明るく楽しい小説がモットーです。
窓の外を、木や建物がびゅんびゅんと過ぎ去って行く。人やお散歩してる犬なんかも、左から右へ流れていく。
窓にべったり張り付いて外の景色を見ていると、ちょい、と袖を引かれて、外の景色から目を外す。
隣に座っているお母さんが、光の無い瞳で私を見下ろして、それから、椅子についている膝の裏辺りを優しく叩いた。
降りなさいって。
はあい、と返事をして、最後にもう一度だけ外を見る。
あっ、流れるのに合わせて目を動かすと、人や物の姿がはっきり見える新発見。
体を戻して座り直し、足をぶらつかせながら通路を眺める。所々に座る人を見ていると、お母さんが声をかけてきた。
向こうについたら、ごはんにしましょって。
それなら私、クリームソーダ食べたい。
お母さんは、好き嫌いをしないならね、と言って私の頭を撫でる。
そんなの、ずるい。食べたいよ。
着物の袖を掴んでお母さんを見上げる。ふわりと、光の粉が舞った。
淡い光の輪郭。綺麗なピンク色の髪。優しい顔。
しょうがないなあ。そう言って私を抱いてくれるお母さんに、嬉しくて、体を預ける。
ガタンゴトンと、音と一緒に体が揺れて、だんだんと眠たくなってきてしまった。
寝てていいのよ。伸ばされた手の甲が頬を擦る。
うん。
おやすみなさい。
◆
涙でぼやけた視界に、先生の顔があった。
細めた視界いっぱいに、難しそうな顔をした先生の顔が大きく広がっている。
かろうじて息の先が届く距離。でも、体の一部はくっついている。
熱い。
私も、先生も、汗に濡れているから、当然だ。
でもそれ以上に、先生が触れている場所が熱くて、身を捩ろうとすると、肩を押さえられて、動かないでください、と囁かれる。
ぅ、先生、息、当たってくすぐったい。首、掻いちゃダメ?
手を上げようとして、しかし、重なる先生の手に、床に縫い止められる。
冷たい床にさえ、体温が伝わって、温い。
「っ! ぁ、センセ……!」
「あ、ごめんなさい。痛いですか?」
「ん……はい」
もうちょっと、優しく触れてください。
そう言おうとして、視界の端に大きく映る先生の腕が動いて、ぴりりとした痛みが全身を突き抜けるのに、揃えていた足を崩す。
堪えていた息も、もうもたない。
吐き出そうとして、でも、目の前には先生がいる。気にせず吐くなんて無理だ。
緩やかに、気にならないくらいに、ゆっくりと息を吐く。
漏れる声が、震えていた。
「大丈夫です。もうちょっとで……終わりますから」
「は、い。……んっ!」
体が勝手に跳ねるのを押さえられなくて、重ねた先生の手が少しずれる痛みに、先生の目を見て無言の抗議を送ると、あろうことか、先生は小さく笑いを零していた。
先生、ひょっとして、わざと痛くしてるの?
「すみません。でも、妖夢さんのこんな顔、初めて見たから」
「しかた……ぁ、ないじゃ、ないですか。こんな、痛いって、知らな……うう」
「妖夢さんはやった事ないんですか? ……うん、確かに、そんなイメージだ」
広い場所に、先生と私の声が響く。
私達以外には誰もいない、広い広い空間。
声が漏れるたび、どきりと胸が痛む。体の痛みとは違う、切ないような、恥ずかしいような感じ。
だって、私、痛いのなんて平気だって思ってた。
でも、こんな……戦ってもいないのに痛いのは、無理だ。
先生の指が動く。赤く濡れて、滴り落ちた熱い水が、太ももを濡らした。
「ゃ、センセ、そこ……」
「あれ? えっと、ここですよね?」
「ち、ちがっ、
「わわ、あんまり動くと、ずれちゃいますよ」
なんで。
私、痛いって言ってるのに。
だから、そこじゃないんだってば。
もう一度、先生の顔を睨みつける。暑いのか、先生も恥ずかしいのかは知らないけど、赤い顔で知らんぷりして、続ける。
言っても聞かない先生の腕を掴んで強引に離そうとすると、先生は魔力を手に通して、無理矢理手を動かしてきた。
私だって、妖力で力、強くできるんだから。
「う……あの……妖夢さん? なんで抵抗するんですか?」
「それは、はぅ、センセが、痛くするから」
「痛いのはしょうがないですよ。そういうものなんですから、我慢してください」
なぜか強気な先生。
私の咎めるような声も気にせずに、反対の腕で私の腕を掴んで外して……だから、そこじゃないって。
ああ、もういいや。
先生の好きにしたらいい。
私はもう、抗議するのも面倒くさくなって、何度も動いたせいでずれた肩の紐を直して、それから、やれる事も無いので、肌着の端を引っ張ったり、先生の顔を眺めて過ごしていた。
早く終わらないかな、これ。
先生の手が、私の髪を持ち上げる。今度は、指で、直になぞられるのに、くすぐったくて漏れそうになる声を、口元に手を当てて我慢した。
何度も、先生の指がなぞる。優しいとは言えない、ぎこちない手つき。
でも、じんと広がる熱さと微かな冷たさに、もっとして欲しい、なんて思ってしまう。
痛いけど、気持ち良くもあるから。
そんな期待と何かがないまぜになって、胸の中でうねうね動く感情に恥ずかしくなり、そっと先生の手を退けた。もう、駄目ですよ、なんて言いながら動かそうとする手を押さえつけて、指を絡めとり、動けなくする。
先生、私にやった事はないのか、なんて聞いておきながら、自分だって、ヘタクソじゃないですか。
誤魔化すように、そう囁いたつもりで、だけど実際は心の中だけで呟く。
人差し指を合わせて、人肌に暖まった……なんて言うのか、ぬるぬるをこそいで、奪う。
「あ、あの……?」
「今度は、私の番です」
仕返しに、じゃなくて、お返しに、先生の胸に手を這わせて、くすぐったがるのに、溜飲を下げる。
それから、意外と硬い胸に手を置いて固定し、肌にそっと指を乗せて、ぬるぬるを擦りつけた。
じっと見つめた先の赤い線に指を這わせるたび、先生が小さく身動ぎする。腕を押さえている関係で、ほとんど先生に頭を押しつけているような感じになっているせいでその表情は窺えないが、たぶん、苦笑いをしているんだろうな、と簡単に想像できた。
く、と先生が笑いを堪えるような声を漏らすのに、押し付けていた顔を離し、先生の顔を見る。
「センセ、痛い?」
「う、へへ……痛いというか、くすぐったいですね」
「そうですか」
思った通りの苦笑いで答えられて、私は自分でもわかるくらいにむすっとして、再び先生の胸に額を押し付けた。そうして、至近距離で見る切り傷に、指のぬるぬるを塗り付けていく。
時折漏らす声は、私とおんなじような意味のない小さな言葉で、でも、先生は決して痛いとは言わなかった。息が首元をくすぐるのに、逆にこっちが参ってしまいそうになる。
むず痒さを耐えながら、体のあちこちにある打撲痕や切り傷を手当てして、それで、やっとおしまい。
顔を上げて、ふぅと息を吐く。変な姿勢でやっていたから、ちょっと肩が凝ってしまっていた。
「あのー、妖夢さん?」
「なんですか、センセ。……他に怪我してる所、ありました?」
控え目に声を出す先生に小首を傾げて、それから、先生の体を見る。上から下まで見回してみる。あ、ひょっとして、肩や首? どこを攻撃されたていたかなんて、私は見てないから、ちょっとよくわからないな。
それにしても、怪我が多くて、先生がどれの事を言っているのかわからない。直接聞こうかと顔を上げれば、何やら先生は顔を真っ赤にして、あうあう言っていた。
……なに、その反応。
「そのー、そろそろ手を、離して欲しいかなって思うんですが……」
「…………」
「それと、その、また乱れてますよ」
「…………」
そろりと、重ねていた手を上げて、それから、座ったまま先生から距離を取り、肌着の乱れを直す。
言われて初めて、自分がまだ先生の手を押さえていたのを思い出した。だから、体をくっつけるような形になっていたのか。なんて別の事を考えて(あんまり別じゃないかもしれない)気を紛らわせようとして、失敗。顔が熱い。
急に恥ずかしくなってくるのに、言葉が出なかった。
下を向いて、目だけで先生を見れば、先生は頬を掻いて、それから、いそいそと上着を着始めた。
あ、べたべた、まだ乾いてないのに。
いやでも、いつまでもその格好でいられると、目の毒……なのかもしれない。
ちらちら見ていると、着替えを終えた先生が、座ったままの私を見て困ったように笑った。
それから、傍に畳んで置いてあった私の上着を持ってきてくれるのに、礼を言いつつ受け取り、もそもそと身に着けた。
「エヴァンジェリンさんはどこにいるんでしょうか」
ベストのボタンをとめている私に、先生。
そんなの……向こうじゃないですか?
指差すと、え? どこですか? とそっちを見て、わからなかったのか、今度は私の傍に来て指の先を辿る先生。……先生、私、魔力の感じる方を指差してるので、姿は見えないと思います。それと目の前は壁です。
首を傾げる先生は放って置いて、立ち上がり、壁際に置いておいた楼観剣と白楼剣を取りに行って、手早く身に着ける。それから、白楼剣を引き抜きつつ、恥ずかしげに誤魔化し笑いをする先生の前に出た。
先生が何かを言う前に、先に口を開く。
「センセ……? センセのお仕事って、疲れますよね」
「え? いえ、そんな事は……なんで刀抜いてるんですか?」
疑問の色が浮かぶ瞳。
なんで?
なんでって、先生。斬る為に決まってるじゃないですか。
「悩みとか、いっぱいできますよね」
「えーと、それは、まあ」
風に揺れるように刃先を揺らす。先生の視線は、刀に釘付けだ。
でも多少戸惑っているだけで、恐怖や何かは感じない。
私を簡単に止められると思ってるから?
そうではない。私が斬りかかるなんて、思ってもないんだ。
斬るけどね。
「私の剣は、迷いを断つ剣……センセ、私、センセの力になりたいの」
「それは嬉しいですけど……な、なんでにじり寄って来るんですか!?」
ここまで言って、まだわからない?
先生を斬ってあげようっていうの。
先生の迷いを断ち切ってあげようというの。
良い考えでしょう? 良い考えだ。
きっと先生も喜ぶよね。
「言ったよね。先生のお手伝い、するって」
「……あ、なるほど」
あわあわ手を振って後退していた先生は、私の言葉に数瞬考えるそぶりを見せて、それから、ぱっと表情を明るくさせた。
拳を構え、足を広げ、腰を落とす。拳法の構え。
「妖夢さん、僕と修行したがってましたもんね。いいですよ、やりましょう!」
あ……。
やるんだ。
いや、うん、やりたいよ?
やりたいとは思ってたけど、えーと、迷いは?
……斬らなくていいのかな。
仕方がない。斬るのは、先生が頼んで来た時にしよう。
白楼剣を鞘に納めると、先生は一瞬不思議そうな顔をして、でも、私が先生の真似をして構えると、納得したようにうなずいた。
「いきます」
「ええ、きてください」
短く言葉を交わして、数秒。私は、一気に踏み出した。
◆
「……なにをやっとるんだ貴様ら」
先生とぽこぽこ殴り合いをしていると、ひょっこり顔を出したエヴァさんが、へろへろパンチを繰り返す私達を見て、呆れたように言った。
「私はお互いの手当てをしていろと指示したはずだが?」
「……それは、終わり……ました……」
息も絶え絶えで、先生。
忘れていた事だけど、私も先生も、この不思議な場所に来てずっとエヴァさんと修行してたから、疲れ切ってたんだよね。
どうりで、先生がすぐへばってしまう訳だ。これじゃあ、私がしたい修行はできない。
せっかく先生に拳法教えて貰えると思ってたのに、エヴァさんは実戦実戦と言って私を先生と戦わせてくれないし、先生は先生でエヴァさんと戦うしで、これじゃあいつ私と修行できるのかわからない。
膝に手をついて深呼吸する先生から視線を外したエヴァさんは、同じく呼吸を乱している私を見て、後でやらせてやるって言っただろう、と溜め息を吐いた。そんなの、聞いてないし待てない。私は今が良いの。
まあ、今は先生がこんな状態だから、やりたくてもできないんだけど。
「体力回復も兼ねて手当ての仕方を覚えておけと言ったんだが……ハァ。貴様がそんなではこの後の訓練も形にならんだろう」
「す、すみませ……」
先生、いくらなんでも息上がり過ぎてないかな。そんなに私との修行は疲れたの?
でも、そういえば先生、息が切れ始めてから五分も経たず拳に力が入らないようになっていたし、十分もすればとても動きが鈍くなっていた。
最初はどう動くか、体を動かしながら説明してくれていたのに、後半は息をするだけだったし……それでもやってたのがいけなかったのかな。
「当たり前だ馬鹿が。息切れしても変わらず動けるのはお前ぐらいのもんだ」
……なんでそんなに嫌そうな顔で言うの?
「ぼーやを
「私も一緒にやっちゃダメですか」
半歩、前に出てそう聞いてみると、エヴァさんは手を振るだけして、先生の傍まで歩いて行った。取り付く島もない。
一緒に来ていた茶々丸さんが私を見るのに、意味もなく「大丈夫です」と言っておく。茶々丸さんの頭に乗っかっていたチャチャゼロ――喋って動く人形――がフムと呟いておもむろに襲い掛かってくるのを抜いた白楼剣で凌いで蹴り飛ばしてから、頭を下げて、その場を去る。
「ヤルネ」
後ろでチャチャゼロの声。いきなり斬りかかるのはやめてほしいけど、言ってもわからないんだろうな。
えーと、食堂で待機してればいいのだろうか。
一人じゃ、暇だろうな。
◆
翌日。
放課後、昨日と同じようにエヴァさんに誘われるまま、彼女の家まで行って、不思議な場所へと移動する。雰囲気は西洋。風の匂いは、こないだ行った南の島と同じ。暑さも一緒。遠くに見える塔みたいなお城は、エヴァさんの別荘らしい。
あ、ふらふらしてた先生が橋から落ちた。ぎょっとしたエヴァさんに代わって、私が追って飛び降り、回収する。抱えた先生の胸、すごいドキドキしてる。
橋の上に戻れば、お礼を言う先生に当然ですと返す。いや、何が当然なのかは自分でもわからないけど、とりあえず。
今のが良い刺激になったのか、さっきまで歩くのも覚束なかった先生は、よし、と気合を入れて、しっかり歩き始めた。ばつが悪そうにしていたエヴァさんも、その様子を見て、なんだ、大丈夫そうだな、と後を追った。私はというと、一度振り返り、誰も来ていないのを確認してから、二人の後に続いた。
クラスメイトが後をつけてきていたのなんて、エヴァさんはお見通しだろうし、私が気にする事でもない。
今日は、いきなり先生とエヴァさんの実戦訓練から始まって、数分で先生がダウンした。
疲れていたからではなく、単純に実力の差。
ちなみに私は見てるだけだ。エヴァさんいわく、私は見学するだけでも十分成果が出るらしい。
見ているのもつまらなくは無いんだけど、やっぱり自分自身の体を動かす方が楽しい。
修行に楽しいもつまらないもないだろうけど。
訓練が終わると、エヴァさんは先生に血を要求した。困っている先生を見かねて、代わりに私の血を進めてみると、いらんと断られてしまう。
「お前には魔力が無いと言ったろ。それにお前の血は、凄く不味い」
淡泊すぎるとかなんとか。いや、そんな事を言われても……あれ? 私、いつの間に血を吸われたのだろう。
それに、魔力が無いから吸わないって、どういう理屈なのだろうか。ただ単に先生から吸いたいだけじゃないのかな。エヴァさん、先生の事好きみたいだし。
助けを求めるようにちらちら私を見る先生に手を合わせて、壁に身を寄せて座る。エヴァさんが私を拒絶した以上、私にできる事は何もない。せめて見ているくらいだ。
そうしてエヴァさんが先生をイジメているのを見ていると、アスナが乱入してきた。わらわらと、よく見るみんなも。
その対応で、今日の予定は大幅に書き換えられることになった。
……あれ、今日も先生と修行できないの?
◆
その日の夜、先生の過去を覗き見た。
幼い先生に何があったのか。どうして今、先生が頑張っているのか。
私、先生のお手伝いしたいって思ったの、一度そう言ってしまったからだったけど……先生の事を知って、もうちょっと、力になりたいって思った。
まあ、今の私では欠片も役に立たないだろうけど……はぁ。
早く半霊見つからないかな。そうしたら私……。
……私、どうするのだろう。
一瞬脳裏によぎった、幽々子様の顔。目元が暗くて、見えなくて、でも、私を見ているってのは、なんとなくわかる。
半霊を取り戻したならば、私はすぐに幽々子様の下に戻らなければならないだろう。
このかを守るのも、先生を手伝うのも、その間に無理矢理作り出した私のやるべき事。
本当のやるべき事が終われば、私はここを去らなければならない。
……だったら、私、半霊なんて……。
…………何考えてるんだろう、私。
それじゃあ、私じゃないじゃないか。
私は、魂魄妖夢なのだから、半霊がいないと駄目だ。
でも、取り戻したら。取り戻してしまったら。
不思議空間から出ると、みんなが雨の中、エヴァさんの家を後にする。
話があると言われてなければ、私も後に続いていただろう。
みんなを見送って、それから、ログハウスの中に戻る。
机について紅茶を飲んでいるエヴァさんに言われるまま対面に座ると、茶々丸さんが私の分を運んできてくれた。お礼を言ってから受け取り、息を吹き入れて冷ます。
さて、引き留める程の話でもないが、とエヴァさんが前置きした。
「お前のその力は、なんの為にある」
「…………」
唐突な問いだ。
理解が追い付かなくて、数秒。言葉の意味を理解しても、返す言葉が見つからなくて、さらに数秒。
カップに口をつけて私の返事を待っていたエヴァさんは、私が答えないとわかると、カップを置き、こう言い換えてもいい、と言った。
「お前の刀は、なんの為にある」
「それは……」
……それは。
即座に答えようとして、でも、言葉が出てこなかった。
何か、あったはずだ。明確な何かが。でも、いざ言おうとすると、ちゃんと形にならない。
私の中では、答えはある。このかを……幽々子様を守る為に、この刀はある。敵を斬る為に、この刀はある。
上手く言えないまま、途切れ途切れにその気持ちを伝えると、エヴァさんは顔を顰めて、しかし少しの間、何も言わなかった。
紅茶のおかわりをして、それに口をつけて息を吐き、外の激しい雨音に耳を傾けて、と、今度は、私の言葉に、エヴァさんが答えない。
……そもそも、この質問の意図は何なのだろう。
それを聞いてどうするのだろうか。
紅茶の味を堪能するかのように目を閉じ、いっこうに口を開く様子の無いエヴァさんに疑問をぶつければ、片目を開けて私を見た。
「なに、ただの興味本位さ。私の、ではないがな」
どういう意味かと問おうとして、まあ、とエヴァさんが言うのに、開きかけた口を閉じる。
「今のお前では答えられないとわかっただけで良しとしよう。それに、だ」
その答えは、お前が自分の手で見つけるものだ。
そう言って、エヴァさんは紅茶を飲み干し、カップを置くと、椅子から降りて二階へ上がって行ってしまった。
後に残された私は、すっかり冷めたミルクティーを眺めて、その言葉の意味を考えていた。
◆
持参した傘を差して、大雨の中を歩く。
考えに
気がつけば、寮は目の前だ。道中の記憶が無い。ちょっと考え事に集中しすぎていたらしい。
なんて言っても、エヴァさんの言葉を頭の中で繰り返すだけで、何も考えてなどいないのだけど。
……私の答えでは、エヴァさんは満足しなかった。それどころか、答えられないとまで言った。
あの答えは、間違っているの? 幽々子様を……このかを守る為に敵を斬る事のどこがいけないというの?
わからない。
わからない時は、斬ればいい。
……誰を?
誰を、斬ればいいのだろう。
右手の先で揺れる通学カバンを見て、考える。
斬る相手がいない。
これでは、答えなんて出ないじゃないか。
……ああ、そうか。だからエヴァさんは、今の私には答えられないって言ったんだ。
それは仕方のない事だ。
仕方がないから、私はここにいるんだ。
答えが見つかった時が、幻想郷に帰る時になるのだろうか。
なんとなくそう思って、階段を登りながら、傘を畳んだ。
したたる水滴が足跡代わりに階段に落ちる。一段一段、登る度にぽたぽたと。
「……?」
私の部屋に続く廊下へ出ると、雨の日の冷たさの中、電気に照らされた向こうに、人影があった。
茶々丸さん……じゃない。このかやアスナでもない。誰だろう。
近付いて行くと、段々姿がはっきり見えるようになる。
ツバの広い帽子をかぶった女性。陰になっていて、顔は見えない。両手で持った、大きめのカバン。白い服。長いスカート。電気に照らされて輝く、長い長い銀色の髪。
それが揺れて、気付けば、女性がこちらに顔を向けていた。
「――――」
手から擦り抜けたカバンが落ちる。取り落とした傘がたてる音は、雨音の中に消えていった。
囁くような声。私を呼ぶ、優しい声。
体を全部私に向けた女性が微笑んでいる。
私の部屋の前で、銀の髪を輝かせて、立っている。
そんな。
だって、そんな。
なんで。
心がどこかへ行ってしまったみたいに、何も考えられなかった。
泣きたくなるくらいに懐かしい顔。
そんなの、おかしいはずなのに。
でも現実として、女性はそこにいて、私に手を振っている。
変だよ。
おかしいよ。
だって、死んだはずだ。
私の目の前で、死んだはずだ。
私は、夢でも見ているのだろうか。
「――お、かあさ」
掠れた声が、どこかに落ちた雷の音に掻き消される。
光に照らされて、お母さんが笑っていた。