魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第三十二話

「風紀委員だ。事情を聞く。全員大人しくしてもらおう」

 

新しくトップに千代田花音を迎え、新体制となった風紀委員会はしっかりとその役目を果たし続けていた。彗星の如く現れた千代田がそのまま風紀委員長のポストに座った事に対し、外部から何件かの問い合わせがあったがそれも落ち着き、一般生徒にもやっとその事実が浸透し始めていた。

時間が経つに連れて“柳生 芺は副風紀委員長”というイメージがしっかりと根付いていたのかもしれない。そんな彼も九校戦を経て内外の評価を伸ばし、風紀委員会の力はそんな芺と二年生の中でも五本の指に入る実力を持つ沢木、何だかんだ努力家でそれに見合う成果を出す森崎、そして内外からの評価は言わずもがな上級生からの信頼も厚い達也という面々が残ったお陰で、摩利や辰巳の抜けた穴を埋める事が出来ていた。

そして十月。九校戦が『武』の祭典とするならば、『知』の祭典である論文コンペティションの開催が迫っていた。その発表に携わる人間には必ず護衛が付けられ、芺も“ボディーガードは本業だろう?”とその一員に加えられる運びとなった。

そして達也も護衛に……ではなく、彼は欠員が出た論文コンペの発表者の代役に選ばれ、護衛される側になってしまった。元は平河小春という生徒が市原、五十里と共に発表する予定だったのだが、不幸にも事故に遭い全治二週間、最低でも五日は絶対安静という自体に陥ってしまったのだ。あと一週間である程度完成系にまで持っていかなければならない状況で復帰を待っていては間に合わない。そこで達也に白羽の矢が立ったのだった。達也も自らが研究を進める分野と密接な関係があることからそれを了承し、ここに新たな論文コンペティション発表チームが結成された。

 

───

 

達也がクラッカーによるハッキング被害を受けた翌日。彼は『ミズ・ファントム』こと小野遥に密入国事件が相次いでいるという情報を聞き出した後、同じく論文コンペティションのメンバーである五十里に同様の被害を受けていないか確認していた。どうやら五十里はそういった攻撃は受けていないようで、ひとまず安心といったところだった。

彼らが会話を続けているとその一室の扉が勢いよく開け放たれる。

 

「おっ待たせー!啓〜!」

 

満面の笑みで部屋に現れたと思えば五十里に抱きついたその女子生徒の名は、新風紀委員長に就任した千代田花音だ。それと共に現れたのは元風紀委員長の摩利、そして副風紀委員長の任を継続している芺だった。

 

「達也君、久しぶりだね」

「待たせて悪いな、啓」

「お久しぶりです」

「ううん……大丈夫」

 

風紀委員会を引退した摩利と現職の達也は、学年も離れているため顔を合わせるのはしばらくぶりだった。五十里も顔を擦り寄せてくる千代田を制しながら言葉を返す。

 

「それで、今日は何のご用ですか?」

「実は、論文コンペの警備の相談なんだ」

「警備……?もしかして風紀委員会が警備を担うのですか?」

「警備と言っても、会場の警備ではないよ。そっちは魔法協会がプロを手配する」

 

摩利はそう言って芺の方を見やる。今回の論文コンペティションにあたり柳生家にも警備の要請が出ていたのだ。彼らはそういった仕事にも駆り出される事がしばしばある。

 

「達也君に相談したいのはチームメンバーの身辺警護とプレゼン用の機器と資料の見張り番だ。論文コンペは貴重な資料が使われるからな。そのおかげでコンペの参加メンバーが産学スパイ共の標的になった事例も過去にある」

「例えば、ホームサーバーをクラックするとかですか」

 

芺は確認するように摩利の方を見る。彼自身にそんな心当たりは無いが、暗に“知っていますか?”と聞いているようだった。

 

「いや、そんな大それた真似をしでかした例は聞いたことが無い。むしろ警戒すべきは置き引きやひったくりだ。当校からも無論、護衛をつける。護衛するメンバーは毎年、風紀委員と部活連執行部から選ばれるが……具体的に誰が誰をガードするかは当人の意思が尊重される」

 

それも無理のないことだった。護衛と言うからには可能な限り付きっきりで過ごさねばならないのだ。プライバシーの観点からしても当然の処置と言えるだろう。

 

「して、達也君。問題は君の護衛なんだが……」

「必要ありませんよ」

「ま、そうだろうな」

 

達也は自分の実力を鑑みて驕りの欠片もない様子で言い放つ。それに対して不快感を抱く者はおらず、摩利も分かっていたのか呆れたようにフッと笑う。

 

「啓はー、私が守るから!」

「摩利さん、今からでも護衛対象の変更は可能でしょうか」

「達也君はこの調子だし、市原には服部と桐原が付いている。貴君は命令を果たせ」

 

摩利は芝居のがかった様子で芺の要望を却下する。その表情は笑顔満開だった。

達也はあのラブラブ許嫁コンビの間に挟まれる事になった芺に僅かな同情を抱いていた。

 

───

 

その日の帰り、芺は珍しく達也達一年生と帰路を同じくしていた。それも五十里が買い出しの関係で達也達と同じ方向に帰るためであり、護衛の彼は必然的にそれに着いていく事が求められるのだ。

 

「あ、芺君。それくらい僕が持つよ」

「いや、構わん。元々少し邪魔なくらいだからな。お前は一つ大きな荷物を背負ってるんだから、これくらいはやらせてくれ」

「はぁ〜!?何を〜!」

「ん?誰も千代田の事とは言ってないぞ」

 

千代田に対しては割と容赦のない(今回は千代田の自爆)芺とのやり取りを微笑ましく見ながら彼らは店を出る。そこで達也と千代田の手を抑える芺の二人ははこちらを見据える邪な視線を感じた。

 

「どうやら、こちらを監視している輩がいるな」

「そのようですね」

「監視!?スパイなの!?」

 

千代田が強い口調で訊ねる。彼女は一瞬監視者の方を向いた二人の目線の先を追い、そこに自らの纏う制服と同じ物を着ている女子生徒を発見した。

そして芺が制止する前に

 

「千代田、待……」

「待て!!」

 

こっそり尾行する気だった芺は“しまった”という顔をしながら千代田を見送る。残った理由は可能性は低いがこちらを監視していた生徒を囮に本隊が攻めてこられてはボディーガードの本分が果たせないためだ。

こちらを監視していた生徒はバレたと分かると一目散に走り出し、追いかけてきた千代田目掛けて閃光弾を投げ、スクーターに乗り込む。そしてすぐにアクセルを捻るがそれと背反するように車体は微動だにしなかった。いつの間にかタイヤに魔法が作用しており、その魔法はタイヤと地面の摩擦力を近似的に0にするものだった。一見地味な魔法だが、高等な技術が求められる魔法であり、五十里だからこそ咄嗟に使用できたといっても過言ではない。『伸地迷路(ロード・エクステンション)』と呼ばれるその魔法はジャイロ力を増幅する魔法も併用されており、監視していた生徒が乗っていたスクーターは倒れることも出来なかった。

逃げる“脚”を失った監視者を引っ捕らえてやろうと千代田が近付く。相手側からすれば万事休すといった状況のはずだが、彼女に諦めた様子はない。突如としてスクーターの後輪辺りからロケットブースターの様な物が現れ、その爆発的な─これは直喩である─スピードで五十里の魔法を無視してその車体は吹き飛ぶように発進した。その男心くすぐる仕掛けが施されていたスクーターは摩擦力を失っていたこともあって非常に速いスピードを記録し、すぐに彼らの視界から消えていった。

残されたのは髪がボサボサになった千代田だけだった。

 

───

 

達也が発表メンバーに加入して数日後、現在彼らは校庭で今回の論文コンペティションで使用するデモ機のテストを行っている。その装置は問題無く動作し、ギャラリー達も大盛り上がりだった。

芺も五十里の護衛のため、その場に同席し桐原や壬生と共に実験を見守っていた。実験も恙無く成功し、この場は無事にお開きかと思われたが……

 

「あの女……」

 

芺がポツリと呟く。その女子生徒は先日自分達を監視していた生徒で間違いなかった。顔は朧気だが、雰囲気を記憶していた彼は少しの時間をかけて確信に至る。

芺の呟きはこの喧騒の中では誰にも聞こえないような声量だったが、近くにいた壬生と桐原には聞こえたようだ。“どうかしたの?”と声が出る前に壬生の視界に見覚えのある機械を操作する女子生徒が目に入った。それは無線型のパスワードブレイカー、彼女はいち早く行動に出た。

 

「壬生、待……」

「桐原君、来て!」

 

壬生は桐原を連れてその女子生徒の元へ向かう。それに気付いた例の女子生徒は直ぐに逃げ出す。ただならぬ雰囲気を感じとったエリカとレオもその後に続いて行った。

誰にもバレないように誘導してこっそり捕らえようとしていた芺はまたも取り残され、護衛の任務を放棄した桐原の分も働くべく気付いていない振りをしていた。

 

───

 

どうやらあの女子生徒はすぐに捕まったらしい。帰ってきたエリカから聞いた内容ではレオがあの子に覆い被さって捕らえた事と彼女は保健室にいること。桐原と壬生、千代田もそこで話を聞いていて、件の女子生徒は催涙ガスを噴出させる矢を発射する武器も所持していたそうだ。

エリカから話を聞いた芺は現状の報告を五十里達に行い、とりあえずは実験を続けてくれと伝えた。芺がそのまま半分興味本位で実験の成り行きを見守っていると、彼にとって先輩にあたる男子生徒がエリカとレオに話しかけているようだった。珍しい組み合わせだな、と最初は思っていたが、到底穏やかな雰囲気とは言い難い様子が目に入る。彼は発表メンバーの集中を妨げる行為を阻止すべく動き出す……ところで千代田が帰還し、芺に状況説明を求めた。

 

「芺君、これはどういう状況なの」

「関本さんがエリカとレオ君に難癖をつけているようでな」

 

そこに余裕のない声が聞こえてくる。

 

「関本さん、その辺に……」

「うるさい、お前は作業に戻ってろ!大体さっきからなんだその態度は……部外者は引っ込んでろ!」

「えー、いいじゃーん。皆も見てるんだし」

 

千代田は明らかに疲れた様子で文句を言う。それも仕方ないことだった。

 

「はぁ……次から次へと」

「止めてくる」

 

芺は我らが委員長の心労を考慮し関本の元へ歩いていった。

 

「関本さん、どうかされましたか」

「柳生。いや、大したことじゃない。この二科生にうろちょろするなと注意していたところだ」

 

「二科生を“ウィード”と呼ばない程度には冷静さを残しているようだな」とは思っただけで口には出さず、芺はほんの少し呆れた口調で返す。

 

「一年生が後学のためにも実験を見学するのを止める理由はありません。それに、何か問題があれば我々護衛役が対処します」

「俺は風紀委員だが」

「論文コンペにおいては部活連や有志による警備隊が護衛や警備を務めます。ここは我々に任せてもらえませんか。二人も、今日は帰った方がいい。少々悪目立ちしすぎだ。ここは俺の顔を立ててくれないか」

 

芺がそう言うとエリカは素直に……ニヤニヤとはしていたが、“はーい”と返事をしてレオと共に帰路についた。

関本も睨みをきかせる芺がいるためかその場から退散し、千代田の端末に保健室からあの女子生徒が起きたという連絡を受けてその場に向かっていった。五十里も同行するようなので、芺も達也達に確認を取ってから彼らの後を追った。

 

───

 

その後保健室で彼女……平河千秋から事情を聞いた。芺はちょっとした“ズル”を使い千秋から本音を聞き出すことに成功していた。彼女はどうやら同じ二科生でありながらも魔法理論も実績も自らを凌ぐ達也にひどい嫉妬と敵愾心を抱いているようであり、今回の件も単なる嫌がらせだそうだ。なんとも拍子抜けの話だったが、気になる点が一つ。彼女に装備を提供した人物を尋ねるとかなり顔色が悪くなり、大事を見て保健室の安宿先生から質問は後日と言い渡された。芺は今日中に全て聞き出しておきたかったが、無理に言わせて何かあってはこちらの立場が悪くなるため今回は引き下がることにした。

 

その日の夕刻、芺は九重八雲に呼び出され九重寺に足を運んでいた。毎度恒例となった門徒達の襲撃を全て返り討ちにすると、奥から彼を呼び出した坊主が現れる。

 

「いやぁ、君は見る度に成長が見られて僕は嬉しいよ」

 

八雲はそう言いながら構えを取る芺に手のひらを見せて戦う意思はないということを伝える。どうやらそこそこに重要な話題のようだ。芺は本堂の一室に招かれ、八雲はそこで結界を構築する。やり過ぎに見えないこともないがそれに越したことはない。

 

「突然呼び出してすまないね」

「いえ、何かあればお知らせくださいと頼んだのは自分ですから。……して、何か」

 

芺は八雲に何か自分達の身に危険が及ぶ可能性があれば教えてくれ、という旨の依頼をしていた。もちろん()()ついたが迫る危険に対しては可能な限り早く対策が打てるのなら彼にとっては安いものだった。

 

「最近、気になる事は無いかい?」

「……第一高校の周りを見慣れない精霊がうろついているのを見かけます。直接的に何か仕掛ける様子はありませんが、ずっと監視されているような感覚を覚えました」

 

芺の言う通り、最近になって見慣れない精霊が第一高校の周辺を飛んでいるのをよく見かけた。それは彼だけではなく、八雲や美月も気づいていたことだった。しかし芺ではどうする事も出来ないため、歯痒い思いをしていたところだった。

 

「恐らくそれに関連する事なんだけど、最近密入国事件が相次いでいてね」

「まさか……他国の部隊ということですか?論文コンペも控えているというのに」

 

芺は恨み半分呆れ半分といった様子で語る。八雲も芺の指摘に無言で答えを示した。

 

「うん、論文コンペが標的になる可能性もある。それなりの()()は覚悟しておきたまえ」

「……分かりました。ご忠告、感謝します。それで、どこまで調べがついておいでですか」

「残念だが、どこの国の者達なのかしか僕も分かっていなくてね」

「それだけでも対策にはなり得ます」

 

八雲は細い目を見開いた。

 

「……大亜連合だよ。君もよく知っているね」

「はい……事に当たる際には()()を警戒しなければなりませんか」

「ああ。その通りだ。十分に気を付けるんだよ」

 

芺は深く頭を下げて九重寺を後にする。それを見送った八雲は空を見上げ、剃髪した頭をポンと叩いた。

 

「ちょっとアドバイスしすぎちゃったかなぁ……僕も焼きが回ったね」


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