なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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最後の戦闘がダイジェスト風味なのも、乾巧って奴の仕業なんだ。
嘘です。
カットしようと思ってて、でも突発的に付け足したためです。
水増しではない。断じてない。
エヴァちんがばかエヴァちんにメガ進化してる気がする。
……それは退化、か?


   小話 明るい少女

 コツン、コツンと、スプーンがコップの内側に当たる音が、室内に響く。

 学園長室、その中央に設置されたソファに座る近衛近右衛門は、長く伸ばした髭を撫でつけながら、ガラステーブルを挟んだ向こう、自分と同じ黒いソファに座ってクリームソーダをつつく少女を眺めていた。

 時刻は、午後五時近く。いつかと同じ、夕日が窓から差し込むシチュエーション。長いスプーンを使って、コップの中の緑と白をかき混ぜている少女を見ながら、近右衛門はふむと一つ頷いた。

 反応して、少女、妖夢が顔を上げる。ぴょこりと揺れたリボンは、心なしか、いつもよりも元気そうに見えた。いや、リボンに元気も何もないのだが。

 じっと見つめてくる少女を前に、近右衛門はただ髭を撫でつけて、沈黙を貫いた。

 それは別に、少女をイジメているからとかいう訳では無い。ただ、今は口を開く気分ではないだけだ。

 基本的に受動的な少女は、近右衛門が話しかけない限り、滅多に口を開かない。今も、十数分会話が無いというのに、飲み物を飲んだり、近右衛門を見つめたり、窓の外に目をやったりと、勝手に時間を潰している。

 常と変らない無表情だが、近右衛門の目には、彼女の瞳が前より輝きを増しているように見えた。

 それは気のせいではないと、近右衛門は思う。

 修学旅行に行く前と後では、彼女の雰囲気は違っている。なんというか、(けん)がとれているのだ。

 完全にではないにしても、目つきや、雰囲気なんかは柔らかくなっているし、何より、この部屋に入って一時間。彼女の笑った回数は、近右衛門が彼女と顔を合わせた回数を優に超えている。

 最初に出会った頃を思えば、驚く程の進歩だった。

 

(満足した、という事かの)

 

 戦う事に。

 修学旅行での騒動は、近右衛門は身を持って知っている。それに少女が参加していた事も、既に報告を受けている。また、西の長……近衛詠春から聞いた話も合わせれば、どれ程彼女が傷付き、何度命を絶たれたかがわかるというもの。

 きっと、もはや彼女に残る命は、十代に差し掛かっている事だろう。それが(ぜろ)にならない事を祈りながら、近右衛門は、未だ自分を見上げ、言葉を待っている少女を見下ろした。

 きらきらとした、青い瞳。線の細い体。守らねばならぬと浮かんだ感情に、近右衛門は頭を振った。

 それをどう受け取ったのか、妖夢は小さく首を傾げ、クリームソーダをつつくのに戻った。バニラアイスは半ばが溶けて、メロンソーダと融合している。だというのに、妖夢は飽きもせずアイスをつついて沈め、浮かんでは沈めを繰り返している。心なしか、それを楽しんでいるように見えた。

 時折見せる彼女の、こういった子供っぽさが、そのたびに近右衛門を落ち着かせる。

 大丈夫だ。上手くいっている。

 一歩間違えれば幼い少女を死に追いやるだけの、一連の動き。それは良い方向に進んでいると、近右衛門は思いたかった。

 現に少女は、自然な自分を取り戻してきている。かぶった仮面が剥がれ落ち、ただの中学生として生きていけるようになるのも、時間の問題だ。その、はずなのだ。

 ……いや、万が一、不備があったとして。彼女の心が、闇に食い潰されてしまいそうだったとして。

 それは、自分や周りが押し止めてやればいいだけの話だ。

 その為に、ここへ来るよう彼女を呼んだ。強くなっている迷いを、彼女の口から話させる為に。

 カラン。溶けて一回り小さくなった氷が、コップの底へ滑り落ちる。

 満足気に笑みを浮かべる少女を見ながら、近右衛門は一人、物思いに(ふけ)っていた。

 

 ……いや、なにも、全てを悪い方向に考える必要は無い。

 先程そう思ったように、事は上手く進んでいる。今の少女の様子を見れば……つい数十分前まで、友人達と遊んだ事を、楽しげに話していた少女を見れば、そう思うのもおかしくは無い。

 というより、自分が心配しすぎているだけで、少女は自分が思うよりも良くなっているのではないか。

 その考えに行きついた近右衛門は、二度、髭を撫でつけてから、ようやく少女に声を掛けた。

 緩やかに顔を上げる少女に、修学旅行の話を振る。

 大変だっただろう。痛い思いをたくさんしただろう。

 しかし、それ以上に、きっと良い思い出ができたはずだ。

 そう願いたいだけの近右衛門の想いは、どうやら、恥ずかしげに友人達との事を話し出す妖夢を見れば、あながち間違っている訳でもなさそうだった。

 年相応の笑顔を浮かべ、何を思い出してか、頬を染めて、感情を逃がすようにバニラアイスをつついては、自分の感じた楽しさやその大きさを伝えようとする姿に、近右衛門は段々と安心してきた。

 何をそんなに思い悩んでいたのか。暗い考えが馬鹿馬鹿しくなってしまうくらいには、今の少女の姿は、普通の女の子のそれだった。

 これで、傍らに二本の刀を置いていなければ――しかも、片方は抜身だ――、孫と話しているような、心暖かな絵面になっていただろう。

 ――ああ。

 少女の話に、笑みをたたえて相槌を打ちながら、近右衛門は自分の焦燥感の正体に、その原因に合点がいった。

 自分は、これを一刻も早く取り除きたいのだ、と。

 今の少女の姿に、二本の刀は、恐ろしく似合わない。てんで場違い感が溢れて、いっそ、気持ち悪いくらいに、邪魔なのだ。

 少女が縋りつくそれさえなければ、もっと早く彼女を真っ当な人間にしてやれるのではないだろうか。そう考えた近右衛門は、心の中でだけ、頭を振った。

 違う。

 それは、早急過ぎる考えだ。

 それでは、少女の心が変化に追い付かず、逆に潰してしまう事になるだろう。

 近右衛門の小さな友人も、だからこそ、悠長なやり方をしているのだ。

 少しずつ、少しずつ、彼女に根付いた闇を溶かし、あるいは、引き抜いて行く。

 この作業はとても綿密にしなければならないし、また、先の先っぽまで、少女を想う心がなくてはならない。そして、その手は多くなければいけない。

 近右衛門一人では、友人との二人では、彼女を綺麗にする事など、とてもではないができないのだ。

 もっと身近で支え続けてくれる人間が必要だ。

 それが、友人。そして、クラスメイト。

 今、現在進行形で、それは行われている。

 誰も作業だなどとは思ってないし、考えてやっている訳でもないが、そういった暖かさが、少女を変えつつある。

 結局、近右衛門にできるのは、たまにこうして話を聞き、彼女の好物であるクリームソーダを振る舞う事ぐらいだ。

 

 もう少し。

 あと少し。

 それで、少女は救われる。

 そう思考を締めくくった近右衛門は、いつの間にか空になっているガラスのコップに、おかわりはいるかと問いかけた。

 妖夢ははにかんで、はい、と頷いた。

 

 

「…………?」

 

 学園長室を後にした私は、暗くなる前に自室に帰るために足を速めていた。

 階段を登りきり、長い廊下の先にカラクリナントカの姿を見つけたのは、もう陽が沈もうとしている時だった。

 彼女が直立不動でいるのは、ひょっとして、私の部屋の前ではないのだろうか。

 私に用事でもあるのかな。

 うーん、でも、心当たりはない。彼女とは、そこまで親しい訳でもない。昨日、超包子で働いた時に名前で呼ばれるようになったくらいだ。

 そんな彼女が、私に用があるなんて思えないけど……。

 まあ、とりあえず、聞いてみれば早いか。

 歩み寄って行くと、瞬き一つせず扉を見ていたカラクリさんが、ふっと私に顔を向けた。

 

 

 どこからか、虫の音が聞こえる。

 無意識に音を拾い、それに集中していた絡繰茶々丸は、どこかへ飛んでいきそうになった意識を手繰り寄せ、目の前の扉をじっと見つめた。

 魂魄妖夢。表札には、丸っこい字で名前を書かれた紙が貼りつけられている。これを書いた人間、つまり妖夢は、未だ帰還していない。

 特に何を思うでもなく扉に目を戻し、待機する。

 茶々丸がマスターであるエヴァンジェリンから魂魄妖夢を連れて来いと命じられたのは、おやつ時を回った頃だった。

 月が満ち始めている影響か、花粉症もすっかり良くなったエヴァンジェリンは、食後――おやつは謎選択のカロリーメイトメープル味――の一服を楽しんでいる最中に、食器を片す茶々丸へ唐突に言い放ったのだ。

 茶々丸の頭に浮かんだのは、つい昨日、共に働いた少女の姿。

 命令したきり、エヴァンジェリンは何も言わなくなったので理由は不明だったが、茶々丸に否と答える選択は無い。すぐさま支度をして、こうして女子寮まで足を運んだ。

 それが、およそ二時間も前の事。

 部屋主の不在を知って、妖夢が戻るまで待っている事にした茶々丸があれやこれやと考えている内に、空は夕焼けに染まり、今まさに陽が落ちようとしている。

 もちろん、茶々丸もただ立っていただけでなく、一度戻ろうかと主人と連絡を取ろうとしたり、妖夢を連れて行かなければならない理由を考えてみたりと、色々やってはいたのだ。

 ただ、昼寝でもしているのか電話も念話も繋がらない。余程緊急事態でもないのに目的を達成せず帰るのもどうかと思い、また、てっきり妖夢はすぐに帰ってくるものだと推測していたから、茶々丸はこんなにも待ち惚けを食わされる羽目になってしまった。

 約束もしていない突然の訪問なのだから、茶々丸に特に思うところは無いが、ただ、早く目的を達成したいとは思っていた。もちろん、エヴァンジェリンを待たせない為だ。

 頭の中に、時計を気にしつつ自分の帰りを待つエヴァンジェリンの姿が浮かぶ。何度も時間を確認しながらそわそわと体を揺らして、やがてはむすっとして動かなくなる。それでも自分が帰らねば、ふてくされてベッドに横になるのだろう。

 見たい。見るべき。もう少し遅く帰るべき。

 どこぞのAIが欲望に満ちた答えを弾き出すのに下を向いて、早く帰るべきだ、と茶々丸は思い直した。

 しかし、その為にはこの部屋の主、魂魄妖夢の帰還を待たなければならない。

 ……そもそも、なぜ今さら、魂魄妖夢なのだろう。

 先日、担任のネギ・スプリングフィールドが、クラスメイトの神楽坂明日菜を連れて来訪し、弟子入りを申し出てきた時、表面では嫌がるそぶりを見せつつも、ネギが帰った後は一人になった途端に高笑いなどをしていたエヴァンジェリン。

 そんな様子をひっそりと見ていた茶々丸だから、てっきり連れてくるならネギだと思っていたのだが、出てきたのがあの大停電の日から一度も口にした事のない妖夢の名前だった事には驚いた(とはいっても、僅かに揺れるだけというなんとも判断しづらい程度だったのだが)。

 命令の理由よりも、明日菜とじゃれていた楽しそうなエヴァンジェリンの姿を思い出して笑みを浮かべていた茶々丸は、ふと、カンカンと階段を登ってくる軽い存在を感知して、気を取り戻した。

 近付いてくる気配に顔を向ければ、それは魂魄妖夢に他ならなかった。

 通学カバンを片手に歩き、すぐ近くまで寄って来た妖夢が不思議そうに見上げるのを、茶々丸は黙って見返した。

 数秒、お互いが何も言わず、見つめ合う。

 先に口を開いたのは、もちろん茶々丸だった。

 

「……妖夢さん。この後、時間は空いていますか」

「……空いてる」

 

 形だけの確認に、妖夢はこくりと頷いて、小さく言った。

 

「……お仕事?」

「いえ。マスターが、是非あなたを招待したいと」

 

 多少友好的な言い方で茶々丸が用件を伝えると、妖夢は小首を傾げて、ますたー? と問い返した。ぴょこりと可愛らしく揺れたカチューシャのリボンに、茶々丸の中の何かのメーターが僅かに上昇する。

 そんな事は気にせず、茶々丸は一言、「ついて来て下さい」と告げると、すたすたと歩き始めた。

 何はどうあれ、今はエヴァンジェリンの命令が最優先。素直について来るなら良し、ついて来なければ、説得して、それが無理なら無理矢理連れて行こう。

 そんな算段をたてる茶々丸の後ろを、妖夢は首を傾げたまま追った。何かを疑問に感じているようだが、黙ってついて来ている。

 しかし、茶々丸がエレベーターの前で足を止めると、ぎょっとしたように扉を見上げ、それから、咄嗟に、というように茶々丸の袖を引いた。ぐんと上がるメーターに、何を思うでもなく「なにか」と茶々丸が問いかけると、エレベータは、やだ、と簡潔な答え。不安気に揺れる瞳が、茶々丸の中の何かをくすぐる。なら階段にしましょう。間髪入れず、茶々丸はそう言って、安心させるように、妖夢の手をとって包み込んだ。

 ほっと息を吐く彼女の手がするりと離れると、どうしてか茶々丸はその手を目で追ってしまって、しかしそれがどうしてかはわからず。とりあえず、階段を使って案内を続行する事にした。

 そうしてしばらく歩いていると、背後にいるとはいえ、気付くものが色々とある。

 たとえば、その歩き方が武芸者のそれではない事や、茶々丸との距離が一定に保たれ続けている事や、じっと茶々丸の後頭部を見つめながら一心についてくる姿は、子猫のそれに似ている事とか。

 不意に、餌をあげなくては、と茶々丸は思った。脳裏に浮かんだのは、自分が世話をしている猫達の姿だったが、それとは別に、背後の少女に、こう、食べ物を渡したくなったのだ。

 しかしあいにくと、茶々丸は食べ物を常備していたりはしない。制服のポケットなどを探ってもある訳がないし、辺りを見回しても、屋台か何かがある訳でもない。

 ならば、エヴァンジェリンの居城についてから用意すればいいのだ。

 不思議そうに自分を見つめる妖夢を一瞬振り返った茶々丸は、そう結論して、足を速めた。慌ててついてくる気配を感じつつ、暗くなり始めた道を行く。

 

 

 所変わって、ここはエヴァンジェリンの居城、ログハウス。大きなベッドにうつ伏せで寝転んでふて寝を決め込んでいたエヴァンジェリンは、階下から扉が開く音がするのを拾って、ようやく来たか、と怠い体を起こした。ずるりと太ももの上を滑り落ちた布を足で押しやる。

 ふわあとあくびをしてから目をこすって涙を拭き、ぐっと伸びをしてからベッドを下りる。弾力性から解放されると、一瞬平衡感覚が狂って、横へ一歩よろめいたエヴァンジェリンは、その時に揺れた髪に寝癖がついているのに気がついて、右手で頭を押さえた。何度か撫で付けると、反発していた髪も大人しくなる。出入り口へと向かいながら、小さく咳をして喉の調子を整えたエヴァンジェリンは、扉を開け、階段を降りるさなかに、テーブルにつかされている妖夢を見つけて不敵な笑みを浮かべた。

 

「遅かったな」

 

 ぴくりと反応した妖夢が自身を見上げ、驚きに目を見開くのに満足したエヴァンジェリンは、トントンと軽やかに階段を降りて、妖夢の傍に寄った。

 茶々丸の姿が無いのに少し首を傾げ、台所の方から音がするのに、気を利かせてお茶でも用意しているのだろうかと考えたエヴァンジェリンは、やはり良くできた従者だと一つ頷き、それから、椅子に座る妖夢の目を見た。

 戸惑いを含む目には、前に会った時の暗さや、どこか人形のような色は無く、まさに生きた人形といった様子である事に、エヴァンジェリンは再度、なるほどと頷いた。

 

(奴の言う事は嘘やでまかせでは無かった、という事か)

 

 この場合、奴というのは、エヴァンジェリンの古い友人の事だ。

 友人などと言っても、数度魔法を交えて、それよりも少ない数言葉を交わしただけの間柄だ。再び出会った時にはどちらも弱体化し、そんな境遇に思う所のあったエヴァンジェリンは、とりあえず彼女を暫定友人としたのだ。

 そうすると、向こうも同じ考えだったのか、今では時々遊びに来た彼女と酒を酌み交わすくらいには親しくなっている。

 その彼女が、今エヴァンジェリンの前に座る少女について、頼み事を一つしてきたのだ。

 短く一言、ちょっと鍛えてやって。

 

(私は便利なコンビニか何かか)

 

 ちょっとそこまで、みたいな気軽さで教えを請われるのは正直好かなかった。というか、請われてもいなければ、もはや興味の欠片も無い少女に何かを教えるなど、ごめんだった。

 だがしかし、その心は友人の言葉で容易く変わる。

 少女は、魂魄妖夢は、他とは違う。

 その言葉と、そして実際、修学旅行で見た彼女の姿に、エヴァンジェリンの中で彼女に対する興味が再び持ち上がり、そして先日、ネギが指示を仰いで来た時に、友人の頼みを思い出し、今日こうして呼び出したのだ。

 しかし、まさか、こんなにも遅くなるなどとは露とも思っていなかったエヴァンジェリンは、色々詫びやけじめの為に自らお茶を汲み、自分で選んだ茶請けを用意して茶々丸が妖夢を連れ帰って来るのを待っていたのだが。

 結局、冷めてしまったお茶を一人で飲み干し、気持ちが(はや)って先に用意してしまった事を後悔しながらお茶請けを片し、そしてどっしり構えて待つ事にして。

 十分経っても帰って来る気配は無く、三十分経っても同じく。一時間と少し経てば、流石に遅いのではないかと貧乏揺すりをして、もう少し経つと、まあ、向こうにも用事があるんだろうと自分を誤魔化し。

 それから十分後には、もう待ちきれなくなって自室にこもった。

 今思えば、念話でも何でも送って確認を取ればよかっただけの話だが、その時のエヴァンジェリンは、どっしりと腰を据えて妖夢の登場を待ち構える気満々だったので、その発想が無かった。

 

「だんまりか。まあいい」

「…………」

 

 何も言わず、ただ自分を見る妖夢にエヴァンジェリンは苦笑して、向かいの席に腰かけた。腕を組み、背もたれに背を預けて顔を向き合わせ、妖夢のアクションを待つ。

 しかし妖夢は、座る時に外したのか、傍らに立て掛けられている刀に軽く触れる程度で、特に敵意を向けてくるとか、それらしい動きは無かった。

 満足気に頷いたエヴァンジェリンは、それから、身を乗り出して、喜べ、と妖夢を覗き込んだ。

 

「お前に稽古をつけてやる」

「……なんで?」

 

 初めて口を開いた妖夢は、否定の言葉ではなく、疑問の言葉をエヴァンジェリンへと投げかけた。

 なるほど、強くなりたいというのも本当の話。二度、彼女の命を奪おうとした自分に対し、こんな態度をとるのは、確かに他とは違う。というか、唐突な宣言にもかかわらず、そこまで間を置かず返答できるくらいには、知性があるようだ。

 しかし、なんだろうか。

 小さな違和感に、エヴァンジェリンは体を戻しながら、妖夢の顔を眺めた。別段珍しくない、日本人らしい顔立ちだ。しかし、何か、目が……なんだ?

 妖夢の目に、疑問や敵愾心とは違う何かの感情が見えて、しかしそれがわからず、エヴァンジェリンはもどかしさに口を結んだ。

 長い時を生きる彼女にとって、目を見て感情を読み取るなど容易いはずなのに、なぜか彼女の浮かべる感情がわからない。

 それは、力が封じられているからではない。新月の日でも、誰かの心を覗くなんてのは朝飯前だ。だからこそ、読めない感情を見つけて戸惑っている。もちろん、その動揺は表には出さないが、内心ではしきりに首を傾げ、妖夢の目を見つめて把握に努めていた。

 見た事は、ある気がする。それも、結構頻繁に。

 

「お茶が入りました」

 

 と、やって来た茶々丸が二人の前に湯呑みを置き、二人の間に木製の丸皿を置いた。上には、棒状の黒い焼き菓子が乗っている。

 カロリーメイト、チョコ味。

 配膳を終えた茶々丸は、エヴァンジェリンの背後に控え、それから、そっと彼女の耳元に口を寄せた。

 

「マスター、下はどうしたのですか」

「下? なんの事だ?」

 

 内緒話をするようにこそこそと話しかけてくる茶々丸に、何の事かわからず聞き返したエヴァンジェリンは、茶々丸の指差す先を見て、ようやく理解した。

 スカートをはいてない。つまり、なんというか。

 エヴァンジェリンは、パンツ丸出しで妖夢の前にいるのだった。

 

「なっ、なん……!?」

 

 なぜこんな格好を。

 はっ! いや、確かに、ふて寝する前に寝巻に着替えようとして、途中でやめた記憶がある!

 なんて混乱するエヴァンジェリンに、続けて、茶々丸。

 

「ついでに、マスター。寝癖が……」

「なんだとー!?」

 

 思わず声を上げて頭を押さえてみれば、指の間からぴょこりと立つ髪の感覚。

 パンツ丸出しの上、寝癖をこさえて不敵に笑ったりなんかして……妖夢からどう見えていたかに考えが回った瞬間、エヴァンジェリンは羞恥心に居てもたってもいられなくなって、椅子から転げ落ちるように下り、階段へと走った。その背を、生暖かい二人の視線が追う。

 ああ、やっとわかった。あの目は、茶々丸がドジをした私を見る目だ。

 今さら妖夢の抱いていた感情の正体がわかっても嬉しくない。エヴァンジェリンは、新幹線もかくやという速さで自室に飛び込み、スカートを装着して、それから、バンバンとひとしきりベッドを叩いて羞恥心を散らし。

 しばらく間を置いてから、何事も無かったように胸を張って二人の前に戻った。

 

「あの、ぁ……ん」

「…………」

 

 そこで待っていたのは、茶々丸がカロリーメイトを妖夢の口元に寄せている光景だった。

 抗議の声を上げかけて、すかさずカロリーメイトを唇の間に差し込まれるのに、観念したようにもそもそと食べ始める妖夢を、茶々丸はなんともいえない目で見守っていた。

 

「……何をしてるんだ、お前ら」

 

 自分の事は棚に上げて、エヴァンジェリンは呟いた。

 

 

 その後、仕切り直したエヴァンジェリンと妖夢は、お互い若干の気まずさを抱えたまま向かいあって座り、お茶を啜りながら話を進めた。

 エヴァンジェリンが彼女をここに呼んだ理由は、端的に言って稽古をつけてやろうと思ったため。

 しかしそこは、お互い殺し合った仲だ。はいそうですかとはいかないだろうし、納得もできないだろう。そこで、妖夢の実力を測り、結果を出した後で妖夢自身が判断する、という話になり、その方法として、茶々丸との模擬戦闘を行う事が決定した。

 そこにはエヴァンジェリン個人の私情が挟まれていたが、まあ、結果はあっさり妖夢の勝利で幕を閉じた。

 これには流石のエヴァンジェリンも驚いた。なにせ、茶々丸がほとんど手も足も出ずに負けたのだ。それだけでなく、前に戦った時よりも格段に強くなっている事にも、驚きを隠せなかった。

 茶々丸が敗北した理由はいくつかある。

 まず第一に、なぜか茶々丸が手心を加えようとした事。

 突発的に決め、すぐに表に出て始めた為、茶々丸側の心の準備――そんな物が必要かは疑問だが――ができていなかったらしい。エヴァンジェリンが強く言わなかったのも原因だろう。

 そして第二に、妖夢が待ちの姿勢に入った事。

 妖夢とエヴァンジェリンを交互に見る茶々丸に不意打ち気味に(みね)での一撃を見舞い、強制的に戦闘へと引きずり込むと、後は防御に回った。勢いの弱い攻めを凌ぎ、攻撃を誘い込んで、見事に攻防一体のカウンターを決めた。

 それだけならば、茶々丸とて流石に意識を切り替え、戦闘モードに入っていただろう。そうなれば手心など一切なく、苛烈な攻めが妖夢を襲ったはずだ。

 だがそうなる前に、妖夢は決めた。

 弾き飛ばした茶々丸に、間髪入れずに暴風を叩きつけ、かと思えば、大きく回り込んで、背後から妖夢を持ち上げた暴風の勢いのまま、ダメ押しの炎を足に纏った急降下キックを叩きつけた。

 乱れた髪を撫でつけながらエヴァンジェリンを見る妖夢に、慌てて決着を宣言した。

 五分にも満たない短い戦闘だった。

 どこか満足気に息を整える妖夢を横に、エヴァンジェリンは茶々丸に駆け寄って、「問題ありません」などとのたまう茶々丸を押さえつけて、損傷具合を見た。髪が乱れ、袖が少し焼け焦げている以外には、目立った外傷は無かった。

 胸を撫で下ろすのも束の間、平静を取り戻したエヴァンジェリンは、妖夢を振り返って、どうするかと問いかけた。

 もちろん、私の稽古が必要か、という意味だ。

 

「……うん。お願い、しようかな」

 

 まるで、気の抜けたように軽い調子の答えだった。

 刀を片手に髪を押さえ、微笑む妖夢に、エヴァンジェリンはようやくそこに人間らしさを見て、息を吐いた。

 ああ、確かに、こいつは他とは違うようだ。

 

 

 ちなみに、後日ネギのエヴァ弟子入りの試験内容が茶々丸に一発でも入れる事に決定されると、エヴァンジェリンは今回の事を踏まえて茶々丸に指示を出す事になる。

 妖夢のせいで、地味にネギの試験の難易度が上がっていたなんて事は、彼女には知る由も無い事なのであった。

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