魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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横浜騒乱編
第三十一話


九校戦が終了し、二日と経たない頃に独立魔装大隊の藤林の元へ一通のメールが届いた。それだけなら特筆すべき点もないのだが、そこには差出人の名は無く、魔法を使用したハッキングスキルを得意とし、『電子の魔女』という二つ名を持つ藤林に差出人不明のメールを送り付けるとは中々に挑戦的だという印象を彼女は受ける。藤林はウイルスの類を警戒して開封せずにメールを調べた。が、どうやらそういった工作とは無縁の物らしい。彼女は意を決してメールを開いた。

その内容は彼女には理解し難いもので、とりあえず上官の風間に指示を仰ぐことにした。そのメールの解析を進めていると、彼女はメールの出処を突き止めることに成功した。彼女の腕ならしばらく解析すれば分かる程度に情報が隠されていた。だがその内容は──

 

(『幻より』……私をおちょくっているのかしら)

 

彼女に心当たりのある幻と名乗る人物と言えば一人しかいなかった。

 

───

 

九校戦も過去の事となった十月の初旬。第一高校では組織の人員の交代が行われた。三年生が第一線から身を引き、新しく二年生と一年生が組織を運営していくのだ。生徒会では元書記の中条あずさが会長となり、副会長には司波深雪が就任。会計には五十里、書記にはほのかすが新しく加入した。

そしてメンバーの交代は風紀委員会も同様に行われる。これは交代が行われる少し前──九月頃の出来事である。

 

「本当に私が委員長でいいんですか?」

 

千代田花音は目の前の二人の風紀委員に向かって尋ねた。

 

「ああ。なんの為に急ピッチで根回ししたと思っている」

「でも、本来なら芺君がなるべきじゃ……」

「私も最初はそのつもりだったんだが……どうしてもコイツが首を縦に振らなくてな」

 

摩利は不服そうな顔で芺を親指で指す。当の本人は意に介さずと言った調子で弁明を始めた。

 

「俺は組織のトップに立つような器じゃありませんから。自分は使われる方が性に合ってます」

「まさか責任を逃れたいだけじゃないだろうな」

「……それは決して」

 

一応、芺のここまでのセリフは半分彼の本音である。そう、半分。少々置いてきぼり気味になった千代田が口を挟む。

 

「じ、じゃあなんで経験もない私が?」

「芺の推薦半分。私の推薦半分って形だな。この男と来たら経験の浅い花音に引き継がせるためにコソコソと資料も作っていたんだぞ」

「よくそんな暇があったわね……」

「その節は達也君に世話になった。彼の手際の良さは脅威と評する他にない。さすがは達也君だ」

 

芺はそう言いながら引き継ぎの際に役に立つ資料を千代田に手渡す。活動内容等が記された中々に分厚い資料だったが、芺が渡すタイミングで“読めよ”と念押ししておいたので大丈夫だろう。それでもダメなら五十里に頼むつもりだった。

 

「まぁ、今日はこんな所にしておくか。花音、来月に正式な引き継ぎを行う。改めて頼んだぞ」

「は、はい!精一杯務めます!」

「俺も副風紀委員長として可能な限りのサポートを行う。よろしく頼むぞ、委員長」

「き、気が早いわよ。全く……」

 

摩利は新体制となる風紀委員会に少々不安を抱いていたが、この二人を見ている内にその不安も薄れてきたようだった。

───

 

その日の放課後。部活動を休み、風紀委員会を早めに抜けて下校した芺は街中のとあるホテルの一室に招かれていた。目的地に辿り着くためのエレベーターを探してキョロキョロしていると芺は受付に一瞬止められそうになったが、向こうが顔を確認したのか頭を下げて道を開けてくれた。どうやら顔は伝えてあるようだ。

エレベーターの探索に戻ると、一人の若い女性が話しかけてきた。もっとも、ホテルの従業員ではなかったのだが。

 

「芺君。今日は来てくれて感謝するわ。案内するわね」

「お願いします」

 

芺は小さく頭を下げて案内に応じる。今日芺がここを訪れたのは、この藤林が所属する部隊、国防陸軍第101旅団が九校戦の折に彼に協力を求めてきたからである。国防軍が一高校生に協力を求めるなど常識を逸脱している。しかしそのために芺も興味を惹かれてここに来たのだ。どんな理由と条件なのか、それ次第では個人的に力添えをしても構わないと思っていた。

 

「こちらです」

 

丁寧な言葉遣いに戻した藤林がドアを開ける。そこには老練な男性が座っていた。軍歴が長いのか焼けた顔をしているが、年齢の衰えを感じさせない風貌だった。そしてその気配から芺はこの男の実力を肌で理解する。加えて、芺はこの男を知っていた。

 

(これがあの『大天狗』か。『電子の魔女』や柳さんの上官なのも頷ける)

 

「一応、初めましてになるな。国防陸軍第101旅団 独立魔装大隊所属の風間玄信だ。よろしく」

「お初にお目にかかります。柳生家が次期当主、柳生 芺と申します。こちらこそ」

 

その挨拶に藤林は少し驚いた様子を見せた。

独立魔装大隊(そこ)まで言うのかという顔だ。だが一般人相手にこの所属を言ったところで不思議な名前だという印象くらいしか与えないだろうとも考え、口を挟む事はしなかった。風間はこれから協力してもらう部隊の名前を告げておきたかったのかもしれない。

一方、芺は何かに納得したような表情を見せながらも幼少の頃から叩き込まれた礼儀作法に則って頭を下げ、差し出された手を握り返した。

 

「君の噂はよく聞いているよ。九校戦では大活躍だったな」

「身に余るお言葉です。……風間殿は過去に父上とご関係がおありだったとか」

「ああ、実は少しばかり君の父上に世話になってな。柳を軍に引き入れたのもその縁だ」

 

彼が言う通り柳連は元は柳生家に連なる家の生まれであり、彼も新陰流を修めていた。彼は新陰流の極意である心技において構えをなくし、攻めと守りを一つにした『無形の位』。それに通ずる『転』を会得し、それを自らの代名詞とした。彼の『転』のキレは芺をも上回っている。

 

「そうでしたか。話の腰を折るようで恐縮ですが、本日はどのようなご要件で?」

 

芺は本題に入るために分かりきった問いを投げる。風間もその気だったようですぐに話を始めた。

 

「もう大方予想していると思うが、君には我々国防陸軍第101旅団 独立魔装大隊に水面下で協力してもらいたい。君も色々と事情はあるだろうから、表立っての力添えは望まない。話は通してあるから、籍を作るのにも手間はかけさせないつもりだ」

「理由をお教え願えますか」

「理由……というと」

 

芺の短くシンプルな問いかけに風間は思わず反復するだけになってしまう。

 

「何故、貴方達は私個人に協力を申し出ているのでしょうか。そちらの少尉殿が私の手助けをしていた理由についてもお聞かせ願いたい」

「私が貴方に協力したのは先日伝えた事が真実です。この交渉の為に恩を売っていた。ただそれだけです」

 

その言葉に芺は興味を惹かれてしまった。

 

「交渉……ですか」

「当然です。何も無しに協力してくれ、とは口が裂けても言えません」

「その通り。我々は新開発された装備のテスト運用を担う部隊でもある。君が望むならその装備や……もちろん藤林君の諜報力も君に大きな力を与えるだろう。おまけに優秀な技術者も揃っているから、君の望むCADや装備を作成する事も可能かもしれない」

 

芺は思案する。正直に言ってありがたい話ではあった。協力という対価に対して最新鋭のCADに『電子の魔女』の諜報力だけでもお釣りが来る程なのだ。リスクと報酬を天秤にかける芺の姿を悩んでいるように見えたのか、風間はこの交渉における切り札を出した。彼はとある暗号─芺にとって意味のある数字─がプリントされた紙を差し出す。

 

 

 

 

 

 

 

「我々はこの暗号と君の関係を知っている。どうだい?悪い話では無いだろう」

 

少し脱線するが、この切り札は藤林に向けて送られたメッセージに内包されていたものである。

『電子の魔女』に対して送られてきたその()()のメールは怪しさ満点で半信半疑ではあったが、ここまでの好感触と藤林の解析から問題無いと判断した。彼らはその暗号と芺の関係は知らなかったものの、ここでブラフをかける。そして文字通り、この言葉が決め手となった。

 

「何のお話でしょう」

「信頼出来る筋からの情報だ。改めて、どうかね」

 

協力の具体的な内容を尋ねようとしていた芺は、風間の言い放った言葉に一気に意識を持っていかれた。風間は自分達の諜報力をダメ押しとしてプレゼンすると共に、ブラフである事を悟られないように自信満々に言い放つ。伊達に歳と経験を積んでいない彼の態度は嘘をついているという事実を微塵も感じさせなかった。この交渉は両成敗だった。嘘を見抜けなかった芺と()()()()()()()()風間の。

 

「なるほど。貴方達の諜報力を侮っていました。その力をお貸しいただけるならそれはとても喜ばしい事です」

「そうか……!ならこれに」

「ただ……そこまで分かっていて私に協力を申し出るとは、些か愚かだと言わざるを得ません」

「……どういう事だ」

 

書類を取り出した風間が予想だにしていなかった返答と芺の一変した態度に思わず出た台詞が失策だった事に気付くのに時間はかからなかった。“どういう事だ”と発したという事は自らの切り出した暗号について知らないという事実を述べている事と同義なのである。

 

「独立魔装大隊……十師族に頼らない。反十師族として設立された部隊ですね」

 

場が凍りつく。独立魔装大隊の名前を出したのは風間だが、その設立の背景を知られているという事は、既に彼に情報が漏れていたという事だった。

 

「貴方達があの数字を知っていた事と同じです。そして先程の問への答えですが、先程申しあげた通りです。そこまで知っていて私に協力してくれなどと……からかわれているのかと思いましたが、どうやらそれさえ疑わしい」

 

酷く冷徹な目線を風間に向けて芺は続ける。風間はその目線にどこか既視感を覚えたが、それが何なのかまで思考が至らなかった。

 

「私は貴方達に助力する事は致しません。公的な手順を踏めばその限りではありませんが、この先個人的にお力添えをする事は無いと思ってもらって結構です」

 

そう冷たく言い放って芺は立ち上がる。藤林の制止を振り切って彼は一言“失礼しました”とだけ述べて帰って行った。

 

「……すみません。私がいかにも怪しいメールを受け取ったばかりに」

「いや。あのメールを信じ切った私に落ち度がある。それにあのメールには交渉が成功する、とは一言も書いていなかったろう」

 

藤林はそこでメールの文章を思い出す。確かに()()()()()()()と書かれていた。文字通りの結果になったわけだ。悪い方向にではあるが。そのメールの内容はこうだ。

 

“柳生家の次期当主に擦り寄るなら、『二*十六』という暗号を出すといい。それが君達の交渉の決め手となるだろう”

 

「しかし……何故彼女がこんな真似を……」

「差出人は『ミズ・ファントム』ではなかったのかね」

「……本人に聞いてみるしかありません。近々直接聞き出してきます」

 

なんとも言えない空気感の二人は同時に溜息をついてこの部屋を後にした。

 

───

 

美味しい取引を逃す結果となった芺は少し俯き気味で考え込みながら歩いていた。芺が見抜けなかったのは風間の“信頼出来る情報筋”についてのみだ。彼の態度はその情報を流した主が信頼出来ないという事については少しも匂わせなかった。

しかし芺には風間達にあの情報を流したのが誰か、おおよその見当がついていた。元々知る人間さえ少ない情報のため、自ずと絞られてくるのだ。そして芺はなぜ故意に情報を漏らしたのか、それに加え情報を漏洩をさせた彼女の思惑にもアタリをつけていた。先程はそのご意向を汲んでかなり失礼にも取れる態度で退席したのだ。

 

(勝手に国防軍に接触するなという事か。お陰で藤林さんたちへの心象は最悪だろうな)

 

芺はしばらくは『電子の魔女』という素晴らしい諜報力に頼れない事に辟易しながらもゆっくりと帰路に着いた。




伊調です。
活動報告にスランプと書いてすぐに投稿するのは気が引けましたが、私はこれ以上31話に留まり続けて時間をかける事があまり良い気がしなかったので、ここで踏ん切りをつけ、大変お見苦しい内容での投稿を思い切りました。断腸の思いというものはこういったものを言うのだと一つ勉強になりました。
いずれこの物語がどこかで区切りを迎えたのなら、その際に可能な限りの改修を行いたいと思います。
伊調でした。

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