「深雪さんのミラージ・バット優勝と一高の総合優勝を祝して!かんぱーーい!」
真由美の言葉通り今年の九校戦も優勝し、三連覇を成し遂げた我らが第一高校のメンバー達はささやかな祝勝会を開催していた。ミラージ・バットは深雪の優勝、そして三年の小早川も表彰台に登ることが出来た。しかし……
「全く、芺の奴……体調不良とは。緊張する性質ではないだろうに」
「仕方ないわ。メンバーの二人は三年生だし、芺君とも仲の良かった二人なんだから」
摩利が愚痴るようにそこに芺の姿は無かった。
「芺先輩がご欠席とは……大丈夫でしょうか」
「あの人の事だから当日に体調不良なんてことは無いだろう。大方、明日の作戦でも練っているんじゃないか」
「まぁ!お兄様は大層芺先輩を信頼なさっているのですね」
「そういう事じゃあないんだがな……」
───
とある一室で二人の老練な男が向き合っていた。方や国防陸軍第101旅団所属。独立魔装大隊の隊長である風間玄信。方や『最高にして最巧』『老師』などと尊敬される退役軍人でもあり今の十師族をというシステムを確立した九島烈だ。
「本日はどのようなご要件でしょうか」
「なに。彼に興味が湧いてな」
「彼……?」
「司波達也君だよ。三年前、君が四葉から引き抜いた深夜の息子だ。わしが知っていても何の不思議も無かろう?一時期とは言え深夜と真夜はわしの教え子だったのだから」
「ならばご存知でしょう。四葉が達也の保有権を放棄していない事を。」
「惜しいとは思わぬか?」
「惜しい……?」
九島烈は達也が将来、一条将輝と並んでこの国の魔法師を牽引する存在になるということ。そしてそんな逸材を私的なボディガードにするのは勿体ないとも語った。
「閣下は……四葉の弱体化を望んでおられるのですか?」
「このままでは四葉は強くなりすぎる。十師族の一段上に君臨する存在になってしまうかもしれない」
どうやら九島烈にとって四葉が十師族の中でも突出した存在になるのは困る事らしい。
「四葉は魔法師を……自らを兵器として捉えすぎている。確かに魔法師は元々兵器として作られた存在だ。だがそれでは人間の世界からはじき出されてしまう」
それに対して風間は“閣下がこちらの事情を存じているように、自分も閣下の事情をある程度存じ上げている”と返す。それに加え九島烈が達也に興味を持つ理由もだ。続けて風間は達也は既に我が軍の貴重な戦力であり、一条将輝とは戦力としての格が違うとも語った。
「それに彼の魔法はいくつものセーフティロックがかけられている戦略兵器だ。その管理責任を彼一人に負わせる事の方がよっぽど酷というものでしょう」
───
“芺君へ
本日中に作戦行動に移ります。指定された場所へ迎えを送りますので、必要な人員をそこに配置しておいてくださいね”
メールの中にも差出人を書かなくなった『電子の魔女』からこのような連絡を受けていた芺はすぐにメールを予め説明していた実行部隊に転送し、その座標に向かわせた。今回芺が指揮する実行部隊に与えられた使命はビルに真正面から侵入し、『無頭竜』から情報を引き出し捕縛、もしくは排除というものだった。機械的なセンサー等はあの真田とかいう人間が無効化してくれるらしく、実行部隊は人の目さえ回潜れば侵入は容易という事だった。そしてそれは芺の動かす部隊の十八番である。
「あ……ごめんなさい、ウツギ君だったわね。乗り心地は悪いけど乗ってくれるかしら」
指定された場所に向かったウツギと彩芽達の実行部隊は藤林と胡散臭い男に連れられ現地に向かった。その車は最新鋭の設備……というより実験的な機器が多数搭載されているように見え、積載量も中々だった。
「具体的にはどうすればいい。我々は現地で動く実働部隊だ。好きに使ってくれ」
「彩芽さん達には認識阻害の結界を。ウツギ君はホテルに侵入し、最上階にいる『無頭竜』の排除を。可能なら彼らのボスの情報を手に入れて下さい」
「……排除という事は文字通りの意味で捉えてもいいんだな。後始末は?」
「それは私達が請け負いますよ。そういった魔法師も連れてきてますから」
胡散臭い男真田が口を挟む。どうやら真田達は後始末を担当する部隊も連れてきているらしい。それなら遠慮はいらなかった。
現地に着いたウツギはホテルの前に立ち通信機に手を当てる。
「こちらウツギ。任務を開始する」
そう告げたウツギは鼻から下を隠す仮面をつけ、正面のドアから堂々と刀を持って侵入し、階段を駆け上がっていった。そんな彼を認識出来るものはここには存在しなかった。
───
横浜グランドホテルの最上階では『無頭竜』の幹部が自分達の計画の尽くを妨害してきた(半分くらいは芺の仕業である)司波達也について話し合っていた。情報を集めさせたにも関わらず、パーソナルデータが全く判明しなかった達也の正体に全く見当がつかないといったものだった。そんな話をしていると、ジェネレーターの一人が口を開く。
「12号が沈黙しました」
「11号もです」
その二体は入口を守るジェネレーターであり、その死亡が何を意味するのか、幹部達の顔から血の気が引く。そして一人の男が確認に向かった。入口のドアを開けて廊下に出る。
部屋に残る幹部が聞いたのは悲痛な叫びだった。
「ひっ、ひぃ!なんだ貴様は……ぎゃあああああああ!」
その声と共に開け放たれた入口の先に鮮血が舞う。恐る恐るそちらを見た幹部が目にしたの三人分の血をまき散らした廊下と人の四肢だった。そしてそこに立つ鼻から下にかけて面をつけた男。それは紛れもない侵入者。だがここまでどうやって入ってきたのか。警報やセンサーはどうしたのか。そんな事の答えを探すより早く幹部は命じる。
「じ、14号!16号!そいつを殺せ!」
射程圏内にいる対象に二体のジェネレーターは襲い掛かる。ウツギは一体のジェネレーターが殴りかかってくるタイミングで片手を前に出し、体を少し開き片足を下げた。手首、胴、下げた足に魔法式が現れると、次の瞬間にはジェネレーターは元いた場所の壁に叩きつけられていた。『
「ハロー。無能な『無頭竜』共。富士では世話になったな。ついてはその返礼に来た」
血を浴びながらどこかで聞き覚えのあるセリフを放ったウツギは入口を塞ぐように立つ。突然の出来事に『無頭竜』の幹部達は凍りついていた。使えるジェネレーターは二体。そして幹部の一人は既に惨殺されている。その状況に恐怖を顔に滲ませながらも幹部の一人がテーブルをウツギの方に倒して遮蔽物を作る。そして一人が狙撃銃を取り出し、他の幹部も拳銃を手に持った。全員が柱の裏やテーブルの裏に隠れる。そのうち一人が電話を取り出すが、生憎その電話はどこにも繋がらない。
「電話が繋がらんぞ!」
「クソっ!15号!13号!やれ!」
二体のジェネレーターはウツギ目掛けて突進する。それに対してウツギは手をかざした。何らかの魔法を行使したのかジェネレーターは糸の切れたあやつり人形のように慣性に従って倒れ込む。その動かなくなった二体の心臓にウツギは順に剣を突き立てた。ジェネレーターは二度と活動を再開することは無かった。
「な……」
「今のは催眠か……!?ジェネレーターに効くはずが……!」
そう言い終わるか否かのタイミングで幹部達の視界からウツギが消える。そして次に視覚と聴覚で得た情報は幹部の悲鳴といつの間にか柱の裏に移動していたウツギだった。
首を絞めあげられた幹部はじたばた暴れるが、すぐに大人しくなる。貫かれた心臓から横に斬り払われた幹部はそのまま投げ捨てられ、また一つこの部屋に死体が増える結果となった。ウツギは幹部達の方へ歩みを進める。もう既に出口が全く視界に入っていない幹部達の口から出た次の言葉はウツギへの恨み口ではなく、命乞いだった。
「ま、待て!何が望みだ!分かった!我々はもう九校戦には手は出さな……いや!日本からも手を引く!」
「お前にそんな権限があるのか」
「私はボスの側近だ!ボスも私の言葉は無視出来ない!」
「なるほど。なら、当然ボスの顔も知っているな」
「もちろんだ!私は拝謁を許されている」
ウツギは剣を下ろし、その側近……ダグラス=
「このっ!死ねぇ!」
「バカ!やめ……」
発射された弾丸は寸分の狂いなくウツギの頭目がけて直進し、その弾丸は幹部達が銃を取り出した時から発動していたウツギのベクトル反転魔法によりそのまま跳ね返り、銃を放った幹部の口の辺りを貫いた。舌も歯も吹き飛んだその男にウツギは詰め寄り、もう恐怖で地面を這う事しか出来ないその幹部に刀を振り下ろす。
「すまん。話の腰を折ったな。それで、ボスの名は?」
その質問に答えるという行動の意味する所は……考えるまでもない。ボスへの反逆行為、組織への裏切りである。もう二人しか残っていないこの部屋でダグラスは葛藤する。五秒ほど経った所でウツギはもう一人の方へ顔を向ける。
「お前は」
「わ……私……は」
ウツギに声をかけられた男は虚ろな目で続けた。
「ボスへの拝謁は許されておらず、本部に影響力もダグラス程持っていません」
「そうか、ご苦労だったな」
ドン!と銃声が響く。ダグラスが振り向くと、そこには拳銃で自らの頭を撃ち抜いた男の死体が転がっていた。それを見てダグラスは声を震わせる。
「……なぜだ。なぜだ!我々は命までは奪わなかった!我々は一人も殺していなかったではない……がはっ!」
ウツギはダグラスの腹部に強烈な蹴りを入れる。ダグラスは腹を抑えうずくまってしまった。
「そんなものは結果論だろう。死人が出てもおかしくない事をしでかしたのなら、相応の報復を受けるのも道理だ」
ウツギは未だ足元で這いつくばっているダグラスの頭を掴みあげる。
「ボスの名前を言え」
ダグラスはもう生き残る事を諦め、口をつぐんでいた。しかし何故か、ウツギのその言葉には反応してしまった。
「リチャード=孫……」
「表の名は?」
「孫公明……」
ダグラスは言い終わってから自分がとんでもない行いをした事に気付き更に青ざめる。顔面蒼白といった表現では生温い程だった。自分がなぜ口走ったのかさえ分からない。しかし今彼の脳内にあるのは見えてきた微かな生への希望だった。
「ほう。お前は確かに『無頭竜』のボス。孫公明の側近のようだ」
「……信じてくれるのか!ならば私は!」
ウツギは笑顔を見せる。と言っても鼻から下は仮面をつけているために見えなかったが。目が少し笑っているように見えたのは錯覚ではなく事実なのだろう。ダグラスからはそれが神の微笑みに見えたのかもしれない。
「ぎゃああああ!!」
ダグラスの足に鋭い刃が突き刺さる。立ち上がる力も逃げる力も失った彼はもう這いずる事しか出来ない。
「この……悪魔め」
「生憎だが、その称号は俺には相応しくない」
最初からウツギと幹部達の会話を通信機越しに聞いていた藤林達の耳に、今日何度目かの悲痛な叫び声が聞こえてきたのは言うまでもないだろう。