なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第六話 仲良くなれるかな

「わー!? ゆ、ゆーれ、お化け……っ!?」

 

 ……失礼な。まあ、間違ってはいないんだけど。

 

 自分から訪ねて来たくせに、人の顔を見た瞬間逃げ出そうとしたネギ……先生に、抱えていた帽子を投げつけると、ようやく正気に戻った。

 

「わ、あの、びっくりしちゃって、その、暗いから……」

 

 あはは、と笑いながら後ろ頭を掻くネギ先生に、入って、と短く言って、さっさと室内に戻る。外は眩しくてかなわない。

 あの、明かりつけないんですか、なんて無粋な事を言う先生を振り向くと、びくっとされた。……何をそんなにおびえているのだろう。ちょっと、傷つく。

 心の中で渦巻く憎しみと殺意が三割増しになるのを感じながら、テーブルの前に座って貰った。先生は不安そうに帽子を抱えて、あ、と声を漏らして、それを横に置いた。

 深呼吸……深呼吸……。落ち着いて、私。先生は悪い事はしてない。だから、刀を抜くのはやめよう。……でも、斬りたい。終わらせたい。恨みを晴らしてしまいたい。

 

 冷蔵庫を開けて、少しの間逡巡する。先生は先生だけど、子供だから……クリームソーダでも出した方が良いんだろうか。

 缶のお酒を退けて、1.5リットルのペットボトルを取り出すと、さっさと氷を入れたコップを用意して注いでしまう。

 先生の下へ戻ると、やたらキョロキョロしていて、その前にコップを置くと、驚いたように体を跳ねさせた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 礼を言う先生の向かいに正座して、先生の顔を見つめる。先生はおそるおそるコップに触れて、冷た!? と大袈裟にしていた。……何しに来たんだろう、この子。

 

「な、何だか肌寒いですね、この部屋……」

「…………」

「あはは……」

 

 ほんとに、何しに来たんだろう。

 控え目にコップに口をつけて唇を湿らせたネギ先生は、ようやくと言うべきか、何かを決意した顔で私を見た。

 

「あの、ヨームさんは、魔法使いをご存知でしょうか……?」

 

 ……何を、言ってるんだろう、この人は。

 

「……センセは、私を馬鹿にしているのですか」

 

 少し気分を害したので、刺々しく言うと、そういう訳では、と先生は手を振った。その様子に、小さく溜め息を吐く。

 

「……私の格好を見て、わかりませんか」

 

 魔法使いぐらい知ってます。

 細く、小さな声でそう告げる。……別に、これは怒ってるんじゃなくて、普通の声だ。

 

「じゃ、じゃあヨームさんって魔法関係者なんですか!?」

 

 はぁ? 魔法……カンケー、車、いや、者? 私は車ではないから、関係者?

 魔法関係者。魔法に関係している者? ……先生は何を言っているんだろう。

 私は、ただの。

 

「私はただの半生人です。ただの、庭師」

「半……成人?」

 

 先生は首を傾げて、はんせいじん……? にぼし? と言った。にぼ……先生、私、刀を抜いていいですか。ちょっと仕事を増やしたいです。

 まったく、人をつかまえてにぼしだなどと。

 …………。

 

「そういうセンセは、魔法使いなんですか」

 

 聞いてから、思い出す。

 そういえば杖を持っていたし(今も持っている)、呪文のようなものも唱えていた。弾幕を張りはしなかったけど。

 

「あっ! いや、あの、違います!」

 

 どういう訳か、先生は大慌てで否定した。……? 魔法使いじゃないなら、先生のあれは何だったのだろう。

 首を傾げると、落ち着いた先生が「変な事を聞いてしまってごめんなさい」と申し訳なさそうに言った。

 変な事? 魔法使いを知っているかどうかが?

 ……よくわからない。

 

 ああ、そうだ。

 思い立って、幻想郷を知っているかを聞いてみる。

 

「え、げんそうきょう……ですか? すみません、聞いた事無いです。あ、あのっ、僕用事思い出しちゃって」

 

 早口に言った先生がさっと立ち上がって頭を下げ、素早く出て行ってしまった。……何しに来たんだろう。

 

「……あ」

 

 先生、クリームソーダ全然飲んでない……。

 溶けた氷がガラスにぶつかって、カランと音をたてた。

 

 

 洋服屋さんに行った帰り道。まだできてないと晴子に追い返されてトボトボ歩いていると、ふっと視界の端で光の粉が舞った。自然と目で追うと、カフェテラスの中に幽々子様が立っていた。

 目を見開いて、次いで、背筋を伸ばす。陽の光に当てられて、ちょっと薄い幽々子様は、私を見てはいなかった。サンドイッチを片手に本を読むスーツ姿の男性を、じっと覗き見ていた。

 

「幽々子様……?」

 

 ……まさか、それが欲しくて現れたんじゃ無いですよね……?

 ばっと走り出して、一旦お店の中に入り、そこからテラスへと出る。お昼も近く、まばらに人がいた。木張りの床をカンカン言わせて幽々子様の方へ歩み寄って行く。

 私に気づいて顔を上げた幽々子様は悪戯が見つかった子供のような笑みを浮かべて、サンドイッチを指さした。

 

「何をしてるんですか……」

 

 呆れて息を吐くと、くすりと笑みを零した幽々子様が口元を袖で隠し、光の中に溶けて消えた。あっ、食い逃げ……では、ないか。

 

「おやおや、何かと思えば……そちらの方からやってくるとは」

 

 唐突に耳に入ってきた男の声に、幽々子様が立っていた場所から少し右に視線をずらして、男を見る。……私に話しかけてるのかな。

 

「やる気満々のようだが、場所は考えろ。移動するぞ」

 

 ぱたんと本を閉じて、男が立ち上がる。……???

 流れが読めなくて、でも、向けられた敵意に、男の後を追う。……あの黒い鞄は、置いて行っていいのだろうか。

 

 

 チン、と音を鳴らして刀を収め、足早に通りへ戻る。「弟の仇」だなどと襲ってきた男は、特に苦も無く斬り伏せられた。また筋肉に囲まれたけど、二度目は流石にやられはしない。

 ……けど、狭い場所で斬ったせいで、返り血が服を赤黒く染めてしまっている。ケチャップを零したみたいでみっともない。それに、これではまた晴子に怒られる。

 袖や首元の白い部分についた血を指でぬぐいつつ、人波の中を通って家に戻る。ちょっと憂鬱だった。……漂白剤でも買っておこう。

 

 高いチャイムの音が響いたのは、お風呂で魔理沙と私の服を洗っている時だった。

 赤い泡を洗い流して、タオルで足を拭いている時に、もう一度チャイム。今出ようとしてるのに……と、はたと自分の格好に気付く。

 帰ってきてすぐに洗い始めたから、今は肌着しか着ていない。

 流石にこの恰好のままじゃみっともないだろう、とドロワーズを引っ張ってみて、再びチャイムの音に、来客を思い出す。

 ぺたぺたと玄関に向かって行くと、「あれ? 開いてる……?」と、女性の声。……この声は。

 控え目に開かれた扉から外の光が入ってくるのに目を細める。ドアから、ひょこりとツインテール頭が顔を覗かせた。ああ、アスナ。

 

「って、暗っ!? ヨウムちゃーん、いるー? ……ん?」

 

 左右で色の違う瞳がキョロキョロ動いているのを見ていると、やがて目が合った。それが見開かれていくのを不思議に思っていると……悲鳴。……うるさい。

 さっさとアスナの方へ歩み寄って行く。

 

「ゆ、ゆ、ゆーれ……あれ?」

 

 あれ? じゃない。人の事をゆーれーゆーれーと。間違ってはいないけど。

 

「あ、あれ? ヨウムちゃん? え、でも青白い顔が……って、あんたなんて格好してんの!?」

 

 ドアを握ったまま青褪めた顔で引いていたアスナが、今度はがっと体を近づけてきた。お風呂場で服を洗っていたと告げると、洗濯機無いの? 私達のと一緒に洗おうか? と言われた。……心遣いはとても嬉しいけど、あの服は出せない。首を振ると、そう? とだけ。

 

「あ、そうそう。明日ネギの奴を、学園内を案内してやる事になったんだけど、ヨウムちゃんも一緒にどう? って、このかの代わりに誘いに来たんだけど」

 

 まだ来たばかりなんでしょ? と続けるアスナに、『この地に』という意味なら、こくりと頷いてみせる。それは、まあ、構わないけど……。それよりアスナ、私を呼ぶ時の発音が変だ。……ネギも。

 

「え、あ、ごめん……えーと、ようむ、ちゃん?」

 

 顔の前に片手をやって謝ったアスナに、もう一度頷く。じゃあね、と去って行くのを見送り、鍵をかける。……さて、服を洗わないと。

 落ちなかったら……晴子に、謝りに行こう。

 

 

「ネギ―、行くわよー?」

 

 玄関の方から聞こえてくるアスナさんの声に、読んでいた本から顔を上げて、「はーい、今行きます」と返事をする。

 今日は、どうやらアスナさんとこのかさんの二人が学園内を案内してくれるそうで、昨日から楽しみにしていた。

 僕一人で歩き回ると迷子になっちゃうからなあ、と苦笑して、杖を手にしてロフトを下り、玄関に向かう。

 お待たせしました、と二人に声をかけると、もう一人参加する子がいるとこのかさんが言った。アスナさんの表情に、悪い予感がする。その予感は的中して、このかさんは隣室のインターホンを押した。

 少しして、鍵の開く音と共にドアが開く。妙にひんやりした空気が流れてきて、ぶるりと体が震えた。

 

「おはよー、妖夢ちゃん」

 

 このかさんの後ろから部屋の中を覗くと、暗闇の中に溶け込むようにしてヨウムさんが立っていた。僕と同じくらいの目線に、妖しく光る青色の瞳。気持ちを感じさせない冷たい色に薄気味悪さを感じていると、ふっと、その眼が僕を見た。

 

「あ、あのっ、おはようございます!」

 

 思わずサッと視線から逃れようとして、ぐっと持ちこたえる。だめだめ! ヨウムさんは僕の生徒になるんだから! 怖がってちゃいけない。

 ……でも、青くて綺麗なのに、何の色も浮かんでいない瞳は嫌なものを思い出させるようで、少し苦手だった。

 僕に続いてアスナさんが挨拶をすると、おはよう、とヨウムさんが短く返す。消え入るような、抑揚のない、それでも綺麗な声。……綺麗なだけに、背筋が寒くなるというか……。

 このかさんが差し出した手に引かれて暗闇の中から出て来たヨウムさんは、不思議な格好をしていた。頭に、赤くて大きなリボン。えーと、神社の巫女さんが着るような服? どこかで見た事があるような、紅白の服だった。またおにゅーの服やね、とこのかさんが言うのに、こくりとヨウムさんが頷くと、大きなリボンがぴょこりと揺れた。……あ、これなら怖くないかも……。

 

「あの、ヨウムさん、今日はよろしくお願いしますね!」

 

 これは仲良くなれるチャンス! 今日親睦を深めて、苦手意識をなくしてしまおう! と意気込みながら笑いかけると、不快そうに眉を寄せて頷いた。あ、あれ?

 うーん、難しいかもしれない……。

 

「ほな行こか」

 

 このかさんの声に、その手をきゅっと握るヨウムさん。なんか、仲良いわね? とアスナさんが言った。

 

「そらなー、洗いっこした仲やもんね」

 

 廊下を歩きながら、ねー、と笑いかけるこのかさんに、ヨウムさんははにかんで、こくりと頷いた。

 あっ! 一瞬だったけど、確かに笑ったぞ。顔を上げた時には、いつも見る色の無い横顔になってしまったけど、笑った時はとても綺麗に色づいて見えた。

 ヨウムさんの事、初めてかわいいと思えたな……なんて、ちょっと失礼な事を考えながら歩んで行く。

 よし、頑張れ、僕!

 

 

 なんて意気込んだまでは良かったのに!

 まいご~? と声をかけてくる桜子さんに違います! と言いながらひた走る。ちょっとヨウムさんの事を考えていたら、いつの間にか三人とはぐれていて、迷子の呼び出しなんかされてしまった。僕先生なのに!

 なんとかアスナさん達の下に戻って来れて、抗議の声を上げると、はぐれた要因のヨウムさんが、繋いでいる手とは反対の手を口元に添えてくすくすと笑った。

 あーっ! なんか、ヨウムさんに笑われると、なんというかがっくりくる。どうしてだろう。

 ……それは、きっと、ヨウムさんが大人びて見えるからだ。表情が無いのが原因だけど……でも、笑った顔は、年相応……僕と同じ、九歳の女の子に見えた。

 ――昨日、ヨウムさんに話を聞いた後、学園長に呼び出された僕は、近況報告の後にヨウムさんの事を聞いていた。

 学園長は言った。少なくとも、ヨウムさんは魔法に関わった事はない、と。そして、ヨウムさんの()い立ちも。

 三歳の頃、事故でご両親を亡くし、それから九歳の今日までたった一人で生きてきた……らしい。

 生徒としてだけでなく、近い友としてでも支えてあげて欲しい、と学園長は締めくくった。

 もちろん、その話を聞いた時、僕はヨウムさんと仲良くなろうと思ったし、笑顔にしてあげたいとも思った。だって、ずっと一人で過ごしてきたなんて寂しすぎる。だけど、今は僕達が周りにいるんだ。僕達が支えてあげないと!

 

 想いを新たにしていると、ネギ、とアスナさんの呼ぶ声。呼ばれて向かった手すりから見える向こう側には、建物の群れが広がっていた。凄い……遠く見える山の影の中まで、見渡す限りの建物。その数だけ人の生活があって、その数以上に人の生活がある。

 こみ上げる高揚感に、ヨウムさんも同じような事を考えているだろうかと見ると、彼女は手すりに手をかけて、その瞳に眼下に広がる人々の息遣いを映していた。相変わらず色の無い目だけど、閉じられないまま少しだけ開いた口が、彼女の気持ちを表しているような気がした。

 

「あや~、おじいちゃんからメールやわ」

 

 ブルルと鳴った携帯を取り出したこのかさんが、ウチらに用事やて、とアスナさんに伝える。

 げーと露骨に嫌そうにするけれど、ごめんね、行かなきゃと短く言った。

 

「大丈夫ですよ、僕達二人で色々見て回ってみますから!」

 

 二人きりになるのはちょっと気まずいけど……いやいや、僕がエスコートするんだ! と気合を入れる。「うーん、でも、二人だけじゃ……」とヨウムさんの事を心配そうに見るこのかさん。

 ヨウムさんも、このかさんの服の裾を指先で摘まんで、行って欲しくなさそうにそっと見上げていた。

 と、向こうの方から鳴滝さん達が手を振りながら駆け寄って来た。二人は散歩部というのをしているらしく、学園の案内を買って出てくれた。それなら安心と、アスナさんとこのかさんが離れていくのを、ヨウムさんはじっと見続けていた。

 

 それにしても、散歩部ってどんな活動をするんだろう。……って、お散歩か。

 こんな広い街並み、お散歩のコースには事欠かないだろうなー、なんて暢気に考えていると、鳴滝姉妹の姉の方、風香さんが、現在の散歩部の恐ろしさを教えてくれた。あうう~、お散歩がそんな恐ろしい事になってるなんて思わなかったよ~! 二人はそんな過酷な環境に身を置いて大丈夫なんだろうか。心配だな……。

 ちょい、とヨウムさんの方を見ると、不思議そうに話に耳を傾けながら、背中の何かに手をかけていた。……ん? 何か?

 

「……?」

 

 わっとと! 見ているのに気づいたのか、こちらに顔を向けるヨウムさんから目を逸らす。うう、目を合わせるのが怖い……。でも、露骨に目を逸らしちゃったよ……傷ついたりしないかな。

 

「ねー先生、ところでさ、そっちの子は誰? 先生の恋人?」

「えっ!?」

 

 ぱっと僕の両腕をそれぞれとった鳴滝さん達が、僕に言葉を投げかけながらも、興味津々といった様子でヨウムさんを見る。

 

「こっ、この人は今度から僕の生徒になる人で、別に恋人とかじゃっ! よ、ヨウムさんは僕なんかじゃ嫌ですよね!?」

「………………センセ、嫌ではないです」

 

 慌てて弁解する僕に、たっぷり十秒は間を空けてから、しかも眉を寄せてヨウムさんが言う。

 わー! やっぱり嫌なんだ! 僕、嫌われてるのかな……。

 

「なるほど、新しい仲間ってわけだ!」

「よろしくねー! えーっと……」

 

 名前で詰まる二人に、ヨウムさんの名前を伝えようとすると、その前にヨウムさん自らが自己紹介をした。

 今度はヨウムさんの両脇に急接近する二人に、色の無い瞳を向けるヨウムさん。

 ……ん? 二人の発音が、僕のと違う……? あれ、ヨウム……ヨウムさん……えーと、うん?

 

「あの、よ、ようむ、さん?」

 

 こんな発音かな、と意識しながら声をかけると、なんですか、と今までで一番早い反応。心なしか、僕を見る目に色がついているような気がした。……薄いけど。

 ひょっとして僕が嫌われてたのって、名前をちゃんと呼んでなかったからじゃないだろうか。それは悪い事をしたなぁ。だけど、これで一歩前進、かな?

 ぐっと小さくガッツポーズをすると、小首を傾げたようむさんは、二人の質問に耳を傾けるのに戻った。どこから来たの、とか、綺麗な目だね、何人? とか、肌白いねー、とか。それに対してようむさんは、声は小さいけどちゃんと答えていた。なんだか不思議だ。

 やっぱり女の子同士だと、打ち解けるのも早いのだろうか。羨ましいな。

 

「やっほーネギくーん!」

 

 僕はどうやって会話すればいいんだろうと悩んでいると、後ろから元気な声。あっ、ゆーなさんだ! MAHORAのロゴが入ったノースリーブの服は、ユニフォームかな? バスケットボールを手でもてあそんでいる。

 ちょうど良いと僕達は運動系のクラブを見学していく事になった。いくつか見て回って行く。うん、スポーツに励む女子生徒って、爽やかでいいなあ。はつらつとしているというか……。

 それにしても、クラブの名前を告げられるたび、ようむさんは不思議そうに首を傾げるけど、もしかして見た事無かったのかな。……まさか、知らないとかではないと思うけど、確認するみたいにスポーツの名前を声に出してはもう一度首を傾げるようむさんに、ちょっと不安になった。

 

「あの、ようむさん、サッカーってわかります?」

「……わかります」

 

 心外そうに答えるようむさんに、質問の仕方がまずかったかな、と思いつつ、続く「ベースボール」という言葉に首を傾げた。

 ……え?

 

「いえ、あの、サッカーってほら、球を蹴る……」

「格闘技……?」

 

 え?

 ほ、ほんとに知らないんだ!

 そっか、そうだよね、一人で生きてきたんだから、そういう可能性だってあるよね!

 こ、ここは僕が教えてあげよう! とりあえず、口で言うより実際にやった方が良いと思って、今度サッカーしませんかと誘おうとして、鳴滝さん達に元気よく腕を引かれて失敗する。

 あう、せっかく会話が続いてたのに……! ううん、一度できたんだ、またすればいいだけさ!

 と意気込んだはいいけど、水着の女子生徒さん達に目のやり場に困ったり、更衣室に案内されたり、外に出れば、活発に動く女の子達のスカートが、その、なんというか……で、ようむさんに話しかけるどころか、いっぱいいっぱいになってしまった。

 むふふと笑う風香さんにぷんすか怒ってみせても、ぴゃーっと逃げられてしまう。思わず追いかけてしまったけど、ようむさんもしっかりついて来てたし、顔の火照りも取れたしで結果オーライだよね、うん。

 息も絶え絶えの二人が言うには、文化部はなんと百六十以上もあって、全部回り切れないんだそうだ。どんな学校なんだろう、ここ。百六十個も思いつかないや。

 膝に手をついて、はー、ふーと苦しそうに呼吸するようむさんに、大丈夫ですかと声をかける。答えは頷きだった。本当に大丈夫かな。凄く辛そうだけど。

 僕が走ったのが悪いよね……と謝ると、ようむさんは不思議そうに僕を見上げた。

 そろそろおやつにしよう、と風香さんが言う。うん、一息入れた方がいいよね。……え? 僕の奢りで? そ、それくらいは構わないけど……。

 食事棟の上の方の階。メイドさんの格好をした給仕さんのいるお店で、おやつにする。

 ぱくぱくとたくさん、よく食べる二人と対照的に、クリームソーダを頼んだきり、少しずつ少しずつ食べていくようむさんが印象的だった。

 

「お待ちどうさまです」

「あれ? 他に何か頼んだっけ?」

「ココアメロンー?」

 

 すっ、と僕の後ろの方から来た給仕さんが、ことり、ことり、とようむさんの前に料理を並べていく。

 ケチャップのたっぷりかかったオムライスとか、サンドイッチとか、食欲をそそる匂いのスープとか。

 どんどん並べられていくお皿を不思議そうに眺めるようむさん。えっと、ようむさんってクリームソーダ以外頼んでないよね? これは、一体……?

 僕達の怪訝な表情に気づいたのか、給仕さんはにっこり笑って「特別サービスです」と言った。なんと、ようむさんが入店二十万人目なんだって。

 ずるいずるい、いいなーと羨ましがる二人に、まだ頼んで大丈夫ですよ、と声をかける。と、給仕さんは今僕達が食べているのも無料になると言った。運が良いなあ! 最後に、折り畳まれた紙をようむさんの手元に置いて、一礼して去って行った。

 お店の裏に入って行く給仕さんの背中を眺めていたようむさんが、手元の紙に目を落とし、それを開く。なになに? と鳴滝さん達が覗き込む前に、ようむさんはくしゃりと紙を丸めてしまった。

 

「なにー? なんて書いてあったの?」

「……おめでとう、って」

「それだけですかー?」

 

 ……本当にそれだけだったのだろうか。だったらなぜ、二人が覗く前に握り潰してしまったのだろう。不思議に思って見ていると、ちらと僕を見たようむさんは、お皿を小さく押し出し、食べていいと言った。自分は立ち上がり、お手洗いに行くと言って、向こうに行ってしまった。

 

「これもらいっ!」

「あっ! お姉ちゃんズルイです!」

 

 どうしたんだろう、ようむさん……。

 

 二十分程して、ようむさんは戻って来た。遅かったねー、と声をかける二人に、ただ頷くようむさん。……ん?

 

「あれ? 腕にケチャップついてますよ?」

 

 ようむさんの左手に赤いものを見つけてそう指摘して、すぐに間違いに気づく。あれ、血だ。ようむさん、怪我したのかな。ま、魔法で直してあげた方が良いのだろうか。

 ぐい、と服で腕をぬぐったようむさんが、ほとんど残っていない料理を見回して、それから、少しだけ残っているクリームソーダをスプーンでつつく。

 血を見たせいか、わずかに香ってくる鉄の臭いのせいか、ようむさんの赤い服が濃くなっている気がして、苦笑した。

 ようむさん、平気そうだし、後で絆創膏を渡すだけにとどめよう。それより今は、残っている料理をやっつけないと。

 二人してアイスを乗せたスプーンをようむさんの口元に寄せるのを、くすりと笑いを零しながら見守る。もう、この双子は。ようむさんが困惑してるじゃないか。……あ、食べた。

 食べたー! と嬉しそうにはしゃぐ二人。まるで小動物に対しているみたいで、微笑ましかった。ようむさんもちょっと恥ずかしそうにしているし。

 ふふっ、こうして見ると、三人とも子供に見えるなあ。僕より背が低いし、だから話しやすいのかな。

 姉妹のやんちゃさに、故郷の幼馴染の事を思い出しつつ、出席簿を開いて、二人の所に、二人にぴったりの日本のことわざを書いておく。っとと、ばれそうになっちゃった。咄嗟に隠したから見られてないと思うけど……危ない危ない。

 そういえば、ようむさん写真はどうするんだろう。新しい出席簿が貰えるのかな。そうしたら、メモは全部移してしまおう。思い出みたいなものだし。

 さて、みんな食べ終わったので、この辺でお開きにしましょうかと僕が言うと、二人はにっと笑って、最後に重要な所があると言う。なんだろう。

 

 街の喧騒から遠ざかり、食後の運動とばかりに登った裏山には、そびえ立つ一本の巨木があった。思わず感嘆の声を上げる僕とようむさんに、二人が説明をしてくれた。この木は、世界樹と呼ばれているらしい。世界……か。それ程みんながこの木に大きな広がりを見てるって事だよね。凄いなぁ……。

 誘われるままに木を登って行く。危ないような気もするけど、木にしっかりとした印象があるためか、あまり危機感はなかった。足もかかりやすいし、登った先の枝は太くて、立っても落ちそうになかった。

 

「この樹には伝説があるんですよ」

 

 日の沈む光を眺めながら、ぽつりと史伽さんが言う。この場所で想い人に告白すると、その想いが叶う。そう語る二人は、いつも見せる顔よりずっと大人っぽくて、やっぱり女の子なんだな、と思わせられた。

 ――にしても、恋人、かぁ。好きになる人……好きな人。アーニャは、違う。ちょっと意地悪だし、それに、友達だ。お姉ちゃんは……って、お姉ちゃんは違う! 確かに好きだけど、お姉ちゃんだし……。このかさんは……優しいし、好きだなあ。でも、恋人とか、そういうのじゃないような気がする。アスナさんは……って、このかさんもアスナさんも、僕の生徒じゃないか! 先生と生徒で、そういうのは駄目だ!

 目つきも鋭く僕を睨む想像の中のアスナさんを散らして、首を振る。うん、僕にはまだ早い。

 

「――ゆこさま……?」

 

 風に流れて耳に入ってきた声に、ようむさんに目をやる。茜色の光に照らされて、いつもより色づいて見えるようむさんは、胸元に手を当てて目をつむり、小さく首を振った。……ようむさん、ひょっとして好きな人がいるんだろうか。

 そうだとしたら、どんな人なのだろう。なんて考えていると、鳴滝さん達がとんでもない事を言い出した。か、仮にでも恋人って、そ、それこの場所で言って大丈夫なんですか!? 万が一叶ったらどうするんですかー!? よ、ようむさん、助けてー!!

 

「……届かない」

 

 必死に助けを求めてみたけど、全く聞こえてない様子で、僕は二人に挟まれてほっぺにキスをされてしまった。

 あっ、あっ、あうーー!!




センセ。このかの真似。
にぼし。苦しい聞き間違い。
色の無い目。死んだ魚のような目とも言う。
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