屋外フードコートの中央付近。
机や椅子が無い不自然に空いた場所に、ボロボロの衣服を纏った少年が立っていた。ネギ・スプリングフィールドだ。
つい先ほど姿を消した三原秀樹の不思議な力によって火だるまになったネギは、自力で術を解いたは良いものの、服は焼け焦げ、腕や足の至る所に火傷を負っていた。
ネギは、肩で息をして、自身から立ち上る焦げ臭さを感じながらも、数度深呼吸を繰り返して息を整えると、それぞれの無事を確認するために周囲を見回した。
すぐ目の前の机の傍にうつ伏せで倒れる桜咲刹那。椅子に座ってぼーっとしている近衛木乃香らしき少女。背後には、これもうつ伏せで倒れる神楽坂明日菜と、それに重なる早乙女ハルナに、立って見下ろす綾瀬夕映。傍には宮崎のどかがぼうっとした顔でどこかを見ていた。
「ん……」
「はれ……」
僅かに痙攣するアスナを眺めていたネギは、セツナとこのかの声を聞いて、アスナさん、と口の中で呟いた。あんなにくすぐられて大丈夫なのか。そんな心配をしつつも、体はこのか達の方へ歩み始めていた。
思考と行動が一致しない。脳が燃え尽きてしまったように鈍い。焼け焦げて固まった衣服が肌に擦れてこそばゆい。五感が訴えるちぐはぐさに混乱しつつも、ネギは、手をついて立ち上がろうとするセツナに手を貸し、立ち上がるのに協力した。
「う……わ、私は……いったい……?」
頭を押さえて緩く頭を振ったセツナは、自分がどうして倒れていたのかを思い出そうとしながらも、肩を貸すネギに目を向けて、その様相にはっとした。
敵だ! 私は、戦っていた!
「ネギ先生! 奴は!?」
「わわ! お、落ち着いてください刹那さん! えと、あの人はもうどこかに行っちゃいました」
がば、と両肩を掴まれたネギは、慌てて刹那をなだめながら素早く事情を説明した。あの人は、自分達に手をかける事なく姿を消した。『妖夢』を……三原深月を連れて来いと言い残して。
セツナに説明する傍ら、ネギは秀樹の言葉の意味を考えていた。あの言い方では、まるで僕達に妖夢さんをどうにかしてほしいみたいだった。だとするなら、彼の目的はいったい……?
「……ほえ」
「はっ! お、お嬢さ……ま?」
説明の後半になるにつれて難しい顔をし始めるネギに、どうしたのかと声をかけようとしたセツナは、後ろで聞こえた寝ぼけ声に俊敏に反応してばっと体を反転させた。秀樹は何度もこのかに触れようとしていた。それを守るためにセツナはこのかの傍に留まっていたのだ。自分が気を失っている間にお嬢様にもしものことがあったら。振り返りの一瞬によぎった不安の波。果たして、セツナが守ろうとしたこのかお嬢様は、傷一つなく無事だった。
「ん……あや、ウチ寝とった……?」
「こ、このちゃん……!?」
ただし、八年ばかり昔の姿に戻っている事を除けば、だ。
半目を指で擦りながら顔を上げたこのかは、まさしくセツナがかつて京都で初めて会った時のこのかそのものだった。あまりの現実味の無さに一瞬昔の呼び方に戻ってしまったセツナは、すぐに正気を取り戻してこのかの前に片膝をついた。守るべきものを前に素早く平静を取り戻し、神妙な顔つきでこのかを見上げるセツナは、さすがと言えた。
「お嬢様、お怪我は!? 体に違和感などはおありですか!?」
「んー……? なんや、ようけ寝てたよーな気がするんやけど……ううん、体……体は軽いなあ」
「軽い!? そそそれは大変ですすぐ病院に!?」
……平静を装っていただけで、まったく冷静ではなかったようだ。
ぼうっと答えるこのかのなんでもない内容にさえ取り乱してあわあわと腕を振るうセツナの様子を不思議そうに眺めたこのかは、ふと自分の手を見て、体を見て、「あ、縮んどる」と、自分の身に起こった事を口に出した。しかしこのかにとって、それは特段驚く事ではなく(まだ眠気がとれていなかったのと、前に年齢詐称薬で体の伸び縮みを体験した事があったのが原因の一つかもしれない)、大慌てで、しかし何かを気遣ってか自分には触れようとしないセツナを眺めてほんのり心を暖め、それから、セツナの後ろで何をするでもなく立っているネギを見つけ、その姿に目を開いた。
「せっちゃん、せっちゃん」
「いやここは私が見るべきかもいやでも私などが見るべきではいやでも医者に見せるのもいやでも……はっ!? は、ははっ、い、如何なさいました? あ! ど、どこか痛みますか!?」
「んーん、全然へーき。それよか、ネギ君がボロボロなんやけど……何があったん?」
「は、そ、それは……」
どんどんヒートアップして一人で盛り上がっていたセツナは、このかの問いに冷や水を浴びせられたかのように口をつぐんだ。うつむきがちに頭を下げ、どう伝えるべきかと考えを廻らせた。
いったい全体お嬢様はどうしてこうなって、そしてどこまで覚えておられるのだろう。
セツナの脳裏に、
それを忘れているなら改めて伝えるべきか。しかしそうすると、お嬢様を二度悲しませることになる。でも伝えないというのは不義理だ。一瞬では決められない難題に頭を悩ませるセツナの前で、とうのこのかは膝に乗せた鞄からよいしょとパクティオーカードを取り出し、「
「ん、せっちゃんは怪我はなさそうやね。どっか痛いとこない? あったらゆって? ほら、ネギ君もおいでー。ウチがぱぱっと治したるからな」
「……お嬢様」
「このかさん……」
ふりふりと閉じた扇を振りつつ笑うこのかは、一見いつもと変わりないように見える。だがセツナもネギも、そこに若干の陰りを見て、彼女が決して受けたショックを忘れてはいない事を察した。
このかが左手に持つアーティファクト『
「ありがとうございます、お嬢様」
「ありがとうございます、このかさん。その……」
落ち込んでるのに。
その言葉をどう表現していいかわからなかったネギが続きを言えずにいると、このかは緩く首を振って、ええよ、気にせんで、と笑った。
「ウチが落ち込んでてもしゃーないな。今は妖夢ちゃん……妖夢ちゃん? の方が心配や」
「……そう、ですね。よう……妖夢さん、どこに行っちゃったんだろう」
今度こそいつもと変わりない笑顔を見せ、それから深月を心配するこのかに、同調するように頷くネギ。
二人ともが、あの銀髪の少女の名前を言おうとするたびに言葉を詰まらせてしまう。どう呼んでいいのかわからない。本当の名前で呼ぶべきなのか。それは彼女にとって良いことか悪いことか。それを抜きに考えても、呼び慣れた名前以外で呼ぼうとするのはどうにも抵抗がある。
二人のやりとりを黙って聞いていたセツナも、それは同じだった。妖夢妖夢と幾度も口にした名前が偽名だったとは露とも思わなかった。だが、ネギとこのかよりは、それに対する抵抗はなかった。裏の世界に偽名を持つ者は珍しくないのだ。それにセツナも、ある意味では
それを心構えも無く暴かれた妖夢に大いに同情したセツナは、このかを見て、自分の時と同じように、ちゃんと受け入れてやらねば、とかたく誓った。しかしその前に、大きなショックを受けているであろう彼女を見つけ出し、話をしなければならない。それができなかった場合、もしかしたら、彼女は自らの命を……。
過去に幾度も想像した自分の末路と今の妖夢を重ねたセツナは、胸の内で増大する焦りに任せて二人を促そうとして、ふと背後に気配を感じた。
「わ・た・し・は心配じゃないってーの~?」
「うわあ!? あ、アスナさん!? あっ、痛い! 痛いですよアスナさん! 頭掴まないでくださ、いやいや、もちろんアスナさんのことも心配でしたよ!」
「へーそう。『アスナさん……』とか神妙に呟いときながら無視しといて、そんなこと言っちゃうんだ」
「あ、アスナさん、それくらいに……」
復活したアスナがネギの頭を掴んで揺するのを見かねてセツナが止めると、言い募ろうとしていたアスナはむぐと口を閉じた。ネギを責める成り行きではないことはわかっているアスナだったが、そこはまだ中学生というのもあって、呑み込めない感情を持て余してしまう。情けなくも早々に戦線離脱してネギに守られた自分よりも、心配するべきはくすぐられただけの自分以外。しかしどうにも納得がいかない。それが何かはわからずとも、そういった怒りのようなものはわきあがってくる訳で。
ぐり、とネギの頭に肘をねじ込んだアスナは、それで全部おしまいにして、奮闘したパートナーを解放した。他に色々気にしなきゃいけない事があるし、ここまでにしとこ。そう思ったものの、袖に残る焦げた服の破片や、ネギのぼさぼさ頭を見て、また無茶したでしょ、と問い詰めたくなった。涙目で頭を押さえるネギはそんな事も露知らず、酷いですよぅ、と弱々しく呟いていた。
「あ、そんなことより、アスナさん! 他のみなさんは……?」
「ん。みんな無事? よ。なんかぼうっとしちゃってるみたいだから、とりあえず椅子に座らせておいたけど……ねえ、あれ、治るのかな」
「ううん……近くで見てみないことにはなんとも……」
秀樹に操られていた三人の事をネギに伝えたアスナは、語る内にことの深刻さに気付き始めて、不安そうに聞いた。だが、それはネギにもわからないことだった。魔法ではない超常の技術。そんなものは見た事がなかった。
「呪術にもあのようなものは……その、私が未熟故に知らないだけかもしれませんが、少なくともああも自在に人を操る術など、聞いたことも……」
力にたてない事を不甲斐なく感じているのか、眉を八の字にして自分の知るところを伝えるセツナに、ネギはいっそう難しい顔をして考え込んだ。
俯かせた顔をつつき合わせる三人に、椅子から下りた幼このかがちょこちょこと近付いて行き、アスナの周りをぐるりと回って傷が無いか確かめた。
「んー、アスナも怪我しとらんね。おしまい、と」
「ひゃ、ん? このか!?」
「なんやアスナー、ウチが見えとらんかったんか」
視界に入っていなかったのか、ようやっと小さくなったこのかを認識したアスナが、「えええ!」と驚きの声を上げた。しかし、このかがなんでもないようににこにこしているのを見る内に落ち着きを取り戻して、大丈夫なの? と問いかけた。
「ん。なんともないよ? けど……」
「けど?」
「けど!?」
あごに指を当てて考える素振りを見せるこのかに、どこか悪いところがあるのかと心配するアスナ。その後ろからは同じく心配したセツナが大袈裟に身を乗り出した。
「妖夢ちゃんのお兄さん、なんでウチをこんなにしたんやろなあって思って」
「あー……なんでだろ?」
「目的が見えませんね。お嬢様をこのようなお姿にして、彼になんの利益があるのか……」
「なんでやろなあー」
今度はこのかも交えて考え込む三人に、それなら、とネギが手を挙げた。炎に巻かれながらも、ネギの耳には彼の呟きがしっかりと届いていたのだ。
その内容を伝えると、それぞれ首を傾げて、面影? と同時に言った。
深月が母の面影をこのかに重ねている。そう言われてみると、なんとなく、深月のこのかへの態度や懐き方がそんな風に見えて、アスナやセツナは納得したように頷いた。このかはといえば、それはなんとなく感じていたことで、改めてそう聞かされても、今は拒絶されたことしか思い浮かばず、表情を暗くした。が、それも一瞬のこと。「それともう一つ、気になることがあるのですが」と真剣な目をするネギを、いつもと同じ柔らかい表情で見上げた。
「秀樹さん、誰かと話しているみたいだったんです。初めは……何か、別の事をしようとしていたみたいだけど、そうやって誰かと会話すると、杖を戻してこのかさんをこの姿に変えたんです」
「誰かって、誰よ……ま、まさか、幽霊だとか言うんじゃないでしょうね!?」
もう一つのことをネギが話すと、すかさずアスナが答えた。アスナの言った幽霊とは言葉の綾で、実際にはあの暗い影や、彼の発する悍ましい雰囲気、死人のように白い肌や、魔法ではない何かを操る不気味さを総合して出てきたのが、その単語だったのだ。
なにより、秀樹の持つ黒い影と似たものを発する深月が、時折何もない空間と言葉を交わすさまを何度か見る機会があったアスナにとって、深月の雰囲気も込みで黒い影=幽霊という印象を抱いていたのだ。ちなみに本物の幽霊である相坂さよへのアスナの認識は『朝倉和美の影の薄い友達』である。幽霊という認識はいつの間にか消えていた。はたしてさよにとってそれは良い事なのか悪い事なのか。
「念話、という線は無いでしょうか」
「ねぇな」
セツナの言葉は、ひょこ、とネギの肩に登ってきたカモによって否定された。
「俺っちはそこら辺感知できるんだが、そーいう気配は微塵もなかったな。隠蔽している風でもなかった」
「むむ……そうなると、あれはいったいなんだったんだろう」
「ただの独り言とかじゃないの?」
「言い方は悪いですが、そういった
「妖精さんと話してたのかもしれんな~」
三人と一匹が真剣に話す傍らで、アーティファクトをカードに戻して元の衣服に戻ったこのかがぽつりと投げかけた言葉は、誰の反応も得られなかった。ぽやんとした物言いだったために、真面目に受け取られなかったのだ。考えの外に出てしまったその言葉が、しかしまさにその通りだと彼女達が知るのは、そう遠くない未来になるかもしれない。
◆
「おー、ネギ君戻って来たよー」
「あ、せ、
「む、すみませんみなさん。先に頂かせてもらってます」
操られていた三人が心配だということで会話を切り上げ、四人と一匹が彼女らの下へ戻れば、先程までの事がなかったかのように食事を再開していた。元々あった料理はとうに冷めていたためか、新たに注文したものである。
なぜこんなにも暢気なのかは、未だに洗脳紛いの呪術が継続しているからだと判断したネギは、一言断って、一番そばにいた夕映の症状を確認した。自分の額に手を当て、夕映の額に手を当てるという、まるで熱を測るかのような手法。
魔力の流れが自分とまったく変わりないことを確認したネギは、振り返って首を振った。それはネギではこの状態をどうにもできない事を表していた。
僅かに顔を赤くした夕映が不思議そうにネギを眺めるのを見上げていたこのかが、再度パクティオーカードを使用して、状態異常を治療する効果を持つ
「これは……んんっ。失礼ですが、このかさん。これは、ひょっとして私を治そうとしてくれているのですか?」
「んー、そのつもりやったんやけど、これでも無理みたいや」
目を瞬かせて尋ねる夕映に、扇をパクティオーカードに戻しながら、申し訳なさそうにこのかが答えると、だいじょーぶだいじょーぶ、とハルナがコップを揺らしながら笑った。
「洗脳はもう解けてるみたいだよん。いちお記憶もあるんだけど……でもなんかね、実感わかないっていうか」
「あのー……お、お役にたてず、すみません……」
「私もそうですね。あっさり意識を奪われたどころか、邪魔立てまでしてしまうとは……猛省です」
口々にネギ達に謝罪するものの、どうにも感情が乗っていない。ネギには本当に『洗脳』が解けているのか判断できなかったが、アスナはそうでもないらしく、表情を明るくすると、よかったじゃん、とネギの肩を叩いた。このかやセツナもほっとして表情を緩ませている。
「むむむ……エヴァさんの別荘でやったことはなんだったのでしょう……そう考えると、悔しさがこみ上げてくるです……いえ、相手が格上だったのですからしょうがないですね。などと自分を慰めてみても、ああ、しかしやはり魔法を修業した身としてはああもあっさりと――」
「ゆえー……? ああ、ゆえがトリップしちゃった……」
「なはは、いんじゃない? もともとそれが目的でこうやってご飯食べてるんだしさー」
ぶつぶつと早口で先程までの戦闘での自分の姿を客観視する夕映をのどかが心配し、ハルナがわざとらしい大袈裟な笑いを交えて許容する。彼女らも彼女らなりに洗脳されていた状態から復帰しようと奮闘していた。
ネギが、それはどういうことかと問えば、こう説明される。
「やっちまった記憶はあるんだけどさー、そこに感情が伴ってないんだよねえ。悪い事したなあと言葉では思えるんだけど、全然悪いと思えないっていうか……ああでも、さっきから何度も悪いなって思ってたら、ようやく実感わいてきたよ。ごめんねアスナー。大丈夫?」
「あ、や。大丈夫だけど」
「そ。いやー悪かったねー、あっはっは」
あ、殴りたい。
感情が伴わないと説明を受けていたにも関わらず、他人事のようにからから笑うハルナを前に拳を握るアスナ。今にも「ギタギタよ」と言い出しそうな表情だったものの、セツナとこのかに宥められて落ち着きを取り戻した。しかしアスナの胸の内に灯った復讐の炎はそう簡単には消えなかった。きっといつかくすぐり返してやると誓って――。
などとは思っておらず、純粋に友人を心配するアスナであった。
話は深月のことへシフトしていく。とはいっても、話し合うまでもなく全員の意見は一致した。ひとまず彼女を探し出し、話をする。クラスメイトに助力を乞い、手分けして探す事で方針を固めたネギらは、密に連絡を取り合うことを重ねて言って、解散した。アスナ、このか、セツナ、のどか、夕映、ハルナの六人はそのまま心当たりのある場所へと向かって行った。一方ネギは、事の次第を学園長へ伝えるために携帯を片手に世界樹前広場へと向かっていた。
深月を連れて来いと言われたネギだったが、真正直にそれをするには、いささか秀樹の存在は不気味すぎた。大人しく待っている姿が想像できなかったのである。一般人への被害が出ないかと不安や焦燥を募らせるのも無理はないと言えるだろう。いっこうに繋がらない携帯の画面を見たネギは、広場が近付いている事もあって、いったん携帯を閉じ、スーツのポケットに仕舞った。ひとまず先に秀樹がどうしているかだけでも確認しようと広い階段を昇ろうとして、しかし、その足はある一定の位置から動かなくなってしまった。
「こ、これは……?」
「結界だ、兄貴。これも魔法じゃねえな」
本能的な忌避感に踵を返したくなる衝動を押さえながら、上方の広場を見上げるネギ。今立っている場所からでは広場の様子は窺えない。ならば、と杖を引き寄せて飛翔すれば、巨木の前面に広がる憩いの場には人っ子一人いなかった。
「人払いの類かな」
「少なくとも、カタギに手を出す気はねえってことか……?」
肩に乗るカモと短く言葉を交わしたネギは、再度広場を見下ろして、広場の中心、最奥に立つ秀樹の姿を認めて、ごくりと喉を鳴らした。先程見た時には見つけられなかった。その事実が異様に恐怖心を煽る。この距離でもわかる異質な空気。未だ黒いドレスを身に纏った少女のような男は、錫杖を片手にじっと空を見上げて佇んでいた。人がいないことも相まって神秘的ともいえる光景。一枚の絵画を眺めているような、そんな感覚。フードコートで対峙した時には覚えなかった彼と自分とのズレ。秀樹とネギとでは決定的に何かが違っている。それはネギに限定する事ではなく、アスナやこのかや、果ては今ネギが見ている世界樹や広場の床、ベンチなどとも彼との隔たりを感じた。
もやもやとしたものを胸に抱きつつ、ネギは強く目を瞬かせて秀樹から目を逸らした。霧のように取り巻く闇の中では、彼の美しさはいっそう映えて、一種神々しくさえあった。直視し続けていればどんどん胸の中のざわめきが大きくなっていって、いずれは自分を飲み込んでしまいそうだとネギは感じた。それに伴う焦りや恐怖は、心も頭も食い尽くしてしまいそうな勢いがあって、それを抑え込むだけでネギの体力は加速度的に消耗していく。だからこそ他のことに気を回そうと秀樹の視線を追ったネギは、その先に輝く太陽を見つけて反射的に顔を背けた。強い光を見続けるのは、秀樹を見続けるのとはまた違った意味で難しい。彼はよく見ていられるものである。しかし太陽を見て何を思っているのだろうか。ネギにはその意図はわからなかったが、少なくとも秀樹がそこから動き出し、人々を襲おうとするなどとは思えず、袖で鼻元を擦った。ガサガサとした硬い布の感触が鼻をくすぐる。一つの懸念が晴れたネギは、再度懐から携帯を取り出しつつ、深月の姿を探すために麻帆良の空を飛んだ。