魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第十話

その後生徒会と差別撤廃を目指す有志達の打ち合わせが行われたが、差別撤廃を謳う割には具体的な手段は学校側……ひいて生徒会側に委ねるという残念な意見に対し、結局週末に有志達と真由美で公開討論会を開く事になった。その後放送室から芺が出ようとすると摩利から呼び止められ、三人になった部屋にとどまっていた。

 

「それにしてもあの連中共と討論会とはな」

「そう言わないでよ。これが恐らく最善なんだから」

「十文字会頭の仰る通り、後顧の憂いを断つにはそれが一番でしょう。しかし、お一人で壇上に上がる真由美先輩が危険に晒される可能性があります」

「それなら服部を上がらせてはどうだ」

 

と、摩利が言った所で二人の女子生徒は気付いた。

 

「おい待て、今危険と言ったか」

「……?はい」

 

芺はキョトンとしている。何を今更と言わんばかりの顔だ。

 

「この一件、ただの一部生徒だけが動いている訳では無いんでしょう?それこそ、反魔法国際政治団体とか」

 

その言葉の裏に一部生徒の影で暗躍している組織への確実な心当たりがある事は明白だった。

 

「ちょっと!声が大きいわよ!」

 

真由美が人差し指を立てて静かにと合図を送る。生憎ここは放送室であり、防音設備はある程度成されているのだが。

 

「お前、どこでそれを」

「達也君づてに聞きました。彼も知っているなら会場の守りは盤石と思われますが……念には念を入れておくべきです」

 

そう言って彼は一本の記録媒体を取り出す。

 

「もうすでにご存知かもしれませんが“エガリテ”に所属している生徒達をリストアップしておきました。当日はコイツらに監視を付けるべきでしょう」

「よく分かったな……あとこのリストバンドは?」

「“エガリテ”の構成員が付けているものです。お陰で調査が捗りました」

 

少し準備が良すぎる芺に少々呆れ気味になりつつも、警備体制を詰めていく。

 

「やはり討論会の会場は守りを厚くすべきですが、そこには我々がいます。無理に人員を配置する必要はないかと。ですが、敵の狙いも規模も不明瞭です。ここは臨機応変に対応するしかありませんが……何せ体制を整えるにも時間がありません。各所に人員を配置するにも、監視にも人員を割かねばなりませんし……警備の方々との連携も重要になります」

「ふむ、これは後手後手になりそうだが、仕方あるまい」

「ごめんなさい……私が急に決めたから……しくしく」

 

真由美はわざとらしい演技で謝罪する。摩利も芺もやれやれと言わんばかりの表情だった。

最後に人員の配置場所を決め、その日は一旦解散となった。

 

(もう少し情報を出すべきだったか……、いたずらに不安を煽るべきでもないが、安全が第一でもあるし……ある程度は摩利さん達も調査済だろう。考えても仕方ないか)

 

───

 

討論会の前日の朝に生徒会からその旨の発表があり、その日の夕方頃から有志同盟たちは二科生に対して討論会への参加を呼びかけていた。

その喧騒の中、二科の生徒である柴田美月もその勧誘をしつこく受けていた。歩いていた達也はそれを見つけるとすぐに止めに行こうとしたが、その必要は無くなったようだった。

 

「司先輩」

 

急に現れたその男の顔を見て、しつこく勧誘を仕掛けていた眼鏡の男、司甲(つかさ きのえ)は一瞬難色を示す。

 

「や、柳生君じゃないか。この前はその、助かったよ」

「いえ、自分のような未熟者でよければ」

 

この司という男は剣道部の主将である。ちなみにこの前というのは芺が剣道部に顔を出し、少しばかり組手に参加した時のことを指していた。芺はここ最近の調査の結果を踏まえて司甲に一度接触しようと考えていた事もあり、このタイミングで話しかける理由が出来たことは都合が良かった。謙遜を含んで話しながら芺は続ける。

 

「それと、あまり長時間に渡る勧誘はお勧めしません。迷惑行為にあたるケースがありますから」

 

芺の暗に“それ以上は取り締まるぞ”という意志に気づいた司は汗を流す。

 

「そうだったな、すまない。柴田さん、僕の方はいつでもいいから気が変わったら声をかけてくれ、じゃ」

 

そう言って司はその場をそそくさと立ち去って行ってしまった。

 

(逃げ足が早いものだ)

 

一方美月はしつこい勧誘から救われた形となった為にお礼を言おうとするが、芺の鋭い目付きに少したじろいでしまっていた。

 

「……大丈夫か?」

「は、はい!大丈夫です!ありがとうございます!」

 

そう言って出来るだけ優しい声色で話そうとしているであろう芺には見た目とは裏腹に優しそうな印象を受けた。そして彼の腕には風紀委員会の腕章があり、決して怪しい人物では無いことに安心していた。

 

「すまない、自己紹介が遅れてしまった。風紀委員会で副委員長を務める柳生 芺だ。もし差し支えなければ司先輩が何を話していたか教えてくれないか」

「い、いえ!一年の柴田 美月です!」

 

美月が名乗ると芺は少し思い当たる事があるのか少し目を開いていた。だが美月は特に追求することも無く芺の要求に応える。

 

「えーと……霊子放射光過敏症で悩む生徒達が集ったサークルに参加しませんかってお誘いを受けて……勉強で精一杯だって断ったんですけど……」

「なるほど、ありがとう。急に悪かった」

「いえ!お役に立てたなら光栄です」

「恐縮だ。にしても、何故この子を……」

 

目の前でふと何かを考え始めた芺に美月はおどおどしながらも声をかける。

 

「えっと、それはどういう……」

「あぁ、いや……俺も()()なんだ」

 

そう言ってポケットから眼鏡を取り出すこの行動は、彼自らが霊子放射光過敏症だということを知らしめるものだった。美月は少し驚いた。彼は自分がコンプレックスにしている霊子放射光過敏症についてなんの躊躇もなく告白したのだから。

 

「嫌じゃないんですか……?」

「何がだ?」

「その、霊子放射光過敏症です」

 

その悲しそうな表情を見せる美月を見て芺は後悔した。この子はこの症状についてあまり良い感情を抱いていないように見えたからだ。それが読み取れなかった、否、どうせこの先関わることはないだろうと読み取ろうとしなかった芺は目の前の悲しそうな少女を放っていくことは出来そうになかった。

 

(どこかで見た事があるような気がしたが、確かこの子はエリカの友人で間違いないだろうし、適当にあしらって去るのは後味が悪いか)

 

「気が回らなくてすまなかった。……それと、老婆心からのいらぬお節介だと思ってくれて構わないんだが……」

 

申し訳なさそうに語る芺を見て美月は顔を上げる。

 

「霊子放射光過敏症は確かに君に辛い思いをさせる事も多いだろうが……なんと言うか、あまり気負わない事だ。これも君の才能の一つであり他には無い力だ。いつか必ず役に立つ時が来る」

 

芺は静かだが、力強い調子で語る。目は真っ直ぐとこちらを捉え、どこか凛としたオーラを感じさせた。彼の口調は硬いが、優しさを感じるものであり、美月は目の前の霊子放射光過敏症を認めている人物に一種感銘のようなものを受けていた。

 

「もうやってるかもしれないが、霊子感受性のコントロールを鍛えてみるといいかもしれない。俺も昔は眼鏡が手放せなかった。それに今でも必要となる場面はある」

 

そこまで話した所で芺はしまった、という顔をして謝罪する。初対面にも関わらず出過ぎた真似をしてしまったと、すぐにその場を去ろうとした。

 

「悪い、くどくど喋りすぎてしまった」

「……いえ!ありがとうございます!」

「そうか、な「私感動しました!!」

「ん?」

 

突然美月は興奮した様子で声を張り上げる。今までは落ち着いていて大人しいイメージだった美月が急に声を張り上げた事に芺は驚いた。

 

「私は今まで霊子放射光過敏症という症状にとてもコンプレックスを抱いていました!でも、先輩は症状の度合いは違えど同じ病気を患っているのにも関わらずとても前向きでいらっしゃって……私、感激しました!!」

「……そうか、何か力になれたならよかった」

 

“初対面にも関わらず説教じみた事をした自分が言えることではないが、この子も中々だな”などと失礼にも考えながらどうやってこの場から去ろうか考えていた芺に助け舟がやって来る。

 

「美月、何またヒートアップしてんの?」

「エリカ」

「こんにちは、芺さん」

 

そこに現れた赤髪の美少女。そして彼女の言葉で美月は落ち着きを取り戻したのだが、それと同時に今までの自分を顧みることになってしまった。

 

「あああ……私ったらすみません……!」

「いや、いい。俺は仕事があるからこれで」

「あ、もう行っちゃうの。ばいばい」

 

“ああ”と短く返した芺は人の視線が集まるその場をさっさと離れていった。

 

「それにしても美月、アンタ芺さんと知り合いだったの?」

「いや、さっき知り合ったばっかりなのに……」

「それは……なんかドンマイ」

 

実は達也の目の前でも似たようなヒートアップをしたのだが……彼女は案外熱い女なのかもしれない。

 

───

 

討論会当日、壇上には真由美と有志同盟、その後ろに服部が立っている状態だった。生徒会と風紀委員会の面々は各自持ち場についており、芺や摩利、市原や司波兄妹は舞台袖にて待機していた。

 

「それは、各部の実績を反映した結果です。非魔法師的クラブでも、優秀な成績を収めた……」

「もはや討論会ではなく真由美の演説会になりつつあるな」

 

それもそのはず、差別撤廃を望むものの詳細は学校側で決めろと人任せ。討論の内容にしても全く練っていない陳腐なものばかり。きっちりと対策をしてきた真由美に敵うはずもなかった。

 

「それにしても、何をするつもりかは知らんが……こちらから手出しは出来んからなぁ」

「そうですね、専守防衛と言えば聞こえはいいですが」

「お二人共、実力行使を前提に考えないでください」

 

その市原の言葉に二人は肩をすくめる。二人の言動はよく似ていた。

 

「分かってる。心配するなって。なぁ?」

「ええ」

 

そしてまだ続く討論中に、真由美は“ブルーム”と“ウィード”という言葉を出す。その発言に達也たちも含め会場はざわつき始めた。

 

「学校も生徒会も風紀委員も禁止している言葉ですが、残念ながら多くの生徒がこの言葉を使用しています。しかし、一科生だけではなく二科生の中でも自らを“ウィード”と蔑み、諦めと共に受容する。そんな悲しむべき風潮が確かに存在します」

 

真由美の言葉に声を荒らげる二科生もいたが、真由美は怯むことなく続ける。

 

「この意識の壁こそが問題なのです!私は当校の生徒会長として、この意識の壁を何とか解消したいと考えてきました。ですが、それは新たな差別を作り出す解決であってはならないのです。一科生も二科生も一人一人が当校の生徒であり、当校の生徒である期間は、その生徒にとって唯一無二の三年間なのですから」

 

彼女の演説にどこからともなく拍手が起こる。二科の生徒も同じく手を叩き、壇上に上がった有志同盟達の中にも目元を抑える者がいた。

 

「ちょうど良い機会ですから、皆さんに私の希望を聞いてもらいたいと思います。生徒会には一科生と二科生を差別する制度がまだ一つ残っています。現在の制度では、生徒会長以外の役員は一科生生徒から指名しなければなりません。この規則は生徒会長改選時に開催される生徒総会によってのみ、改定可能です。私はこの制度を解任時の生徒総会で撤廃することを生徒会長としての最後の仕事にするつもりです。人の心を力づくで変えることは出来ないし、してはならない以上、それ以外の事で出来るだけの改善策を取り組んでいくつもりです」

 

会場にいた生徒から大きな拍手が生まれる。有志同盟たちも全員目を瞑り、下を向いていた。

 

だがやはり、この公開討論会がこのまま平和に終わることは、夢物語だったのかもしれない。

 


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