「完璧だったのよ」
「そうですか」
「その私が恨みなんて買うはずがないわ。絶対よ」
「そんなパフェのクリームみたいに自信たっぷりだったから恨みでも買ったんじゃないですか?」
銀色のスプーンで目の前のパフェを指して言うと、彼女はむっとして目をそらした。
「……そのパフェほどじゃないわ」
今私が食べているパフェは、空座町の中でも人気ナンバーワンカフェ『レンソウ』の目玉商品『デカ盛り☆全部乗せ生クリーム三倍パフェ』というネーミングセンスをどこかに置き去りにしたような一品だった。新鮮なフルーツと私が主役だと言わんばかりのプリンやアイス、そして最大の特徴が15センチは超えるこれでもかと盛りつけられた生クリーム。
甘党の限界が試される珠玉の一品だと言ってもいい。
私の知っている限りだとこれを完食したのは二人だけだった。
「あのね、生きてる時はみんなの前ではこんなキャラじゃなかったわよ。成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群!」
彼女は幽霊だ。
姿こそ普通の女子高生だが、胸から大きな鎖が下がっている。どうやらこの世界では死んだ後に未練や後悔があるとその鎖に囚われてしまうらしい。
「まあ、さすがの私でもトラックは避けられなかったけど」
彼女曰く完璧な頭脳、完璧な外見、完璧な運動神経、それら全てが必要と無くなった今、彼女はただ宙に浮いている。
ため息をつき、窓から空を見上げるとパッとしない曇り空が広がっていた。
「それで?先輩は何が心残りなんですか?」
「手紙よ」
彼女の手からピンク色の可愛い封筒が現れる。何の変哲もないただの手紙だ。しかし、彼女の鎖とうっすら繋がっていた。
「ただの手紙じゃないわ。不幸の手紙よ。こんなもの貰うはずがないわ。私は完璧だったんだから」
「じゃあ間違い手紙だったんじゃないですかね。はい問題解決」
「いいえ。私宛にしっかり名前が書かれてたのよ。間違いないわ」
「気が付かないうちに何かしたんじゃないですか」
もう面倒くさくなってきた。パフェ食べ終わったらさっさと彼女をまいて家に帰ってしまおうか。
「その『何か』が知りたいのよ!」
ガタガタ、と触ってもいない机が揺れる。彼女を見ると鎖はさっきよりも短くなっていた。
この鎖が完全に無くなると悪霊となり、私の同級生の死神に倒されることになる。私はそうやって消えて行った悪霊を何体も見てきた。
「わかりましたよ……お手伝いさせていただきます」
彼女は幽霊のくせに強引だ。生きてた時こんなことはしなかったのに。
「そう言うと思ってたわ。私は完璧だからね」
あなたも知ってるでしょう?と得意気に胸を張る。鎖がまた揺れた。
そもそももったいぶる必要はない。私はその送り主を知っていた。
「その手紙出したの、部長ですよ」
パフェが残り三分の一になっていたがもう食べられる気がせず、そっとお金を置く。
「まさか、あの子な訳がないわ」
「なんでですか?」
はん、と人を小馬鹿にしたように笑う。そうやって内心見下してたから不幸の手紙なんて来たんじゃないのかと思ってしまう。
「だって、私が一番目をかけてあげたのよ。あの子の自尊心が満たされるような言動をして、困ったときには力になってあげたし。感謝されても恨まれるわけなんてないわ」
「嘘ついてるわけじゃないですよ」
「あなたが嘘ついたってすぐにわかるわ」
わかりにくいが、彼女は私を信じているということでいいのだろう。
「理由、聞きます?」
「そのために化けて出てやったのよ。屋上にいるから後で報告しなさい」
「一緒に行ってくれないんですか?」
「私も忙しいのよ」
彼女を見送り何体かいる幽霊を無視して店の奥に入る。こんな平和なカフェにすら何体もいるのだからうんざりしてしまう。
先輩と仲が良くて、ことあるごとにお茶会や部会と言って家まで粘着テープのようにひっついていた彼。茶道部の部長でここのパフェを食べられる真の甘党。柔らかい茶髪に丸い眼鏡をかけていて、細い身体は軽く押しただけでも折れてしまいそうだった。
「すみません部長、お話いいですか?」
「はははい!?」
あと極度の上がり症でもあった。彼女以外にスムーズに会話している人を私は見たことが無い。
◇
「先輩、聞いて来ましたよ」
「……そう」
彼女はどこか沈んでいるように見えた。さっきはあんな言い方をしていたが自分が目をかけた後輩からまさか嫌がらせの手紙が届くとは思いもしなかったのだろう。
「ところでその不幸の手紙、最後まで読みました?」
「そういえば読んでないわ」
さっきの手紙を出し、彼女は読み上げる。
「『この手紙は不幸の手紙です』『読んだ人は不幸になるでしょう』」
「その次です。次」
「次なんて」
封筒に張り付くようにして入っていたもう一枚が、ひらりと落ちた。
「……気が付かなかったわ」
「懐紙ですからね。さすが茶道部」
一緒にのぞき込むとそこには震えたような細い字で一文。
―――ごめんなさい、あなたが好きです。
不幸の手紙はただの歪なラブレターだった。
きっと彼の卑屈さが、こんなややこしい事態を引き起こしてしまったのだろう。
「よかったじゃないですか、先輩」
呆然としている彼女に声をかけるが。そういえば彼女が死んだあの日はちょうどホワイトデーだった。
「全く、こんなオチなんて笑えないわ」
そう言う彼女の口元は言葉と裏腹に笑っていた。
手紙と彼女の胸をつないでいた鎖はいつの間にか完全の消滅している。
「不幸の手紙を送りつけたやつに憑りついてやろうと思ってたのに」
「残念でしたね。さっさと成仏してください」
「仕方ないわね」
彼女はため息をつくとトン、と宙を蹴って飛び上がった。
そのまま私の目線ほどまで浮かび上がり静止する。
「パンツ見えますよ」
「見れば?」
挑発的に笑う彼女は曰く『完璧』な姿からは程遠かったが、少し昔に戻ったようで嬉しかった。
「飛距離が足りないわね。ちょっと足を押し上げてくれない?」
「嫌ですよ。重いし」
「失礼ね。重くなんてないわよ」
優しく、柔らかく彼女が言った。彼女はもう死んでいるから重さなんてあるはずがなかった。
そっと彼女の靴に手を添える。重さは感じないが、掌がひんやりとした。
「なんでニヤニヤしてるんですか」
「いや、これをやらせるために化けて出たのかもしれないって思って。あともうパフェ食べるの止めなさいよ。今度は私、鳥にでも生まれ変わるから。貴重な卵をプリン嫌いな人に食べさせたくないわ」
「来世鶏でいいですか先輩……」
「ねえ、私が死んでショックだったんでしょ」
彼女を持ち上げようとした手が止まる。
「だって私が死んでからずっと死んだ虫みたいな目をしてるんだもの。あんなキチガイじみたパフェまで食べ始めるし」
「悪かったですね、死んだ目で」
ふう、と一呼吸おいて少し手を持ち上げると彼女の身体も持ち上がった。
「しっかりしなさい。私と同じもの食べたって私になんてなれないわよ」
「知ってるよ」
「私は逝くけど、ちゃんと家に帰るのよ」
「わかった」
「大丈夫よ、この私の妹なんだから」
「……うん」
「よろしい」
満足そうに頷く姉を見上げた。空に姉の長い黒髪が広がる。
「さよなら、完璧だったお姉ちゃん」
さよなら、私の目標だったお姉ちゃん。
そのまま手を空に向かって押し出す。
不意にあの足を捕まえれば、姉は戻ってくるだろうかと考えた。しかし姉は自分の邪魔をされるのが何より嫌いだったから、ただ見送るだけに留めておいた。
青かった視界がぼんやりと霞む。そういえば、姉が死んでから泣くのは初めてだった。
そして完璧な姉は綺麗な夏の空に飛び立って、二度と戻らない。
自分で書いててしんどくなった