第十五話
ブランシュ事件──後にこう呼称されるようになった出来事から数ヶ月後である七月初旬。
芺は真由美と摩利それに加え十文字と共に席を囲んでいた。各組織のトップ……それも上級生と同席する事に芺は少しばかり気が引けていた。
「そう構えるな、柳生」
「……申し訳ありません」
十文字と芺。お互い自らものを語る事は少なく、必要な時にきちんと意見を述べるタイプの人間なのでどうも会話が滞りがちである。といってもこの場には真由美と摩利がいるので幾分かはマシだったが。
「そうよ、ただ『九校戦』の出場種目を決めるだけなんだから」
そう、芺は本来真由美だけに伝えに来たはずなのだが、風紀委員会本部に寄った時に摩利に見つかり、彼女も真由美に用事があるらしく同行していた。それに加え生徒会室に偶然居合わせた─真由美と九校戦の参加者について相談していた十文字も交えることとなったのである。
「そうだ。二年生の中でも実技がトップのお前には選ばれた者として力を尽くして貰いたいと思っている」
「はい……重々承知しています」
その言葉に芺は神妙な面持ちで答える。
「ちょっと十文字君?そんな言い方じゃ芺君が怖がっちゃうわ。芺君、十文字君は当校の為にもあなたが最も活躍出来そうな種目に出てもらいたいって事を言ってるのよ」
「……概ね、その通りだ」
少々言葉足らずだった十文字のフォローをする真由美。
「芺はどの種目に出たいんだ?確か去年はモノリス・コードだった気がするが」
「はい、今年もモノリス・コードには出場させていただきたいと思っています。もう一つは……アイス・ピラーズ・ブレイクにと考えているのですが」
「ふむ……アイス・ピラーズ・ブレイクか。大丈夫なのか?」
その“大丈夫なのか”という言葉の意味は、芺の特性に由来するものである。芺は元よりあまり魔法の撃ち合いが得意ではない、と言うよりは遠距離用の魔法をあまり習得していないのだ。それにより、去年も成績優秀にも関わらず新人戦ではモノリス・コードのみの出場となっていた。今年に入ってからも三巨頭は実技ではトップクラスの実力を持つ芺の九校戦の種目は一つの悩みの種だったのだが、どうやらそれは解消されそうである。
「はい。自分も、いつまでも魔法の撃ち合いを避けていてはならないと思い立ちまして……近日中に対策を講じれるかと」
「なるほど、お前の事だ。それなりに勝算のある対策なのだろう。では、出場種目はモノリス・コードとアイス・ピラーズ・ブレイクで構わんな?」
「そちらでお願いします、会頭」
「七草も異論はないか」
「ええ、もちろん」
十文字は“わかった”と言って別の書類を出す。そこには他の実技の成績優秀者……すなわち『九校戦』出場候補者の名前が並んでいた。
「これから出場者の最終決定を行う。柳生、お前の意見も聞きたいのだが」
実は芺は十文字には少々慣れていない。もちろん魔法師としても人としてもかなり尊敬している人間の部類に入るのだが、とある出来事から未だ少し気が引けているのである。それを抜きしても芺にはこの誘いを断る術は持たなかった。
───
「それにしても芺、対策と言うのは一体なんなんだ。去年の様な『精霊魔法』でも使うのか?」
九校戦出場者の選出が終わったあと、真由美、摩利、芺の三人は会話を続けていた。
十文字は芺の能力や人柄への信頼からか言及はしなかったが、摩利は少し気になるようだ。そして『精霊魔法』という言葉。実は去年、芺はモノリス・コードに出場するにあたり、高機動と索敵スキルを元に敵のモノリスの鍵を強引にでもこじ開け撤退し、その後は撹乱に回る仕事をしていたのだが、その際に使用した魔法が『精霊魔法』なのである。
もちろん付け焼き刃の魔法で、威力は本来の精霊魔法師には遠く及ばないものの牽制には一役買っていた。むしろ、剣術家の芺が精霊魔法を使用してきたということで意表も突いていただろう。その際には感覚的に雷が使いやすいということで、よく『雷童子』を使用していたようだ。
しかし今回芺は『精霊魔法』ではなく別の魔法を使う気らしい。既に打ち解けた摩利と真由美の前で芺は手をまるで銃のような形にして一言。
「コレですよ」
──
九校戦出場者の選出から数日も経たない頃、芺はとある邸宅にお邪魔していた。使用人に導かれ、居間であろう大きな部屋へと招かれる。
「潮さん。ご無沙汰しています」
「やあ芺君。今日はよく来てくれたね」
「いえ、こちらこそ急なお願いをして申し訳ありませんでした。こちら、父上からです」
芺が父、鉄仙からの菓子折りを渡したのは中年の男性。彼の名は北山潮。北方潮というビジネスネームを持つ実業家でありホクザングループの総帥。財界のみならず政界にも強い影響力を持っている。名字からから分かるように第一高校一年生の北山雫の父である。
柳生家と北山家は古くから親交があり、今でも交流が続けられていた。なんでも、過去に北山家の要人をボディーガードする際に柳生家の人間が良い働きをした事が始まりだとか。
腕のいいボディーガードを数多く輩出する柳生家はこういった事例が少なくない。北山家もそのうちの一つだった。
「いやぁ、まさか芺君から直々にご依頼を承れるとはね」
潮はわざと仰々しい口調で喋る。ここまでだと性格の悪い人に見えるかもしれないが、その真逆でひょうきんとした人間で若々しく、尚且つ娘の才能への入れ込みは常軌を逸している。
「よして下さい……」
「はっはっは!すまない、困らせてしまったね。早速本題へ移ろう、こっちへおいで」
「では、失礼します」
芺は名門の次期当主に見合った品位ある一礼をしてから潮と使用人の後ろについて行く。芺からすれば自らの家と古くから付き合いのある──これまた名門かつ大きな権力を持つ家の主との対面なのだ。粗相のないように心がけていた。
リビングから出て二言三言の言葉を交わしているうちに、これまた格式高い部屋に着く。潮の先導でそこに入り、中心に置かれたソファとテーブルが置かれた場所へ招かれる。
「少し待っていてくれたまえ。そうだ、コーヒーは飲めるかい?」
「はい……その、よろしいのでしょうか」
「なぁに、実は最近いい豆が手に入ってね」
潮はそう言うと引き連れていた使用人にコーヒーを作らせ始めると、自分は奥の部屋へ入っていった。
使用人がコーヒーを淹れ、芺の元へ運ばれてくると同時に潮がアタッシュケースを持って帰ってきた。
彼は芺の対面に座ると使用人に少し席を外すように伝える。
「さて、遅くなってしまってすまないね。これが、ご依頼の品だ」
潮がそう言ってアタッシュケースを開けると、中には四丁の拳銃型のCADが綺麗に収められていた。
そう、芺のお願い─潮の言うご依頼とはCADの製造である。潮は娘の為に国内でもトップクラスの腕を持つ魔工師を雇っていたので、そこを頼らせてもらったわけだ。
「これは……!……触れてもよろしいでしょうか」
「もちろん。これは君の物だ」
芺は四丁のCADの内の一つを手に取る。初めて手に取るはずなのに、よく手に馴染むフォルムをしていた。このCADは特化型CADであり、デザインはシンプルだ。銃身は薄く、塗装は淡い銀色であり、グリップとリアサイトの間に黒色の半楕円の意匠が施されている。八月に開催される『九校戦』に向けて製造されたものである。
その為に規定に引っかからない程度のプロトタイプモデルと、普段使い用の完璧な性能のモデルが二丁ずつ用意されていた。このCADは前述の通り北山潮が有する国内でも指折りの魔工師により製造されており、性能は折り紙付きである。尚、値段も馬鹿にならなかったが、国内有数の優秀な魔工師に依頼出来ただけでも儲けものである。
「素晴らしいです。ここまでの出来とは……!」
芺は目を輝かせる。芺は高校に入学してから魔法工学に興味を持ち始めており、このCADの出来は想像を超えていた。CADの出来に少し取り乱したことを謝罪する。
「申し訳ありません……国内でも選りすぐりの魔工師に向かって」
「いやいや、彼も魔工師冥利に尽きるだろう」
そこで芺はあることに気づく。
「すみません、潮さん。このCADには既に起動式が組み込まれている気が……」
「はっはっは!気づいたかね。それは私からのプレゼントだ。と言っても一つは……今日はいないんだが、紅音が知っていたものなんだけどね」
「しかし……なぜ」
芺の疑問はもっともである。なぜプレゼントを貰ったのかはともかく……一番の疑問はなぜ芺が得意とする系統の魔法を知っているかということだった。
「あぁ、その事か。簡単な事だよ、前々から君の父上から遠距離での魔法戦闘の手札が少なくて困っていると聞いていたからね。去年の九校戦で君が使っていた魔法を元に得意系統を予測したわけだ」
そう自慢げに語る潮。確かにこのうちの一つはAランク魔法師にしか公開されていないはずの起動式だ。もう一方は一般に公開はされているが、戦闘においてはマイナーとされる魔法だった。しかし─
「そうだね、加重系の方は九校戦では力を発揮するだろう。もう一方は……ふふ、使う場面が来ないかもしれないが、もし使う時は気を付けてくれたまえよ」
まるで子供のようなイタズラっぽい笑みを浮かべ潮は語る。確かにこの魔法は扱いが難しい、しかし威力はトップクラスだった。場合によっては殺傷性ランクの規定に簡単に抵触しかねない程に。
「ありがとうございます。このCADを作ってくださった方々の名にかけて、必ずや良い結果を残してみせます」
「頼もしい若者だ。私も嬉しいよ。偏に今年は何の種目へ出るんだい?」
「今年はアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードへの参加が予定されています」
「ほう……アイス・ピラーズ・ブレイクの方は初参加だね。早速僕が渡した魔法式が活躍しそうじゃないか?」
「ええ、存分に」
芺はここにきて力強く答える。
「はっはっは!本番を楽しみにしているよ」
潮はバンバンと芺の背中を叩く。思いの外時間が経っていた。稽古の時間が迫っているということでお暇しようと思った芺だったが、ここで一番避けたかった質問が飛んでくる。
「そうだ……九校戦には雫も参加するそうなんだがね……本音のところ……雫は……どうかな?」
“どうかな?”にはとてつもなく重い意味が込められているのだが、芺は少し肩を揺らした後、こう答えた。
「私は……これでも柳生家次期当主という身ですから、身の振り方は私の一存では決められないのです。過ぎた事を申しますが、もし潮さんのそのお言葉が真意であるというのならば、この一件は一度持ち帰らせていただきます」
「……確かにそうだ。またお父上とも話さなければな。はっはっは!」
また快活な声で笑う。そのタイミングで使用人から芺に迎えが来たと知らせが入る。芺は“では”と言って席を立つ。
(全く……油断も隙もないお方だ。本気ならそれはそれでとても面倒なのだが)
(全く……賢い子供だ。上手いこと避けられてしまった)
「本日は、本当にありがとうございました。代金の方は既に振り込んでありますので」
「分かった。それじゃあ、また来てくれ。父上にもよろしく頼むよ」
芺はアタッシュケースを下げて、迎えに来た竜胆の車に乗り込む。
「はぁ……」
「珍しくお疲れのようですね」
「潮さん、いい人なんだがなぁ……」