魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第十七話

夏本番となった八月一日。一高生を乗せたバスは定刻から一時間半経っても未だ出発出来ずにいた。炎天下の中、律儀に外で出席確認をする達也と日傘を差す摩利は唯一まだ来ていない女子生徒の到着を待っていた。

 

「ごめんなさぁ〜い!」

「真由美遅いぞ、一時間半の遅刻だ」

「ごめんごめん!」

 

その女子生徒とは今しがた到着した七草真由美である。彼女は炎天下の中待たせた達也に謝罪する。

 

「ごめんね達也君。私一人のせいで随分待たせちゃって」

「いえ、事情はお聞きしていますので。急に家の用事が入ったとか」

 

七草真由美は高校生ではあるが、第一に苗字から察する通り『十師族』七草の長女である。その身分となれば急に外せない用事が出来てもなんらおかしくはないように思えた。

そんな真由美は達也の言葉には返事をせず、代わりに可愛らしいポーズと共にとある質問をなげかけた。

 

「ところで……これ、どうかな」

「とてもよくお似合いです」

「そう?ありがとう。……でも、もうちょっと照れながら褒めてくれると言うことなかったんだけど」

 

真由美は俗に言う小悪魔的な言動を見せる。相手がどこかの副生徒会長なら効果覿面、真由美も満足と言ったところなのだが、目の前の仏頂面にはあまり効き目が無いらしい。

 

「ストレスが溜まっているんですね……十師族、それも七草の仕事ともなれば気苦労も多いでしょう。さ、出発しましょう。バスの中で少しは休めると思います」

 

全く見当違いの解釈をした達也は頭を下げ、エンジニアチームが乗る車両へ歩み出す。

 

「ちょっと!あの……達也君!……何か勘違いしてない?」

 

一時間半遅刻した真由美を乗せ、選手を乗せたバスは走り出した。その後ろを達也や五十里といったエンジニアチームが乗る車が追いかけるといった形になっている。そう、選手とエンジニアは別の車両なのである。

バスが出発して間もない頃、真由美は愚痴……とまではいかないが、思い通りにならない後輩に向かっての気持ちを零していた。

 

「……達也君ったら、私をなんだと思ってるのかしら。席だって隣に誘おうと思ったのに」

「的確な判断です」

「え?」

「会長の餌食になるのを回避するのは、的確な判断だと申しましたが」

 

真由美に対し見方によれば不遜とも取れる発言をしたのは生徒会会計の市原鈴音。だが決して悪人ではなく、付き合いの長いじゃれあいのレベルである。あの真由美と長く付き合ってるだけのことはあり、たまに真面目な顔をして人をからかう様子も見られる。

 

「ちょっ!ひどい!」

「もっとも、司波君は相手の魔法を無効化する事が出来るとか。会長の『魔顔』も、彼には通用しないかもしれませんね」

「もう、知らない!」

 

そう言ってそっぽを向く生徒会長におずおずと話し掛ける人物がいた。その人物の腕には暖かそうなブランケットが収まっていた。

 

「会長……やはりご気分が悪いんですか」

「はんぞーくん!ええっと、別にそういう訳じゃ……」

 

真由美は取り繕ったわけでも嘘でもないのだが、服部副会長は勘違いというか……拡大解釈というか、なんにせよ大層真由美が心配な様子だった。

 

「我々に心配させたくないという会長のお心遣いは尊重すべきとは存じましたが……ここで無理をされてますます体調を崩されては……と」

 

ここまで語ったところで服部の目に飛び込んできたのは、憧れの人の夏本番の暑さによる薄着姿である。可愛らしい真由美のワンピースから伸びる綺麗なふとももを視界に捉えてしまった服部は顔を赤らめ、徐々にか細い声になっていった。

 

「服部副会長。どこを見ているんですか」

「わ、私は別に何も!」

 

情けない声を上げた服部はしどろもどろになりながらも当初の目的を果たそうとする。

 

「その、会長にブランケットとでもと……思いまして……」

 

服部が言い終わるのを待たずして市原は席を空ける。

 

「ではどうぞ」

 

そう言ってあざとい体勢で待つ真由美の方へ誘う。服部は名状しがたい声を出して“あっ、あ……“と酷い有様である。

 

「全く、何をしているんだあいつらは」

「全く、何をしているんだ服部……」

 

二人の風紀委員会のトップとNo.2は意味は違えどお互いに同調するようにため息を吐いていた。

服部の後ろに座っていた摩利は真由美が服部をオモチャにすることを少し気にかけてはいるが、気苦労が絶えない真由美の事を考えるとある程度は仕方ないか……とも思っている。

一方、服部の隣に座る彼の友人である副風紀委員長は頭を抱えていた。自らも服部をからかいはするが、少々コレは目に余ったのかもしれない。席に戻った服部の肩に置かれた手は優しさが感じ取れた。

 

ふと、摩利は隣に座る千代田花音がまるで意気消沈している事に気づく。

 

「花音?」

「はい……」

「宿舎に着くまでせいぜい二時間だろう。なんでそのくらい待てないんだ」

「あ!それひどいです!そのくらい待てますよ?でもでも、今日は啓とバス旅行が出来るって楽しみにしてたんですー……」

「はいはい」

 

摩利は千代田の五十里への惚れ具合に圧され適当に流そうとするが、千代田はとどまる事を知らず拳を握りしめ更に悔しそうに述べる。

 

「それに許嫁と一緒にいたいと思うのは当然じゃないですか!大体、なんで技術スタッフは別の車なんですか!このバスだってまだまだ乗れるし、分ける必要なんてないじゃないですか!」

「花音、いい加減にしろ」

「でもでもー!」

 

摩利はどんどんヒートアップしてきた千代田を諌めるが、彼女がこれで気が済むとは思えなかった。

 

───

 

安全運転を続けるバスと技術スタッフを乗せた三台の車。真由美も疲れからか目を閉じており、後は到着を待つだけかと思われた。

だが、そうは問屋が卸さない。突如として反対車線の一般車のタイヤがパンク。壁に激突しコントロールが失われた車はあろう事か大きく斜め上に吹き飛び、炎を上げながら反対車線の一高生を乗せたバスに目がけて突っ込んできた。

芺は取り乱すこと無くバスに対して魔法を行使する。バスの運転手は必ずブレーキを踏む、それを補助する目的で『慣性中和魔法』を使用し、急ブレーキで滑る車体を安全に停車させた。

しかし、他の生徒の中には芺のように冷静ではいられない者もいた。森崎、雫、千代田を始めとした生徒がバスに向かってくる車に対して魔法を行使する。

 

「消えろ!」「止まって!」「吹っ飛べ!」

 

しかし、同程度の干渉力に加えそれぞれが別の事象を引き起こす魔法を行使しようとしたため、魔法式の相克が起き事象改変は行われず、ひどい想子の嵐が発生した。服部も同じく魔法を発動しようとしたが、魔法式の相克が起こることを予測し魔法の発動を取り止めていた。

 

「バカ!やめろ!」

「皆!落ち着いて!」

「魔法をキャンセルするんだ!」

 

しかし二人の呼びかけは空しく魔法式の相克は起き続ける。

 

「十文字、押し切れるか」

「防御だけなら可能だが、想子の嵐がひど過ぎる。消火までは無理だ」

「私が火を」

 

そう名乗り出たのは司波深雪だった。実の所、その申し出は兄への信頼あってのものなのだが、現時点でそれを推測できた者はいなかったであろう。

 

「頼むぞ」

「はい!」

 

かといって、いくら深雪といえど今尚発生し続けている魔法式の相克により、車に対して魔法を作用させるのは不可能かと思われた。しかし、車に作用していた魔法式の全てが突如吹き飛ばされる。それと示し合わせたように深雪は魔法を発動し、車の炎は消え去った。

 

「はああああ!」

 

鎮火を待ってから十文字はお得意の対物障壁魔法を発動する。これらの生徒の活躍により車は鎮火され、バスに衝突する直前で停止した。

取り敢えず一難は去ったが、摩利は先程起きた不可思議な出来事──車に作用していた魔法式が全て吹き飛ばされた事に気が向いていた。

 

(一体何が起こったんだ……)

 

しかし深雪は確信を持っていた。誰が何をしたのかを。

 

(『術式解散(グラム・ディスパージョン)』……さすがはお兄様です)

 

───

 

一難去ってまた一難……とはならず、一高生を乗せたバスは一応の平穏を取り戻した。外では技術スタッフ主導で交通整理が行われている中、生徒会長である真由美が皆に声をかけていた。

 

「皆、大丈夫?十文字君もありがとう。お陰でバスは無傷よ。それに深雪さんも。素晴らしい魔法だったわ」

「光栄です、会長。ですが魔法式を選ぶ余裕が出来たのは芺先輩が『慣性中和魔法』で急ブレーキしたバスを止めてくださったからです」

 

隣に座る服部に先程焦らずに魔法を取り止めた事を褒めていた芺はまさか気付かれていたとは思わなかったが、その程度の予想外を表に出すことは無くこちらを覗き込むようして礼をする深雪に、少し振り向き軽く手を挙げて返答とする。

 

「芺君が……」

「それに比べてお前は!」

 

摩利はそう言って千代田の頭を小突く。

 

「森崎や北山はまだ一年生だから仕方がない。だが二年生のお前が真っ先に引っ掻き回すとはどういう了見だ」

 

耳の痛い言葉に千代田は肩をすくめる。

 

「無秩序に魔法を発動すれば、魔法が相克を起こしまともな効果が出ない事くらい知っているだろう」

「すみませんでした……」

 

「……緊急の時ほどまずは落ち着いて、コミュニケーションを忘れないようにしましょう!」

 

真由美が場を上手くまとめる中、摩利は外で交通整理を続ける達也を見て一つの推測を立てていた。

 

(あの魔法式を消したのは……)

 

───

 

九校戦の宿舎……と言っても軍の所有物でかなり豪華なホテルにも見える施設にバスとエンジニアを乗せた車両は到着した。

服部はバスから降りる際に先程の一件で素晴らしい働きをした深雪が達也の元で会話しているのを見かける。その様子を見て二人の男子生徒が声を掛けていた。

 

「どうした?服部」

「お前が真由美さん以外の女性を見つめるとは珍しい」

「なっ……何を言う!」

 

目を細めてそうからかう芺。桐原も小さく吹き出していた。

 

「で、何かあったのか。少なくとも好調には見えないが」

 

芺はすぐさま切り替え真面目な調子で問う。

 

「ちょっと……自信を無くしてな」

「おいおい、明後日から競技だぜ?こんな時に自信喪失かよ」

 

少々自嘲気味に語る服部を桐原は元気づける目的で少しからかうように言う。

 

「さっきの事故の時」

「ああ、ありゃ危なかったな」

「俺は結局、何も出来なかった」

 

服部は歩きながらも下を向いていた。

 

「バスの中でも言ったが、あそこで踏みとどまったのはお前の優れた行動力と判断力を示すものだったと思うぞ」

 

芺はお世辞でもなんでもなく、ただ本心でそう言った。しかし服部からすればそれは先程の事故で一役買った者からの言葉であり、正面から受け取ることは出来なかった。

 

「だが、お前や司波さんは正しく対処して見せた」

 

服部は自らの力を顧みて、冷静に分析をする。

 

「それに、多分単純な力比べでは俺は司波さんや芺には勝てないだろう。だが、魔法師としての優劣は魔法力の強さだけで決まるものではない」

 

服部のその発言に桐原は目を見開き、芺もほう?と少し嬉しそうな顔を見せる。

 

「その通りだ。現に俺は魔法の撃ち合いに限るなら俺はほとんどの人間に厳しい戦いを強いられる。それは魔法力の強さとは関係の無いことだ」

「そうは言うがな。魔法の才能どころか魔法師としての資質まで年下の女の子に負けたとあっては、自信を失わずにはいられんよ」

「まぁ、その辺は場数だからな。その点、あの兄妹は特別だと思うぜ」

 

桐原はそう言ってフォローを入れる。“特別“という言葉に服部も少し興味を惹かれたようだ。

 

「兄貴の方は……ありゃ多分()()()()な。なぁ芺」

 

桐原は低い声で司波兄妹に聞こえないように芺に話を振る。芺も少し呆れ口調で“十中八九な“と返した。

 

「やってるって……実戦経験があるって言いたいのか」

「雰囲気がな……四月の事件、覚えてるだろ」

「ああ……」

「桐原」

 

この四月の事件とは、あのブランシュ事件の事である。だが当事者である桐原や芺とそうでない服部達とはもたらされた情報に相違があった。それを踏まえた上で芺は名前で注意をする。この場ではあまりブランシュ事件の内容には触れないようにした方がいいという訳だ。桐原も“分かってる“と芺を制し、話を続ける。

 

「俺と芺はあの時現場にいた。司波の兄妹もな」

「本当か」

 

桐原の言葉の真偽を服部は芺にも確かめる。

 

「事実だ。達也君は……落ち着いていた。感情が介在するとは思えない程に、淡々と」

「確かに。兄貴の方、ありゃやばいな。海軍にいた親父の戦友たちと同じだ。いや、その何倍も濃密な殺気をコートでも着込むように纏っていやがった」

「司波さんもか」

「実際に見た訳では無いが、肌や感覚で判る事もある」

 

芺はこの場では伏せたが、ブランシュ事件の際に強力な振動減速系魔法の発動を感じていた。芺は霊子放射光過敏症を患っているが、それの副次的な効果で……九重寺での修行の成果でもあるのだが、比較的強い霊視力も持っている。それにより魔法による精霊のざわめきを感じとっていたのだ。

 

「しかし、魔法師の優劣は魔法力の強さだけで決まるではない。か」

「何が言いたい」

 

服部は少し怯みながらも問いかける。

 

「くくっ、さあな」

「おい桐原!」

 

そう言って桐原は笑う。それ以上は言う気が無いようだ。

 

「桐原は“もしそのセリフがお前の口から出たと知ったら会長は大喜びするだろうな“とでも言いたかったんだろう。それについては俺も同意だが」

 

芺はバスの中の時のように優しく服部の肩を叩く。憧れの人の名前を出され、赤面した服部は何も語らず宿舎の中へ歩いていった。その後ろを桐原と芺が並んでついて行く。

 

「ブルームやウィードだなんて、たかが入学前の実技試験の結果じゃないか。現に二科生の中にもデキる奴は少なくない。今年の一年生は特にな」

 

そう言って桐原は振り向き、今年度に入学した一年生の優等生と劣等生の兄妹を見据えていた。

 




今まで毎日投稿をしてきましたが、実はこの作品は不定期更新であるということをお伝えしておきます。元々、毎日更新するとは明記していなかったのですが、勘違いしている方もいらっしゃるかもしれないので一応という形でご連絡させていただきます。

ですが、自分のためにも可能な限り更新間隔は空けないようにしていくので、その点ご理解の程よろしくお願い致します……!

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