魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第三十五話

芺は会場内を走り回り逃げ遅れた者が居ないか探していた。正直に言って芺はこんな事はせずに先程の一年生か既に避難したあずさ達の元へ行きたかったが、どうやらこの会場内にも何人か残っているようだったため、どうするべきか悩んでいた。

芺は先程取ろうした通信を試みる。連絡先はこの会場にいるであろう柳生家のから派遣された警備員だ。

 

「芺です。今どちらに」

「若様、無事で何よりです。我々は現在エントランスにおります」

「すぐに地下シェルターへ向かって下さい。友人達が避難しているのですが、共同警備隊のほとんどがまだここに居残っているようですので、何があるか分からない以上、念には念を入れておきたいのです」

「承知致しました。直ぐに向かいます。柳生家の名にかけて若様のご友人方には指一本触れさせませぬ」

「お願いします」

 

芺はそう言って通信を切る。今日ここに呼ばれたのは柳生家の中でも特に護衛能力に優れた者達だった。彼らを向かわせるのは芺の精神的にも戦力の集中のためにも得策と言えるだろう。

芺は連絡を終えるとこの会場の見回りを命じた上司達がいるであろう国際会議場のステージ裏に向かう。そこはこの論文コンペに使用された実験器具が保管されている場所だ。どうやらここに残っている人達はデータの消去を行っているらしい。真由美からのメッセージを頼りにその部屋に行き着く。そこには想像以上の面子が残っていた。真由美に市原、摩利に五十里と千代田。桐原に壬生といった面々だ。幸い知り合いが多く残っており、避難していないことには心配したが目の届く範囲にいるのはありがたかった。

 

「芺君、お疲れ様。逃げ遅れた人はいなかった?」

「いえ、何名か。ですが避難を指示しておきましたので」

「よかった、ありがとう。データの消去をしてるから、ちょっと待っててね」

 

芺が言う逃げ遅れた人というのは先程見かけた一年生一行の事も含まれている。芺は真由美の言葉に短く返事をして待機していた。しばらくするとステージ裏の部屋の自動ドアが開く。

 

「何をしているんですか」

 

そう言って現れたのは司波達也率いる一年生一行だった。突然の質問に市原はさも当然かのように答える。

 

「研究データを盗まれないよう、消去しています」

「君達、避難しろと言っただろう」

「我々も実験データの消去に……七草先輩方は」

「私達だけ逃げ出す訳にも行かないでしょ」

 

真由美が体に染み付いているであろう可愛らしい仕草でそう言い張ったタイミングでステージ裏のもう一方の扉から三人の男が入ってくる。

 

「司波、七草」

「十文字先輩……」

 

そこに現れたのは十文字と服部、沢木の共同警備隊に参加していた三人の生徒だった。

 

「お前達は先に避難したのではなかったのか」

「データの消去をしているの」

「そんな大人数でか」

「他の生徒は中条に連れられて地下通路に向かった。お前達も……」

「地下通路?」

 

服部の“地下通路”という言葉に達也は思わず反応する。それに対して沢木が何かに気づいたように問いかけた。

 

「何かまずいのか?」

「あ、いえ。懸念に過ぎませんが……地下通路は直通ではありません。他のグループと鉢合わせする可能性があります」

「遭遇戦……!?」

「そうなった場合、地下通路では正面衝突を強いられる可能性があります」

「沢木、服部。中条の元へ向かえ」

「はい!」

 

沢木と服部が急いであずさ達の元へ向かう。芺は正直に言って安心していた。あずさ達を咄嗟に守れる位置にいないのは自分として歯痒かったが、沢木や服部が護衛にあたるなら彼らもそのまま脱出できる上に、あずさ達の守りも磐石になるはずだった。あとは向かわせた柳生家の者と連携さえ出来れば散発的かつ小規模なグループなら問題なく排除できると考えていた。芺はこの旨を伝えようとしたところで言い淀む。その後こっそり二人の端末にメッセージを送信しておいた。

 

“あずさ達の元へは既に柳生家の者が護衛に向かっている。連携して脱出してくれ。十三束の事も頼む”

 

可愛がっている後輩も気にしてやってくれという意味の一文を付け加えた芺がそのメッセージを送信したタイミングで十文字から新たな指示が発令された。

 

「俺は逃げ遅れた者がいないかもう一度確認してくる。桐原」

「はい」

「柳生は外周を見張っていてくれ。いつ新手が来るか分からん。対処は任せる」

「了解しました」

 

桐原は十文字と共に会場内の見回りを。芺は外で警戒の任を任された。と言ってもすぐに戻ることにはなるのだが、この有事の際に棒立ちさせるのには芺の性格上いてもたってもいられないため、それに対しての十文字の配慮なのかもしれない。

 

「司波君は別の部屋機器を頼めるかな」

「終わったら控え室に集まろう。そこで今後の方針を練る」

 

機器のデータの消去が完了したところで、見回りと外の警備に向かった十文字や桐原、芺は不在だが、とりあえずの方針を練るため残りのメンバーは控え室に集まっていた。

 

「さて、これからどうするかだが……」

「港に侵入した敵艦は一隻。海岸近くはほとんど敵に制圧されちゃってるみたいね」

 

その現状を聞いたエリカが“はぁ〜あ”と呆れ混じりの溜息を漏らす。それはおいそれとテロ行為を許した防衛組織に対しての気持ちが現れていたようにも見えた。もし国の防衛に警察が関与してなどしていればこの溜息は数倍にも大きくなったと予測される。

 

「陸上交通網も完全に麻痺。こっちはゲリラの仕業じゃないかしら」

「彼らの目的はなんでしょうか」

「横浜を狙ったということは、ここにしかないものが目的だったんじゃないかしら。厳密には京都にもあるけど」

「魔法協会支部!」

 

五十里の質問に答えに限りなく近い返答をした真由美。そして千代田もテロリストの狙いを察した。

 

「正確には多分……魔法協会のメインデータバンクね。重要なデータは京都と横浜で集中管理しているから」

「救助船はいつ到着する」

「あと十分程で到着するそうよ。でも人数に対してキャパが充分とは言えないみたい」

 

ここで端末の作動音が鳴る。音のした方を見ると市原が誰かから連絡を受けていたようだ。

 

「シェルターに向かった中条さん達の方は……残念ながら司波君の懸念が的中したようです。ただ、敵の数が少ない上に警備員の方とも合流したようで、もうすぐ駆逐出来ると、服部君から連絡がありました」

「警備員だと?自らだけ地下シェルターへと避難していたとでも言うのか?」

 

摩利が不信感をあらわにして問う。彼女の疑問はもっともの事だ。

 

「いえ、そういう訳では無いようです。どうやらその警備員は『柳生家の者』と名乗っているようですよ」

「アイツ……妙に大人しいと思えば」

「本来なら服部君達について行こうとするもんねぇ」

 

芺の手の速さに呆れ笑いを浮かべながらも摩利達は安堵する。そして咳払いをして言葉を続けた。

 

「状況は聞いて貰った通りだ。船の方は生憎乗れそうにない。こうなれば、多少危険でも駅のシェルターに向かうしかないと私は思うんだが」

「わ、私も摩利さんに賛成です」

 

風紀委員長でもある千代田も同意し、今後の方針も決定したかと思われた。深雪も最愛の兄に決断を仰ごうとしたところ、そこには背後を険しい目つきで見据える兄が目に入った。傍から見れば壁を見つめているだけなのだが、達也は特殊な「眼」を持っている。彼は徐に壁に向かってCADを構えた。

 

「お兄様!」

「おい!」

「達也君!?」  

 

何の説明のないままでは奇行にしか見えない行動をする達也に驚きながらも、異常を察知した真由美は達也のCADが向いている方向を『マルチスコープ』で確認する。

 

と、同時に会場の上で周りを見張っていた芺の目に一台のトラックが飛び込んできた。

 

(まさか、救援ではないだろうな)

 

芺がそう思考するや否や、トラックに硬化魔法が作用したのを彼は知覚した。彼の目には運転する男の姿も見える。芺は既に迎撃体勢に入っていた。

 

(大爆発が起こるかもしれんが、激突するよりかはましだろう)

 

芺が抜いた刀の銀色の刀身が光に照らされて黒く煌めく。そして振り下ろそうした瞬間、トラックに何らかの魔法が発動され、トラックは煙と運転手を残して霧のように消え去った。放り出された運転手がゴロゴロと転がり、気を失う。

 

「今、のは……」

 

芺は思わず声に出す。間違いなく、目の前からトラックだけが消え去った。あんな魔法は初めて見たが、どこか既視感を覚える。それに、なんとなく誰があの魔法を使用したのかわかる気がした。

 

「柳生」

「かいと……十文字先輩」

 

芺は思考の海に沈みかけたところで声をかけられ、会頭と呼びそうになった言葉をギリギリで抑え込んで走ってきた先輩の名を呼ぶ。今の会頭は服部なのだ。十文字の後釜ということで本人は劣等感に苛まれてはいたが、仕事は遜色なくこなしている。さすがは服部だ。

そして十文字が何かを口にしようとしたタイミングで、何かの発射音が耳に入った。二人が音のした方向を見やると、数発のミサイルがこちらに向かって飛んできていた。

 

「柳生!」

「打ち漏らした際はお願いします!」

 

芺と十文字は最低限の言葉だけで次の行動と連携を決定する。芺はすぐさま拳銃型デバイスを抜いて、照準を合わせた。

空中をこちらに突き進むミサイルは芺の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』により、中程から圧し潰されほぼ全てが空中で爆散する。

そして残りのミサイルに対して十文字が『ファランクス』により完全な防壁を築き上げた。そして着弾するかと思われた瞬間、そのミサイルが光の尾を引いて爆発する。

 

「スーパーソニックランチャー……」

 

十文字の呟きと共に桐原の声が聞こえる。同時にどでかい武装デバイスを携えた男が装甲車の天井から体を出しながら向かってきていた。

その様子と武装を見た十文字が一番に口を開く。

 

「101の方ですか」

 

(あれは……独立魔装大隊の……)

 

「国防陸軍第101旅団 独立魔装大隊大尉 真田繁留であります。我々の事をご存じとは、さすがは十文字家ご当主。恐れ入りました」 

 

芺と十文字はわずかに表情を曇らせる。芺はいけ好かない奴が来たために。十文字は真田の放った言葉がただの言い間違いでは無いことを分かっていたためだ。二人とも理由は違えど目の前の男に対する印象の悪さは同じだった。やっと状況が全く飲み込めていない桐原が合流する。

 

「失礼。お互い無用な口は慎むべきでありましょうな」

「こちらこそ失礼をしました」

「それでは十文字家次期当主殿、こちらへ」

 

十文字の呼び方を正しく直した真田が会場内へ戻る事を勧める。十文字は戦火の舞う沖の方を一瞬見据えたが、それに従い、芺も桐原と後に付いて行った。

 

控え室ではトラックに『分解』を使用した達也と、その結果を『マルチスコープ』で見てしまった真由美の驚きに満ちた顔と凍り付いた雰囲気があった。そこにドアがガチャりと開く音がする。その来客の名はほとんどが知らなかったが、知っている者からしてみても意外な人物だった。

 

「もしかして……響子さん!?」

「久しぶりね!真由美さん!」

 

藤林の来訪に続いて、上官と思しき男も部屋に入り藤林の隣に立った。

 

「特尉……情報統制は一時的に解除されています」

 

そこにいるほとんどの者が彼女の言う"特尉"が誰なのか、それを知り得なかっただろう。そして特尉当人はそんなことは眼中にないと言わんばかりに規律正しい敬礼を返した。

そこに真田に連れられて十文字と芺、桐原が戻ってくる。彼らの目に入ったのはスクリーンの傍に立つ軍人に敬礼をしている司波達也の姿だった。

 

「司波……?」

 

そうつぶやいた十文字に向かって敬礼をしていた軍人は話しかける。

 

「国防陸軍少佐 風間玄信です」

「貴官があの風間少佐であらせられましたか。師族会議 十文字家代表代理 十文字克人です」  

 

ここでやっと達也は敬礼の姿勢を取っていた腕を下す。周囲からは声が漏れるのみだったが、それもただ状況についていけていないように見えた。

 

「藤林、現在の状況を説明して差し上げろ」

「はい」

 

藤林がそう返事をすると、スクリーンに表示されていた情報に加えて現在の友軍の動きを示すコマが追加された。

 

「我が軍は現在、保土谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が急行中。魔法協会関東支部は独自に自衛行動に出ています」

「ご苦労……さて、特尉。現下の特殊な状況に鑑み、別任務で保土谷に出動していた我が隊も防衛に加わるよう、先ほど通達があった。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命ずる」

 

皆が、一様に息をのんだ。

 

(なるほど……そういうことか)

 

「国防軍は皆様に特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国防軍秘密保護法に基づく処置であるとご理解いただきたい」

 

皆はそれに返す言葉を持っていなかった。その沈黙を真田が破る。

 

「特尉。君の考案したムーバル・スーツをトレーラーに用意させてあります。急ぎましょう」

「皆様には私と、私の部隊が護衛につきます」

 

藤林の言葉が終わる頃には、説明責任を果たしたと思ったのか風間は控室から退出するところだった。

 

「すまない、聞いての通りだ。皆は先輩達と一緒にシェルターに避難してくれ」

 

達也はそう言い残して風間に続こうとする。彼に声を掛ける者は一人としていなかった。

 

「お兄様、お待ちください」

 

ただ一人を除いて。呼び止めた彼女は何か意を決したような表情をしていた。深雪はそっと達也のほ頬に触れると、達也は一瞬目を丸くしたが、すぐに何かを悟ったようにして深雪の前に跪く。それに対し深雪は、目の前に片膝をつく兄の額に、そっと……優しく……口づけをした。

 

その瞬間、嵐が吹き荒れた。

 

「お兄様──ご存分に」

 

そこには何かに解放された様な雰囲気を持つ達也の姿。芺の眼には朧げに……二人の間を繋ぐ線のようなものが見えたそうだ。

 

 

 

 


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