なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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0時までに書けなかった(血涙)


第六十九話 破滅を呼ぶ光

 真はまた、一人で放浪の旅を始めていた。

 もう紅き翼には戻れない。本当の姿も、やってきた事も知られてしまった。

 何より、ナギを攻撃してしまった。

 状況は最悪だ。だけどそれよりも、真の心情の方が最悪だった。

 

 

 闘って、「こんの、大馬鹿野郎ォ!」ってぶん殴られて。逃げ出した。

 ナギが英雄になった時、同時にワタシも英雄になった。

 嬉しかった……ナギは、まだワタシを仲間だと思ってくれていた……。

 ……でも、影が。

 影が、ナギとあの女の間に子供ができたって……。

 嘘だと思いたかった。

 

 

 ナギとアリカ姫の間に子ができたと知ると、真は荒れに荒れた。地形を変える程むやみやたらに神力を振り撒き、ますます畏れを集めた。

 力を使い果たすと、泣き崩れてしまう。

 

「ワタシを捨てたのか……!」

 

 最初から心まで女だったらよかったのに。

 そうしたら、素直に気持ちを受け止められたのに。

 男としての心を捨てればよかった?

 でもそれは、前世を……あの子を、瑞希との思い出を捨てるという事だ。そんな事できない。

 ナギの息子の名を、その子が起こす物語を思い出しては、頭を振って追い出す。煩わしい。今はナギの事だけを考えていたい……。

 

 そもそもそういった関係ではなかった事など、真の頭には無かった。

 

「ナギ……! ナギ……! なぎぃ……!」

 

 何もかも遅い。

 それこそ、前世の頃から、もう手遅れだった。

 今さら口調を女らしくしようと、一人称を変えようと、もうナギの顔を直接見る事も叶わないだろう。

 

 何度も地面を杖でついたり、腹いせにどこぞに月華天落――あの光の玉――を落としたり。

 人に被害こそ出なかったが、真のする事は災害とみなされ、人々に恐れられていた。

 それでますます力を増して、力を振るっての繰り返し。

 無様だった。

 戦争が終わり、歩き続けて、彼らの知らないところで後始末を手伝っていても、なんの慰めにもならない。

 もう、あの子しか残ってない……瑞希を……あの子との思い出を甦らせる以外には、なにも……。

 死に絶えそうな人々の下に現れては妖夢にした。

 たとえ喋れなくても杖が教えてくれる。生への渇望を、その欲望を。

 

 そうして妖夢を作り出す真の目は、暗く淀んでいた。

 

 

 魔法世界にいるのは辛い。どうしたってナギの事を思い出させられてしまうから。

 名前を聞くたびに胸がぎゅっとして、周りの全てを壊して蹲りたくなるような衝動に駆られる。

 それに、秀樹の姿を探し求める影がたくさんあった。女神の姿でやり過ごさなければ、心構えもなしにナギと会わなければならなくなるだろう。

 だから真は、旧世界の日本に飛んだ。自分を慰めるためにやっていた妖夢の生成が度を過ぎていると、自分でも気付いてしまったためでもある。

 日本ならば、魔法世界よりよっぽど平和で、道端で息絶える子供など早々見ない。だから妖夢を作り出す機会など簡単には廻って来ないだろう。

 

 生きるだけなら、女神の体だ、信仰や人の畏れさえあれば生きていられるから何をする必要もないのだが、何もしないでいると悲しい事ばかり思い浮かんでしまうので、真は特技を生かしてレストランなどの料理店で忙しなく働き、日々の糧を得た。そうしてなんとなく調理師免許などを取得すると、小さな喫茶店を開いてケーキやクリームソーダを作る日々を過ごした。

 宣伝も無く、毎日やっている訳でもない喫茶店は、それなりの来客数だった。たまに女性客が来たり、外回りのサラリーマンが来たりすると、ケーキの味と値段の安さに驚いて、その話を聞いてか、また別の客が来る事もあったが、特別繁盛したりはしなかった。

 美人の店主が旨いコーヒーと美味しいケーキを格安で提供してくれるのに、近所であまり話題にならないのには、もちろん理由があった。

 真だ。

 昔のように愛想が良い訳でもなく、言葉少なに動く彼女は、美人だからこそそれが異様に不気味に見えて、それを気にしないか、気付けないような人間しか来ないようになっていたのだ。

 近所の人が話すのは、「あそこのケーキは美味しいね」なんて内容ではなく、「あそこの店主さんは普段何をしているんだろう」という噂話だ。ケーキの材料が人間の子供で、夜な夜などこかから攫って来ては殺して材料にしているなんていう冗談のような話もされていた。

 一時期近所の高校でそれが話題になって、男女問わず高校生が押しかけてくる日々もあった。話を聞こうとしてもいつの間にか会話が打ち切られていたり、調理場から出てきていないはずなのに注文を聞きに来たりと、惰性で生きて力を隠そうともしない真に、子供達の間では「やっぱりあの人人間じゃないんだ」なんてまことしやかに囁かれていた。

 そんな風に日々を過ごす中で、真は一組の親子に出会った。

 それが三原深月とその母、三原さくらだった。

 

 

 日の当たる窓辺の席。そこに二人の女が座っている。大人と子供だ。父親がいないのは平日で仕事に出ているからだろうか。どちらも綺麗な銀髪を光の中で揺らせて、寛いでいる。母親の方は、20代前半だろうか、若いながらも落ち着いた雰囲気で、娘を見守っている。その娘の方は、まだ3つか4つくらいだろう。椅子から投げ出した足をぶらつかせて、にこにこと笑っている。

 そんな二人を、真はカウンターの内側からじっと見つめていた。

 

「さくらんぼは、最後にとっておくのね?」

「うん!」

 

 細長いグラスに、細長いスプーン。クリームソーダをつつく少女は、母に問いかけられると、大きく頷いてぱたぱたと足を振った。自分のしようとしていた事を母親がわかってくれたのが嬉しい。そう、動きで表現していた。

 優しい声。それはまさしく、愛情のこもった声。真にとって、久しく聞いていないその声は、遥か昔に見た母の微笑みを思い出させた。

 記憶の中の、はっきりと顔を思い出せない母の顔と、光の中で笑う女性の顔を重ねた真は、しかしそれよりも、頭を撫でられている少女の方が気になっていた。

 ――似ている。

 少女は、妹に似ていた。一目でそう思った。

 容姿が、ではない。雰囲気や、その魂が、26年も前に見た妹とそっくりだった。

 あの頃は、もちろん真に神の力などなかったが、不思議と真にはわかった。

 この子は瑞希だ。瑞希に違いない。

 一度そう思ってしまうと、真の心は全て彼女に向かった。

 ナギへの想いも、過去への想いも、もはや手に入らないものや叶わないものが一緒くたになって少女へと注がれた。

 今すぐ彼女を取り戻したい。そして再び、あの日々をこの手に……!

 

「……あの」

 

 真はすぐに動いた。

 店内にいた2、3人の人の意識が自身や彼女らに向かないよう操作し、彼女らが座る席の前へ歩み寄った。

 2人の前に佇み、暗い瞳で見下ろしてくる店主の登場に、女性――三原さくらが困惑気味に声をかけた。少女――三原深月は、見知らぬ人物が自分達の間に割り込んできた事に身を固くして、不安げに真を見上げた。

 ……似ている。

 真はまたそう思って、じっと深月を見下ろした。そうするとますます深月は身を縮こまらせて、持っているスプーンから、溶けたアイスの一滴がテーブルに落ちた。

 その怯え様は、人見知りをする瑞希の姿そのものだった。髪こそ銀色で肩よりも長いが、顔にも瑞希の面影がある。その小さな体に秘めた膨大な魔力は、瑞希には無かったものだったが、それは真にとってどうでも良い部分だった。自分と同じく、この世界で生まれた際に身に着けたのだろう、と、その程度の認識だった。

 ……連れて行こう。

 そう思い立ち、手を伸ばした真は、しかし深月の泣き出しそうな表情を見て、手を止めた。それは妹である瑞希にそう見られているのと変わらない。なぜ、妹にそんな表情をさせなければならないのか。彼女に笑顔でいて欲しいと、そして守ろうと誓ったのは誰だ?

 

「…………」

 

 真は、手の行き先を伝票へと変えた。そうして取り上げると、戸惑う2人へ向けて、「代金は結構です」と言い放った。

 

「そんな、それはどうしてですか?」

 

 金は要らないから出て行け。そう言われたように感じたのだろうか、さくらは瞳に怒りをたたえて立ち上がった。真が彼女へ目を向けると、息を呑む声。淀んだ瞳には僅かに光が差しているとはいえ、不気味だった。見た目の上では、ただ無愛想ながらも艶のある、若い店主だ。そこに何を感じるかは人それぞれだが、さくらが感じたのは畏怖だった。体の芯に訴える、何か悍ましいもの。娘を庇わなければ。そういった一連の思考は、しかし真が優しく微笑むと、霞となって消えてしまった。

 穏やかな笑みは、警戒を霧散させるくらいには、優しさがあった。子を思う母と同種の優しさだ。真は長い間母から愛情を向けられる事はなかったが、妹への愛情を失った事など一時たりともなかった。それは妹に対するというよりは、子に対する想いに近いものがあった。親代わりとなって育ててきた事が原因だろうか。兄より母としての姿が、彼女にはあっている。さくらはそれを感じ取ったのだろう。

 

「ご厚意は嬉しいのですが、払わない訳には……」

「良いんです。うちは寂れてますから、これくらいのサービスは必要なんです」

「そんな、こんなに素敵なお店なのに……」

「今時は喫茶店なんかよりファミレスの方が気安いのでしょうね。まったく世知辛い世の中です」

 

 心にもない真の言葉に、さくらは「まあ」と口に手を当てて同情した。それならなおさらお金を払わない訳にはいきません。同情からくる優しさか、それとも真の生活を心配してか、サービスを丁重に断ったさくらは、しかしそれだけだと悪いと感じたのか、またここに来ますと約束した。

 

「ほら、瑞希。そんなに怖がらなくても大丈夫よ」

「う、でも……ママぁ」

「大丈夫だって。ね?」

「んー……」

 

 瑞希。真の耳には、たしかにそう聞こえた。

 やはりこの子は瑞希で間違いないのだろう。

 真を怖がる彼女に、さくらが手を伸ばして撫でてやると、たちまち落ち着いて、目をつぶって手を受け入れる。その姿に、真は一度目をつぶって胸の内で増大する欲望を抑え込むと、一礼してから調理場へ向かった。

 器具や棚などが所狭しと並んだ狭い場所。そこでインスタントコーヒーを淹れて、ぐっと(あお)る。喉を熱いものが通り過ぎていくと、ほう、と息を吐き出した真は、カップを持った方の腕で目元を拭い、静かに妹の名を呟いた。

 揺れるコーヒーに映る彼女の顔は、黒い欲望で渦巻いていた。

 

 

 三原さくらは言った通り、何度もこの店に足を運んだ。もちろん深月を伴ってだ。そうすると真は他の客の相手などほっぽり出して、この2人と言葉を交わした。最初は怖がっていた深月も、数度の会話を経て真を怖くないと認識したのか、まだ遠慮がちではあるものの自ら話しかけたりなどし始めた。その成長もまた、真に妹を思い起こさせるには十分だった。

 この瑞希に過去の記憶はない。

 それが真の見解だった。あくまで彼女を瑞希と信じる真には、彼女が瑞希であった頃の記憶を保てていないのは残念でならなかったが、それならば思い出させてやれば良いと考えた。それが不可能な事だとは露とも思っていない。方法も何も知らないが、実現できると信じて疑わなかった。

 なにせ、もう会えないと思っていた妹とこうして再会できたのだ。しかも彼女は幸せそうに笑っている。それなら不可能などないのではないだろうか。そうして彼女の記憶を取り戻せれば、同時にあの日々も取り戻せる。自分も含め、みんなに笑顔が戻るだろう。そうすれば、きっと瑞希を幸せにできる。過去にはできなかった、彼女の成長を見守る事ができる……。

 瑞希が幸せなら、真も幸せなのだ。女であるマコトとして十数年過ごし、ナギに恋をして、その精神性も常識も違ってきた真だったが、妹を中心に考えて行動するのは変わっていなかった。

 もう少しの辛抱だ。

 真は、深月が自分に笑顔を向けてくれるのを待っていた。

 彼女が真に笑いかけた時、それが過去へ戻る日の訪れだ。彼女を連れ、楽園へ赴き、スキマ妖怪の手を借りてあの世界へ戻る。

 この世界に幻想郷がないなど、魔法世界からこの旧世界に来た時からわかっているはずなのに、真はその事実をなかった事にして、未だ見ぬ楽園へと行こうとしていた。ないなら作り出せば良いとすら考えていた。その神の力で以て、創造すれば良いと。

 それは可能だった。力を増した真は、大規模の創造結界を作り出す事ができるようになっていたし、幻想の住人も、杖に蓄えた血肉と魂を用いれば、何十人何百人と生み出せるだろう。実際真は、霊夢などを生み出し、戦闘行動を行った事がある。煤けた日々の戯れだった。好きだったはずの主人公が動き、喋っているというのに、なんの刺激も得られなかったのだが。偽者では心は動かない。やはり楽園にいる本物の巫女でなければ……。しかしそれも、妹がいてこそ。真は、心の底から妹との生活を願っていた。

 

 ある日、訪れた2人は何やら嬉しそうにしていた。真は注文の品作りを生み出した霊夢に任せて、さっそく親子へと近づいた。毎度の事であった。

 前は遊園地。その前は映画館。その前は水族館。ここに来るたびにどこかへ出かけるという話をしている2人に、さて、今度はどこへ行くのだろうと予想しつつテーブルの前にやって来た真は、そこでさくらと深月が父親に会いに行くという話を聞いた。

 

「……父親?」

「うん! パパ!」

「ええ。あの人は、ずっと遠くでお仕事をしていて、連絡……その、今度の土曜に会いに来てくれと」

 

 父親に会えるとはしゃぐ深月とは対照的に、さくらはどこか暗い顔をしていた。それもそのはず、彼女達の父は、大分昔に家を出ていた。深月が生まれる前の話だった。さくらは、愛した人に会いたい一心で、子供を連れて様々な地を訪れていたのだ。どこかで何かをしているのなら、名前ぐらいは見つかるかもしれない。そう考えて主要な都市や辺境の地まで足を運んだものの、今日まで情報は得られなかった。だが今になって、向こうから連絡を寄越してきたのだ。東京の地で待つ。それだけの、短い連絡だったが、さくらにとっては涙ぐむほどの嬉しい知らせだった。

 これらは他人である真には軽々しく話せない事だが、すっかり心を許しているさくらは深月にはわからないよう、掻い摘んで説明した。

 出発は金曜の昼頃。もしかしたら、もうここには来れないかもしれないと話すさくらに、気にする事はないと返しながら、真はきな臭さに思考を巡らせていた。

 

 

 三原親子が出発する当日、真は少し離れて彼女達を追っていた。ストーキング行為だ。もう何度か繰り返しやっていて、彼女達の住む家まで特定している。立派な不審者だったが、神である真には関係ない。職務質問をしてくる私服警官などは暗示でお帰り頂いていた。変装の意味も込めて『秀樹』の格好をして――といっても、髪を縛って男らしい服装にするだけだ――いるのが仇になったか。いくら端正な顔立ちの彼女とは言え、怪しく思われれば声をかけられるし、通報もされるのだ。なぜ堂々と歩く彼女を不審に思って声をかけるのかは謎だが。

 久しく感じていなかった他人の視線やナンパに手間取ると、2人の気配はどんどん遠退き、結局真は徒歩ではなく空を飛んで追う事になった。神たる真は杖を用いない飛翔が可能だ。たいていの杖にかかっている、認識を阻害する魔法もお茶の子さいさいに使用する。

 タクシーで空港に到着した親子は、チケットを予約していたのか、滞りなく入場して行った。追って真も下り立ち、何食わぬ顔で入っていく。

 しかしここで不備があった。真は飛行機の話を聞いてはいたが、チケットの事など頭になかったのである。当然予約もしていない。時間ぴったりの到着だったのか、飛行機に搭乗する親子を横目に、真は長い列に加わった。

 何かあったのか、しばらくしてもさほど進まない列に焦って全員洗脳し、さっさとチケットを買い付けたものの、もう遅い。飛行機は飛び出していた。真の手にしたチケットは紙くずと化した。そもそも碌に確認もせず買ったものだ、別の飛行機のチケットだったので間に合っていたとしても乗れはしなかったのだが。飛行機の存在は知っていても、実際の世界を知らない真には仕方のない事であった。

 再び飛んで飛行機を追う真。飛行機の実態を知らない真だから、未知なるレーダーなどで探られはしないかと不安に思って、離れた位置にいる。それでも親子の気配ははっきりと把握しているから、追う飛行機を間違えたりはしなかった。

 

「…………」

 

 ただ、少し嫌な予感がしていた。

 真が空港にて列の半ばで苛々している時、人の波の中に小柄な影が一つあった。銀色のおかっぱ頭。魂魄妖夢の姿だった。しかし彼女は、よく見る緑の服装ではなく、ゴシック調の古めかしい洋服に身を包んでいた。頭には、カチューシャの代わりにカンカン帽があって、黒い帯からリボンがぴょこりと飛び出していた。刀は所持していない。だから真は、彼女が搭乗口へ消えて行くのをちらと見ても、それを妖夢だと思わなかった。彼女の作り出す妖夢は、第一世代と第二世代にわける事ができるのだが、そのどちらも元の姿から逸脱した格好になろうとはしないからだ。ゆえに彼女は妖夢に似ているだけの少女か、あるいは本物だろう。

 真の頭には欠片も浮かばなかった事だが、こんな場所に子供が一人でいるのは珍しい事だが、特別おかしい事ではない。ゆえに誰も、彼女の存在を疑問視しなかった。

 疑問視したとしても、彼女がただの子供なら徒労に終わるだけだ。

 だが、彼女に関係があるにせよないにせよ、事は起こった。

 飛行機は航路から外れ、海へと飛び出したのだ。騒めく気配が真まで伝わってきて、それでようやく真も異常事態が起こっているとわかった。東京へ行くのになぜまるきり別の方へ頭を向けているのか、などという疑問など抱いていなかった真にしては、これは突然の事だった。

 そして、飛行機に関する詳しい知識を持たない真には、そのざわめきが何らかのトラブルがあったとしか捉えられず、レーダーの存在を考慮して迂闊には近づけなかった。もしここで彼女が我を忘れ、瑞希達を救おうとしていたなら未来は変わっていたかもしれない。だが真は、近付かない事を選んでしまった。

 だから飛行機が二つに割れて落ちるのを遠目に眺める事しかできなかった。

 

「……!?」

 

 力を解放し、急行しても、孤島に落ちた飛行機は所々が爆発して炎上するのみで、元には戻らない。か細い人の悲鳴と断末魔の叫びが交じり合って空中に消える。真はすぐさま女神へと姿を変え、杖を取り出すと孤島に下り立ち、死に絶えた人達の魂を収集し始めた。これ幸いと奪っているのではない。救おうとしているのだ。肉体も共に、死んだ人から杖へ集めているのにはもちろん理由がある。これ程の量の魂ともなると、杖が引き寄せ、留めていられる量には限りがある。ゆえに、優先して死人を集め、全てが終わってから再生する必要があった。

 黒煙が空へ上がり、夜のように辺りに暗闇をもたらしていた。死屍累々の人の少しは飛行機の下敷きになっていたり、離れた場所にいて収集の範囲外だ。

 だがそれよりも気掛かりなのはあの親子。

 真には、弱まるさくらの気がはっきり感じられていた。深月の方はありあまる魔力に衰えが無い事から無事なのはわかったが、さくらの方は危ない。杖を掲げ、魂と血肉を収集しつつ足早に気配の下へ急ぐ真の前へ、突如として飛来した鉄の塊が襲いかかった。

 腕の一振りで難なく振り払った真だったが、しかし、その顔は驚愕に染まっていた。今にも消えそうだったさくらの気が、一瞬の内に爆発したかと思えば、その大きさと存在感を保ったまま動き出したのだ。

 いったい、何が……。

 困惑する真は、しかしその気配に自分に近しいものを感じた。女神としての力や闇の力ではない。流れる血……そう、たとえば、彼女の、三原さくらの翡翠色の瞳に秘められた力……。

 蛮族よ。影が囁く。浅ましく、力が取り柄の種族。その末裔。それがあの爆発的な力の増加の正体。その血は深月へと受け継がれている。死に瀕した時、おそらく彼女にもその特性が発現するのだろう。

 一瞬の内に考えを巡らせた真は、しかしそれでもさくらの死は免れないだろうと急いだ。瓦礫の合間、折れて倒れた木の先、鉄の壁の間際……。あまりに大きい気配は、近付けば近付く程正確な位置をわからなくさせる。それに、さくらの気配が大きすぎて、深月の気配さえ隠れてしまっていた。

 熱のこもる鉄の壁に手をつき、辺りを見回す真。助けを求める死人には救済を。息絶えまいともがく生者にも救済を。

 闇を司るものでありながら光を振り撒く彼女へ、ふいに銀の光が閃いた。

 

「――!」

 

 常時展開している魔法障壁の一枚目が破られた時点で気付いた真は、即座に収集を中止し、回避行動に移った。素早く力を引き出して瞬動。それは振り向くのと同時に行われた。視界の端に流れる光の帯。攻撃を仕掛けてきた者は、果たして、妖夢だった。

 

「んれ? 斬れてない? なんで?」

 

 鈍い光を持つ楼観剣を手に、不思議そうに刀を眺める彼女は、空港にいたあの少女だった。どこかで燃え上がる炎に照らされた銀の髪がさらりと揺れる。青い瞳が真へ向けられていた。

 

「あんた、飛行機に乗ってなかったよね。何? 原住民? ……ていうかさ」

 

 少し低めの声。脅しているのだろうか。

 真は不思議でならなかった。全ての妖夢は真が生み出した。だから真は、全ての妖夢を覚えている。どれも同じ魂の質だが、その時その時で生み出した妖夢は微妙に違う。些細すぎて真にしかわからない違いだが……。そのどれもと、目の前の彼女が合わなかった。

 

「……なんなのよ、その力。きもちわるっ」

「…………」

 

 自分の作り出した存在ではない? それとも……著しく体を欠損し、治療されたか。

 もっと深く、根本的な部分で魂を見れば、自らが生み出した存在だとわかったので、真は後者だと結論づけた。すぐに戦いに走る彼女達の一人くらい、大怪我を負った後に助けられてもおかしくはない。だが、それがこうして真に刀を向けている理由がわからなかった。

 創造者たる彼女に牙をむく事がおかしいのではない。そんな事はそれなりにあった。特に第一世代……T1(タイプワン)と呼ばれた者達のほとんどは、自ら思考する意思がないために作られてすぐ真に斬りかかっていた。力量に差があり過ぎて、真には猫にじゃれつかれる程の脅威もなかったのだが……目の前の少女(妖夢)は違う。

 真に匹敵しないながらも、かなりの力を有している。その存在感は圧倒的だ。紅き翼の誰と戦っても良い勝負ができるだろうと予測できた。勝てはしないだろうが、と考えてしまうのは、真がそこに所属していたからだろうか。

 うへー、と口に出して露骨に嫌そうな顔をする彼女へ、真は魂の収集を試みた。彼女の創造物ならあっさりと行えるはずなのだが……やはりというか、成功しなかった。顔を青褪めさせるという多少の反応は得られたのだが。

 

「なっ、ひぅ、ひ、こ、こんなの依頼にな、ないし、や、やめやめ! そ、そんな睨まないでよ~!」

 

 依頼……。

 怯えて後退る彼女の言葉に、そして、彼女の近くに見つけた三原親子の存在に、真はこの怪しい少女を逃がす訳にはいかないと、杖をカシャンと鳴らして威嚇した。

 やる気満々の真に対して、抜き身の刀を揺らして躊躇っていた少女は、しかし唇を噛み、次いで片手で頬を叩いて気合いを入れると、ええい、ままよ! と叫んだ。

 

「私の邪魔するなら、あんたも叩っ斬ってやるわ!!」

「…………」

 

 静かに魔力を高める真に対して、目に見える程の気を体から噴出させる少女。だが、戦いの結果は目に見えている。神と人……創造者と作られた者では勝負にならないだろう。

 ……周りに守るべき者さえいなければ、の話だが。

 

「でぇやぁっ!」

 

 気合い一声、飛び込んで来る少女へ、真はゆっくりと杖を掲げた。

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