なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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もう超さんは喋らせない方が良いんじゃないかと私は思い始めた

加筆修正


第四十四話 下水道

 両手で握った刀を後ろに流し、硬い地面を蹴り上げて走る。大きな機械はそこにあるだけで引き込まれるような感覚があって、体が引っ張られているように錯覚してしまいそうだった。それならそれで逆らう事はない。引き込まれるままに接近した。赤いカメラの瞳が私を補足し、発光する。――! 光線!

 顔を狙って放たれた光の線を、顔を傾けて避ける。流れた髪の一部が穿たれた。引っ張られた皮膚の痛みに顔を顰めながら、そのまま姿勢を低くして機械の体の下に潜り込む。駆け抜け様に、すぐ上の胴を斬り裂いていく。

 キュゴォ、と機械が鳴いた。刀を振り抜く。裂いた表面から落ちる火花に混じって、桜色の光の帯が走る。硬い。でも、斬れない程じゃない。ザアッと左足を横にして地面を削りつつ振り向き、追撃を仕掛けようとすると、五本目の足が跳ね上がり、襲って来た。咄嗟にかざした刀の腹で受け止めれば、腕全体にずしりと重み。重量が違う。たまらず、押し切られて後退する。

 巻き上がる土埃が晴れる前に、キュィイ、と音をたてて足が戻っていく。尻尾みたいだと思ってたけど、あれ、やっぱり足だったんだ。動かせるんなら斬っとけばよかったかな……。

 五本の足を蠢かせ、どかどかと地面を揺らして少しずつ私に体を向けてくる機械に、再度刀を構えて見上げる。時間はかけてられない。さっさと斬ろう。痛む髪を撫でつけたい思いに駆られながらも、機械の動きを待った。カウンターではないけど、向こうの攻撃に合わせて、こちらも攻撃してしまおうと考えた。

 

「……ん」

 

 キュイ、と音が鳴る。目は動いてない。私へ向き直ってもいるから、もう体も動いてない。変だと思う内に、機械の胴、その下部にとりつけられた……半球から伸びる細い筒が私に向いているのに気が付いた。

 直感が私を動かす。白楼剣へ手を伸ばし、リボンを引き抜いて楼観剣の柄に叩きつける。瞬間、筒から熱が放出された。真っ赤な炎。火炎放射器か!

 刀身に纏わせた魔力が現出する。闇と氷の魔法。吹雪きの渦巻く刀をかざし、真っ向から炎に対抗する。直感は正しかった。この魔法ならば、この程度の炎なんかには負けない!

 刀を振り回して一歩前へ。刀身から放出された冷気が熱気を跳ね退け、押し返していく。手応えが無い。それが逆に、やり辛かった。

 半球を前にして、柄から片手を離し、リボンを引き抜く。同じ氷と闇の魔法を、今度は手から放って直接筒に当てる。ゴオオ、と唸るような音の中に、鉄の表面が凍り付いていく音が混じると、炎が途切れた。その瞬間を見逃さず、素早く手首を返し、機械から半球を斬り離す。悲鳴染みた声を上げて機械が震えた。……生きてるみたいだ。気持ち悪い。

 

「ん!」

 

 腕を大きく上げる機械に、小さく足を動かして下がり、屈伸。振り下ろされた物を避けながら飛び上がった。纏わせた魔法をそのままに大きく刀を振りかぶり、体ごと回転して両断する。大した抵抗は無かった。

 勢いのまま離れた場所に着地すれば、背後で重い物が倒れる音。振動が地面を伝わってきて私を揺らす。直後に爆発が起きた。風に煽られて足が出てしまうのを気にせず、歩き出す。魔法障壁がないとこんなものか。

 未だ痛みが残る髪を掻き上げ、指の間に髪を挟んで撫で下ろす。傍に来た半身から鞘を受け取り、手早く体に括り付け、刀を収めて、そうしてトンネルの中へ入り込んだ。

 外の光が遮られていて暗い。だが、暗闇には慣れている。すぐに目が慣れて、辺りの様子が窺えた。地面も壁も、砂や泥で薄汚れている。歩くと砂を踏む音が静かに反響する。光る棒のついていない電気の残骸が、壁に点々とくっついていた。

 先に進めば、程なく突き当りに着いた。トンネルではない? やけに短いし、どこにも繋がっていない……。

 壁の傍に、幽々子様が立っている。淡く光る姿に、すぐに気付いて駆け寄った。

 暗い瞳が私を見下ろす。……言いたい事や聞きたい事がたくさんあるのに、何も言葉が出てこない。何を言っていいかわからない。ただ見上げるだけで何もできないでいる私に、幽々子様は手を横に向け、すぐそこの鉄扉を指差した。

 ……そっちに行けばいいのだろうか。

 確信が持てなくて、もう一度幽々子様の顔を見上げれば、うんと頷かれた。声は無い。でも、そっちよ、と言われた気がして、そうやって声をかけてもらえるのが嬉しくて、私も頷いた。

 ……あ、でも、この幽々子様は、冥界で待っている幽々子様とは違うんじゃないだろうか。そうだったら、嬉しがってる場合じゃないんだけど……。

 だからといって、また幽々子様に何かを言う勇気は今は無く、大人しく鉄扉に向かった。ノブが汚い。掴もうとした手を引っ込めて、前蹴りで蹴破る。そもそも今は、もたもた歩いてる場合でもなかった。

 壊れた扉を潜ると、左右に通路が伸びていて、目の前の手すりのずっと向こうにも、私が立っている所と同じような通路があった。間は、深い溝。覗き込みはしなかったけど、音や匂い的に、おそらく水が流れているのだろう。魔力を解放し、再び足に電気を纏って走り出す。足裏で弾けた何かが飛んでいく。うんと伸びた視界の先には、同じ光景が続いていた。

 でも、ここまで来ればわかる。彼女の気配は感じないまでも、誰かの気配。……セツナ? ……セツナのような弱い気配と、記憶にある気配に……これは、超さんの気配?

 なぜ、セツナと超さんがここに。

 疑問を胸に抱きながら、気配の下に向かって行く。時折通路の真ん中に幽々子様が立っていて、行くべき道を指差してくれた。浅い水へ飛び降りたり、狭く丸い通路を通ったり、分厚い扉を切り開いて進む。

 なんの邪魔も入らないから、気配の下に辿り着くのには、さほど時間はかからなかった。

 とっても何もない扉の前に立つ。気配はこの先にある。だけど、この扉……斬って開けていいものだろうか。この先には、超さんとセツナがいる。そこに刀を振り回して突っ込んで行くのはまずい気がする。

 ……あ、そもそも、なぜ私はここに来たのだろう。私が追っていたのは、私の偽者のはずなのに。……幽々子様の導きもあって、ここに来てしまった。

 扉の脇、壁に取り付けられたよくわからない四角い何かを眺めながら考えて、とりあえずセツナに聞いてみようと思った。できればここから離れて貰いたい。セツナにあいつを見せる訳にはいかない。誰にも、見られちゃいけない。その前に排除しなければ。

 ……あ、これ、操作パネルか何かかな。前にも、研究棟だかなんだかで見た事ある……これ、かな。

 赤い四角のボタンに触れれば、ピ、と音がして、唸るような音と共に扉がスライドした。素早く身を滑り込ませ、狭い通路の先にある部屋の中を探り見る。……ここからでは、ごちゃごちゃした機械しか見えない。だけど、左側に超さんがいて、右側にセツナと誰かがいるのはわかった。

 たくさんの光が交じり合う部屋の中に足を進める。……話し声がする。超さんと……()のだ!

 こみ上げる焦りに押され、瞬動を用いて部屋の真ん中に移動すれば、そこにはまさしく私の偽者がいた。なぜかは知らないけど、超さんの前に立ち、親しげに言葉を交わしていた。

 

「おや、どうやら来てしまたようネ」

「……申し訳ありません」

「気にする事はない。好奇心を持つのは罪ではないからね」

 

 ……どういう事なんだろう。彼女と超さんがあんな風に話している意味がわからない。いや、それより……。

 背後を見る。二本の光の柱があって、それぞれ、セツナ……小さなセツナみたいなのと、タカハタ先生が中に浮かんでいた。まさかといった表情のタカハタ先生よりも、謎の変身を遂げているセツナの方が気になる。……いや、セツナなのかな、あれ。

 ばくばくと暴れる心臓に胸が苦しくなって、胸元を押さえる。見られたかも。セツナに。そう焦っていた心が、少し落ち着いた。だってあれ、よくわからないし……まだ見られていないかもって思うと、開いたままだった目を、ようやく閉じる事ができた。機械の動く音や、背後や前である呼吸の音と私の中の音が混じり合う。……落ち着かないと。こんなでは、偽者とやり合うのに支障をきたす。

 

「あわ、あわわ……妖夢()()が二人も……!?」

「……どこから引っ張り出してきたんだい」

「さて、どこからだと思うかね?」

 

 ……幾分高いセツナの声。やっぱりあれはセツナ? なんであんなに小さくなっているのだろう。……じゃなくて。もし、もしあれが本当にセツナなのだとしたら…………。

 腰に下ろしたままの楼観剣の柄に手を乗せる。手首の辺り。曲がる手首に食い込む柄の痛みで嫌な事から目を逸らそうとしてみたけど、あんまり上手くいかなかった。斬る……この手で、セツナを。見られた以上は生かしておけない。タカハタ先生も同じだ。先生は、ネギ先生と親しいようだから……万が一でも、先生に知られる可能性は潰しておかなきゃならない。でもまずは、目の前の偽者だ。

 目を向ければ、顔だけこちらに向けていた偽者が、刀に手をかけて振り返った。ここまでくれば、もう他の事はどうでもよくなる。今は戦う事だけに集中する。柄を撫でていた右手を握り込み、抜刀する。閃く刀には、すでに桜色の気がだいぶ溜まっていた。零れる光が空気中に溶けると、彼女は目を細めて、ゆっくりと刀を腰へ移した。

 と、超さんが彼女の前に腕を出して、制止した。

 

「君は下がているといい。まだ薬が回ってないだろう」

「……しかし」

「その刀は(きた)るべき時に抜きなさい。今は戦う時ではない。妖夢サン」

 

 ……あ、私か。

 彼女に語りかけていた超さんは、最後の言葉だけを私に向けた。顔はそのまま、目だけを寄越して、「せっかくだからはっきりさせておこう」と、超さん。

 

「私は君の敵ダ」

「――…………」

 

 ……だから、なんだというのだろう。ひょっとして、そいつを庇い立てする気? なら、確かに超さんは私の敵だ。敵だけど……友達でも、ある。……友達なのだろうか。

 そこまで親しい訳では無いけど、時計をプレゼントされたし……どうなのだろう。

 

「あっ、妖夢さん!」

 

 後ろから飛んできたセツナの声に顔を上げ、瞬間、全力で刀を振り上げた。空中へ振り抜いた刀の中心に何かが当たり、弾ける。……天井付近に、何かいる!

 返す刀で光弾を飛ばす。数は二つ。瞬間的に最大威力の物を出すには、その数が限界だった。

 何もない空中で光が弾け、姿を現した機械が地面に落ち、程なくして爆発する。……外にいた機械の飛行型?

 ん、機械……超さんが作った物……?

 

「ふむ、ステルスは意味が無いか……流石ネ」

 

 ステルス……? ステルス迷彩?

 顔を上げ、何かがいた上空付近を探る。上空にいる何かからは、生き物の気配がしなかった。ただ、そこに何かがいて、私を狙っている事しかわからなかったから……もし、今も複数そこに飛んでいるのだとしても、わからない。でも、機械でも音はするはず。目の前に集中しすぎて聞こえてなかった?

 それに、さっき刀で弾いたのは……。目だけを素早く動かして近くの床を確認すれば、小さな穴と罅割れがある。おそらく、弾丸……拳銃か。

 前にお腹に受けた痛みを思い出して、眉を寄せる。……あれはあんまり食らいたくないな。

 銃弾を警戒しながら構え直せば、超さんは私に背を向け、近くの機械を弄っていた。パソコン……小説でも読んでるのだろうか。いや、パソコンは、他にも色々できるんだっけ?

 タン、とキーを叩く音を最後に、残念だが、と振り返った超さんが言った。

 

「時間が押してるのでね。ここらでお暇させてもらうヨ」

「む……」

「私の目的が知りたくば、その拳で、私が君に敵対する理由が知りたくば、その刀で以て聞くが良イ」

 

 影が落ちた。

 部屋の中の空気がぐわんと動いて、だから、私は跳び退った。巨大な何かが私がいた場所に着地すると、一瞬空間が揺らぎ、走った電気の先に機械の姿が見えた。奥の机の合間や、壁の一部が上へスライドして、武道大会でも見た田中……だったかいう機械までぞろぞろと現れる。近付く足音が胸の内を引っ掻いていらいらする。

 

「答えを教えてやろう。……生きてここを出られれば、の話だがね」

「…………」

 

 超さんがフードをかぶり、歩き出すと、刀に手を置いたまま大きく肩を竦めた偽者も後に続いた。

 待ちなさい! とすぐ後ろからタカハタ先生の声。……逃がす気などない。白楼剣に手を伸ばす。

 その最中、姿を現した目の前の巨大な機械――トンネルの前にいた奴と同じタイプだ――が、胴体下部についた細い筒がたくさん纏められた物を私に向けるのに、何を思うでもなく刀をかざした。

 ガン! と両腕に衝撃があったのは、直後の事だった。

 筒が回転する。先端が火花を散らし、飛来する何かに刀を返して対応する。ガンガンガンなんてレベルではなく、ガガガガガ、と連続でくる衝撃にたまらず後退した。傍の床が何度も弾け、後ろから小さな悲鳴が聞こえる。小刻みに押し返される刀に、今にも大きく弾かれてしまいそうで、目が閉じられなかった。

 

「――――っ!!」

 

 小さく刀を振り回す。放たれた弾丸の全てが正確に私へと向かってきている訳ではないのか、逸らすべき弾は断続的にやってきていた。それでもなお、手を止められないくらいには速い。一歩下がって斜めへ弾き、右へ、下へ、また下がって左へ右へ弾く。

 体任せに刀を暴れさせて全てを凌ぎきる。弾幕が止むと、間抜けな音を発しながら回転を弱める筒に変わって機械自身が体を起こし、カメラの目から光線を飛ばしてくる。

 止めていた息はそのまま、体中に溜まった焦りや疲れを振り払うようにして身を躱し、別方向から飛んできた光線を避ける為に、身を投げて転がる。一回転した時には、もう超さんも偽者も部屋の外に出てしまっていた。

 あれを外に出すのはまずい……!

 魔法を放とうと座ったままで後ろ腰に手を伸ばし、だけど、派手な音をたてて近付く長身の男に中断する。

 

「くぁっ!」

 

 何をするでもなく突っ込んで来た人型の機械に刀身をぶち当て、(みね)を支え、相手の勢いを利用して右へ投げ飛ばす。それでも、重い。機械だからか知らないけど、一瞬かかった重圧が腕を押して、血が止まるような感覚に、立ち上がり様に刀を振りながら飛び退った。金属質な音をたてて弾かれたのは、やはり弾丸だ。

 

「ん……!!」

 

 銃弾を連射しながら突進してくる機械に刀を振り回して凌ぎ切り、巨体にぶつかられる瞬間に刀を押し当てて止めようと試みる。両手で刀身を押さえ、足を突っ張っても、でかい機械は止まらない。ザァッと擦れた靴の軌跡に溶けたゴムの線が伸びた。臭いを気にする暇も無く集中し、気合い一声、不可視の妖力を叩き込む。機械の動きが完全に止まれば、屈み込みながら白楼剣のリボンを引き抜き、解放した雷の魔力を足に伝わせ、床に手をついて蹴り上げる。足全体で電気が弾ければ、ゴォ、と悲鳴染みた機械の音。跳ねる様にして立ち上がり、露わになった腹にすかさず斬り込み、真っ二つにする。赤熱する切断面が放つ熱が頬を撫ぜると、後続の人型が拳を振り上げて迫った。

 刀を斜めにかざして拳を受ける。腹で凌いで、カウンター。ほとんど抵抗なく押し返せた人型が仰け反りながらも、慣性のまま接近してくるのを袈裟がけにして、前蹴り。思い切り足を伸ばして下半身を蹴り飛ばす。返す刀で残った上半身を縦に割り、その間を擦り抜けて走りだした。体にかかる火の粉や、傍で起きる爆発なんかは気にしていられない。まだ何体も機械がいる。止まればきっと撃たれてしまうだろう。凌ぐ事はできるけど、ずっと弾き続けられる自信がない。

 飛んでくる光線は身を捩って躱し、散発的に放たれる弾丸は刀を振り回して凌いで、接近して来た人型の振るう腕を上に弾いて胴を斬る。回転。左に一歩踏み出し、遠心力を乗せた楼観剣で私へと腕を伸ばすもう一体を、その腕ごと真っ二つにする。上下に分かたれた腕の断面を見せつけながら崩れ落ちた機械が爆発すると、飛来した飛行型が撃ってくるのにまた弾く。――――。魔法で撃ち落とそうとした体を押し留める。あんまり魔法は使えない。あいつにとっておかないと。

 手の内で刀を回転させ、逆手に持ち変えて振りかぶり、全身で投擲する。飛行型の目に楼観剣が突き刺さる感覚が視界の外にあった。背後や左右から迫る人型と大型の気配もまた、縮めた体の外側にある。

 ひゅるりと渦を巻く半霊の気配。背後の二体は私の姿をとった半身に任せ、私はそれぞれ斜め前方から迫る人型と大型を相手取る事にした。とはいってもやる事は変わらない。倒す。それだけだ。

 雷の魔法を解放し、体に纏う。全身に回した障壁越しに弾ける青い光が、僅かに滲み出した影と混じって空気に溶けた。投げた体勢から体を引き戻し、右腕と右足を大きく上げて引き込む動作。馬鹿みたいに突っ込んで来た人型のお腹へ、踏み込みを経て拳を叩き込む。――腰を落としたせいで、殴ったのはお腹よりも下だったけど。

 

「ふっ!」

 

 拳と機械の間で雷が弾け、文字通り弾け飛んだ機械から大型へと目を移し、鋭く息を吐きながら体の向きを変える。この大きさに拳法は通用しないだろう。ならまず、刀を取り戻そう。

 地を蹴って跳ぶ。白楼剣を抜き、飛んできた光線を刀の腹で受け、逸らす。そのまま大型の機械の上へ乗り、白楼剣をしまいながら即座に瞬動。今度は天井付近でふらついている飛行型の方へ跳ぶ。刺さっている楼観剣を引き抜き、小さな動作で機械を引き裂く。耳に突き刺さる金属音が言い知れぬ吐き気を誘うと、とうとう吹き出した影が別の気持ち悪さをもたらして吐き気を塗り潰した。

 苛立ち紛れに火花を上げる飛行型を四つにして地面に降り立ち、落ちて来た残骸を蹴り飛ばす。腰に抱えた何かを私に向けていた人型が、蹴った機械を顔にぶつけられて揺らぐ間にすり足で寄った半身に斬られた。斜めにずり落ちる人型を尻目に、背後の大型に顔を向ける。音や振動で距離を詰められているのはわかっていたので、振るわれた腕を叩き落とすのに苦労はしなかった。

 床にめり込む手……足? を引き抜こうとする大型を前に、反対側の足へ右足を突き立てる。ビクともしないのは当然だ。……でも、これなら?

 押し付けた足裏で爆発が起きる。妖力の爆発。同時に左足でも瞬動を行い、均衡をはかるも、暴れる力の行き場が逸れて、危うく体勢を崩しかけた。戻った右足を地面に叩きつけ、一歩引くだけの形になった幸運に笑みを零す。足を滑らせた機械がドシャアと崩れ落ちて床を揺らす。震えたカメラの目にひびが入るのはどこか爽快さがあって、笑みが深くなるのを自覚しながら柄を握り直した。足を揃えて小さく跳ね、屈伸して力を溜める。

 

「シャァ!」

 

 再びの跳躍。両の逆手で(もっ)て柄を握り、仰け反るように振りかぶり、機械の頭に楼観剣を突き刺す。抵抗なく、ほとんど根元まで沈み込んでいくと、刀越しに中身の形がわかって、段々やコードなんかを次々と切断していく刀を途中で引き抜く。顔を蹴りつけて宙返り。集中すると、回転する視界がゆっくりと動いて、部屋の向こうで、人型が()()()()腕を半身が叩き斬る様子や、光の柱に捕らわれた小さなセツナとタカハタ先生の変な顔が逆さまに見えた。

 足を揃え、振り回して、頭を上に。床へ落ちていくその最中に、真正面にきた大型の胴体を滅多切りにする。真っ赤な表面を綺麗だと思う間もなく深く腰を落として着地し、バク転を繰り返して離脱する。大型だけあって爆発もなかなか大きい。風に煽られる前に地に足をつけ、爆風に備える。

 ぶわ、と風が広がった。熱い風。はためく服やカチューシャの感触が心地良い。重ねて、背後で幾つもの爆発があって、風が荒れ狂う。残りは、と素早く辺りを見回す。人型が数体ばかりしかいない。もう少し大型がいたような気がするけど……半身が斬ってしまったみたいだ。

 ぐらり倒れ行く人型の影にいた半身が、もう充分だとばかりに半霊となって私の下に戻ってくる。……この機械達、見た目は怖いけど、強さは全然だ。生身の人間以下……三体くらいなら、もう魔法も必要ないかな。

 なんて考えていたら、また壁や隠し扉がせり上がって、ぞろぞろと人型大型飛行型のお出まし。追加注文なんてしてないんだけど。……まあ、楽しいからいいか。まったくいい娯楽だ。でも今は時間が惜しい。とっときたかったけど……魔法を使おうかな。

 片手で刀を構える。もう片方は白楼剣の鞘を撫で、指先でリボンをつまむ。迫りくる大群を前に、さて、どの魔法で壊してやろうかと考えた。

 炎で燃やし尽くす? 風で吹き飛ばす? 吹雪で凍らせる? 岩で全部串刺しにする? それとも……。

 

「んっ……」

 

 まあ、なんでもいいや。するりとリボンを解くと、指のお腹がすれてくすぐったくて、それが凄く気持ち良くて声が漏れた。

 手を空にかざす。……天井の電気を見上げていれば、飛行型が傍まで来ているのが見えた。筒が私に向けられる。銃撃だ。でも、攻撃されるより、私が腕を振り下ろす方が速かった。

 天井付近で広がった一枚板のような黒い魔力が、振った腕に合わせて下り、前方を覆う。そうすれば、飛行型は押しやられるように地に落ちて、人型は何かに圧し掛かられるように体を折って、大型なんかは足を地面にめり込ませて、全部動けなくなった。

 新しい魔法。重力の魔法は、なかなか使い勝手が良さそうだ。操るのに時間がかかるから、素早い相手は捕らえられないかもしれないけど。

 もう二度、リボンを解く。風と炎。二つの魔力を刀に宿し、横一線。体を捻るように思い切り刀をスイングして巨大な斬撃を飛ばせば、巻き起こる熱と風が機械達を蹂躙した。ついでのようにパソコンやよくわからない機械もばらばらにして、溶かしてしまう。部屋中に鉄の溶ける臭いがたちこめた。

 それで、おしまい。少し待ってみても、増援は来ない。どうやら品切れらしい。……刀でやればよかったかな。ちょっと、体を動かし足りない。

 ブンと刀を振って、刀身についていたオイルや何かを飛ばす。後でちゃんと拭いとかないと。

 刀はそのままに鞘を握りながら振り返る。光の柱に捕らわれた二人は、驚きを顔に張り付けて浮かんでいた。私を見るセツナと、機械の残骸を見るタカハタ先生とでは、その方向は違うのだろうけど。

 

「おおっ?」

 

 歩み寄り、光の柱を斬る。どういう作りかは知らないけど、バチッと電気気質な音をたてて、なのに薄いガラスみたいに割れて落ちる光。私の足に落ちた光はまったく重さを感じさせずに溶けて消えた。地面に下りたタカハタ先生をそのままに、隣に一つずれて、セツナも解放する。わひゃ、と顔を庇う動作が小動物染みている。

 ちらりと腕の隙間から私を見て、拘束が解かれたと知るとふわふわした動きで「助けに来てくれたんですか?」とセツナが寄って来た。……浮いてる。いや、空くらい飛べるか。でも、なんだろう……なんか、気安い。

 

「……ありがとう――――妖夢君。いや、すまない……」

 

 疲れた声で礼を言うタカハタ先生を見上げる。やけに上の空でものを言うから、気になった。タカハタ先生はあごに手を当て、部屋の様子を眺めている。服や顔が煤けている。ネギ先生との戦いの跡だ。きっと先生も消耗しているんだろう。……機械が気になるの? ……ああ、部屋の惨状が気になるのかも。派手にやりすぎたかな……。

 

「……どういうつもりかな」

 

 そういえば、何に対して「すまない」と言ったんだろう、なんて思いながらタカハタ先生に向けて刀を振って、しかし、手で止められた。言葉は柔らかいけど、真剣そのものの先生に、こういうつもり、と返す。……刀が抜けない。

 少しの間私を見下ろしていたタカハタ先生は、ふっと笑って、腰を屈めた。掴まれたままの刀に合わせて腕が下がる。目線が合うと、僕は君の味方だよ、と優しい声音。……味方でもなんでも、見られたからには斬るしかないんだけど。

 そう話せば、今度は逡巡した様子で部屋の奥を眺め、すぐに私に目を戻す。わかった、黙っていよう、だって。……何をわかったというのだろう。

 

「同じ姿の者が現れては混乱もするだろう。少し、落ち着こうか」

「混乱などしていません。あれは……ただの偽者です」

 

 ただの、偽者。……そう、偽者なの。だから、斬らなきゃいけない。……見られちゃいけない……のは、えっと、なんでだっけ?

 安心させるようにゆっくりと話すタカハタ先生に、今感じた疑問をぶつけようとして、そんなの、答えようがないと気付いて口を噤む。……私、なんであんなに焦ってたんだっけ。なんで、見られちゃいけないんだっけ。あんなの、ただの偽者だ。みんなわかってくれるはず。

 でも、すぐに排除しなきゃ。

 

「な、何をするんですか妖夢さん! 先生の事嫌いなんですか!」

 

 タカハタ先生の目を見返したままどうにか刀を引き抜こうとしていると、あわあわと手を振りながら飛んできたセツナがぱしぱしと額を叩いてくるのに、鬱陶しくて手で払う。こいつ……別物だ。セツナじゃない。セツナはこんなに鬱陶しくない。というか、その声でさん付けされると、凄く違和感がある……。

 あんまりに鬱陶しいので、喧嘩しない、しないとひたすら繰り返していると、タカハタ先生が手を放してくれたので、気持ちの収まりがつかないまま乱暴に鞘に刀を叩き込んだ。……もう喧嘩しないってば。いつまで顔にへばりついてるつもりなんだろう、このちびセツナは。

 襟を摘まんで引っ張ってやれば、め! と指を突き付けられるのにとてつもなくいらっとして、手首を返して放り投げた。ぎょわあ、と、想像もつかない悲鳴を上げながらも空中で体勢を立て直し、腕を振りながら振り返って何するんですかと怒ってみせるセツナに、肩を竦める。……興が削がれた。寄って来るセツナを半霊で押し返しながら、先生に目を戻す。また部屋の奥を見て難しい顔をしてる。

 ……あ、その前に、謝らないと。なんでか私、先生を斬ろうとしてしまったし……。

 刀を撫で、先生に声をかける。少し遅れて、なんだい、と反応する先生に謝罪すれば、構わないよ、と短く許された。……私が言うのもなんだけど、刀を向けられたのに、怒ってもないんだ。

 

「ちびせつな君、彼女を頼む」

「あ、はい。お任せ下さい!」

 

 私の肩をぽんと叩いた先生が、半霊と格闘するセツナに声をかけてから立ち上がり、部屋の奥に歩いて行く。何をするのかと思えば、人型や大型が出てきた壁なんかを覗き込んで回り始めた。ここから見える限りでは、開いた壁の向こうはさほど深くない。何も入っていないのが見えた。さっきまでので全部だったのかな。

 

「さ、むぐ! さあ、よう、むわ! このっ」

 

 得意気な顔で私に近寄ろうとするセツナが、半霊に押し返されてすっ飛んでいく。波打つ半霊へと果敢に挑むセツナを苛めていると、戻ってきたタカハタ先生が苦笑いを浮かべながらセツナを救出した。注意されてしまうのに、半霊を戻す。……いや、だって、なんかそのセツナ、鬱陶しいし……。両腰に手を当てて「私、怒ってます」アピールをするセツナに、指で小突いてやろうかと持ち上げた手を彷徨わせていれば、それにしても、まさか……、とタカハタ先生。誰に聞かせるでもなく呟いたように感じられる声音に、俊敏に反応したセツナが先生の顔の高さまで飛び上がった。

 

「……いや、ここでする話でも――」

「まさか、実弾兵器を使ってくるとは驚きでしたね!」

「――ああ、まあ、うん。……そうだね」

 

 うちの科学力があればできない事ではないだろうけど、彼女がその手段を用いるとは、ちょっと読みが甘かったかな。

 私でも小さいセツナでもなく、壁の方を見ながら言った先生が、上着の内側に手を突っ込んで、そこで動きを止めった。かと思えば、私に顔を向けて、「まいったな」と苦笑い。……どうしたのだろう。胸を撃たれた? それにしては平気そうだけど。

 ……ああ、遊んでる場合じゃない。偽者を追わないと。

 二人……二人であってるかは知らないけど、タカハタ先生とセツナに頭を下げて出入り口の方へ向かおうとすれば、彼女達を追うのかい、と声をかけられた。無視して行ってもいいけど……もう足を止めてしまったので、顔だけ向ける。

 

「僕も行こう。いいかな」

「……別に、私の許可は必要ないと思いますが」

「つんけんですねー。かわいくないぞ!」

 

 なんだこいつ。

 び、と私を指差すセツナを無視して歩き出すと、タカハタ先生も後ろに続いてきた。ほんとについてくる気なんだ。構わないけど、未だに私を指差しながら移動しているセツナは心底鬱陶しいのでどこかに捨ててきてほしい。

 ……捨てても戻ってきそうだな。呪いの人形みたいに。

 廊下に出ると、幾分涼しさが戻って、腕を撫でた。臭いがわからない。鼻が馬鹿になっているのかもしれない。……そんな事より、遠くにアスナや、覚えのある気配を感じる。一つ上くらい。……そう遠くはない? 激しく動いている。何かと戦っているような感じ。でも、相手の気配は無い。……機械?

 何も言わないタカハタ先生と私を指差しているセツナに見守られながら気配を探っていると、大きな音。断続的に響く地鳴り。爆発音。

 かすかに聞こえたそれらに先生を見上げれば、頷いて返された。

 

「急ごう」

「アスナ達」

「む、アスナ君が来ているのかい?」

 

 急かす先生に短く伝えれば、意外そうに聞き返された。……来てるとしか答えられない。なぜかは知らないけど。いっそう険しい表情になった先生が、先に行くよ、と短く言って瞬動をした。予備動作無しの突然だ。キュ、と靴の擦れる音と風が残って、慌てて私も後に続く。案外、すぐに追いつく事ができた。

 階段前で急停止して全段飛ばしで跳び上がる先生にならって飛ぶ。……そうか、もしアスナがあの機械と戦っていたなら、銃にやられてしまう可能性がある。今感じる限りではまだ激しく動き回っているから大丈夫だろうけど、それもいつまで持つか……ひょっとすれば、こんな心配は必要ないかもしれないけど。アスナがぱぱっと倒してしまうかもしれないし。

 しかし、上の階に上がると、遠くで瞬く光の中に、跳ねまわるアスナや誰かの姿が見えた。……なんだっけ、大会にも出場してた人達。二人組の女性。メイ、と……なんだっけ? 金髪の女性の方はあんまり印象に残ってない。

 向こうへ移動する機械の大群に、聞こえるアスナや誰かの悲鳴。止まって考えている暇はなかった。

 考える前に体は動いていた。刀を抜き放ちながらの瞬動。初速を得て、走り、大型や人型がごった返す狭い通路へとスライディングで滑り込んでいく。があんと、伸ばした足の先に衝撃があった。体勢を崩した大型の背中が倒れ込んでくるのを、滑りながら斬り裂いていく。――っ、浅い。姿勢に無理があったか。なら!

 畳んでいた足で地面を叩き、集中して爆発させた妖力を背越しの地面に叩き込む。跳ね上がる体を捻り、倒れ行く人型を避け、さらにはその背を蹴りつけて踏み台にする。瞬動も加えれば、姿勢が悪くても跳び上がる事ができた。天井付近まで上がると、眼下には大量の人型と数体の大型が並び、光線を放っている。アスナ達も近くに見えた。刀を下へ向け、重力に引かれるまま落ちていく。狙いは別の人型。寸分たがわず脳天を突き刺しながら、広い肩に着地する。ぐっと曲げた足に力を込め、引き抜きながら大きくバク宙。傍にいるもう一体へ回転しながら迫り、同じように頭へ楼観剣を突き刺してやる。人に似た構造なのか、脳天から首を通って体の中へ突き抜ける刀からは、人間らしい手応えを感じられた。それでも、生身の人間には遠く及ばない。冷たく硬いこの感覚は、あまり好みではない。

 引き抜きながら後方へ跳躍すると、刀に引っ張られた人型が頭を仰け反らせた。割れたサングラスがずれ落ちる中で、走る電気と共に爆発する。その風に乗って今度は大型の上へ飛び乗り、その顔に背中をぶつける。逆手に持ち替えた刀を横腹すれすれ、腰の高さで突き刺していく。自分に当てるような危うさがあって、これはなかなかスリルがある。カメラの目を貫かれた機械が鳴くと、言い知れぬ高揚感が体を満たし、吐く息を噛み締めながら刀を引き抜いた。オイルか体液か、半透明の液体が刀に引かれて飛散する。この抵抗感がたまらない。訂正。機械も捨てたものではない。

 次の得物へ飛び移ろうとして、すぐ横を風が通り抜けていくのに、瞬時に目標を変更。右上にいる飛行型に狙いを変える。――後ろで擦れる靴の音と、複数の打撃音。飛び込んで来たタカハタ先生が、居合い拳だかなんだかで何体もの機械を打ち上げる音。アスナの嬉しそうな声を聞きながら、飛行型の放つ光線を刀で反らし、お返しに飛び乗って串刺しにしてやる。ジジジと変な音をたて、煙を上げながら落ちた先は、アスナと先生の傍だった。

 

「妖夢ちゃん!」

 

 飛行型から刀を引き抜き、空へと蹴り飛ばしながら地面へ飛び降りて爆発するのを見届けていると、アスナが呼ぶ声。見れば、ずいぶんとボロボロだ。……火炎放射を受けでもしたのだろうか。ハリセンを握りながら私に駆け寄るアスナの背後に迫る大型があって、だけど、私が何かするより、アスナが振り返るよりも早く、空気の塊に近い攻撃が大型を粉砕した。

 

「――ん!」

 

 直後に、嫌な予感がして振り返る。向こうへ向き直ろうとしているタカハタ先生の横を通り過ぎる光線があった。アスナ狙い! 刀を突き出して防ごうとして、それでは不正確すぎるのに大きく一歩、横にずれる。伸ばした刀は戻せず、受け流せない。体で庇う形になった私の首元へ光線が突き刺さった。

 

「あっ!」

「妖夢ちゃん!」

「む!」

 

 今の光線、黒い影を擦り抜けてきた。今までなんとなく刀で反らしたり避けたりしていたけど、やっぱり魔法じゃなかったみたいだ。機械の、なんかそういう攻撃。手からすっぽ抜ける楼観剣と、引き千切れた衣服と共に離れていく白楼剣の感覚。少々の衝撃に思わず声を上げてよろめいてしまったものの、アスナが支えてくれた為に倒れる事はなかった。思ったより痛くない。でも、刀が……あ、服が!

 右の肩からお腹にかけてベストもシャツも消し飛んでいる。かろうじて残る肌着も、肩にかかる紐が今にも千切れてしまいそうなのがわかった。

 

「こんのぉ!」

 

 自分の足で立つ私から離れたアスナが、背後の機械に向かっていく声。目の前では、先生が複数の機械を同時に破壊していた。たぶん、私に光線をぶつけた奴も、もうばらばらになっているのだろう。

 

「……私の服、もうないのに!」

 

 行き場を無くしてしまった怒りを声に出して、飛行型に不可視の妖力を叩き込む。怒りが作用したのか、さほど集中していないのに、一撃で爆破させるまでに至って、それですっきりした。

 キュキュ、と靴の擦れる音。私の横を先生が通って、直後に多段的な破壊音。

 振り返った時にはそこに機械は残っておらず、残骸の山が地面に散らばっているだけだった。

 ……あ、終わっちゃった。

 急速に萎んでいく戦意に、体の中に黒い影が戻って行く。あまり良い感じでない疲労感を抱えて息を吐くと、今頃追いついてきたちびっこいセツナが、地面に突き立つ楼観剣の下へ下りて行って、引き抜こうとしだした。……無理だと思うよ。

 

「ふぬー!」

 

 ……無理だってば。

 両手で柄を持って抜こうと力んでいるセツナに、肩を竦めて歩み寄る。柄を掴んで引き抜いてやれば、投げ出されたセツナは私の肌着を掴んで持ち堪えた。……ちょっと。もう切れちゃいそうなんだから……あ、切れた。紐を手にお腹辺りでぶらつくセツナを掴んで持ち上げる。……謝罪はいらない。肌着なら替えはあるし。……恥ずかしくはないのかって? それは、まあ、うん。……気合いだ。

 楼観剣を鞘に納め、体に戻そうにも紐が切れているので、左手で鞘の半ばを持つ。右手は捲れた肌着を持ち上げて、胸の上あたりで押さえつける。アスナが白楼剣を拾ってくれたけど、手が空いてないので口で受け取ろうとしたら、アスナが持っていてくれる事になった。……セツナ、持とうとしなくていいよ。結果は目に見えてるから。

 ……ああ、そうだ。肝心な事を忘れていた。

 

「アスナ」

「ん? 何、妖夢ちゃん」

 

 タカハタ先生と恥ずかしそうに話していたアスナに声をかければ、割と早い反応。

 

「ここに……ここに、私が来なかった?」

「え? えーと、それってどういう……?」

 

 そのままの意味だ。

 鞘を握る手に力を込め、そろりと柄に手を伸ばせば、妖夢君、とタカハタ先生。諌めるような口調。……ああもう、なんで私、刀を抜こうとしてるんだろう。これは確認だ。……ただの、確認。

 アスナは来てないと答えた。周りを見る余裕が無かったから断言はできないとも言った。……見てないならいい。でも、あの偽者、どこにいったんだろう……。超さんも。

 一人悩んでいると、ふらつく半霊に乗ろうとするセツナの姿が目に入って、なんだか真面目に考えているのが馬鹿らしくなってしまった。

 いたら斬ればいい。それだけの話だ。今は、そう……替えの服を取りに行くのが先決だ。教室に制服を置いといたはずだから、後で取りに行こう。

 なんてやっている内に、クラスメイトの一人……コックさんが台車を押してやってきた。台車の上には二人……クラスメイトの春日さんと、肌の黒い少女が横たわっていた。……死体運び? いや、生きてるみたいだけど。

 コックさんが持ってきてくれたローブに身を包んで(なんで用意してあるんだろう)、アスナと先生とセツナのやりとりを眺めていれば、金髪の女性が寄って来た。戦闘中、壁に寄りかかって気絶してた人。

 

「…………」

「……失礼ですが、どこかでお会いした事が?」

 

 頭でも打ったのかな。昨日? 辺りに言葉を交わし……てないや。顔を合わせたような気がするんだけど。

 腰を折って顔を覗き込んでくる女性からすり足で距離をとっていると、不意にセツナが声を上げた。本体さんから連絡がどうの。……本体さん?

 

「た、大会の方で大変な事が……!」

「大変な事? ネギに何かあったの?」

「とにかく行ってみよう。体は大丈夫かな」

 

 先生がみんなに向けて呼びかけると、アスナが真っ先に、一番大きな声で反応した。ばりばり行けます、だって。いつにも増して元気いっぱい……。

 ここから出口に行くより、あの部屋から外に行った方が速いという先生に従い、一度あの部屋に戻る。酷い匂い。鉄が溶けた臭いが充満しているのに、私や先生以外が反応した。セツナ……いや、もう何も言うまい。

 そこにあったエレベータに乗って……乗る事になって。だって、先生が大変だって……だから、乗らなきゃならなくて。一直線に上の階に向かった。さっきの部屋と比べて広くなく、肌寒いくらいの空気が流れていた。部屋中に並べられた真っ黒な棚みたいなのはなんだろう。機械? ゴーゴー唸っているのもある。

 傍の大窓から外に出ると、そこから試合の会場を一望できた。舞台の上には、ネギ先生と……――!!

 

「……!」

 

 勝手に飛び出そうとした体は、目の前に突き出された手に止められた。

 タカハタ先生やアスナではない。……屋根の外に浮かぶ幽々子様だ……。

 なぜ? あそこに立つのは、あそこにいるのは……あいつこそ、影が言っている仇そのものじゃないですか!

 

「……なぜ止めるのです」

「え?」

 

 誰かが反応する声も気にならない。体がばらばらになりそうなくらい、体の中で影が暴れている。吹き出さないせいで、それがいつもより酷い。眩暈がする……。

 視界がぼやけて、意識が遠のく。目の前にいる幽々子様は、何も答えてくれない。ただ私に手の平を突き出して、いくな、と行動で示している。……なぜ?

 わからなかった。だって、幽々子様は……私の。私を、私を……包んでくれるのでは……?

 会場に超さんが現れ、何かを叫ぶ声も、耳を擦り抜けていく。目の前の現実が揺らぐ感覚。

 一番大事な事を、なぜ、邪魔する? そんなの……ありえないのに。

 訳がわからない内に目の前が真っ暗になる。それはまるで、手の平に視界を奪われたみたいで……暖かいものを感じて、体の中で暴れていた憎しみや怒りや悲しみが引いていくのを感じた。

 私にはもう、それ以上はわからなかった。

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