魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第十九話

「いよいよ全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称『九校戦』の開幕です。今大会は例年通り本線と新人戦を5日ずつ、計十日間に渡って開催されます。今年の注目は、一高が三連覇を達成できるのか。それとも、三高が連覇を阻止するか……」

 

遂に、九校戦が始まった。初日は男女バトル・ボードとスピード・シューティングが行われる。芺の周りからはバトル・ボードに摩利と服部が、スピード・シューティングには真由美が出場予定だった。

芺も朝早くに起床し、摩利と服部の応援に向かっていた。別段摩利に心配はないが、自信喪失気味の服部が心配であった。予選開始前に芺は服部に声を掛ける。

 

「服部」

「ん、ああ芺か」

 

緊張しているのか自信が無いのか生返事だった。服部の隣に腰かけた芺は神妙な面持ちで語る。

 

「自信を持て服部。劣等感を持つことは悪いとは言いきれないが、それに苛まれるのはよろしくない。お前の実力はよく知ってる。これは世辞でもなんでもない……お前なら大丈夫だ、服部」

 

実の所、芺は人付き合いが嫌いではないがあまり得意ではない。中学の途中までほぼ全ての空き時間を稽古に費やしてきたからだ。とある出来事から芺は周りの人間としっかり向き合う事を始めたのだが、周りと比べればそれは些か遅かった。その為に芺は相談事の類が苦手だと零すこともあったのだが、そんな芺が正面から服部を励ましたのだ。あまり得意ではないはずのことを自ら進んでしてくれた事に服部は感謝を覚える。

 

「ありがとう、芺。行ってくる」

「ああ、真由美さんも頑張れと言っていたぞ」

 

普段の服部なら恥ずかしがるところではあるが、今日の服部はちょっと違う。

 

「任せておけ」

 

───

 

現在、芺はスタッフルームにて観戦していた。芺は今回の九校戦で新しいCADを使う予定だったので、その調整に付き添っていたかったのだ。それに加え、出番を待つ真由美の応援も兼ねている。それに彼は霊視放射光過敏症を患っているため、選手以外にも沢山の魔法が飛び交う会場を肉眼で長時間見続けるのは避けたいという思いもあった。

アナウンスが摩利の名を呼んだ瞬間、一高の女子生徒から黄色い声援があがる。

 

「相変わらずの女子人気ね」

「真由美さんも負けてはいませんよ」

「そうかしら。私は芺君からの人気の方が欲しいんだけど」

 

真由美もその美貌から男性からはもちろん女性からも人気が高い。一説では彼女の同人誌まで存在するらしいが、その真偽を確かめる気にはなれなかった。そんな彼女を芺はそう言って軽くからかうが、それを遥かに超える爆弾が送られてきた。

 

「すみません。減らず口が過ぎました」

 

芺本人はそこまでひどく馬鹿にしたつもりはなかったのだが、服部の姿を見つけると先程の真由美の発言に合点がいった。また服部の反応を見て遊んでいるのである。実は予選前のあの会話を真由美に教えたのだが、そのせいか彼は現在不貞腐れ気味だった。そんな服部を励ますためかもしれないのだが……真相は闇の中である。

 

「ほら、スタートするわよ」

 

このレースは予選第三レース。合計で六レース行われ、各レースの一位が予選突破となる。もちろん服部は見事一位で帰還し、準決勝へと駒を進めていた。

カウントダウンが鳴り響く。スターターのピストルを合図に一斉にスタートを切った。まず初めに動いた選手はまるで自爆するかのように大波を発生させるが、摩利はすぐさま持ち直しトップに躍り出る。摩利は自身とボードの相対位置を固定する硬化魔法、移動魔法、加速系・ベクトル反転術式、および造波抵抗を弱める振動魔法の中から常時三つから四つをマルチ・キャストしていた。多種多様な魔法の組み合わせは摩利の得意技である。

 

「何度見ても高度な技術ですね。それに魔法の応用の仕方がまさしく工夫されているといったところでしょう」

「その通りね、さすがは摩利だわ」

 

芺は懇親会での九島烈の言葉を引用して摩利を褒め上げる。摩利はまるで滝のようになっている箇所を降りる際にわざと大きく水しぶきを上げて後続に妨害を入れ、それもあって余裕の一位通過で予選を終えた。

 

「摩利さん、お疲れ様です。完勝でしたね」

「ありがとう。まだ気は抜けないがな」

 

帰ってきた摩利はまだまだ余裕を残している。先が危ぶまれることは無いだろう。

次のスピード・シューティングには真由美が出場する。こちらも心配どころか彼女なら全試合ワンサイドゲームになりかねない実力を有しているので安心して観戦することが出来た。予選を経た準々決勝の結果はパーフェクト。五校の対戦相手とはトリプルスコアという圧巻の勝利だった。

途中、芺はCADの調整をするあずさの元へ向かう。彼女は芺のCADを明日のアイス・ピラーズ・ブレイクに向けての最終調整を行っていた。

 

「あずさ、順調か。何か用意して欲しい物があれば言ってくれ」

「大丈夫です……元々ある程度のチューニングはされていましたし、このCAD自体が高性能ですから……!」

 

集中しているのか答えになっていない返答なのだが、芺は一応飲み物と糖分になりそうな物でも持ってくるかと一度部屋を出る。そこでばったり司波達也ご一行と出くわした。

 

「芺先輩、お疲れ様です。何かお探しですか」

「あずさに飲み物でも持って行ってやろうかとな。調整は任せっきりの上、俺には出来る事は少ないから」

 

申し訳なさそうに語る芺に、ここで達也は前々から少し疑問に思っていたことを尋ねる事にした。

 

「芺先輩は氷柱倒しに出場されるそうですが、CADは一体何をお使いになるんですか?」

 

達也からすれば芺は伸縮刀剣型CADと自らの体術を駆使した近接戦闘を得意とする魔法師である。そんな彼がどうやって氷柱を倒すのか興味があったのである。芺は本来は試合でお披露目するつもりだったが、別に隠すほどの事ではないために教えることにした。

 

「新しく拳銃型のデバイスを仕入れたのでな。あまりCADを操作する事には慣れていないのだが、だからといって避けて通れる道ではない。剣を振るうだけが戦いじゃないからな」

 

芺はそう言って今回の九校戦でも使うつもりなのか伸縮刀剣型CADをチラつかせた。このCADはギリギリ大会規定に引っかからない性能だったようだ。ここで達也は当初の疑問とは違うもう一つ別の疑問……と言うより芺のCADへのある推測がほぼ正解だった事に気づく。

 

「もし間違っていたなら申し訳ないんですが、先輩が普段から使われている篭手型のCADは『完全思考操作型』ではありませんか?」

 

芺は細い目を少し見開き驚きを示す。

 

「その通りだ。よく気付いたな」

「お兄様、どこでお気付きに?私にはさっぱり……」

「芺先輩の魔法は今まで何回か見た事あるけど、一度もCADを操作しているところを見たことが無かったからね」

「なぁ達也、さっき『完全思考操作型』って言ったよな?」

 

レオが達也の『完全思考操作型』という言葉に反応する。なぜならレオが使っているCADも音声認識であり、似たような構造をしているからだ。それに加え、レオはブランシュ事件の際に芺のCADを見ていた。その際に妙な既視感を覚えていたことを思い出す。

 

「もしかして芺先輩、あのCADはローゼンのやつか?」

「よく分かったな……君もCADに詳しいのか?」

 

レオの言う通り、芺の篭手型CADはローゼン・マギクラフト製である。ローゼン・マギクラフトとはドイツの魔法工学機器メーカーであり、業界最大手と言われている。

このCADはローゼンの日本支社の前社長がボディガードとして柳生家の人間を雇った際にその功績への返礼として贈られた物である。護衛の際にボディガードの中に紛れ込んでいた賊を見抜いた事と、その後の暗殺者の接近にもいち早く反応し守り抜くという目覚ましい活躍ぶりを見せた柳生家に対し返礼品として贈られたのだ。

その期間にローゼンで開発されていた完全思考操作型CADの試作品を篭手型に加工されたもので、技術の漏洩さえ避ければどのようにしてもらっても構わないという大盤振る舞いだった。

そしてその柳生家に贈られたCADは、激しい近接戦闘中にCADを操作するのは煩わしくて堪らないと零していた芺の手に渡ることとなる。

しかしこのCADは数ある試作品の内の一つという事で一部機能がダウングレードしてあったりオミットされている箇所もあった。しかしそれ以外は完全思考操作型CADとして完璧に機能していた。

このCADの完成品は特化型を予定されているはずなのだが、この段階では汎用型であり、更に汎用型にも関わらず保存可能な起動式は九つまでである。これは早期の研究段階で限界まで完全思考操作に性能を偏らせた結果である。特化型にする事も提案されてはいたが、汎用型の機能を切りつめた方がサイズが小さくなるためにこのよう構造になった。

更に芺は信頼出来る家系である五十里家にこのCADにも硬化魔法を刻印するように依頼していた。その際には柳生家が付き添い、CADの詳細も伝えずに刻印だけを施すようにさせる事で約束は守ったようだ。

そして何故レオがローゼンである事に気付いたのか、それはレオとローゼンの間に浅からぬ関係があるからなのだが……ここでは割愛させてもらう。

 

「いや、そういう訳じゃあないんだが」

「あ、芺君……」

 

レオが返事をしようとしたところに、怒りと震えが混じったような声が聞こえる。その声の主は現在芺のCADを調整していたはずの中条あずさだった。彼女はわなわなと震えながら抗議の目線を向けて芺に詰寄る。

 

「なんでそんないいモノを持っていたのに教えてくれなかったんですか!ローゼンの完全思考操作型CADなんて私達からすれば垂涎物ですよ!?」

「すまない……聞かれなかったから」

「前々から気になってはいたんです!そんな形状のCADは見たことないし、司波君の言う通りCADを操作するところも見たこと無かったですから!」

「悪かった。悪かったから落ち着いてくれ。また九校戦が終わったらゆっくり見せてやるから」

「本当ですかぁ!?」

 

中条あずさは先程とは打って変わって嬉しそうな表情に変わる。そして程なくして我に帰った彼女はコホンと咳払いをしてから芺に告げる。

 

「もう一度直前に調整はしますが、現時点で出来る事はやったつもりです!確認してもらってもいいですか?」

「ありがとう。もちろんだ」

 

そう言って芺が歩き出すとその後ろを達也、深雪、雫、ほのかが着いてきた。

 

「え、皆さんもご覧になるんですか……?」

「芺さんのCADがどんなものか気になりますし、中条先輩の調整にも興味があります」

「……私も、見てみたい」

 

意欲を見せたのはこの二人で、後の二人は完全に付き添いである。あずさは観念した様子でそれ以上は何も言わなかった。

芺も“あずさがいいなら”といったスタイルだったので、その四人は芺の新しいCADをお披露目より少し早く目にすることになった。

 

「素晴らしい調整ですね。芺さんにほぼ完璧に適したチューニングがなされています。さすがは中条先輩です」

 

銀色に光る拳銃型CAD、それを見た達也は端末に表示されている項目を見て素直に賞賛する。『トーラス・シルバー』である彼が言うのであればかなり高度な調整がされていたのだろう。芺のCADを目にした雫はやっぱりと言った顔で彼に話しかける。

 

「やっぱりこのCADウチのだ……芺さん、この前家に来てたでしょ。父さんは教えてくれなかったけど」

 

雫はそう言ってかすかに不満そうな顔を見せる。それが分かったのはほのかと芺だけだったが。

 

「すまんな、別に隠すつもりはなかったんだが」

「一言くらい声掛けてくれればよかったのに」

 

芺と雫は親同士の親交があったことから入学前から見知った仲であった。特にこのCADを作るにあたって雫の両親の協力があったために、芺は“ご両親と魔工師さんによろしく”と言ってこの話を締めくくる。

 

「うん、このCADを作った魔工師さんは国内でも五本の指に入るくらいなんだから。性能はバッチリだよ」

 

一年生は皆感嘆を示す。しかし……

 

「またですか……」

「どうした、あずさ」

「そんな凄い方に作ってもらってたのをどうして教えてくれなかったんですかー!」

 

デバイスオタクのあずさは今日以上に自分が調整を担当した人間を呪ったことはないという。

後日、プリンで和解した。


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