「男子アイス・ピラーズ・ブレイク二回戦。第一高校 柳生芺さん」
芺の出場を告げるアナウンスが流れる。そして前回よりか少し大きい歓声が響いた。先程、自陣の氷柱を一本も倒させずに現代魔法によって勝利を収めた剣術使いには注目が集まっていたのだ。もとい、警戒心もだが。
他の高校からしてみればアイス・ピラーズ・ブレイクにおいて第一高校で警戒すべきは十文字克人である。もっとも、警戒したところで一般高校生徒でどうにか出来るレベルではないとも思われるが……それはさて置き、十文字だけに意識が向いていた生徒からすればとんだ隠し玉である。
今回の観戦者は帰ってきた千代田と五十里。司波兄妹に雫といった面々であった。
「確か司波君達は一回戦は見れてなかったんだよね」
「はい。芺さんのアイス・ピラーズ・ブレイクを見るのは初めてです」
「一体どんな魔法をお使いになるのでしょうか……」
一年生からすればアイス・ピラーズ・ブレイクにおける芺の印象は他の高校の生徒からのものと違いは少ないだろう。かといって五十里としても先程初めて見たのだが……それほど芺が純粋な魔法の撃ち合いをする事は珍しいのである。
「始まる……!」
歓声に負けない音量のブザーが鳴り響く。初動は二名とも同じく『情報強化』を選択。しかし相手選手はCADを操作し、やはり芺はCADを使わずに手をかざすだけである。
「特化型CADを使っているので仕方ありませんが……CADを使わずとも大会で通用する処理速度は流石ですね」
芺は特化型CADを使用しているため『情報強化』を他の選手の様に汎用型CADに登録することが出来ない。しかしその不利を打ち消して余りあるアドバンテージが芺にはある。
芺はCADを抜いて魔法を発動する。先程と同じように対戦相手の氷柱は『情報強化』されているのにも関わらず砕け散った。
「干渉力もさすがねー……『情報強化』も物ともしない」
千代田はそう言って感心する。確かに、傍から見れば芺は相手の『情報強化』を上回る干渉力で魔法を行使しているように見えるだろう。だが、芺はこの加重系統の魔法には
「千代田先輩。芺さんの魔法はそれほど干渉力は高くありませんよ」
「え、じゃあ相手の干渉力が弱すぎるってこと?」
達也は首を振って否定を示す。隣の五十里はニコニコしているのだが、恐らく彼は芺が一体どんな魔法を使っているのか検討がついているのであろう。
「お兄様、芺先輩の魔法はただの加重系統の魔法ではないのですか?」
「ああ、あれは加重系の『
「なるほど……」
流石は達也、この魔法の詳細は彼の言う通りである。加えて言うならこの魔法は『
───
「おいジョージ。あれは『
「……そうだね。まさかこの大会で僕以外の人が使うとは思わなかった。でも、安心して将輝。僕がいるからには三高の選手があれに悩まされることはないよ」
───
(この魔法の学術的な価値はさておき……戦闘においては比較的マイナーな魔法だ。それも相まって対処法を知ってる人は少ないだろうな)
いかにもその認識は正しい。いくら氷柱に『情報強化』を施しても意味が無いと感じた相手選手がとる行動は限られている。芺の『不可視の弾丸』が防げないのは干渉力の差によるものだと錯覚し、それならと攻撃に切り替えるのだ。幸い芺は一度に一つか二つの氷柱しか狙ってこない。攻撃速度で勝ろうと相手選手は攻撃に全てをかける。今回の選手も同様だった。
しかし先程の試合を忘れてはいけない、芺は攻撃と防御を並行して行っているのだ。おまけに攻撃にほとんど力を使わなくて良いため、防御に大きく力を割ける。この相手選手では単純に芺の『情報強化』を突破出来なかった。だが相手選手もそこまで馬鹿ではない。芺の『情報強化』を破れないのなら、氷柱に対して直接的に働きかけるのではなく間接的な攻撃を仕掛ける。
「でも、そんな簡単に芺君は崩せない」
ここに来て初めて芺の氷柱の一本がやっとの事で相手選手の『
芺は残り六本となった敵陣の氷柱全てに『不可視の弾丸』を使用する。防御を捨てていた敵陣の氷柱は──この選手の場合していても関係無かったが──もれなく強い圧力によって砕け散った。
「凄い……」
ずっと見入っていた雫が声を洩らす。深雪と千代田もここまで芺がアイス・ピラーズ・ブレイクで強さを示すとは思っていなかったのか感心の面持ちだ。五十里はそんな様子を見て嬉しそうにしており、達也も顔にこそ出さなかったが芺がここまで魔法を撃ち合えるとは思ってはおらず驚いていた。
考えてみれば当然なのである。彼は国内でも優秀な生徒が集まる第一高校の二年生であり、その中で実技ではトップの成績なのだ。評価基準の世界ではあの千代田や服部よりも上という事になる。達也たちを始め、芺を剣士としての観点からしか見ていなかった人間はこの時点である程度彼の純粋な魔法師としての評価を改めたであろう。だからといってアイス・ピラーズ・ブレイクで千代田や服部と戦えば結果はどうなるかはまた別の話ではある。
二回目の試合でも意外性のある圧倒的な強さを見せつけた芺。帰ってきた彼の元にエンジニアであるあずさが駆け寄る。
「芺君!凄いです!ほんとに……」
“普通の魔法師としてもとても強くてびっくりしました”と言おうとしたのだが、先程の芺の表情を思い出し一瞬言い淀むあずさ。しかし芺は彼女がその後なにか言おうとしたことには気付かず礼を述べる。
「ありがとう。まだ慣れないのにここまでCADを使いこなせるのは偏にエンジニアの腕がいいからだ。感謝する」
そう語る芺の顔には試合前のような自信のなさはもう見れなかった。芺は自らの力を客観的に評価するタイプである。北山潮や作戦スタッフと共に考えた作戦と、これまた潮とあずさの協力で得たCADがあればここまで戦えることを理解した芺は決して慢心することなく新たに自負を持ったのだ。
面と向かって素直に礼を言う芺に対し、あずさはあくまでも謙虚であった。
「いえいえそんな……私は……こんな事しか出来ないから」
「?CADの調整が出来ることは素晴らしい能力だと思う。俺には不可能な上、座学では工学でも他の教科でもあずさには到底敵わない」
「いやいや!私はそんな大層なものじゃ……」
「あずさこそ、自分に自信を持った方がいいんじゃないか」
“はう……”といった調子のあずさは今日初めて芺が笑顔を見せたことに気付いた。まぁ、笑顔といっても微笑み程度ではあるが。しかしその程度の笑みでも試合の合間に見せたあの暗い表情は見間違いではないだろうかと思うほど今の表情とあの時の顔には差があった。
「今日はもうこれで終わりだったな。付き添わせてすまなかった。俺がある程度CADを触れればいいんだが……」
一応、芺も一般魔法師に比べればCADには明るい方ではあるが、それは知識だけであり実際にCADを調整……それも九校戦で使う様な物を不用意に触れるほどの能力は持っていなかった。なので当の本人の声もあり、競技には付き添ってもらっていた。もっとも、エンジニアが自分が担当した選手の試合に付き添うのはなにもおかしなことではなかったのだが。
「いえ!全然!」
あずさからすれば大好きなCADを……それもかなりのレアで高性能な物を触れるのである。魔工師ほど彼女に向いている職はないだろう。
───
九校戦三日目となる今日。芺はアイス・ピラーズ・ブレイクの三回戦と決勝戦。摩利と服部はバトル・ボードの準決勝、三位決定戦に決勝戦といった日程である。芺は服部と摩利のバトル・ボードは観戦したかったのだが、生憎時間が合いそうに無かった。
芺は朝早くから起きていた服部に声を掛ける。
「おはよう服部、CADの調子はどうだ」
服部は大会前に少し自信を失い安定しているといった精神状態ではなかったものの、芺の言葉である程度自信を取り戻していた。しかしCADの調整が上手くいっておらず、この二日間程は芺と同じく調整にはずっと付き合っていた。
「おはよう。まぁ、ぼちぼちといったところだな。エンジニアも頑張ってくれているから、後は俺次第だ」
「ここまで勝ち進んで来たんだ。お前はお前だ、服部。集中していこう」
そう言って芺は拳を前に突き出す。よく桐原がやっていたことを真似したのだが、服部は意外そうにこちらを見たあと、彼も同じく拳を突き出した。
「……お互い、ベストを尽くそう」
───
服部と別れた芺はアイス・ピラーズ・ブレイクに備えて早めに現地に入っていた。試合開始は早いので、試合展開によっては摩利さんのバトル・ボードには間に合うかもしれないのだが……今回の相手ではそうはいかなそうだというのが今の芺の見解だった。
「次の相手は三高ですか……」
「あそこにはカーディナル・ジョージがいるからな。ほぼ確実に『
「そうですよね……」
「だが、さすがに俺も一芸だけで勝ち進めるとは思っていない。別の手は用意してある」
そう言って芺は加重系統の魔法が登録されたCADとは別の、まだ使用していないCADを見せる。こちらは銀色の特化型CADとは違い、少し青みのかかった塗装がしてある点を除けば、黒い半円の意匠が施されているのは同様である。最大の違いは片方が特化型CADなのに対して、こちらは汎用型CADという事である。なぜ芺は汎用型CADを持っているのにも関わらずわざわざCADを介さずに『情報強化』を使っていたのか。それはCADが無くとも魔法を行使可能という事を知らしめるため。もう一つは、特化型CADしか持っていないと錯覚させるためである。こちらには北山潮から贈られた起動式のもう一方が入っており、これは今回のアイス・ピラーズ・ブレイクにおける芺の奥の手だった。
そうこうしているうちに芺の試合の時間になった。
「時間だな、行ってくる」
「はい!頑張ってください!」
───
芺の入場を告げるアナウンスが流れ、彼が試合会場に現れる。相変わらずの声援だったが、今回は相手も負けていない。対戦相手は三校、連覇を続ける第一高校に待ったをかける事が可能な唯一の高校なのだから。
今回の観戦席には司波兄妹に雫にほのか、レオにエリカに幹比古に美月といったいつものメンバーが並んで座っていた。
「今までの試合を見るに今回も芺さんなら楽勝よねー」
「……いや、今回の相手ではそうもいかないだろうな」
前に寄りかかりながら喋るエリカに達也は返答する。
「芺さんの使う『不可視の弾丸』……アレには明確な弱点がある。おまけにあの魔法の開発者は『カーディナル・ジョージ』と呼ばれる三高の一年生だ。必ず対策はしてくるはずだ」
(芺さんは一体どう出るか……見物だな)
エリカ達は魔法の開発を行うような人間が三高の一年生にいることに若干言葉を失う。実は近くのとある天才も近々それをやってのけるだが、彼らは知る由もない。
「芺さん……大丈夫かな」
「私達は見守る事しか出来ないわ。応援しましょ」
ブザーが青く光る。三つ数えた後、赤く光ったブザーは試合開始を知らせた。
三高の選手もCADを操作し始める。芺は今回は『情報強化』と並行してすぐさまCADを抜いて敵の氷柱に狙いを定める。狙った氷柱は三つ。それは特に妨害されることなく発動し、氷柱を砕く。しかし次の瞬間、フィールドに濃い霧が立ち込めた。
(やはり対策してきたか……)
「達也君、あれが対策……?」
「ああ、『不可視の弾丸』は対象物のエイドスを書き換えるのではなく、直接加重をかける都合で対象物を視認しなければ使えないんだ」
「だから霧……ですか」
視界を塞ぐ霧を発動した三高の選手は、芺が『情報強化』を駆使する事を知っていたためこれまた間接的な攻撃を仕掛ける。単純な電気を発生させる魔法だったが、芺の氷柱を砕くのには十分だった。劣勢かと思われた芺だったが、もちろんそのままでは終わらない。
(出し惜しみはしていられないな)
芺は銀色の特化型CADをしまうと、もう片方のホルスターから青色のCADを取り出す。そしてとある魔法を発動した。芺がトリガーを引くと、敵陣のフィールドの中に極小規模ではあるが美しい光のカーテンがかかる。それは正しく……
「オーロラ……?」
エリカが目を細めて三高選手の氷柱を覆う光を分析する。それは極小さなものだったが、それはどう見ても皆がよく知る極地の空に見られるオーロラであった。そして達也はその魔法を知っていた。
「まさか、『極光』を使えるとは思わなかったな」
「お兄様、あの魔法は……」
素直に感嘆する達也に深雪を始めとした面々が興味深そうに目を向ける。
「あの魔法は『極光』と呼ばれる魔法だ。一定の範囲以上の規模にならないよう定義した空間に高速のプラズマを発生させ、大気とぶつける事で大気を構成する酸素原子や窒素分子が励起し、電磁エネルギーを放出させる。その際のエネルギーや熱での攻撃が主だな。人体には有害だから使い所や相手を選ぶが……この場なら問題は無いだろう。あの光は電磁波や励起による発光現象だな。正しくオーロラだ」
この魔法は自然現象であるオーロラを発生させるもので、かなりの技術と適性が求められるが、芺は使用が可能だった。
実際のオーロラはとてつもなく大きなサイズでそれに比例する強大なエネルギーが発生するが、この魔法はその現象を魔法で制御することにより規模を操作して発動される。達也が説明した通り、オーロラの中には大きな電流とそれに伴う熱が発生する。もちろんこの熱は氷柱の周りを熱するので、氷柱への『情報強化』では防げない。
徐々に融解を始める自陣の氷柱を見て、三高の選手は防御を選択する。氷柱周りの空気に干渉しようと何らかの魔法を発動したのだろうが、全く効果は現れない。魔法が発動していないのだ。
三高の選手が防御に専念したからか、少し霧が晴れる。そこに青色のCADを構える芺。そのCADから発動される魔法は『極光』ではなく、無系統の魔法が選択されていた。
「さらに『領域干渉』……」
「どうやら、もう一丁のCADは特化型ではないらしい。汎用型で『極光』を使うとは……芺さんの処理速度あってのものか」
三高の選手の氷柱は芺の『極光』が発する熱と放電で既に九割が形を失っていた。三高の選手は何らかの手を講じようとするが、芺のフィールド全体を覆う『領域干渉』の前に魔法の発動を阻まれていた。
今まで『情報強化』と『不可視の弾丸』しか使わなかった芺は今回になって『極光』と『領域干渉』を披露した。もちろん相手も芺のもう一丁のCADを警戒していなかった訳では無い。三高は作戦スタッフがおらず、選手自身が作戦を決める形を採用していた。そこで彼らの認識はもう一丁のCADも特化型であり、無系統が登録されている可能性は少なく、防御は『情報強化』だけである。もし一方が汎用型ならわざわざCADを使わずに魔法を発動するはすがない。といったものだった。
まだ『極光』だけであればそのCADには『領域干渉』は入っていないのでいくら干渉力が強かろうと氷柱に間接的な攻撃を仕掛けることは可能である。だがそれは芺のCADが特化型と仮定した場合であり、見事芺の作戦は成功したと言えるだろう。
薄くなった霧の中で美しく輝くオーロラは、三高の選手の氷柱を全て無に帰した。大きな音を立てるブザーは試合の終了を、そして芺の勝利を告げるものだった。ひときわ大きな歓声が上がる。ホルスターにCADをしまった芺は静かに目を閉じていた。
───
所変わってとある邸宅。今日も今日とて一人の男が仕事の合間に九校戦を観戦していた。もちろん嬉しそうではあるのだが……
「おや、まだ渡した魔法は
───
三回戦も勝利を収めた芺の次の試合は決勝戦である。決勝に勝ち進んだメンバーは第一高校の十文字と芺。そして三高生徒が一名の合計三名である。
午後からはこのメンバーが総当たり戦を行い、最終的な順位が決定される──アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦の開幕である。