でも、それを語るには結構な話数が必要になるわけでして。
とりあえずは、新規の小説の第一話を読むような感覚で読み始めていただければ、と思います。
※追記
この五十八話から七十四話までのお話はかなり拙いものになっています。
また、個人的な都合により七十四話後半は駆け足の箇条書きとなり、多くの人にとって読めたものではないかもしれません。
そのため、そういったものが許容できない人はもちろん、時間が無い人や、真というキャラクターに興味を持てない人は、七十五話、または七十六話から読んでいただく事を推奨します。
あらすじ
十三歳の賀集真は、大切な妹・瑞希と二人だけで暮らしていた。ケーキ屋で働く事になったり、店主の趣味に巻き込まれたりと穏やかな毎日を過ごす中で成長していく。ある日、古書店に立ち寄った際に見つけた同人ゲーム『東方project』を手に取った真の前に、金髪の美女が現れた。「あなたは、それに関わらない方がいい」……自身の人生を左右する予感に、真は――。
第五十八話 あに、いもうと
1990年9月13日、大分県
早熟で賢く、愛想も良いと評判で、小学校ではみんなの中心とまではいかずとも、何か催しがあると、彼をリーダーに推薦する声はよく上がっていた。同年代よりも成長が早く、落ち着きを持った彼を好く人間は多かった。
8歳の春、妹が生まれた事で母親が体調を崩し、父方の叔母を頼り、千葉県長生郡に移り住む。妹は
一年を通して母親の体調が安定し、床から抜けられるようになる頃には、父親の仕事も一段落つき、共に過ごす時間が増える。父親の転職をきっかけに佐伯市に戻り、真はかつて通った小学校へ転入した。
12歳の冬、母親の兄弟の一人が急死。4歳になった瑞希と共に叔母の下へ預けられた真は、親から離れぐずる妹をあやしながら両親の帰りを待った。
だが真の両親は二度と帰ってくる事はなかった。車同士の事故で二人ともが亡くなった。真にとって初めての葬式は、小さく執り行われた。前日に血縁が亡くなっているのだ。少ない縁者はほとんどがこちらに来れなかった。
慌ただしく人の行き来する中で、何が起こっているのか理解していない妹を抱きながら、真は不吉な言葉を耳にした。兄が亡くなったと聞いて飛び出した母と父だったが、実は兄だけでなく、そのまた兄夫婦までも亡くなっていたのだ。
集まっていた縁遠い親類達は、次々と倒れる血縁に不安を隠しきれず、暗い雰囲気は瞬く間に伝播していった。そんな不安を敏感に察知して泣き出してしまう瑞希を、どうにかなだめる事に成功して一息つく真。だが、不幸はそれだけに終わらなかった。
子の夫婦を亡くして精神を病んだ叔母が病院に運ばれ、そのまま入院する事になった。真と瑞希は、母方の姉夫婦に預けられる事になった。
手続きを踏んで迎えに来た姉夫婦は善良そうで、真は安堵した。気丈に振る舞ってはいても、近しい人を次々と失ったショックはなかなか消えなかった。
新しい家へ向かう車の中、人見知りをする瑞希に優しく言葉をかけてやりながら、気を遣ってかあまり言葉をかけてこない姉夫婦を見る真。嫌な顔一つせず、笑顔で自分達を迎え入れてくれた彼女らの第一印象は良かったはずだ。しかし真は、バックミラー越しに自分達を見る大人の目が不気味なものに見えて仕方なく、怯えを隠す為に瑞希を抱きしめて眠った。
その数日後、姉夫婦は旅行と称して家を出、それ以来戻ってこなかった。転校の手続きは書類だけで、学校に行く事はできなかった。この場合にとる行動は何が正しいか。警察に電話するか。親類の連絡先を見つけ出して連絡する事か。真には、そのどちらも選べなかった。
いつまで経っても両親が帰って来ないと泣く妹をあやすのでせいいっぱいだった。幸い姉夫婦は出ていく前に多大な金を残していった。それが手切れ金である事をどこかで察しながらも、真はそれを使って生活を安定させ、姉夫婦の帰りを待つ事にした。いかに聡明な真とはいえ、子供の心に積もった死の印象は深い傷を残し、誰を頼ればよいのか、そもそも助けを求める事が正しいのかさえ判断できなくさせていた。
卒業間近だった小学校や、中学校に通えない事を嘆く暇はなかった。金を管理し、自分達に何が必要かを判断し、その日の家事を一手に担い、妹の世話をする。とても、学校に通う暇などなかった。
真がずっと傍にいて声をかけ続けたためか、瑞希も今自分達がどんな状況に置かれているのか、両親はどうなったのかを薄く認識し始め、ただ一人自分を守ってくれる真の手を握って離そうとしなくなった。
家の中にいさせてばかりでは気が滅入るだろうと、時間を見つけては近くの公園や図書館に足を運ぶ日々。近隣の住人には時折真らを心配して近づく者があったが、そのたびに瑞希が怯えて泣いてしまうと、真はすぐさま家に連れて帰って、彼女をあやす事に専念した。
図書館から借りてきた本で勉強し、学校の代わりとしながら、妹にも小学校相当の勉強をさせる真。他に何をすれば良いのかわからなかった。ただ、体を寄せ合い、一つの机で、つきっきりで勉強を教える事は、何より妹の笑顔を引き出す事ができた。その事に、妹以上に安心していたのかもしれない。
両親の死も叔母が病むのも、姉夫婦が出ていくのさえ、見ているだけで何もできなかった真は、それを心のどこかでずっと重しにしていた。自分が何かできていれば、それこそ何かが変わっていたかもしれない。何度もそう思った。成長するにつれて暗く無愛想になっていく真には、もう両親がいた頃の面影はなかった。
そんな真でも、瑞希と笑い合う時ばかりは年相応だ。もっとも近しく、もっとも心を開ける者。妹である瑞希以外に、そんな人間はいない。真はそう確信していた。
人見知りの激しい瑞希ではあったが、聞き分けはよく、真の言う事ならば何でも聞いた。まだ母が生きていた頃に、『お兄ちゃんの言う事をちゃんと聞きなさい』と怒られた事が効いているのだ。
時間が経てば経つほど、二人は仲を深め、また現実を受け入れていく。いつの間にか瑞希は、進んで真の手伝いをするようになっていた。
◆
そんな生活を続ける事一年。来るべき組織が来る事はなく、誰かが手を差し伸べてくれることもない。姉夫婦の帰りを待つのも諦めていた。というのも、自分達に姿は見せずとも、何度か姉夫婦は帰ってきていたらしいのだ。それが自分達をこのままにするための偽装だというのはわかっても、真にはもう、文句を言おうだとか誰かを頼ろうだとか、そういった考えはなくなっていた。
自分と妹。その二人だけで世界は完結するのだ。定期的にポストに投入される封筒のために金欠の心配はなく、自身が成長し正しくあれば、衣食の心配もない。
料理も洗濯も掃除も、間違いや失敗を重ねようと、やらない訳にはいかなかったから、上達は速かった。
とはいえ、料理本は数種類しかなく、料理のレパートリーは少ない。瑞希はあまり文句は言わないが、それでも不満そうに料理をつつく事もあった。
(……どうしようか)
夏の日差しが降り注ぐ中、真は薄手の服に身を包み、小さなバッグを肩にかけて外を歩いていた。近代的な店や建物が建ち並ぶ、道路にも面した道。人もそこそこ行き交う。駅が近いためにここは賑やかだ。
いくらか視線が集まるのを自覚しながら、あえて無視しつつ、思考に集中して歩く真。自分の容姿が人の目を引くのはわかっていた。13歳になると、成長期真っ盛りで、身長は既に160を越そうかというところまできている。艶やかな黒髪は、どこまで伸びるだろうかという興味から長く伸ばし、一つ結びにしている。すらりとした細身の体は程良く肉付いていて魅力的だ。白い肌は思春期特有の吹き出物やシミなどとは縁がなく、整った目鼻立ちをさらに目立たせている。子供の頃よりいっそう大人びた顔は、既に自立しているのと同じ彼の境遇のためか、彼を実年齢よりも上に見せていた。
もはや彼に声をかけるのは、子供が一人や二人だけでいるのを心配しての事ではなく、その容姿に引かれて来る者が大半だった。それも、異性も同性も同じくらいの割合で来るから、時折真はうんざりして、容姿を変えようかと思い悩んでしまう。
なよなよした見た目の今より筋肉のついたガタイの良さが必要か。今時黒髪などにしたままにせず、他の若者同様金や何色かに髪を染めるべきか。……なんて。
自分を変えようと考えを巡らせると、いつも一定のところで思考にストップがかかる。
変えてなんになるというのだ、バカバカしい。
なんの関わり合いもない誰かのために自分を変えようというのは、真にとってこの上なく馬鹿らしい話だった。そんな事をするくらいなら、自分の興味のままに髪を伸ばし、それを弄るのが好きな妹に任せ、ファッションも姿形も、何もかも自分の基準で決めた方が良い。だいたい、筋肉のついた男を真はあまり好いていなかった。野蛮さだとか凶暴さだとか、そういった恐怖が先に立つのもある。筋肉って固そうでいやだし……などと、わりとてきとうな感じで嫌っているのもある。かといって普通の男を好きという訳でもない。ちゃらちゃらとした奴も、だらしない奴も、等しく嫌いだ。声をかけてきた際、誘いを断ると強引に連れて行こうとする奴はもっと嫌いだった。
そもそも真は男なのだから、同性を好きになるはずもない。……そういった意味での『好き』でないなら、真はスーツ姿の男性を好いていた。そういう格好の人間には落ち着いた人間が多いからだ。この街で過ごしていて、たいてい真を少しばかり助けてくれたのは、そんな大人達だった。
では女性はどうか。
中性的な容姿を持つ真は、下は中学生から、上は大学生辺りまでと幅広く声をかけられる。普通、どんなに美人でもこう頻繁に声をかけられたりはしないのだが、真は自分に話しかけられると、嫌だと思っていてもいちいち立ち止まって話を聞いてしまう癖があるので、クールで近寄りがたい印象とは違って話しかけられやすかった。ナンパだけに限らず、客引きや街頭配布なども含めてだ。
嫌なら無視して進めばいいなどという考えは真には無いのだ。もう少し年を重ねれば、自然と学ぶか、心底うんざりして無視する事を覚えてしまうかもしれないが。
女性に誘いをかけられると、真は男性に対するよりも幾分丁重に断る。女性は丁寧に扱わなければならないからだ。その認識はいったいどこからきたのか……。真自身よくわかっていないが、丁寧に断れば相手もあまり気分を害したりはしないので、そうしていた。
断る理由はもちろん、妹だ。
5歳になった瑞希は一人で留守番ができるようになったとはいえ、まだ幼い。そんな彼女を長時間一人にしておくのは不安だった。
それに、妹を放って自分だけ遊ぶなど、許されるはずもないと思っていた。
とはいえ、真には外で遊ぶなどといっても、行き先は公園くらいしか思いつかない。つまり彼に誘いをかける男性や女性達は、たとえ成功しても短時間強制的に童心に帰らせられるだけなので、失敗した方が幸せなのだ。
今もまた、サングラスをかけた外国人風の女性をあしらった真は、バッグを肩にかけ直しつつ、溜め息をついた。今の女性はなかなかにしつこかったのだ。訛りのある日本語でお茶だけでも、とか、ここらに来るのは不慣れなので案内が欲しいの、とか、謙虚だったりお願いだったりと手を変え品を変えて攻撃してくるので、危うく真は、初めて誘いを受けてしまうところだった。横合いから来た変な男が、じゃあ俺が、と名乗り出ると、気分を害したのか女性が去っていってしまわなければ、そうなっていたかもしれない。お茶くらいならよかったのかな、なんて考えてしまうくらいには、真の心は揺らされていた。
今は思わず溜め息をついてしまうくらい、沈んでいるのだが。
「ねぇねぇ、あそことかどうよ。ちょいと付き合ってくんないかな――」
さっきまでの何を見ていたのか、割り込んできた男性は真に標的を変えて口説き始めた。お買い物しなきゃいけないからとか、早く帰らなきゃいけないからとかを端的に、またきつめに言うと、男はしょんぼりして去っていった。
ちょっと言い方がきつすぎたかな、といらぬ後悔をしてしまう真だった。
さて、真が大切な妹を一人残して街に繰り出したのは、他でもない、料理本探しのためであった。
簡単な料理は本を参考にしつつできる真だが、しかしこれが複雑なものになると失敗続きになってしまう。あんまり食べ物を駄目にするのは気が引けるため、また、心理的な変化か、姉夫婦から送られてくる金をあまり多く使いたくないために最近は新しいものに挑戦していなかったのだが、ここのところ瑞希の気分が沈んでいるようなので、何か真新しい美味しいものを、と考えたのだ。
今の真のレベルと要望にあった都合の良い料理本に早々に出会えるかと言えばそんな事もなく、こうして当てもなく書店や古本屋を廻っている。
(こんな事なら、ちゃんとパソコンで調べてから来るんだった)
街頭アンケートに捕まってペンを握らされつつ、そんな事を思う真。
家にあるノートパソコンは、もっぱら計算機代わりに使われているのだが、時折真はこれを弄ってブラウザを立ち上げることに成功すると、調べ物をしたりするのだが、今回はあんまりに瑞希が落ち込んでいたため、つきっきりで慰めて眠らせた後は、すぐさま家を飛び出して来てしまったのだ。
記入を終えた用紙とペンを返された女性の係員が、挙動不審に用紙と真とを見比べるのを気にせず歩き始めた真の頭には、この後に良い本が見つかる可能性が低そうな事だけが浮かんでいた。
◆
(そろそろ戻らないと、あの子も起きだしてる頃かな)
細腕に巻きつけた腕時計を確認した真は、一時間も歩いて成果が無かった事に気落ちしつつも、パソコンで料理の事を調べられないだろうかと不確かな事を期待しつつ帰路についた。
行きとは違って声をかけられる事もなくスムーズに歩けるのはさぞ快適だろう。何も真は、外に出るたび、四六時中ナンパされる訳ではないのだ。たまには一度も声をかけられない日だってある。それでも視線はついて回るのだが、真を見る大半の人間は彼に惹かれているというよりも、一見して美人な彼が、果たして女なのか男なのかを考えているだけだ。そういった疑問を抱いている僅かな間、真を視線で追い続けてしまうから、真は結構な頻度で人の視線と付き合わなければならなかった。
(……ん)
ぼうっとして足を動かす真の目に、一つの店が留まった。数歩先の、電気屋と空き家に挟まれた小さな店。オレンジ色のビニールのひさしには、『まちのケーキ屋』の文字。扉にあるガラスや窓から見える店内はあまり広くなく、冷蔵ショーケースには少ない種類のケーキが並んでいた。あまり繁盛しているようには見えないが、真は気にせずに店に入る事を決めた。今までケーキを買う機会はあまりなかったが、一度もない訳ではない。これまでと同じく、この豪華な甘味ならば妹の機嫌を良くする事ができるだろうと踏んだのだ。
扉を押し開けて店内に入れば、冷房が効いていて、快適であった。外から見た通り人はおらず、ただ、会計のために設けられたレジのある台には頬杖をついてぼうっとしている女性がいた。来客に気付いていないのを見るに、余程呆けているのだろうか。
今すぐ声をかけて自分に気付かせたりする必要はないので、店員であろう女性の事は放っておいて、真はショーケースを覗き込んだ。定番の苺のショートに、チョコレートケーキ。モンブランや、オレンジソースのかかったケーキの他には、タルトなども数点置いてあった。
ホールと切り分けられたものが、上中下段とあるケース内の棚に規則正しく並べられている。売れ行きは良くないようだ。近場にショッピングモールもセンターもあって、ここよりも大きく種類も豊富なケーキ屋が幾つもあるのだから、わざわざここに足を運ぶ人間は少ないのだろう。
ベイクドチーズケーキかレアチーズケーキか。熱い眼差しをその二つに注いでいた真は、もう、「どっちも買ってしまおう、あの子と食べ比べもできるし」とめいっぱい自分を甘やかしつつ決めてしまって、女性店員に声をかけた。
「ふぁーい……」
あくびのような返事。
気の抜ける変な声が返ってきたものの、女性店員が動く気配はない。仕方なく真がレジカウンターの前まで移動すれば、未だに頬杖をついている店員がいる。若い。バイトか何かだろうか。
「すみません」
「……ふぁーい」
呼びかけてみてもこれだ。
顔の前で手を振るなどしても反応の無い店員に、真は腰を折ってカウンターに手を突き、彼女に触れようとした。つついて反応を得ようとしたのだろう。
瞬間、くわっと目を見開いた女性の手に、体重を支えている腕をとられて、危うく真は机にあごをぶつけてしまうところだった。
「あ、あなた……!」
片足をあげてなんとかバランスをとる真に、店員は言葉の整理がつかないようで、何度かつっかえた後に、真の手を両手で包んで立ち上がった。がったんと椅子が大きく音をたてる。ようやっと持ち直して足を戻した真に熱い視線を送る店員。それはあたかも先程ケーキを選んでいた時の真の目つきのようで、それが自分に向けられると、背筋を這う悪寒にぞぞぞっと身を震わせる真だった。
「あなた、うちで働かない!?」
「……え?」
目どころか、顔全体をぱあっと輝かせて、お給料は弾むから、などという店員は、真よりもよっぽど幼く見える。一方の真は、働くという言葉の意味がいまいち理解できず、目を白黒させていた。
そんな真に畳み込むようにケーキ屋の良さを語る店員――名前を、
これだから強引な人は嫌いなんだ、なんて思っても状況は好転しない。ぶんぶんと真の手ごと自分の手を振りながら、話を詰めていく真緒。言葉を挟もうにも、その隙が無くて、真はうんざりしつつも素直に話を聞く事にした。それしか選択肢がなかったのもあるが、人が自分に対して熱心に話しているというのに、話半分に聞くのは失礼だと判断したためだ。
二人いた店員が一気にやめてしまってお店が回らなくなっただとか、そのために全然ケーキが作れないだとか、すっごく落ち込んでしまって、お店を開くのに三週間もかかっただとか、同情を買うような事ばかり話して聞かされた真は、ちょうど姉夫婦のお金を使うのも気が引けていた事だし、自分でお金が稼げるのなら……などとぐらついてた。案外ちょろい男なのである。
「決まりね! ちょっと書類用意するから、えーと、ごめん! そこに立ってて!」
「あの、ちょっと……」
働くにせよ働かないにせよ、一度帰りたいんですけど……と伝える前に奥に引っ込まれてしまって、真は出しかけた手をさ迷わせたのち、ぽとりとカウンターに落とした。この短時間でどっと疲れが押し寄せて来ていた。苦手な感じな人だとも思ったから、疲労はいっそうだった。
しばらくすると、どたどたどたっと慌ただしい気配が戻ってくる。
「おまたせ! ミルクティーしかなかったけどいいかなっ!?」
「…………」
小さなお皿にケーキを乗せて、カップ片手に戻ってきた真緒に、真はもう何も言えなくなって、ただ頷いた。書類はどうしたとか帰りたいんですけどとか、言いたい事は山ほどあるにも関わらず、口に出すだけの元気が無かったのだ。
断るとか逃げるとか、そんな事すら考えつかず、ただただ、心の中で瑞希に助けを求める真であった。