魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第三十九話

冬休みも終了した一月上旬──交換留学に行った雫の代わりに、USNAからの留学生が第一高校にやって来ていた。彼女の名はアンジェリーナ・クドウ・シールズ。漆黒の髪の深雪とはまた違った美貌を持つ金髪碧眼の美少女だった。

その日の放課後、第二実習室において件の留学生リーナと、司波深雪の魔法力勝負が行われていた。棒の上に置かれている金属球を相手の方向へ転がした方の勝ちという単純明快なルールだ。結果は深雪の二つ勝ち越し。魔法の発動は僅かにリーナの方が早かったが、事象干渉力で深雪が上回ったのだ。しかしその勝負は全くの互角であった。

 

「まさかあの深雪さんと互角の勝負を繰り広げられる人物がいたとは思いませんでした」

「全くだ。司波と同年代で拮抗する実力の持ち主がいたとはな……」

 

その勝負の行方を、上から見ていたのは“信じられん……”と付け足した摩利、巡回中に休憩(サボり)に来た芺。そして余り面白くなさそうな顔の真由美だった。二人の指摘を聞いて、同意見の真由美はあまりポジティブな気持ちにはなっていなかった。

 

「何か、一波乱起きそうな気がするわね……」

 

その意見には芺も心中で同意せざるを得なかった。彼女の顔と雰囲気は、初詣の際に見たあべこべギャルファッションの少女と同じだったからだ。

───

 

翌日、放課後に芺が風紀委員会本部に出向くと、そこには件の留学生がいた。

ドアを開けると視界に飛び込んできた金髪碧眼の美少女は、あの深雪に勝るとも劣らない美貌を持っていることを芺は改めて確認する。だからといって何か対応が変わる訳でもないのだが。

芺は今でこそ九校戦での実績や、横浜の事変の際の活躍により二年生の中では認知されている方である。しかし知らない人間から見ると、彼は中々に取っ付き難い容姿をしていた。ポーカーフェイスではないが、表情は読み取りにくく、目付きは鋭い上にそこまで多く喋るタイプではないからだ。もっとも親しい人間とはその限りではないし、芺もここまで来てイメチェンする気はない。先輩に雰囲気が『細い十文字』と言われた事も気にしていない。

何が言いたいかと言うと、突然気配も感じさせずに現れた芺の方をリーナが思わず振り向いたのだ。本部の時間が一瞬止まる。微妙な雰囲気に千代田が噴き出した事で、止まった時間はまた進み始めた。

 

「心配しなくていいわよリーナさん。彼、見た目は怖いけど良い奴だから」

「驚かせてしまったのならすまない。風紀委員会で副委員長を務めている。柳生 芺だ」

「貴方がヤギュウさん……。初めまして、アンジェリーナ・クドウ・シールズです。よろしくお願いします……や、ヤギュウさん」

 

慣れない発音なのかリーナはとても呼びにくそうだった。それを見た()()()である芺は出来るだけ柔らかな雰囲気で話す。

 

「もし、柳生が呼びにくければファーストネームでも構わないが」

 

思いがけない気遣いにリーナは分かりやすく表情を変えるが、すぐに持ち直した。

 

「では、お言葉に甘えて。短い間ですがよろしくお願いします。アザミさん」

「こちらこそ。困った事があれば遠慮なく言ってくれ」

 

形式的な初対面の挨拶を交わしたところで、二人の会話を聞いていた千代田がリーナに尋ねる。

 

「ねえ、さっきの言い方だと芺君の事知ってそうだったけど。やっぱり有名なの?」

 

千代田はデスクにもたれながらリーナと芺の方を見る。芺も気になっていたことだった。それを聞かれたリーナは一瞬、目を見開いたかのように見えたが、すぐににこやかな笑顔で答えた。

 

「ええ、実はエリカが“強い人がいる”って、アザミさんの事を言っていたから……」

「そういうことねー、確かに芺君は強いもんねー、なんてったって『虎……』」

「千代田」

 

芺の射殺すような視線が千代田に突き刺さる。

 

「そう言えば生徒会への書類の提出が遅延していると聞いたが、どこで止まっているか知らないか」

 

芺は本当に心当たりがない様子(演技)で千代田に尋ねる。“この悪魔……”という呟きが聞こえたが芺は知らない振りをしていた。

そんなやり取りをしていると風紀委員会本部の扉が開く。そこにいたのは達也だった。

 

「芺さん。お疲れさまです」

「ああ、達也君もお疲れ。丁度いいな。巡回に出てくる」

「はい。お気を付けて」

 

千代田とリーナに挨拶をして芺は本部を出る。達也が委員長のデスクの方を見ると、机に突っ伏していた千代田が顔を上げて達也の方に歩いてきていた。今までの経験から、芺に言い負かされたのかとあたりを付けた達也は特にフォローはせずに千代田の発言を待つのだった。

 

──一波乱ありそうね。その言葉を思い出した芺は、先程リーナがなぜ()()()()()のか思案しながら、巡回を始めていた。

 

(上手く誤魔化していたが、嘘をついたのはひと目でわかった。しかしエリカから聞いたというのもあながち嘘ではなさそうだった。となると……『虎狩り(タイガー・ハンター)』の名の方だろうな。それなりの諜報機関がバックに付いているか、もしくは……軍属か)

 

そこまで思考が至った時点で、リーナが諜報員としては訓練をされた様子が見られないことからまた芺の考えは振り出しに戻るのだった。

───

 

その日の夜、宿泊──潜伏しているマンションの寝室で寝ていたリーナは、同居人兼スターズ──USNA軍統合参謀本部直属の魔法師部隊の惑星級魔法師(スターズは一等星級、二等星級、星座級といった風にコードネームが割り振られる)、『マーキュリー』であるシルヴィアに叩き起された。

その理由はスターズ第一部隊隊長、スターズの中でもトップクラスの実力を誇る実質的なNo.2、ベンジャミン・カノープスから緊急の連絡が来たからであった。寝間着姿のリーナは急いでディスプレイに走る。格好が格好のため、音声のみの通信ではあった。

 

「総隊長。お休みのところ申し訳ございません」

「構いません。一体何が起こったのですか」

 

あのカノープスが時間も憚らず緊急の通信を寄こしたのだ。リーナが焦るのも無理はない。

 

「先日脱走した者達の行方が分かりました」

 

スターズの総隊長であるアンジー・シリウス──リーナは、いわゆる『灼熱のハロウィン』を起こした術者の正体を探るために日本に来ていた。昨年十月に観測された戦略級魔法と思しき魔法。それを使用した容疑者して絞られた司波達也と司波深雪の通う魔法科高校への潜入捜査が今回の任務だった。

 

しかしその前にUSNAでも無視できない事件が起こっていた。USNA軍から十二人もの魔法師が脱走し、行方をくらませていたのだ。USNA軍は脱走した者たちの足取りを二人しか追うことが出来なかった。脱走し、行方不明となった魔法師には一等星コードネームを持ち、『パイロキネシス』を得意とする()()()()()()()()()()()()()()()も含まれている。

 

「……ベン、それはどこですか」

 

リーナは彼らの脱走に心を痛めていた。何故なら、次彼らと出逢えばその時には軍規に背いた脱走犯として彼らを処刑せねばならないのだからだ。嫌な予感を振り払う為にもリーナは答えを急いだ。

 

「日本です。……横浜に上陸後、現在は東京に潜伏しているものと思われます」

「何故日本に……しかもこの東京でですか?」

 

リーナは運命のイタズラとしか思えない出来事に声を震わせた。

 

「……統合参謀本部は追跡者チームを追加派遣することを決定しました。私も同行する可能性があります」

 

スターズの総隊長に加えて第一部隊の隊長まで派遣するとなれば、いよいよ事態は深刻である。

 

「日本政府は知っているのですか?」

「いえ、秘密作戦です。総隊長、参謀本部からの指令をお伝えします。アンジー・シリウス少佐に現在与えられし任務を優先度第二位とし、脱走者の追跡を最優先せよ──とのことです」

 

リーナの頭に過ったのは先程の嫌な予感。愛称で呼ぶ程の仲の同僚を、この手で始末する。彼女は通信越しのカノープスにその逡巡を悟られないよう、努めて冷静な様子で返事を返した。

 

「……了解しましたと、本部にお伝えください」

 

───

 

その翌日、一月十五日。第一高校を始めとした生徒間、否、社会全体ではとあるニュースが一面を飾っていた。

朝、いつもより遅くに登校した芺はとてつもなく厳しい目線でその『吸血鬼事件』と大々的に書かれた端末の画面を睨みつけていた。

 

「あの〜……芺君?」

「芺、何かあったのか」

 

二人の言葉に芺はハッと我に返る。芺は自分の表情を制御出来ていなかったことに気付いた。

 

「いや、すまない。何でもない」

「そうですか……?あ、『吸血鬼事件』……」

「衰弱死した全ての被害者から約一割の血液が抜かれているという事件だったか」

 

あずさが芺の見ていた画面の表示を覗き見る。朝から校内を賑わせているその事件について服部は知っている素振りを見せた。

 

「そうだ。それも都心で起こっている。二人とも、くれぐれも外出する時は気を付けてくれ。決して一人にならないように」

 

そう語る芺の言葉には有無を言わさぬ圧があった。芺は再三言うが、あまり気持ちを表立って表情に出すことは無い。芺が修める新陰流の教えの中にも、常に安定した心を持って、相手に応じて自在に変化、転化、対応する事を大事とするものがある。

それにより芺は比較的達観しており、物事を冷静に客観視し、常に落ち着いて余裕を持つことが出来ていた。しかし今の芺にその余裕はなかった。その点は未熟とも言えるが、彼はまだ十七歳。事と次第によっては余裕を保つことは難しかった。

 

「まさか、芺……」

「それ以上は言うな。この事件にもあまり関わらない方がいい」

 

悲しさと怒りをごちゃ混ぜにしたかのような芺の表情に二人は頷くことしか出来なかった。次の日、芺は学校を珍しく欠席した。

 

柳生家道場から門下生の一人が亡くなった事を知った芺は、自分の実力不足に異常な程の後悔を感じていた。

思えば、ずっと彼は後手に回っていた。いつも被害が起きてからしか動けなかった。突発的な殺人を一個人である芺が防ぐ事など不可能に近いと頭では分かっていても、心はそうはいかなかった。

最初は、家族を、身内を、仲間を護るために強くなると決意して血の滲む鍛錬に励んできたのにもかかわらず、彼の周りからついに帰らぬ人が出てしまったことに、芺は自分に対して強い憤りを感じていた。

それが自分の無力感への怒りだと分かっていても、それを捨てられずにはいられなかった。

 

翌日も、芺は野暮用を済ませてから夜の街に繰り出した。吸血鬼事件は都心でよく起きている。亡くなった門下生は、どれだけ低く見ても平均を優に超える戦闘力を有していた。実際によく教えていた芺が言うのだから、間違いはない。そんな手練が斃されたのなら、徒に人数を捜索に増やせば良いものでは無い──昨日、友人に一人になるなと言ったはずの芺は、自らの手で事件を解決したいという自らの心理に気付くことが出来なかった。

気配を消して歩いていた芺の眼に、歪なものが写った。まるで認識阻害のような空間が広げられていたのだ。精神干渉の類には稀有な耐性を持つ芺は、直感に従ってその領域に踏み込んだ。視覚と聴覚と触覚に全ての神経を注ぎ込む。

 

(……見つけた)

 

芺は太ももの辺りに装備している伸縮刀剣型CADを抜いて、気配のする方に走っていった。眼の痛みは気にならなかった。

 

───

 

ほぼ同時刻──

 

⦅また不適合か⦆

 

そう口を動かさずに話す者達の目の前には、ベンチに寝かされた女性がいた。彼女は意識を失っているようだった。血液の約一割を失って。

 

⦅ダメですね。定着せず戻ってきてしまいました。何か条件があるのかもしれません。それを突き止める為にも、もっとサンプルが必要です⦆

⦅ムッ!?我々のサイキックバリアを突破した人間がいる。三人……いや、四人か。……こちらは()()、退くか?⦆

 

撤退を提案した黒コートにシルクハットの覆面に、似たような格好の白い覆面はこう答えた。

 

⦅いえ、折角のチャンスです。このサイキックバリアを踏み越えてくる程の素質ならば今度は適合するかもしれません⦆

⦅なるほど、では私が行って相手をしよう。みんなもそれでいいな⦆

 

そういって黒覆面は虚空を見上げた。そこに悍ましい()()がいる事に一体どれだけの人物が気づけるだろうか。

どうやって返答を受け取ったのか不明だが、覆面達は会話を続ける。

 

⦅我々はここに残る。こちらに猛スピードで近付く者がいる⦆

 

そう初めてコミュニケーションを取ったのは覆面から金髪が見え隠れする覆面の黒コート。それに白覆面が頷いたのを見て、黒覆面は動き出した。

 

───

 

芺は最初に感知した公園の中に近付いていた。その途中で、見知った雰囲気を感じ取った。

 

(何故彼が……!)

 

芺は足を早めた。目が痛いのは気の所為だと思っていた。

──

 

「脱走兵 デーモス・セカンド!両手を挙げて指を開きなさい!」

 

路地裏に佇んでいた黒服面──デーモス・セカンドは、大人しくそれに従い手を挙げた。

 

「お前には発見次第消去の決定が下されているが、他の脱走兵の情報を提供するならば刑一等を減じるとも命令されている。十秒だけ考える時間をやろう」

 

「確か君はスターダスト捜索班(チェイサーズ)“ハンターQ”」

 

デーモス・セカンドは自分に消音機能付きの拳銃を向けるUSNA軍の女性に対してこう言い放った。

 

「そして、そっちの君は“ハンターR”だったかな。なるほど、CADによる魔法妨害のための『キャスト・ジャマー』か」

 

続けて背後から『キャスト・ジャマー』……USNAが開発したCADの機能を無力化する兵器。有効射程範囲は5m以内。使用には無系統魔法において高いレベルの魔法師が必要とされる魔法を発動する者の正体を一瞬で看破した。この魔法を、USNAの魔法光学技術を注ぎ込んだ強化魔法師の内、調整と強化に耐えきれず、数年以内に死亡することが確実視された魔法師により組織される決死隊『スターダスト』である彼女達は問題なく行使していた。

 

「だが、君たちに私は倒せない」

 

その言葉とプレッシャーにハンターQは容赦なく銃弾を撃ち込む。しかし

 

「うっ!」

「何っ!」

 

呻き声を上げたのはハンターRだった。デーモス・セカンドは手を挙げたまま、CADを操作するような動作は無かった。しかし、現実に銃弾は軌道を変えてハンターRの二の腕を貫いて行った。

 

「弾丸の軌道を変えた!?『軌道屈折術式』だと!?」

「お前はCADを使わずには魔法を発動させられないはず。『キャスト・ジャマー』が効いていないのか……?」

 

その問いにデーモス・セカンドは覆面の上からでもわかるようにニヤリと嘲るような笑みを浮かべた。

 

「いいや、『キャスト・ジャマー』は正常に作動している。ただ……私はもはやCADを必要としない」

 

そう言い終わるか否か、ハンターQがナイフで斬り掛かる。しかしそのナイフまでもが『軌道屈折術式』により狙いを外された。

 

「何故お前がそんな高度な魔法を使える!」

「分からないか。もう以前の私ではないと」

「ぬか……せ!」

 

体重をかけて振り下ろしたナイフは、デーモス・セカンドのコートを切り裂いた。

 

(アーマーの隙間を狙う……!)

 

その隙にハンターRが狙いを定めて接近する。

 

「小賢しい」

 

だが、デーモス・セカンドの『軌道屈折術式』により身体ごと投げ出された。大きく隙を晒すハンターRに向かって、デーモス・セカンドはスラリとしたナイフを取り出す。

 

「死ね」

 

デーモス・セカンドは、無抵抗のハンターRにナイフを振り下ろした。

しかしその刃がハンターRに突き刺さることは無かった。

 

「ベクトル反転術式!?この強度は!」

 

デーモス・セカンドの凶刃を全く寄せ付けない程の強度を誇るその魔法の術者に、彼は心当たりしかなかった。救世主の登場にスターダストの二人が思わず叫ぶ。

 

「総隊長!!」

 

分が悪いと思ったのか、デーモス・セカンドは迫り来るシリウスのナイフを軌道屈折術式で避け、壁を蹴ってその場から離脱した。アンジー・シリウスを挑発するような笑みを浮かべながら離脱したデーモス・セカンドを、シリウスは追いかけて行った。

 

──

 

昨日、夜中の渋谷で千葉寿和達とばったり出会い、吸血鬼事件について何か知らないか聞かれたレオは、何の因果か公園に来ていた。そして彼は膨れ上がった闘争の気配と、人間とは違う妙な感覚から吸血鬼がいる事を悟る。

レオは昨日教えてもらった寿和の連絡先に、現在位置の座標をつけて吸血鬼の所在を知らせた。そしてすぐに退散しようとしたレオの視界に、ベンチに横たわる女性が目に入る。

すぐさまレオは彼女に近づき、脈を確かめると、まだ生きてはいるが脈が弱い事が分かり、レオは冷静に救急車を呼ぼうとした。しかしそれは叶わなかった。

 

「レオ君!避けろ!」

「!?」

 

咄嗟のステップで背後からの奇襲は避けたが、連絡しようとした携帯端末を破壊される。

目の前には警棒を持った白覆面の黒コート。そして先程の声の主が誰なのか、もちろんレオはすぐに気がつく。

 

「芺先輩!」

 

レオがその名を呼んだ瞬間、彼の目には弾丸のような速度で斬り掛かる芺の姿が見えた。しかしその刹那の間に、芺の身体は炎に包まれる。レオは反射的に芺の名を呼ぼうとしたが、それは不可能だった。次は目の前の白覆面がレオに襲い掛かってきたのだ。

 

芺は見るからに怪しい黒コートと、何故か居合わせたレオの元へ向かっていた。最初は対話を試みるつもりだったが、レオに襲い掛かる白覆面を見て、会話の余地なしと判断し、一仕事終えて身体が温まっている芺は容赦なく刃を振るった。

その瞬間、芺は自らの周囲に対して発動された魔法を感知する。芺の身体の周りが急に燃え上がった。

芺はその場から『縮地』で一瞬の間に距離を取る。衣服は焦げ落ちている箇所があるが、公序良俗的にも肉体的にもさして問題は無かった。芺は自分の身体の心配はせず、後輩に呼びかける。

 

「逃げろ!レオ君!」

 

芺は再度自分に魔法を行使しようとしている黒コートが目に入った。そのタイミングで、先程から気になっていた眼の痛みに気が付いた。黒コートを視界に入れる度に眼が痛む。霊子感受性を無意識でコントロールすることにより事なきを得ているが、直視しようものならどうなるか分からない類の痛みである事をやっと理解した。

 

(何か仕込んでいるのか……?霊子を発する道具など聞いたことが……いや、まずはレオ君を逃がす)

 

覆面から金髪がチラつくその男性に見える体格の術者は、どうやら発火魔法(パイロキネシス)を使用するらしい。魔法の発動速度は目を見張るものがあるが、干渉力で芺に勝ててはいなかった。芺は自らの身体の周りに局所的な『領域干渉』を使用し、レオを逃がすために、彼と殴り合う白覆面を狙う。

白覆面はレオの腕を掴んでいたが、体勢的にはレオの方が有利に見えた。しかし、急にレオの身体がガクンと力を失う。芺は声を出すより早く、白覆面の横腹に飛び膝蹴りを加えて吹き飛ばし、レオを護る様に立った。

目の前には二体の黒コート。そしてレオの意識を奪った謎の攻撃にも警戒し、芺はレオの離脱を諦め脅威の排除に動いた。

 

突如として黒コート達の視界から芺が消える。芺は辺りを見回す白覆面の横を素通りし、金髪の黒コートに斬り掛かった。

芺のCADが、棒立ちの黒コートの腹をかっさばく。呻き声を上げる目の前の黒コートを、芺は後ろの大木を目がけて人体の破壊を躊躇わずに全力で蹴り飛ばした。足裏に斥力場を形成して蹴りを放った芺は、反動を利用して白覆面の方に襲い掛かる。白覆面はどうやら中国拳法のような武術を駆使するが、芺には得物があるために間合いに入りきれていない。白覆面は『流体移動魔法』で移動しているが、それでも芺の身のこなしには及ばなかった。

芺の刃が白覆面の肩口を深く斬り裂き、血を噴出させる。そして追撃を加えようとした芺だが、自らを囲う炎の檻に遮られた。本来ならこの程度の妨害が間に合う速度で動いてはいないが、どうも先程から眼の痛みが激しかったために、反応が一瞬遅滞した。

 

(しぶとい奴め)

 

先程の攻撃で意識を奪ったつもりの金髪の黒コートからの魔法に芺は驚いたが、気体の分子運動を不活発にする魔法──余り得意ではないが、発火魔法と対極の魔法を放って火を弱めた。

芺は弱まった炎の檻から『縮地』で強引に脱出する。そして二体の黒コートを視界に捉えた瞬間、眼と頭に無視できない痛みが走った。思わず目を抑える。何か、得体の知れない()()がいるような感覚を味わった芺は、目の前の者達の正体へ近づく足がかりを得た。

 

(これは……人間ではないな。肉体はそうかもしれないが、中身は既に……入れ替わったか乗り移ったか、どちらか)

 

芺は霊子放射光過敏症を患っている。そのデメリットは無視できないが、同時にメリットもあった。精霊の知覚や、霊的なモノに関しては芺は高い精度で認識することが出来る。

そして今芺を襲う痛みも、そういったモノを見た時と同様の痛みだった。この世ならざる精霊──それと同様の性質を持つ謎の生物と相対している事を芺は今、やっと理解した。その証拠に、先程腹を切り裂き、蹴り飛ばして内蔵の一つか二つを破壊した手応えがあった金髪の黒コートの傷が消えていた。治癒魔法ではない、明らかな肉体の機能的な再生。人体の自然治癒力とは比べるのもおこがましい程の再生力だった。白覆面も同様に、薄く煙を上げながら肩口の傷が塞がっていく。

芺は自らが危機に陥っている事を自覚した時点で、冷静な判断力を取り戻していた。

 

(レオ君を担いで撤退を──)

 

そう離脱体勢を取った瞬間、上空から魔法の発動を感知した。芺は咄嗟にレオと自分を護る魔法障壁を構築する。“新手か”そう考えて反射的に上空を見た芺の()に、得体の知れないものが映ってしまった。アレはなんだ──そう思考するよりも早く、芺の眼だけではなく全身に激痛が走る。肉体ではなく、神経に直接作用するような痛み。霊子を人よりも数倍知覚する芺が、その霊子(プシオン)の塊のような存在を視界に入れた瞬間、脳は許容出来る範囲を超えた。

精神が乱れる、身体を軋ませる激痛の嵐に意識を手放したくなる。同時に肉体に強い衝撃を受けた。白覆面の拳が鳩尾に直撃し、抵抗できなかった芺は吹き飛ばされる。

 

(また失敗するのか──ふざけるな)

 

芺は軋む躯を、悲鳴を上げる肉体を強引にねじ伏せる。痛覚をカットし、痛みで生じる無意識下の行動の遅延をゼロにする。

視界はほとんど機能していないが、五感のうち一つが潰れただけだ。まだ四つ残っているし、()()()にでも頼ろうか──芺は自分をそう誤魔化して、戦闘態勢を取った。

 

見るからに満身創痍の目の前の男が炎を振り払って突進してきた事に、黒コート達は驚きを隠せなかった。

 

⦅この男……!正気ですか!?⦆

⦅落ち着け。ただの人間だ⦆

 

白覆面は視界はこちらを捉えていないのにもかかわらず正確に拳を打ち込んでくる目の前の男に狼狽していた。金髪の方も言葉こそ冷静だが、驚きを隠しきれていない。

 

芺は地面を震わす踏み込みから、身体を開くように掌打を放つ。

 

⦅ぐっ……!⦆

 

カーボンアーマーを着込んでるのにもかかわらず、その上から感じる重たい衝撃。全身にビリビリと響くような威力を、この人間はいとも簡単に放ってきた。

 

⦅増殖は取り止めるべきかもしれません。この男は……ぐっ!⦆

 

足払いを受けて転んだ所に、先程の踏み込みと同様の威力を持った踏み付けが迫る。既の所で転がって避けたが直撃していれば顔の骨を砕かれていただろう。

黒コート達は苦戦していた。やられっぱなしという訳では無い。いくらか白覆面の攻撃は届いているはずなのだが、まるで痛みを無視したかのように反撃してくる。虫の息なのは明白だ。それなのにパフォーマンスがほとんど落ちない。

 

⦅本当に人間ですか……!この男……っ!皆さん!⦆

 

その瞬間、白覆面の呼びかけに応じるように、上空から圧縮された空気弾が多数放たれた。

それを身のこなしだけで避けていた男は、急に足から力が抜け、一発が直撃した。大木に叩き付けられる。骨の一本や二本は持っていったはず……だったが。

 

⦅驚きだな。だがもう死に体だ⦆

 

その男は立ち上がり、倒れ伏しているガントレットを装備した男の前に立った。気力だけでなんとか立っているその男は、金髪が発する赤い炎に包まれた。

 

───

 

(──まだだ)

 

芺は自分に叱責するように言い聞かせる。彼は十月に一度落とすはずだった命を文字通りの奇跡によって『再成』された。その命を無駄にすることだけは何があっても許されない。芺自身が許せなかった。しかし芺が今護ることが出来るのは、後ろに倒れるレオと女性だけ。だが芺にとってはもう取れる選択肢がこれしかなかった。芺はほとんど感覚のない身体で立ち上がり、ほぼ視力を失った眼を見開く。それと同時に朧気な視界が、真っ赤に染まった。金髪の黒コートの発火魔法だろう。しかしここで反撃しなければ、護れるものも護れない。

眼を起点とするこの魔法に、今の状態でどれだけの効果があるか不明だが、一か八かとは言えやらないよりかはマシだろう。そう考えた芺は、身体が限界を迎え、皮膚が焼け爛れる事も構わず、魔法を行使した。

 

(──眠れ)

 

芺が目に捉えたのは一体だけだった。厳密には視界に入ってはいたが、認識の度合いが低かった。しかしどうやら芺の魔法の余波は受けたようだ。そしてそれを最後に芺も意識を手放す。流れ込む情報に脳がオーバーヒートを起こしたのだ。意識を失う直前、芺が眼にしたのは、金髪の黒コートがその場に倒れ伏す光景だった。




伊調です。

以前、活動報告で述べたように、ここからが原作との一番の乖離点になると思われます。

独自設定と展開がモリモリになるため、どうかおおらかな気持ちで見てくだされば幸いです。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

伊調でした。

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