なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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何かが違う気がする

追記

小説版とごっちゃになったのかカメラがポロライドカメラになってた
加筆修正。……小説版関係ないかもしれないけど。


第三十五話 白玉事情

 朝日が眩しい。

 世界樹を前にした広場の、一段高い所の手すりに腰掛け、遠くの空に昇る太陽を眺めていた。

 先程までは、このかとアスナに順繰りに抱かれて、頭を撫でられて、叱られたり喜ばれたりとよくわからない事をされていたけど、今は、手すりで一人ぼーっとしていた先生が気になって、二人の下を離れ、先生の隣に腰かけている。

 でも、先生は隣に来た私なんかには目もくれず、下を向いたり空を見たりで忙しいみたい。声をかけようと思ってきたものの、先生のそんな様子にむっとして――この喜びを分けてあげようと思ったのに、水を差された気分だ――先生が話しかけてくるまで、私もだんまりを貫く事にした。

 緩やかに流れる雲は段々と薄く白くなっている。空を見上げ、足をぶらぶらさせながら、先生が話しかけてくるのを待つ間、特に理由もなく先程の事を思い出す。

 敵を倒し、良い気分で刀を振り回していた私に最初に近付いてきたのはアスナだった。危ないから刀を仕舞って走り寄ってくるアスナを見上げれば、拳骨を落とされてしまった。とはいっても、勢いばかり良いだけの、軽いもの。大して痛くは無かったけど、その後、私が死んだかと思ったと言って抱きついてきたアスナに、動揺した。

 だって、なんでアスナがそんな風に私を気にかけてくれるのかがわからなかった。

 それをそのまま伝えれば、アスナは私の肩に乗せていた顔を離し、私の肩をぐいっと押して、あんた、それ本気で言ってるの? と怒り顔。

 今度は何で怒るのかわからないでいると、遅れて駆け寄ってきたこのかがアスナを止めてくれた。

 でも、このかも同じ気持ち、らしい。

 私が倒れたのを見て、血を吐くのを見て、死んでしまいそうな気持ちになったと二人は話した。

 それから、口についた血や胸元の血を拭かれたり頭を撫でられたりとわやくちゃにされるがままにしていると、傍には来ていたけど、話しかけるタイミングを失ったのか、手を私に向けたまま固まっていた先生がおずおずと話しかけてきて、ようやく私は解放された。

 ……二人の気持ちはとても嬉しい……けど、そんなにされると、私、壊れてしまう。

 だから先生の呼びかけは渡りに船だった。

 と思ったら、先生は大丈夫ですかとか痛くないですかとか二言三言投げかけてくるだけで離れてしまって、再び私はアスナとこのかとお話しする事になった。

 それが嫌だと言う訳ではないけど、でも、今は私が半霊を取り戻せた事を一秒でも長く喜んでいたい気分だったので、少し複雑だ。ひょろろと半霊が飛ぶと、このかが不思議そうに目で追う。アスナは私に顔を合わせているから気付いてないみたい。

 ちょっと悪戯心がくすぐられて、アスナの後ろに半霊を忍ばせ、人型にさせて肩をとんとんし、即離脱しようと作戦を立てたところ、忍び寄った時点で気付かれ、おまけに何これ何これとつっつかれ、感覚がフィードバック(……フェードバック、だったっけかな)してくるのに身悶えていれば、タオルを羽織った夕映やハルカにノドカにアサクラさんにクーフェに……まあつまり、捕らわれていたクラスメイトの大半が寄って来て、私の半霊を苛め始めた。

 取り戻そうと胸の内で半霊に指示しようとして、がっしり肩を掴まれ、アスナと向き合わされる。二人のお話はまだまだ続くみたい。うんざりだ、と思う一方、凄く嬉しくて、私はアスナとこのかを見上げていた。……何度か半霊の方を見てしまって、顔を向き戻させられたけど。

 二人の気持ちは嬉しいけど、でも、でも、真面目な顔で聞けそうにない。

 体中をまさぐられるような変な感じに、全力で表情を変えないように努めながらアスナを見上げていれば、ちょっと、聞いてる? と三回くらい怒られてしまった。

 だって、だって、私、もう限界……ううう。

 私が半泣きになって慌てるアスナを見上げていると、ようやく体のむずむずが治まった。半霊が解放されたらしい。

 ストップストップとみんなを止めてくれたのは、意外にもハルナだった。

 これ、妖夢ちゃんと一心同体みたいだから、もっと優しく触ってあげないと駄目だよ! なんて指を立てて言うのに、みんながほーほー頷く。

 ハルナ、自分が一番最初にもみくちゃにしたくせに、よく言う……あれ? というか、まだ触られるの? 私の半霊。……みんながハルナの話を聞いている今の内に、戻しとこう。

 私の下に半霊を帰還させれば、それを目で追っていたアスナと目が合う。

 いや、なにそれ、とアスナ。

 私、と答えれば、頭の上にハテナマークをたくさん躍らせて、口に指を当て、子供みたいに首を傾げた。

 ……なんか、かわいい仕草。

 

「ね~え、妖夢ちゃ~ん? お話聞かせて頂けますかなぁ?」

「あ、ちょいまちちょいまち! 今ペンとメモ帳持ってくるから!」

 

 変な顔して、胸の前で両手をわきわきさせながら近寄ってくるハルナに後退る。アサクラさんが、声を上げて走り去って行った。

 ……だから、私、今は喜びに浸りたいんだってば。

 私を捕まえようと手を伸ばしてくるハルナにイラッとして、まだ左腰に下ろしたままの楼観剣に手をかければ、うひゃ! と驚かれて、引かれた。ハルナを止めようとしていたアスナも、ぎょっとしたように慌てて私の肩を掴んで押し止めてくる。

 いや、別に本気で抜こうと思った訳では……ないんだけど。

 ひょろろ、と私の目線の高さで泳ぐ半霊の半透明の向こうで、胸を手で押さえて肩を上下させるハルナを見ていると、多分、本気に思われたんだろう事がわかった。

 ……まあいい。

 質問攻めにされるよりはマシ。今は喜びに浸りたい、と踵を返せば、手すりの方に先生が腰かけているのを見つけて、お邪魔させて貰う事にした。

 そうして隣に座って、もう何時間経っただろうか。

 私達に一緒に戻ろうとこのか達が声をかけてくれたのに先生を見れば、先生はもう少しここにいると言うので、私もここに残る事にした。

 それから、空を見たり先生を見たりと時間を潰している。

 ……いい加減、私に話しかけて欲しいんだけど。

 勝手な願いを抱きつつ半霊を操り、空を泳がせる。うー、体がもう一つ増えたみたい。ちょっと、むずむずする。裸で空を飛んでいるみたいな、変な感覚。風が気持ち良いような、こしょぐったいような。

 ……そろそろ、足をぶらぶらさせるのも限界、かな。

 半霊を飛ばすのも、それは新鮮で、新感覚で楽しいけど、二時間も三時間もやっていれば、慣れてきてしまう。……いい加減、私から話しかけるべきだろうか。

 ……でも、先生、私がこんなに長く隣に座ってるのに、何も言ってくれない。

 それがちょっともやもやして、うーん、なんだろう……。……嫌だ。

 胸を押さえて遠くを見る先生の横顔を眺めながらそんな風に考えて、それから、そっと、先生の肩に触れてみた。

 びくりと、先生が震える。そして、たった今気がついたかのように私にびっくりして、危うく手すりから落ちそうになった。

 慌てて支えれば、ずれた眼鏡を直しながら、あ、ありがとうございます……とお礼。

 結局、私からちょっかいをかけてしまった。

 私の負け。

 

「どうしたんですか? あれ、みんなは……」

 

 先程までの思いつめたような表情から一転してにへらと笑みを浮かべた先生は、私の目から逃げるように目を逸らして背後を見回し、建物の陰にアスナ達を見つけたらしく、あ、いた、と呟いた。

 半霊を通して広い視野を得ていた私には、それはもう見えていたから、特段反応する要素は無い。

 私が返事をしないのを不思議に思ったのか、先生が体を向けて来た。再度、疑問の声。

 ……先生の真似。

 

「………………」

「あ、あの……妖夢、さん?」

 

 だまーっていると、やがて先生は徐々に焦りを見せ始めた。指をつっつきあわせたり、所在無さげに体を捩ったり、後ろ頭を掻いて意味もなく笑ったり。

 先生の困る様子に暗い愉悦を覚えていると、遠くから少年が走って来るのが、気配でわかった。

 

「おうネギ! 何見つめあっとんねん!」

 

 どこに行ってたんだろう、と思っていると、少年……コタロークンだったかが、先生に突撃してきた。とばっちりで、押された先生にぶつかられて、私も体を傾ける。

 

「わ、わ、小太郎君! 危ないよ!」

「よっすネギ! 聞いてや、さっきな……って、なんやネギ、元気ないな。大丈夫か?」

「え、いや、別にそんな事は……」

 

 私を置いてけぼりにして、先生と少年が話す。先生、私には全然話しかけてくれなかったのに、少年相手だとぺらぺら口が回っている。

 気安い、という単語が頭の中に浮かんで、手すりから降りた。先生の前に体を割り込ませ、少年の前に立てば、お? と不思議そうな顔をされる。

 

「なんや? ちび剣士」

「誰だお前」

「んお!? いきなりやなあんた! 喧嘩売っとるんか? ていうかお前こそ誰や!」

 

 あれ。私、名前聞いただけなんだけど、なんでこの少年はいきり立っているのだろうか。

 あ、そうか、ガキなんだ。ガキだから、こんなすぐに調子づく。

 馬鹿なガキにはお灸を据えてやらなければならないだろう。

 刀に手をかけると、わあわあと騒ぎながら、先生が私の肩を引くのに、危うく引き倒されそうになってたたらを踏んだ。

 

「いやいや、なんでいきなり喧嘩しようとしてるの!? 仲良くしなよ小太郎君!」

「いやいや、こいつが喧嘩腰なのが悪い! 敵意ビンビンや!」

「いやいや、死ね」

 

 流れに乗って呟きながら半霊アタックを仕掛けると、少年は獣じみた反応で飛び退って避けた。ちっ。

 地を蹴って低い姿勢で突っ込んで来た少年を、真正面から前蹴りで迎え撃てば、私を掴もうとした手とぶつかって、瞬間、弾き飛ばされた。

 身を捻って着地する。向こうも、同じように飛ばされたのか、着地していた。

 

「やるやないか、ちび!」

「…………」

 

 やたら嬉しそうに叫ぶ少年を前に、半霊を傍に引き寄せて刀を抜く。

 いや、抜こうとして、だめーっ! と叫んびながら飛び込んで来た先生に抱き付かれて、抜けなかった。

 

「駄目です妖夢さん! 喧嘩はいけませんよ!」

「でも、センセ……」

「いいから落ち着いてください! 小太郎君も! 駄目だからね!?」

「あー」

 

 何か納得いかないものを感じながらも、しかし、少年が構えを解いて近付いてくるのに、先生のお腹を小突いて放して貰う。

 少年の動向を窺っていると、そんな睨まんでも、と言われた。……睨んでなんかない。

 

「俺は犬上小太郎っちゅーもんや。あんたは?」

「……魂魄妖夢。センセの生徒。センセのお隣さん。お前は」

「……あ? あー、んんー、友達、か」

「私も友達。私の勝ち」

「はあ?」

 

 自己紹介をされたので、挨拶を返して、先生との関係を聞く。ただの友達だって。私の方が、先生との関係は深い。

 その事に安心していれば、なんやこいつ、とコタロー君が先生に聞いていた。あはは、と誤魔化し笑いをする先生。……先生? 私、先生の生徒で、友達だよね?

 

「え、あ、はい。もちろんですよ!」

「じゃあ、友達って言って」

「え……よ、妖夢さんは、友達ですよ?」

「ほら」

「いや、ほらとか言われてもな」

 

 胸を張ってみれば、いや、目が怖いわ、と言われた。……そんなに?

 話し出す二人に背を向けてぺたぺたと顔を触っていると、ひょろろ、と視界の端で半霊が渦巻いた。

 

 

 登校した私を待っていたのは、テスト勉強なんかよりも恐ろしいクラスメイトの波だった。

 このかやアスナに続いて教室に入ると、クラスメイトの何人かがこのか達に挨拶を投げかけて、ついでに私にも声がかかるのに挨拶を返していると、ふと、誰かが「なにあれ」と呟いた。いやに、騒がしい教室の中に通る声だった。

 だんだんと静まり返っていく教室に、何が何だかわからずこのかを見上げれば、あー、と何やら手を打っていて、アスナを見上げれば、頭に手を当てて、あーそういえば、と零していた。

 ……そういえば、なんなんだろう。

 ひょろろと頭の上で半霊を泳がせているとワッと教室中がわいた。席を立った女性達(まだ全員の名前を覚えてない)がどやどやと寄って来て、私はあっという間に教壇に追いやられてしまった。

 ……何が起こってるんだろう。

 わやくちゃにされながら、一人一人の声に耳を傾ければ、やれ「その白玉なーに? キクラゲの親戚?」だとか「妖夢ちゃんユーマだったの!」だとか「凄く鍛え甲斐のありそうな」だとか「そいつをよこせ!」だとか「はいポーズ!」だとか「冷たい!」とかとかとか。

 ……半霊が捕まった。

 その後の事はよく覚えてない。気がつけば一時間目が始まろうとしていて、私は誰かに背中を支えられ、抱き起こされていた。ごめんね、とかやりすぎちゃったね、とか口々に言われるのに、気にしてないと首を振って返すと、そのまま席まで連れていかれる。アスナがみんなを咎めるような事を言っているのが聞こえて、ちょっと恥ずかしかった。……なんでかは知らないけど。

 一時間目の数学を挟んで、休み時間。私は、再びクラスメイトに囲まれていた。見知らぬ半透明の女性とか、このかやアスナ、ついでにセツナまで。前の席の二人も、体をひねって私の方を向いている。……夕映には、昨日説明したような気がするんだけど。

 わらわらと席の周りに集まってきたみんなが、天井付近に避難して浮かぶ半霊を見上げ、あれ何あれ何と質問してくる。

 ……説明するのは面倒だったけど、とりあえず、説明した。私が幽霊と人間のハーフ(この説明であってるのかはちょっと微妙だけど)である事とか、半人半霊という種族だとか。ほとんど、転校初日に話した事ばかりだったけど。

 そうすると、みんな最初はよくわかっていないような顔だったのに、近くの人と話したりなんだりして、色んな話が転がって転がって転がって已むに已まれぬ家庭の事情と守護霊的なあれだと解釈された。……なんで?

 訂正する気力もわかないので黙っていると、みんな授業の為にそれぞれの席に帰っていく。……ほんとに、それで納得したんだ。なんだか怖い。

 私も準備をしよう、と教科書なんかを出していると、斜め前の席の人……つまりは、千雨さんが、ふっと私を見て、「どうやってんだ?」と呟いた。

 どうやってるって……こう?

 ひょろろと千雨さんの下まで半霊を下ろすと、手を伸ばして触れようとしたので、すんでのところで回避する。くすぐったいのはごめんだ。

 右に左に動かしていると、千雨さんの手もその通りに動くのが面白くて遊んでいると、先生が来て怒られてしまった。ネギ先生じゃなくて、別の人。

 その先生にまで半霊の事を説明する羽目になったので、凄く疲れてしまった。

 

 放課後、学園長に呼ばれた私は、このか達と別れて、一人、学園長室を目指した。扉を叩けば、すぐに入室の許可が下りて、そっと扉を押し開ける。学園長は、広く大きな窓の前に、私に背を向けて立って、外を眺めていた。

 

「急にすまんのう。ちと確認したい事があっての」

 

 言いながら、学園長が振り返ると、体に遮られていた分の陽の光が差し込み、大きな机を照らして、橙色に染め上げた。それになんとなくじーんとしていると、座りなさい、と学園長。

 言われるままに、この間から部屋の中央に設置されてる黒いソファーの右側に座る。右の、右端だ。学園長は、その反対の左……私の前に座った。左のソファーの左端。さっと、ガラステーブルを学園長の手が撫でると、瞬きする間に現れたピンク色のコースターの上にクリームソーダが立つ。どうぞ、と勧められるのに感謝の言葉を口にして、横に置かれている長いスプーンを取り、バニラアイスを崩しにかかった。

 ここに来ると、必ずクリームソーダが食べられるから、ここは好き。

 気分が良くなるのを自覚していると、私の感情に反応しているのか、半霊が躍るように泳いでいた。コミ()ルな動きがかわいい。

 学園長は、そんな半霊が気になるのか、上を見上げていた。たぶん、目で追っている。そんな気配がする。……視線を感じる、と言った方が適切か。

 私は見られてないのに、私を見られている。これまた、奇妙な感覚だ。むず痒くて仕方がない。でも、今朝でもう慣れた。我慢はできる。

 それで、学園長の話って何だろう。

 ストローを指で支えてくわえていると、やっと顔を戻した学園長が、どうしてか眉を寄せて私を見ていた。そんな顔、された事が無いような気がして、ちょっと怖い。……お行儀、悪かったかな。ストローから口を離し、丸めていた背をちゃんと伸ばして、グラスを持ち上げる。それから、恐る恐るストローに口をつけた。学園長は、まだ苦々しげな顔をしている。……あ、お話しするから、食べてちゃ駄目なんだ。やっと、学園長が怒っている(かもしれない)理由に気付いて、慌ててグラスを戻す。

 そうすると、ようやく学園長は眉を上げて、普通の顔に戻った。すい、と手を上げるのに何事かと見ていれば、学園長が自分の髭周りを指でとんとんと叩く。

 ……何してるんだろう。

 

「バニラアイスじゃ」

「…………はい」

 

 そう言われて、意図に気付く。私の口の端に、アイスがついてると教えてくれていたみたい。……だから、あんな変な顔してたのかな。

 恥ずかしくなって、急いで袖で拭おうとして、やんわりと止められる。それから、いつの間にか手にしていたハンカチで口を拭かれた。……なおさら恥ずかしくて、私は、遠慮しようとして(ひら)きかけていた口をぐっと閉じた。腕を戻した学園長が、ハンカチをどこかに消しながら朗らかに笑うのに、うつむきながら、でも、それは失礼だから、目だけでもしっかり上げて、お礼を言う。

 するすると下りて来た半霊が人の形をとって私の背後に立ち、意味ありげに、私の両肩に手を置いてきた。

 

 

 学園長室を後にした私は、その足で、洋服のキハラに向かった。

 学園長との話は、大事なものとかではなく、近況報告に近いものだった。二十六日の中間テストの事とか、学園祭の事とか、後は、他愛もない事をぽつぽつと。

 クリームソーダを食べ終える頃に、体に気を付けて、という言葉を最後にして、お話は終わった。……あ、そういえば、半霊の事、聞かれなかったな。……何か別のものとでも思われたのだろうか。

 

 薄暗い路地を行き、見慣れたガラス扉の前に立つ。上方に突き出た突起から下がる横長の板には、『OPEN』と丸っこい文字が踊っていた。扉はすっかり直っている。

 カラカラと音を鳴らして開けば、チリンチリンと鈴の音が店内にだけこもって響く。いつもは気にしないその不思議な音が、今日はなぜか、少しだけ気になって、扉にくっついている鈴を見上げた。

 特に何を思う事も無く、半霊を引き連れて店内に入り込む。

 今ははっきりと感じる晴子の気配が、店の奥にあるのを確認しながら、洋服棚の合間を縫って進めば、カウンターが見えてくる。晴子は、いつものように大きな本を机の上に広げて読み(ふけ)っているようだった。

 近付いて行けば、さらりと髪が揺れて、音もなく顔を上げた晴子と、目が合う。翡翠にきらめく瞳に縫い止められるように、足が止まる。

 

「貴女に」

 

 ページを押さえていた晴子の腕が上がる。お決まりの指差し。挨拶もなしに、人差し指が私に向けられた。

 

「残されたステージは三つ」

 

 ……それで、よく意味がわからない言葉。

 いや、ステージ、はわかる。三つ、も、わかる。

 でも、意味がわからない。……何? 私に残されたって。……私は死ぬの?

 

「もう残機は(ゼロ)よ。今後にミスは許されない」

 

 ……ゲームの話?

 シューティングゲームは、私、得意だよ。

 なんとなく目を伏せがちにしながら歩いて行って、カウンターの前に設えられている背の高い椅子に座る。木製の机の上に腕を置けば、鼻先に、晴子の指。……まだやってるの?

 目を寄せて指を見ていれば、ぴょこりと、中指が立つ。

 

「貴女が自分自身で切り抜けなければならない数は二つ」

 

 指から晴子の顔へ、視線を移す。

 いつもと変わらない表情。何か、大切な事とか、特別な事を言っている気配は無くて、どちらかというと、これも世間話をしているような感じだ。

 

「貴女が切り抜けなければならない数は一つ」

 

 中指が折りたたまれて、再び、私を指す一本の指。

 意味を考えながら晴子の周りに半霊を飛ばしていると、それで言う事は終わったのか、晴子は、本をバタンと閉じて脇に退け、頬杖をついて、私を眺め始めた。……私の言葉を待っているのだろうか。

 眠たげに細められた目から上手く意図を読み取れず、小さく首を傾げる。カチューシャ越しに揺れるリボンの感覚。

 つられたように、晴子も首を傾げた。

 

「…………」

 

 少しの間そうしていると、ふふ、と晴子が笑って、顔を戻すのに、私も姿勢を正す。

 答えなんて必要なかったのか、私に何かを聞く事も無く、引き出しを開けて、ピンク色の四角い何かを取り出す晴子。机の上に置くようにして……いや、どちらかというと、胸元に寄せるというのが正しいか。えーと……覗き込んでる? カメラを、上から。

 何をしてるんだろうと見ていれば、晴子はそれを私に向けて、パシャリとやった。変な音がするのに、ようやくそれが、アサクラさんとかが持っているのと同じカメラなのだと気付いた。形は、全然違うけど……。

 

「……撮ったの?」

「あら、ポーズでもとりたかった?」

「……別に、そういう訳じゃないけど……」

 

 あ、そう。

 吐息と共に、呟いた晴子が、縦長の小さなカメラ……のすぐ傍をつまむような動きをした。指で空気を挟んで、見えない何かを引っ張るようにカメラから指を離していく。

 ジー……と聞いた事のないような音が聞こえて、カメラから変な紙が抜き出されていくのを眺めていると、後ろの方から鈴の音が聞こえてきた。最初、それが何の音かわからなくて振り返れば、人の気配。……お客さん? ……私の他に、ここに来るお客さんなんているんだ。

 コツコツとやけに足音を響かせて現れたのは、スーツ姿の男性だった。機嫌が悪そうな顔。なんとなく、『先生』という印象を受けたものの、私や晴子の前まで来ると、いっそう顔を歪ませるのに、悪そうな人、というイメージに変わった。

 茶色い髪だとか、黒い服だとか、なんとなく観察していると、私の隣に立った男性が一瞬私を見下ろし、だけどすぐ、両腕をカウンターについて、晴子にぐっと顔を寄せた。

 

「やっぱりお前か」

「わたし以外に誰かいる?」

「海東……と言いたい所だが、あいつは人の本当に大事なものは盗まない」

「のろけに来たの?」

「いいから返せ」

 

 男性は、晴子の手からひったくるようにしてカメラを取り、体を戻すと、カメラから垂れる紙をぴっと抜き取って眺め始めた。

 ……いいの? あれ。

 晴子を見て、声に出さず目だけで問いかけると、肩をすくめられた。……いいのかな。

 

「なるほどな。だいたいわかった」

 

 半霊をふらふらさせながら晴子と見つめ合っていると、唐突に男性がそう言って、カウンターの上に紙を放り投げた。紙……写真は、滑るように、私の前までやってくる。晴子と、私の間。

 

「……早苗?」

 

 写真には、東風谷早苗の姿があった。白い……制服姿で、何か筒のような物を手にして、Vサインを掲げている。笑顔の傍に、花びらが舞い落ちていた。……たぶん、桜の花びら。

 これは、いったい?

 

「いらないの?」

「俺には必要ないからな」

 

 顔を上げれば、晴子が男性に言葉を投げかけるのに、斜め後ろにいる男性を振り仰ぐ。カメラから垂れる紐を首にかけて、下げている所だった。

 慣れた手つきでカメラを弄り、ジージーと変な音をさせた後、男性は晴子を指差して「余計な真似はするな」と言った。

 静かに笑う晴子を置いて、そのまま踵を返し、店の外に出て行くのを見送って、それから、晴子に顔を戻す。

 

「さあ、そろそろ暗くなるわ。貴女も帰りなさい」

 

 すいっと、私の方に写真を押し出しながら、晴子。……これ、くれるの? ……貰ってもしょうがないと思うんだけど……。

 写真を見下ろしていると、あら、貴女もいらないの? なんて言って、晴子は写真を指で挟み、後ろの棚に放り投げてしまった。空気を裂いて飛んでいった写真は、おもちゃ箱の中に消える。

 代わりに、晴子の方のカウンターの傍にあったのか、紙袋を取り出した晴子に、中身を確認させてもらってから、代金を渡す。私の服だ。

 これを受け取るために今日は、ここに来たんだけど……なんで早苗が、なんて考えていると、さあ、帰った帰った、と晴子に手を振られて、思考が散る。

 私は、晴子に促されるまま、お店を出て、家路を歩いた。

 

 

 中間テストも終わって、少ししたある日の事。

 お昼休み、このか達とお弁当を食べようと集まろうとしていると、背後に千雨さんが寄って来るのに気付いて、振り返った。千雨さんは、顔くらいまでに、手に持ったお弁当を持ち上げて、一緒しないか、とお誘いをかけてきた。

 すぐ断ろうとして、すんでのところで思いとどまる。友達を無下にするなんて、悪い子のする事だ。でも、私、このか達と……なんて渋っていると、当のこのかからお許しが出てしまった。たまには別のお友達と食べてみるのも悪くないよ、との事。……ううん、でも、うーん。

 悩んでいる内に、このか達は行ってしまった。私に残された選択肢は、後を追うか、一人で食べるか、千雨さんと食べるかだ。……ちら、と千雨さんを窺うと、まだお弁当を掲げたままでいて、私が見ているのに気付くと、そっと下ろした。……ひんぱんに足の位置を入れ替えたり、僅かに体を捩ったりしているのは、なんの現れなんだろうか。……落ち着きが無い。

 断るのも後味が悪いので、千雨さんとお昼を一緒する事にした。

 

「あー、誘っておいて悪いんだが……向こうで食べよう」

 

 机を寄せようとした私に、千雨さんが待ったをかける。

 教室じゃなくて、空き教室とか、屋上とか、人気のない所で食べようと言うのに、小さく首を傾げる。難しい顔をしていた千雨さんは、何かを言いかけた後、口を噤んで、私の手を取った。

 そのまま、引っ張られるままに移動する。

 ……どういうつもりなんだろう。

 まあ、道案内してくれるなら文句は無い。ぼーっとしながら足を動かしていると、空き教室の一つについた。少し、喧騒から離れている。ここにはあまり人が来なさそうだ。

 教室に入ると、千雨さんは外を見回してから、そっと扉を閉め、私へと振り返った。敵意や何かは無い。ここでやり合おう、という訳では無いようだ。

 再び何かを言いかけた千雨さんが、扉の方を確認して、それから、まずは机を寄せようか、と言った。反対する要素も無いので、さっさとてきとうな場所の机を向かい合せて、一つのテーブルにする。

 向かい合って座り、横に鞄と刀をかけて、さっそくお弁当を広げていると、小さな音に反応した千雨さんが扉の方をじっと見つめていた。……そんなに、人が来るかどうかが気になるのだろうか。

 

「……人、来てないですよ」

「えっ?」

 

 そう教えてやれば、びくっとして私を見てくるのに、再度、同じ事を言う。わかるのか? と問いかけられた。うなずけば、眉を寄せられる。

 ……何、その反応。

 

「……なあ、あんた……」

 

 酷く思い悩んでいる様子の千雨さんを前に、いただきますをしてからベーコンとほうれん草の炒め物をつつき始めていると、何やら言いかけた千雨さんが、いや、なんでもない、と下を向いて、また考え事に戻って行った。

 ……なんだか、空気が重い。やり辛い。

 こういうのを居心地が悪いと言うのだろうな、なんて再確認していると、今度こそ、と言った様子で顔を上げた千雨さんは、そのまま天井付近を飛ぶ半霊を見上げて、なあ、と声を上げた。

 

「あれ、どうやってるんだ?」

 

 ……どうやってる、とは。

 質問の意図が理解できなくて、お箸をくわえたまま首を傾げてみせる。ひょろろ、と半霊を泳がせれば、千雨さんが目で追っているのが、眼鏡のレンズの奥に見えた。

 

「いや、あのさ。……単刀直入に聞くけど、あれ、どうやって作ったんだ?」

「……?」

「いや、いや。わかるんだよ、髪とか、目とかはさ、服もさ。作ったり染めたりすればいい訳だろ? でも、あれはどうやって作ったのかわからなくてさ。見たとこ糸やなんかで吊るしてる訳じゃないし……なあ、誰にも言わないからさ、教えてくれないか?」

 

 一度喋って、緊張が解れでもしたのか、千雨さんは怒涛の勢いで私に質問を浴びせかけてきた。

 身を乗り出すようにして私の顔を見る千雨さんの言葉を、数秒の間頭の中で繰り返して、それから、首を傾げた。何言ってるのか、よくわからない。

 

「だーもう! だから、あの半霊は何素材かって聞いてんの!」

 

 だん、と机が叩かれるのに、お弁当箱が小さく跳ねた。

 肩を上下させて私を睨む千雨さんに、再度首を傾げようとして、それをやったらまた怒鳴られそうだと思い、やめる。……何をそんなに興奮しているのか知らないけど、というか、半霊の素材なんて私も知らない。……幽霊? それとも、魂かな。

 

「この際超科学でも魔法でもなんでもいい……その技術さえあれば、私はまた一段と高みに……」

 

 ぶつぶつ呟きながら腰を下ろした千雨さんが、ふっと顔を上げて、それ、私も作りたいんだ。これなら、意味、わかるだろ? と言った。

 

「……前世からやり直せ?」

「喧嘩売っとんのか!」

 

 わかるだろ、と聞かれて、答えない訳にはいかない。という訳で、頑張って考えて答えてみたら、怒られてしまった。なんでだろう。

 深く息を吐いた千雨さんは、だるそうに顔を上げて、あのさ、と呟くように言った。

 

「あんた、ほんとに……」

「…………?」

「いや、やっぱり、いいや。……食べよう」

 

 何か、私に聞きたい事があるんだろうか。

 いや、さっき質問されたけど、それには答えたし……なんだろうな。

 また質問されてもいいように、ご飯をぱくつきながら色々と考えをめぐらせてみたものの、結局その後、千雨さんとはテストの結果とか、うちのクラスの出し物は何になるんだろうかとか、そういう話をするだけに終わった。

 ……なんだったんだろう。

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