「よし!リハーサルは完璧!後は本番だけね」
先程の新入生、司波達也に声をかけ巡回を終えた真由美と芺は会場に戻ってきていた。本来芺は会場の準備はもう終わっていたので、真由美を送り届けた後も暇つぶしに警備を続けるつもりだったのだが、なんでもリハーサルを見ていてほしいと真由美にお願いされていたのだった。見回りは生徒だけでなく職員もいるので人手は足りているといった判断から彼もそれを承諾した。
「どうだったかしら?上手く出来てたでしょ?」
真由美が自信ありげに聞いてくる。
「ええ、透き通るような声と心に深く刺さるお言葉の数々。どれをとっても完璧な挨拶でした」
芺にしては珍しい手放しの賞賛に少々驚く真由美。開いた口を手で隠す動作はまさに名家の子女らしい雰囲気だった。
「と、服部が言ってましたから間違いないでしょう」
「もう……そんなところだと思ったわ」
「おい芺!お前は何を!」
顔を真っ赤にして抗議する服部。文句を言うが芺はこういう所は可愛げがあるというか子供っぽいというか……などとぼーっと考えているのか取り合う気がない。
「はんぞーくん、ありがとね。あなたのお墨付きなら安心よ」
「はっ!はい!いえ、それほどでも」
真由美と話す時は相変わらず緊張がほぐれない服部を見て芺は
「何がそれほどでもないのか分からないぞ」
「さっきからうるさいぞお前は!仕事にもどれ!」
「俺の仕事は式が始まってからだ」
会場の準備は既に完了しており、外回りも終われば次の芺の仕事は式開始後の会場内の警備である。冷静さを欠いていたことに気付きぐっ……と怯む服部。真由美が見兼ねて間に入る。
「はいはい、芺君もあまりはんぞーくんをいじめちゃだめよ?」
「芺君は警備、はんぞーくんは進行!どっちも大事なんだからよろしくね?」
「「はい/はいっ!」」
───
入学式が始まる少し前、芺を含めた風紀委員会の面々は入学式の舞台袖で待機していた。
「芺、先程の警備にはCADを忘れていったようだが今はちゃんと持っているだろうな?」
風紀委員会を統べる渡辺摩利が問う。警備にCADを持たずに行くという本来なら咎められる行為をしていたのだ。当然の疑問だろう。尚、忘れ去られたCADは摩利が責任もって管理していた。
「はい、しっかりここに」
そう言って芺は制服を少し捲り、太腿の辺りを見せる。そこには丁度足の付け根から膝くらいの長さの刀剣型CADが携えてあった。
「いつものCADを付けてないから少し気になっていたけど、やはりそっちを持ってきてたんだね」
沢木が声をかける。そっちとはどういう意味合いかというと、芺は常日頃から学校には二つのCADを持ち込んでおり、今はその一つ『伸縮刀剣型CAD』を携帯していたからだった。ちなみにもう一方はメンテ中。
このCADは柳生と交流のあるとある家の協力の元制作されており、最大の特徴は本体が一般的な日本刀と同等のサイズに伸びることだろう。このCADには硬化魔法が刻印されており、
「よし、それなら安心だ……よし皆!私達に仕事が生まれずに式が終了するのが最善だが、もし有事の際は速やかに行動に移れるよう、各自準備しておくように!」
彼らの入学式開始以降の仕事は、有事の際の鎮圧である。第一高校の入学式ともなれば大勢の魔法師の卵が一堂に会する事になり、そこを狙ったテロのようなものが起こる可能性もあるからだ。といっても第一高校は小国の軍隊なら単独で退ける程の武力を擁している。可能性が『ある』というだけで限りなく0に等しいのは明白だが、一応の保険という形だった。
───
「お疲れ、服部。いい進行だったぞ」
「フン、これくらい誰でも出来る」
「さすがは副会長様だったな」
「褒めてるんだろうなそれは」
入学式は滞りなく終了した。これといった問題もなく順調な進行だったが、一つ出来事を上げるとすれば新入生総代である司波深雪の答辞だろう。未だ差別意識が根付いているこの第一高校において反感を買いかねない際どいフレーズを多用していたからだ。どちらかと言うとそちらに対しての反発が懸念されたが……それも彼女の美貌からか彼女の答辞に対して風紀委員会が出張らなければいけないような事態は起こらなかった。
「このあとは片付けか?」
「俺と会長は新入生総代を生徒会に勧誘しに行くが、それ以外の人員はそうなるな」
「あぁ……たしか毎年そういった慣習があったな。総代は司波深雪さん、だったか?」
第一高校には毎年の新入生総代、いわゆる首席入学者を生徒会に勧誘する習わしがあった。
入学式が終了したあとは新入生にはIDカードの交付やクラスの発表などがあるのだが、それらは芺達の管轄外であり、服部や真由美といった一部の仕事のある人間以外は必然的に片付けをすることになっていた。
「あ、いたいた。じゃあはんぞーくん、そろそろ行こっか」
真由美が服部に声をかける。今から勧誘に行くのだろう。服部は小走りで真由美の元へ向かい、二人は芺と軽く挨拶を交わしてから校舎の方へ歩いていった。
──
入学式も恙無く終了し、自らのクラスを確認した司波達也は廊下でこれからクラスメイトとして関わるであろう二人の女子生徒と行動を共にしていた。
「ねー司波くん、ホームルーム覗いていかない?」
そう訪ねた少女の名は
それに対し妹と待ち合わせをしているという旨を伝えそれを拒否する。
「もしかして、妹さんって新入生総代の司波深雪さんですか?」
と、二人の関係性を言い当てたのは同じく達也とエリカのクラスメイトとなった
「え、じゃあ双子?」
兄と妹が同じ学年に在籍している事に対しエリカは当然とも言える疑問をなげかける。
「よく聞かれるけど、双子じゃないよ。俺が四月生まれで、妹が三月生まれなんだ」
少し先で新入生に囲まれている妹を見つめながら達也は答える。
「それにしてもよく分かったね」
エリカの疑問に答えた後、次は達也が一目で自分と深雪が兄妹だと見抜いた美月に驚きを示す。
「ええ……雰囲気というか……」
それに対し美月は少しおどおどしながら返答する。
「お二人のオーラは凛とした面差しがとてもよく似ています」
その答えに達也は戦慄し、彼の中に幾ばくかの危機感が芽生える。
(この子……やはり)
「オーラの表情が読めるなんて、とても目がいいんだね」
その言葉に美月は目を伏せる。それもそうだろう、彼女は霊子放射光過敏症という病に悩まされており、明らかにそれを見抜かれたからだ。霊子放射光過敏症とは霊子放射光、つまり霊子の活動によって生じる非物理的な光に対し、過剰な反応を示す一種の知覚制御不全症。
予防のためには、霊子感受性をコントロールするか、それができない場合はオーラ・カット・コーティング・レンズを使った眼鏡を着用する必要がある。
霊子感受性は想子感受性と概ね比例しており、想子を認識し操作する魔法師にはそれほど珍しい体質ではないが、美月のように眼鏡を常時着用しなければならないほどの症状は珍しかった。
(霊子放射光過敏症……これ以上見られるのは危険だ。俺の秘密を……)
「お兄様!」
とても良い雰囲気とは言えない場面に救世主が現れる。達也と待ち合わせをしていた件の妹、司波深雪である。
「お兄様、お待たせ致しました」
「早かったね」
そこで達也は深雪の後ろから歩いてきた二人組に目を向ける。
「こんにちは、また会いましたね」
そう物腰柔らかに話しかけてきたのは入学式前にも遭遇したこの学校の生徒会長、七草真由美である。その傍らには入学式前とは別の男子生徒が控えていた。
達也が無言で一礼すると、次は深雪が口を開いた。
「ところでお兄様、早速デートですか?」
そう顔をこてんと傾げながら尋ねる様はとても可愛らしいものではあるのだが、深雪のその笑顔にはここで肯定でもしようものなら命の危険に晒されるような危うさがあった。
「そんな訳ないだろう深雪。この二人はクラスメイトだよ、そういう言い方は失礼だろ?」
と、達也は少し咎めるような口調で諭す。はっ、とすぐ自らの非に気が付いた深雪は慌てて二人に謝罪した。
「申し訳ありません。初めまして、司波 深雪です」
彼女は丁寧にお辞儀しながら改めて初対面である二人に挨拶する。
「柴田美月です。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「アタシは千葉 エリカ!エリカでいいわ。深雪って呼んでいい?」
初対面でありながら少々失礼な態度を取った深雪に対し少しも嫌な顔せず二人は挨拶を返した。
そんなエリカの提案を深雪は快諾する。
「ええ、どうぞ」
「ははっ!深雪って案外気さく?」
その様子を眺める生徒会長を見て達也が口を開く。
「深雪、生徒会の方々の用事は済んだのか?」
深雪は生徒会の二人の存在を失念していたのかはっとして振り向いた。
「大丈夫ですよ。今日はご挨拶させていただいただけですから」
「なっ、会長!」
隣に控えていた男子生徒が抗議するも真由美は意に介す様子なく続ける。
「深雪さん」
「はいっ……!」
「詳しいお話はまた、日を改めて」
司波くんも、と付け足した真由美に達也は驚きの表情を見せる。
「いずれまた……ゆっくりと」
そう言い放った真由美は少し頭を下げその場を後にする。それを見た隣の男子生徒が“会長……!”と何か言いたげな様子だったが真由美には足を止める気配は無かった。それを悟った男子生徒は諦め後を追おうとするが立ち止まり、達也達の方を向いて明らかに敵意ある眼差しで睨みつけた後、その場を去っていった。
二人が去った後、深雪が達也の方を向き口を開く。
「申し訳ありません、お兄様。私のせいで……」
心底申し訳なさそうに俯く深雪に達也は肩に手を乗せ励ましの言葉をかける。
「お前が謝ることじゃないさ」
達也はそう優しく語りかけ、深雪の頬に手をあてる。彼女はお兄様……!と先程とは打って変わって光悦とした表情で見つめ合い始めた。
とても血の繋がった兄弟とは思えないラブラブモードに入った二人にエリカは笑いながら呆れた様子で話しかける。
「あの……お二人さん?そろそろ帰らない?」
イチャつきはじめた二人を見て顔を真っ赤に染めた美月もウンウンと頷き同意を示したところで、達也一行は正門へと向かった。