魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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来訪者編
第三十八話


西暦二〇九五年 十月三十一日。それは日本近海で起こった。軍事都市と艦隊を一瞬で消滅させた大爆発。後世に『灼熱のハロウィン』として知られる歴史的大事件──これに多くの国が注目する。中でもUSNA(北アメリカ大陸合衆国)軍は、爆発が戦略級魔法師によるものとし、術者の正体を絞り込んだ。

驚くべき事にその容疑者の中には高校生が二人。魔法科高校一年、優等生(ブルーム)である司波深雪。そしてその兄、雑草(ウィード)と揶揄される二科生、司波達也である──

 

───

 

横浜事変──大亜連合軍の横浜侵攻と『灼熱のハロウィン』から数日、魔法科高校の生徒達の日常は難なく再開していた。

 

「よっ、芺。横浜ぶりかな」

「はい、摩利さんもお変わりないようで」

 

風紀委員会本部で委員長の千代田に代わって事務仕事を進めていた芺の元に現れたのは、元風紀委員長であり芺の先輩にあたる渡辺摩利だった。

 

「その、怪我の方は色々と大丈夫か?」

「はい、元より切り傷のようなものでしたから。ご心配をおかけしました」

「全くだ。今後はもう無茶はしてくれるなよ?」

「ええ、可能な限りは善処し……」

 

“そういうとこだぞ”と、芺のデスクに腰掛けていた摩利は資料を丸めて芺の頭をポンと叩く。

芺は適当に──と言っても親しみを残した様子であしらいながら、作業を続けていた。

 

「たっだいまーー!」

 

鼻歌を唄いながら勢いよくドアを開け放ったのは現風紀委員長の千代田。もちろん後ろには五十里が続いていた。

 

「ここは家じゃないぞ」

「げっ、なんで芺君がいるのよ。それに摩利さんも」

 

分かりやすく鼻歌を歌っていた上機嫌千代田は、キツイ言葉を放った反面恥ずかしかったのか顔を赤らめていた。

 

「ひどい言い草だな、花音。私がいちゃいけないのか」

「いやいやそんな!!」

「ちなみに俺は誰かさんが放り出している事務仕事をしている」

「うぐっ……」

 

千代田が大袈裟に胸を抑える。大分効いているようだった。そしてその様子をニコニコと眺めていた五十里に花音が縋りつくいつもの風景が目に入った。

 

「ふふっ、あんまり花音をいじめないであげてね」

「ああ、善処する」

 

今回は摩利からの一撃が来なかった事を確認しながら作業を続けていると、千代田は風紀委員長のデスクに座り、五十里も傍に椅子を出して座った。

 

「そういえば、芺君はもう怪我は大丈夫なの?」

「もうほぼ完治している。心配をかけたな」

 

先程、最大級の皮肉をプレゼントされた千代田が芺に問い掛ける。

 

「よかった。さすがは『虎狩り』ね」

 

その発言を聞いて芺は頭を抱え、その様子には五十里はクスッと、摩利はフッと噴き出していた。

 

「勘弁してくれ……」

 

お返しをしてやったと言わんばかりの千代田の顔はどこか摩利と似ていた。そして『虎狩り』というのは事情を知る一部の中で誰かが言い出した(芺曰く)センスのない二つ名である。もちろん芺の。

先の横浜事変において、千葉エリカは千葉の娘という看板も相まって、あの大太刀で数々の戦車を叩き斬った武勇を称えられていた。それはもちろん、九校戦の頃から一部の人間に何かと注目されがちな柳生家の次期当主も同様だった。あの『人喰い虎』を近接戦闘で打倒したとして、事変の詳細を知り得る国防関係者、治安関係者の幹部層から芺は『虎狩り』といつの間にか呼称されていた。もちろんそれは事件の当事者かつ大きな家の者にはどこかから伝わるのだ。芺はどうせならもう少しカッコイイ名前はなかったのかと考えた。他に異名を持つ魔法師といえば、それこそ『人喰い虎』呂 剛虎や、『幻影剣(イリュージョンブレード)』こと千葉修次。そして『極東の魔王』四葉真夜。身近なところで言えば『レンジ・ゼロ』の十三束や『エルフィン・スナイパー』七草真由美だろうか。その中にどうしても『虎狩り(タイガー・ハンター)』では名前負けしている感が否めない。いや、実際実力では異名を持つほとんどの人間には敵わないのだが……などと少し自虐的になった芺は弁明を始める。

 

「まず第一に呂 剛虎を倒したのは俺ではなく、俺とエリカとレオ君だ。それに摩利さんはよくご存知でしょう。呂 剛虎は二度も致命傷を受けた状態でしたから」

 

早口でまくし立てた芺はふと、もっと身近に異名を持つ人間がいた事を思い出したが、同時に『虎狩り』に対してやたらと好印象を持っていた沢木の存在も思い出し、芺は心の中で笑みを浮かべてから作業に戻った。

 

───

 

芺はその後部活に顔を出し、少し身体を動かしてすぐに下校時間になっていた。沢木や十三束と一緒に帰るつもりだったが、風紀委員会本部に忘れ物をしていた芺はそこで別れて一人で帰る事にした。

 

「あ、芺さんだ!こんな時間に珍しいですねー」

 

そう元いた一団から離れて芺に話しかけてきたのは千葉エリカ。その後ろには達也達一年生一行がいた。

 

「芺さん、お疲れ様です。今日は部活に行かれていたんですね」

 

皆が口々に挨拶する中、次に話しかけたのは深雪だった。

 

「ああ、忙しい身だが、自分の鍛錬の為にも後輩を鍛える為にも出来るだけ顔を出さなくてはな」

「素晴らしいお心がけです。さすがは芺さんですね」

 

芺は笑顔で感謝を返す。

 

「君達も部活帰りか?達也君は確か今日は当番だった気がするが」

「はい。俺の委員会が終わる時間帯に深雪達が合わせてくれていますので」

「なるほどな。いい妹さんと友人を持ったな」

「……よして下さい」

 

隣で照れ照れしている深雪を見て達也は少し恥ずかしそうに顔を伏せる。そのまま成り行きで──半ば引きずられるように一年生一行と帰る事になった芺だが、たまにはいいかという心持ちで帰路についた。

レオや雫、ほのかには怪我の心配をされたり、幹比古や美月には『眼』について意見を交換したり、達也や深雪とは単純に雑談をしながら帰る時間は、芺にとって珍しいものであり、傍から見てもとても微笑ましいものだった。

しかし、一人だけ、ずっと訝しげな顔をしている者がいた。今は司波兄妹と話す芺を半ば凝視するように見つめていた赤髪の美少女は、レオに声を掛けられて我に返り、そのまま芺が嫌がるのを知っていながら、最近付けられた異名で呼んで共に帰って行った。

 

───

 

二〇九六年元旦──羽織袴の達也は振袖姿の深雪と共に初詣に来ていた。神社に到着した二人を待っていたのは、洋服姿のレオと美月。そして振袖姿のほのかである。

 

「わっ!深雪さん綺麗ですね……!」

 

一番に声をかけてきたのは美月だ。完成された非の打ち所のない美貌を持つ深雪の振袖姿に美月は感激していた。同席しているほのかはもちろん達也の方に走りよっていく。美月も深雪ばかりでなく達也にも新年の挨拶をした。

 

「あけましておめでとうございます、達也さん」

「よくお似合いです!羽織袴……少し意外でしたけど……」

「あけましておめでとう。ほのかもよく似合っているよ」

 

達也の本心からの言葉にほのかはうっとりとした表情を見せた。どうやら頭の中で達也の言葉を反復しているらしい。

 

「でも意外ってことはやっぱり少し違和感があるのだろうか?」

「そんなこたぁないんじゃねぇの? 達也、良く似合ってるぜ。何処の若頭って貫禄だ」

 

達也が自分の姿を見ながら独り言のように呟く。それに対して別のところから声がかかった。

 

「でもどっちかって言うと達也君は与力か同心みたいなイメージだね。それに若頭と言うならあちらの方がそれっぽいと思うよ」

 

カウンセラー小野遥を伴って現れたのは、知る人ぞ知る高名な忍術使い、九重八雲だった。

八雲がニヤニヤしながら示した先には統一感のある和装に身を包んだ一団が闊歩していた。そしてその先頭を歩く三人の内、二人には達也達が知る人物であった。

 

「兄さん!くじ引きしてきてもいいかな!?」

「構わん、行ってこい」

 

「……」

「彩芽、綿菓子が食べたいなら好きに食べてくれて構わないが、まずはその手のりんご飴を食べてからにするといい」

 

「ん?竜胆さんはどこにいった?」

「はっ!現在射的に興じられております!」

 

「皆楽しそうねぇ〜!」

「はしゃぎ過ぎだ。帰ったらみっちり……」

 

その集団は、羽織袴を着た芺と、着物姿の茅、袴の上からでも分かるほどガタイの良い父親、鉄仙達を先頭に門下生や使用人数十名が後ろに付き添っていた。

 

「……確かにどこかの組って言われても違和感がねえな」

 

レオが半笑いで同意を示したところで、芺も後輩達に気付いたようだった。

 

「知り合いか、芺」

「はい。高校の後輩達です」

 

芺が淡々と答える。愛想が無いと見えるかもしれないが、この剣術家親子の会話は普段からこんなものである。

 

「司波達也君や深雪さんもいるわね」

 

茅はそう言いながら手を振っていた。

 

「芺、挨拶をしてきなさい」

「……よろしいのですか?」

 

芺の言葉は“家族で来ているのに構わないのか”という意味だったが、それを理解した上で鉄仙は挨拶に行くように言った。芺も無視するのは心象が悪くなると思ったため、柳生家の皆に一言断りを入れてから達也達の元へ歩いてきた。

 

「芺さん、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます」

 

歩いてきた芺に美しい、見惚れるような動作で新年の挨拶をする深雪。その様子には周りの参詣客が思わず振り返るほどだ。妹の挨拶に合わせて達也も頭を下げる。それに続いてレオや美月達も次々と新年の挨拶を交わした。

 

「ああ。あけましておめでとう。今年もよろしく頼む」

 

同じく腰を折っていた芺が顔を上げると、目の前には絶世の美女とはこういうものだと言わんばかりの美貌が目に入る。芺は達也とほぼ同じ程度の身長のため、どうしても深雪と目が合う時には彼女はある程度上目遣いがちになる。何度も見たことがあるとは言え、二年生である芺はレオや美月達ほど彼女の顔を拝むことが多くない。他人の容姿には特に興味が無い芺と言えど、振袖姿も相まって今日の深雪の笑顔は直視し続けるのには難易度が少し高かった。

 

「それにしても……とてもよく似合っているな」

「ふふ、恐れ入ります。芺さんの和服姿もとてもよくお似合いです」

「深雪くんは吉祥天もかくやという麗しさだからねぇ」

 

先程述べた通り、容姿に無頓着な芺でさえ少し困る程なのだから、一般人からしてみれば見つめざるを得ない深雪は、周りから沢山の視線を受けていた。

 

「しかし、周りとは違う視線を向ける者が一人」

「……達也君、心当たりは?」

「いえ、特には」

 

同じく気付いていた芺が表情を変えずに問い掛ける。

 

「芺君、どう思う?」

「そうですね……」

 

芺は小野遥の質問に一瞬頭を捻る。

 

「あくまでも()()ですが、戦闘の鍛錬を積んだ相応の手練だと思われます」

「え?まずそれよりも……」

 

小野遥がそう言うのも無理は無い。なぜなら……

 

「もう少し、何というか見た目が変だとは思わない!?」

 

達也達を見つめるそのブロンドの少女の服装は、戦前のギャル系ファッションをあべこべに組み合わせたようなもので、とてつもなく不自然だった。なのだが

 

「とても美人だと思いますが?歳も我々と近いですし……」

「いや!服装とか!」

「?若々しいとは感じましたが……」

 

芺は詰め寄ってきた小野遥に少し身を引きながら答える。皆が顔を見合わせた。この裏では金髪の少女を見つめていた達也の行動に嫉妬を覚えた深雪が冷ややかな冷気を放っていたが、達也の“お前ほどではない”という発言でいつもの熱々なムードに早変わりした。

芺のファッションセンスに大きな疑問が生まれたタイミングで、達也達を見ていたその金髪のファッショナブルな少女は食べていた綿菓子を食べ切り、こちらに歩いてきた。達也は思い出す。

 

──身の回りには気を付けなさい。既に『スターズ』は深雪さんと貴方を容疑者の一人として特定しています

 

真夜のこの一言を思い出しているうちに、件の少女は達也達とすれ違うようにして去っていった。


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