なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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……いや、うん。
……ごめんなさい。


   小話 生まれた少女

 戦争が起きた。

 ……ううん、戦争は、昨日や今日に始まったものじゃない。

 私は、知らなかった。そんな怖いことが長い間続いているだなんて、思いもしなかった。

 だって、私の住んでいた村は、凄く平和だった。そんな怖いことを想像もできないくらい、平和だった。

 でもとうとう、その怖いものが、私の村にもやってきたらしい。

 最初私は、訳も分からないまま、ママやパパに言われるままに、おば様と一緒に街へ行くことになった。どうして急にお引越しをするのかわからなかった。どうして、ママやパパはついて来ないのか、わからなかった。

 そのことを聞いても、ママもパパも答えてくれない。だから、おば様に聞いても教えてくれないだろうと思った。

 街にあるおば様の家へ来て数日して、それでもママもパパも来ないから、私は我慢できなくなって、おば様に聞いた。

 ママとパパはどうして来ないの、と。

 おば様はあっさり教えてくれた。お前を逃がすために戦っているんだよ、と。

 ……意味がわからなかった。戦うって、何と。どうして。

 おば様は、私の髪を梳きながら、ゆっくり、戦争のことを教えてくれた。

 それじゃ、ママもパパも、向こうの国の人と戦ってるの?

 お話を聞いても、なんでそんなことをしているのかさっぱりわからなくて、そんなのおかしいから、本当は違うんだよって言って欲しくて聞き返した。

 おば様は何も言わずに私を抱きしめた。

 ……どうして?

 顔も何も知らない向こうの国の人達。私達とずっと遠いはずの人達と、なぜ、戦わなきゃいけないのか。

 戦争なんていう怖いことが、なぜ起こっているのか。

 ママもパパも、そんな怖いことをしに行っているのだろうか。

 ……私のために?

 ……私のせい?

 おば様はたしかに「戦う」と言った。

 戦うって、どういうことか、私、なんとなくだけどわかる。

 とても痛いこと。とても怖くて、血だって、いっぱい出る。

 ……なにより。

 ……なにより、楽しい……こと……?

 ……。

 わからない。

 やっぱり、わからない。

 怖いことのはず。危ないことのはず。

 なんで私、「楽しい」だなんて……。

 

 おば様になだめられて、私は自分に与えられた部屋に戻り、ベッドにもぐりこんで、考えた。

 戦うこと。戦争のこと。

 ママとパパのこと。

 そんな危ないこと、しちゃいけない。

 だって、戦うなんて……ママもパパも、怪我しちゃうかもしれない。

 そんなのだめだよ。

 だめなのに……だめなはずなのに……私のために、ママも、パパも、戦争に行ってしまった。

 

 もぞもぞと布団の中で動く。布団から腕だけ出して、頭側にある棚の上に手を伸ばす。ひんやり冷たい小さな鏡を手に取って、ようやく布団から出る。

 棚に背を預けて、鏡を覗き込んだ。

 薄暗い部屋と天井と、私が映っている。

 黒くて長い髪。緑色に光る目。浅黒い肌。目元についた小さな傷跡。

 ママに良く似ているから、私、鏡を見るのは好き。

 肌の黒さは、パパに似ているんだけど。

 ……。

 鏡よ鏡よ、なんて、いつか聞いたおとぎ話みたいなことを口に出してみる。

 そんなことしても、なんにも起こらない。妖精が飛び出してくる訳でもないし、顔が浮かんできて、話し出す訳でもない。

 だから私は、私に話しかけた。

 

『ねえ、リリィ。リリィは、どうしたらいいと思う?』

 

 リリィ。リリィ・エバンズ。

 何度か自分に問いかける。

 私はこのまま、良い子でママとパパの帰りを待つべきかな。

 それ以外にすることなんて……ひとつしか思い浮かばないけど。

 でも、もう、たくさん待ったよね?

 私、さびしい。

 だって、もう何日もママとパパの顔を見てない。

 鏡を見て誤魔化すのは、もう嫌。

 だったら、そうだね……。

 

『終わらせたらいいんだよ。……戦争』

 

 そうしたら、ママもパパも帰ってこれる。

 私のために戦う必要もなくなる。

 私が戦える。

 私が、楽しいこと、できる。

 それを想像すると心が浮かび上がるみたいに胸の中がふわふわして、私は鏡を放りだして、ベットから下りた。

 戦争は、千の呪文の男(サウザンド・マスター)……英雄が終わらせてくれる。

 おば様は、そう言っていた。

 でも、私、わかる。おば様は、嘘をついてた。

 だって、ほんとにその英雄が終わらせてくれるなら、ママとパパが戦う必要なんてないはずだし……それに、おば様、自分でも、それを疑っているような顔をしていた。

 ……だから私が。

 私が……どうにかする。

 ママとパパを助ける。

 そう思うと、もういてもたってもいられなくて、私は家を飛び出した。

 夜闇の中を風みたいに駆け抜けて、覚えている限りの道を……村への道を駆けた。

 あんなに長かった道のりが、今は短い。服をばたつかせる風の壁の外には、流れに流れて、もう何があるのかわからないくらいになっていた。

 素足のまま駆ける。

 駆けて、駆けて、たくさん走って。

 そうしてついた村は、もう私の知ってる村じゃなかった。

 あちこちの家に明るい火がついていて……あったはずの家がなくて。

 そこかしこに倒れる人に、浮ついていた心が一気に沈んだ。

 あんなに回っていた足も竦んでしまって、もう、一歩も動けなくなってしまう。

 怖い。

 酷い匂いがする。色んなものが焼ける臭い。どんより沈んだ空気。どこかで爆発する何か。空に光の線が走ると、遠くの方で光が膨らんで、次には視界が白んだ。地面が揺れて、しりもちをつく。

 ……怖かった。

 怖くて、震えて……なのに、心の中は、また浮つき始めて。

 足の震えが止まったから、立ち上がって、辺りを見回した。

 人の姿はない。なのに、家の向こう、壁の向こう、どこかで何かが動き回っている。

 時折り耳障りな甲高い音と、人の声のようなものも聞こえて……これが、戦争なのかと思った。

 再び甲高い音。ふと、傍にあった家が、その上半分をずるずると滑らせて崩れた。かと思えば、爆発する。弾け飛んだ瓦礫が私めがけて吹き飛んできて――。

 

『っ!』

 

 思わず目をつぶって、自分を庇うようにしてしゃがみこむ。何か、別の動きをしなきゃいけなかったような気がしたけど、わき上がった恐怖には勝てなかった。

 だから、きっと私は瓦礫に押し潰されて、ぺちゃんこになってしまうのだろう。

 

『……?』

 

 そんな風に自分の末路を想像していたのに、いつまで経っても衝撃が来ない。おそるおそる、顔の前にやった腕の隙間から外を見れば、崩れた家の方に瓦礫が飛んでいって、がしゃんとぶつかるところだった。

 ……???

 何が起きたのかわからない。

 わからないけど……私、助かったのかな。

 止めていた息をはーっと吐いて、服の裾を握りながら立ち上がる。

 ……ママと、パパを探さないと。

 きっとどこかにいるはずだ。どこにいるのか……は、なんとなくわかった。

 向こうの方。そう遠くはなくて、でも、そっちの方向には、今でも変な音や光が瞬いたりしている。

 そっちに行かなきゃいけないのかな……。

 ママとパパに会うには、怖くても、行かなきゃいけない。

 裾をぎゅっと握って怖がる心を抑える。しばらくそうしてから、歩き出した。

 でこぼこ道を歩き、瓦礫の山を登って、屋根の上を通って、その向こう。

 人がいた。

 それも、二人。

 そしてそれが、音と光の正体だった。

 鈍く光る細長い棒みたいなのを振り回してぶつけ合う、そっくりな女の子。

 珍しい白い髪に目を奪われていると、女の子達は、お互いを棒で貫き合って止まった。

 相討ち。

 ……いや、棒の刺さった位置が、それぞれ違っている。胸かお腹かの違い。

 胸を刺された方が崩れ落ちると、棒が抜けて、お腹を刺された方も、よろよろと数歩歩いた場所で倒れてしまった。

 ……見ている場合じゃない。

 口元を抑えていた手を服の裾に戻し、辺りを見回す。

 暗がりのどこか。家と家の合間。瓦礫の山の傍。

 ……いた!

 

『パパっ!』

 

 屋根を蹴って、一息でパパの下まで跳ぶ。地面にぶつかるように着地すると、足全体が凄く痛くなって、変な声が出た。

 自分のことは、今はどうでもいい。かぶさるようにパパの肩を掴んで揺さぶる。必死に声をかけても、パパは目をつぶったまま動かなかった。割れた眼鏡がずり落ちるだけで、何も反応してくれない。

 でもきっと、このまま揺らし続ければ、目を覚ますはず。いや、絶対に覚ます。

 ……起きてよ、パパ。

 私、来たのに……ここまで、来たのに……ほら、パパが起きてくれないと……帰れないよ……?

 怒ってもいいから……起きてよ。起きてよ……!

 

『パパぁ……!』

 

 揺らす手が弱まり、やがて、落ちる。

 無駄だって、思ったからじゃない。

 手が止まったのは、パパよりもっと先の暗がりに、ママを見つけたから。

 ……体のないママを見つけたから。

 

『ぁ……う、そ』

 

 うそ。

 うそ、うそ、うそ……。

 なんで、なんでママの頭が……あんなところに転がって……。

 

『――!』

 

 胸を突き破るような苦しさが喉までせり上がってきて、反射的に両手で口を押えた。でも、押さえきれなくて……熱いものを、パパの上にぶちまけてしまった。

 苦しくて、息ができないのに、また痛いのがこみあげて、もう一度吐く。

 げほごほと咳き込むと、喉に張り付く痛みがあって、嫌な臭いが鼻を刺した。

 

『うぁ、あ』

 

 目の前のものを押しやる。

 こんなの、うそだ。

 だって、なんで、こんな……おかしい。おかしいよ……!

 ……うそだ。

 きっと、私、何か、間違えちゃったんだろう。

 パパとママを、探しに行かなきゃ……。

 足の感覚が無くて、立ち上がるのに少し時間がかかった。

 立って、気付く。足下に転がる何かに影がかかっている。私よりもっと大きいもの。……誰かの影。

 体が震えた。

 振り向きたくない。

 振り向いたら、きっと私、ママと同じになってしまう。

 パパみたいに動かなくなってしまう。

 やだ。やだ、こわい、こわい、こわい!

 

『……』

 

 怖いのに、振り向きたくないのに、どうしてか私は、ゆっくりと振り返っていた。

 ……男の子が立っていた。

 さっきの影よりずっと小さくて、でも、私よりは大きい男の子。

 不思議な光を纏う黒い杖を手にした、赤毛の子。顔は真っ暗でよく見えない。

 けど、頭の中で色々が混ざり合って、それが、今日聞いた"英雄"なのだとわかった。

 ……英雄?

 ほんとに、英雄なの?

 ……英雄なら……なんで、ママとパパを助けてくれないの?

 

『――――』

 

 男の子が早口で呟いた。

 聞いた事のない言葉。何か、不気味な響きを持った言葉。

 すっと光の杖を向けられた。宝石みたいな石が嵌まった杖の先端。×の字を描くみたいに回る二つの光の玉。

 こんな時なのに、私はそれに見惚れてしまった。

 もっと他に、何かやらなきゃいけないことがあったかもしれないのに。

 何か、言わなきゃいけないことがあったかもしれないのに。

 

『vita et mors et rege――』

 

 歌うように、何かの言葉。

 強い光が杖から放たれて、私を飲み込む。

 急に眠気が襲いかかってきた。

 膝や腕から力が抜けて、頭の中がぼーっとして。

 

 ……あれ。

 私……。

 わたし…………。

 ……わたしって、だれ、だっけ……。

 

 

 ひらりと、どこかに青い蝶が舞うのを見た。

 

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