魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第二話

時は進み現在は二〇九五年四月。本日は国立魔法大学付属第一高校の入学式当日──

芺も朝早くに登校し、ほかの面々と共に入学式の準備に取りかかっていた。今回の入学式開始までの芺の主な役割は会場の準備、それが完了した後は校内の警備である。

 

「よいしょっ……と。摩利さん、この机はここで構いませんか?」

「ああ、助かる……それにしてもよく働くな、お前は。働きすぎで一年生が少し気まずそうだぞ?」

「こういう時には働いていないと落ち着かない性分なので」

 

と、公の場以外での委員長呼びを諦めた芺と風紀委員長である渡辺摩利が話していると

 

「摩利、あまり芺君をこき使っちゃだめよ?さっきから皆があまりしたがらない仕事ばかりしているように見えるけど」

 

自分の仕事は終わったのだろうか、生徒会長である七草 真由美が現れた。

 

「む、人聞きが悪いな、そんな事ないぞ?なぁ芺」

「ええ。先程摩利さんにも言いましたが、こうでもしないと落ち着かないんですよ。皆が働いているなら尚更です」

「そう?ならいいのだけど。貴方ってやっぱり頑張り屋さんなのね」

 

と、上目遣いで嬉しそうに話しかける真由美はとても愛らしく、その様子を見た某生徒会副会長も思わず作業の手を止める程だった。

 

「……素直にありがとうと言っておきます」

 

少し顔を逸らしながら応える芺を見て、真由美はしてやったりといった顔をして摩利にウインクを送っていた。そんな彼女を横目に芺は次の作業に入ろうとしていると、芺と親しい一人の男がやって来た。

 

「芺、先程から働き詰めだろう。その作業は俺がやるから少し休むといい」

「?そうか、妙に優しい気もするが助かる。ありがとう服部」

「おい!一言多いぞ!全く……」

 

服部刑部少丞半蔵こと、服部副会長が応援に駆けつけてきた。芺が進めようとしていた作業はまさに先ほど真由美が言っていた()()()()()()()()()()()()()()なのだが、急にその作業を手伝おうとしたのは濁りなき善意か……はたまた真由美の言葉なのか定かではない。

作業に入った服部を見送った後、真由美が思いついたように提案を持ちかけた。

 

「あ、なら摩利。芺君を借りてもいいかしら」

「んー……構わないが、なぜだ?」

「今から誘導に向かおうと思ってるのだけど、一人じゃちょっと心細いなぁ……なんて」

「そうだな……誘導も警備もそこまで変わらないし、お前を一人にするのもアレだしなぁ」

「もう摩利ってば!アレとはどういう事!」

 

完全に置いてきぼりになった芺は抗議の目線を送る。

 

「あら、私と見回りをするのが嫌なのかしら?」

 

芝居がかった口調で問う真由美。これで事実上、芺はこの誘いに乗る以外の選択肢を失った。

 

(摩利さんの許可も出てしまったし、息抜きにも丁度いいか)

 

「……そんな訳ないでしょう、俺は構いません」

「なら決まりね!行くわよ!」

「時間までには帰ってくるんだぞー」

 

(悪いな、服部)

 

服部の心中を察していた芺は心の中で彼に謝罪しつつ、生徒会長と副風紀委員長は巡回に向かうのだった。

 

──

 

入学式のリハーサルが始まる少し前、未だ二人は巡回を続けていた。

 

「あれ?よく見たらあなた、CAD持ってきてないじゃない!」

 

真由美の声が響く。彼女が驚くのも無理はない、なぜなら警備……何かあった際には力でそれを鎮圧するのを仕事とする彼が、魔法を使用する上でのある種必需品を装備していないのだから。

真由美の指摘を受け、少々痛い所を突かれた芺は言い訳を始める。この返答なら完璧だろう、そう思った彼は自信満々に

 

「先輩がいらっしゃるなら必要ないかと」

「本当は?」

 

駄目だった。観念した彼は正直に答える。

 

「忘れてきました」

 

“あのねぇ……!”と抗議したい気持ちを真由美は抑える。

 

「すいません、先程の作業で外した時に」

「すいません、じゃありません!もしもの時があったらどうするのよ!」

「俺はCADが無くともある程度魔法は使えますから、いざと言う時もなんとかなります」

 

確かに彼のCADを必要としない魔法は実戦において魅力的だ。それにCADを使用せずとも戦闘が出来る程度の速度で魔法を発動できるという事は、CADを使えば更に早い速度で魔法が発動可能という卓越した処理速度を持つことを示している。

もう一つ要因があるとすれば彼の使用する魔法の多彩さと、C()A()D()()()()()()()()()を使えると言った点であろう。

いや、感心している場合ではないと思った彼女は言葉を発しようとするが、彼のなんとも思っていない顔を見て力が抜けてしまったようだった。

 

「芺君って変な所で抜けてるから心配になっちゃうわ……」

 

気が抜けた真由美はそこから普通の会話にシフトしていった。ただの先輩と後輩の他愛もない会話だった。少々おセンチではあったが。

 

「ついに私も三年生かぁ……」

「どうしたんですか、藪から棒に」

「どーしてそんなに興味無さそうなのよ!私だって寂しいのよ?」

 

と、少し悲しそうな顔をして話しかけた真由美は端末を操作しながら返事をする芺に少々不満気に抗議する。これは自分に非があると感じた芺はそろそろリハーサルの時間なので戻りましょう……などとは言えず、少し彼女の思惑通りになる事にした。

 

「卒業したっていつでも会いに来たらいいじゃないですか、俺はいつでも大歓迎ですよ」

 

ここまで素直に返事が来るとは思ってなかったのか少し間を置いて真由美は返す。

 

「……ふふ、ありがとう。ちょっと気を遣わせちゃったかしら」

「いえ、自分は本心で言ったまでです」

 

やっぱり気を遣わせたな、と少し自嘲気味になった真由美は照れ隠しか少し大袈裟に歩幅を大きくして歩き始めた。

 

「あーあー……先輩失格かなぁ私」

「そんなことはありません、真由美さんは頼りになる方ですよ」

 

自嘲気味だったのはどこへやら、隙ありと思った真由美は畳み掛ける。

 

「あら、今日はやけに素直ね、もう1回言ってくれないかしら!」

「そうですね、もうすぐ時間なのでそろそろ帰りましょうか」

「ちょっと!流さないの!」

 

取り合う気の無い彼にもー、と頬を膨らませた彼女は前に佇む新入生と思しき男子生徒を発見した。

 

「それじゃ、あそこにいる子に声をかけて帰りましょうか」

 

──

 

(さて……どうやって時間を潰そうか……)

 

入学式が始まるまでまだかなりの時間がある中、ネクタイを正しながらそう思案するのは今年度の新入生である司波 達也(しば たつや)だった。

 

「ねー、あの子雑草(ウィード)じゃない?」

「こんなに早くから?補欠なのに張り切っちゃって」

 

と、上級生であろう二人の女子生徒がすれ違いざまにわざと達也に聞こえるような大きさで会話していた。

 

この学校には入学式前の試験により、試験結果の優秀な一科生、そうでなかった者は二科生と区分される制度がある。その優秀な一科生のブレザーには八枚花弁のエンブレムが刻まれており、その意匠から一科生を『ブルーム』、そのエンブレムを持たない二科生を花の咲かない雑草『ウィード』と呼称するという悪習が根付いている。

二科生を『ウィード』と呼ぶのは規則では禁止されているものの、二科生自身までもが自分は補欠だと認識し、半ば公然たる蔑称として定着しているというのが現状であった。

 

“全く余計なお世話だ”そう切り捨てた彼に話しかける女子生徒がいた。

 

「新入生の方ですね?何かお困りの事はありますか?」

 

優しい口調で話しかけて来たのは達也にとって先輩であろう女子生徒、その傍らには恐らくこちらも先輩にあたると思われる男子生徒が控えていた。

あまり関わりたくない達也は一言断りを入れ立ち去ろうとする。

 

「いえ、なんでもありません」

 

と、頭を下げる。その際彼女の左腕に腕輪型のCADが巻かれている事に気がついた。もう一人の男子生徒は見える範囲ではCADを携行しているようには見えないが、その腕には風紀委員のものだと思われる腕章が巻かれていた。

学内でのCADの携行を許されているのは生徒会、もしくは風紀委員会等といった特定の委員会に所属する人間のみという事を知っていた彼は目の前に佇む二人の一科生に何とも言えない劣等感を感じた。

 

「そうですか、私は生徒会長を務めています……」

 

春の到来を知らせるような桜吹雪が舞い、それは彼女の美貌を一層引き立てる。

 

「七草 真由美と申します。七草と書いて『七草(さえぐさ)』と読みます。よろしくね?」

 

と、彼女はウインクを添えて自己紹介を終えた。

 

「そしてこちらは……」

 

彼女は傍らに控えている男子生徒に目を向ける。

 

「初めまして。風紀委員会で副委員長を務めている、柳生 芺だ」

 

『柳生』と名乗った男子生徒は美しい所作の一礼を伴って簡単な自己紹介をする。厳格な教育の元で培われたとひと目で分かる動きだった。

 

(数字付き(ナンバーズ)……しかも『七草(さえぐさ)』か。それに加え『柳生』の次期当主まで)

 

数字付き(ナンバーズ)とは優れた遺伝的素質を持つ魔法師の家系である。七草家(さえぐさ)はその中でも最有力とされる二つの家の内の一つであり、目の前にいる少女はその直系である事が予測できた。

そして『柳生』、こちらは数字付き(ナンバーズ)ではないものの魔法を使用した剣での近接格闘術──剣術において千葉家と並んで有力とされる名家。その次期当主というなら実力者なのは確かだろう。

両名ともエリート中のエリート、自分とは正反対……かもしれない。そういった苦しい呟きを飲み込み。彼は名乗り返した。

 

「俺……いえ、自分は司波 達也です」

 

「司波達也君……あなたがあの……」

 

なにか思い当たる節があるかのように頷く真由美。隣に立つ男子生徒も細い目を少し見開いたかのように見えた。

それもそうか、と達也は思う。新入生総代、首席入学の司波 深雪(しば みゆき)の兄でありながら二科生での入学となった落ちこぼれなのだから。

彼は礼儀正しい沈黙で答える。

 

「先生方の間ではあなたの噂で持ち切りよ、ね?」

「そうですね、俺も気になっていました」

 

と、真由美は自らあまり言葉を発することのない芺に含み笑いの後、話題を投げかける。

達也はどうせ兄妹での出来の違いが話題になっているのだろうと悲観的な予測を立てていたが、真由美の含み笑いからも、芺の目線からも嘲りのようなネガティブな感情は全く感じられなかった。

 

「入学試験、七教科平均が百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法工学と魔法理論、両方とも小論文含めて満点。この二教科の平均は……」

 

忘れてしまったのか、えーと……と真由美は顎に手を当て思い出そうとする。

 

「両方とも七十点に満たなかったかと」

 

芺がフォローを入れる。なぜ入学試験の結果が漏洩しているのか。おまけにそれを隠すつもりもないのかといった点については……達也は詮索を避けた。

 

「そうそう!とにかく前代未聞の高得点だって」

「ペーパーテストの成績です、情報システムの中だけの話ですよ」

 

と、彼は自らが落ちこぼれであることを象徴するかのように左胸を指差す。

その意味を生徒会長達が知らないはずもない。だが真由美は達也の予想とは裏腹に首を横に振って答えた。

 

「私ってこう見えて理論系は結構上位の方なんだけど、同じ問題を出されても達也君みたいなあんな凄い点数取れないだろうなぁ……芺君は?」

 

真由美は同じく定期試験で魔法工学等では上位に名を連ねる芺に尋ねる。

 

「彼と同じ点数を取る、という意味ならさすがに無理ですね。なんなら教えを乞いたいところです」

 

と、芺は目を瞑り少し肩を上げて答える。達也は二人の返答に面食らってしまった。真由美に差別的な思想がないのはともかく、今までの芺の口調と表情から、彼にまで賞賛されるとは思っていなかったのだ。

 

ここで芺が思い出したかのように端末を確認し、真由美に手首をトントンと叩きジェスチャーと共に小声で“そろそろ”と言う。ハッとした真由美は謝罪を述べた。

 

「ごめんね、司波君。私達はこれで」

 

大方リハーサルでもあるのだろうとあたりを付けた達也はこれを好機と感じた。もちろんそれを表に出すつもりは無かったが。

 

「いえ、こちらこそ。失礼します」

 

達也が背を向けて歩き出したのを見送り、真由美は会場に戻ろうとする。しかし芺は達也が去った方向を見つめて動かなかった。

 

「芺君?」

「あ、いえ。すいません、行きましょうか」

 

芺は適当に誤魔化し、真由美もそっか、と特に追求することも無く会場に向かう。その道すがら彼は明らかにこちらを警戒していたものの、それを表に出さなかった先程の新入生の事を考えていた。

 

──

 

幾分か苦手意識のある一科生の先輩二人に賞賛を受け少し気後れしていた達也は、先程の二人のうちの男子生徒の事を考えていた。

 

(さっきの柳生 芺という男……あの雰囲気は()()()()()者しか出せないものだ。生徒会と関わりがあるなら深雪にも接触することがあるだろう……いつか師匠に聞いてみるか。不安は払拭すべきだ)




私は何のプロットも無くただ妄想を書き出しているだけですので、設定を脳内で補完していると思われます。説明不足があれば答えられる範囲内でお答えします。あれば。閲覧者がいるか定かではない状態で後書きを書くのが恥ずかしくなってきました。それでは。

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