魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第三十六話

桜木町駅地下通路──そこには中条あずさ生徒会長の先導の元、第一高校の生徒がシェルターに向かって避難を開始していた。

 

「あなた達が柳生家の方ですか」

「いかにも。若の命により参上しました。若のご学友には指一本触れさせませぬ」

「皆さんは我々の背後に着いてきて下さい」

 

服部の問いに二人の男性が人の良い笑みで返す。熟練の戦士である沢木には彼らが相応の実力者であることが伺えた。

二人の護衛はあずさと話をしながら進んでいく、曲がり角に差し掛かった所でカラン、と何かが転がる音が聞こえた。

 

「……!!」

 

あずさの視界の端に映ったのは間違いなく手榴弾の類だった。突然の襲撃に彼女は思わず目を瞑る。そして間もなく爆発音が聞こえた。

 

「……あれ?」

 

あずさは衝撃に備えていたが、それはいつになっても訪れなかった。代わりに目に入ったのは手榴弾の残骸とCADを構える二人の護衛だった。恐らくこの二人が手榴弾を何とかしてくれたのだろう─そう思い礼を述べようとした瞬間、それは大きな銃声にかき消される。

 

「生徒会長殿!お下がりください!」

「は、はい!みんな、落ち着いて後退してください!」

 

二人の護衛が対物防壁を重ね合わせる。厳密には一矢乱れぬコンビネーションで破壊された瞬間には別の防壁を出現させているのだが、全くその隙を感じさせなかった。

しかし二人は防御に手一杯だった。想像以上に敵の数が多いのだ。

その様子を見て沢木、服部、十三束が動き出す。

 

「柳生家の方々。我々が攻勢に出ます。援護を」

「いえ、ですが……」

「このままでは埒が明かないでしょう」

「……防御はお任せ下さい」

 

沢木の自信満々な言葉に二人の護衛は折れる。この二人も芺から沢木の強さを口酸っぱくなるほど自慢されていたのでその言葉を信頼することにした。

沢木の合図で沢木と十三束が走り出す。沢木は驚きの身のこなしで銃弾を避けながら突き進む。当たりそうになった銃弾は全て『空気甲冑』の厚い空気の壁に弾道を逸らされていた。十三束も柳生家の障壁に守られながら沢木の後に続く。

沢木は銃弾を逸らしながら壁を蹴り、体を捻りながら強烈な蹴りをテロリストにお見舞した。続いてもう一体も蹴り倒した所で彼に銃口が向く。しかしそのテロリストはまるで瞬間移動と見まごう程の速さで目の前に現れた十三束の掌底により吹き飛ばされた。

 

「貴様ァ!!!」

 

テロリストが叫び銃を乱射するが、全て護衛の対物障壁に防がれた。そして一秒も経たない内に服部の圧縮空気弾により部隊は撃退される。

 

「て、撤退ー!」

 

テロリスト達は魔法の威力と彼らの戦力に慄いたのか震え声で撤退を指示する。沢木はそれを追撃しようとする十三束を制止し、後ろで身を隠している生徒会長を呼んだ。

 

「中条!」

「は、はい!皆さん、シェルターはもうすぐですよ!頑張りましょう!」

 

保育園や幼稚園の遠足を彷彿とさせる雰囲気だが、現状は侵攻を受けている全く楽観視出来ない状況である。

柳生家の護衛二人を先頭に、あずさ達はシェルターに向かう。少し開けた場所に着くと、その先がシェルターである事が理解出来た。

この場にいる教師の一人である廿楽は柳生家の護衛と共に安堵の表情を見せる。侵攻軍との衝突こそあれど無事にここまで辿り着けたのだから仕方の無いことだった。どうやらあずさも同じ気持ちのようでトテトテとシェルターの方に走り出した。

柳生家の護衛達も()()()()()()には敵の気配を感じていなかったため、顔を見合わせ任務の終了を喜んだ。しかし──

 

 

轟音と共に大きな揺れが彼らを襲う。次に鳴り響いたのは護衛の叫び声だった。

 

「……!皆さん!伏せてください!」

 

突如として天井が崩壊し、そのほとんどが瓦礫として地下通路の者達に降り掛かった。しかしその瓦礫が避難している第一高校の人間達を押しつぶすことは無かった。

 

「皆さん、早くシェルターに!」

「我々も長くは持ちませぬ。落ち着いて避難を!」

 

護衛の二人は重力を制御し、夥しい数の瓦礫を食い止めていた。しかしサイズがサイズのため、長時間のこの魔法の使用は魔法師生命を脅かすものだ。それを理解するのは容易かった魔法科高校の生徒達は急いでシェルターに向かう。

何とか護衛が限界を迎える前に全員が避難した。彼らの迅速な対応のおかげで護衛達も疲労こそ残ったが、後遺症等の心配は無かった。

 

───

 

藤林達の護衛の下、芺達は駅のシェルターに向かっていた。その一行には生徒以外にも怪我をした市民もおり、生徒達が肩を貸しているようだった。

 

「駅までもう少しです……」

 

藤林が真由美に何か話しかけていたが、芺の意識は別の方面に持っていかれた。芺は混乱を起こさないように冷静な口調で深雪に助力を乞う。

 

「深雪さん、前方から戦車が来る。手を貸してほしい」

「分かりました」

 

前を歩いていた藤林と真由美は驚きで目を見開く。それは敵の接近とそれに気づいた芺に対してだ。

深雪と芺がCADを構える。深雪は端末型、芺は特化型の拳銃型デバイスだ。程なくして大亜連合の直立戦車が二機、彼らの行く手を阻むように現れた。しかし姿を見せた瞬間、深雪の魔法によって一瞬で凍結し、芺の発動した『破城槌』により瞬く間に押し潰された。

 

「行きましょう」

 

余りの手際の良さにまだ驚いていた藤林に声を掛ける。一瞬固まっていた藤林は先導を続けた。

五分程歩くと、一行はシェルターの入り口に到着した。いや、正しくはシェルターの入り口だった場所に。

 

「これは……」

「地下のシェルターは無事なの!?」

 

真由美が取り乱すのも無理はない。そこには恐らく爆発により瓦礫に埋もれた入り口があったからだ。

 

「会長達は無事です」

 

幹比古が呪符を通して遠隔視を行い、あずさ達の無事を確認する。

 

「でも、もうこの入り口からシェルターに避難することは無理そうね」

「如何なさいますか」

 

藤林が決断を仰ぐ。彼女は今はただの護衛だった。真由美は一度後ろを振り返り、すぐに次の方針を決める。芺は心の中で彼女の決断力に感心していた。

 

「父の会社のヘリを呼びます。逃げ遅れた人を乗せて空から避難しましょう」

「私も父に連絡してみます」

 

雫も名乗り出る。彼女の父親である北山潮は財界のみならず政界にも強い影響力を持っている程の人物だ。娘のためならばヘリを用意することくらいは容易いだろう。 

 

「では、部下をここに置いていきます」

「いえ、その必要はありませんよ」

 

皆が一斉に声のした方を見る。付き人を伴って現れたその男は

 

「警部さん!」

「和兄貴!」

 

刀を携えるその男は千葉家統領。同時に警察官でもある千葉寿和だった。彼は藤林の前まで歩いて口を開く。

 

「軍の仕事は外敵を排除することであり、市民を守るのは我々警察の役目です。我々がここに残ります。藤林さんは……藤林少尉は本隊と合流してください」

「了解しました。千葉警部、後はよろしくお願いします」  

 

藤林は寿和に敬礼を送り、寿和がそれに返すと、藤林とその部下はここを去っていった。本来の持ち場に戻るのだ。その後ろ姿を見て一言。

 

「いい女だねぇ……」

「あ、ムリムリ!和兄貴の手に負える人じゃないって」

「はぁ……俺にそんな口聞いていいのかぁ?エリカ」

「なによ」

「俺はお前に良いものを持ってきてやったんだぞ」

 

そう言って人懐っこい笑みを浮かべながら布に包まれた長物を取り出す。それを見ると布の上からでもそれな何であるか分かったのか、エリカは奪い取るように受け取った。そして可愛くフンと鼻を鳴らすのだった。

 

──

 

「お前達、分かっているだろうが、ヘリが来るまで敵は待ってくれない。防衛が必要だ」

「各道路に五、六人程がベストでしょう」

「そうだな、戦力を調整しながら配置を決める。急ぐぞ!」

 

彼らの配置はすぐに決まった。エリカ、レオ、幹比古、寿和、深雪のチーム。摩利、五十里、千代田、桐原、壬生、芺のチームだ。

 

「寿和殿」

「おお、これは柳生家の次期当主殿。どうかされましたか」

 

芺は千葉家統領である寿和に話しかける。二人は顔見知りといった程度だが、お互いの実力はよく耳にしていた。彼らの間柄は今は市民と警察ではなく、柳生家次期当主と千葉家の統領だった。

 

「此度のお力添え、誠に感謝致します」

「いえ、私は警察官ですから」

「寿和殿が防衛に加わるほど心強い事はありません。……それと、エリカ達、後輩達をお願いします」

 

芺は深く頭を下げる。寿和はわざわざ形式的な会話をしてまで話しかけて来た理由にすぐ合点がいった。寿和はビシッと敬礼をしてこう言った。

 

「私は警察官ですが、同時に百家千葉の統領であります。魔法師とは言え、まだ彼らは未成年の未来ある子供です。守るのは当然の義務であり、私が望むところでもあります」

「ありがとうございます。どうか、ご武運を」

「そちらこそ、お怪我のないように」

 

二人は薄く笑いあってその場を後にした。その様子を見ていたエリカが寿和に話し掛ける。

 

「何話してたの。珍しく真面目そうに話してたけど」

「お前は一言多いなぁ、全く。彼はエリカ達を頼む、と頭を下げてきたのさ。あの子からしてみればお前達が戦場に足を運ぶのも本来なら阻止したいんだろう」

「ふーん……ま、私達ならそんじゃそこらのテロリストになんか遅れはとらないのに」

 

年下の芺を“あの子”呼びした寿和はそういうエリカの本心は別の所にある事が分かったが、それを言ってしまっては反撃が怖いため心の中で思うだけに留めておいた。

 

防衛組が出発した後、ヘリの周りに残っていた面々は厳しい面持ちをしていた。

 

「ヘリはいつ頃到着の予定でしょうか」

「あと二十分程だそうです」

「あと二十分ですか……それまで、市民の皆さんとこの発着スペースを守らなければなりませんね」

「大丈夫よ、皆なら必ず撃退してくれる」

 

(でも皆……無理はしないでね)

 

───

 

防衛地点に到着すると、五十里が敵の接近を知らせる魔法を張り巡らせる。準備も万端といった所で、芺が口を開いた。

 

「皆さん、俺の後ろに下がっていてください。もし自分が取り零せばそれの対処をお願いしたいのですが」

 

芺は口調から分かる通り最上級生の摩利がいるため皆に敬語で語りかけた。その発言に摩利達をは異を唱える。

 

「まさかテロリスト達を一人で相手する気か?」

「そうだぜ芺。俺達だって毎日ボケっと過ごしてるわけじゃねえ。お前が身を呈してまで守る程、俺も壬生も弱くない」

「それはそうだがな……」

 

芺は“危険だ”と言う前に摩利に口を塞がれる。

 

「危険だ、などと言うつもりではあるまいな。そんな事は百も承知だ。我々も戦う」

「ですが!」

「はぁ……分かった分かった。芺、お前が先陣を切れ。それでどうだ?」

 

摩利は芺の性格をよく知っている。もちろん桐原や五十里もだ。芺は昔から周りの人間が傷つく事をやけに嫌う節がある上に、もし身内が見も知らない悪意に傷付けられでもすればひとしきり悔やんだ上に報復行動に移りかねない危うさがあった。恐らく四月のブランシュ事件でもあのまま放置しておけば一人でブランシュを壊滅させていたし、九校戦で摩利や森崎が怪我をした時にも珍しく感情を露わにしていた。裏で暗躍していた香港系の犯罪シンジケートの壊滅に手を貸したという信憑性のない噂も出ていたくらいだ。

そんな芺がテロリストとの戦闘に仲間を参加させる事をまともに承諾するはずがなかった。そのためこの問答が起きる事も予測していた摩利はサクッと結論をまとめる。

 

「分かりました。ですが可能な限り自分の前には出ないでくだ……」

「わーったわーった。隣なら文句ねえよな」

 

桐原が芺の肩に手を置いてニヤリと笑う。芺も堪忍したと言わんばかりにため息をついた。何か言おうと口を開きかけた芺だが、仲間に迫る悪意に芺は反応する。

 

「五十里」

「……うん、来たよ!」

 

芺が五十里に声をかけたタイミングで五十里の探知に大亜連合の直立戦車が引っ掛かる。全員が迎撃体勢に入った。

芺が腰に付けていたポーチから銀色の小さな球体を取り出し、斜め上方向に放り投げた。芺の視界には二つのアルミ製の小さな球と、奥に二体の直立戦車。芺が汎用型の方の拳銃型デバイスを抜く。芺がトリガーを引いた瞬間、芺が放り投げたアルミ製の弾は爆発的な加速を帯び、戦車を木っ端微塵に破壊した。『電磁砲』と言われるこの魔法は北山潮から提供を受けた魔法式、厳密に言えば彼の妻が知っていた代物だ。

その威力と速度を間近で目にした壬生や千代田は驚きを隠せておらず、摩利は半分呆れていた。

芺はCADを構えながら歩き出す。

 

「可能な限り、前に出ないでください」

 

得意げに言った芺だが、次に彼の視界に入ったのは全力疾走する桐原だった。

 

───

 

芺達の布陣は前衛に芺と桐原。中衛に千代田と壬生。その間に摩利を置き、後衛には五十里を配置しており、彼らの適性を考えると完璧な布陣だった。二人の剣士が目に付く歩兵と戦車を斬り倒し、摩利がその援護。千代田と壬生は主に中距離〜の戦車の戦力を奪い、五十里も後ろから指示と援護を飛ばしていた。

 

「うおおおおおおっーーー!」

 

『高周波ブレード』を展開した桐原が自分の二倍以上も大きな直立戦車に刃を立てる。芺からライフルの避け方、弾き方講座を受けた事のある桐原は率先して前衛を担っていた。

芺は今日はずっと使っている専用の武装デバイス『鬼灯丸』で直立戦車と歩兵を文字通り真っ二つにしていた。そのおかげで芺が残す肉片は中身を撒き散らしているものもあり、見るに堪えなかったが、芺は戦意を削ぐ目的でテロリストの身体を両断していた。

『鬼灯丸』を握った芺が得意とする魔法は『圧斬り』。細い棒や刀に沿って極細の斥力場を形成し、接触したものを割断するこの魔法を芺は容赦なく振るっていた。

離れた敵には刃を導線に直線に伸びるような斥力場を形成し、まるで『圧斬り』を飛ばすような形で対応していた。戦車に対しては『電磁砲』で遠距離からの攻撃を許さなかった。それに加え味方を狙う銃弾を弾く対物障壁も展開しているため、想子の消費が激しかったが、身内の安全とそれを天秤にかけるのであれば、芺は迷いなくフルパワーを行使するのは明白だった。

芺の黒い刃が直立戦車を両断する。飛び上がった芺はそのまま上空から、遮蔽物に隠れて対魔法師用に強化されたライフルを連射するテロリストに向かって『圧斬り』の飛刃を放つ。魔法的な防除を有さない彼らは抵抗する事もなく物言わぬ肉塊に成り果てた。

そして落下しながら芺はアルミ製の球体を投げ、視界の奥に捉えた直立戦車に向かい『電磁砲』を放った。青い閃光が輝いたかと思うと、回避も防御も許さない弾丸が直立戦車を穿つ。

 

「芺ィ!張り切ってんなあ!」

 

また一人テロリストを地に伏した桐原が楽しそうに呼びかける。正直なところ、桐原は剣術勝負で芺に勝てる事はほとんどない。しかし、芺と斬合う瞬間が彼にとってまさしく()()をしている時間だった。しかし彼も人間、嫉妬もするし憧れも抱く。桐原は芺に追い付こうとしながら、また単純な剣士としての憧れも抱いていた。そんな彼と背中を突き合わせ、共に戦場で刃を振るうことを彼は不謹慎にも楽しんでいるようだ。

 

「お前もな。こうでもしないとお前らを守り切れない」

「だからな芺、俺達は……」

 

芺は少し息を切らしながら返答する。元々トップクラスの想子量を持つ訳でもない芺は多量の想子を使用する『電磁砲』の連射で消耗していた。桐原が喋っている途中に銃弾が彼らを襲う。芺もかなり消耗してきているのか反応が遅れたが、持ち前の処理速度で芺が対物障壁を展開し、敵がリロードするタイミングで桐原が突貫する。奥からの直立戦車は千代田と壬生により事実上無力化され、桐原の『高周波ブレード』、芺と摩利の『圧斬り』により敵の前衛は壊滅した。

芺達の周りには多数の残骸が残っている。直立戦車や装甲車、そしてもちろんその中には人間も含まれている。かなりの数に達したが、侵攻軍の勢いはまだ止まない。

芺は前方を薙ぎ払うように最後の『電磁砲』を放った。二十個近く用意していたアルミ製の最後の一個を消費する。それに追随するように上空から氷の礫が広範囲を埋め尽くすように発射された。援軍が来たと分かった芺は堪らず膝をついた。

 

「はぁっ……はあっ……すみません。後は頼みます」

 

最低限の想子しか残っていない芺は敵の殲滅を援軍と桐原達に任せる事にした。芺が知覚する敵の数は残り六人。桐原や摩利達なら万が一にもしくじらない相手だ。

 

「あ、七草先輩からだ」

 

芺は千代田の気の抜けた声に一瞬思考が停止する。そして真由美の声と共にロープが降りてくる音が聞こえた。芺は回らない頭で思考する。千代田達の雰囲気は完全に()()()のものだ。芺は理解に数瞬の時間を要した。芺はまだ()()()()()()()()()()()。千代田達はまだ敵が殲滅しきれていない事に気付いていなかった。

 

芺の視界に対魔法師用に採算を度外視して作られた高威力のライフル六丁が一斉に銃口を向ける光景が映った。

 

「全員伏せろ!!」

 

芺は言葉に後悔と焦りを滲ませながら摩利を多少強引に突き飛ばす。そして直ぐに立ち上がりながら皆の前に立ち対物障壁を展開した。咄嗟に展開した出来の悪い対物障壁。しかしそれでも芺の干渉力を持ってすればいくらあのライフルでも芺の防御を突破できなかった。

同時に、芺は理解していた。あと数秒足らずで自分の想子は底を突く。芺の思考はやけにクリアだった。背後では恐らく桐原は壬生を、五十里は千代田を庇っているだろう。しかし遮蔽物のない今、芺の対物障壁が消えれば摩利達は銃弾の雨に晒される。

 

それだけは、避けなければならない。

 

 

そこからの芺の行動は早かった。芺はこの十数分の先頭の間の斬り心地から、直立戦車と装甲車では装甲車の方が防御が厚い事を理解していた。芺は道の両脇に転がる装甲車の残骸に彼が十八番とする移動魔法『縮地』を使用する。今回は攻撃の威力の上乗せのために停止するプロセスをカットしたバージョンではなく、停止までをプロセスとした『縮地』である。そして間もなく、半秒未満で発動した『縮地』は、問題無く動作した。

 

芺は自分の身体から何かが抜け落ちるような感覚を覚えた。それは想子の枯渇。魔法師なら無意識的に展開するエイドス・スキンさえ失った芺は、自分の対物障壁を超えて進む装甲車の残骸を確認した。

芺には特に後悔は無かった。今あるのは安心と諦観。強いて言うなら、今後彼らを守る事ができないと言ったことだろうか──

 

 

 

 

 

 

芺の肉体から、鮮血が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

芺の対物障壁を砕くかのように速度を上げた装甲車の残骸が、摩利達の前で急停止する。遮蔽物を手に入れた摩利や桐原達は驚いたが、その精度から直感的に芺の魔法だと理解した。

そして聞き慣れない音と共に銃声が止む。遮蔽物から顔を出した彼らが見たのは

 

「芺!」

「芺君!」

 

大量の血の上に倒れる、肩口と腹を抉られ、右足を失った芺だった。

 

壬生は腰が砕けたように座り込んでしまう。五十里は思わず立ちすくみ、千代田も両膝をついて口を抑え青ざめた表情をしていた。

 

「芺、返事をしろ芺!」

 

摩利は血に濡れる事も厭わずに芺に擦り寄る。

 

(ダメだ……出血が多い、このままでは、間に合わない)

 

摩利が五十里に応急処置を頼もうとした所で、彼らはすぐ側で魔法の発動を感知した。

 

「よくも……よくも芺をぉっ!!!!」

 

桐原が感情に任せて走り出す。もちろん、標的は芺を撃ったテロリストだ。そのテロリストも未成年を死に至らしめる致命傷を負わせた事に正気に戻ったのか発砲を忘れていたが、明確な殺意をもって迫る桐原を見て再度銃口を向ける。

 

「桐原君……っ!ダメ!」

 

壬生が嗚咽混じりの悲痛な叫びを上げるが、桐原は止まらない。彼には今何も聞こえていなかった。しかし桐原の刃がテロリストを切り裂く事はなく、同時にテロリストの凶弾が桐原を撃ち抜くこともなかった。

上空から舞い降りた絶世の美少女が、テロリストを凍結させる。

突如として仇を討たれた事に桐原は立ちすくみ、背後にある信じ難い現実が彼を襲っていた。

ヘリから飛び降りた深雪は空に向かって悲痛にも聞こえる声で助けを乞うように叫ぶ。

 

「お兄様!」

 

『ムーバルスーツ』を装着した司波達也が飛行魔法を操作して深雪の傍に降り立った。

事情を承知していた達也はヘルメットから顔を見せ、もはや風前の灯である芺の元へ足早に向かう。

追い付いた深雪が達也の腕に縋るようにして懇願した。

 

「お兄様、お願いします!」

 

その言葉を受けた達也が愛用のトライデントを芺に向ける。基本的に他人にCADを向けるという事は敵対行動に他ならない。

 

「達也君、何をする気だ!」

 

涙を堪えきれていない摩利が理解し難い行動に悲痛な声で達也に問掛ける。一刻を争う事態の芺のため、達也はそれを無視して魔法発動の兆候を見せた。

 

(エイドス変更履歴の遡及を開始…………っ!?)

 

達也は『精霊の眼』により芺のエイドスを読み取っていた。その過程で達也は驚愕により思わず表情を変えたが、それは深雪にさえ気付かれる事が無かった。いや、気付いてはいたが、それが驚愕であり、痛みではなかった事までは分からなかったのだ。

 

(……まずはこちらが優先だ……復元地点を確認。復元開始)

 

動揺を押さえ込んだ達也がCADの引き金を引く。芺の身体から淡い光が漏れたかと思うと、そこに有り得ざる『奇跡』が起こった。

 

芺がゆっくりと身体を起こす。彼の身体には傷一つ残っておらず、千切れた脚さえも元通りになっていた。

 

(復元、完了……)

 

当然だが芺は何が起こったか分からず、珍しく驚きをそのまま表情に出していた。芺は自分の身体を見回している、そこには穿たれた肩も腹も元通りになっており、千切れた脚さえも繋がっていた。芺は言葉を失って呆然としていた。

 

芺を文字通り『再成』した達也は深雪を抱き締めて労いの言葉をかける。そして直ぐに飛び立ち自らの持ち場へ戻って行った。

 

(まさか俺が()間違えたのか……?そんなはずはない、あの場面で情報の偽装が可能な人間はいなかった。もちろん死にかけていた芺さん本人もだ。しかし、それなら──)

 

(確認が必要だ。しかしまずは目の前の状況を打破しなければ)

 

普通の人間ならば動揺でそれどころでないはずだが、達也はその動揺と情報を確かめたいという欲求を捩じ伏せ、夕暮れの空をこの侵攻を終わらせるために速度を上げて飛行を続けた。


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