なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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特に何が起こるという訳でもない、時間の経過を描いた今話。
……まあ、一日も経たないのだけど。



第二十五話 働く中学三年生

 暖かい日の光が降り注ぐ広場。その付近に、超鈴音がオーナーを務める屋台、超包子はあった。

 いくつかの屋台――屋台というか、車にしか見えないのだが――の内の一つの前に立てば、視界いっぱいに広がる机と椅子が、青空の下にある。そのどれにも複数人が座っており、ペチャクチャガヤガヤ、うるさい限りだ。

 だけど、今の私には人の声も食器が擦れ合う音も、耳に入らない。私が聞かなくちゃいけないのは、客……お客サマが私やカラクリナントカなどを呼ぶ声だけだ。……ああっ、あそこの男、食器をひっくり返した!

 膝に零したラーメンに悲鳴を上げて立ち上がる男と、自分の手にある食器に、それを届ける場所――ちょうど正反対の場所――をおろおろしながら見る。どうしよう、どうしよう、えっと、えっと。

 どうすればいいのかわからなくて困っていると、すっと横に滑って来たカラクリさんが、三十八番に、と短く告げて、手に持っていた小皿を私に渡し、男性の方へ向かった。

 た、助かった……。

 それで、ええと、三十八番と七十二番のテーブルは……。

 ほっと胸を撫で下ろしながら……いや、両手は塞がっているから、そんな感じで、これらをどのテーブルに運ぶのかと見回す。正直、どのテーブルがどの数字かなんて覚えてない。

 そうしていると、左の奥の方に幽々子様が現れて、小さく手を振った。ああ、あっちだ、あっち。

 お皿を落とさないよう気をつけながら、できるだけ急いでそっちへ向かう。それが終わると、すぐに別の人から声が掛かって、私は支給された制服のポケットからメモ帳を取り出し、早足で向かう。

 ああもう、なんでこんなに人がいるんだろう。休日だからかな。それにしても、人が多い。何か、催し物でもあるのかってくらいに。

 忙しさに目を回してひーひー言いながら走り回る。配膳、注文の受け付け、お会計……。あっちへ行ったら

こっちに行って、そっちに行ったらあっちに戻る。うう、私、お料理するだけだと思ってたのに……こんなの、聞いてないよ。

 こんな事なら、晴子の所に行けば良かったかなあ、なんて考えてしまうくらいには、忙しい。そうしていると、あっという間にお昼時は過ぎて、ようやく人心地つけるようになった。

 右に目をやって、遠く、道の端に立つ時計を見ると、もう三時頃だ。時間が経つのが早い。

 屋台の方から超鈴音が私を呼ぶのが聞こえたので、一度肩を回してから、ゆるゆると向かって行った。

 

 

「やあ、お疲れサン。良く働いてくれた」

 

 屋台の中、……いや、外? カウンター席みたいな所に座るよう言われて、椅子に登ると、回り込んできた超鈴音が労いの言葉と共に肩を揉んできた。一瞬振り払おうとして、ちょっと気持ち良いのに、上げかけた腕を降ろす。だけど超鈴音は、すぐに手を離し、肩に手を置くだけにして、私の顔を覗き込んできた。

 

「初めてにしては手際が良かたヨ。ウムウム。正式に雇いたいくらいネ」

 

 ……それは、遠慮したい。こんな忙しいのはやだ。今だってもう、くたくただ。汗も掻いてるし……帰ってシャワー浴びて、お布団にくるまりたい。

 ゆるゆる首を振ると、超鈴音は断られるのがわかっていたのか、ソウカ? とおどけたように笑ってみせた。わざとらしい大きな動作で肩を竦め、残念ネ、とカタコト言葉。

 相手をする気力もわき上がらなくて、カウンターの奥へと顔を向け直し、ただ、座る。太ももやふくらはぎが張ってしまっていて、座っているだけでも、なんだか疲れてしまう。火傷のある足は……もう治ったのだろう。どうともない。

コトンと、私の前に器が置かれた。湯気を上げる、良い匂いの……ラーメン?

 見上げれば、ええと、コックの人が、どうぞ、と微笑みかけてきた。カウンターの上に乗せていた腕を膝に下ろして会釈すると、割り箸を渡される。食べろって?

 

「これは私からの奢りネ。さ、食べると良い」

「……ありがとう、ございます」

 

 にこにこ顔で器を指す超鈴音に、一応お礼を言う。……熱そう。……あつっ!

 なんとなく確認しようと思って器に触れた手をさっと戻す。と、くすくすと笑われた。……何で私、こんな事やったんだろう。恥ずかしくなって、誤魔化すように割り箸を手に取ると、「まあ、約束の時間も過ぎてしまったし、ネ」と、続きの言葉。

 ああ、だから奢り。正直、疲れている今の体には、嬉しいのか嬉しくないのかわからない。

 それに、この量を食べきれるか不安だ……。

 割り箸を割る前に、じっと器の中を見つめていると、どうしたのかと問いかけられたので、素直に話す。すると彼女は一度屋台の奥に引っ込み、小さな器を持ってきて、私の隣に座った。

 それから、テーブルの所々に置かれている円柱状の筆立てみたいなのから割り箸を抜き取り、パキンと割って、私の前に置かれた大きな器から小さな器へと、お箸とレンゲを上手に使って取り分けて見せた。その際に顔に当たった湯気を腕で拭っていると、これでどうかな? と笑いかけられる。……うん、ありがたいんだけど……おかしい。なんだか、だんだん彼女の私に対する態度が軟化していっている気がする。いや、気がするというか、ひしひしと感じるというか。

 私に笑顔を向ける超鈴音を見返して、それから、割り箸を割った。

 パキン。良い音がして、それは二つにわかれ。……不格好な二本になった。

 

 彼女と幾度か言葉を交わしながら、ずぞぞと麺を啜り、スープを飲み、私にとっては少なくない量を完食する。私と言葉を交わしていた彼女は、口を開くたびに手を止めていたはずなのに私よりも早く食べ終わり、そうした私の姿を見つめていた。その顔には、常に優しげな笑みが浮かんでいる。

 どうしてずっと笑っているのかわからなくて、ごちそうさまをしながら見返すと、小さく笑われる。

 ……なんなんだろう。

 先程までのやり取りに笑いどころがあっただろうかと思い返してみても、そんなものはどこにもない。

 だって、交わした言葉の内容は、ラーメンは好きか、とか、他に好きなものはあるのかとか、姉妹はいるのかとか、ここで働く気はないか、とか。あんまりとりとめも無い事ばかりだったはず。

 ぽつぽつと返す私を、そうかそうかと細めた目で見返してきていた超は(彼女への問い返しに、フルネームで呼んだら、超と呼べと言われた)、不意に顔を上げて振り返ると、おー、と気の抜けた声を上げた。

 何事かと彼女にならって空を仰ぎ見れば、遠くの空を黒雲が覆い始めていた。それによる影が広場を覆い、非常にゆっくりとこちらへ近づいてきている。

 一雨くるな、と彼女が言った。うん、と頷く。あのくらい大きな雲だと、ドシャ降りになりそうだ。

 

「さて、私も仕事に戻らねば。妖夢、君が望むならば、私はいつでも話し相手になろう」

 

 早めに帰った方がいいかな、と考えていると、周りを見渡していた超がそう言って、私の腕を撫でてから立ち上がった。

 ……話し相手? どうしてそんな言葉が出てくるんだろう。別に私、そんな事一言も言ってないのに。

 最初と同じように、ふざけてウインクをした超は、すぐにそれを笑顔に変えて、二度、私の肩を叩いた。親しげに触れられるのに戸惑っている内に、彼女は他の屋台の、会計を待つお客様サマの方へ走って行った。

 ……なんだったんだろう、本当に。

 いまいち彼女の思考が読めなくて、でも、まあ、そんな事を考えても仕方ないかと思い直し、席を立つ。お会計は……ああ、いいんだった。

 一度裏へ行って制服に着替え直した私は、一直線に寮へ向かった。

 

 

 部屋の中から、窓越しに外を見上げていて何分くらい経っただろうか。

 空を雲が覆い尽くしても、まだ雨が降る気配は無い。そういう匂いも無い。ひょっとして降らないのではないのだろうか。

 そう考えて、数分。降らないと判断した私は、刀を振る為に外に出た。

 近くの公園まで足を運び、人がいないのを確認して、広く場所をとってから刀を抜いた。

 

 ……この間の戦い。それから、十六夜咲夜との戦い。その前の戦いでも。

 私、動きばっかり追ってて、全然体が追い付いてなかった。

 今も、そうだろう。

 その為に速くなろうとしている。その手段もある。

 でも、いくら速くなったからと言って、敵を斬れるかというと……それも、ちょっと怪しい。

 私の体にはどんどん力が戻っている。……たぶん。

 それでも、私より強い奴はいっぱいいる。

 そいつらと戦って確実に勝つ為には、自分の技術を磨く事も大切だ。

 ……まあ、そう言ったのは晴子なんだけど。

 「『偶然できます』なんて技を持つのは危険よ。ちゃんとモノにしなきゃね」……だったかな。

 まあとにかく、今、それを練習するためにわざわざここまで来たのだ。

 速く動く、瞬間移動みたいな技術と、敵の攻撃を受け止めて跳ね返す技術。

 うーん、だけど、相手もいないのに、攻撃を跳ね返す練習なんてできない。

 ……その事を考えてなかった。

 自分の馬鹿さに呆れつつ、刀を構えたままどうしようかと考える。

 ゴロゴロと雷の音が鳴るのに空を見上げると、雲の海は、今にも雨を降らせようと蠢いて見えた。

 見上げたまま考える事十数分。やがて、二つの練習を同時にできるいい案を思いついた。

 

「はっ!」

 

 まずは、刀を振り下ろして前方に弾幕を……いや、一つだから、光弾? を飛ばし、すかさず足裏に妖力を集中させて、爆発。ゴウ、と風がうなる。

 光弾を追い越し、片足で地面を擦って、急ブレーキ。刀を胸に引き寄せながら、反転、飛んでくる光弾と向き合い、体勢を整える。

 次には、強い衝撃に襲われていた。

 

「くっ……!」

 

 片手で腹を支えた刀で光弾を防ぎ止めながら、ザリザリと地面を擦って後退する。意図しての事じゃない。予想以上に威力の大きい光弾に、押されている。

 幸い、爆発はしないが……私、こんなに強い弾幕、放てるようになってたんだ。

 自分の力量の上昇を……いや、取り戻した力の大きさを実感して、ちょっと感動している内に、凌ぐタイミングを逃してしまったので、いったん空へと逸らす。光弾は、黒雲に突撃し、その中に飲まれて消えていった。

 それを見届けてから、ふー、と息を吐く。少し手が痺れていたので、ふらふらと振って痺れをとった。

 よし、もう一回。

 刀を持ち上げ、一息に振り下ろす。練り上げた力は根元の方から刀を伝い、先端に届く頃には形を成して、ちょうど、水滴が落ちるように前方へと放たれていく。

 キュ、と靴の擦れる音。踵を上げ、前に一歩踏み出す動作で、突進。爆発的な加速が生み出す風が髪を乱す。

 黄色とも白ともつかない色合いの光の玉を、低い姿勢でやり過ごし、充分距離をとってから地面に足を叩きつけて減速。勢いを殺しきる前に、叩きつけた足を軸にして半回転。光弾と向き合い、刀を構え、それに手を添えて。

 瞬間、どう、と衝撃。

 

「つあっ!」

 

 浮きかけた足をどうにか地面に押し付けながら、気合の声を上げた。

 押し出すように、逸らすように。

 一度刀を引いて光弾を引き寄せ、光弾が勢いを取り戻す前に、上手い具合に跳ね返す。くるんとその場で回転した光弾は、最初と同じように、私の前方へと飛んでいった。

 

「よしっ!」

 

 追撃に、弾いた勢いのまま回転しようとしていた体を無理矢理抑え、ぐっと拳を握る。

 ん、今の感じ。今の感覚、覚えた。

 ちゃんとこの技術をものにするにはもう少し練習が必要だと思っていたけど、案外上手くいくものだ。

 実戦で既に使っていたからかな。

 木にぶつかって弾け、木を薙ぎ倒す光弾から目を逸らしつつ、もう一度刀を振って弾幕を飛ばす。

 白い大玉を一つ。振り切ってすぐ、突進――もう『瞬間移動』でいいか――して、光弾を凌ぎ、弾き返す。直後に再び瞬間移動。もう一度光弾を追い越して、反転して、凌いで。

 そのサイクルを、何度続けられるかと繰り返していく。

 八回目、疲れが見えてきて、瞬間移動をしようとした時に足が(もつ)れそうになった。

 十三回目、息が切れて、二の腕が重くて、足が鉛みたいになって、もう限界かと思いながらも続ける。

 十七回目、反転する際にすっ転んでしまった。慌てて、そのまま転がるように立ち上がって、上手い事弾き返す事ができたけど、息を吸うのも吐くのも辛くて、死んでしまいそうだった。

 二十二回目、たぶん、もう妖力は底をついてる。なんで集めて爆発させられるのかもわからない。

 というか、全身に吹き出す汗の感覚さえわからなくなってきて、目の前が霞んできていた。

 

「――ん、ぁ……?」

 

 ……ふと意識を取り戻すとわさわさするものが顔にかかっていた。緑色の……葉っぱ?

 見回そうとして、ずるりと体が滑り落ちるのにひやっとする。視界が開けて、公園のあれやそれが目に入ってきて、何を理解する暇も無くとにかく体勢を整えようとして……地面にぶつかった。

 ぐっと胸に重くのしかかる痛みに呻きながら体を起こす。

 ……どうやら、自分の弾幕にぶつけられて、木にでも引っ掛かっていたみたいだ。

 誰にも見られなくて良かった。

 上着やスカートについた葉と枝を払い、怠い体を持ち上げて立ち上がる。あ、くらっとした。立ち眩み……。

 少しの間額を押さえて耐えてから、ゆるゆると腕を下ろし、空を見上げて深呼吸をする。胸が痛い。

 もう、体の中、空っぽだ。体力も妖力も、使い切ってしまった。

 でも、使い切ってからも案外体は動くものだ。……自分の限界が知れて良かった。

 まあ、どうせ戦いの場に立ったのなら、たとえ限界が来ても動き続けるだろうから、関係ないんだけど。

 

 流石にこれ以上続けるのは無理だと判断して、自室に戻る。扉の前で、先生とアスナに会った。とは言っても、疲れていて仕方なかったから、一つ二つ言葉を交わした程度で部屋に引っ込んだ。

 靴を脱いで、暗闇の中に溶け込んでいくと、ひんやりとした空気が体中を包んで気持ちが良い。刀を置き、着替えを用意しながら時計に目を向けると、もう五時を回っていた。

 雲のせいでずっと暗いからよくわからなかったけど、そうか、もう夕方か。

 休日は今日で終わり。明日からは、また学校が始まる。お勉強の事を考えるとちょっと気が重くなるけど、このかが教えてくれるのだからと奮起して、シャワーを浴びるために脱衣所へ入った。

 

 汗を流してさっぱりした私は、新品の寝巻(ピンクのチェック柄だ)に身を包んで、洗濯機を回し、それが終わるまでに夕ご飯を食べた。

 うう、怠い。眠い。

 このかの部屋にお邪魔しようかと思っていたけど、ちょっと、無理そうだ。

 まあ、旅行のお土産は既に渡してあるし、特に用も無いからいいのだけど……それにしても。

 ふあーあ。

 フライパンを動かしながら大あくびをすると、台座が揺れて落っこちそうになってしまった。危ない危ない。

 出来上がった鮭のムニエルを白米と一緒にぱくついていると、電話の機械がぴかぴか光っているのに気がついた。留守番電話だ。誰からだろう。

 食べ終わって、食器を洗ったら、ちょうど終わっていた洗濯物を乾燥機に移す。ピ、とスイッチを押せば、干さなくとも乾く優れものだ。とても便利。

 ガタゴト頑張り始める乾燥機くんを一撫でしてから、歯ブラシをとって、にゅーっと歯磨き粉をつけて、と。それをシャカシャカやりながら電話の方へ向かい、メッセージを確認する。

 伝言は学園長からだった。

 名乗りから始まって、修学旅行で起きた事の労い。疲れはとれているかとの問いかけ。それから、

 

『話したい事もたくさんあるし、妖夢ちゃんの都合の良い日でいいから、学園長室まで来て欲しい。それと――』

 

 そんな感じの内容が、ちょっとの間続いて、おやすみなさいの言葉と共に途切れる。

 ……ん、あれ。

 ちょっと意識が飛んでいた。

 どうしてこう、電話越しの声を聞くと眠くなってしまうんだろう。疲れてるから?

 首をひねりつつ、立ち上がって洗面所に向かう。そういえば、歯磨き粉、もう切れそうだ。容量が小さいからかな。

 でも、大きいのは、なんというか、あれだし。次は……メロン味のを買ってみよう。

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