学園長との対話まで書こうと思ったけど、投稿遅くなりそうだったのでここまで。
進展が何もないのは、あれです。
日常回って奴です。
悪魔さん来訪するまで戦闘書けないのが寂しい。
誰かなりきりちゃんに斬られてくれる人いないのかなあ。
ぱちりと目が覚めた。
驚く程に寝覚めが良くて、ひょっとして凄い長い時間眠っていたのだろうかと、妙にすっきりした頭で考えた。
体を起こせば、部屋の中は暗い。いや、朝でも暗いから、時間がわからない。
ベッドの向かいの壁に掛けられた蛍光時計を眺めれば、時計は八時を指していた。
……八時!?
爆発するように広がった焦りに、ベッドから飛び起きて、パジャマを脱いで制服を引き抜きに行って歯を磨いて着替えながら朝ご飯の用意をして。
ぴらぴらと腕を振って制服に袖を通しながら、フライパンを火にかけようとして、ふと、台所の窓、それを遮るカーテンの外が真っ暗なのに気付く。
「…………」
今が夜だと理解した瞬間、凄まじい脱力感が全身を襲ってきて、私は膝をつくように台座から降りて、しゃがみ込んだ。
それは、そうだ。朝になったら、このか達と登校するのだから、私が寝坊するなんて事は無い。だって、彼女達がこの部屋を訪ねてくるのだから、いくら私が深く眠っていても、チャイムの音で目を覚ますだろう。
……馬鹿みたい。
早とちりした事に呆れつつ、リボンを拾い上げ、フライパンを片して、制服を脱いで。
その最中、電話が光っているのに気付いて、首を傾げた。
あれ、私、確認したよね……?
ひょっとして、私が眠っていた三時間の間に、誰かから電話がかかってきていたのだろうか。
……そんな相手は、一人しか思い当たらないんだけど。
さっと血の気が引くのに、しかしどうしてそこまで自分が恐れているのかわからず、ハテナマークがたくさん飛び出て暗闇に消えていく。
えーと、それは、晴子が怖いから……?
いや、うーん。それは違う気がする。
というか、また服を駄目にしてしまって、それを怒られるのが怖いんだっけ。
……だめだな、私。
ふるふると頭を振って、気をとり直す。
謝ればいいだけの話だ。せっかく作ってくれたものを駄目にしてしまったのを――ついでに、あの機械の件も――しっかり謝罪して、また作って貰おう。
その為には、晴子のお店に行かなきゃいけないんだけど、こんな時間に行ったら流石に迷惑だよね。
そう思いつつ、留守番電話を聞いてみる。
内容は、簡潔だった。『すぐ来なさい』と、たった一言。
……すぐって、今すぐ?
え、今、なの?
困惑しつつ、間違いじゃないかともう一度再生してみても、すぐ、としか言ってない。明日だとか、明後日だとか、私の都合の良い時だとか、そんな事は一言も無い。
電話がかかってきた時間は、七時五十分頃だ。私が起きるほんの少し前。ひょっとして、電話の音で私は目を覚ましたのだろうか。
ああ、そうじゃなくて。
今すぐ、というのが本当に今すぐなら……今から、晴子の下に行けばいいのだろうか。
少しの間逡巡して、けどまあ、目も覚めてるし、いいか、と結論した。
ちょうど着替えかけていた事だし、とリボンを拾い上げ、着替えを再開する。それが終われば、フライパンをしまって、家を後にした。
◆
翌日。
起こしに来たこのかに連れられて、先生とアスナとの四人で……カモ君は、あー、うん。五人で、登校する。
毎度思ってたんだけど、なんで走るんだろう。遅刻しそうだから?
ああ、ひょっとしてこれが、学校であるっていうマラソン大会?
ずっと走り続けるっていうし、そうなのかもしれない。
そう言えば、先生が中間テストがどうのと言ってるのを聞いて思い出した。私、まだテストは不慣れだ。ちゃんとやれるだろうか。
最低限、中学三年生としてやっていける学力はついてきたと、そんな感じの事をこのかは言ってくれたけど、不安すぎて夜も眠れない。
いや、昨日はぐっすりだったけど。
昨夜、晴子に呼び出された私は、へんてこな車……晴子
その中の一匹、えーと、なんだったかな。しゅー……なんとかドラゴンとかいうのが雲を吹き散らせてしまったから、今日はすっかり晴れている。
まあ、そんな訳で、私はとっても疲れて眠たい訳なのだ。
どうして昨日、呼ばれたんだろう。今さらながらにわいた疑問に、そういえば、と思い出す。
晴子が最初に速さがどうのと言っていたから、きっとそれ関連の事だったのだろう。
あれかな。あの赤いバイクに乗った人が赤くなったあれ。あれが速さの秘訣かな。その後消えたし。
……足に炎でも纏わせればいいんだろうか。
よく考えてみても、結局昨日のあれに何の意味があったのかわからず、走りながら空を仰ぎ見た。
ま、機械を無くした事は許して貰えたから、行った意味はあったのだろうけど。
空を見上げていると、転ぶよ、とこのかに注意されて、顔を戻す。と、なにやら喧騒が近付いてきた。
えーと、クラスメイトの、うー、うー……。
「くーふぇさん!」
そう! クーフェ! ……クーフェ?
先生の声に、そうだったと手を打ってみたものの、なんか違うような気がして首を傾げた。
そうしている間に、たくさんの人に囲まれていたクーフェさんは、襲い掛かられたと同時にその全てを瞬くまに倒してしまった。
……凄い。
階段を降りていくと、広場に広がる倒れた人達の中心で、びしっとポーズを決めるクーフェさんが「もっと強い奴はいないのか」なんて言うのに、体が反応して走り出しそうになるのを、ぐっとこらえる。それから、先生の方を見た。その行動に特に意味は無い。ただ、なんとなく、先生の方を見てしまっただけだ。
視線に気付いて私の方を向こうとした先生は、その動作の途中でクーフェさんに挨拶されて、挨拶を返すために顔を戻した。
何故かは知らないけど、ちょっとイラッとした。……なんでだろう。
イライラを慰めるために、このかの傍に寄る。見上げると、微笑みながら見返してきた。
大勢の人がうめき声をあげて倒れ伏しているというこの光景が日常的な物でないならば――少なくとも、このかにとって――動揺しているはずなのに、私が近付くと、いつも笑顔を向けてくれる。その不変さが、私の苛立ちを静めていく。
……うん、落ち着く。
だけど、できるなら……その手で、頭を撫でて欲しい、なんて思ったりして。
そんな子供染みた事、いや、えっと、ついこの間までやって貰っていたとはいえ、私だっていい年なのだから、そんな事は考えるべきではない。
――頼めば、撫でてくれるんだろうな、なんてのは、絶対ダメな考えだ。
どこまでも心の弱い自分に頭を振っていると、先生の背後にゆらりと立ち上がった男が、何事か口走りながら先生に殴り掛かった。不意打ちだ。さしもの先生も反応が遅れて、あわや殴られるかという時に、クーフェが飛び込んで来て一撃を叩きこんだ。腹にめり込んだ細腕に、ぐほぉと呻いて男が倒れる。
重い音に、ちょっと足の位置をずらす。だって、朝からこんなものを見せられては、あれだ。
私、人を斬りたくてたまらなくなる。
ああいや、違った。敵を斬りたくてたまらなくなる。
……ん、なんか違う。
脳裏に甦った月詠の姿に、次に遭う事があれば即座に切り伏せられるくらいには強くならないと、と考えていると、クーフェも交えた五人で登校する事になった。
といっても、学校はもう目と鼻の先だ。昇降口で上履きにはき替え、先生とクーフェがお喋りをしながら歩いて行くのを眺めながらついて行く。
……そういえば、中間テストの勉強……と、そこまで考えて、頭の中を切り替える。お勉強は、このかとのだけで十分だ。今私がやる事は、テスト勉強じゃなく、私が強くなる方法を考える事。
自分の席について、一時間目の教科の準備をしながら考える。
青いのとのおいかけっこは、まあ、たぶん成長に繋がるからやるとして、体力をつける事と、それから、こないだ失敗した、足に雷の魔法を纏わせて走るあれの改良を考えよう。
というか、もっぱら考えるのは雷の魔法の事しかない。だって他の事は、考えずとも出来る事ばかりだ。でも、体を動かすのはいいけど、頭脳労働は苦手なんだよね。
意味も無く教科書とノートを揃えて机の上にトントンやって、揃える。
えーと、足に流すと火傷するなら、どうすればいいんだろう。
………………。
……困った、考え始めて三秒で思考が止まってしまった。うーんとうなりながらシャープペンを額にこつこつやって、必死に考えを促す。何かいい案はないかな。
合間合間にノートをとったりしながら考えていると、ふと月詠を思い出した。私を斬って、私に斬られた彼女の姿。鮮血の代わりに飛び散るのは、光の欠片で。
今朝考えていたからだろうか。いや、そうじゃない。えっと、そう……そうだ。月詠だけじゃなくて、白髪の少年や、エバなんかもそうだ。
あいつらは、刀で斬っても、変な力で防御して、攻撃が通らなかった。
ちらりと横を見れば、つまらなそうに教科書のページを
ガリリと、鉄を削るような幻聴がした。
あの技術。
あれを私も習得すれば、怪我なんかしないで済むのではないだろうか。
そこまでして足に電気を纏わせるのは……どうしてかは知らないけど、よし、当面の目標は、これでいいだろう。
速くなる事と防御を固める事。これが、私の今やるべき事。
うん、だから、先生に指されているのは、気付かない振りを……駄目?
◆
放課後。
このかやアスナ、セツナと共に喫茶店で軽食を摂りながら雑談に興じる。
……私の修行? そんなものは、後だ。このかに誘われては、とてもじゃないけど断れない。
……違うの。これは、これも修行の一環なの。えっと、そう、晴子が言ってた、友達作りの。
だって、友達を作るのには話題がいるから、今の友達である三人と話して知識を集めないと、見知らぬ誰かと雑談なんてできない。
だから、これは修行なの。
誰にともなく言い訳しながらポテトをちょびちょびつまんでいると、私にも話が振られてきた。セツナへの質問タイムは終わり? えっと、何? カラオケ? ボーリング?
どういう話運びでそういう話題になったかは知らないが、それは遊びの事のようで、アスナとこのかは、セツナがその遊びを知らないと答えると、私にも同様に聞いてきた。
カラオケはわかるけど、ボーリングなるものは私の知識には無い。リングとか名前がついてるんだから、輪投げとかかな。それも未経験だ。というか、名前が挙がったどっちも、私はやった事が無い。
そもそも、お買い物以外でお家から出る事はそうそうなかったし。
――ん?
一瞬、自分の思考の推移が理解できなくて、お買い物……? と首を傾げていると、再度同じ質問が飛んできた。
ああ、ごめんなさい。話を聞いて無かった訳じゃないんだけど。
疑問は残るものの、その前に「やった事は無い」と質問に答えると、えー、妖夢ちゃんも? なんて驚かれて、その後に続く会話で、自分が何に疑問を抱いたかなんて忘れてしまった。
カラオケやボーリングが未経験な私とセツナを連れてそのどちらかをやりに行く事で話が纏まり、お店を出ると、うーん、とアスナが声を上げるのに、すかさずこのかが「どうしたん?」と問いかけた。
「いやね、あいつ、ネギ。ひょっとしてあいつも、カラオケとか経験ないんじゃないかなって思ってさ」
「ほー、じゃあネギ君も誘う?」
笑みを堪え切れないといった様子のこのかに、何よ、とアスナが立ち止まる。
どうやらこのかは、アスナがそんな風に先生の事を話題に挙げたのが嬉しいようだ。
それがどうしてかはわからないけど、このかに言われて慌てて弁明するアスナを見ていると、自然と笑いがこみ上げてくるので、気にしない事にする。
セツナを見上げると、セツナも笑っていて、それがちょっとおかしくて、口に手を当てる。
ふふ、なんでおかしいかもわかんないのに。
「あはは、ごめんなアスナー」
「もう。で、ネギを誘うのはいいとして、あいつ、どこにいるんだろ。たしか、世界樹広場前あたりでくーふぇと待ち合わせてたよね」
「んー、そんなに時間も経ってないし、まだいるかもしれんなー」
「じゃあそこ行ってみよっか。それでいい? 刹那さん。妖夢ちゃんも」
くるりと回ったアスナが私達に問うのに、こくりと頷く。「ええ、問題ありません」と、笑い交じりにセツナも言った。……まだ笑ってるの?
その笑いが伝染したのか、さっきのを思い出したのか知らないけど、思わずくすりと笑みを零すと、お、と声を漏らしたアスナも笑った。
「なんか最近、妖夢ちゃん明るくなってきたわねー」
「……そう?」
よくわからない事を言われて、そういうの、自分じゃよくわからないから、聞き返すと、そうそう、と力強い肯定が返ってきた。
……よくわかんないけど、私、明るくなったの?
このかを見ても口元に手を当ててうんうんと頷かれるのみだった。
うーん。
「……アスナは優しくなった」
「えっ?」
そういう言い回しを、前に誰かが言っていた気がして、なんとなく声に出してみる。
一瞬呆気にとられたように声を上げたアスナだったが、次には、そう? とはにかんで、それから、「そういう風に話してくれるとこだよ」と付け加えた。
……うーん、やっぱりよくわからない。
そうやって会話したりしながら歩いていると、世界樹広場前とやらにつく。そこには予想通り、先生とクーフェがいた。ついでに、のどかやハルナなんかも。
みんなを引き連れてボーリング場まで来ると、芋ズル式というか、どこから現れたのかクラスメイト達がわらわらと集まってきて、元々賑やかだった場所がさらに騒がしくなった。
まあ、周りを見る事で忙しい私には、しばらくはこの騒がしさも気にならないけど。
ピカピカの床とか、その先に見える白い棒達とか、ハイテクな機械とか、おっきなテレビとか、色とりどりのボールとか、なんだか楽しそうだ。
パキャァン! と鳴る音も、うるさいってのとは違くて、耳に心地良い。
いいな、あれ。私もやってみたい。
他の人がやっているのを見て遊び方を覚え、小さめのボールを使って私もチャレンジする。
遠くに白い棒を望む場所に立った私が力いっぱい放り投げたボールは、二度小さく跳ねて、緩やかにカーブを描きながら白い棒……ピンと言うらしいものに向かって行き、するっと避けて奥の闇へと消えていった。
…………。
どんまーい、と声を掛けられるのに、緩く手を振って返しながら席に戻る。惜しかったねとか次は頑張ろうと慰めの言葉を投げかけられるのに奮起しつつ、次の自分の番が来るのを待つ。
ふんふん、ただ全力で投げればいい訳じゃないんだ。どこに、どれくらいの力で投げるか、ね。
アドバイスを貰った私は、胸の内で何回か復唱して、その技術を覚えようとした。
その後、再び廻って来た番で、加減をしてボールを投げれば、横の溝に入って転がって行った。
ごろごろごろごろ、ピンには掠りもせず、奥へと消えていく。
…………。
再び慰めの言葉。うん、たまたまだよね。次は当たるよね。私、こんなのじゃ負けないから。
次も駄目だった。一本も倒せなかった。……なんというか、苦笑いしか出ない。
一つ息を吐いた私は、頭を振ってピン達に背を向けた。
つまらないので、ボウリング遊びはやめにして、先生の方に行く。先生は私なんかと違って、上手い具合に何本もピンを倒す。さすが、出来が違う。
席に座り、クラスメイトの背が高い人と話している先生に、流石に横から割り込む訳にもいかないので、先生で暇つぶしできなくなった代わりに肩に乗っているカモ君をむんずと掴んで
一瞬私を見た先生に、文句言われるかな、と思いつつ、咄嗟にカモ君の両手を持ってぶらりとぶら下げ、片方の手を左右に振る。
バイバイ、あにきー。カモ君の真似。
「あ、うん、ばいばい?」
バイバイ。
ちょ、アニキ……! と口走るカモ君を両腕で拘束しつつ自分の席まで連れ帰って、膝の上に乗せる。
即座に飛び降りて逃げようとしたのを押さえつけると、しばらく抵抗したものの、私に離す意思が無いとわかると、ようやく諦めて大人しくなった。
それでいい。
良い子良い子と細い頭を指で撫でてやる。抗議か何か、キューと鳴いた。かわいい。
……ところで、カモ君。お前は先生のなんなの?
ふと、本当にふと気になって、膝の上で転がしていたカモ君に問いかけると、されるがままにしていた彼(?)は、びくりと身を震わせた。
……手の中でそんな風に震えられると、こそばゆいんだけど。
「俺っちと兄貴の馴れ初め、聞きたいか?」
つんつくしながら返事を待っていれば、短く小さく、そんな声が指の先から帰ってきた。
聞きたい。一も二も無く頷く。
しかし、そうして聞きたいと意思を示したというのに、カモ君はいっこうに話し出す気配は無く、ただ私にお腹を向けてだらーんとしていた。
……促す意味も込めてうりうりとお腹をぐりぐりすると、「うはっ……!」となんとも言えない声が上がるのに、ちょっと笑ってしまった。
恨みがましい視線を送るカモ君を謝罪代わりに撫でまわして、それから、今度こそ、話をするよう促した。
……ああ、私が頷いたの、見えてなかったんだ。
ボールがピンを薙ぎ倒す音や、電子音とか、人の話し声の中で、長々とカモ君の話を聞く。
撫でまわしたり毛を梳いたりしているせいか、時折ちゃんと聞いてる? みたいな顔をするカモ君を、その都度促しつつ、先生との出会いと、彼の心情を聞く。
……人に歴史ありとは言うけど、カモ君にも歴史ありなんだね。なんか、不思議な感じだ。
「だから今度は、俺がネギの兄貴の力になる為に、こうして付き従ってるって訳さ」
「…………」
「…………」
喋り終わると、上半身をうにょっと起こしてじっと見上げてくるカモ君を見つめ返していると、妙な沈黙が流れた。
……ああ、終わり?
首を傾げると、カモ君も体ごと傾けて、尻尾を揺らした。
……終わりかな。
なんとなく、カモ君を抱いて、話に聞いた、罠に挟まれていたという足を撫でてやる。
「……センセは、優しかったんだ」
ぽつりと呟くと、今も優しいぜ、と間髪入れずカモ君が訂正した。そうだね。先生は、優しい。
それに、頼りになるの。
「ま、甘ちゃんでもあるけどな」
カモ君が顔を逸らすのにつられて、そっち――先生の方を見る。そうすると、少し揺れた体に、カモ君はバランスをとるように、組むように合わせた私の腕の上に立って、体を伸ばして私の胸に寄りかかった。二本の手が鎖骨の下辺りに押し付けられて、ちょっと痛い。カモ君、あんまり重くないはずなのに。
……いつの間にか、人もまばらになっていて、私の座るより右の方、十メートルも離れていない場所で、先生とクーフェが向かい合って立っていた。
何かを決心した様子の先生が、唐突に大声を上げる。はきはきとした、よく通る声。
それは、クーフェに師事したいという先生の頼み事だった。
中国、拳法。それを、先生は習いたいのだという。動機を説明する先生に、クーフェは一つだけ質問を投げかけた。強くなりたいか、と。
少しの間をおいて、先生は頷いた。その間が何を意味するか私にはわからないけど、私は、先生の答えを聞いて、胸が熱くなるのを感じた。
先生、強くなりたいんだ。
私と同じ。
私と一緒。
私も、強くなりたい。
もっと、もっと、もっともっともっと。
先生も?
先生も、強くなりたいの?
「……大丈夫か?」
カモ君の声に、先生から視線を外して、顔を戻す。知らず、弧を描いていた口元を腕で擦り、元の形に戻す。それから、大丈夫だよ、と安心させる為に声を出すと、なんだか、随分低い声が出てしまった。
嬉しいのに、気分が落ち込む……いや、高揚感があるのに、なんなんだろう、これ。
あ。
あ、斬りたい。
先生。
唐突に胸にわきあがったそれに、私は体中むず痒くなって思わず立ち上がった。ぽとりと落ちたカモ君が、抗議の声もあげず、一人になっている先生の方へ走っていく。
それを見届けてから、私はあえて先生の方を見ないようにしながら、お手洗いに走った。
なんどか顔に水をぶつけて気分を落ち着かせようと試みるも、上手くいかない。
やがて歓喜は――そう、歓喜――苛立ちに代わり、どうしようもなく、私は人を殺したくなった。
……違う。
殺したい。けど、そうじゃない。
斬りたい。だけど、何か違う。
私はどうしたいの?
先生を斬りたいの?
そんな馬鹿な事をしたいの?
そんな事を考える私なんて、死んでしまえばいいのに。
大きく頭を振って、変な気持ちを飛ばす。
顔を上げると、鏡の向こうに誰かが立っていた。
――なんにも、悪くないですわ。
ふわりと、光の粉が舞った。
鏡越しに、淡い光を纏う幽々子様が私の背後に立っているのを見つけて、なのに私は棒立ちになってその人を見ていた。
膝をつかなきゃいけないのに。
私、あなたに仕えてますって、伝えなきゃいけないのに。
じゃないと、笑って貰えないのに。
幽々子様は、哀しげに目を細めて私を見ると、そのまま目を伏せ、顔を伏せ、閉じたままの扇子で口元を隠し、光の欠片を散らして消えてしまった。
「…………」
しばらくぼうっと鏡に映る私を眺めていると、私を探しにきたのか、このかがやってきて、何事か話しかけてきた。
なんにも、聞こえない。
ただ、彼女の顔を見上げていると、一度ぎゅうと頭を抱きかかえられて……一瞬で恥ずかしさや、よくわからない気持ちに支配された私の手を引いて、このかは歩き出した。
……なんにも、聞こえないよ。