なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第十一話 VS魔法使い と 仮契約

 苦しい。

 苦しいよ。

 ……このか。私は……ただ、あなたを助けたくて。

 だから、行かないで……ずっと傍にいて。

 このか……行かないで……。

 

 

「……この、か?」

 

 けほ、と咳き込んで、両手をついて身を起こす。

 体中が痛い。

 ……階段で寝転がっていたなら、それも当然か。

 

 ……えと、私は何を……していたんだっけ。

 お腹を擦りながら立ち上がって、ふと、降り注ぐ雪の存在に気付く。

 ううん、違う。これは、花びらだ。桜の花びら。

 振り仰いだ、ずっと続く階段の先から流れてくる桜の花びらに手をかざして、指の間をくすぐりながらすり抜けるピンクの花弁に、ここは、ひょっとして……と当たりをつける。

 ……冥界?

 

「どけどけーい、魔理沙様のお通りだー!」

 

 答えに行き着いた瞬間、咄嗟に横に飛んでいた。

 花びらの雨を渦巻かせて、矢のように飛び込んできた何者かを側転して避ける。……今のは……霧雨魔理沙!

 一瞬見えた黒い影に空を見上げれば、花弁に紛れる妖精や形無き亡霊に足止めされ、だけど瞬く間に撃ち落とす魔理沙の姿があった。

 不敵な笑みを浮かべて緑黄(りょくおう)赤色(せきしょく)の弾幕をばら撒くその姿に、私がここにいる理由を思い出す。

 

「……そうだ、私は春を集めるために戦っていた!」

 

 刀を抜き放って、すぐに弾幕を放つ。数多の光の中に飲まれて、気を引く事もできない妖力弾に舌打ちして、石段を駆け上がり始めた。

 撃ち落とされた者共が視界を(ふさ)ぎ、行く手を(はば)む。有象無象を斬って斬り捨て、駆け上がって行く。

 と、開いた場所に出た。足を休めるための空間。

 足止めされている魔理沙に、足を止めずに白楼剣に結ばれたリボンを解いて風の力を放つと、後ろに目でもついてるのか、箒の柄に添うようにくりんと回転して避けられた。勘の良い奴。

 だけど、回り込む時間は稼げた。

 声をかけようと口を開いて、瞬間、レーザーに胸を撃たれていた。

 持っていかれる体に踏ん張る事もできず、地面をゴロゴロと転がって端の段差にぶつかり、ようやく止まる。大の字に倒れた体に呻いて、なんとか頭を持ち上げ、胸の痛みを堪えながら立ち上がる。ぎゅっと胸元の服を握ると、焦げた臭いが鼻を刺した。

 

「お、ナイスガッツ!」

 

 ふざけているのか本気なのか、称賛の声。息を吐いて痛みを追い出しながら半歩、体の中心線を隠すように構えると、箒に跨る魔理沙はすうっと私の前まで下りてきて、帽子のツバを押し上げた。いい風だ、なんて快活な笑みを惜しげもなく晒す。

 

「さて、花見花見っと。そこ退けわんわん」

 

 ……馬鹿にしているらしい。私は犬じゃない。

 

「じゃあ畜生か?」

 

 ニッと笑って、そんな言葉。

 ……誰が!

 

「叩き斬る!」

 

 怒りに任せて刀を振り上げ、同時に地を蹴ると、「叩き斬られる!」と魔理沙が突っ込んできた。

 完全な不意打ちの突進に、無理矢理体を投げ出して転がり、慌てて身を起こして魔理沙の姿を捉える。

 ほ、ほんとに斬られに来た!?

 

「おいおい、どうした! その刀は飾りか?」

 

 一度は上がった魔理沙が勢い良く地面近くまで下りてくると、ブワッと風が広がる。持ち上げられる前髪に、花びらが顔に当たるのを腕で庇いながら、気合いで腕を振って弾幕を飛ばした。生意気な口を、一生利けなくしてやる!

 するすると避けた魔理沙が、階段の先へと舞い上がって行く。

 ちっ、空は無理だ!

 どうする? このままでは、幽々子様の下へ行かれてしまう。それは駄目だ。幽々子様の目的が奴に妨害されて……目的?

 幽々子様の目的は、春を集めて西行妖を満開にし、その根の下に封印された何者か――生前の幽々子様の亡骸――を暴く事。

 ……西行妖を咲かせてしまったら、幽々子様は……。

 

 ひゅひゅんと降って来た弾幕を転がって避けると、着弾した傍から爆発して、砂埃が高く巻き上がった。思わず咳込んでしまうのに、口元を押さえる。なんて威力……!

 

「なんだ、空も飛べないんじゃお話にならないぜ」

「うるさい!」

 

 ブンと刀を振って妖力弾を飛ばすも、空を自由に飛翔する魔理沙には(かす)りもしなかった。

 

「ほれほれ、どうしたー!」

 

 雨あられと降り注ぐ光を全速力で走って躱しながら、良い手はないか考える。

 ……ううん、感じる。自分の感覚を信じる。……本当にできるの、なんて弱気は胸の外に蹴り出して、できる! と強く考える。

 妖力を操れるなら、この白楼剣に宿る魔力だって、操れない道理はない!

 巻き上がる煙と石片の中を前転しながら突っ切って、立ち上がりざまに白楼剣のリボンを解く。

 解放された風を強引に引き留めて、自分の周りに渦巻かせる。

 光の雨が止んだ。

 ……集中して。もっと、ぐっと。

 轟々と渦巻く風に激しく服がはためく。イメージを固め、その通りに魔力を動かしていくと、地面から足が離れる。

 少しずつ、少しずつ、少しずつ……。

 何もせずに見守っている魔理沙が、魔法か、魔法だろ! とはしゃいで手を打つ音が風の中に消えていく。同じ高さまで、浮かび上がった。

 ……うん、ちゃんと、意のままに魔力が動く。体が動く。私……空を、飛べる!

 

「いっ!?」

 

 ゴウ、と風を纏って突進して、通り抜けざまに一閃。魔理沙は後ろに倒れ込むように箒ごと回転して刀を避けた。ちっ。

 

「おっ、おま、お前っ、いきなりは酷いだろ!」

 

 青い顔で胸元を押さえてぜーはーと息を荒くする魔理沙に、ちょっと悪い気もしたけど、でも、ここを通す訳にはいかないのだと気を引き締めた。

 ……たとえ幽々子様が消えてしまうのだとしても、私は幽々子様の望みを叶えるだけだ。私の意思なんか関係ない。それが、私が存在する理由なのだから。

 ふわふわする髪を撫でつけて、刀の柄を握り直す。手の平に食い込む硬い物。熱い感覚。横目で私を見る魔理沙は釈然としないとでも言うような顔をしていたが、気を取り直したのか、にっと笑って向き直ってきた。

 パチンと指を鳴らして小さな星を散らせて、ふふんと流し目を送ってくる。

 

「さあ、第二ラウンどわっ!?」

 

 悠長に何かを言おうとする魔理沙に素早く近付いて、箒の先を踏み抜く。飛び込んできた魔理沙の顔を頭突きで打ち返して、回し蹴りで箒から蹴り落とす。

 

「っでーー! てめーこのやろぉー!」

 

 くるんと回転して着地した魔理沙が両手で額を押さえながら叫ぶのに、箒を掴んで投げ落としてやる。私を舐めるのがいけない。

 両手で持って持ち上げた刀を、渾身の力で振り下ろしながら急降下すると、悲鳴を上げながら転がって避けられた。粉砕した石畳の欠片が飛散するのに、全部の風をまき散らして吹き飛ばす。

 帽子を押さえて立ち上がった魔理沙が素早く距離をとりつつ弾幕を放ってくるのに、いくつかは刀を振って弾き、半身になってすり抜け、だけど、いくつか被弾する。バチバチと弾けて肌に痛みが走るのを歯を食いしばって堪え、刀を構えた。

 魔力の高まり。片手にした八卦炉を私に向けた魔理沙が、ピンと帽子のツバを弾いて、構える腕を支えた。

 

「チェックメイトだぜ、半人半霊!」

 

 黄金色の魔法陣が広がるのと共に、尋常じゃない魔力が集まっていく。凍り付くように冷たい汗が背を流れた。

 不味い……! けど、何をしようにももう間に合わない!

 

「くらえ!」

「くっ、うわぁああああ!!」

 

 やけくそに刀を振り上げながら、石畳を削って迫る光の奔流に突っ込んでいく。

 幽々子様、私に力を……!

 

 

 「――……ぁ」

 

 あ、ふ、と喘ぐように息を吐いて、軋む体を庇いながら石段を(のぼ)って行く。

 わずかに開いたままの口の中に花びらが飛び込んでくるのを吐き出して、んぐ、とつばを飲み込んだ。

 そうして門をくぐり抜け、白玉楼に足を踏み入れて、ようやく抜身のままの刀を鞘に納めた。

 丸まっている背をどうにか伸ばし、あちこちが焼けるように痛む体をおして進む。

 

 ……幽々子様。

 広い広い庭。その縁側に、幽々子様は腰かけて空を見上げていた。

 なぜ、私はここへ来たんだろう。侵入するのは一人ではない事を知っているのに。本当の事を話すつもりもないのに。

 私に気づいた幽々子様が小さく首を傾げると、その後ろからふわりと蝶々が舞い上がった。暗い青の羽を持つ蝶。

 ひらひらと風に乗って私の隣を飛んでいくのを目で追ってから、幽々子様の前に膝をつく。胸の辺りが酷く痛んだ。

 幽々子様は、暗い瞳で私を見ていた。

 この白玉楼全体を包み込む異様な空気がそうさせるのか……西行妖が満開になるのも近いのか……なににせよ、幽々子様は何も喋らなかった。

 ただ、小さく手招きをして、私が吸い寄せられるように近付くと、その胸に優しく抱きしめてくれた。

 いけないって、頭の中で声がする。これは、しちゃいけない事だ。情けなくて、格好悪い事だから。

 でも、気持ち良かった。

 背を撫でられると、痛みが浮き上がるみたいに薄れていって、頭を撫でられると、もやがかかるみたいに意識が薄ぼんやりして、心地良い。

 ずっとこうしていたい。そうした気持が、私に腕を伸ばさせた。

 着物の表面をゆっくり手が滑って行って、幽々子様の腰に腕を回す。ぎゅっと抱き返しても、咎められる声はなかった。

 

 ああ、そうか。

 私、こうして欲しくてここに来たんだ。

 だって、私、あいつを倒した。霧雨魔理沙。強い人。

 あいつを斬り伏せた。春を奪うというのは、よくわからないけど、でも褒めて欲しかった。

 そうして、褒められた。それが嬉しかった。

 

 何度も背を撫でられると、やがて気持ち良さは眠気に変わる。

 ……まだ眠りたくない。まだ、こうしていたい。

 柔らかな胸から顔を上げて、すぐ近くの幽々子様の顔を見上げる。

 至近で目が合うと、それが僅かに細められて……何か、声が聞こえた。

 聞き返す間もなく、もう一度、声。

 ……もう一度?

 

 ――もう一度ここへ来たいなら……もっと強くなりなさい。

 

 もっと、強く。もっと、戦って。

 そうしたら、また――。

 

 優しく頭を撫でられるのに目をつぶって、顔をうずめる。

 

 はい。私、もっと強くなります。

 もっとたくさん、戦います。

 そしたら、もっと――。

 

 口に出さないで、心の中でそう言うと、幽々子様の手がそっと私の肩を押した。

 ……そうだ。もう行かなくちゃ。

 ずっとここでこうしていたいけど……そんな訳にはいかないから。

 

 徐々に暗くなっていく視界と、苦しくなっていく胸。

 口の中に水があふれて、肺の中に水があふれて、息を吐こうとすると、ごぼりと空気が上がる。

 ――ああ、冷たい。

 

 

 水の中で目を覚ました。

 緩やかな流れを全身で感じ取りながら、夢の余韻に浸る事数十秒。

 水面の光の揺らめきに息が苦しくなって、そこで初めて、今自分が危険な状態なのだと気づいた。

 肺が潰れてしまったみたいな苦しさ。最後の息を吐き出すと、私は昇りゆく空気の塊を追って水を掻いた。

 温かい水の中でなお熱く痛む腕に眉を寄せる間に、水面に上がる。反射的に大きく息を吸い込もうとして、激しい痛みが肺から発せられるのに咳き込んで、溺れかけた。

 水で濡れた視界の端に陸が見えるのに、無我夢中で身体を動かす。

 何分経ったか、やがて手が地面にかかり、引っ張るようにして体を陸に押し上げた。

 土と草が手の平の下で潰れる。前に出して地面を掴み、引っ張って、前へ。

 緩やかな坂を上ると、冷たいアスファルトが私の体温を奪い始めた。

 吹く風に一気に体が冷えて行くのも気にする事が出来ず、せり上がってくるものを吐き出す。びしゃびしゃと地面を打つのは、水だった。大分飲んでしまっていたらしい。

 吐いた事で気持ち悪くなり、連鎖でもう一度吐いてしまう。水の塊が喉を通るのが痛かった。肺がゴボゴボと音をたてるたび、体が跳ねてしまうような痛みが襲ってきた。

 

「――はっ、はっ、は」

 

 全部吐き出してしまうと、腕を伸ばして地面を掴む。這うようにして傍に生える木まで体を持っていき、それに体を預けると、ようやく一息つけた。

 ……いや、そんな暇はないらしい。

 朦朧とする意識を持ち直そうと息を吐くと、折れ曲がった腕が激しく痛んだ。うめき声が暗い空に虚しく消えていく。

 ……腕、治さないと。

 痛みでほとんどものが考えられなくて、だけど、それだけは思い至った。

 こんな腕じゃ、刀が握れない。治さなくちゃ、まともに戦えなくなる。そんなのやだ。

 震える腕で白楼剣を抜き、折れている腕を草の上に投げ出す。気のせいか、骨で突っ張った肌がどす黒く変色しているような気がした。

 そこめがけて、目いっぱい力を込めて柄を落とす。

 

「~~~~ッ!!!」

 

 鈍い音がして、腕は元に戻った。代わりに、口の中でジャリジャリする物。吐き出すと、どうやらそれは砕けた歯のようだった。

 あまりの痛みに思い切り歯を噛み合わせてしまったから、それで砕けてしまったのだろう。

 流れる涙を拭く事もできずにしばらくの間喘いで、体が落ち着くのを待つ。

 何も考えられなかった。

 ただ、元に戻した腕がドクドクと脈打っているのを聞いていた。

 柄を握りしめた手の痛みが感じられるようになると、ずる、と背が落ちる。頭だけを木に預けている体勢。

 まだ痛む腕を持ち上げて、手を握ったり開いたりしてみる。……動く。

 良かった。

 

 心の中でだけ安堵の息を吐いて、次には、落胆の溜め息。

 負けてしまった。あいつ。吸血鬼に。

 空相手だからとか、今の私では、とか、そういう言い訳はいい。結果は負けなのだから。

 

 悔しかった。

 痛いのとか、寒いのとか、苦しいのとか。

 そういうんじゃなくて、凄く、悔しかった。

 口の中に血があふれるのを飲み込むと、喉がひりつく。

 ……もっともっと、強くならなきゃ。

 きっと今の私じゃ、空を飛べたのだとしても、あの吸血鬼にはかなわない。

 だったら、超えられるように鍛錬すればいい。

 そして、それで倒したら……また、撫でて貰おう。

 

 あの人の顔を思い出すと、体中が暖かくなるような、妙な気持ちになった。痛みが薄れる。代わりに、幸せな気持ち。

 だから、うん。

 私は強くなる。

 

 吹きだしてきた黒い影が体を包むと、安らかな気持ちになる。

 まどろんでいるような、ゆったりした気持ち。

 

 胸の上に手を置いて休んでいると、足音が聞こえた。

 僅かに頭を動かして音の方を見る。……スーツ姿の……男の人が、こっちに来ていた。

 急いでいるような雰囲気。私の傍に屈むと、何か話しかけてくる。

 う、ん……ああ、耳に水が入ってて、よく聞こえない。

 でも、その顔には見覚えがあった。前に、学園長がいた部屋で見た人。……サルヒコ、だったっけ。

 その人の腕が、首の後ろと腰の後ろに回される。抱き起こされると、ズキリと胸が痛んだ。

 何事かを話しかけられるのに瞬きして、それから、だらんと垂らしたままの腕を動かし、白楼剣を鞘にしまう。

 ……私、なんでこの人に抱かれているんだろう。

 触られるのは、嫌な気がした。でも、それを言う気力も湧いてこなくて。

 だから、この人に害が無いと判断してから、小さな振動に身を任せて眠る事にした。

 

 

 その後、目を覚ますと、保健室のベッドの上にいた。

 伸びをしても体のどこも痛くなくて、腕にも頬にも傷はなかった。

 やがて現れた女性にいつかのように案内されて学園長室に行くと、気分はどうかと聞かれた。

 大分清々しい。

 話もそこそこに、今日は休むように言われた。それから、後日洋服屋……晴子の所に行けと伝えられる。

 そこに私の刀があるらしい。……回収してくれたのだろうか。

 

 一度家に戻ってきたものの、休む気にはなれなくて、手早く着替えを済ますと、カバンを引っ掴んで飛び出した。

 だって、学校にはこのかがいる。傍にいないと、と思ったから。

 まず晴子の所へ行く。

 鈴の音を響かせて扉を開けると、大きな音が耳の奥まで響き渡った。なんだろう……電車の通るみたいな音。

 晴子は、いつものように大きな本を広げて読みふけっていた。私に気づくと、手に持っていたカップを置いて、いらっしゃい、と短く言う。

 

「また、こっぴどくやられたものね」

 

 ……晴子は、私が戦った事を……負けた事を知っているのだろうか。

 知っているのが当然な気がして、そう思ってしまう自分に小さく首を傾げていると、晴子は椅子から降りて奥に引っ込み、私の刀を抱えてきた。

 

「力不足を痛感したでしょう?」

 

 カウンター越しに渡された刀を背につけていると、そんな言葉。

 たとえば、空を飛べない事とか、なんて指を突き付けられるのに、空ならもう飛べると答えると、はあ? と首を傾げられた。

 

「もう飛べるって、飛べてなかったじゃない」

「でも、飛べる」

 

 何をそんなに訝しんでいるのか、引き出しを開けようとしたまま止まっていた晴子は、少し考えるような素振りを見せた後、ああ、と呟いた。

 

「夢でも見たのかしら?」

 

 驚いた。

 晴子にはなんでもお見通しらしい。

 やっぱりこの子は妖怪なんじゃないかと思いながら頷くと、ああそう、と難しい顔をする。

 私が夢を見て、何か悪い事があるんだろうか。

 考えていると、それも見透かしたのか、別にないわよ、と晴子。

 

「ないけど……まあ、気をつけなさい。あんまり良い夢ばかり見てると、目も覚めなくなるし」

 

 よく意味がわからなくて首を傾げると、「たまには友達と遊んだりするのも大切って事」、と、なおさら訳のわからない言葉。

 友達と遊ぶ事と、良い夢を見ちゃいけない事の何に関係があるの?

 ……意味がわからない。

 

 しばらくの間、最近の面白い映画の話とか、ランチの美味しいお店とか、そういうのを教えてくれていた晴子は、最後に、どうせ学校に通っているなら、友達百人でも作りなさい、と念を押すように言った。

 ……百人も? それは、無理だと思う。私、人と話すのはあまり好きじゃない。

 それに、このかがいるから。

 

「……はぁ。あなたってほんと面倒くさいわ。まあ、どうせそうなるだろうとは思っていたけど」

 

 手詰まりになったら、またここに来なさい。

 胸元に手を当てる私に、晴子は肩を竦めてそう言って、椅子に上り、読書に戻った。

 絵の具を混ぜ合わせたような不味そうな飲み物を飲みながら、しっしと手を振って私を追い出そうとするので、お店を出る事にした。

 ……洋服棚の迷路を通り抜ける際、とても見覚えのある服が棚にかけられていたのを見つけて、そういえば服を買わされなかったな、なんて考えた。

 

 

「なんだ、生きていたのか」

 

 お昼をちょっと過ぎたくらいに、急ぎ足で教室へ向かうと、扉の近くで吸血鬼と先生に会った。

 やたら嬉しそうだった先生やアスナが小動物……カモ君だったかとこそこそ話し始める傍ら、私を上から下まで大きな動作で眺め回した吸血鬼が、すっかり傷も治ってるじゃないかと言った。

 ……そうさせた本人だとは思えないくらい軽い声。

 生きていたのかって、私は先生が生きている方が不思議なんだけど。……どうでもいい事、か。

 そう、どうでもいい。負けたんだし、今ここで何をしようとしても無駄だ。

 いらつく心を抑えつつ、服の裾を握る。本当は刀を抜きたい。もう一度戦いたい。でも、駄目。それで負けたら、幽々子様に顔向けできない。

 気を紛らわせるように、左腕の肘の辺りを握る。傷は、たぶん学園長か誰かが治してくれたのだろう。そうでなくとも、あれくらいの傷なら、たぶんすぐ治った。

 チャイムが鳴るのに、みんなで教室に入ると、私に何か言いたげにしていた先生が、教室の中の空気にあてられたのか、明るい表情になって教壇に立った。

 刀を外しつつ自分の席に着き、机の横にカバンをかけ、刀を立て掛ける。修学旅行がどうのと先生が騒ぐのを聞き流しながら、吸血鬼の方を見た。

 なんだっけ……ああ、エバだ。

 私の視線に気づいたエバは、頬杖をつきながら、口の端を吊り上げた。小さく口が動くのに、何を言っているんだと耳を澄まそうとして、教室中から歓声のような大きな声が上がるのに断念する。

 何を笑っているのか知らないけど、いつかその余裕ごと斬り捨ててやる。

 今は、そのために力をつけないと。

 でも、どうすればいいのだろう。地道な鍛錬しかないのだろうか。それが一番の近道だというのはわかってるけど……。

 そうだ、楼観剣と白楼剣をもっと使いこなせるようにしよう。きっとそれで強くなれる。

 それで、手詰まりしたら……言われた通り、晴子の所に行こう。

 晴子なら何かしてくれる……教えてくれるという確信が、どうしてかあった。

 ……最初から頼りにするのは、なんか嫌。最初は、うん。ちゃんと自分で頑張ろう。

 セツナも一緒にやるんだし、そう手詰まりにはならないだろう。

 机に手を置いて、前にも見た女性の教師に呼ばれてネギ先生が出て行くのを見送りながら、晴子が話していた映画の事を考える。

 友達と……か。

 このかは、一緒に行ってくれるだろうか。

 考えるとなんだか緊張して、午後はずっとこのかの背中を見て過ごしてしまった。

 

 放課後、修学旅行のために四人で服とかカバンを買いに行く事になった。私と、このかと、途中で見つけた先生と、アスナ。カモ君は……一匹扱いでいいのだろうか。

 私は服、いらないんだけど、なんて考えていると、このかに今朝はどうしていたのか心配されてしまった。今日ずっと気になっていたのだと聞いて、心苦しくなった。

 ……ただ、眠ってて、それで遅れてしまっただけ。そう伝えると、どこで? と問われる。どこ……それは、保健室だけど……。

 それを言えば、また余計な心配をかけてしまうだろうと思って、咄嗟に「友達の所」と嘘をついた。

 あの、晴子っていう子の所……。

 名前を出すと、それで納得いったのか、そっか、とこのかは笑った。

 心の中でだけほっと溜め息を吐く。良かった、笑ってくれた。

 でも、嘘をついてしまったのは……。

 

 小さく首を振って、差し出された手をとる。手の柔らかさと温もりに、このかを見上げて、私も笑った。

 このかの興味が先生の持っていたカードに移る。何……タロットカード?

 アスナの絵が描いてあるらしいタロットカードを、このかはえらく羨ましがっていた。

 先生がアスナにカリケーヤクがどーのとこそこそ話すのを盗み聞いていると、カモ君に睨まれた。

 ……何? 首を絞めた事を根に持っているんだろうか。手を伸ばすと、キーキーと喚いて避けられる。……謝ったら、触らせて貰えるかな。

 このかがあんまりに気持ち良さそうに触っていたから、私も触りたくなってしまったのだ。

 なんて考えている内にアスナが先にズンズンと進んで行ってしまうので、みんなで慌てて追いかける事になった。

 

 セールの文字が躍る布がかけられたお店で、このかが先生のために服を選ぶ後ろについて行く。

 私にも色々選んでくれているけど、私、それ、着るつもりないんだけど。

 でも、楽しそうに選んでいるのを見ているとそう言ってしまうのも憚られて、結局どっさり渡されてしまった。

 試着してみて、と言い残して自分の分を探しに行くこのかを先生と一緒に見送る。アスナも服を探しに行ってしまったから、先生と二人きり。

 いや、二人と一匹っきり?

 苦笑いを向けてくる先生をちょいと見上げて見つめ返していると、兄貴兄貴、と小さな声。先生の肩にひょっこり顔を覗かせたカモ君が、内緒話をするように耳に寄せて、こしょこしょと話し出した。

 ……全部、聞こえてるんだけどね。

 でも、なんだろう。吸血鬼ハンターって。

 幾度かカモ君が私の方を見るのを考えるに、私の事を指して言っているのだろうか。

 ぱくておーがなんたら、味方に引き込んだ方が、とカモ君が言うのに、先生は戸惑っているようだった。

 ……もう行っていいかな。一応、試着しておかないといけないのだけど。

 このかから渡された服の束を持ち直しつつ試着室の方へ。カーテンを閉めるのにちょっと苦戦していると、先生が追って来た。

 隣の個室が開いてるから、そっちに入るのかと思えば、話しかけてくる。

 

「あ、あの、妖夢さんって、吸血鬼ハンターだったりするんでしょうか」

「……それは、私がエバと戦ったから?」

 

 私をハンターなどと言うのは、それが原因としか思えないけど、先生は倒れていたはずなのになんで私が戦った事を知っているのだろう。

 先生がエバに怯えていた事を心の中で悪く思っていたのに、負けてしまった事に居心地悪く思いながらそう聞き返すと、とぼけたって無駄だぜおじょーちゃん、とカモ君。どこから取り出したのか、煙草を手にしていた。……どうやって持ってるんだろう。

 

「ネタは上がってんだよ。あんたがエヴァンジェリンに挑んだのを見てたぜ。その刀の力もな」

 

 命知らずの馬鹿じゃなけりゃ、真祖の吸血鬼に向かって行く奴は吸血鬼ハンター以外にはないね、と煙を吐き出してくるのに咳き込む。

 ああ、こいつ、見てたのか。でも、その理由だと先生も吸血鬼ハンターになるんだけど……。

 何をそんな自信満々に言っているのだろうか。

 

「あの、何か理由があるんでしょうか?」

「理由があったらどうするのですか」

 

 おずおずと聞いてくる先生に、逆に聞き返す。

 ……煙を吹きかけるの、やめてほしい。カモ君を睨んでいると、先生ははっきりした口調で話し出した。

 エバが自分の生徒だからとか、そんなに悪い人じゃないからとか、理由を並べる先生に目をやる。

 それで、私にエバと戦うのをやめてほしいと。……別に、私はその吸血鬼ハンターとやらじゃないし、今はまだ戦う気もないから、いい。

 それを伝えようとすると、カモ君に遮られた。

 もし力が必要なら、相談があるぜ、と。

 

「ちょーっと兄貴と仮契約(パクティオー)して力を貸してくれりゃあ、あんたもお手軽パワーアップだ。どうだい?」

「なっ、何を言うのカモ君!?」

 

 カモ君の言葉に驚いた先生が抗議の声を上げるのを、カモ君はこれから困難があるからとか、そういう経験をしとくのもとか、兄貴のオヤジも、と長々と説得し始めた。

 ……その、ぱくておーとやらをする方向で話が進んでるみたいだけど、そもそもそれって何?

 力を貸せって言う理由は、今話を聞いていてわかったけど……何か、すぐ強くなれるような魔法でもあるのだろうか。

 お手軽に、で手に入れる力は本物じゃないとわかっていても、少し惹かれてしまって、どうすればいいのかを聞いていた。

 ……だって、早く強くなれれば、それだけ多くの危険からこのかを守れる。強い奴と戦える。……また撫でて貰える。

 聞くだけ、聞くだけ、と胸の中で繰り返しながら先生の肩の上にいるカモ君に顔を寄せると、へへっ、と笑われた。

 

「そうこなくっちゃ。ほら、兄貴。えーと、この嬢ちゃんも乗り気だぜ?」

「で、でもカモ君、妖夢さんは子供だし、それに……」

「だー! それを言うなら兄貴も子供の身で頑張ってるじゃねーか! それに、年も近いならちょうど良いだろ!?」

 

 ぶんぶん振られる煙草を危なく思って取り上げると、妖夢ちゃんもいいよな! とカモ君。……いきなり名前で呼ばれた。……カモ君も、友達が欲しいのだろうか。

 興味半分で頷くと、カモ君はそれを材料に先生を説得し始めた。

 この先に待ち受ける事がそれ程困難なものなのか、不安そうな先生は、ついには押し切られて頷いた。

 本当に良いんですかって、そう言ってるんだけど。

 ……で、ぱくておーってのが何か、私はまだ聞いてないんだけど。

 

「あっ……えっと、パクティオーっていうのは――」

 

 パクティオー。仮の主従関係を結び、お互いをパートナーとして共に戦う存在。

 先生とカモ君の説明を纏めれば、大体そんな感じだった。

 パートナー……ああ、先生が探していたのって、恋人じゃなくて、これの事だったんだ。

 

「それで、契約するには、僕とキ、キスしなくちゃならないんですけど……だ、駄目ですよね、いきなりキスなんて!」

 

 あははと無理に笑うようにして腕を振る先生に、それは、嫌、と口に出して伝える。

 好きでもない人とキスするなんて嫌だし、それに、私の主は幽々子様だけだから。

 ……でも、なんで契約の方法がキスなんだろう。嘘を言っているようではないし……魔法使いというのは不思議だ。

 

「おいおい、そりゃねーだろ。エヴァンジェリンに負けっぱなしでいいのかよ?」

「か、カモ君……」

 

 先生は納得したようだけど、カモ君は納得していないようだった。

 負けっぱなしは嫌。だから、いつかもう一度戦うの。それで、斬る。

 でも、それは今じゃない。今戦えなんて、お前に言われる筋合いはない。

 

 先生はエバンジェリンに勝ったのだとか、その先生と契約すればとかキーキー鳴くカモ君の言葉を聞き流していると、このかがやってくるのが見えた。

 あ……結局着替えられてない。先生に目を向けると、先生もその事に気づいたようで、いつの間に持っていたのかカードを見せてくるカモ君を慌てたように押さえながら隣の個室に入って行った。

 

 それにしても、先生がエバを倒した、か。

 私が向かった時にはすでに決着がついていたから、どっちが勝ったかは知らなかったけど……そうか、先生が。

 ……あんなに怯えていたのに、先生は勝ったのか。

 着替えてないねと問いかけてくるこのかに、先生と話してたからと説明しながら、ますます先生を悪く言えなくなってしまったと落ち込んだ。

 一瞬、パクティオーの話を受けた方が良かったのかと考えて、首を振る。

 もっと頑張らなきゃ。

 

 今は……てきとうに服を選ぶのを、頑張ろう。





プチ解説(解説したいだけ)

・「いい風だ」
風が呼ぶ(ボム) / 今、輝き(マスタースパーク)の中で

・「ナイスガッツ!」
残機はガッツらしい。

・「そこ退けわんわん」「じゃあ畜生か?」
犬。または飼われてるなにか。

・「叩き斬られる!」
昇天。
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