魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第二十七話

達也達がモノリス・コードで優勝した同日。もう日が暮れた時間帯に芺の端末に一件のメールが届いた……のだが、そこに差出人の名前は無かった。今の時代、差出人の記述は必須事項である。にも関わらず差出人の無いメールに芺は不信感を抱きながらもそれを開封してディスプレイに表示した。このシステムを欺くほどのスキルを持つ人間からのメールなのだ。何があるかは分からなかったが開いてみなければどうしようもない。内容はこうだ。

 

“柳生家次期当主様へ

 

突然のご連絡失礼致します。この度は貴方様が現在お調べになっている『無頭竜』についてご相談をお受け頂きたく考えましたのでこの様な形を取らせていただきました。近々そちらにお伺いしますので……その時はよろしくね

電子の魔女”

 

ハートの絵文字付きで締め括られたメールを見て芺はため息をつく。彼女に心当たりが無い訳では無い。電子の世界を通じてアウトゾーンスレスレのやり口で情報を集めている芺……ではなくとも『電子の魔女』という名は聞いたことがあるだろうからだ。それにこんな事は初めてではない。今までも数える程だが『電子の魔女』を名乗る人物からのメッセージを芺は受信していた。その度に何らかの依頼を受けたり受けなかったり、助言や警告も受け取っていたりもしていたのだが……今回はどうも雰囲気が違う。

 

(『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』が一体俺に何の用だ……)

 

───

 

八月十一日……九校戦ももう終盤に差し掛かったその日に芺は朝からとある嬉しくない報告を受けていた。連絡を掛けてきたのは彩芽。なんでも明らかな不審人物が二名だそうだ。サングラスにスーツを着た屈強な外国人が試合を見るでもなく会場の一角に佇んでいるということだった。

 

「監視は続けてくれ。だが手出しはするな」

 

そう連絡した芺は自らの眼で確認すべく行動に移す。工作員を排除してもまだ九校戦に安寧は訪れないようだ。

 

───

 

横浜中華街のとあるビルにて──

 

「17号から連絡があった。第二試合のターゲットが予選を通過した。もはや手段を選んでいる場合ではないと思うが……どうだろうか」

「どうする気だ」

「大会そのものを中止にさせる。ジェネレーターを使って会場の客を無差別に百人ほど殺せば十分だろう」

「実行は17号だけで大丈夫か?」

「武器は持ち込めなかったが、リミッターを外して暴れさせれば客の百や二百素手で屠れる……とは言え、万全を期す事に悪い事はない。18号も念の為、暴れさせる」

 

既に送り込んだ工作員の全てが何者かの手によって捕えられていた事もあり『無頭竜』の幹部達はここにきてやっと慎重になっていた。

 

「客が騒がないか。同業者はともかく兵器ブローカー共は厄介だぞ。奴らは祖国政府とも太いパイプを結ん……」

 

この『客』とは九校戦の客ではなく『無頭竜』が胴元の賭博の客である。優勝候補筆頭の第一高校を工作で優勝させないことで儲けを得ようとしていたが、第一高校の奮闘や達也達の妨害により大損しかねない状況に陥っており、そうなれば待つのは粛清だけなので彼らは焦りに焦っていた。

 

「客に対する言い訳はなんとでもなる!今我々が懸念すべきは何よりも組織の制裁だ……」

「……異議はないな?ではリミッターを解除する」

 

『無頭竜』によりリミッターを解除されたジェネレーターが通路から現れた。そして目の前を通る男に手刀を繰り出す。魔法も付加されたジェネレーターの腕は目の前の男を屠るには十分かと思われた。しかし、その男は突然の背後からの奇襲にも関わらずジェネレーターの手刀を掴み取りそのまま魔法を発動して会場の外に投げ飛ばしてしまった。

 

……そしてその反対側ではもう一体のジェネレーターのリミッターが遅れて解除された。そしてそのジェネレーターの足元に一枚のパンフレットが風に流されて飛んでくる。

 

「すみません!」

 

恐らくそのパンフレットの持ち主であろう……高校生だろうか、制服を着ている男子生徒が走り寄ってきた。その生徒はジェネレーターの足に引っかかったパンフレットを拾おうと腰を屈める。その生徒に向かってジェネレーターは問答無用で凶器さながらの威力を持つ腕を振り下ろした。

 

 

 

その頭上からの一撃を生徒は予期していたかのように篭手で受ける。そこに発動されていたベクトル反転魔法の効果でジェネレーターは大きく仰け反った。

 

(やはりただの観客ではなかったか)

 

「表へ出ろ」

 

ジェネレーターに襲われた生徒……といっても明らかに怪しい人物に襲われに行った芺は掌底と共に打ち込んだ『縮地』でジェネレーターを斜め上に吹き飛ばす。仰け反った体勢で魔法を受けたジェネレーターは抵抗出来ずにその身体は空を舞った。それを追うように芺も壁から外へ飛び降りる。

 

「彩芽、目撃者は」

「いません!」

「結界はそのままに、人を近づかせるな!」

 

壁から投げ出されたジェネレーターは地面と衝突する寸前に魔法を発動して何とか全身の骨が砕けることだけは避けることが出来た。しかし彼が顔を上げた瞬間、同じ高さから慣性中和魔法を使いながら降りてきた芺がジェネレーターを踏みつけるように蹴りを放つ。沢木直伝の鋭角に角度を付けた蹴りだった。ジェネレーターの顔面は無慈悲に地面に叩きつけられる。

しかしそれをものともしないかのように起き上がった。芺は少し感心しながらもジェネレーターから距離を取る。ジェネレーターは顔を手で抑えてはいるが、その隙間からは血が滴り落ちていた。かけていたサングラスは割れ、顔に破片が突き刺さっており痛々しい。ジェネレーターはそんな事もお構い無しと言った様子で芺に襲いかかる。その瞬間、ジェネレーターの視界から芺の姿が消えた。ジェネレーターは動きを止め咄嗟に防御姿勢を取ったが、それよりも襲いかかってきたタイミングで既に攻撃態勢に入っていた芺の方が早かった。

 

(ほう、()()は効くのか。やはり人間ではあるようだな)

 

芺は『幻衝』を蹴りと共にジェネレーターの側頭部に叩き込む。そのたった一撃で芺より身長の大きいジェネレーターはノックダウンされた。昏倒させたのは自分なのにも関わらず芺は叩き起して尋問を始めようとするが、そこに別の存在が近づいてきた事に感づく。認識阻害の結界を突破してくるという事は既にここに何かがあると分かっているという事だ。その男は芺の予測より数秒早く、芺に襲いかかってきた。

一撃、二撃と躱した所で芺は攻勢に出る。詰め寄る芺に対して襲いかかってきた男は足を開き、片腕を前に出した。その瞬間、彼の手首、胴、片足の膝あたりに魔法式が現れる。それを予期していた芺は難なくその腕を掴み自らの身体に引き寄せるようにしてもう一方の腕で肘打ちを放つ。

 

「我々の極意をそう簡単に外で使わないでいただけますか」

「全く。少しは手加減してくれてもいいだろう」

 

肘打ちを寸止めした芺に対し、あの状態から膝蹴りを芺の腹部に寸止めしていたこの男、柳連は呆れたように語る。

 

「ちょっと柳さん!!民間人に何を……」

 

ここまで言いかけた所で藤林響子は柳が襲い掛かった民間人を視認してため息をつく。

 

「心配せずともその大男を無傷で倒した挙句に柳君と殴り合えるその子はただの民間人ではないよ、藤林君」

 

中々に失礼かつ一応ただの民間人相手に軍人としてどうかと思われる発言をしたのは真田繁留。

 

「柳さん、この方たちは」

「同僚だ」

 

芺は一方的にこちらの事を知られている事に微妙に不快感を覚えながらも挨拶をする。

 

「お初にお目にかかります。柳生家が次期当主、柳生芺と申します」

「これはこれはご丁寧に。国防陸軍第101旅団所属の真田繁留と言う者です」

 

芺は聞いたことの無い所属に訝しげな顔をする。対して柳は呆れ顔だった。

 

「ちょっと真田さん!?」

 

色々とツッコミが追い付かない藤林はあたふたしていた。実は芺と柳は知り合いどころかかなり縁が深い人物でもあるのだが、残りの二人とは初対面だった。芺は柳は軍属であるとしか聞かされておらず、今初めて真田の口から所属部隊の名を聞いたものの、柳さんの同僚ならいいか、と警戒心を緩める。真田はいけ好かないとも思っている。

 

「それで、何の御用でしょうか」

「その男を預かりにきた」

 

芺は二度の襲撃に加え、見ず知らずの大人に囲まれるという本来なら落ち着いていられない状況下でも、年に相応しない冷静沈着な様子で尋ねる。

 

「この男は一体何者ですか。急に襲い掛かって来ましたが」

「……コイツは恐らく『無頭竜』の者だ」

 

その『無頭竜』という言葉に芺は反応する。それを見て藤林が芺に話しかけた。

 

「その事について、今日は貴方に話があります」

 

芺は話しかけてきた女性をよく観察する。そして一つの確信を得た後、それに応じた。

 

「じゃあ藤林君、また後で」

 

ジェネレーターを連れていく二人を見送った藤林は芺の方を向き直る。

 

「急にごめんなさいね。ちょっとお茶にしましょ」

 

───

 

「では貴方が今まで俺にコンタクトを取ってきた『電子の魔女』その本人で間違いありませんね」

「ええ、その認識で合ってるわ。改めまして、藤林響子と言います」

 

芺は丁寧なお辞儀で返す。今まで姿を見せなかった『電子の魔女』がまさか知り合い……それも柳の同僚だとは思わなかった。世の中は狭いものだなと考えていると、先程の砕けた口調ではなく丁寧な──こちらを一人の交渉相手として見る藤林が口を開く。

 

「今回貴方が追っている『無頭竜』について、我々も追っていました。大きな動きを見せた今、私達もすぐさま行動に移そうと思っています。彼らの所在は既に把握しています。ですから、私達の部隊の人間が彼らの排除に向かう予定です。早ければ本日中にも」

 

『無頭竜』の所在を把握しているの言うのは嘘だが、国防陸軍第101旅団の独立魔装大隊という部隊に所属する大黒という隊員が今日中に情報を手に入れてくる算段を立てているのでそれ頼りの虚偽である。

 

「……中々に急ですね。ただの犯罪シンジケートに国防軍が動く理由があるのでしょうか?それに加え、貴方達の部隊は少々特殊なようです。そして何故今になって接触を?おまけに秘匿義務は無いのですか、今までなぜ貴方は俺に協力を……」

「……ごめんなさい。順を追って説明します」

「……こちらこそすみません。ご無礼を」

 

芺はつい問い詰めてしまったことを謝罪する。芺からすれば全く意味の分からない状況なのだ。カフェで腰を落ち着けた今になって冷静に状況を分析すると、不可解な事が多すぎるのが彼の現状だった。

 

「まず我々が『無頭竜』を追っている理由についてですが、彼らは『ソーサリー・ブースター』という非人道的な製造方法のCADの供給源なのです。それだけで我々には動く理由となり得ます」

 

芺は頷いて再度藤林の目を見る。値踏みするような目線にも見えたが、それは続きを促すものと解釈したのか藤林は続ける。

 

「次に私達の部隊についてですが……込み入った事情があるので、詳しくは申せません。そこは了承してくれますね」

「……分かりました」

 

聞いても無駄だと感じた芺は潔く引き下がる。相手はあの『電子の魔女』だ。今の自分が簡単に情報戦をしかけていい相手ではない。少なくとも今までの自分の動きは彼女に知られているのだから。

 

「ありがとう。それで。なぜ貴方に接触したかですが……二つ理由があります。一つ目は我々の作戦への助力の依頼です」

 

その発言に芺は心の中で口角を上げる。少し興味をそそられる言葉だったのだ。

 

「『無頭竜』に対して作戦を実行する際に貴方にも協力してもらいたいのです。報酬は出しますし、何より貴方もそれを望んでいるはず」

 

芺からしても悪くない提案だった。一部隊と言えど国防軍に恩を売れる上に今まで借りてばかりだった『電子の魔女』に貸しを作れるのだ。それに彼は摩利と森崎を傷つけ、さらに妨害工作に及ぼうとしていた『無頭竜』をこのまま許す気はなかった。

 

「それに関しては前向きに検討しましょう。そしてもう一つは?」

 

芺が気になっているのはなぜ今まで柳生家ではなく芺個人に協力してきたのか。それに尽きた。

 

「ありがとう。情報の秘匿と今までの貴方への協力に関しては上官の指示に従ってきました」

 

芺はここまで聞いた所で一つ疑問が浮かんだ。情報を隠すように上官に命じられるのは何も不自然ではない。しかし自分への個人的な協力まで上官の命だとは思わなかった。

 

「なぜ、貴方の上官殿は自分に協力を?」

「……恥ずかしながら、それは偏に貴方に恩を売るためです」

 

予想だにしない返答にさすがの芺も不信感と疑問を露わにする。

 

「それは、どういった……」

「単刀直入に言うと……貴方に水面下で私達に協力する姿勢を見せて欲しいという事です。それが双方にとって大きな利益になる」

「“私達”と言うのは一体どこまでの範囲ですか」

「国防陸軍第101旅団に対してです。国防軍全体ではありません」

「ということはこのお話は国防軍を代表してではなく、その国防陸軍第101旅団という部隊からということでよろしいでしょうか」

「……その認識で構いません。依頼についてはまた連絡します。協力に関しては時間が必要でしょうし、何よりここでは話しにくいですので……また後日上官と共に再度お話に伺います」

 

芺は少し考える素振りを見せた後、長くない時間をかけて答えを出す。

 

「分かりました。その形でお願いします」

「お会計は私が」

「……ご馳走様です」

 

二人はカフェを出て別れる。芺は突然の申し出に驚いたが、概ね芺が思うように事が運んだためにこれでよしとする事にした。だがやはり問題はなぜ国防軍の特殊部隊が芺個人に固執しているのかだった。このタイミングの接触に意味はあるのか、そして次は上官を連れてくるということは相手方は中々に本気である。それにまだ大きな謎が残っていた。情報をの羅列によって最も聞き出したいことが聞けなかったことに芺は情報を引き出せなかった自分の交渉術の無さに辟易しながらも会場に戻って行った。その際に芺の端末が震える。内容は暗号化されていたが、そこにあるのは座標だった。

 

(小野先生には無駄足を踏ませてしまったな……)

 

この先協力するかは今は棚に置くにしろ、『無頭竜』討伐に関しては協力姿勢を取った芺としては個人的に『無頭竜』の所在を知る必要は無くなってしまったのだ。芺は試合を控えているにも関わらず無駄にハードなスケジュールを組んでしまったことに若干の後悔を覚えながら座標に示された位置に向かっていった。


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