魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第二十五話

九校戦六日目の本日にはアイス・ピラーズ・ブレイク新人戦の第三試合と決勝リーグが執り行われる。芺も自らが出場した種目ということで、見聞を広める為にも観戦に来ていた。もちろん何かあった際に気付けるように作戦スタッフには無理言ってオーラ・カット・レンズは外させてもらった。

試合の結果は第一高校の上位独占という快挙。決勝リーグは雫と深雪のエキシビションマッチという形になった。試合内容は『フォノンメーザー』という高等魔法に加え『パラレル・キャスト』という難関技術まで会得した雫だったが、深雪には遠く及ばなかった。彼女も『ニブルヘイム』からの『氷炎地獄』というA級魔法師でも発動が難しいとされる魔法を使いこなしていたのだ。

 

そして七日目になり、本日のスケジュールはミラージ・バットとモノリス・コードの新人戦が開催される予定であった。芺はモノリス・コードに関しては自らも出場する上、比較的関わりのある後輩の一人である森崎が選手という事でテントで観戦していた。彼はモノリス・コード本戦に向けてのCADの調整に付き添っていたが、そうしていると五十里が気を利かせて“観戦してきていいよ”と言ってくれたためにお言葉に甘えたのである。

 

「森崎は性格は……まぁはっきり言ってよくはありませんが、魔法に関しては優秀ですし技術の鍛錬も怠りませんからね」

「あら、貴方のお墨付きならこの試合も安心かな」

 

本部にいた真由美と同席する芺は、同じ風紀委員会と言うことで森崎の事は気にかけていた。魔法師としては能力は特筆すべき箇所はなくとも、積み上げてきた努力が成せる技術には一定の評価を与えていた。今回の九校戦にあたり芺は拳銃型のデバイスを使用したが、その際に森崎が持つ技術は修練の賜物──中々のテクニックが必要なものだと再確認したのである。後は差別意識がなくなれば言うことは無いのだが……などと考えている内に試合が始まった。

その瞬間、森崎達のいたビルに突然『破城槌』が行使され、崩れやすい廃ビルは一瞬のうちに倒壊した。芺は突然の出来事に目を丸くし、真由美は口に手を当てていた。そこからは大騒ぎである。芺も事実確認を大会委員に迫ったが、ろくな情報は得られなかった。

 

「ふざけた真似を……!」

 

芺は画面を睨みつけていた。また、何も出来なかったのである。もちろん今回も芺に出来ることはなかった。しかしまた芺の周囲の人物が一人、事故にあったのである。それに今回は明らかに人為的なもので事故というよりかは故意の不正な攻撃なのだ。少し状況が落ち着いたところでテントに達也が現れる。状況を訊ねる達也に芺と真由美が説明を始めた。その時の芺の顔は沈んでいたが、達也はそれに対して何か言葉をかけるような人物ではなかった。

 

「それで、森崎達は」

「……重症よ。市街地フィールドの試合だったんだけど、スタート地点の廃ビルの中で『破城槌』を受けてね……瓦礫の下敷きになっちゃったの」

「屋内に人がいる状況で使用された場合『破城槌』は殺傷性ランクがAに格上げされます。バトル・ボードの危険走行どころではない、明確なレギュレーション違反だと思いますが」

「その通りだ。到底、許容できるものじゃない」

 

そう言う芺は今すぐにでも四校のテントに乗り込みかねない雰囲気だったが、そんな事をするほど馬鹿ではない。

 

「しかし、状況がよく分かりませんね。三人が同じ場所に固まっていたんですか?」

「それが……試合開始すぐの事でな。なぜ場所がバレていたのか訊ねたいものだ」

「そうだよ!あんなの試合開始前に索敵を始めてなきゃ出来ないよ!『破城槌』はともかく、フライングは故意だと断言出来る」

 

雫も声を大きくして語る。彼女も四校が故意に不正な攻撃をしたという見解だった。

 

「なるほど、そりゃ大会委員も慌てているだろうね」

「フライングを防げなかったから……ですか?」

「それは大した問題じゃないよ。それより崩れやすい廃ビルにスタート地点を設定したことが間接的な原因と言えるからね」

 

芺は冷静な達也を見て少し落ち着いたのか、本当に四校の故意の不正なのか、そして達也の示した原因について少し考え込んでいた。

その達也は大会委員としてこのままモノリス・コード自体を中止にしたいと考えていると推測する。それもあながち間違いではないが、現在は試合は続行中だった。そして第一高校の新人戦モノリス・コードをこのまま棄権するかも十文字が折衝中だと。ここまで話したところで真由美がいつもの雰囲気で二人に声をかけた。

 

「ねぇ、芺君、達也君。ちょっと相談したい事があるんだけど……ちょっと一緒に来てくれないかな」

 

彼女はそう言って二人を奥の部屋へと誘い、話し始める。内容はこの事件も何者かの妨害工作か否かついてだった。真由美は犯人がブランシュの残党だと予想していたのだが、それは違う。達也は真由美に対して芺に渡した情報と同じ情報を開示した。ただの高校生とは思えない情報力に真由美は心配をしたが、当の本人は巻き込まれているだけと主張していた。話し合いが終わったところで、芺が達也に声をかける。

 

「達也君、ちょっといいか」

「はい、構いませんが」

「真由美さん、遮音障壁はそのままにお願いできますか」

「……分かったわ」

 

真由美は渋々と言った様子で部屋を出る。それを見送って芺は話し始めた。

 

「達也君、やはり今回の一件も香港系犯罪シンジケートの仕業なのか」

「俺はそう見ています」

「なるほど……早急に手を打たねばならんな」

 

芺の言葉に達也は反応する。

 

「手があるんですか?」

「少々家の人間に動いてもらう。強硬手段ではあるが……これ以上、俺の周囲に手出しはさせない」

 

その言葉の意味する所といえば、いわゆる裏で動かせる力を持っているということ。加えてそれを行使出来るという事だった。裏の権力に限っていえば『四葉』はトップクラスだが、それを行使することは達也には出来ないために行使可能な力を持つ芺が達也サイドにいるのは好都合だった。

 

「あまり危険な真似はしないでくださいよ」

「俺に危険が及ぶことはないさ」

 

達也は真由美に言われた事をそのまま芺に伝えるが、芺もまたこの調子だった。

 

───

 

その日の夜、芺は五十里のCADの調整に付き合っていた。五十里と自動販売機前で語らった後、二人は別れる。そして芺は人がいないところで彩芽に連絡をしていた。

 

「先程通達した通りだ、変更は無い。部隊の人間にも同じように伝えてくれ」

「はっ!既に完了しております」

「流石だ。頼んだぞ」

 

芺はそう言って連絡を切る。廊下に出ると何やら考え込んでいる様子のあずさを見つけた。何やら悩んでいる様子だったために芺はとりあえず声をかける。

 

「あずさ、何かあったのか」

「芺君……いや、その……ミラージ・バットは観ましたか?」

「あぁ、選手も優秀だったが……達也君の手腕も見事だったな」

 

そう、本日のミラージ・バット新人戦では達也の担当した選手が出場していたのだが、観戦の際にあずさは聞いたのだ。その選手を見て“まるで『トーラス・シルバー』じゃないか”と言う声を。そこであずさは達也の担当した選手が揃いも揃って高等魔法や常識を覆すデバイスを使用していた事について改めて考え直した。雫の汎用型に特化型CADの機能を載せる最新研究結果の応用、『フォノン・メーザー』。深雪の『氷炎地獄』に『ニブルヘイム』というA級魔法師にしか起動式が公開されていない魔法がプログラムされているということを。

 

()()()『トーラス・シルバー』なんかじゃない。この芸当は『トーラス・シルバー』しか出来ないんじゃないかって」

 

あずさの分析を聞いて芺は考える。確かに達也君の技術力は高校生のそれを遥かに超えている。彼が『トーラス・シルバー』と考えれば桁外れの技術力も高等魔法の起動式を知っている事も、最新の研究結果を使用できる事も……彼が『トーラス・シルバー』のCADを持っていた事も全て辻褄が合う。しかしそれだけで決めつけるのは浅はか……というよりも信じられない。というのが芺の見解だった。

 

「まだ達也君が担当する種目は残っている。彼が本当に『トーラス・シルバー』かどうか判断するのはその後でも遅くないんじゃないか」

「信じてくれるんですか……?」

 

あずさは自分の突飛とも言える推察に同意を示してくれた事に少し驚く。

 

「お前がそこまで確信に近いものを感じるのであれば可能性は高いんだろう。それに……」

 

芺は達也君のこれまでの言動を顧みて、こう言った。

 

「彼は……例え『トーラス・シルバー』ではなくとも、絶対にただの高校生じゃない」

「それは、どういう……」

「冗談だ。じゃあまた明日」

 

少し口角を上げてそう言った芺はその場を去る。思わせぶりなことを言い過ぎたかと考えたりしながら、彼は階段を下っていった。

 

───

 

「彩芽、準備はいいか」

「はい。お前達もいいな?」

 

彩芽は同じ部隊の人間に語りかける。既に日は落ち、暗くなった時間帯に彼らは黒い装束に身を包み姿を隠していた。ここは九校戦の会場である富士演習フィールドからはそう遠くない場所にある寂れた公園である。人はいなければ遊具もない。公園というよりかは散歩に適した場所だろう。

彩芽の通信機に再度連絡が入る。

 

「園内に対象を誘導した。これから仕掛ける」

「視認しました。いつでもどうぞ」

 

その通信の終わりと同時に、周囲からの認識を阻害する結界が張られる。しばらくここには誰かに誘導でもされないと侵入することは出来ない。彩芽はじっと、この任務を依頼してきた人物の事を考えていた。

 

───

 

九校戦七日目のスケジュールも終了し、大会委員に貸し与えられたホテルに帰ろうと帰路についたとあるスタッフ。彼は真っ直ぐ寄り道せず帰った……はずだった。

 

(ここは……どこだ)

 

もう七日目となる今日になってもう帰り道も慣れていたはずの自分が道を間違えたのか、そんな疑問を浮かべながら彼は周りを見渡す。公園のようだが、街灯もなければ遊具もない。何故こんな所に迷い込んだのか皆目検討もつかなかった。

彼は少々焦っていた。残念ながら彼は真っ当な人間ではなくとある犯罪シンジケートに手を貸す人間なのだ。やましいことがある彼は出来るだけそそくさと安心出来るホテルに帰りたかった。何なら今日も第四高校のCADに細工をして、ルール違反になる形で『破城槌』を使わせたのだ。

公園から出ようとすると、後ろでガサガサと草木が揺れた気がした。咄嗟に後ろを振り向くが……そこには何もいなかった。

 

(気のせいか……?)

 

彼はそう思って前を向く、しかし

 

「が……っ!」

 

何者かに首を掴まれた。必死にもがくものの全く解ける気配はしない。ぎりぎりと片手で絞められ続け、数分にも感じられる時間が経った後、ようやくその手が放される。事実数秒といった時間だったが、首を絞められていたために大会委員は咳き込み、体は酸素を求めているのか呼吸しかできず、大声をあげて助けを呼ぶこともままならなかった。そんな中、大会委員の首を掴んでいた男が首を開く。

 

「こちらを見ろ」

 

そう言われた大会委員の男は犯人の顔くらいは見てやろうと睨みあげた。そこには黒い服を身に纏う男が見下ろしており、その顔には縁日で見るような狐のお面が着いていた。断続的に起こった不可思議な出来事に大会委員の男は一瞬思考が止まってしまう。その際に狐の仮面の男の目と、隠されているはずの眼と目が合ったような気がした。その瞬間、大会委員の男の体は強張り、形容しがたい恐怖に苛まれる。全身から汗が吹き出し、ここから逃げ出そうとしても身体が全く動かない。狐の仮面の男はその様子を見て片膝をつき、また大会委員の首元に手を伸ばした。

 

「知っている事を全て話してくれるか」

 

───

 

「彩芽、一通りの尋問は終わった。こいつから聞き出せることはもうなさそうだ。この後は予定通りの場所へ行ってもらう」

「承知致しました。あ……ウツギ様、我々はいかが致しましょう」

「このまま共に撤退し報告をまとめよ。私も整理しておきたい」

「はっ!」

 

狐の仮面の男……ウツギはそう指示を出し公園から彩芽らと共に姿を消し、その際に大会委員……香港系犯罪シンジケートの協力者を一瞥していた。その男はというと、一瞥された途端に駆り立てられるように九校戦の会場方面に歩みを進めていった。“ごめんなさい、ごめんなさい、私が悪かったんです。『無頭竜』の幹部に強制されたんです”と支離滅裂にも思える独り言を繰り返しながら。その顔は青白く、全身がびっしょり濡れていた。

 

「大丈夫か、君」

 

声をかけたのはこれまた偶然にも帰り道の九校戦の大会委員の一人だった。彼は大会中の魔法による不正行為を防止するためのカウンターマジックに長けた人物であり、その道のプロである。そんな彼が人通りのない道で街頭に照らされる明らかに様子のおかしい男を見つけた。その男はどうやら同じく大会委員の一人のように見えたのだ。

その独り言を繰り返していた男は声をかけてきた男を見つけると足元に駆け寄って崩れ落ちた。

 

「あ、……あぁ、すみませんすみません私がやったんです九校戦で選手のCADに細工をして第一高校を妨害したのは私なんです」

 

と、涙ながらに自供する。様子がおかしいという話ではない。聞いても居ないことをつらつらと嗚咽混じりに述べ、顔がぐじゃぐじゃになったこの男の言動は異常と称する他なかった。彼は突然の出来事に驚いて固まっていると、その間も足元の男は涙を流しながら続ける。

 

「『無頭竜』が……『無頭竜』にやれと!全て私が悪かったんですだからお願いしますどうか命だけは、命だけは!」

 

そう言って懇願する様子は何かに酷く怯えているようだった。だがこの男の言うことは見過ごせない。言われてみればこの男は試合前のCADの監査を担当する人間だったはずだ。そして立て続けに事故に巻き込まれる第一高校の事が頭によぎった。

 

(もしこの男の言葉が本当なら……嘘にも見えん。私の一存では判断できん、一度本部に持ち帰るしか……)

 

「お、おい!とりあえず会場に戻るぞ。話はそれからだ」

 

彼がそう言うと嗚咽はぴたっと止まり、まるで引き寄せられるように九校戦の会場に向かって歩き始めた。その間もさながらの懺悔を繰り返していたが、一体何があったのか問うても全く答えなかった。彼は取り憑かれたように自分のした行いとそれへの謝罪をひたすらに続けていただけだった。

 

……その後、九校戦の大会委員本部に連れ帰られた男は尋問を受けた。まずは警察に突き出すのが最善だが、もしこの男の言葉が本当なら九校戦スタッフの中に工作員がいたという前代未聞の不祥事である。大会委員からしてみれば男の言葉が嘘であって欲しかった。

しかし現実はそうはいかない。本部に帰って話を聞くと男は質問に対してすらすら答え始める。やはり彼は『無頭竜』という犯罪シンジケートの工作員としてこの九校戦に紛れ込んでおり、第一高校への妨害工作を命じられていたそうだ。もちろん一人だけではなく他にも工作員はおり、その名前もはっきりと述べた。大会委員本部の人間が頭を抱える中、ここに連れてきたスタッフが尋ねた。

 

「なぜ急に自供した。何かにひどく怯えている様子だったが、それも関係しているのか」

 

今まで比較的落ち着いていた工作員はその質問を受けた瞬間、思い出したかのように顔から血の気が引きガタガタと震えだした。

 

「あぁ……あぁ……私が悪かったんです私が妨害工作などしなければ、罪は償いますだから助けて下さい助けて……助けて……」

 

今までの様子とは一変して大の大人が涙を流し、祈るような体勢になった工作員を見て、周りの人間は明確な異常性を感じた。()()に懇願しているようにも見えた。許しを乞うているようだというのは皆が思った事だろう。しかし工作員はその何かについて述べる事はなかった。それについて尋ねると、どれだけ落ち着いていたとしてもこの様子になってしまうのだ。仕方なく大会委員本部は工作員の仲間も拘束し、警察へ突き出した。可能な限り水面下で行ったが、やはり情報は漏れるもの。次の日にはちょっとした騒ぎにもなっていたがすぐに収まった。

最初に自供した工作員だったが、その後警察の取調べの際も()()について尋ねた途端にこの状況になってしまうために精神鑑定が行われた。その結果、一種の恐怖性不安障害と診断され精神病院への入院が決定したそうだ。しかしこの先彼の口から『何か』について語られることは無かった。長期的な治療の後ある程度の回復が見込まれたが、その怯えていた対象に対して工作員はこう言った。

“今でもとてつもなく恐ろしい。しかし()()()()()()()()

確かに恐怖による記憶障害は存在する。それにしても不自然なほどその()()についてはぽっかりと穴が空いていた。様々な可能性が示唆されたが、それを確かめる方法はもうなかった。


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