魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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幕間
第二幕


時は少し遡る──

部活動の勧誘期間が過ぎ少し落ち着いた頃に、新しく第一高校に入学した十三束 鋼(とみつか はがね)はマーシャル・マジック・アーツ部に入部していた。

新しい道着を纏い、新しい場所での部活動にまだ少し戸惑いを残しながらも十三束は持ち前の才能を発揮し、新入生の中では一目置かれる存在となっていた。

いつも通りの活動中に、部長が新入生達に集合をかける。

 

「おーい新入生!ちょっと来てくれー」

 

新入生が部長の周りに集まると、その隣には見慣れぬ二人の男が立っていた。

物珍しそうな目線を向ける新入生達に向かって部長が話し出す。

 

「実はまだ紹介が終わっていなかった先輩がいてな、二人とも頼めるか?」

 

その頼みに二人は快く承諾する。

 

「初めまして、風紀委員に所属している二年の沢木 碧だ。沢木と呼んでくれ。これからよろしく頼むよ」

「挨拶が遅れてすまなかった。二年の柳生 芺だ。沢木と同じく風紀委員会に所属している。よろしく頼む」

 

芺と沢木の名を聞き、新入生達はざわつきを見せた。それもそうだろう、二人はマーシャル・マジック・アーツ界隈では名の知れた男達であり、中学生時代でも大会で名を馳せていた。

 

「はっはっは!さすがに驚くだろうな。沢木は言わずもがな芺は中学生時代に……」

「部長、その話は勘弁してください」

 

二人の簡単な挨拶を終えたのを確認し、部長は補足を始める。

 

「聞いての通り二人は風紀委員でな。新学期が始まってからは忙しくて部活には顔を出せなかったそうだ。今日からは二人とも参加する。二人とも頼んだぜ」

 

一応の顔合わせが済み、各自軽い挨拶をしてからそれぞれ活動に戻った。

休憩中に十三束は同級生と先程の先輩達の事を話していた。

 

「なあ十三束、あの二人って……」

「うん……沢木先輩は中学生時代から表彰台の常連だし、芺先輩に関しては……」

「あの『分钟不要(yī fēn Bùyào)』の芺さんだよね……」

「え、今なんて言……」

 

と、芺の噂をしていると一人の男が現れた。

 

「芺君の噂かい?」

「さ、沢木先輩!」

「彼の前でその話はしちゃダメだよ、嫌がるからね」

「は、はい。分かりました」

 

沢木がその場を離れた後、新入生の一人が十三束達に疑問をなげかける。

 

「芺……先輩?ってそんなに有名なの?」

「当たり前……て知らないのもそうか」

 

質問した新入生はマーシャル・マジック・アーツを中学生時代から続けていた訳でなく高校からの入部のため、芺や沢木の事をよく知らなかったようだ。

 

「芺先輩、中学生時代は一回しか大会に出たことないんだけど、その大会で優勝したんだ。それだけでも快挙なのに芺先輩はその大会で試合にかけた時間が、()()()()()()()()()()()()()()

「一分……!?」

「文字通りの一撃必殺。それ以来は対策されちゃって滅多に見れるものじゃなくなったんだけど。それに決勝にその試合時間の八割を費やしてたから……」

「マジかよ……そりゃやべえな。そんな人がここに」

 

一年生達が芺の噂をしていると休憩時間が終わり、部長から集合がかかる。

 

「全員集合!唐突で悪いが今から実戦形式の練習を始めてもらう!」

 

その言葉に一年生は動揺を示す。

 

「まあどっちかと言うとデモンストレーションの色が強い。特に入りたての一年生にはそこまでやってもらうのは忍びないからな。どちらかと言うと一年生には見ていて欲しい」

 

そこにマーシャル・マジック・アーツの競技服装に身を包んだ二人の男が現れる。マーシャル・マジック・アーツのユニフォームは指貫グローブを着用しており、その親指を除く八本の指には幅広のリングが装着されていた。その指輪はマーシャル・マジック・アーツ用特化型CADの入力装置。一つのリングが一つのボタンに相当し、親指で押さえる、または想子を指に集中することにより起動式の選択をグローブと繋がった手首のCAD本体に伝達するという仕組みだった。

一年生はもちろん、二年生や三年生の者達からも歓声が上がる。むしろ一年生の中には驚きに目を丸くする者もいた。

 

「おい、芺先輩と沢木先輩って……去年の決勝カードだぞ!?」

「嘘だろ……こんな近くで見れるのかよ」

 

新入生達が口々に驚きを口に出す。

 

「沢木、中々に俺達は期待されてるようだ」

「恥を晒したくはないんだけどね」

「手を抜こうか?」

 

芺は挑発的な笑みを浮かべる。

 

「フフ、却下だ」

「そりゃよかった」

 

 

「二人とも、構え」

 

軽口を叩いていた二人だったが審判が声を掛けた瞬間、一気に緊迫した空気になる。

 

「……ルールは今から言う必要も無いな。くれぐれも怪我はにしないように……それでは」

 

一年生達は唾を飲み込む。

 

「始め!!」

 

審判の掛け声と共に両者は動き出す。そこで芺は挨拶代わりに散々噂になっているであろう技を披露した。本来の大会ならあまり使うことはなくなった開幕の『縮地』だが、ここでなら遠慮なく使うことが出来た。上級生一年生関わらず“おお……”と声が上がる。

常人ならここでノックアウトだが、沢木はマーシャル・マジック・アーツ界内外でも名を轟かせる実力者。三巨頭からの評価も高い彼が見慣れた芺の動きに対応できないはずが無かった。

沢木は鳩尾を狙った芺の拳を容易く受け流す。芺も爆発的な加速で突っ込んできたにも関わらず魔法で肉体を制御し隙を見せずにまた向かい合った。

 

「おっと、今のは新入生へのサービスかい?」

「まぁ、そんなものだ」

「僕からすれば余計なサービス精神と言わざるを得ない、な!」

 

そして沢木はお得意の魔法の『空気甲冑』を発動しながら『マッハ・パンチ』を放つ。衝撃波をも放つ拳を芺は正面では受けれないと知っているので受け流しながらも反撃を試みる。

芺は瞬間的な速度は目を見張るものがあるが、恒常的な加速はあまり得意ではなかった。それに加え体に高圧の空気の鎧を纏い威力を和らげる沢木に攻めあぐねていた。

しかし押され気味という事はなく、むしろ空気の鎧に阻まれているにも関わらず普段と何ら変わりないスピードで攻撃を放っており、かたや沢木も反撃しながらその鋭い一撃一撃を空気の圧でずらす事も並行して行っていて、素人目から見てもとてつもなく高次元の試合だということは一目瞭然だった。

 

「これが全国レベル……俺らこんなのになれるのか」

 

初めてマーシャル・マジック・アーツに携わる者はもちろん経験のある者さえ息を呑む中、中学時代からマーシャル・マジック・アーツ界隈では名を馳せていた十三束も目の前で広げられる攻防には目を奪われていた。自分の力に自信が無い訳では無い、それでも両者の動きは自分は井の中の蛙だと思い知らせるには充分だった。しかし、彼は同時に強い憧れも抱いていた。

 

(戦ってみたい……!この人達と!)

 

十三束が目を輝かせる中、芺と沢木の攻防は続く。

二年生が三年生の一人と共に二人の試合を考察していた。

 

「やはり柳生の至近距離での体捌きは見事と言うしかありませんね」

「それに対応している沢木も凄いよ、俺じゃ十秒と持たない」

 

芺が得意な八極拳は超至近距離で効果を最大限に発揮する。八極拳特有の踏み込み“震脚”から放たれる拳や肘は全力でなら人体に何らかの障害を与えるレベルの威力だが、力加減が分からない未熟者のはずも無く、両者とも相手に怪我をさせないギリギリの力を入れていたのだった。

八極拳では肘や体当りも使用するのだが、沢木の『空気甲冑』と近距離では反応が遅れかねない『マッハ・パンチ』のおかげで勝負を決めきれずにいた。

沢木の拳を腰を屈めて躱す。そして防御を崩すために倒れ込むように体当りを繰り出した。耐え切れず沢木は吹き飛び、主に新入生は身を乗り出すように今後の展開を期待したが、両者共にそこで一度体勢を立て直した。

そこで一年生の一人が十三束に問いかける。

 

「今のは完全に防御崩れてただろ?なのになんで芺先輩は詰めなかったんだ?」

「確かに防御は崩れてたし本来ならあそこから追いかけるんだろうけど……沢木先輩はわざと後ろに吹っ飛んでた。距離を空けるためにね」

 

(『空気甲冑』で威力を殺された上に距離を空けられたか……やはり魔法ありきでは相性の悪い)

 

芺と沢木はたまに魔法を使わずにただ体術だけで試合をする事もあり、その場合は芺の方に分があった。しかし魔法を使い出せば超至近距離での高速戦闘をメインに置く芺は防御が硬く近距離では脅威となる『マッハ・パンチ』に悩まされていた。

 

(仕方ない、勝負を決めさせてもらおう)

 

距離を取っていた芺は今までとは明らかに速さの違う『縮地』で一瞬で距離を詰める。虚をつかれ『空気甲冑』と共に防御体制に入る沢木に対し発勁を繰り出す。

 

「でもあれじゃ沢木先輩の鎧は砕けない……!」

 

そう、本来なら鎧に阻まれるのだが、彼の攻撃はいつもとは一つ違う点があった。彼の掌には高密度の想子が込められていたのだ。

そしてトンと軽く当てられた拳が芺の全体重を乗せて放たれる瞬間、そこから奔流にも見える程の想子が迸る。

 

「なっ……!?」

 

『空気甲冑』を吹き飛ばされた挙句、体勢も崩れた沢木を芺が逃す理由は無かった。沢木も芺の動きを読み『マッハ・パンチ』を繰り出す。が、それさえも織り込み済みだった芺は身体を少しずらし紙一重で回避した。

そして、握りこまれた拳が沢木に迫ったところで模擬戦は終了を告げる。

 

「そこまで!!!」

 

その言葉で芺は固めた拳を開き沢木に握手を求める。

 

「いい勝負だった」

「……はぁ、全くしてやられてしまったな」

「俺だって対策くらいは考えてくるさ」

「アレはなんだい?大量の想子に見えたけど」

「その通りだ。高密度の想子を発勁の瞬間に解放し相手の魔法的な防御を文字通り吹き飛ばす魔法……と言うより技術に近いか。直に触れれば相手の干渉力が弱まるからな」

「なるほど、想子の扱いが上手な君ならではだね」

 

その後沢木が顎に手を当て思案しだす。芺が疑問に思って尋ねるとふとハッ!とした顔をして顔を輝かせる。

 

「なら『想子発勁』とでもするべきだね」

 

微妙な空気が流れる。まだ確信に至っていない、否、至りたくなかった芺は再度尋ねる。

 

「何がだ?」

「もちろんさっきの君の技さ。カッコイイだろう」

「……そうだな」

「よし、では着替えに行こう……どうした?」

「いや、何も無い」

 

沢木はそうか、といつも通りの爽やかな笑顔で皆の前から去る。その後ろを頭を抱えながら芺は着いて行った。『想子発勁』なんて彼の少し()()()()()()ネーミングセンスからしてみればマシな方である。実は自らの魔法に『マッハ・パンチ』と命名したのも沢木で、中学時代に芺を『分钟不要』と呼び始めたのも沢木なのだから。


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