魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第三十話

第一高校は予選を順調に勝ち進んでいた。次は準決勝、相手は第九高校だった。

 

「ふむ……柳生、いけそうか?」

「今回の相手は単純な力押しで攻めるには分が悪いですね」

「そうか?俺たちなら上から押し潰せるだろ」

「さすがにここまでくれば何らかの対策は講じてくるでしょう。彼らの魔法力を鑑みるに正面衝突するのは消耗が大きいです」

 

この会話から分かる通り九高の対策は少々難航していた。今年の九高にはそこそこの魔法力を持った選手が揃っており、何の策もない状態で突っ込めば無駄な消耗は必須。控える三高との決勝前にそんな無駄は避けたかった。

それに芺も全試合力押しで突破可能とはこれっぽっちも思っていなかったため、絡め手のプランを一つだけ立てていた。今年の九高はそこそこに手強い相手だった……といっても、彼らも消耗が大きくなるというだけで敗北すると思ってはいないのだが。

 

「そうですね、今回は岩場ですし例の作戦で行きましょう。どうせ相手方は殲滅戦を仕掛けてくると思っているでしょうから。会頭、お願いできますか」

「無論だ」

「心強いお言葉です。辰巳さんも構いませんね」

「おう!ちゃんと守ってくれよ、お二人さん」

 

作戦会議を終えた三人は競技服装に着替え、スタート地点に向かっていった。

 

───

 

今回の舞台は岩場ステージ。草原ステージの様に見晴らしはいいが、少々足場が悪い。名前の通り岩石が多く、移動魔法の使い手等は武器には困らないだろう。

試合が始まる。それと同時に芺と辰巳が走り出したのを見て九高の選手は作戦通りと笑みを浮かべて待ち構えていた。三人全員がモノリス付近で待機している形だ。

基本的に岩場ステージでも草原ステージの様に全員のぶつかり合いになる事がほとんどだった。今回もその例に則って試合が展開されると思われたが……

芺がCADを抜く。そして彼は防御を整えている選手ではなく()()()()に向かって魔法を行使した。

 

九高の選手の顔が一瞬固まる。芺の使った魔法は選手全員に配られているモノリスを開けるための無系統魔法だった。それはもちろんモノリス・コードの勝利条件の一つであるモノリスに隠されたコードの打ち込みを完了するためであり、それはこの場面では不可能と思われたからだ。モノリスが音を立てて開かれる。そこに向かって一直線だった芺と辰巳は相手が虚を突かれている間にモノリスに肉薄した。九高の選手がモノリスを背にする芺と辰巳を囲んでいる形である。

次に芺は空高く飛び上がり、辰巳はあろう事か端末を取り出しモノリスに隠されたコードの打ち込みを始めた。

 

「なっ……!ふざけやがって!」

 

最初は驚きこそすれ、現状は数的優位を保っている。九高の選手は目の前で隙を晒した敵に対して魔法を行使した。辰巳に向かって雷や岩石が降り注ぐ。しかしこの急展開だからといって忘れてはいけない。辰巳とモノリスを覆うようにドーム状の『ファランクス』が展開され、その全てはそこでシャットアウトされる。

しまった、と顔に出す頃にはもう遅かったが、さすがの判断力と言えるだろう。すぐさま術者である十文字に矛先が向くが、彼らの真ん中に先程飛び上がった芺が降り立つ。立っている場所はなんと十文字の展開した『ファランクス』の上。絶妙なバランスを保ちながら、芺はずっと組み上げていた魔法を行使する。

九高の選手全員に重くのしかかるような重力が襲う。『ファランクス』の付近のため少々時間がかかった挙句に単純な対象の範囲に重力をかける魔法だが、芺程の干渉力があればそう簡単には抗えるものではなかった。各々が魔法で対抗しようとするが、あえなく一人は膝をつき、残りの二人はほぼ対抗できずに地面に張り付いていた。CADを操作することも出来なければ『ファランクス』が近くで発動されているせいで満足に魔法を組み上げることも出来ない。せめてもの反逆で顔を上げてみれば、そこには悠々と打ち込みを続ける辰巳と『ファランクス』の上でこちらを見下ろす芺の姿が目に入るだけだった。目の前で行われている行為に全く手出しが出来ないまま、第九高校はここで決勝への道を閉ざされる事となった。

 

───

 

モノリス・コードも後は決勝戦を残すのみとなった。この試合を最後に九校戦の全種目が終了となる。三位決定戦も挟むことから第一高校には決勝戦まで少々時間があった。その間に選手達は休憩しており、十文字もシャワーを浴びて万全の状態で試合に臨もうとしていた。しかし──

 

「師族会議から通達が来たわ」

「ほう」

 

十文字はまだ水滴を拭き終わってもいないタイミングで呼び出され、真由美からこの報告を受けていた。

 

「一昨日、一条君が達也君に倒されたでしょう?」

「それで?」

「十師族はこの国の魔法師の頂点に立つ存在。例え高校生のお遊びであっても十師族の力に疑いを残すような結果を放置しておく事は許されない、だそうよ」

「つまり、十師族の力を誇示するような試合を求めているという事だな」

「ほんとバカバカしいったら……達也君が傍流であっても十師族の血を引いているならこんな三流喜劇に巻き込まれることもなかったのに」

 

そう恨み節で語る真由美に十文字は力強く“任せておけ”と残してその部屋を出ていった。

 

「……と、言うことだ。二人には……特に辰巳には申し訳ないのだが」

「ま、そういう事なら仕方ねえよ。もう俺は十分暴れたし、何より最後の九校戦を優勝で締められるなら文句もねえ」

「そう言って貰えるとありがたい。柳生もすまんな。今回は待機しておいてくれ」

「……十師族ともなれば色々と事情もあるでしょうから、お気になさらず。今まで防御に専念していただいた分、存分にお力を発揮なさってください」

「ああ、必ず勝利することを誓おう」

 

モノリス・コードの決勝戦になって仲間に待機を命じる事に少々罪悪感を感じていた十文字だったが、そんな十師族の勝手な事情に対して嫌な顔一つせずに受け入れてくれた二人には大きな感謝を込めて威勢よく言い放った。その言葉に疑いを持つ事は不可能だった。

試合会場は渓谷ステージ。対戦相手は第三高校。そして作戦は十文字()()。試合が始まると十文字は二人を残して敵の方面に向かって歩みを進めていった。

 

「これで俺の九校戦も終わりか……」

「来年は応援に来てくださいね」

「お、嬉しい事言ってくれるじゃねえか。可愛い後輩の頼みなら断れねえな」

 

二人が談笑していると森の奥で激しい戦闘音が聞こえてきた。芺が眼を凝らすと何やら移動魔法や『ドライ・ブリザード』の様な氷の礫を敵に飛ばす魔法、空気を圧縮して飛ばす魔法が発動されているようだった。

 

「あの分ならすぐに終わりそうですね」

「ああ。やっぱ強えよ、十文字は」

 

この認識は何一つ間違っておらず、会場のほぼ全員も同じ考えだっただろう。十文字は『ファランクス』で第三高校の選手の魔法を防ぎながら前進し、敵の前に立ちはだかる。そして『ファランクス』を腕の前に展開し、それを盾に三高の選手めがけて突進した。一人がボロ雑巾の様に吹き飛び、もう一人もすぐにノックダウンされる。空中に逃げた最後の一人は、そのせいで逃げ場が無くなり十文字の『ファランクス』を展開したタックルで戦闘不能に追い込まれた。

会場からは今大会一番とも見える盛り上がりと歓声が上がった。決勝戦で相手選手三人に対して一人で、それも正面から攻撃を全て受け切り、そのまま全員を真っ向から捻り潰すその様はまさにこの国の魔法師の頂点に立つと称される十師族の一員と言えただろう。

 

「以上を持ちまして──」

 

このアナウンスをもってモノリス・コード決勝戦並びに競技が全て終了した。

 

───

 

今年の九校戦も全ての種目が終了し、閉会式並びに表彰が始まった。各種目上位三名が表彰されるため芺も二つのメダルを授かることとなった。総合優勝を飾ったのはもちろん第一高校。最後には十文字が表彰台の真ん中に立ち、優勝旗を高く掲げて長い式は終わりを告げた。

 

───

 

大会前に懇親会が行われた会場で、また同じ様な立食会……言わば九校戦お疲れ様ダンスパーティが開かれていた。皆長い日程をこなしたにも関わらず、疲れを見せない様子で会場の真ん中にて男女ペアが手を取り合っていた。一部の生徒が美しい演奏も披露しており、とても華やかな雰囲気の会場となっていた。

芺も他校の生徒との挨拶も程々に学友と時間を共にしていた。摩利に真由美に五十里に千代田やあずさや市原。そして服部に芺といった各組織の幹部を主にした選手団が勢揃いだった。

芺もやはり三年生が最後の九校戦という事で少々センチメンタルになりながらも真由美や摩利に声を掛けていた。

 

「お二人共、本当にお疲れ様でした。お二人の尽力無くしては第一高校の優勝は成し得ませんでした」

「おいおい勘弁してくれ。まだ卒業する訳でもないんだしそんなにかしこまることも無いだろう」

「最近言葉遣いがはんぞー君に似てきてるんじゃない?」

 

摩利は言葉とは裏腹に少し照れている様子だった。風紀委員会二人がはにかむ中、生徒会長はいつも通りの調子なのは見ての通りだ。

 

「芺。お疲れ様。今大会におけるお前の貢献は大きかった」

「ありがとう服部。お前もお疲れ様。来年もよろしく頼む」

 

そこに服部が現れて芺に労いの言葉をかける。芺も礼を言いながら持っていたグラスを前に差し出した。二人は小さく乾杯し、入っていた飲み物を飲み干した。そこで芺は服部が会場の真ん中と真由美を交互にチラチラ見ている事に気が付いた。そこで芺はいらぬ下世話を発揮する事となる。

 

「摩利さん。せっかくですし少し踊りませんか」

「ん、まさかお前から誘われるとはな……よし、行こうか」

 

そう言ってふにゃっと笑った摩利と芺は二人揃って会場の人混みに消えていった。残された服部と真由美。真由美は意外そうに二人を見つめていたが、服部がどうなっていたかは言うまでもないだろう。服部は上気する頬をなんとか抑えようとしながら口を開く。心の中ではドキドキと芺に対する二重の意味での“よくもやってくれたな”といった気持ちで感情が渦を巻いていた。服部は雰囲気の後押しもあって意を決する。

 

「か、会長!!」

「なーに?はんぞー君」

「じ、自分と踊っていただけませんでしょうか」

「……ふふ、いいわよ。行きましょ」

 

真由美は笑顔で快諾し、手を差し伸べる。服部は心の中で膝をつきながらガッツポーズを上げていた。

 

「全く、お前も人の悪い事をする」

「これに関しては結果オーライでしょう」

 

芺と踊る摩利はもし結果オーライにならなかったらどう責任を取るつもりだと問い質したくなったが、それはやめておいた。服部が勇気を出すことも全て彼の中では織り込み済みだったのだろう。

 

「にしても……誘っておいてリードも出来んのか、お前は」

「……すみません。こういったものには縁がなかったものですから」

 

基本的にこういった社交ダンスや競技ダンスは男性がリードする事が多い。それは()()()だったり男のプライド的な面もあるかもしれないが。そして芺は今摩利に引っ張られていた。自分から誘っておいてとんだ体たらくである。

その後もちょくちょく誰かの視線に晒されながらも、真由美やあずさとのダンスを経てまた第一高校の皆がいる場所へ帰って行った。

しばらく経って最後の曲が始まった。この曲の終了と共に今年の九校戦も本当の終わりを告げる。芺も休憩していたのだが、ラストの曲だからという事で彼もまた少し達者に見えるようになったダンスをしていた。曲が終わればダンスも止まる。芺は目の前の人間に礼をして、彼の二回目の九校戦はここで終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

───

そして十月。とある二人の密航者の上陸を皮切りに、再び大きな悪意が第一高校を襲う事になる。




長かった九校戦編もここで終了となりました。
事後報告で申し訳ないのですが、第二十八話の一部描写をカットしました。具体的には風間大佐と九島烈の会話の一部なのですが、カットの理由としては九島烈の発言に彼の思惑との矛盾点が生まれてしまったためとなります。思い付きで書く事のリスクを再認識し、こういった大まかな編集は極力しないように今後気を付けていきたいと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました……!

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