なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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 小話 普通の少女

 

『瀟洒なアドバイザーのワンポイントアドバイス

 主人と同じドロワを穿けば、魂の繫がり度がアップ☆』

 

「…………ふむ」

 

 いくつかある学園長室の一つ。大きな机に着いた近衛近右衛門は、「妖夢の事が知りたいならこれでも読んでなさい」と友人から送られてきた同人誌を広げて、意味もなく息を漏らした。

 原作をなぞった集大成……らしいが、近右衛門には、友人が何を思ってこれを自分に渡したのかわからなかった。

 理解はできるが、意味がわからない、といったところだ。

 一応、近右衛門の知りたい事は描かれているので、ゆっくりページを捲りつつ、それにしても、と呟く。

 

(随分と印象が違う物じゃの……)

 

 それは、手に持つ本が、原作者以外の誰かの手によって描かれた物だからなのか。

 暗く静かな雰囲気を持つ、妖夢と名乗る少女と、その元となっているらしい、実直で純真な少女とがどうにも重なって見えず、近右衛門は髭を撫でつけた。

 容姿は、見る限り確かに同じだ。性格は流石に違うのが、まだ救いだと、近右衛門は考えていた。

 そこまで干渉はされていなかったようじゃの、と考える近右衛門の手元に、本から紙片が落ちる。

 指先で摘まんで内容を見て、近右衛門は再び息を吐いた。

 

(諦めろ、か)

 

 それは、友人からのメッセージだった。かつて若き日の自分に一夜の夢を見せてくれた彼女を信頼してはいるが、そればかりは、諦める訳にはいかないと近右衛門は思った。

 自分は教育者で、そんな自分の前に何も知らない少女が現れたのだ。放って置けという方が、無理があった。

 

(まったく、なんて子を遺してくれたんじゃ……)

 

 かつての大戦の英雄が作り上げた少女。そもそもの経緯を思い出しながら、まさか自分の所に回ってくるとは、と髭を撫でる。

 この問題は、近右衛門に取って言えば、正直面倒ではある。だが面倒だからといって、今さらやめるつもりは無かった。

 時が来れば解決するとわかっていても、だ。

 幼い時の十年と、老いた日の十年は違う。今の多感な時期を、こんな形で過ごさせてしまうのは忍びないと、近右衛門は考えていた。

 しかし、そうは言っても、本人の意思が問題である。

 この学園に潜り込んでいる敵方の――近右衛門にとっては、それは敵だと言いたくないのだが――者を、何人か斬り殺してしまっている。

 人を殺したというのは、問題だ。だがそれ以上に、幼い少女が人間を手にかけて、何とも思っていないのが大問題なのである。

 大きな常識の欠如、育った環境、今の彼女の心の在り様。それぞれを加味すれば、そんな、人の道を外れた少女が出来上がってしまうのも無理はない。

 だが近右衛門としては、もちろん殺人など犯させたくないし、彼女には普通の子供として過ごして欲しかった。

 友人と協力し、同年代のネギや、孫の木乃香、その友人の明日菜……年の近い者と親しくなるように仕向け、どうにか進む方向を修正しようとしているが、中々難しい問題だった。

 それに、どうにもできない理由もある。だから友人は諦めろと言ったのだが、近右衛門は、どうしても今どうにかしたいと意地になっていた。

 

 扉をノックする音に、素早く引き出しに本を仕舞うと、入室を許可する。入って来たのは、悩みの種の少女だった。片手に買い物袋を下げている。

 席を立ち、おお、よく来たの、と歓迎しながら、近右衛門は用意していた椅子を持ってくると、机の前に置いた。背越しの机に手を振ってカップを出現させると、少女を座らせて、寒かったじゃろう、これを飲むと良い、とカップを手渡した。

 

「まずは、君に謝ろう」

 

 椅子に戻った近右衛門は、不思議そうにカップの中身を覗く少女に、努めて明るい声で話しかけた。

 刹那君が迷惑をかけたようじゃの、と。

 顔を上げた少女が小さく首を振って、「楽しかったから、いい」と言うのに、そうかの、ととぼけたように言って、話題を変える。

 しかし、心の中では汗を流していた。

 

(楽しかった、か……。どうやら、本当に……)

 

 友人の言っていた事が本当の事なのだと確証が持ててしまって、ますます普通の少女として過ごさせる事が困難に思えた近右衛門は、それとわからぬように小さく息を吐いた。

 そもそも、桜咲刹那は、この少女が近衛木乃香と親しくしているのに大きな不満を持っていたようだが、それを理由に攻撃を仕掛ける程短絡的ではない。ではなぜ事が起こったかといえば、ひとえに友人の誘導と、少女の欲求……本能ともいえる物を満たすためだった。

 少女の出自を調べていてわかった事が、いくつかある。その血筋や、両親を事故で失ってから生活していた約七年間の環境。

 近右衛門が、少女に普通の女の子として生きて欲しいのに、そうできない理由の大半が血筋だった。

 両親が特別な何かだったという訳ではない。しかし古く遡れば、遥か昔に生きていた戦いを生業とする一族の末裔なのだとわかった。

 それを知れたのは友人の力が大きいのだが、その友人が言うには、ここに来て戦いの味を占めた彼女からそれを取り上げれば、下手を打てば見境なく人を斬り殺す殺人鬼になってしまうだろうという、衝撃的な事実だった。

 今少女の口から刹那との出来事の感想を聞かなければ、近右衛門はまさかと思っていただろう。なにせ、その一族の血筋というのは、別段特別という程のものでもなかったからだ。

 古いだけあって、探せばいくらでもその血が流れている人間はいるだろう。それがなぜ彼女だけそんな特性を発現してしまっているのかといえば、やはり今の彼女の状態と、七年の生活のせいだろう。

 

「ホットチョコより、クリームソーダの方が良かったかの?」

 

 ちびちびとカップに口をつける少女に、椅子に深く背をもたれかけさせながら近右衛門は言った。

 こくこくと頷く少女に、近右衛門も嬉しくなって、そうかそうか、では今度来た時は、それを用意しよう、と笑ってみせた。

 澄んだ瞳。邪気のない、言ってしまえば純粋な目。良い事にも悪い事にも簡単に染まってしまいそうな危うさがそこにある。

 近右衛門には、それだけでなく、その目の奥に少女の迷いも見て取れていた。

 それは勘のようなものであったが、同時に確信でもあった。

 迷いの内容が己のアイデンティティを左右するような重要なものであっても、瞬間瞬間に悩むのは、この年頃の娘には珍しい事ではない。

 そんな、表面だけ見れば普通な事に、少女の道を正す光を見ていた。

 この少女に、友人に囲まれる温かさを教え、共に学ぶ喜びを教え、そうして心の成長を促せば、戦う喜びなど容易く塗り潰せるのではないかと近右衛門は考えていた。

 だが、たとえそれが出来たとして、今度はもう一つの問題が邪魔をする。

 先程、刹那の名前を出した時、少女の周りにチラリと揺れた影。それはあたかも幻覚のようで、普通の人間には見えないものだろうが、確かに存在するものだった。

 たとえ少女を正そうとも、少女に深く根付いてしまっているその影がその心を食い潰してしまうだろう。しかしこの影は時間が経てば薄れていくから、それを待てばいいと友人は言った。

 それは、何年かかるのだろう。人間である少女にとって、どれ程の時間になるのだろう。

 なすりつけられた影のために、貴重な青春時代を無為にしてしまうのは、あまりにも忍びないと、改めて近右衛門は思った。

 本人がそれで良いと言っても、戦いに身を投じたいと言ったとしても、近右衛門は無理矢理に、それこそ魔法や汚い権力を使ってでもこの少女を正そうと考えていた。

 それは、自己満足のためだった。

 

 ふと、自分をじっと見上げる少女と、ネギの姿を重ねてしまった近右衛門は、否定するように小さく笑みを作った。

 英雄に作られた少女と、作られた英雄になろうとしている少年。

 彼にはこれから様々な困難を乗り越えて貰わなければならないだろう。その罪滅ぼしではないが、代わりに少女を……。

 決して口に出さないが、近右衛門の心境はそれだった。

 もちろん、それだけでなく、善意や義務感もいくらか混ざってはいたが、その事も近右衛門は考えなかった。結局やる事は同じだからだ。

 本当は、今すぐにでも変えてやりたいが、方法が無い。できれば同じ年代の初等部に入学させて成長して欲しいが、万が一事が起これば庇う事が出来ない。だから、誰もが問題を抱える3-Aに入って貰い、ゆっくりじっくり、少しずつ温かさを知っていって貰うしかない。

 幸い明るいクラスだ。少女が懐いている木乃香もいるクラス。そして、ネギがいるクラス。

 上手くいけば……そういう期待も、近右衛門の心の中にはあった。

 

 こほん、と咳払いをして、まあ、とにかくじゃ、と近右衛門は頭を切り替えた。

 懐いている木乃香にお見合いをさせようとしている事を知られたら、ワシまで斬られかねんの、と明るく考えて、それがわりと現実になりそうな事に、見合い相手の資料が入っている引き出しの戸に手を当てた。

 

(……できれば、妖夢ちゃん自身も、他の誰かにも血が流れんで欲しいのう)

 

 少女を帰して、一人になった室内で、近右衛門は思う。

 きっと、それは無理な話だ。これからも血は流れるだろう。近右衛門自身が、友人と共にそう仕向けるのだから。

 それが良い方向に進む事を願いながら、近右衛門は見合いを中止させるために携帯を取り出した。

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