論文コンペティションも開始され、芺や桐原、服部らを始めとした有志で構成される警備隊は巡回を行っていた。そんな中、昼食が欲しくなる時間帯に芺は招集を受ける。呼び出された警備室本部に入ると、そこには彼を呼び出した警備隊総隊長である十文字、そして桐原と服部が既に来ていた。どうやら二人も呼び出されていたらしい。芺は一番最後に来たことを形式的に詫びながら十文字の前に立つ。芺が来る前から話を始めていたのか服部が口を開く。
「平河妹や関本の狙いは論文コンペの資料です。本日改めて関本を尋問した結果、マインドコントロールを受けていたことが分かりました。関本達を利用した組織は過激な手段に出る可能性があります。十文字先輩には会場に目を光らせておいて欲しい、との事でした。七草先輩からお預かりした伝言は以上です」
そう締め括って服部は姿勢を正す。ずっとサンドイッチを頬張っていた十文字も腰を上げた。
「了解した。服部と桐原は会場の外周、柳生は引き続き各部を周って異常がないか巡回を続けてくれ」
「「「わかりました」」」
三人が声を揃えて了解の意を示す。これで話は終わりだと思って立ち去ろうとしたところ、三人は呼び止められ同時に“はい”と返事をした。
「現在の状況について、違和感を覚えた点はないか」
「違和感……ですか」
突然投げ掛けられた質問に桐原は思わず反復したが、服部は芺と一瞬目を合わせ、直ぐに答えた。
「自分は先週、会場の下見に来ていたのですが、その時より外国人の数が少し多すぎる気がします」
「服部もそう思うか……柳生も同意見だな?」
その問いに芺は短く肯定を示す。別に十文字は芺の心を読んだという訳でもなく、事前の目配せから察したことは分かり切っていたので芺も特に大きな反応は見せなかった。
「それに加えて……感覚的な話ですが、今日はこの会場含めた周囲一体の精霊のざわめきが普段より活性化しています。魔法師がここに多く集っている事も理由の一つかも知れませんが、それだけとは思えません」
「分かった。……桐原はどうだ」
「はい……俺も会場内より、街の空気が殺気立っているように思われます」
「ふむ……」
十文字は目を瞑り考えるポーズに入る。彼は数秒の間を置いて目を開いた。
「服部、柳生、桐原。防弾チョッキを着用しろ」
「「「分かりました」」」
三人が三度声を揃える。そして十文字は警備隊に繋がる通信機を手に取って通達を出した。
「一高の十文字だ。共同警備隊員に通達する。午後からは全員、防弾チョッキを着用すること。繰り返す。必ず防弾チョッキを着用して警備にあたること……」
警備本部から退出した芺達はこれから予測される事態に危機感を募らせていた。
「芺……来ると思うか」
「可能性は大いにある。無いことを祈るが、覚悟はしておかなければならんかもな」
「マジかよ……」
「有事の際は……二人とも、くれぐれも無理はしないでくれ」
芺は八雲からの忠告を受けたこともあり、今の会場含めその周辺の雰囲気からほぼ確実に一悶着起きる事を半ば確信していた。それにもかかわらず事前にその芽を潰す事が出来ないのは彼にとって大きな心労だった。彼も襲撃の可能性を聞かされた時点で敵の本拠地を暴き出して単身乗り込むくらいの事はやってのけるつもりだったが、生憎敵の本拠地が分からなければどうしようもない。八雲は知らないと言った上に知ってても教える気はないだろうし、『電子の魔女』は今頼むとまたお叱りが来ると思われる。『ミズ・ファントム』にも当たってみたが、これといった情報は無かったのだ。
今回は後手に回るしかないと理解していながら、彼は自分の力の無さに憤りとも言える感情を抱いていた。しかし今となっては後の祭り。彼に今できる事は自らの身内を、仲間を守り切る事である。彼は自らの武装に手を当てる。二丁の拳銃型デバイスと、篭手と刀剣型CADだ。芺は雑念を捨て、決意を更に強めた。
その後第一高校の発表は滞り無く終了し、大成功と言える結果に終わったと言っても過言では無いだろう。次は第二高校の発表の時間となった十五時三十七分──会場内に響き渡ったのは拍手ではなく、大きな爆発音だった。
───
芺は論文コンペの発表が行われるホールの一番後ろにて発表を見届けていた。最初は会場の入口で待ち構えるつもりだったが、プロの大人達に“下がっていろ”と言われたのだ。芺も本職ではあるが、同時に一介の高校生でもある。彼は大人しく引き下がった。それも身内に当たる人間を守るなら近くに居た方が都合がいいと思ったからだ。
そういった理由から芺は守るべき仲間が多く集うホールにて待機していた。警備隊に参加する者達はと聞かれると芺としては彼らも等しく身内であり仲間だが、警備隊に参加している者を警備していては本末転倒どころか意味が分からなくなるため、断腸の思いでこちらを選んでいた。おまけに警備隊に参加しているメンバーは腕利きばかりである。服部や十文字は言うまでもなく、沢木や桐原は同級生として鎬を削る好敵手であるし、十三束は芺が手塩にかけて育てている後輩である。おまけに共同警備隊にはあの『クリムゾン・プリンス』も参加しているのだ。そんな彼らが窮地に立たされるようならそれはそこまで大規模な侵攻を許したこの国に文句を言いたくなる。同時にそんな事はあってはならないし、阻止しなくてはならないとも強く考えていた。
そう思考を巡らせていると、不意に会場を包む空気が変わった。柳生家から出した警備員に連絡するよりも早く、爆発音が鳴り響く。一手遅れた─と悔やむ間もなく芺は素早く跳躍して一高生徒が多く集まる最前列付近に向かおうとするが、ここに近づく複数の気配を察知して緊急着陸した。下手に
芺はほとんど思考の時間無くして剣帯に携えた刀剣型CADに手をかけるが、兵士の持つライフルの銃口がこちらを向く。
「止まれ!」
芺に向かって銃弾が飛んだ。威嚇射撃のつもりだったのだろうかある程度狙いを外して放たれた弾丸は、回避態勢を取った事もあって芺の顔を掠めて背後の壁に大きな弾痕を残した。
これ以上は芺も兵士が一人や二人ならともかく、こうも人数が多くては下手に動いて相手方が生徒に発砲しては元も子もないため、大人しくせざるを得なくなってしまった。視界の端で三高の吉祥寺がCADを構えるが、それも一発の威嚇射撃によって防がれた。その一発で会場を揺らし、ホールの壁にめり込み大きなひび割れを作りだした銃弾の威力に芺は表情にこそ出なかったものの、驚きを隠せなかった。
(何だこのふざけた威力のライフルは……俺の対物障壁で防げるのか怪しいところだな)
始めて見るとてつもない威力のライフルを分析しているとテロリストが大きく声を上げる。
「大人しくしろ!」
「デバイスを外して床に置け!」
会場のほぼ全員がその指示に従った。当然である。だがしかし、従ったのは文字通りほぼ全員だった。最前列に佇む司波達也と深雪はその指示に従っていなかった。再三の指示に従わない様子を見せた達也にテロリストの一人は躊躇うことなく銃弾を放った。
しかし、その放たれた銃弾は達也の掌に吸い込まれるようにして『分解』され、達也がそのタイミングで手を閉じたため、傍から見ると達也があの威力の弾丸を素手で掴み取ったように見えた。一瞬間抜けな顔を晒したテロリストも怯まず更に三発の銃弾を放つものの、全て達也に握り潰された……ように見えた。
「化け物めっ!」
テロリストは至近距離で銃弾を合計四発素手で掴み取ったように見えた達也に、率直な感想を吐きながらナイフで切りかかった。もちろん達也にただのテロリストのナイフが当たるはずもなく、達也はテロリストの伸び切った腕を手刀で切り裂いた……かのように錯覚させる使い方で『分解』を使用し、テロリストの腕を切り落とした。次いで腹に重い一撃を打ち込みものの数秒で大の大人を昏倒させた。達也が浴びた大量の返り血を深雪が魔法で弾く。その様子に皆が釘付けとなっていた。
好機と見た芺は各生徒の意識を近くのほぼ放心状態のテロリストに向けさせる。そして
「取り押さえろ!!!」
彼はそう叫び目の前のテロリストに突撃した。『縮地』で詰め寄りそのまま一人の腹に体が浮き上がる程のボディブローを決め、もう一人は裏拳と共に打ち込んだ『幻衝』で昏倒させた。
芺の声を聞いた各校生徒は隙を見せていたテロリストに襲いかかり、誰一人怪我すること無く全員を取り押さえた。
近くの生徒にテロリストを任せ、芺は退路の確保へと会場の入り口へと向かった。芺は走りながら通信機でとある人物に連絡を取る。
「真由美さん」
「芺君。大丈夫だった?」
「問題ありません。自分はこれから避難経路の確保に向かいます。真由美さん方はこれからどうなされますか」
「とりあえずパニックを収めないと……あーちゃんに手伝ってもらわないといけないかな。その後は脱出経路を提示して各校の判断に任せるわ。情報が錯綜してるから、逐次連絡をちょうだい」
「分かりました。あずさ達を頼みます」
「もちろんよ。貴方もあまり一人で突っ走っちゃダメだからね」
「……了解しました」
絶賛単独行動中の芺は耳が痛かったが、入り口のテロリストの殲滅はどちらにせよ必要なためそこは大目に見てくれるだろうと割り切り、彼は『縮地』を発動した。後は上手くあずさを誘導さえ出来れば彼女の魔法でパニックにはならないだろうと予測された。
───
芺が入り口に着くと、プロの警備隊とテロリストが激しい銃撃戦を繰り広げていた。芺の姿に気付いた者はいなかったが、例えいたとしても今は彼に帰れと言える状況ではなかった。
芺も通路の壁に隠れながら状況を伺う。
(十人程度か……丁度いい。対物障壁が通じるかテストだ)
芺は隠れたままプロ達が展開する障壁の前に自らの対物障壁を展開する。そして数発の弾丸が芺の作りだした障壁に衝突した。
(……問題ない。少なくとも防御は可能だな)
彼らの使うライフルは魔法師の障壁を破るために採算を度外視して製造された代物である。しかしその威力を持ってしても芺の干渉力は破れなかったのだ。後は、簡単である。芺は刀剣型CADに手をかけた。
芺はプロを守るためわざと体を晒す。当然、芺に銃口が向くが、芺を捉えられた者は少なかった。一番遠くにいたテロリストは辛うじて反応したが、他のテロリストは素人目から見れば瞬間移動とも錯覚する移動魔法『縮地』に対応する事が出来なかった、
芺は何一つの躊躇い無くテロリストを文字通り両断し、返す刀で隣のテロリストを横薙ぎにした。ここまで接近すればライフルに意味は無い。精々使えても盾くらいだろう。彼らに対抗する術はなかった。
他のテロリストは芺にライフルを掃射するが、芺の移動速度に着いていけず、偶然当たりかけた銃弾も彼の対物障壁に阻まれた。魔法師の防御を破るために作られたライフルが魔法師に効かないことに驚きを見せ、更に仲間が真っ二つにされた事に思考と行動に一瞬のラグを発生させてしまったテロリスト達。それは生死を扱う場では致命的となる事を、彼らは死ぬ前にやっと理解する。
一瞬でテロリストに肉薄した芺は斬り上げて一人の首を飛ばし、そのまま振り上げた刀で一方を肩口から斬り下げた。その後も一人、また一人と斬り倒して行く。魔法師を貫くはずの銃弾を弾き、視覚で捉えられない速度で動きながら刃を振るう芺にテロリスト達は為す術もなかった。
敵の銃弾を避け、あろう事か弾き、両断していくその男の刃はどこか黒く点滅しているように視界に映った。
残り少なくなったテロリストは最後の足掻きと言わんばかりに銃を乱射する。だが、一瞬冷気が走ったかと思うと銃撃が止み、既に走り込んでいた第一高校の制服を身に纏う男が手刀でテロリストの身体を切り裂いた。
「あれー?もう終わっちゃってるじゃん」
「出番が無かったぜ」
「……はぁ」
芺はこの状況でその発言が飛び出した事に思わず溜息が零れる。そこに現れたのは達也に深雪、エリカにレオ達といったトラブルに巻き込まれがちな一年生一行だった。
「君達、なぜ避難していない」
「逃げるにもまずここの制圧は必要だと判断しましたので」
「いや、確かにそうだが……」
「でしょ?それに先輩も勝手に行動してるんだから恨みっこなしですよ」
エリカの言い分は正しい。達也達も芺も行動した理由は同じなのだから。芺には彼らを叱るには大義も名分も不足していた。芺が困っていると、深雪が前に出て端末を操作する。すると芺が浴びた返り血が綺麗さっぱり消え失せた。
「流石の腕だな。ありがとう」
「恐れ入ります」
深雪はわざとらしくスカートを持って恭しく一礼した。
話しているうちに芺の通信機に連絡が入る。芺は一言断りを入れてその通信に応じた。
「柳生です」
「私よ。こっちはあーちゃんのお陰で皆冷静に避難を開始したわ。一高はあーちゃんの先導で地下シェルターに向かわせてる」
「分かりました。こちらも逃げ遅れた者がいないか確認しながらそちらに合流します」
「ええ、気を付けて」
通信を終えた芺は一年生達の方を向く。
「君達も早く避難してくれ。俺は逃げ遅れた者がいないか確認してくる。すまないが、今は護衛には付けない。達也君、レオ君、ミキ君、皆を頼んだぞ」
芺はそう言い残して去っていった。“護衛には付けない”と言った部分にはかなりの逡巡が見られたが、彼も達也達の実力は知っているため、一応男性陣に声をかける事で踏ん切りを付けたのだろう。確認が終わればすぐに追いつくという意味合いにも取れる。
達也達も避難のため、状況を確認を目的に雫の提案でVIP会議室に向かって行った。
伊調です。ここ最近更新が遅くなったり、急に幕間に投稿したりして申し訳ありませんでした。
あまりこういう事は言わないようにしていたのですが、こんなに期間が空いたにもかかわらず沢山の方々に見ていただいたという事に驚きが隠せず……ありたいに言えばただ嬉しかったので……この場を借りて普段から閲覧して頂いてる方に感謝を述べたいと思います。
ただただ自分の妄想を書き連ねているこのお話に目を向けてくださりありがとうございます。
私の妄想のはけ口になっているこの小説が、ここまで見ていただいている事がどれだけ幸運な事か、それを今一度考えるとこうせざるを得ませんでした。
このお話が皆さんの娯楽の一欠片にでもなっているのなら、これ以上嬉しい事はありません。
まだまだ更新していきますので、私なんかの小説を見ている好事家の方はゆったりとお待ち下されば幸いです。長々とすみません。伊調でした。