魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第十二話

時は少し遡り、達也達が閲覧室に向かったあたりの事だ。

エリカは生徒と、芺は五人のテロリストと対峙していた。芺は通路の中程まで進み、伸縮刀剣型CADを構える。

 

「ハア!」

 

テロリストの一人が魔法を発動する。収束と放出系の雷を球状に射出する魔法だった。芺は何故かその場から動かない。当然着弾し、芺がいた所から雷撃が迸る。しかしそこに立っていたのは無傷の芺だった。

その後も魔法を発動するが、尽くを芺は無効化する。その種はただの障壁魔法なのだが、芺程度の干渉力があれば何処の馬の骨かも分からない一介のテロリストの魔法など恐るるに足らないものだった。

魔法が無意味だと感じたテロリストは持っていた武器で襲いかかってくる。

 

(警棒が三人、真剣が一人、拳銃が一人か……拳銃からだな)

 

芺に向かって一発の弾丸が発射される。だが芺は動じることなくその弾をCADで弾き、他のテロリストを飛び越えるように拳銃持ちに迫り、落下しながら斬りつける。その様子を食入るように見つめていた他のテロリストも武器を構え戦闘態勢をとった。

しかしそのうちの一人が構え終わるか終わらないかのうちに胴の辺りを薙ぎ払われ、返す刀で警棒ごと叩き斬られる。三人の警棒を持つテロリストのうちの一人は芺の緩急の着いた動きと一瞬で二人の命が失われた事実に一瞬身体が硬直してしまう。

戦場でそんな隙を見せればつけ込まれる他ない事はこの場の摂理である。また一人と血を吹き出しながら倒れ込み、警棒を持った最後の一人は情けない声を上げながら斬りかかる。芺は冷めた目で見つめながらそれをCADで弾く。警棒が浮き、丸出しになった腹部を芺は蹴りつける。ベクトルの力が乗った蹴りが直撃したテロリストは叩きつけられた柱で後頭部を打ち卒倒した。

最後のテロリストはというと、既に真剣を放り出し逃げようとしていた。それを横目に芺は何かを拾い上げる。その後大きな音──騒音が鳴り響くこの場では掻き消える程度だが──と共に、テロリストは倒れ伏した。

 

「いやー、芺さんは強いね」

「コイツらが弱いだけだ」

 

エリカが労いの言葉をかけてくる。当のエリカは早々に一人を無力化し、芺の動きを観察していた。手助けが必要な敵でもなかった上に、近接戦闘での咄嗟の連携は難しいので芺も何も言うつもりはなかった。

 

「……これは後始末をする方に申し訳ないな」

 

図書館は凄惨な有様だった。三人が斬りつけられ、一人は血を流しながら柱の側に横たわっている。

まーまー、とエリカが芺の背中を叩いていると、芺が何かに気付いたように後ろを振り向いた。エリカがどうしたの?と顔を覗き込んでくるが、芺はじっと同じ方向を見つめている。少し間を置いてエリカも気配に気づき、芺の隣に立った。

間もなく、閲覧室の方から壬生が降りてくるのが見える。

 

「柳生君……それにあなたは?」

 

壬生は降りてきた瞬間、同い年の剣士として一目置いている柳生と、見たことも無い赤髪の少女が目に入る。そして引きつったような顔を見せた。図書館には活動を停止した人間が数人、転がっていたからだ。

エリカはお構い無しに自己紹介を始める。

 

「初めまして。一年E組の千葉エリカでーす。一昨年の全校中学女子剣道大会中等部準優勝の、壬生沙耶香先輩ですよね」

「それがどうかしたの」

 

壬生は人懐っこく話しかけてくるエリカと不動の芺に警戒しながらも、得物がそばに落ちていることを確認する。

 

「いえ、確認したかっただけです」

 

エリカがそう言い終わると同時に壬生は落ちていた警棒を拾い上げる。

 

(本来ならば投降の勧告をすべきだが……今捕えようが後で捕えようが結果は変わらんし、遥先生の頼みも聞かなければな)

 

「エリカ、ここは任せた。俺は外を治めてくる」

「はーい」

 

エリカはやっぱり、と言う顔で快諾する。

壬生の悩みを芺は知っていた。一度相談を受けたりもしたのだが、彼女の望む答えを言うことは出来なかった。ここで俺が壬生を叩きのめしても何の解決にもならない。エリカと──千葉の教えを受けた剣士と戦ってもらわなければならない。そう考えた芺はこの場を後にする。

 

「壬生」

 

そう言うと芺はテロリストが持っていた真剣を壬生の方へ放り投げる。

 

「お前の実直な剣は尊敬に値するものだったぞ。……もちろん今もな」

「え……」

彼は去り際にそう言い残し、外に向かっていった。芺の褒め言葉に動揺を見せながらも、壬生はこの場から脱出しようと警棒を構える。

 

「……っ、そこをどきなさい!痛い目を見るわよ」

「これで正当防衛成立かな……元からそんな言い訳をするつもりは無いけど。じゃあ“真剣勝負”ってものをやりましょうか、先輩」

 

エリカも伸縮警棒を構え、二人の女剣士が対峙する。先に仕掛けたのはエリカだった。その速さに壬生は虚をつかれる。

 

「速い!」

 

エリカは壬生の裏を取るような動きで翻弄し、壬生は反撃もままならない状態だったが何とか初動を凌ぐ。

 

「自己加速術式……?渡辺先輩と、同じ」

 

術式を発動して迫るエリカに対して、壬生は『キャスト・ジャミング』を発動する。魔法が使えない純粋な立合いになり、二人は互角とも見える立ち回りをする。しかし得物の差か、はたまた腕の差か、壬生の警棒はエリカの一撃に中程から折られてしまう。その状態でエリカは芺の投げた真剣を見て言い放つ。

 

「拾いなさい。そして、貴方の全力を見せて。貴方を縛るあの女の幻影を、私が打ち砕いてあげる」

 

「……こんなものには頼らない」

 

壬生は少し逡巡した後、警棒を捨て、付けていた指輪を外す。

 

「私は自分の力で、その技を打ち破る。私には分かる。その剣は、渡辺先輩と同じものだ」

 

制服のブレザーを脱ぎ捨てノースリーブの動きやすい服装になった壬生は、目の前の赤髪の剣士に渡辺摩利の姿を重ねる。

 

「私の技はあの女のものとは一味違うわよ」

エリカも伸縮警棒を構えて言い返す。

女剣士二人は対峙する。双方が擦り足で体勢を整える中、エリカが自己加速術式を使用して仕掛けた。

一瞬の交錯。それがもたらした結果は──エリカの動きに対応できなかった壬生の手から刀が滑り落ちた事で明白となった。

 

「ごめん先輩、骨が折れているかもしれない」

 

この勝負の結果は、エリカの勝利で終わった。うずくまって手元を抑える壬生が話し出す。その声はどこか震えているように聞こえた。

 

「……ヒビが入っているわね、いいわ。手加減できなかったって事でしょう」

「うん、先輩は誇っていいよ。『千葉』の娘に、本気を出させたんだから」

 

その言葉に壬生は驚く。

 

「あなた、あの千葉家の人だったの……!?」

「実はそうなんだ。ちなみに渡辺摩利はうちの門下生。あの女は目録で、私は印可。剣術の腕なら、私の方が上だから」

「そう……」

 

壬生は力無い声でそう呟き、前のめりに倒れる。が、エリカがすぐさま肩を掴んで止めたことで、地面に激突する事は無かった。

エリカは気を失った壬生を自分にもたれかからせ、彼女を優しい目で見つめていた。

 

───

 

一方その頃……剣道部主将である司甲は下校のため、校門に向かっていた。しかし、校門の前で突然誰かに呼び止められる。

 

「よお、司」

「何か用か、辰巳」

 

その声の主は辰巳鋼太郎だった。同級生の彼らは知り合いだったのだろう。お互い名前を知っていた。

木陰から姿を現した辰巳は立ちはだかるようにして言い放つ。

 

「お前さんに聞きたいことがある」

「ぼ、僕に?」

「あぁ、うちの委員長はちょっと感心しない特技を持っててな。複数の香料を気流を操作して掛け合わせる事で違法な薬物を使わずに自白剤を作っちまうんだよ」

 

後ろめたい事のある司には辰巳の言葉の真偽を確かめる余裕は無かった。彼の顔に徐々に焦りと恐怖が見えてくる。

 

「ネタは上がってんだよ!あの連中はお前が手引したってネタが!」

 

辰巳がそう言うと司は魔法……先日、達也を襲った者と同じ魔法を使用し一目散に辰巳の前から逃げ出す。辰巳が“司!”と呼び止めるが相手は聞く耳を持たなかった。

校門から逃げ出そうとする司の前に門の影から沢木が現れる。

 

「司先輩!大人しくご同行願います!」

「チィ……っ、クソっ!!」

 

自分の逃げ道を塞ぐ沢木に対し、司は腕を突き出し指輪から『キャスト・ジャミング』を発動する。魔法さえ防げば問題ない……とでも考えていたのだろう。

魔法を発動して走り去ろうとする司に、沢木は魔法を使わずに強烈な肘打ちを決める。鳩尾にめり込んだその一撃は、司の意識を飛ばすのに十分な威力だった。

 

「ふぅ……」

「いい一撃だったな」

「彼直伝ですから」

「ははっ、そうか」

 

──

 

夕日が昇る時間帯になり、校内に侵入したテロリストは鎮圧され、エガリテに加担した生徒諸共一箇所に捕えられていた。未だ煙が立ち上り、警察やマスコミで騒々しい事を除けば、とりあえずの平穏が訪れた。

司波兄妹、エリカにレオ、三巨頭に副風紀委員長といった面々は壬生に事情を聞くため保健室に来ていた。

 

「一年以上前から、司先輩は剣道部員達に魔法による差別の撤廃を目指すよう訴えかけていました。主将に連れられブランシュの支部に行った事もあります。お兄様が、日本支部の代表を務めているらしくて……」

 

その言葉に司波兄妹は顔を見合わせ頷き、芺も頼んでいた調査内容との一致を心の中で確認した。

壬生はその後も諸々の経緯を説明する中で、自分の受けた差別が摩利からだと告白する。

その言葉にエリカは目を細めるが、摩利は誤解だと説明し、その時の事を詳細に語る。

壬生は摩利に稽古を頼んだ際に、自分が二科生だから稽古をしてもらえなかったと勘違いしていた。しかし本当は摩利は“純粋に剣の道を修める壬生の相手は私では務まらない”と剣道においては摩利は自分の方が弱いという意味の発言をした、と。壬生は図書館でのエリカの発言も相まって、摩利の発言が事実である事を思い出した。

 

「じゃあ……私の誤解、だったんですか……?なんだ……私、バカみたい……勝手に先輩のこと誤解して……自分のこと貶めて……逆恨みで一年間も無駄にして……」

 

そう言って涙を流す壬生に、声を掛ける人物がいた。

達也だ。彼は言う。壬生の剣は中学の頃とは別人のように強くなったとエリカが言っていたと。その恨みや嘆きに毒される事無く、自信を磨きあげてきた壬生の一年が無駄であっていいはずが無いのだと。真っ直ぐに壬生を見つめて語る達也の言葉が嘘ではないという事は言うまでもない事だった。

その言葉を受けた壬生は……様々な感情が渦を巻く中、確認を取った上で、達也の制服に顔を埋めて泣きじゃくることしか出来なかった。

 


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