なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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更新間隔開きすぎなのにストーリーが進んでないという。
あーあーあー。



第四十五話 見えない明日

 空き教室を使った休憩所の一角、並べられた椅子の一つに座って、考え事をしていた。

 ざらざらとした壁に背を預け、傍らに置いた楼観剣の鞘に手を這わせて虚空を見やれば、浮かぶ光が淡く溶けて、幽々子様の姿を描く。

 その手が私を止めた。……私が、この苦しさから解放されるのを、止めた。

 なんでなんて、こうしてずっと考えていてもわからない。……あの男が本物ではなかったから? 先生の本当の父親では……。違う。あのローブの人がただ先生のお父さんの姿に化けていただけなのだとしても……私が、私が辛いのに、止めるなんて。

 缶ジュースを握りしめる。硬く冷たい感触がどうにもならない感情を表しているようで、もやもやした。

 

「……あんまり、考えたくないな……」

 

 意図せず呟きが漏れる。窓の外や、出入り口の向こう側にある喧騒にさえ飲まれて消えるくらいの小さな声。

 考えたくなくても、考えなくちゃいけない。だって、そうしないと、何もわからないし、なんにもできない。

 でも、いくら考えても答えが出ない。機械を斬っても、何も……。

 たくさんある悩みは、ふとすれば一つにも思えるのに、時折視界に流れる黒い影みたいに幾つもあるように感じられて、その一つ一つが不透明で。

 何から考えればいいのか、何をどう解決していけばいいのか、それさえわからない。

 ……私、ここにいていいのかな。

 数時間前に見た偽者の姿を思い浮かべる。

 あいつにいなくなってほしい。できれば、誰にも触れられない内に。

 でも……ほんとにいなくならなくちゃならないのは……。

 ……何、馬鹿な事を考えてるんだろう。

 頭を振って、缶ジュースに口をつけ、(あお)る。酸味の強いオレンジジュースの味が口内に広がって、喉を通り抜けていった。

 胃に滑り込む冷たさは、どちらかというと重く、口の中に残る後味も、煩わしさがある。

 きれいになりたい。

 私は、先生にそう言った。先生は、私を綺麗だと言ってくれたけど……そうじゃない。

 もっときれいになりたい。……きれいに。

 同じ言葉ばかり頭の中で繰り返して、肝心の意味が、自分でもよくわかっていないんだと思う。

 だからきっと、いくら悩んだって、何も解決できないんだろう。

 ……なんで、こんなに体中を重たくしなきゃいけないいんだろう。私、なったはずなのに。取り戻したはずなのに。

 

「私は……」

 

 私は。

 私は妖夢だ。……でも、誰かがそれを認めてくれた事って、あったっけ。

 みんなが名前を呼ぶのは、私がその名前を持っているからだ。認めているからじゃない。

 そもそも、認めるってなんだろう。私は元々妖夢だ。認めるも何もない。

 でも、いらいらする。……それじゃあ私、満足できなくて。

 ほんとの私……なんていうのもおかしな話だけど、それを知ってもらいたい。……誰に? このか……先生……。

 そんな事も、わかんないや。

 ……あの偽者を斬れば、何かわかるだろうか。

 ――斬っちゃ駄目だ、と、どこかで声が響く。……それはたぶん、してはいけない事。……でも、やらなければいけない事でもある。

 この世に同じ人間は二人も必要ない。だって……いらぬ誤解を招いてしまうかもしれないし。

 オレンジジュースを口に含む。悩んでいると、この果汁の味とか、今自分が座っている場所の事さえよくわからなくなって、本当に、何について悩んでいるのかもわからなくなって。

 飲み下せば、不快感が残る。

 何かを斬って何もわからないのは、斬り方の問題なのだろうか。……自分で言ってみて、うん、意味わかんないけど。……あ、一応、わかってはいるのかな。斬っても何も得られないって事を、斬って知った。

 ……しょうもない答えだ。私はそんなものは求めてない。

 やっぱり、晴子や誰かに聞くべきだろうか。そうすれば、すぐに答えが返ってくるのだろうか。

 あのローブの男……ナギ・スプリングフィールドについては先生に。

 偽者の事は……超さんに。

 私の事は……晴子に?

 この不安を慰めたいのなら、このかの下に行けばいい。

 気を晴らしたいなら、エヴァさんの別荘に行って暴れればいい。

 ……私の全てを委ねたいなら……冥界へ行けばいい。このままがむしゃらに走って、斬って、落ちて。

 ……どこに落ちればいいんだろう。地獄? 死ねという訳ではなさそうだったけど……。

 

「ん……」

 

 ジュースを飲み切って、教室の隅のゴミ箱を見る。傍に落ちた透明の切れ端とか、棚の上に置かれたままのパックとか。

 椅子から下りて缶を捨てに行き、ついでにその辺のゴミも捨てる。なんとなく。特に他意はない。

 ゴミ箱の上部に取り付けられたでっぱりの、左右二対の丸穴の右側。カンと書かれている方に缶を差し込みながら、今、私が一番最初に解決すべき事はなんだろうと考えた。

 悩むのは、嫌。たくさん考えるのも嫌。もっと軽くてきれいになるには……影を大人しくさせるのが一番早い。

 影が騒ぐと体の中がズタボロにされるし、まともに立っていられなくなる。いつか新幹線で酔った時と同じように気分も悪くなるし、悪い事尽くめ。

 なら、仇を討ち、影達の嘆きを晴らしてやって、もう二度とそんな風にはならないようにするのが、一番にすべきことなんじゃないだろうか。

 その為には……あのローブの人に会うべきか。

 あの人は、私の敵ではないと言っていた。影も大人しい。……でも、あの人が先生のお父さんに化けた時、影は激しく反応した。魔法の飴で大きくなった先生には反応しないのに。

 だからきっと、何かあるのだろう。話を聞けば、解決の糸口が掴めるかもしれない。そこから、今の悩みの全部をなくしていけるかもしれない。

 ……でも、困ったな。あの人の気配をどこにも感じられない。一度間近で見たから、はっきり覚えてるんだけど……。

 

「あ……」

 

 何気なく腕時計を確認して、休憩の時間が終わろうとしているのに、慌てて椅子まで戻り、楼観剣を身に着ける。

 今は、お化け屋敷のお仕事を頑張ろう。考えるのはその後でいい。

 紐と一緒にずれたブレザーを手で押して具合を直しながらそう考えて、休憩所を出た。

 

 

 夜。

 勤めを終えて校舎を出た私は、暖かい光を一望できる空へと舞い上がり、先生の気配を辿った。

 夕焼け空ももうなく、月の明かりと電気の光だけが頼りになる時間。お仕事中、ずっと考えていた事を実行するべく、影を繰って先生の気配の下へ飛び出した。

 冷たい風が頬を撫でる。でも、分厚いブレザーを着ているからか、高所でも寒くない。別に、寒いのは苦手ではないけど、寒くない方が良いので、制服もなかなか捨てがたい、と思った。……制服は、かわいいし。

 でも、私の服じゃないと落ち着かなくてしょうがない。なんというか、自分が自分でないような感じがして……なんて考えていると、大きな噴水のある広場に先生の姿を見つけた。……大きい先生だ。彼のお父さんと同じ姿。影が何も反応しないでいなければ、私、刀を抜いて飛び込んでいってしまっていただろう。危ない危ない。腰へ下ろしかけた刀を背に戻しつつ、ゆっくり降下していく。先生は、喧騒から離れたこの場所で、クラスメイトの………………クラスメイトの女性を介抱しているようだった。

 下り立てば、私に気付いた先生が驚いたように私の名を呼んだ。どうしたんですか、って、先生の方がどうしたんだろう。なんで大きくなってるのか。というか、こんな所で何やってるんだろう。

 先生以外にも近くに二つ気配があるのに、その辺りを見ていれば、三人ばかりぞろぞろと姿を現した。

 でっかいコタロー君に、小さい……たぶん、気配的に千雨さんに、えーと、茶々丸さん? 着ぐるみに身を包んでいる茶々丸さん。一瞬誰だかわからなかった。

 よ、と手を挙げてくるコタロー君を無視していると、寄って来た千雨さんが、あんた、今空から……と震える手で指差してきた。……それがどうかしたのだろうか。

 ……というかなんで千雨さん、ランドセル背負ってるんだろう。

 

「はっ! 魔法使いやらがほんとにいるって事は、まさか……」

「おーい、無視は酷いんとちゃうかー」

 

 構ってもらえないのが寂しかったのか、呼びかけてくるコタロー君に目を向ける。服装も相まって、なんだか軽薄そうな感じ。ちゃらいと言えばいいんだっけ、こういう人。しかたないので半霊をぶつけて構ってやる事にして、目の前でわなわなしながら私に何か言いたそうにしている千雨さんに目を戻す。

 しかし、千雨さんが何か言い出すより速く茶々丸さんが挨拶してきたので、そちらに返していると、クラスメイトの――アコさんというらしい。あ、なんか聞き覚えある――女性をお姫様抱っこした先生がやって来た。

 ……あ、さっきまでアコさんの額にあった傷が治っている。さっき何かしていたのは、そういう魔法を使っていたのかな。

 で、その人、どうするのだろう。保健室にでも運ぶの?

 

「いえ。ちょっと、付き合って頂こうと思いまして」

 

 ……説明になってない。

 でも、悪戯っぽくウィンクした先生に、何か理由があるのだろうと納得して、アコさんが茶々丸さんに移されるのを眺めながら、先生の下に寄った。

 

「あ、そういえば、妖夢さんはなぜここに?」

「私、先生に聞きたい事があって……」

「聞きたい事、ですか?」

 

 問いかけてくる先生を見上げ、答えを返す。そう、聞きたい事……あのローブの人の事。

 先生はコートの内側から懐中時計を取り出しながら、言い辛そうに、でも、説明してくれた。あれは本当にほんとのお父さんじゃなくて、でも本物で。あーてふぁくと……? とかなんとかの能力で生前の……生前というのは語弊があるか。十年前の父親の姿や記憶を再現していたのだという。

 だから、その時ばかりは本物と変わらないだとか。

 ……それじゃあ、先生のお父さんは、この学園のどこにもいないんだ。

 

「ええ……父さんの事で、何か?」

「あ、……いえ、何も」

 

 ……先生に、先生のお父さんを斬ろうとしているだなんて、言えない。

 不思議そうに私を見下ろしていた先生は、やがて懐中時計を弄っていた手を止め、盤面を私に見せるようにして、一緒に来ますか、と誘いをかけてきた。時間を巻き戻すの?

 ううん、どうしようかな。

 なんて悩んでいれば、くい、と袖を引かれて、振り向けば千雨さん。「なあ……」と声を潜めて、内緒話みたいに囁きかけてくる。

 

「あんた、ほんとに……その、いや、幻想郷ってほんとにあるのか?」

「……なかったら、私はここにいません」

「あ、そ、そうだよな。はは…………マジか」

「まじです」

 

 まじ。

 まじって、字で書くとなんだろう。本気(まじ)

 何やらショックを受けた様子で私に背を向け、現代入りとゆーやつなのかと呟く千雨さんに、どう声をかけようか迷っていると、私の代わりに茶々丸さんが声をかけてくれた。お気を確かに、はどうかと思うけど。

 上着の裾を引っ張りながら先生に向き直り、見上げながら、次に自分がするべき事を考える。

 なんて言っても、影をどうにもできないなら、次はあの偽者を斬るだけだ。時間を巻き戻せば、今気配を追えなくて居場所がわからない偽者も超さんも、どちらも会う事ができるだろう。

 うん、私も先生達と一緒に行こう。

 

「はい、わかりました。みなさん、準備ができました!」

 

 みんなに懐中時計を振ってみせる先生のコートを掴んで、横で待機する。……確か、体に触れてなきゃいけないんだよね。みんなそうしているから、それであっているのだろう。

 茶々丸さんに促された千雨さんが先生の服の端を握ると、続いて同じように服の裾を茶々丸さんが握り、コタロー君が腕を掴む。

 ……私も腕を掴んだ。

 他意はない。……他意は。

 一瞬私に目を落とした先生は、すぐ時計を見て、いきますよ、と短く一言。直後に世界が回転し、強い力に体が引っ張られるような感覚に襲われ、そして、左の手首に鋭い痛みが走った。思わず手を離しそうになったけれど、もう三回目。流石に慣れているので、誤って手を離す、なんて事にはならなかった。

 ……離しても別に大丈夫だとは思うけど。

 地面に目を落とし、左手首を擦る。ちょうど、時計の辺り。火傷したみたいにひりひり痛む手に意識を集中して急な明るさをやり過ごしていれば、行きましょう、と先生。……どこへ?

 千雨さんと二言程交わした先生がこちらを気にしてから歩き出すのに、後ろ頭を見上げながら追いかける。……先生じゃ話にならないかな。千雨さんに聞いてみよう。小さいから、声をかけるのにもあんまり抵抗がないし。

 ねえ、と投げかければ、ん? と顔だけ振り返る千雨さん。ランドセルの両方のベルトを手で掴んでいる姿は、ともすれば私より幼く見えて、だから、今ちょっと、声のかけ方を間違えた気がする。……気にしてないみたいだから、いいか。

 ちょうど同じくらいの目の高さなのを少しばかり珍しく思っていれば、どうした、と続きの言葉。ああ、そうだ。何ぼーっとしてるんだ、私。

 

「先生は、何をしようとしてるの……ですか」

「なぜ私に聞く……んですか」

 

 あ、真似っこ?

 思わずため口をきいてしまいそうになって、無理くり敬語をつけたせば、おんなじように千雨さん。「ですか」と口にした直後に「いやいや」と小さく首を振って、もごっと口の中で喋ったかと思えば、デートだよ、と短く一言。

 デート? 誰と?

 

「そこで寝てる和泉とだ」

 

 さっと視線で示された先には、茶々丸さんの背で眠るアコさんの姿。

 ……あの人とデートするの? ……先生が?

 …………なんで?

 

「あー、んー、ネギ先生」

「あ、はい」

 

 黙って私達の会話を聞いていた先生が、千雨さんに話題を振られて反応した。

 ハプニングを起こしてしまったお詫びだとかなんとか。……それでデートなの? ……意味がわからない。……それは、アスナとやったものと同じ感じなの?

 

「え? アスナさ……はい、そうですね。……ん、でも、ちょっと違うかな。デートの練習じゃなくて、本番?」

「……好きなの?」

「亜子さんを、ですか? それは、生徒としてなら、もちろんそうですけど……」

 

 そうでないなら好きじゃないんだ。じゃあ、なんでデートなんて。

 だって、それは好きな人同士でするものでしょ? 生徒としてとかじゃなくて、ほんとの好き。そうでないなら、デートするなんておかしい。

 困ったように笑う先生になおも言い募ろうとすると、横合いから伸びてきた手に肩を引っ張られた。見上げれば、コタロー君。

 

「何をそんな気ぃ張っとるんや。好きかそうでないかなんて今関係ないやろ。こいつを元気づけようってだけの話やないか。違うんか?」

「いや、それであってるよ」

「ほれ」

 

 半目でめんどくさそうな声音。親指でアコさんを指して何やら言えば、先生はそれを肯定した。……デートの話はどこにいったの?

 本当に意味がわからない。何が何やらさっぱりだ。ひょっとして、私、何か勘違いでもしてる? 間違った解釈をしているの?

 体を揺らしてコタロー君の手を振り払い、考え込んでいれば、お堅いな、と千雨さんが呟くのが聞こえた。……それの意味も、よくわからなかった。

 

 

 デートだった。

 最初から最後までデートだった。

 遊園地に行ったり、少し前に委員長と回った所を順繰りに行ったり、お昼を挟んで、何かのコンテストに出たり。

 廃校舎に入る頃には、もう日も傾き始めていた。それ程長い時間、先生とアコさんがデートしていた。

 ……変な気分だ。……変な気持ち。

 それはきっと、こうしてずっと、影から先生達を覗いて後をつけ続けていたからなのだろう。

 変な事してる。私達。

 その自覚や、ストーカー染みた行動が、きっとこの胸の内にある黒い感情の正体なのだろう。

 ……いらいらする。

 せっかく、先生は、私の友達でいてくれるのに。

 他の誰かの物になったら、もう友達ではいられなくなってしまう。

 それは、嫌だな。

 でも、私が先生の事で何かする事はできないし……。先生がしたいという事を邪魔するのは、いけない事だ。

 ……この気持ちは、抱えているしかないのかな。

 やだなあ。

 

 校舎の外で、壁に背を預け、膝を抱えて地面を眺める。

 先生の事が気になってずっとくっついてきてしまったけど、そうしない方が良かったかもしれない。

 どこかで戦いに身を投じていれば、こんな気持ち悪い思いを持たずに済んだのかも。

 ……今さらな考えだ。私は、千雨さん達についていく事を選択した。結果、こんなにも気分が落ち込んでしまった。……だからなんだという話ではあるけど。

 もやもやの正体が掴めないのにはもううんざりなのに。

 楽器の音色が流れてくる中で空を見上げれば、体の中に溜まっているもやもやの一部が昇っていった。

 

 

 少しのハプニング。

 廃校舎を離れ、街中をぶらついていた先生の前に、先生が現れた。……時間を巻き戻した影響なんだって。慌てて飛び出すコタロー君達に続く。次々と現れるコタロー君二号や千雨さん二号なんかを眺めながら、私の二号はいないんだな、と思った。……この時間、私、何してたっけ。お仕事?

 不意に、あの偽者も時間を巻き戻した事による副産物……私自身なんじゃないか、なんて馬鹿な事を考えてしまった。

 そんなはずないのに、私はどうしてもあの存在を消し去りたいみたいで。そうしたら、こんな所でデートなんて眺めている暇なんてないんだけど。

 同キャラとの追いかけっこを経て(2pカラーではないけど)、ライブ会場へとたどり着く。なぜかは知らないけど、過去の先生達は大慌てで退散して行った。なにくわぬ顔でクラスメイトの下にアコさんを送り届ける先生に感心しながら、流れで私もライブを見る事になる。……チケット、先生が買ってくれたの。ちゃんと私の事も見てるんだ。……コタロー君以外のみんなに買ったのだから、私にも回ってくるのは当然なんだけど。……それでも、ほんのちょっと嬉しい。くねりと体を捩らせる半霊を見ていれば、一緒に見上げていた千雨さんが、顔が見える、と呟いた。……怖い事言わないでほしい。

 ライブが始まる。……始まったのはいいんだけど。……凄くうるさい。

 うるさくて、賑やかすぎて、噛み合わない高揚感が体を圧迫して、とにかく居心地が悪い。

 隣に座る千雨さんなんかはけろっとしているけど、大丈夫なんだろうか、こういうの。

 聞いてみたい気もして、声がかけやすいのもあるから聞いちゃおうと口を開いて、でも、歓声に声が飲まれた。こんなに近いのに言葉が伝わらない。気づいてはくれたけど、同じ言葉を繰り返し言う気にはなれず、先生を見上げて誤魔化した。そしたら、千雨さん、私が膝に乗せている半霊を指先でつついてきた。割と強めな感じ。脇腹をぐりっとされたような感覚に身を捩って千雨さんを見れば、彼女はもう舞台の方に顔を向けていて、文句を言うタイミングを逃してしまった。

 騒がしいライブが終わると、先生は私達と別れて、一人でまた時間を巻き戻しに行こうとした。

 だから私、また、ついていったの。

 ……行かなきゃよかったな。

 お昼からやり直しで、先生と二人だけでお祭りの中を歩いて、二人でハーブティーを飲んで。……カモ君もいたけど、カモ君は人じゃないからどうでもいい。

 でも、その後の事は、あんまり頭の中に留めておきたくない。

 図書館島での事。

 見たくないもの、聞きたくないもの、触れたくないものがごちゃ混ぜで押し寄せてきて、このかまでいて。

 まだ、私、なんにも整理できてないのに。私、まだ、きれいになれてないのに。

 このかは、きれいだから。

 優しいから。

 だから、傍にいると、顔を見ると、私の汚さが浮き彫りになって、私の、悪いのが全部、目の前に突き付けられるみたいで、嫌だったの。

 そんなの、自分勝手のわがままでしかないんだけど。

 このかは私を気にかけてくれる。それは、何かにそうされているからなのかもしれないけど。

 もしそうでないのだとしても、それは今の私にとって煩わしい事で、そういう風に感じたくないから、考えたくないから、距離を置きたいのに。

 考え無しに先生について回ったせいで、これだ。

 問題を片付けようとせず、解決しようともせずに目を逸らして、目の前にある楽しい事ばかり見ていたから、だから、私。

 ……このままじゃ駄目だってわかってるのに。

 こんな私では、駄目だってわかってるのに。

 ……でも。でも、このかは、私を甘やかしてくれるの。さっきだって、ノドカや夕映の事で大変そうだったのに、私にも気を向けてくれて。

 私が傍にいたくないって気持ちを抱いてるの、わかってて、私が心配だって言ってくれた。どこかに行くには、必ず誰かの傍にいなさいって、私に言った。

 このかは、このか自身が私の傍にいたいみたいだったけど……それは、今は、無理だから。

 

 ずっとついて回る悩みを抱えたまま祭りの中を一人で歩く。

 そこかしこにあふれる笑顔は、悩みとは無縁そうで羨ましいなんて考えてしまう。

 きっとそれぞれにはそれぞれの悩みがあるのだろうけど。でも、今、解決できない大きなものを持っている私には、それらすべてが嫌なものに見えて、だから、少しずつ喧騒から離れて行った。

 見つからないとわかっていながらに偽者を探す。

 何もかも全部洗い流してきれいになるには、やっぱり、偽者を斬り、何かしらの答えを得ないと駄目なんだろう。

 それだけじゃない。超さんにも話を聞きたい。

 私の話を。

 ……私の、偽者の話を。

 

 時間は無意味に過ぎて、歩き回る間に日は傾いていって。

 空が赤くなり、暗く塗り潰されて。

 コンクリートの壁に背を預け、足を止める。

 

「…………ふぅ」

 

 こんなに歩き回っても、気配の欠片も掴めない。偽者はともかく、超さんの気配すら捉えられないのはなぜなのだろう。遠いから? でも、私、結構歩いたのに。

 見つけたい。見つけて、斬りたい。話をしたい。

 ああ、ああ、できるなら、もう、何も考えられないくらい戦いの渦中に巻き込んで欲しい。

 刀を合わせたい。私の力を見せたい。あの子の力を見たい。もっと全力で、もっと、全開で。

 誰にも邪魔されない場所で、二人きりで戦いたい。

 白楼剣をなぞる。

 もう、二日目も終わる。

 これ以上、時間を浪費する訳にはいかない。情けないけど……本当は、しちゃいけないかもしれないけど。

 ……最後の手段だ。

 

「すー……はー……」

 

 胸に手を当てて深呼吸する。ドキドキ跳ねる心臓の波が手の平に伝わってきて、暖かい。

 緊張する喉に、ん、と咳払いの振りをして調子を整え、それから、誰もいない通り道に目を向ける。

 ……もし。

 もし、反応が無かったら、私、きっと、恥ずかしくて死んでしまうけど。

 きっと来てくれるって信じて、息を吸う。

 んく、と喉が鳴った。痛いくらい胸が詰まっていて、なかなか声が出てこなかったけど。

 ただ、次には、するりと言葉が出ていた。

 

 ――幽々子様。

 

 呼びかけに答えて、青い空から、青い蝶が舞い降りてきた。

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