魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第三幕

ある日の昼下がり。生徒会幹部と司波兄妹、そして摩利といういつもの昼ご飯を食べる面々の中に一人、イレギュラーが混ざっていた。

 

「芺先輩は弁当なんですね。どなたがお作りになっているのですか?」

 

そう芺に訊ねたのは司波深雪。あまり関わることの無い顔だが関係は良好だった。なんせ深雪が妙に懐いており、達也も何か彼に近しいものを感じてきていた。達也の力を初期の頃から認めていた事や、CADに興味を持っていることから波長が合うのかもしれない。

 

「使用に……まあ、使用人だな、その一人が作ってくれている。特にこの玉子焼きは絶品だ」

 

モグモグしながら芺は答える。摩利に書類を渡すために生徒会に訪れたのだが、弁当箱を持っていたために真由美の提案でそのまま同席することになっていた。

 

「まぁ!女性の方ですか?」

「そうだ。小さい頃から世話になっている」

 

と、会話を弾ませていると達也がふと主に三年生に向けて訊ねる。

 

「そういえば、芺先輩は昔から皆さんと仲が良かったんですか?」

 

その“昔”というワードに摩利や真由美、あずさが反応する。摩利と真由美はニヤケ顔、芺は何かに気付いたような苦笑いだった。

真由美は満面の笑みで語り出す。

 

「もーそれがね、芺君ったら最初の方は「ご馳走様です」ちょっとー!」

 

行儀よく手を合わせた芺はすぐに食器を片付けようとしていた。今すぐにでもここから離れたいようだ。

 

「まぁ待て。真由美を放っておくとあることない事吹き込まれるぞ?」

 

摩利は一見芺の味方ように振舞ってはいるが、内心芺に恥をかかせたいのか笑みが零れていた。

 

「確かに。いやだからといって……」

「あら?話しちゃダメ?」

 

そこで達也が深雪に何か小声で話しかける。それを深雪は笑顔で了承した。

 

「私も芺先輩の入学当初のお話にはとても興味があります」

 

深雪の可憐な声が通る。深雪も達也も芺の過去には少し興味があるようだ。

 

「そうよね深雪さん!」

 

その一言で完全にブレーキが壊れた真由美は芺の制止も聞かず昔の彼の事を話し出した。

 

「昔の芺君はね、とっても尖ってたのよ」

──

 

「柳生 芺君ね?少しいいかしら」

「申し訳ありません。今日は家の用事が」

 

芺は無愛想に返す。今の芺も無表情気味ではあるが、雰囲気は柔らかい。この時代の芺は雰囲気さえ硬かった。

 

「七日間連続で?」

「……自分は風紀委員会には入りません。忙しいので」

 

真由美はこのやり取りをもう一週間続けていた。目の前の芺という男は座学もそこそこに優秀だったが特に実技が非常に優秀で、何度か千葉家道場に来ていた彼を見た事のあると言う摩利の話を聞くに、実戦でもかなり使えるとの判断から風紀委員会にとっては即戦力だった。そしてその摩利も芺の勧誘に苦難していた。

 

「頼む、柳生。お前の力は我々にとって必要なんだ」

「申し訳ありませんが、俺は強くなりたいんです。そのためにそんな瑣末事に時間を浪費する余裕はありません」

 

その風紀委員会の活動を“瑣末事”と宣う芺のセリフに摩利は反応する。

 

「ほう、“瑣末事”か。我々の活動は自らを高める事には不必要だと?」

「そこまでは言いませんが。家で鍛錬を積む方がよっぽど」

 

芺からは自信が満ち溢れていたように見えた。それもそうだろう。彼は中学時代のマーシャル・マジック・アーツの大会では無敗を喫し、それに加えつい先日に実技でトップクラスの成績を誇る服部を非公式ではあるが模擬戦を行い一撃で下していた。

その挑発的とも言える態度に摩利は発破をかける。

 

「試してみるか」

 

芺が今までと違う興味を引かれたように顔を向ける。

 

「先輩方が、お相手していただけると?」

「え、私も?」

 

困惑する真由美に摩利は“私に考えがある”と耳打ちする。

 

「そうだ。その代わり、私達が勝ったら風紀委員会に入ってくれないか。君の勝利条件は……そうだな、()()()()()()()()()()()()。でどうだ?」

 

逆にかなり挑発的な誘いをしてきた摩利に芺は硬い声で返す。

 

「分かりました。胸をお借りするつもりで挑ませてもらいます」

 

──

 

後日、この試合結果は口外しないという条件で芺VS摩利そして芺VS真由美の対戦カードが組まれた。審判を務めるのは生徒会、風紀委員会といった組織のトップと肩を並べることになる十師族十文字家の十文字克人だった。

 

「それでは、柳生芺対七草真由美の模擬戦を開始する。ルールは先ほど説明した通りだ。ルール違反が見られた場合は俺が力づくで取り押さえるから覚悟しておくように」

 

たとえ芺といえど『七草』の力は甘く見ていなかった。芺はこのルールなら自分に分がある、開始早々『縮地』で近付いて『幻衝』を叩き込んで終わり。そう高を括っていた。彼の戦法は間違っていない、むしろ理にかなっている。

 

「始め!」

 

その掛け声で芺は『縮地』を発動する。勝った、自分の方が早い、そう確信した。その時だった。

彼の足元で精霊がざわめく。咄嗟に『縮地』をかけ直し横に逸れ間一髪だったが、先程まで自分がいた場所から氷の礫が無数に飛び出していた。

 

「あら、よく避けましたね」

 

芺は驚いていた。あのままいけばどうなっていただろうか、自分の腕が届いていたかは定かではない。しかし届いていたとしても自分は氷の礫に呑まれていただろう。そこまで理解が及ぶ程度の実力が彼にはあった。

 

「まだ試合は終わっていませんよ」

 

そう言うと真由美は素早くCADを操作する。その瞬間芺の目の前を覆い尽くすように魔法式が展開される。芺は理解してしまった。自分には防ぐ術がない。この広範囲では避けようも無ければいつもの様に防ぐ武器もない。もし屋外なら範囲外に退避するのも可能だろうか、この部屋に置いてその仮定は無意味だ。

 

そう考えているうちにも氷は発射される。しかし芺はそのダメージを負うことはなかった。氷は自分がいる所だけを器用に狙いを外していたのだから。

 

(とてつもなく高度で綺麗な魔法だった。想像以上だったな)

 

「……降参です」

 

「……勝者!七草真由美!」

 

部屋に沈黙が流れる。芺以外の人間は予想された結末に何も言うことは無かったのだ。

勝利した可憐な少女は敗北した少年に近づく。そうすると芺は真由美より早く口を開く。

 

「七草先輩……それに渡辺先輩……その」

「なんだ」

 

摩利は少しやれやれと言った調子で聞き返す。

 

「申し訳ありませんでし……」

「ストップ」

 

真由美は芺の口の前に人差し指を立て言葉を遮る。少し驚いた様子を見せた芺は後ずさりながら少し恥ずかしそうな顔だった。全て見抜かれていることを彼も察していたようだった。

真由美は明るい調子で訊ねる。

 

「何でさっきは避けなかったの?」

「分かったんです。避けようも防ぎようもない、と。武器もありませんでしたし」

「なら、武器があれば勝てていたと思うか?」

 

摩利の問いに芺は特に考える間もなく答える。

 

「いえ、例え防げたとしても七草先輩には勝利できなかったと思います」

「そうか、そうだろうな」

 

顔を伏せる芺に摩利は誘うにように声をかける。

 

「なら、私ならどうだ?」

 

その言葉に芺は素早く顔を上げるがすぐに目をそらす。

 

「い、いえ自分はもう敗北した身です。俺には……」

 

そこに体の芯に響く声で十文字が口を挟む。

 

「柳生。お前の勝利条件は七草か渡辺に一撃を見舞う事だったはずだ」

「はい、ですから……」

 

と言いいながら彼はすぐに元から用意していた言葉を発しようとするが、十文字の方が幾分か早かった。

 

「その通りだ。柳生、剣を使って構わん。十文字、武器の使用はいいな?」

「お前達の技量なら寸止めも可能だろう、許可する。このことは対外秘にしてくれ」

「との事だ。柳生、遠慮なくかかってこい」

 

摩利はそう笑顔で宣言する。それを受ける芺の目には曇はなかった。

 

──

 

「それでは、渡辺摩利対柳生芺の模擬戦を開始する」

 

両者ともCADを構える。先程とは違う緊迫した空気が流れる。

 

「よーい、始め!」

 

芺は先程の変わらず猪突猛進だった。それをなんなく受け流した摩利は彼女特製のの鞭に刃の付いたようなCADを伸ばして斬りかかる。

芺は落ち着いて刀剣型CADで受けるが、鞭のようにしなるCADが彼のCADに巻き付く。

 

(しまっ……)

 

そのまま芺のCADは彼の手から離れ摩利の後ろ側に放り投げられた。

芺はすぐに徒手空拳に構え直す。次は相手のCADを弾き飛ばすように受けてから突っ込むつもりだったが、飛んできたのは風の刃だった。少々怯んだものの左に避ける。

しかし間髪入れずに次の刃が飛んできた。それも摩利を中心に回るように動きながら避ける。しかし次の瞬間、彼の足元がまるで小規模な地震かと思うような揺れを起こした。摩利の振動魔法だ。バランスを崩した芺は飛んできた刃を篭手で受ける他なかった。

CADは硬化魔法で無傷だが、身体には相応の衝撃が来ていた。衝撃の瞬間に発生した煙が晴れると、そこには移動魔法で突撃する摩利の姿があった。とっさに防御姿勢をとるが、またも地面が揺れる。

姿勢を崩した芺に剣が迫るが何とか篭手で受け、その勢いで回し蹴りを放つ、だが自己加速術式を使用している摩利は捉えられなかった。芺は距離を詰め剣の間合いの内で拳を放つ。摩利は避けに徹していたが、芺は明確な隙を見つけた。容赦ない捻り込むような拳が摩利に迫る。

 

(もらった……!)

 

しかし体に当たった瞬間芺の拳は弾かれる。芺は瞬時に理解した。

 

(硬化魔法か……!)

 

思わず怯んだ芺に不可避の蹴りが飛んできた。

ぐっ……と苦しい声を漏らし芺は転がる。すぐに起き上がったが、目の前には摩利の持つ剣の剣先が見えていた。芺は目を伏せていたが、どこか満足したような笑みを浮かべていたようだった。

 

「……完敗です」

 

「勝者!渡辺摩利!」

 

「ふう、危なかった。あの詰めようにはヒヤッとしたよ」

 

摩利はそう言いながら芺に手を差し伸べる。

芺は少し驚いた顔をしながらもおずおずとその手を握り立ち上がった。

 

「剣術だけかと思えばとても多彩で驚きました。そしてその魔法一つ一つの練度も高い。さすが十師族と並んで“三巨頭”と称されることだけはあります。素直に感服しました」

「む、随分と手放しの賞賛だな。少し照れくさいぞ」

 

そう素直に賞賛する彼は今までの無愛想な男とは違う、別人なような男に見えた。

 

「あら、私の時はあんまり褒めてくれなかったのに」

「七草先輩も精密な操作と美しささえ感じる魔法には脱帽でしたよ」

「あらそう?ありがとう」

 

先ほどと打って変わって和気あいあいとした雰囲気の中、十文字が問いただす。

 

「柳生。何故こんな事をした。本気で風紀委員会に入りたくなかったわけではあるまい」

 

皆が気になっていたことを正面から訊ねた十文字と当事者の芺に注目が集まる。

 

「……申し訳ありません。お手を煩わせたことについては深く謝罪します。恥ずかしながら、元より先輩方との模擬戦が望みでした。しかしただお願いしてもただの一生徒の意見がまかり通るとも思えず……」

「それでこんな回りくどい手を?全く、はた迷惑な話だな」

「それについては重ね重ねお詫びします。罪滅ぼしという訳ではありませんが……もし許しを頂けるなら、私は風紀委員会として力を尽くす所存です」

 

そう頭を深く下げて謝罪する芺に一同は目を見合わせる。そして摩利が彼の目の前に立った。

 

「これからはよく働いてもらうぞ」

「はい!喜んで」

 

───

 

「ってことがあったのよー!!いやー懐かしいわね」

「全く最初はまた問題児が……と思ったが」

「芺先輩は案外お茶目な所があるんですね」

 

当人の芺は頭を抱え、珍しく感情が表に出ていた。

 

「本当は会頭にも勝負を挑むつもりだった。一目見た瞬間敗北を悟ったが」

「今でもか?」

「俺にはあの『ファランクス』を突破する手段がありませんから。今思えば本当に馬鹿な事をしたと思っています」

 

逃走も制止も諦めた芺が顔を手で隠しながら語る。普段より感情が見えていた彼を見て達也は“随分の人間味があったな”と少々失礼な事を考えながら彼もまた手を合わせた。


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