一回戦の相手は、エヴァさん……エヴァンジェリン。
かつての雪辱を晴らす良いチャンスだとは思わないだろうか。
……思わないな。そんな気分じゃない。
自分で自分を盛り上げるのに失敗した私は、トーナメント表の描かれた紙を折り畳んで胸ポケットにしまい、もう何も考えずにいる事にしてこのか達へ寄って行った。なんて言っても、一度嘆きだした影は止まらない。私の体の中さえ焼こうと蠢いていて、そのたびに吐き気がする。体の中の形がわかってしまう気持ち悪さもあった。だから、こんな私のまま、このかの傍にいたくなかった。
何より、アスナの傍にいると影が怯えて余計に吐き気が酷くなってしまう。だから仕方なく少し距離を置けば、このかが心配してくれた。……まともに言葉を返せない自分に苛立ちが募る。それが余計に気持ち悪さを増幅させた。
傍を通ったエヴァさんが、私に「楽しみにしている」と言った。顔を向ければ、足を止めて、どうしたのかと問いかけてくる。でも、特に何かに疑問を持っているような顔ではない。ただの社交辞令?
「飲まれるなよ」
私の目を見て、それだけ言ったエヴァさんは、他には声をかけずに去って行った。
……酒は飲んでも呑まれるな? ……何が言いたかったのか、よくわからなかった。
これから一日目の打ち上げだというので、移動するみんなについていく。タカハタ先生も一緒に来るらしい。あの人に対しての影の反応は薄い。影は前に、あの人にも私をぶつけようとしていた気がするんだけど。
曲がった階段で囲まれたカフェには、クラスのみんなが集まっていた。一気に騒がしくなる周囲に反比例して、私の気持ちは落ち込んでいく。……でも、それでいい。……いいんだけど。
流石にこのただなかにいると、落ち込み切る前に騒がしさで死んでしまいそうだった。誰かの声が耳に突き刺さるたび、背中がひやりとして、体力が削れていく。
このかがくれたカフェオレに口をつけながら、わいのわいのと集まってきた生徒の何人かが先生に突撃しているのを端っこで眺めていれば、千雨さんに胸倉を掴まれていた先生は、彼女が肩を怒らせて離れていくと、コタロー君を伴って階段を登って行った。その気配を追っていた私は、具合の悪さからそれさえままならないのに、怠い体を押して後を追った。追ってどうするかまでは考えが回らなかった。呷ったカフェオレの苦味が口の中に残ると、それを吐き出したくなる衝動に駆られたから、誤魔化すために体を動かそうとしただけだ。
階段を登り切った先には、何やら頭を突き合わせて会話を交わす先生とコタロー君の姿があって、私に気付くと顔を上げた。両手で持っているのは、タイムマシンだろうか。
「センセ……行くの」
「あ、はい。これから戻って、みんなの所を回ろうと思ってまして」
とりあえず投げかけた言葉に、先生は真面目に答えて、それから、コタロー君を見て、私も誘ってきた。先生にも、とりあえず、という様子が窺えて、悪い心の方で、断って欲しいんだろうな、と思った。
何も言わずに近付けば、行くってよ、とコタロー君。私は何も言ってないけど……行くんだ、私。
よくわからないまま、正面から先生の腕を掴めば、滲み出た影が先生の腕に触れて、すぐに引っ込んでいった。先生にはもう興味が無いのだろうか。
影には気付かなかったのか、先生は時計を弄って、時間の巻き戻しを試みた。私の手のせいでやりづらそうだったので、手を離そうとすれば、左腕に走る鋭い痛みに、逆に強く握ってしまった。静電気をより強くしたような感じのもの。これは、巻き戻しの副作用か何かだろうか。
明るく騒がしくなった周囲を見回しながら左腕を擦る。指に当たった時計に目を向ければ、時刻の表示が点滅していて、直った時には、たぶん、今現在の時刻になっていた。午前十一時三十分二十二秒。……三秒。あ、四秒になった。
なんて無意味な事をしていると、ようし、学祭回るぞ! と、先生が気合十分に声をあげた。その元気さが羨ましい。
まずは、ほど近いうちのクラスに行く事になったのだけど、のろのろと先生について歩く内に、気分の悪さが最高潮を迎えてしまった。取り落としたカフェオレが地面に跳ねる音に振り向いた先生が、私の横で悶える半霊にぎょっとして、すぐ、私に駆け寄り、肩を貸してくれた。大丈夫ですか、と本気で心配してるみたいな声。先生の顔が間近にあるのに、掠れて見えるのがおかしくて、笑みを零しながら頷けば、休憩しますか、と先生。それは、二人に悪い。無理に付き合う必要は無いと言うコタロー君にも頷いて、それから、3-Aの近くのクラスが休憩所兼何かをやっていたのを思い出して、そこで休むと伝えた。休憩所? と首を傾げる先生に、思い違いかと思ったけど、ポケットからパンフレットを取り出したコタロー君が、ああ、あるな、と教えた事で、そこに行く事になった。保健室に行く案もあったけど、私の頭には休憩所の事しかなかったためでもある。
校舎に入って二階に上がったくらいに、少し気分が落ち着いてきたので、一人で向かう事にした。どうせ行く先は近いけど、私は少し、自分のペースで行きたい。そう伝えると、先生は、じゃあ合わせます、と、コタロー君に確認をとってまで私の背を押した。手を押し当てられた部分が熱い。
休憩所は、休憩所兼喫茶店のようだった。ただ、小規模な事と、同じ階に喫茶店がある事からか、中に人はそういなかった。私を含めても三人だけ。
後でまた合流する約束を交わした私は、そこで先生達と別れ、壁際に寄って、赤い布がかけられている横長の椅子に座った。体中汗を掻いている感覚。襟元に指を引っ掛けて引っ張れば、むわ、と熱気が上がった。
体は熱を持っているみたいなのに、時折表面が寒くなる。でも、中はずっと熱いまま。壁に体を預けて大きく息を吐いていると、一人だけの店員さんがやってきて、湯呑みの乗った小さなおぼんを手渡された。お茶が入っている。当然か。
店員さんにまで心配されてしまった。長く休んでいても良いし、横になっても良いと言われたけど、流石にそれは恥ずかしいので遠慮しておいた。
おぼんを横に置き、脱力する。つっかかる刀の感覚が無い事に薄目を開けて、そういえば、楼観剣は幽々子様が持って行ってしまったままだな、と思った。でも、それだけ。それ以上思考が続かなくて、少しの間、目をつぶったまま休んでいた。
◆
「ねね、カレンカレン」
誰かの話し声に、意識が戻る。
気怠さが大分消えている事に、腕をついて体を起こし、壁を使って体勢を整えた。ぼんやりと重い頭を落として眠気の中を漂っていると、少し遠くで、ちょっとゆりか! と大きな声。
ああ、今眠いから、大きな声に聞こえるだけか……。
「せっかくなんだから蓮子って呼んでよ!」
「ちょっと蓮子、せっかくなんだからメリーって呼びなさいよ」
「……はいはい。で、何?」
「ほら、あそこ」
「おー? あら、お仲間発見?」
「噂の半霊ガールね」
「こんな時間からあんな格好なんて、随分気合いが入ってるわね」
「それを言うなら私達もでしょ。って、だからコスプレ大会には出ないってば!」
「なんでよー。中夜祭でのオフ会まで結構時間あるじゃない。暇潰しついでに優勝をさらっと持ってっちゃわない?」
「そう簡単にはいかないと思うけど」
「せめてその金髪が地毛だったらなあ」
「あの子のは地毛かしら? 綺麗な銀髪ね」
「さあ? 聞いてみたら? 話が弾むかもね」
「そのままカフェの手伝いもしっかりやんなさいよ」
「めんどーだよう」
「私も手伝うから、頑張りなさい」
「え、いいの? あんがと! ゆりか大好き!」
「ちょっと蓮子! ゆりかって誰よ!」
「秘封倶楽部の三人目?」
「貴女を入れたら四人ね」
「偶数か。捗るなあ」
「捗らない」
半分入ってきて、全部抜け出していく声。
寝ぼけた頭では言葉の意味さえわからなくて、目を開けた私は、向かいの壁際の席に二人組が座っているのを見つけた。黒髪に黒帽子の女性と、金髪に布帽子の女性。私の事で何か言っていたような気がしたけど、顔を見合わせて楽しそうに喋る様子を見るに、気のせいだったのだろう。
横に置いてある湯呑みに触れると、まだ熱い。それ程時間は経っていないようだった。持ち上げて口をつければ、少し熱く感じるものの、そのまま飲めなくもないくらい。
そうしていると、少しずつ気分が落ち着いてきた。影も大人しくなっている。フードの人が近くにいなければ、こんなものなのだろうか。……そういえば、先生の時もそうだった。
昔の事を思い返していて、一つの事に気付く。今まで影が仇だと言ったのは、みんなそうではなかった人達ばかりだ。……あのローブの人もそうなんじゃないかと思ってしまうのは、きっと自然な事なのだろう。
でも、いざあの人を前にすれば、私は影に突き動かされるままに攻撃を仕掛けるだろう。自分を抑えられる自信が無かった。……先生に止めてもらう? そんな事をすれば、私、きっと先生まで傷つけてしまう。それは嫌だし、何よりそんな事で戦いたくない。戦うなら、もっと楽しくやりたい。
ぼーっと考えていると、先生が戻ってきた。変なかっこ。吸血鬼のコスプレだろうか。マントを揺らす先生は、私の所へすぐには来ず、お会計で店員さんと話している。……なんでお金払ってるんだろう。先生、何も買ってないよね。……何か買ったのかな。
よくわからないので、その横で、犬の着ぐるみみたいなのを来て犬耳をつけたコタロー君と、蝙蝠羽を頭に付けた黒いドレス姿の委員長の二人を眺めた。コタロー君に話しかけた委員長は、コタロー君が私を指差すと合点がいった様に頷いてから寄って来て、大丈夫ですか、と声をかけてきた。
「……はい、大丈夫、です」
「失礼」
さっきより体調は良くなっているからそう答えれば、委員長は一言断って、だけど返事を聞かずに私の額に手を当てた。当てられた手が冷たく感じられて、逆に、私の額は熱かった。
「ちょっと、暑いだけです」
「しかしこれは……熱があるのでは? 症状は?」
体調が悪いと判断されたくなくて、委員長の顔を見て先にそう言えば、今度は質問。症状……気持ち悪さはもう治まってる。何もないと頭を振れば、手を離した委員長が、念のため休んでおいた方が、と手を合わせた。
「必要、ありません。私は、センセについていきます」
心配してくれるのは嬉しいけど、気遣いは無用だ。私の目を見つめていた委員長は、少しの間そうしていたけど、うんと頷くと、ではそうしましょう、と笑った。
傍まで来た先生も大丈夫かと問いかけてくるのに頷いて返して、立ち上がる。ずれていた服を正して、お財布を取り出せば、僕が払っておきました、と先生。ああ、さっきの……先生が払う事なんてないのに。
じゃあ、お金を返そう、とお札を取り出せば、遠慮される。でも、と食い下がると、先生は私の手を引いて出発する事で、強引に話題を終わらせた。そんなに強く引かれていないのに、振り払う気にはなれない。どうしてだろう。
「お大事に!」
教室を出る際、後ろでした声に振り向けば、黒帽子の女性が口元に手を当て、大きく手を振っていた。傍らの金髪の女性に袖を引かれて怒られている。……? よくわからないけど、手を振り返しておいた。
外に出ると、中とは違う空気が流れているのがはっきりとわかって、どこかから漂ってくるお好み焼きの匂いみたいなのに、腕で鼻を覆った。今は、食欲が無いから、こういう匂いは嗅ぎたくない。
校舎を出る前に委員長がお茶を買ってくれた。私、最近
コタロー君は眉を寄せて、人間じゃないのか? とちょっと失礼な事を言った。……半分。
そこら辺を改めて説明するのも億劫なので、改まって委員長にお茶のお礼を言う事で話を終わらせる。お喋りなら、どうせこの後一緒に行動するのだろうし、いくらでも機会はある。また聞かれたら、その時に話せばいい。
多くの人が行き交う中を、下を見ながら歩きつつそう考えて、ふと、視線を感じて顔を上げた。振り仰げば、上の方の手すり越しに……何かを、感じたのだけど……それが何かはわからなくて、顔を戻した。
感じたものの正体が掴めなかった事が、小さな風となって胸に吹き込んでくる。
……手が寂しい。こういう時、このかがいてくれたら、きっと私の手を引いてくれただろう。このかの傍にいればよかったかな。……でも、今はこのかの傍にいたくない。なんだろう、この変な気持ちは。どうして、考えてる事が、反対なんだろう。
移動手段が徒歩な事から、移動の間は会話が多くなる。……ところで、どこに向かってるんだろう。委員長と話している先生に聞くのは憚られて、代わりに、頭の後ろで手を組んで暇そうに歩いているコタロー君に聞いてみた。
「そんなん知らん」
「……そーんなん」
……あ、今の、聞かなかった事にして欲しい。
コタロー君が胡乱げな目を向けてくるのを、半霊を顔の前にやってシャットアウトしていると、先生と委員長が足を止めた。道の分かれ目。公園の入り口にあるような、なんていうんだろう。英単語のUをひっくり返した感じの鉄の棒が二つあって、その片一方に手を置いて体重をかけ、二人を見た。なんだか疲れた様子の委員長の為に足を止めたのだろうか。ここが目的地という訳では無さそうだ。
私の事より自分の心配をした方が良かったんじゃないだろうか。何もしないというのも気が引けて、彼女に半霊を押し付ければ、どうしました、と不思議そうな顔。……熱があるんじゃないの? 私の半霊は、ひんやりしてて気持ち良いよ。
委員長は困ったように笑って、私の頭に手を置いた。お礼を言われたけど……私、まだ何もしてない。委員長も、私と同じで、気遣いは無用って言いたいのだろうか。
なら、お節介はしない方が良い。小さな親切、大きなお世話、だ。半霊を腕の中に戻せば、私の頭を一撫でした委員長は、はっとしたように手を退けて、失礼、と一言謝った。……ああ、今、頭撫でられたんだ。ちょっと、脳が追い付いてない。眠気が残っているせいだろうか。起きたばかりは、体も寝ぼけてて、よくベッドから転がり落ちる。まるでのろまだ。
空元気か何かか、私には判断がつかないけど、委員長はぐっと握り拳を作って、ささ、行きましょう、と私達を促した。目的地までは、あとどれくらいだろう。なんて思っていれば、案外目的地は近くて、広場の一つに広がる子供達の姿があった。
前に出て声をかける先生に、クーフェさんが反応して振り返り笑う。端っこの方に『ちびっ子カンフースクール』の旗が刺してある。先生、ここに用があったんだ。
そこで先生が拳法を披露すると、騒いでいた子供達はしんと静まり返って、先生の動きに注目していた。鋭く吐かれた息の音と、地面を踏みつける力強い足の音だけが交互に響いて、それが終わると、歓声と拍手。隣で、委員長も大きな拍手を送っていたので、一緒になって手を打った。コタロー君はやらなかった。
それに不満を抱いたのか、委員長がコタロー君に文句を言うと、コタロー君も反論して、口喧嘩をし出す。さっきもしてたような気がする。喧嘩する程仲が良い? 呼び方からして、親しいのだろう。これも親愛の証なのかな。
ところで、戻ってきた先生に、委員長は自分も武術をやっていると告白したのだけど……強いのかな。
強いか弱いかの一点だけが妙に気になって、次の場所へ意気揚々と移動し始めた委員長に歩み寄って袖を引き、気を引いて、疑問をぶつけてみた。あくまで、嗜む程度だと答えられた。……そういう答えを求めてるんじゃないんだけど……あれ? でも、強い弱いなんて自分ではわからないから、答えようがないのかな。戦えばわかる話。……いや、委員長と戦う訳にはいかないか。第一、今、手元に楼観剣が無い。
次に来た場所は、また広い所で、見える範囲に馬が何頭かいた。遠くで見たらそれほどでもないけど、柵の向こうに馬が通ると、その大きさに少しびっくりした。
ここでは馬と触れ合う他に、係の人に付き添ってもらって、馬に乗る事もできるらしい。最初に委員長が乗って見せてくれた。他とは違う白いお馬。顔が怖い……。その後に先生が挑戦して、私やコタロー君にもお誘いが来たけど、断った。だって、ちょっと不気味だ。
あんなんが怖いんか、とコタロー君が馬鹿にしてくるので、馬に乗るの断ったの、コタロー君も一緒だから、君も怖いんでしょと指摘すれば、ちゃうわ! と怒鳴ったコタロー君は、近くにいた一頭に寄って行って、乗ってみせた。
「どや! こんなん怖い訳ないやろ。めんどくさかっただけや」
その割には、乗るんだ。……あ、落ちた。
係りの人が大慌てでやって来るのを尻目に立ち上がったコタロー君は、私を見て、だけど何も言わず、離れた所で馬に乗っている先生と、付き添っている委員長の方を見て、また私を見た。
「今俺、着ぐるみ着てるからな」
そんな事言われても。
乗馬体験が終われば(私はやってないけど)、次はアスナの所へ行くらしい。引き返して、校舎の方へ。……アスナって美術部なんだ。初めて知った。ん、いや、前にも聞いた事があるような気がする。でも、忘れちゃってるぐらいだから、小耳にはさんだ程度なんだろう。
……それで、美術部って何するところ? 彫刻とか……ああ、絵を書くんだ。漫画かな。
そうじゃなくて、一枚絵だって。美術の教科書に載ってるような感じの奴。アスナは、絵が上手い。でもなんでタカハタ先生なんだろう。展示会の様に並べられた内の一枚には、彼の姿が描かれていた。そういえば、二年生の時の担任はタカハタ先生だったって誰かに聞いた事があるような気がする。だから何って訳でもないけど。
少しの間アスナと話すと、また移動する。忙しない。でも、全部の生徒の所を回ると言うなら、このペースでも遅いくらいなのだろう。……時間戻せるのに、こんなに急ぐ必要はあるのだろうか。
広い教室で夕映と会って、難しい話を聞いた。哲学に関するお話? 哲学と言われても、言ってる意味のほとんどがわからない。……ああ、違う。わかるけど……わかるけど、えっと、わからないの。
あ、自分でも何言ってるのかわからなくなってきた。でも、私、こういうのには強くないと。だって、そうじゃないと、変だし……。でも、長く続く言葉はだんだん呪文みたいに聞こえてきて、眠くなってきてしまう。眠ったら、失礼だ。コタロー君は寝てるけど。一度揺り動かして起こしてあげても、またすぐに眠ってしまった。私は、寝ないようにしないと……。
哲学の勉強会が終わると、私の前には馬の絵が一枚出来上がっていた。……馬? ……たぶん、馬。なんで足が五本あるんだろうと自分でも思ってしまうけど、これは馬だ。
コタロー君に見られたら馬鹿にされそうだ。仕舞っておこう。
畳んだ紙を胸ポケットに押し込んでいれば、ようやく移動の時間。立ち上がった委員長が、為になる話でしたわ、と夕映に話すのを見ながら、ポケットの中の紙を弄って、ちゃんと奥まで押し込む。先生がコタロー君を起こすと、次の場所へ。
手帳を開いた先生に先導されて、道のただなかに小さなお店を開いていたハルナに絵を描いてもらって(他の三人は大体肩から上なのに、なんで私だけ全身なんだろう。それに、あんまり私を見て描いていなかったような……)、見せて貸して触らせてと奪われていた半霊を返して貰って。今度は、食べ物を取り扱っている生徒の下を訪れ、お昼とした。もう三時近い。……そういえば、今朝? の朝ご飯食べてない。いや、昨日……昨日であってるかは知らないけど、レストランでご飯は食べたから、一応、朝も食べたことになるのだろうか。
なんにせよ、今、お腹空いてるから、助かる。
両脇に出店の並んだ、お祭りの雰囲気に近い道を行けば、アキラさんがやっているたこ焼き屋さんがあって、そこでたこ焼きを買って食べた。先生がアキラさんと話している内に私が全部買ってあげた。慌ててお財布を取り出す先生の口にたこ焼きを突っ込んでやれば、払う払わないどころじゃなくなったみたいで、熱さに悶えていた。
酷いですよ、と涙目で言う先生の姿がおかしくて、笑ってしまう。酷いのは、先生の慌てようだ。一緒になって笑っていたコタロー君にたこ焼きの入ったパックを全部押し付けて、もう一つたこ焼きを取って、息を吹きかけて冷ましてから、先生にあげた。……何って、お詫び。……後ろにいる委員長が何か言いたそうにしてるからやった訳ではない。
さっきのたこ焼きが余程熱かったのか、
先生に問いかけてみれば、そうじゃないですけど、と言葉を濁す。
「ネギ先生、これを」
「あ、ありがとうございます、いいんちょさん」
「いえいえ」
私の言葉を聞いて素早く冷たいお茶を買ってきた委員長が先生にペットボトルを渡す。……なんで、渡した委員長の方が嬉しそうにしているのだろう。
食休みも兼ねて、今度はプラネタリウムに足を運ぶ。屋内なのに広がった星空は幻想的でとっても綺麗で、胸に暖かいものが広がった。
それから、星を見ると、この間夢の中で斬った魔理沙の事が思い浮かぶのだけど、私、魔理沙は嫌いじゃない。というより、昔から彼女を好んでいたような気がする。
どうして、と聞かれたりしても答えられないけど、なんとなく、彼女が好きだった。
次はまた、お食事処。お料理研究会? 四葉さんがいる場所で、洋食を振る舞って貰った。むむむ……私が作るのよりも美味しい。私も、もっと美味しい料理を作りたいな。
次は――占いの館。
このかの傍にはいたくない。
それで、おしまい。あらかたみんなの下を回ると、先生は気が緩んだのか、眠気に倒れてしまった。
近くにあったベンチで休む先生と委員長の傍らで、段の上で横たわるコタロー君。私はと言えば、また沈んでしまった気持ちに、みんなとは離れた所で、空を見上げていた。晴れ渡る空を見ていれば、私の心も晴れる気がした。
一本線の飛行機雲を目で追う。
ずーっとまっすぐ続いているのに、後ろの方からどんどん消えていって、やがては追いつかれて、自分も消えてしまうのだろうか。
ひょろろと泳ぐ半霊が雲と私の間に入って、半透明の向こうには、もう何も見えなかった。