九校戦一日目も終わりが近づく夜更けに芺はホテルの屋外練習場に一人、訪れていた。この屋外練習場はエリカが千葉家のコネを半ばヤケになって使い、手配したらしい。本来は達也らのために手配されたらしいが、芺が体を動かしたいとボヤいていたのを聞いたエリカが屋外練習場の事を伝えたのだった。
夜とはいえ夏本番のこの季節では上着は必要無く、芺はブレザーを着ていなかった。彼はその状態でしばらく体に染み込んだ新陰流の型に沿って剣を振るう。明日のアイス・ピラーズ・ブレイクで剣を使う訳にはいかないために、精神統一が目的と思われた。
少し汗をかいた芺は剣を置き、二丁のCADを取り出す。そして彼は棒立ちするダミーに対し照準を合わせ、魔法を発動した。しかし事象改変が起こる前に彼は魔法をキャンセルしたため、ダミーにはなんの変化も訪れなかった。
「動作は問題ない。さすがはあずさと言ったところか」
次に彼はもう一丁のCADを取り出す。そして彼は持ってきていたパチンコ玉程のサイズのアルミ製の球体を取り出し前方の空中へ放り投げた。そして彼はその球体に対し魔法を行使する。一瞬アルミ玉が光を放ったように見えたが、その時点で魔法をキャンセルしたためにその後何かが起こるというわけではなかった。
(こちらも問題なく使用可能か……だが拳銃型のCADというのはどうも慣れない)
芺は今までCADの手動操作自体を敬遠してきたため、今回の九校戦で使う拳銃型デバイスにまだ順応できずにいた。今までボタン操作タイプのCADは、今の完全思考操作型CADを手に入れるまで致し方なく使っていた物しか使用した事が無かった。おまけにその時代は『型』による結印にも頼っていたのだが、そんな事は言っていられない。あいにく身体は器用な方だ。九校戦に力を入れる周囲の人間のためにも出来るだけ良い結果を残さなくてはいけない。
そう考える芺ではあったが、実の所は余り自信は無かった。今まで芺は強制的に自分の領域で戦わざるを得なくするスタイルで生きてきたために、純粋な魔法の撃ち合いはそこまで経験が無いのである。
魔法の撃ち合いになっても、もし自分が好き勝手に動けるならまだ構わないのだが、アイス・ピラーズ・ブレイクはそうもいかないために少々後ろ向きな気持ちだった。
(服部に発破をかけておきながら自分がコレとは……気を引き締めなければな。俺は柳生家次期当主であり、魔法師としては恵まれた干渉力と処理速度がある。魔法力だけなら申し分無いはずだ)
芺の言う通り、彼の魔法力は干渉力と処理速度に寄っている。しかし懇親会で九島烈が述べた通り魔法は使いようによって強くも弱くもなる。魔法を上手く扱えば、負ける道理は無い。芺はそう考えて気持ちを整えた。
(しかし、もし順調に勝ち進んでしまえば……いや、取らぬ狸の皮算用というやつか)
彼は部屋に戻り明日の想定を立てた後、少し遅くはなったが眠りについた。
───
九校戦二日目となる日の午前、本番前に万が一体調に何かあってはいけないと作戦スタッフにオーラ・カット・レンズの着用を命じられた芺は予選が始まるまでの時間を精神統一に時間を費やしていた。魔法は使用者の精神状況に大きく左右される。心の隙を作るわけにはいかなかった。しかし、精神を落ち着かせる行動を取るという事は……
「もしかして、緊張してるんですか?」
「……そう見えたか?」
芺は心做しか驚いたような顔をして聞き返す。尋ねたあずさ本人もそんな芺に少々意外、といった風だった。
「はい、珍しいですね」
本番前にCADの最終確認をしていたあずさは芺を覗き込むようにして尋ねた。昨日は声を大きくすることもあった彼女だが、それを表立って引きずるような人間ではない。彼も年相応に大人なのだ。
「芺君なら大丈夫です!こんっなに高性能のCADもあるんですし、しっかり調整もしました!」
訂正、少々根に持っていたのかもしれない。あずさにはこういう一面もあるのか……と芺はそれを別に悪くは思っていなかったが、後日なんらかの方法でご機嫌を取ろうとしており、人としてあまりよろしくない思考の芺だった。
それよりも、自分が柄にもなく人から見えるほど緊張している事の方が気がかりであった。やはり不慣れな事をするのに心のどこかでまだ抵抗があるのかもしれない。そんなことを考えていた芺に芺は提案を持ちかける。
「試合にはまだ時間がありますし、今は一旦切り上げて観戦に行きませんか?気分転換にもなると思います!」
「そうだな、気を利かせてもらってすまない」
その提案を承諾した芺はそう言って外していた篭手型CADを腕に取付ける。持ち歩くのにはかさばるので、普段から装着している時の方が多かった。その様子をあずさはじっと見つめる。
「……また落ち着いたら見せてやるから」
「……約束だからね?」
本人は少し怒った顔をしているつもりなのだろうが小柄かつ童顔なためにあまり怖くない。芺がそれに“約束だ”と返すと“やったー!”と少しはしゃいだ後にしまった、という顔をしてから先に進む芺の後ろに着いていった。
芺はアイス・ピラーズ・ブレイクの一回戦は午前の部の最終試合に出場するため、午前の部の最初の方の試合は見ることが出来た。真由美のクラウド・ボール。十文字、千代田のアイス・ピラーズ・ブレイク……皆、圧勝だった。特に同種目で対戦相手に手も足も出させない十文字と最短時間で試合を終わらせた千代田の試合に芺は素直に憧れを抱いていた。
「そろそろ時間だな」
「そうですね……行けそうですか?」
「ああ、やれるだけやってみるさ」
「うん!芺君なら大丈夫です!!」
───
太陽が真上から照りつける時間帯に市原、摩利、そして決勝の対戦相手をストレートで下して帰還した真由美の三人は観戦席で芺のアイス・ピラーズ・ブレイクを見に来ていた。
「ふぅ、間に合ってよかったわ」
「大会運営もあそこまでの試合スピードは予想してなかったんじゃないか?」
「全試合ストレート勝ち。文句無しの優勝でしたね」
そう、真由美はクラウド・ボールの全試合を相手選手に一点も与えずに勝利した。決勝と言えどその例外では無いという事実は彼女の高校生離れした実力がたらしめるものであろう。
談笑もそこそこに会場に出場選手の紹介をするアナウンスが聞こえてきた。
「男子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦。第一高校 柳生芺さん」
第一高校の生徒から大きな歓声が沸きあがる。彼は魔法の撃ち合いに自信を持っていなかったが、第一高校の一般生徒から見れば二年の実技ではトップの生徒なのである。期待や一方的に知っている人も多く、会場の雰囲気にもあてられかなり盛り上がりを見せていた。
芺はホルスターに二丁のCADを収めており、服装は制服のままだった。アイス・ピラーズ・ブレイクは特に服装には指定がないため、各々が望む服を着用して試合に出ることが出来た。特に女子ピラーズ・ブレイクはそれが顕著である。
「始まるわね」
試合開始を知らせるブザーが鳴り響いた。それと同時に相手選手がCADを操作する。対して芺はCADを抜かずに自陣の氷柱に『情報強化』を施した。
「相変わらずの処理速度だな」
CADを使わずに実戦に耐えうるレベルで魔法を発動する芺の処理速度はもれなく一線級である。これに加え強力な干渉力を持ち合わせる彼は相手の防御を撃ち破る攻撃を素早く放ち敵を仕留める戦法が得意であった。
「しかし、アイス・ピラーズ・ブレイクではそうはいかないぞ……」
芺はホルスターから片方のCADを抜き、相手の氷柱に対して魔法を行使する。対戦相手は既に『情報強化』を施していたが、まるでそんなものは関係無いかのように氷柱は砕け散った。
「今のは加重系統の魔法の様だったが」
「そのようですね」
芺は自陣の氷柱の防御をCAD無しで行いながら、次々と敵陣の氷柱を加重系統の魔法でで叩き潰していく。本来攻撃と防御を同時に行うには持続性の高い魔法を行使するか、CADを二個同時に使用する高難易度技術であるパラレル・キャストを使用しなければならない。それらを行わずに攻守を両立させることが出来るのは大きなアドバンテージであった。
対戦相手は防御を強化したのにも関わらず次々と破壊されていく自陣の氷柱に焦ったのか、意識を全て攻撃に切り替える。しかし……
「ダメね、芺君の防御を突破出来ていない」
芺は常に加重系統の魔法で『情報強化』された氷柱を破壊しているのにも関わらず、自らの氷柱にも強い干渉力でもって防御を施していた。
「なんだ、案外やれるじゃないか。芺」
残り一本となった対戦相手の氷柱は為す術もなく崩れ去る。それと同時に試合終了を告げるブザーが木霊し、大きな歓声で会場が震えた。他の古式魔法師達は驚いたであろう。実のところ、古式の剣術使いと思われていた芺がアイス・ピラーズ・ブレイクに出場するだけでも意外性があったのだ。しかしそれだけにはとどまらず現代魔法のみで完全試合を成し遂げた。
観戦席の彼女達からは、初戦を完全試合で終えた芺は安心したのかため息を吐いたように見えた。
───
とある邸宅では仕事の片手間に九校戦を観戦する男が嬉しそうに画面を眺めていた。
「うんうん、渡した魔法は上手く扱えているようだね」
───
一回戦を終えた芺が下に帰ってくるとあずさが走り寄ってきた。
「一回戦突破おめでとうございます!始まる前は自信なさげだったのにパーフェクトなんて凄いですよ!」
「ありがとう。上手く作戦が決まっただけだ。CADの調整も完璧だったのでな」
素直に称賛を送ってくれたあずさに芺は決して自分の力では無いと言った風に答える。CADはそうだとしても作戦はれっきとした芺考案のものなのだが、それさえもきっかけは自分じゃないからと本気で思っていた。
芺は実際に自信家といった類の人間ではない。自らの強さへの自負は、扱う技──八極拳や新陰流といった技自体への信頼によるものである。彼は自らの扱う技術への信頼は高いが、自分自身の能力への自信はお世辞にも高いとは言えなかった。それは自らを客観的に見た評価であり、それこそが彼が鍛錬を怠ならない理由の一つでもあるのだが……
「芺君はもっと魔法師としての自分に自信を持ってもいいと思いますよ?」
芺はその言葉に珍しく表情に出るほどの驚きを示した。といっても他の人と比べれば小さい変化だが。しかし、直ぐに、一瞬だが……彼の表情に暗く陰が落ちたように見えた。
「……そうだな、ありがとう」
「えっ……」
「二回戦は午後だったな。一度スタッフルームにでも戻るか。千代田の二回戦の観戦くらいには間に合うだろう」
一瞬見せた表情とは裏腹な言動にあずさは動揺を見せたが、すぐにそれを振り払って芺の後ろに着いていく。未だ疑問が残る芺の表情だったが、一度それは棚に置き目の前の物事に集中する事にした。今、あずさは本番を控えた選手のエンジニアなのである。九校戦に置いてもトップクラスに重要な立場という事を忘れてはいけないのだ。
───
「やぁ、芺君。本番前の休憩かい?眼鏡なんて珍しいね」
再び眼鏡を着用した芺達がスタッフルームに戻ると、そこには司波兄妹に雫、五十里といった面々が揃っていた。恐らくこの四人もここで観戦するのであろう。スタッフルームに帰ってきた芺とあずさに最初に声を掛けたのは五十里。生徒会の人間である深雪も先輩であるあずさに挨拶をしていた。
「はい。芺君は『眼』の事もありますから、大事を取ってという形です」
芺に代わってのあずさの説明に芺の事情を理解している五十里は納得する。一方、一年生三人は眼鏡姿の芺に目をぱちくりさせていた。その内の一人である達也が気持ち目を見開きながら芺に問い掛ける。
今の世の中視力を矯正するために眼鏡をしている人間は少ない。眼鏡をかけている人間は伊達、もしくは特殊なレンズの眼鏡が必要となる病を患う人間のみである。
「芺さん、その眼鏡は……」
「言ってなかったか。生憎、俺は霊子放射光過敏症でな。そこまで重症ではないんだが」
達也は彼の告白にいくらか危機感を覚える。しかし今までの美月のことを顧みるに、彼女より症状が軽いならそこまで重要視しなくてもよいか、とすぐに危機感を和らげた。
「さ、そろそろ始まるよ」
五十里の言葉で皆が会場に注目する。試合開始を告げるブザーが鳴り響き、二名の選手はCADを操り、お互いに魔法を繰り出した。
「『地雷源』……」
「そう。『千代田家』は振動系遠隔固体振動魔法、その中でも特に地面を振動させる魔法を得意としているんだ」
当然千代田の事をよく知る五十里は彼女の魔法の解説を始める。
ステージでは攻撃を続ける千代田に対し、相手選手は負けじと『強制停止』を繰り出す……しかし
「防御を強化したみたいだけど、千代田先輩の攻撃に対応しきれてない」
相手選手の『強制停止』も空しく、氷柱は一つ、また一つと形を失っていく。状況を悪く見たのか額に汗を浮かべる相手選手はここで攻撃魔法を選択した。
「相手が攻撃優先に切り替えたようですが」
「ふふっ。思い切りがいいというか、大雑把というか……倒される前に倒しちゃえ!なんだ、花音って」
対戦相手の最後の氷柱が音を立てて崩れ去る。試合終了を告げるブザー、そして大きな歓声が会場を包み込んだ。
「いえ、まぁ……戦法として間違っていないかと」
千代田は最後に五十里に向けて笑顔にピースを添えてこの試合を終えた。二回目の観戦となった芺は感想を零す。
「千代田の豪快で迷いのない戦いを見たら少しは気が晴れたよ」
「ふふ、花音も喜ぶんじゃないかな」
芺の緊張が少し和らいだところで彼は部屋を出る。
「そろそろ行ってくる。もう時間も無いから早めに入っておかねばな」
「自信を持って。君なら大丈夫だ」
五十里の言葉は芺の自信のなさを見越しての事ではないだろうが、今の芺には嬉しい言葉であった。
「ああ、任せておけ」
「そ、それでは!」
試合直前の調整に付き合うあずさを伴って芺は部屋を後にした。
急な後書き失礼致します。ここから先も私が考案したオリジナルの魔法がちょくちょく登場していきますが、例によってガバガバな設定です。出来るだけ不自然がないように物理法則を調べたりはしたのですが、あいにく学のない自分では理解及ばずと言ったところでした。
ですのでその魔法使ったらやばくね?とかそれ物理的に不可能じゃね?などなど思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そこはSF物でオリジナル設定だからこの世界ではそういうものだと大目に見ていただければ幸いです。本当に申し訳ありません!!!!
可能な限り低間隔での投稿を心がけていましたが、やはり自分が納得出来るお話を投稿したいので少々更新が遅くなっています……重ねてお詫び申し上げます……