魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第二十四話

摩利の事故の検証が終わった後、夜の帳はとっくにおりた時間にも関わらず、達也は芺に呼び止められていた。深雪に先に行くように言った達也は周りに誰もいないことを確認してから芺に問い掛ける。

 

「それで、何かご質問でしょうか」

「ああ。達也君の見解では大会委員がCADに細工をしたという事だったな。そしてそれに精霊魔法が使われたと」

 

芺は先程の予測を繰り返して確認する。達也は自分の検証中の発言を思い出して続けた。

 

「そうですね。俺はそう見ています」

「分かった。ありがとう。ではもう一つ質問なんだが……君は今回の一件について、どこまで知っている?」

 

達也は一瞬、芺の射抜くような目線に怯んだ。全てを見透かすような視線のように思われたが、それは芺の目付きが少々良くないだけであり、決してそんな異能は無いはずである。

言い方が悪かった事に気付いたのか芺は訂正しながら続けた。

 

「すまない、どこまで調べがついているのか聞きたかっただけだ。無用な心配を煽らないためにも隠しているのだろう?だが、聞かせてもらいたい。こちらでも調査を進めたいのだが、情報があまりに少なくてな。……俺が、眼鏡などかけずに観戦していれば摩利さんを妨害した魔法に対してももう少し情報が見えたんだが……」

 

達也は最後の方のセリフになるにつれ芺に後悔が見て取れることに気が付いた。確かに彼も霊視力は美月には及ばないものの、高い水準で保持してはいる。しかし、彼は普段から眼鏡が必要というレベルではない。そんな彼が珍しく眼鏡をかけている時に精霊魔法による事件が勃発したのだ。それにより近しい人物が大怪我を被ったとなれば彼の心情にも少しは理解が及んだ。

そして同時に達也は自分がある程度の情報を握っている事がバレた訳でもないが、大方アタリをつけられたとも感じた。事実、達也は今回の一連の妨害事件の犯人が『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』である事を知っているのだが、それを言ってしまうのは達也にとって非常に都合が悪いのでここでは断片的な情報を伝えることにした。芺も由緒ある名家の出身であり、八雲から家の力という観点で見てもある程度握っているという事を教えられていたため、彼自身情報が足りない事からも芺に少しばかり情報を集めてもらうつもりのようだ。

 

「実は、九校戦開幕の前日にホテルに賊が襲撃してきたんですが……」

「待て、聞いていないぞ」

 

突然告げられた新事実に芺は話を遮る。達也は一言で断りを入れて話を再開した。

 

「すみません。口止めされていましたから。そして、そいつらの素性に関してもある程度知っています。どうやら香港系の犯罪シンジケートらしいですよ」

「……かなり色々と言いたいことはあるが、情報には感謝する。君も隅に置けないな」

 

達也の謎の情報力に芺は賞賛を送るが、達也は芺が想像以上に勘のいい人物だと知ってこの先も発言には気を付けるべきかと感じた。“隅に置けない”発言に関しては無言で礼を返しておくことにする。剣士は皆、勘がいいのだろうかなどと考えていると、芺が口を開く。

 

「これだけ分かれば十分だ。これ以上、奴らの好きにはさせない」

 

芺のその言葉から伝わる強い意志に達也は“一種の強迫観念のようだな”と失礼な事を考えていたが、言葉ではそれに対して同意を示す。

 

「もちろんです。何か分かればまたお伝えしますので、情報は共有していきましょう」

「ああ、こちらも人員の動かし方を考えねばな。場合によっては……」

 

よく聞き取れなかった達也は疑問符を浮かべるが、芺はなんでもないといって笑う。芺の先程の強い意志から見て敵陣に攻め入るのかとも思えたが、さすがにこの九校戦中に本人が抜けていくことは考えづらい上に、手勢に任せるとしても危険だろうとその可能性を振り払った。芺は少し目を伏せるようにして少し頭を下げる。

 

「引き止めて悪かった。おやすみ達也君。忙しいだろうが倒れないようにな」

「お気遣いありがとうございます。先輩もお疲れ様でした。準優勝おめでとうございます」

 

達也は自分を労ってくれた芺に笑顔で返したあと、礼をして待たせていた深雪の元へ行く。

 

「すまない深雪。待たせたな」

「大丈夫です……何のお話をされていたのですか?」

「さっきの検証の簡単な擦り合わせだよ。後は労ってもらったくらいさ」

 

達也はここで全て本当の事を言って心配させる必要も感じなかったため、一応間違いではない事実を伝える。兄を疑う事を知らない深雪は最後の方の二人が笑顔で礼を交わしていた所も見ていたのですぐに納得する。

 

「それにしてもお兄様と芺先輩はどこか似ていらっしゃいますよね」

 

と、深雪は笑顔で語る。達也はそんなはずはないと言った顔をしていたが、深雪はその笑顔のまま口に手を当てて続けた。

 

「だって先程のお二人の動作、ほとんど一緒で……とても見ていて面白かったんですよ」

 

その通り、先程の二人の動作は鏡合わせかのように似通っており、傍から見ると絶妙にシュールな光景だったのだが、幸い見ていたのは深雪しかいなかったようだ。

司波兄妹がこんなやり取りをしている中、部屋に戻る最中の芺は達也の言葉を反芻していた。

 

(香港系の犯罪シンジケート……確か、過去にウチに報告に上がった香港系の犯罪シンジケートがいたが……名前は……『無頭竜』だったか。偶然とも思えん、過去の情報を漁らせるか)

 

───

 

もう遅い時間帯になって与えられた部屋に帰ってきた芺は彩芽に対して連絡をとっていた。

“今回の一連の事件は香港系犯罪シンジケート『無頭竜』の可能性が高い。監視についている人員はそのままに、調査部隊は『無頭竜』の情報を過去に集めていた分だけで構わないからまとめてくれ。これ以上追加の情報は必要無い。追って次の指示を出す”

この旨を文面として送信した芺は早急に新たな情報を別の筋から入手しようと画策していた。芺は彩芽達の情報収集能力を頼りにしているが、その過程で危険な目に遭わせる事に対して強い忌避感を持っているのでこれ以上の調査を続けさせたくなかったのだ。今年はこういった諜報任務を負わせるのはこれで二回目なので、彼は気を使いがちだった。そして彼は次にとある人物に電話をかける。

 

「もしもし……こんな夜更けにすみません。明日、お会い出来ますか。特に用事もないのでそちらの都合の良い時間で大丈夫ですよ。はい、ありがとうございます。ここまで来てくださるんですか?……はい、わかりました。では、そのように」

 

そう言って芺は電話を切る。相手は第一高校のカウンセラーである小野遥だった。二人は九重寺で八雲を介して知り合っており、芺が霊子放射光過敏症の件で霊子力をコントロールする訓練を九重寺で積んでいた時期に小野遥も修行に来ていたのである。芺は修行には来たが弟子では無いと主張しているが、八雲に気に入られてしまったがために弟子扱いとなっている。尚、達也、遥、芺では芺が一番の弟弟子となる。

ちなみに今回は芺はカウンセラー小野遥ではなく諜報員である彼女に用があり、連絡を取った。彼女の諜報の腕は『ミズ・ファントム』としてその世界では知らぬ者がいないほどである。

芺は最終日のモノリス・コード本戦まで基本的に暇である。彼にとってこういった空き時間は珍しいため、どうやって過ごそうか悩みながら彼は眠りについた。

 

───

 

九校戦も四日目になり折り返しとなった。今日から一年生のみが出場する新人戦もスタートする。そんな日の昼前に芺は私服で九校戦の会場近くのとあるカフェに来ていた。相手はもちろん……

 

「ごめんね、遅くなっちゃった」

「いえ、急にお呼び立てしたのは俺ですから」

 

昨日の夜に電話をしていた小野遥である。彼女は公安の人間ではあるが、一高のカウンセラーでもあるので九校戦の会場にいても特に不自然はなかったと言える。だがこのような場所を選んだのは今から話す内容が内容だからであった。芺は会話を挟みながら遥が注文した物がテーブルに来たのを待ってから、彼女の目を見て切り出す。

 

「では本題に入らせていただきます。小野先生、『無頭竜』について調べてもらえませんか。もちろん報酬は支払います。なんなら特別に前払いでも構いませんよ」

 

世間話の延長線上で滑らかに語った芺は端末にただの高校生がお使いの報酬として出すには莫大な金額を表示してテーブルに置く。その一連の言動に遥は驚いてむせそうになるが、なんとか抑え込んで口に人差し指を当ててこう言った。

 

「しーーーっ!声が大きい!……まずなんで芺君がそんな事を知ってるの。それになんの為に?」

 

遥はテーブルから乗り出して注意した後、周りを見渡して誰にも聞かれてないことを確認してから質問を返す。こういった少し大袈裟な所作はスパイらしからぬ点でもあるが、それが彼女の愛嬌でもある。

 

「家柄上です。それ以上はお答え出来ません。強いて言うなら仕事で必要ということでしょうか。それで、受けていただけますか」

「そんな……!……もう、ちょっと待って」

 

芺は質問をバッサリ切ってまくし立てるように話のペースを戻す。しかし遥はまだ悩んでいるようだ。確かにいきなり犯罪組織についての情報を調べろと言われたらこうなるのも自然かと思われた。

 

「……そうですね。手に入った情報をこちらに優先的に流してくださるなら、この金額から更に二割増でお支払いしますよ」

 

芺は人の悪い笑みを浮かべて語る。“もちろん前払いでも構いません”と後に添えて。

芺の引くことの無い姿勢に観念したのか、金に目が眩んだのか定かではないが、遥はため息を吐いてその提案を受け入れた。

 

「分かった。でも後払いでお願いね。もし情報が集められなかったらお得意様にも悪いから」

 

遥はツンとした態度でそう言い張るが、容姿が年齢の割に童顔で可愛らしい顔をしている上、華奢でもあるので些か可愛らしく見えた。

芺は満足した様子で端末をしまい、頼んでいたカフェオレを飲んだ。釣られるようにして遥も頼んでいたジュースを飲んだところで一つ質問をする。

 

「優先的にって言ったけど、具体的には誰より何を優先すればいいのかしら」

 

遥はこうは言ったものの、他に買い手がつくとも思えなかったために疑問に思ったのだ。芺はすぐに答える。

 

「もし他に俺と同じ情報を求めてる人間がいれば、そいつより可能な限り早く俺に情報を渡してください。それだけで十分です。情報が手に入り次第メールを送ってください。使いの者に取りに行かせますから」

 

芺の提示した条件はそれだけだった。遥からしてみればそれだけで報酬が二割増なのだから破格もいい所である。

 

「じゃあそうしましょう。……何が目的かは分からないけど、あんまり危険なことはしちゃだめよ」

「大丈夫です。俺に危険が及ぶことはありませんよ」

 

遥は何度目かのため息を吐いて飲み物を取ろうとするが、既に空っぽだった。

 

「頼んでもらっても構いませんよ、ここは奢りますから」

 

芺の申し出に遥は最初は遠慮しようと考えたが、目の端に美味しそうなパフェが目に入ってしまった。あまり借りは作りたくなかったが、欲望には逆らえない。

 

「じ、じゃああまりお腹も空いてないしこのパフェだけ貰おうかな~……」

 

芺は目の前に届いたそこそこの大きさをしたパフェを見つめて不思議そうな顔をしていたという。

 

───

 

新人戦二日目となる九校戦六日目。今日も今日とて暇を持て余していた芺は五十里らに連れられ深雪と達也の応援に来ていた。スタッフルームに訪れた許嫁コンビに生徒会長、風紀委員会の委員長と副委員長を見て達也はまず第一声に上司の体の心配をする。

 

「深雪さん、達也君!応援に来たわよ」

「応援に来ていただけるのは嬉しいんですが……委員長、寝てなくて大丈夫ですか」

「なんだ、君まで私を重症扱いするのか?飛んだり跳ねたりするわけではないのだから問題ない」

 

摩利は普段と変わらない様子で歩き、イスに座ってまるで子供のように言い張った。“君まで”と口にするということは他にも摩利を重症扱いする者がいるということである。それが誰か気になる人もいたかもしれないが、その疑問は一瞬で取り払われた。

 

「摩利さんは重症です。肋骨折れてたんですよ」

「だからもう大丈夫だっていってるだろこの~……!」

 

そう言って自分を労わる芺をポカポカ叩く摩利。芺はこの二日間ほど暇だったため、彩芽達からの情報に目を通しながらも摩利と行動を共にすることが多かった。それを横目に達也はもう一人の組織のトップにも訊ねる。

 

「会長も本部に詰めてなくてよろしいのですか」

「大丈夫よ。向こうははんぞー君に任せてきたから」

 

本部ではバトル・ボードでの敗北を帳消しにする勢いで服部は働いていた。芺も手伝っていたのだが()()の上司が応援に行くという事で心配でついてきたのである。彼は摩利の事件に大きな責任──再三だが彼が負うべき責任は無い──を感じていたのでやたらと過保護だった。

頼もしすぎる応援団に気後れせず、深雪はコンディションが良好なままアイス・ピラーズ・ブレイクの試合会場に入場する。相手方の選手はまるでソフトボール選手のような服装をしていた。対して深雪は上は白、下は赤の美しい袴を着こなしており、その可憐さに会場の人間の中にはその容姿の麗しさに思わず声が漏れていた者も多かった。

試合が開始すると同時に両名ともCADを操作する。しかし相手選手の魔法が発動するより早く深雪が魔法を完成させた。

 

「これはまさか……『氷炎地獄(インフェルノ)』……!?」

 

摩利達は深雪の使う魔法に目を奪われる。芺も深雪が魔法を使う所をしっかり目にするのは初めてだったので、彼女の魔法力に驚いていた。

それは相手選手にとっても同じであった。彼女は『氷炎地獄』の熱気か、はたまた焦りからか汗を流しながらも一生懸命CADを操作するが、そのまま為す術もなく全ての氷柱を一度に砕かれ敗北した。

 

(……とてつもない魔法力だ。俺では到底太刀打ち出来んな)

 

芺はスタッフルームから肉眼で観戦しながらそんな事を考えていた。


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