なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第七十三話 黄き日のフラーウム

 

 振動するエレベータの中で、真はじっと階層を表す電灯を見上げていた。

 施設内に蠢く念波は壁を覆うように波立ち、微弱な気を発して気配の察知を妨害している。それでも魂を視認できる真には、この妨害念波はあってないようなものだった。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、それでも速く、階層を示す数字を転々としてオレンジの光が移っていく。

 22……23……24……。

 何も考えないでいればその昇りは遅く、しかし何か考えていれば、あっという間に感じられるだろう。

 先程まで()の姿を思い描いていた真は、ふとして数字を見るだけに留めている。しばらくして思い浮かんだのは、数字に対する違和感だった。

 

(……44階)

 

 このエレベータが到達できる最大階層が、44階。それは明らかにこのビルの高さと合っていない。

 普通に考えれば、ドーンらのいる上階層にはまた別のエレベータを使用しなければならないのだろう。直通でボスの部屋までいけるなど、警備の面で見てもあり得ない話だ。

 ではこの一般の人間でも使えるエレベータで向かった44階に、ボスのいる階層まで続くエレベータが普通に存在していると考えられるのだろうか。真は、最初にエレベータ内に入った時に何気なく押した階層ボタンを見た。並ぶボタンの一番右上。番数ゆえに、中途半端な位置にある44階層のボタン。オレンジ色に光るそれを見つめながら、真は小さく首を傾げた。

 何か変だ。

 言葉には表せない違和感。危険を察知する真の勘が、何かを間違えたのだと教えていた。

 だが、何を間違えたのだろうか。

 そもそもエレベータの内部構造や成り立ちに詳しくない真では、そこに罠があるかないかはわかっても、それを作る理由や必要性までは思いつかない。というより、最初からその発想がない。

 ただなんとなく、という感覚だけで危険を感じている真は、もう一度階層を表す電灯を見た。現在は28階。さほど進んでいない。昔に乗った、デパートのエレベータもこのくらいのスピードだっただろうか。遠い記憶に思いを馳せながら、不意に真はエレベータに纏わる怪談話や、事故の話を思い出した。

 なんらかの要因で出入り口が開かないまま、個室が地上へ落ちて潰れてしまったりだとか、停電でエレベータが止まってしまうだとか、自分では気づいていないだけで、後ろにずっと見知らぬ女がいるだとか、そういう類のもの。

 ……止まってしまったら困るな、と真は思った。

 妨害念波が満ちる今、魔法による転移や神の力を用いた瞬間移動を試みるのは、少し危険だろう。女神となって間もない頃、なんの気なしに瞬間移動を行って亜空間に閉じ込められた事を思い出しながら、もしエレベータが止まってしまったら、を考える。

 

(……壁を壊して出ればいいか)

 

 数秒の内に答えが出た。力技で解決だ。

 

 ザザザ、と奇妙な音がしたのは、真が右足にかけていた体重を左足に移していた時の事だった。

 壁から滲み出た細い魔力の管が真へと伸びてくる。誰かが念話を繋ごうとしているのだ。その相手が誰かはわからないが、ちょうど退屈だった、と、真は自分から念話を繋いだ。

 

『――あーあー、てすてす』

「…………」

 

 繋がった先に感じる魔力は、あのロセウムやウィリデとほぼ同質のものだ。彼らの兄弟……今真の頭に響いた声からして、姉か妹がもう一人いたのだろう。最初にこの施設に入る際感じられた強大な気配は四つだったので、全部で四人いる事になる。

 しばらくあーだのうーだの言って念話の具合を確かめていた相手――声音からして、若い少女だ――は、しっかり魔力が繋がっていると気付くと、こほんと可愛らしい咳をひとつして、真へと語りかけた。

 

『初めまして……でよろしいのかしら?』

「…………」

『? ……ほんとに繋がっているのかしら、これ。もしもーし』

「……繋がってる」

『あらいやだ。こほん、こほん。……少々お見苦しい……お聞き苦しい? ところを聞かせてしまいましたわね』

 

 念話の先から首を傾げるような気配が伝わってきて、真は、この少女か女性かもわからない相手を、シェリーと同じような天然だと認識した。

 ……作っている天然の可能性も否めないが。

 

「貴女は」

『んー……こういった場合のセオリーというものをご存じないのですか?』

「……名乗る必要があるかな」

『対話には必要なものですわ。……答えてもらえただけマシ? あら、なんでしょう、今の……』

 

 端的に誰何(すいか)した真に対して、少女は要領の得ない言葉を返した。思い悩むように小さく唸る声が、器用にも念話越しに伝わってくる。

 答えが出なかったのか、んん、と仕切り直した少女が、再度真に名を聞いた。答えなければ延々同じ問答が繰り返されそうだ。退屈しのぎに始めた念話なので、それでもいいかな、と思った真だったが、どうせなら有用な情報でも引き出そうと考え直した。今この状態の施設内で念話を繋げられる存在など、重要な役割を担っていそうである。

 

「マコト」

『姓名のどちらでしょう』

「……名前。苗字は……三原」

『三原? それはお父様の……』

 

 妙な事を問い返してくる少女に、真は若干うんざりしながらも、素直に話した。……いや、もう三原深月の兄でいる気なあたり、真面目ではないかもしれない。

 しかし、少女の疑問の声で、ひとつ情報が手に入った。お父様。少女は確かに三原の名を持つボス、ドーンをそう呼んだ。つまり彼ら彼女らとドーンはそういった関係なのだろう。実子か……養子か……単にそう呼んでいるだけとも考えられる。これもひとつの情報とはいえ、何かを考えるには足りない。

 

『……では、礼儀に則り、わたくしも自己紹介をば』

 

 妙に「自己紹介」という部分に力を入れて言った少女は、微かに呼吸の音をさせた後に、一音一音を噛んで含めるように話した。

 

『わたくしは、黄き日のフラーウム。……フラーウムは……名前ですわ。苗字は……』

 

 苗字。

 さきほど出会ったロセウムとウィリデは苗字を名乗らなかったが、このフラーウムという少女にはあるのだろうか。四人の中でも特別な存在……?

 考えを巡らせる真だったが、念話の向こうに悩むような吐息を聞いて、戯れか何かだと判断した。苗字があるならすぐに名乗るだろうし、三原なら三原とはっきり言うだろう。悩むと言う事は、元々苗字がなかったのだと推測できた。

 

『コーヒー……コーヒーフロートですわ』

「…………」

『さて、自己紹介も終わりましたし、本題に移りましょう』

 

 とってつけたような微妙なネーミングに突っ込んでやるべきか否か、割と本気で悩む真をお構いなしに、フラーウムが手を叩いて話を進めた。ちなみに、この手を叩く音や、先程から何度かしている呼吸の音は、普通は念話越しには聞こえないものだ。わざわざ相手に届かせているフラーウムにどんな意図があるのだろうか。疑問を残したまま、今度は真が誰何された。

 

『侵入者様は、なんの目的でここへ来たのですか?』

「妹を取り戻しに」

 

 何者か、なんの目的を持っているのか。……侵入者に真正面から聞く事ではない。

 しかしそれに答えてしまうのが真だ。誰に隠す事でもなく、知られても問題のない話。妹? と嫌そうな声音で聞き返すフラーウムに、攫われた妹、と真は重ねて言った。

 

『ああ、あの子。あの銀髪の娘、ですわね』

「その子は今どこにいる」

『……59階。わたくしのいる隣の部屋でぐっすり眠ってますわ』

 

 真は、即座に電灯を見上げた。そこに59の文字はない。無論階層ボタンも44までしかない。遥か頭上に二つの魂を見た真は、彼女の言葉が嘘ではない事を確認した。……そこで、はたと動きを止める。

 ……最初にエレベータに乗り込んだ時、真は天井を見上げ、上階層にいる魂をいくつも見た。おそらくここに勤める社員や、その先のドーンらの……。

 だが今、壁の先に揺れて見える魂は、妹と、おそらくフラーウムの物のみ。ドーンの存在が消えている。

 社員や何かは、戸惑いや不安や不満を抱えてぞろぞろと階層を下りたり、別のエレベータで下へ向かっているのがわかる。その中にドーンの魂はない。真は足下に目をやって、地下の様子も探った。そこにさえ、ドーンの魂を見つける事ができなかった。

 

『あっさり目的が知れてしまいましたわ。こんなものなのかしら……』

 

 いくつものマジックアイテムを扱う男……。

 シェリーの言葉を思い出した真は、しかし眉を寄せた。神の力をも欺くアイテムがあるというのだろうか。

 ……いや、あるのだろう。あると考えた方が良い。

 首を振って過信を振り払った真は、ドーンが自分の目を欺くような魔道具を持っているのだと判断した。油断は禁物だ。神とは言え、真も生物なのだ。何かしら、未知なる攻撃で命を落とす可能性だってある。

 わかっているなら、たとえ核攻撃をされても対処できる自信が真にはあるのだが……それも時間があればの話だ。今突然に、たとえば念話の先で何やら思案しているフラーウムが小型核弾頭を手に真の目の前に転移してきたら、さすがの真も無事では済まない。短時間では転移も瞬間移動も行えないし、障壁だって最大に展開する事もできない。そういった『予想外』を予測しながら進む必要がある。

 ここは敵地なのだ。真は改めてその事を考え、気を引き締めた。確実に、そして無事に妹を取り戻したいのなら、強者の余裕など投げ打ち、油断や慢心を捨てて挑まねばならない。

 

『ひとつ、よろしいですか』

「……何」

 

 決意を新たに、しかし見た目の上では何も変わらず立っている真へ、フラーウムが改まった声で話しかけた。

 

『外は……今、外は、夜なのでしょうか』

 

 神妙な声で、しかし不思議な質問をするフラーウムに、真は意味がわからず押し黙った。フラーウムも、真の答えを待ってか、息を殺している。

 

「夜……だけど」

『……そうですか。……変な事をお聞きしてしまってごめんなさい』

 

 何かのなぞかけか、と思いつつ答えた真に、しかしフラーウムはほっと息を吐いて、それから謝罪をした。これもまたよく意味の分からない事であった。

 今は、夜だ。真がこの施設に入り込んだ時、すでに日は沈もうとしていた。それからしばらくたった今は、きっと星空に月が上り、地上を照らしているのだろう。それは、夜に生きる真の力が数割増しでアップしている事からも判断できた。

 

『では……夜の空には、月が……浮かんでいるものなのでしょうか』

「きっと浮かんでいるね。それが何?」

『いえ……。あ、では、人が、人がたくさん行き交っていると、いっぺんにたくさんの声が聞こえるのですか?』

 

 質問の意図がわからない。

 思わずそう言ってしまいそうになった真は、しかしすんでのところで飲み込んだ。すぐ前に、シェリー・ルーンという少女と出会い、話を聞いていたから、この念話の相手にも何かしらの事情があると察する事ができたのだ。

 果たして、大きな気持ちに押されるように真に言葉を投げかけては、息を潜めて答えを待って、真が答えれば安心したようにそっと吐息を漏らすこの少女の事情とはなんだろうか。

 堰を切ったように質問を続けるフラーウムに、真はひとつひとつ丁寧に答えてやった。

 晴れた空を見上げれば心地良いと思うのか。見知らぬ人と擦れ違うのはどんな気分なのか。一人で外を歩くのは怖い事なのか。雨に匂いがあるというのは本当なのか。……今話しているあなたは、本当にエレベータの中にいて、ちゃんと生きているのか。

 ひとつ階層が上がるたびに、ひとつの質問。答えれば次へ、答えれば次へ。

 

『どうも……ありがとうございました』

「いや」

 

 やがて満足したのか、ふうっと息を吐く音がして、フラーウムは質問を終えた。

 そこには隠された情報のやりとりだとか、秘密の暗号だとか、そんなものは一切なく、ただ純粋に『聞きたいから聞いているだけ』といった感じがして、そしてそれは、間違いではないのだろう。

 外への興味。外界への憧れ。そういったものがありありと伝わってくるのに、真は、知らず上層階を見上げていた。姿も顔も見えない、声だけの相手。しかし、そこから見える魂の若さと、世間知らずの箱入り娘のような印象は、フラーウムの印象をずっと幼くさせた。

 ロセウムやウィリデの兄妹だ、きっと姿は似たようなものなのだろう。その年齢も……。

 改めて見たフラーウムの魂は、新しく穢れのないものだった。それはどちらかというと、真の作り出す人のようで人でない者達に似ていた。ロセウムやウィリデでさえ多少の穢れを含んでいる。人間、誰しもそうだ。よほど幼い、生まれたばかりの生命でもないかぎり、綺麗な魂などあり得ない。およそ3歳ほどであろう深月はともかく、フラーウムは……。

 

(……?)

『ああ、色々と教えていただいたお礼に、わたくしからもひとつ、お教えいたしますわ』

 

 真は、深月の魂を見上げてから、改めてフラーウムの方に目を移した。

 ……若い。フラーウムの魂は、深月よりは年月を重ねているものの、それ程長く生きているものではなかった。

 

『そのエレベータで44階に行く事はできませんのよ。もし、侵入者様がそのまま44階に到達してしまったら』

 

 ガシャン、とエレベータが急停止した。フラーウムの魂を見て考えに耽っていた真はバランスを崩して膝をつき、何事かと電灯を見上げた。

 44階。オレンジ色の光はそこで止まっている。だが、真っ赤な出入り口が開く気配はなく、右や左から鉄の擦れる耳障りな音がしていた。

 

『プレス機でぺしゃんこになってしまいますわ』

「――!」

 

 天井にあった電気が割れた。壁に(ひび)が走り、軋み、そして……。

 ゴシャンと、エレベータが潰れた。

 

 

「……あら」

 

 59階。その一室。

 白く広い部屋の真ん中に、四角いテーブルがあった。そこへ座ってコーヒーカップを傾けていた少女が、今しがた途切れた念話に首を傾げた。

 ひょっとして、侵入者は罠にかかって死んでしまったのだろうか。

 最上階層に近いこの場所からは、僅かな振動も伝わってこない。安否がわからないと、少女は胸に手を当てて、その感情を丁寧にすくい上げた。

 

「……新しい風なんて、室内に吹く訳がない……か。期待などするものではないですね」

 

 残念そうに、唇に指を当てて呟く少女。

 コーヒーカップを傾ければ、一緒に揺れる長い白髪が、不思議な余韻を残していた。

 

 

「…………」

 

 ギギィと音をたてて、どことも知れぬ階への扉を無理矢理に開いた真は、ようやっと暗い空間から脱出した。

 夜目が効くとはいえ、鉄臭く、狭いこの場所は窮屈な事この上なく、明るい室内に出られると、真は大きく深呼吸して肺の中の空気を入れ替えた。

 振り返れば、暗闇がぽっかりと口を開けている。個室の無いエレベータだ。

 真は、44階層にてエレベータが潰されようとした時、咄嗟に床を破壊して抜け出したのだ。迫る両壁の存在は久し振りに真の心をヒヤッとさせた。女神の状態ならともかく、素の真では何百トンもの圧力からは逃れられないだろう。それでも常時展開型の魔法障壁で迫る壁を一瞬押し留められたのは僥倖だった。

 ここが39階だと確認した真は、何も言わずに移動を開始して、階段を探した。

 1階に似た構造だったので、踊り場を見つけるのは比較的簡単だった。そこから40階、41階、42階と上って行って、43階に辿り着いた真は、そこで階段が途切れてしまったので、どこかに上への階段や何かがないかと探し始めた。

 時折り部屋の中を覗いてみたり、窓際に寄って行って窓から外を見下ろしたりと動き回って、ようやっと黒い扉のエレベータを発見した。

 煤けた肩を手で払いながら扉を見上げる真。

 正直、またエレベータに乗るのには気が引けるのだが、乗らない訳にもいかなかった。

 心構えさえできていれば、次にどんな罠がこようと対処できそうではあるのだが、それでも心配は消えない。しかしこんなしょうもない事に女神としての力を使うのは嫌だ。

 プライドか安全か、数秒悩んだ真は、馬鹿馬鹿しくなって普通に乗る事にした。ボタンの代わりに配置されていたパスワード入力装置に魔力を流し込んで直接電子精霊を叩き込んでハッキングし、扉を開く。

 心配する必要などなかったのだろう、エレベータは正常に作動し、上昇を開始した。

 最初、ボタンを押してもないのに動き出したエレベータに、そして階層ボタンが無い事に動揺した真はまた床に穴を開けそうになったのだが、その前にエレベータが止まったので、未遂に終わった。

 チン、と軽快な音がして出入り口が開く。外は、下の階とほとんど変わらない内装だ。電灯の明かりが強くなっていて、窓が少ないという違いこそあれど、通路や何かに変わりはない。

 そう思って進もうとした真だったが、通路の先にやたらごつごつとした鉄の扉を発見して、その考えが間違いだったと気付いた。

 ここは未知の組織、その上層部だ。おそらく一般の人間が入れないこの場所なら、好き放題内装を弄っているのだろう。

 鉄の扉に歩み寄った真は、ここで指紋認証システムを見つけて、興味本位で指を入れそうになった。こういったハイテクな機械は真の中でSFか何かの位置づけになっている。思わず触ってみたくなってしまうのも無理はないだろう。些か子供っぽい気もするが、子供心を忘れていないと言い換えれば、綺麗に収まる気がする。

 ここも電子精霊で難なく突破した真は、分厚い鉄の扉がカクカクとしたS字にわかれて左右にスライドしていくのに感心しながら、広い室内へと足を踏み入れた。背後で扉が閉まる。

 

「……ここは」

 

 思わず真が声に出して確認してしまうほど、その部屋は物々しかった。

 魔法でコーティングされた鉄の壁が部屋全体を覆っていて、天井は恐ろしく高い。この部屋だけで5階分は使われているのではないだろうか。

 入り口から向かって左側、最奥には巨大な機械が鎮座していた。恐竜のような造形の鉄の塊だ。

 頭を下ろして部屋を見下ろす機械の前へ、真は物怖じせず歩み寄って行った。そこに生命は感じられず、また、動き出す気配もない。遊園地や何かにある人形のようなものだろうか。真は、その恐竜のようなものよりも、胴体に取り付けられた横長の機械の方が気になった。

 ちょうど、恐竜の腹の部分。幾つかのランプが取り付けられた銀色の土台に、円柱状のガラス。かぶさるように、半円状の鉄の板。それが真ん中にひとつと、左右にそれぞれ二つずつ、計五つ取り付けられていた。

 ポッド……それも、人が2人や3人くらい入りそうな大きさのものだ。真には、なんとなく見覚えのあるコップのようなもの、としか認識できなかったが、それが普通の反応だろう。まさかここで四つの命が誕生したなどとは想像できるはずもない。

 

「……ん?」

 

 この部屋や機械がなんの目的で置いてあるのかを考えていた真は、違和感に顔をあげた。

 そうして、気付いた。上階にいたはずの深月とフラーウムの存在が消えている。

 下階層か。床を見た真は、しかしそこにも二人の魂を見つける事ができず、代わりに見えるいくつかの巡回する存在や、地下深くに動くシェリーと霊夢の存在を感覚で追って、すぐに振り払うように目を閉じた。

 まさか、大事な妹を見失うとは。とんだ失態だった。だが、後悔しても遅い。いったいいつ、どのようにして妹が連れ去られたのかがわからない。

 

「――!」

 

 前髪を掻き上げて苦い顔をしていた真は、ちかりと瞬くように地下深くに感じたドーンの存在に、ばっと下を見た。その時にはもう、その存在は感じられなくなっていたが、たしかに今、一瞬彼の気配がしたのだ。

 そこには深月もいた。……気がする。

 曖昧な感覚に、しかし真は歯を噛んで、すぐさまこの部屋を出た。何がどうなっているのかはわからないが、今妹はドーンの手にある、かもしれない。

 不確定でもなんでも、そう思うといても経ってもいられなくて、真はエレベータを用いて43階に戻ると、今度は階段を駆け下りて地下へ急いだ。1階から地下へは、そのまま階段があって進めた。一般の人間の立ち入りは扉一枚で禁じていたようだ。上階層と違ってセキュリティが甘い。地下に重要そうな情報はなさそうだ。

 だが、今真にとって、そんな事はどうでもよかった。

 大事なのは、妹の無事を確認し、取り戻す事だ。もし傷ひとつでもついていたら、真はドーンらを許すつもりはなかった。

 

 そうして、どこか薄暗い地下へ下りた真を出迎えたのは、怒った様子のシェリーと満身創痍の博麗霊夢だった。

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