魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第三十三話

十月二十二日……第一高校の野外演習場において論文コンペティション会場の警備隊の士気を上げるための訓練が行われていた。しかし……

 

『ぐあぁ!』

 

テントでその様子を観戦する摩利と真由美の耳に今日何度目か分からない生徒の倒れる声が聞こえてくる。訓練の内容は『警備隊VS十文字克人』というものであり、十文字がもしただの生徒なら勝負にならず全く訓練にならないが、今回は逆の意味で勝負にならずに余り訓練になっているように見えなかった。

 

「十文字君……警備隊の士気を上げるつもりなんだろうけど……かえって自信をなくしちゃわないかしら」

「今のうちに後輩を絞っておきたいんだろう。今回あいつは警備隊総隊長だからな……もう七人やられたか」

 

 

「残ってるのは芺と……コイツは……」

 

かなりの人数が参加する警備隊だが、残ったのはこの訓練に助っ人として呼ばれていた芺と幹比古だけだった。

幹比古は地脈を通じて精霊を感知し、十文字の動きを探る。そして……

 

「!!」

 

突如として十文字に精霊魔法による雷撃が降り注ぐ。十文字も残っているメンバーが誰かは理解しているため、すぐに術者が誰なのかという思考に至った。

雷撃を『ファランクス』で難なく凌いだ十文字の背後から弾丸の様な速度で男が肉薄する。その生徒はもちろん柳生芺であり、十文字もすぐに対応するつもりだった。

 

(三……二……一……ここだ!)

 

十文字に雷撃が降り注いだコンマ数秒後、十文字の足下の地面に亀裂が入り、大爆発を起こした。演習場に生えている背の高い木々よりも高く土が舞い上がるほどの威力を持つ魔法だったが、問題はそこではない。その爆発に十文字は足下の防御を余儀なくされる。

この爆発は雷撃とほんの一瞬タイミングがずらされて使用されていた上、魔法の連続使用にしては早すぎる切り替えに加え威力が高すぎるように思えた。しかしその謎に対しては頭を回す程の余裕は、今は無い。芺は伸縮刀剣型CADを振るった。

 

『残念だが、その程度ではまだ俺は破れない』

 

いつの間にか立ち上がって観戦していた摩利と真由美達がいるテントに画面越しの十文字の声が聞こえた。二人は一寸の希望─十文字の打倒の可能性─を垣間見たが、それはすぐに泡沫へと消えた。

芺の刃は十文字が展開した楕円形のドーム状『ファランクス』に防がれていた。反動を魔法で軽減した芺はすぐに森林へと退却するが、この気を逃し、残る吉田と芺では十文字を倒せそうもなかった。

 

「すまん、幹比古君。しくじった」

「いえ……僕の術式の威力がもう少し高ければ……」

 

テントでその時間にして数秒の攻防を見ていた真由美と摩利は先程使用された魔法についての違和感を口にしていた。いや、もうほとんど答えは分かっていたのだが。

 

「あの精霊魔法の連続使用……どう思う」

「多分最初の雷は芺君のものでしょうね。じゃないとあれは吉田君の優秀な魔法力を考慮してもあの威力の魔法の連続使用は不可能なはずよ」

 

彼女の分析は概ね正解だった。最初に十文字を襲った雷撃はいわゆる芺の『雷童子』もどきであり、幹比古が放ったのは地面を爆発させた魔法だけである。この魔法は地雷を自分のタイミングで爆破させるような魔法のため、対象がその上を通る絶妙のタイミングで発動させなければならない。そのため吉田が魔法の連続使用をしていないという点は正解だが、他の魔法ならそれを可能にするだけの能力が幹比古にはあるということはここに明記しておく。

 

───

訓練が終わり、警備隊に参加した生徒は道場で引き続き訓練を続けていた。

 

「吉田君、今日は手伝ってくれて感謝するよ」

「いえ、十文字先輩の練習相手でしたらいつでも呼んでください」

「にしても、君は入学した時とは見違えたね」

 

第一高校屈指の実力者でもある沢木は、同輩である芺から幹比古の実力について話を聞いたことがあった。それもあって彼は他の名も知らぬ一年生よりかは気にかけていたのだが、入学当時の自信の無さげな様子とは打って変わって、それを克服し存分に実力を発揮している幹比古の事を評価していた。

 

「そんな……!ありがとうございます。それで、芺先輩はいらっしゃらないんですか?」

 

褒められた幹比古は恥ずかしかったのかすぐに話題を変える。

 

「ああ、彼なら“急いでいるから”ってどこかへ向かっていったよ。全く、少しくらい休んで欲しいのだけどね」

「そうですね……」

 

その後幹比古には美月との『不幸な出来事(超ラッキーイベント)』があったのだが、それは彼の名誉の為にもここには記述しない事とする。

 

───

 

第一高校の風紀委員会に所属する三年生、関本勲はロボ研の所持する施設に向かっていた。目的は……論文コンペティションの研究成果を盗む事だ。既に中にいた人間は催眠ガスで眠らせておいた。後は盗み出すだけだった。

彼は中に入ると端末に突っ伏す男を発見する。

 

「……司波、おい司波!眠っているのか」

 

彼はガスが問題なく機能したことを確認し、持ってきていたハッキング用の端末に接続した。その瞬間、暗かったロボ研の施設に明かりが点る。

 

「何をしてるんですか?」

「!?」

 

関本は間抜けな顔を晒す。そこに居たのは彼にとって風紀委員会の後輩にあたる千代田と柳生だった。呆れた顔をする千代田に対し芺は汚物を見るかのような冷ややかな視線を向けている。

 

「……まさか、関本先輩が産学スパイとは」

「関本勲。強盗の現行犯だ。大人しくご同行願おう」

「人聞きが悪いぞお前ら!僕はバックアップを取ろうしていただけだ!」

「ハッキングツールでですか?ありえないよね……司波君」

「馬鹿な!?ガスが効いていないのか!?」

 

関本が振り向くとガスで眠っていたはずの達也が起き上がっている。もう彼に逃げ場は無かった。

 

「関本勲!CADを外して床に置きなさい!」

「ち、千代田ーーーー!!」

 

関本は敵の名前を叫びながら風紀委員会には携行を許されているCADを操作する。しかし

 

「ごはぁ!」

 

彼がCADを操作し終わるより早く、芺が魔法を使わずに関本に接近し彼の鳩尾に痛烈な肘打ちを決めた。その身体的な技術だけで構成されているはずの一撃は、一介の男子高校生の意識を刈り取るには十分すぎる威力を保持していた。

 

「やり過ぎじゃない?」

「後遺症は無さそうですから、大丈夫ですね」

 

関本が倒れるその光景に別の方面への心配を抱いた千代田を達也は持ち前の『眼』を持ってフォローする。実の所二人とも芺が力加減を失敗するとは思っていなかったが、余りに関本が何の抵抗もしなかったため、とても綺麗に()()()事に対して咄嗟に出た心配だった。

その後、当然だが関本勲は犯罪者として収監される運びとなった。しかし、まだ事件は終わらない。

 

───

 

「摩利さん、関本勲が収監された鑑別所に襲撃があったとは本当ですか」

 

芺に風紀委員会本部へ呼び出された摩利は質問攻めに遭っていた。どこから嗅ぎ付けたかは不明だが、どうやら襲撃の件を知っていたらしい。芺相手なら隠す必要も無いか、と摩利も口を開いた。

 

「その通りだ。『人食い虎』とも称される呂 剛虎《リュウ カンフゥ》という男だった。……実は、平河の妹の病院にも奴が現れてな。その時はシュウがいたから何とかなったものの……」

「修次さんが仕留めきれなかったという事ですか」

 

芺は何度か千葉道場を訪れた事がある。それに柳生家は千葉家とは同じ剣術家として交流も絶えず行っており、定期的に新陰流の道場から門下生が千葉家の道場を訪問している。その逆も然りだ。そして、浅くない関わりがある千葉家の次兄である千葉修次の事も芺はよく知っていた。何なら手合わせした事もあるが、戦績は芳しくない。彼は『幻影刀(イリュージョン・ブレード)』の異名で呼ばれ、あの『人食い虎』とどちらが強いか議論される程だ。それに彼は三m以内の間合いなら世界で十指に入る達人との噂もある。そんな彼が仕留め損ねたというなら、かの『人食い虎』の実力は確かなのだろう。

 

「……そうだ。病院でシュウが呂 剛虎に深手を負わせてなければ鑑別所でも危なかったかもしれない」

「そこまでの使い手が……しかし、捕まったのならひとまずは安心ですね」

「全くだ。脱走でもされたらおちおち論文コンペなどやってられんよ」

 

芺は何か嫌な予感を覚えながらも摩利を解放する。それにこれでまだ事件が解決したとも思えなかった。八雲の言葉通り、論文コンペティションの当日に必ず何かが起こる。そんな言いようのない不安感を拭いきれず、芺は呂 剛虎という武人への思考に変えた。先程述べた通り芺は千葉修次とは手合わせをしたり自らの戦闘論を交換する程度には交流があった。実は芺が使う魔法の一つも彼から教えて貰ったものだ(もちろん千葉流剣術ではない)。そのお返しに芺は八極拳の技術を軽く教えたりもしていた。

修次は各方面の技術を高精度に吸収し、『千葉の麒麟児』とも呼ばれる強さを手にしている。そんな彼と実力を比べられる男に、芺は心のどこか奥底で、一人の武人として興味を抱かずにはいられなかった。しかし一つ心残りを述べるなら、呂 剛虎はもう既に獄中の身ということだけだろう。それも身内に危険が及ばないと考えれば何百倍もマシではあるのだが。

 

(もし、大亜連合がその日に何かアクションを起こすのであれば……『鬼灯』を持ってきてもらうか)

 

帰宅した芺は論文コンペティションの会場にプロとして招集を受けた新陰流の人間にメッセージを送っていた。

───

 

十月三十日……論文コンペティションの当日となった。警備隊である芺も朝早くから会場入りし、警備にあたっていた。会場では警備隊のリーダーは第一高校の十文字だが、共同警備隊として各校の有志が巡回を始めていた。

 

「十三束」

「あ、芺先輩!おはようございます!」

 

芺は同じ部活に所属する後輩の姿を見つけると声をかけた。芺は十三束を中々に気に入っており、部活内でも特に可愛がっていた。色々な意味で。その理由はもちろん彼が芺も驚くようなタイプの魔法師であり、近接格闘の腕も一年生の中でも一、二を争う実力を備えているからだ。十三束本人も芺に憧れているということもある。二人は理想の先輩後輩像とも言えるだろう。

 

「おはよう。今日はお互い警備隊として頑張ろう。して、君は確か……」

 

芺は十三束と恐らくペアで警備にあたると思しき生徒を見つめる。赤い制服に赤い髪。とてつもない魔法力を秘めた彼が誰なのか。魔法師の間では知らない人の方が少ないだろう。芺もそっちの方で思い出したのだが、当の本人はセリフの前半部分を強調するようにこう言った。

 

「第三高校一年の一条将輝です。今日はよろしくお願いします」

「……これは失礼をした。第一高校二年の柳生 芺だ。十三束は使える奴だから、良くしてやってくれ。無いことを祈るが、有事の際は頼りにしている」

 

十師族『一条』の次期当主。『クリムゾン・プリンス』の異名を持つ一条将輝も警備隊に参加しているようだった。そしてどうやら彼はその十師族の跡取りとして扱われる事を避けたかったらしい。

一通りの社交辞令を述べてから、二人はただの先輩後輩として会話を続けた。基本的に九校戦の話題だったが。

 

「先輩の事はジョージ……吉祥寺から聞きました。アイツ、『不可視の弾丸』を使われた事に驚いていましたよ」

「彼に名前を覚えてもらえているとは光栄だな。一人の魔法師として尊敬していると伝えてくれ。それと、衆目の前で『不可視の弾丸』の弱点を晒して悪かった。ともな」

 

その言葉に二人は笑みを零す。芺の言う通り『不可視の弾丸』には対象を視認しなければならならないという明確な弱点がある。弱点は隠したいものであることは言うまでもないだろう。しかし相手が使うのなら話は別だ。吉祥寺は第三高校の勝利のため『不可視の弾丸』の弱点を大衆の前で晒す事を余儀なくされた事から芺に対して好敵手に対する競争心の様なものを抱いていた。

 

「伝えておきます。来年度も同じ種目に出場されるおつもりですか?」

「競技種目の変更等といった特別な事情が無い限りはそうなるだろう。……もっとも、アイス・ピラーズ・ブレイクには出場したくはないが」

 

芺がこう語ったのも無理はないことだった。彼の目の前に佇む一条将輝はアイス・ピラーズ・ブレイクの新人戦において、殺傷性ランクの縛りを受けない状態で『爆裂』を使用し見事優勝をもぎ取った。その光景は十文字を何人たりとも寄せ付けない盾とするならば、一条は全ての敵を問答無用で貫く矛と言えるだろう。何故ならば一条は全ての試合を一発の魔法で終わらせていたのだから。試合開始と共に全ての氷柱が爆発する光景は彼が十師族の次期当主たる所以を見せつけられているようだった。

 

「楽しみにしています」

「お手やらわかにお願いしたいな」

 

不敵に笑う一条に芺も負けじと返す。こういった圧力はさすが『クリムゾン・プリンス』といった所かと芺は感嘆していた。ここで芺の端末が震える。どうやら新陰流の門徒からのようだ。

 

「すまない。自分はこれで失礼する。……二人とも、気は抜くなよ」

「……はい」

「は、はい!」

 

熟達した実力者同士が醸し出す雰囲気にあてられていた十三束もふと我に返り、一条も何か察したように頷く。芺も十師族の跡取り相手に態度が大きすぎたか心配だったが、一条の人となりを見る限りは大丈夫だろうと考えてその場を後にした。

その後彼は荷物を持ってきてくれた門徒と合流し、その荷物……芺が愛用する真剣の武装一体型デバイスを受け取った。剣帯を締め、真剣を携える。誰かに怪しまれれば武明のように“刃引きしている”と答えて何とか言いくるめれば問題ないだろう……と考えた芺は今後予想される展開に対応するため、このCADを持って来てもらうよう頼んでいたのだった。

黒い鞘に白い下緒。柄巻は白く、金色の鍔があしらわれたその刀は芺の愛用の武装一体型デバイス『鬼灯』だった。彼が依頼という形で個人的に請け合う任務の際もこのCADをよく使用しており、幾人もの血を啜ったこの刀は未だ輝きを放っている。

 

芺が『鬼灯』を受け取った同時刻、会場に来ていた『ミズ・ファントム』こと小野遥はとある女性に相席を余儀なくされていた。相手が相手なだけに断る事まで頭が回らなかったのだ。現れた女性……同じく諜報の世界で知らぬ者は無しとされる『電子の魔女』こと藤林は小野遥に一通りの忠告を行った後、少し不機嫌な様子で尋ねた。

 

「それで、先日私に『幻より』として差出人不明のメッセージを送ってきたのは貴方ですね?一体何であんな事を……いえ、それより何故私達の交渉が決裂するように仕向けたのかしら」

「え……?それはどういう」

「とぼけないで。あんな少し調べれば分かるくらいに送り主を隠したのもわざとかしら?」

「ちょっと待ってください!私はそんな事してません!貴方達の交渉?っていうのも分からないし、今の時代差出人の名前を記さずにメッセージを送るような真似は私には出来ません!」

 

藤林は驚きを隠せなかった。最初は隠し通すつもりかと思ったが、彼女の様子を見るに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「で、では、この暗号に心当たりは?」

 

藤林は『幻』名義で送られたメッセージに書かれていた……交渉決裂の原因ともなった暗号を見せる。

 

「これは計算式ですか……?こんなものは知りません」

 

全く動揺も見せず、そんな疑いをかけられるのは心外だという様子の小野遥に藤林はますます混乱した。

確かによく考えてみればそうだ。『ミズ・ファントム』は電子関係の諜報が余り得意ではないのは知っているし、何より差出人不明のメールなど自分以外にそうそう送れる人間は居ないはずだった。彼女があのメッセージの送り主ではないと仮定する。そうなれば浮き上がる事実は一つ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。十師族に頼らない勢力として創設された独立魔装大隊として十師族の血縁では無い上に相当の実力を持つ芺ともなれば、将来的にスカウトしたい人間として筆頭クラスである。そこまで思考が至った藤林はある可能性に行き着いた。

 

(十師族の何者かが我々と将来有望な魔法師との接触を防ごうとした……?そう考えれば辻褄は合うけど……十師族の中にもそんな技術を持つ家がいるなんて。だけどそれだけのためにあんな真似を……?)

 

思考の海に沈む藤林を見て、突然あらぬ疑いをかけられた小野遥はキョトンとしていた。


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