えるセツナに、こちらも体勢を低くして構える。

 

「……妖夢でいい」

「なら妖夢、続けよう。実りあるものになりそうだ」

 

 スッと息を吸って、刹那、私達は刀を合わせた。

 

 

 別の建物のシャワー室で汗を流しながら、セツナと会話をする。

 刀の振り方の事、私が戦いの中で感じた事を上手く伝えられないのを謝ると、セツナは、それこそ戦いの中で学んでいく、と言ってくれた。

 セツナは幻想郷の事に興味があるらしく、幾度か疑問を口にするので、半人半霊の事とか、私の半霊の事とかを話した。

 

「……妖怪と人が共存する楽園、か」

「そう。まあ、そう上手くはいってないみたいだけど。……ああ、妖怪といえば」

 

 クラスに多数変な力を持った奴らがいるけど、あれらは魔法使いなの?

 

「は? いや、必ずしもそうではないが……ひょっとして、妖夢」

 

 魔法使いの事をよく知らないのか? と聞かれて、否定しようとして……よく知らないのに、そうよ、とだけ返す。

 

「それで、気を使っていない、と言う訳か」

 

 それは、私は門番ではないし。

 しかし、セツナが言うには、私は僅かながら気を使っているらしい。それが何かわからないが……まあ、なるようになるだろう。

 それから、魔法使いとこの学園の関係、セツナの使う剣技、このかの事、色々教えて貰う。

 ふんふん頷く私に、セツナは微妙な顔をしていた。

 明日も同じようにする事になって、今日は解散する運びになった。別れ際、桜通りの吸血鬼についてもう一度聞く。

 本当にこのかに害はないの?

 ない、とセツナは言い切った。……信じよう。

 

 寮に戻り、一応、とこのかの部屋を訪ねると、夕食に誘われた。何やら先生もアスナも帰って来ないのだと言う。

 何かあったんやろか、と心配そうにするこのかを安心させるために言葉をかけながら、先生達は何をしているのだろうかと考えた。

 ……まさか、遊びほうけている訳でもないだろう。もしかしたら、打倒吸血鬼の特訓で山籠もりでもしているのかもしれない。

 ……ああ、今は先生の事なんかより、夕食の事だ。このかと一緒に食べるご飯は美味しいから、楽しみ。

 台所で最後の仕上げをしているこのかが待ち遠しくて、お箸で食器を叩いて遊んでいると、怒られてしまった。

 ……私の馬鹿。

 

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