ドサッと音を立てて芺は力無く地面に倒れ伏す。時を同じくして、突如として眠りについたかのようにその金髪に黒コートの魔法師はその場で
⦅何をされた?⦆
白覆面は目の前の男が何をしたのか分からなかった。魔法を使った事は分かるが、余りにも無駄のない、周りに放出するノイズの少ない魔法。しかし目の前の剣士は精神的な負荷か、炎に焼かれたためか意識を失っているようだった。
白覆面は本来の目的のために、同胞の定着に取り掛かった。白覆面が、目の前の芺に何度もふらつきながら近づく。そして、手をかけようとした瞬間
「作戦開始」
そんな声が聞こえたような気がした。
白覆面が声にならない叫び声をあげる。今まで味わったことのないような激痛が白覆面を襲ったのだ。身体に外傷はない。しかし激痛は続く。白覆面は芺の捨て身の魔法の効果に加えて痛みに悶絶し、そこから逃れるように地を這いながらどこかに消えていった。
それを確認したのか、木の影から多数の
「柳生芺と一体の『
その黒服たちを先導する男が、携帯端末で返事を待たないただの報告をする。その男の両隣にはゴスロリ風の格好をした少女と、彼女とよく似た顔をしている少女?がものの数秒で終わった回収を見ていた。動きやすそうな服を着た少女?はナックルダスター型のCADを白覆面に向けている。どうやら白覆面を行動不能に意識を陥らせた魔法師は彼女?らしい。
「撤収だ」
しかし、そう簡単には終わらない。上空から素早いが、幾分か弱々しい魔法が放たれる。だがそれはただの障壁に防がれる結果となった。芺の魔法を受けていたその霊子の塊は、その程度の魔法しか行使できなかった。
リーダー格の男が、柳生芺を受け取る。そして金髪の黒コートを担いだ黒服もすぐに近寄ってきた。
「ヨル、頼む」
「はい」
ヨルと呼ばれたゴスロリ風の少女は『擬似瞬間移動』を発動する。数十メートル先に出現した彼らは、用意していた車に乗り込み、何人かの黒服を現場に残してその場を離脱した。黒服の集団は、途轍もない手際の良さで課されていた任務を完了した。
──
(まずい……!)
デーモス・セカンド……サリバンと呼ばれる黒覆面を着けた脱走兵を追っていたシリウスは、サリバンの他に大きな闘争の気配を察知したため、そちらに向かっていた。シルヴィ曰くノイズだらけでほとんど分からなかったが、微弱な
サリバンにかなり遠くまで引っ張られていたシリウスは、急いで反応があった地点に走る。しかし、その努力は徒労に終わった。
「……な!?」
「シルヴィ!?どうしました!?」
通信機越しにシルヴィ──シルヴィア・マーキュリーの驚いた声が聞こえる。
「
「瞬間移動はありえ……いや、『擬似瞬間移動』の使い手が……」
現代の魔法師社会の常識として、真の意味の『瞬間移動』は不可能と言われている。『変身』も同様だ。しかしシリウスはそれに限りなく近い魔法を使えるし、『擬似瞬間移動』の術者はスターズの内部にも存在した。
「もう一体もその場から逃走……双方ともノイズが多く、移動基地からでは追跡は難しいかと思われます……」
シルヴィの冷静な分析が聞こえる。彼女が嘘をつく理由もない。シリウス自身も脱走兵の気配をほとんど感じられなくなっていた。
「……分かりました。今日の所は撤退しましょう。徐々に招かれざる客も集まってくるでしょうし」
現地でこれだけ派手に動けば、どこかの組織には気付かれる。ここらが潮時だった。
「総隊長……すみません。私の力不足で」
「いえ、貴方のせいではありません。元々バックアップが少ないのですから、これは本部の失態とも言えます」
自虐するシルヴィを、シリウスは慰める。バックアップの不十分さは本心から来ているが、同時に一つの懸念が浮かび上がった。
(でも……『擬似瞬間移動』を使える術者が脱走兵の中にいたかしら。隠していた、使えるようになった可能性もなくはないけど……)
シリウス──リーナは
──
一方、
「芺さんの様態は?どうなんですか!?」
「落ち着きなさい文弥。貴方が焦っても何も変わらないわ」
ヨル──亜夜子は女装している弟の文弥をたしなめる。その言葉は自分に言い聞かせているようにも聞こえた。芺の応急処置を行っていた黒服が答える。
「外傷は火傷と骨折、打撲のみです。しかしこの衰弱具合から脳か精神、もしくはその両方に多大な負荷を受けている可能性があります」
「大丈夫なんですよね?」
素人目から見ても明らかに衰弱している芺を見て、亜夜子が確認するように問う。
「……痕は残るかも知れませんが肉体は無事です。しかし……」
黒服は治癒魔法で簡単な応急処置を施しながら、言いづらそうに答える。
「専門的な治療を施してからではないと確実性のある治験は申せませんが……目覚めるかどうかも怪しい状況にあると思われます」
しんと静まった車内に、コール音が響く。助手席に座るリーダー格の男……黒羽貢は現場に残した黒服から連絡を受けていた。どうやら白覆面はそのまま撤退したらしい。警察も到着し、被害者二人も運ばれて行ったそうだ。もちろんパラサイトの本体もその場から消えたようだった。信号の採取も完了したらしく、結果は上々と言えよう。なんせパラサイトを一体捕獲したのだから。
黒羽家は一仕事終えた後、芺を尾行していた。厳密にはパラサイトを追うであろう芺を追いかける事で、パラサイトを捕獲しようとしていた。しかし途中から一向に姿が見えなくなり、合流した文弥がサイキックバリアを発見するまで芺を追うことが出来なかったのだ。
そして発見して、散開した人員を集めて準備を整えている内に芺が倒れたというのが事の顛末だ。文弥と亜夜子は直ぐにでも加勢に行こうとしていたし、貢もそれを支持したが、今回の命令はパラサイトの捕獲。そしてそれは人員が完全に揃った安全な状態で決行しろというオーダーを受けていたため、それには至らなかった。
この命令を下した四葉家当主の真の意向は不明かつ、芺を大きな危険に晒すため、文弥と亜夜子は抗議をしたものの撤回は受け入れられなかった。
そのご当主様の謎のオーダーにより、芺は意識不明の重体に陥っている。芺を消したかったのか──そう考えた二人だったが、この後四葉の息のかかった病院で芺は治療を受け、肉体への応急処置がなされた後、本家の研究所に移送されるそうだ。そこで専門的な治療を行うらしい。もう既にそこまで準備が整っているのだ。
捕獲した黒コート──真夜がパラサイトと呼称していたこの生物も、同様に移送され研究されるという。
文弥と亜夜子……ひいては貢にさえ、四葉家当主 四葉真夜の真意は定かではなかった。なぜ火事を消すために火事起こすような真似をしたのか。そしてこの作戦においてはバックアップが完璧だった。カメラや想子センサーの妨害から何から何まで順調に次ぐ順調。まるで真夜の
───
レオは病室で目覚めた。身体が重い。レオは出自の関係からかなり身体が丈夫な方だが、それでもすぐにまた目を瞑りたくなるほどだった。そしてレオは何故自分がこうなったか思い出す。
(確か殴りあってる最中に急に力が抜けて……俺が生きてるってことは、芺先輩が助けてくれたのか──先輩は無事なのか?)
交戦が始まってからすぐにレオは白覆面の謎の攻撃で意識を奪われたが、その少し前に一瞬見えた芺の顔は、彼にしては辛そうな顔をしていた。言い様のない不安にかられながら、レオはナースコールを押す。息も絶え絶えだが、会話は不可能じゃない。レオは慌てて駆け寄ってくるナースの足音を聞きながら、意識を閉ざさないように努力していた。
──
同日、エリカは朝から焦りと怒りで愚痴を吐きながら急いで出かける準備をしていた。
「あのバカ兄貴……バカに何やらせてんのよ!」
───
レオが中野の病院に運び込まれた翌日、一月十七日。朝が早い寿和はエリカにメールを送った後、赤く腫れた頬を擦りながら朝から来客の相手をしていた。
「千葉家統領殿。朝早くから申し訳ありませぬ」
「いえ。何やら重大な要件だとか。我々で良ければお話をお聞きします」
そう焦りを抑えてはいるが、結論を急ぎたそうにしている来客──柳生家の使用人、竜胆を前に寿和は自ら要件を尋ねた。千葉家は柳生家と親交が深い。もちろん統領である寿和は、柳生家の中でもトップクラスの実力を誇り、使用人の中でも次期当主の半ば側近という形で認知される竜胆の人柄をよく知っていた。
そんな竜胆が焦りを見せる──達人でもなければ分からない──ような自体に寿和は知らん顔はしていられないという心持ちだった。
「ありがたきお言葉です。実は……昨日から柳生家が次期当主、芺の姿が見えないのです。日付が変わっても帰らず、連絡もない。柳生家の手の者に探させましたが一切痕跡がありません。本職の方の前で言うのも憚られますが、監視カメラの映像を確認もしました。しかし若が通られたと思しき場所には都合よく不具合等が散見されたのです」
そう早口で語る竜胆の様子は落ち着きを払っているように見えたが、焦りと焦燥を抑えた結果ということは火を見るより明らかだった。
「……本当ですか。となると行方不明と……?それと監視カメラの件はお気になさらないでください」
寿和はそんな瑣末事は気にしないといった様子で続きを促す。
「ありがとうございます。我々も信じたくはありませんが、柳生家の次期当主の行方不明ともなれば、ただの警察に届け出る案件ではないと判断が下されました。身贔屓ながら、柳生芺の実力はただの誘拐犯や一介の組織の手の者等に倒される程度の実力だとは思ってはおりません」
「それは私も同意見であります。芺殿程の人物が戦闘不能に陥らされたともなれば、何らかの特殊な要因が考えられます。実は監視カメラの不具合について警察内で問題になっていました。直ぐにもみ消された事から、超法規的な組織が動いた可能性もあります」
寿和が言うことにも推測にも嘘はなかった。寿和は“上”の対応から、何らかの大きな思惑が動いていると、直観的に察知していた。
「左様でございますか……。前置きが長くなってしまいました。千葉家統領殿、折り入ってご依頼したい事がございます。どうか、柳生家次期当主 柳生芺の捜索に千葉家の力をお借りしたい!ご存知の通り、この吸血鬼事件で柳生家は犠牲者を出しています。それに加えて次期当主の失踪が続き、現当主の奥方は著しく体調を崩されております。その状態で自ら若の捜索に乗り出しかねない危うい精神状態に陥っているのです。どうか改めてお願い致します。奥方の為にも、千葉家の力をお貸しください……!!」
神妙な面持ちで、竜胆は深く頭を下げる。疲労と心配から、体格のいいはずの竜胆の体が些か小さく見えた。寿和は竜胆の方を意志のこもった力強い眼で答える。
「顔を上げてください。我々としても、行方不明となった未成年者を放っておくことなど、警察として、百家として、言語道断であります」
「でしたら……!」
「はい。千葉家は柳生家に対し全面的な協力を約束します。一刻も早い発見にお互い力を尽くしましょう」
寿和は二つ返事でその依頼を承諾した。理由は実際に述べた内容で間違いはない。単純に警察として、そして親交ある家の次期当主が行方不明となれば、かなりの一大事である。冷静を装ってはいたが、心中ではかなり驚いていた。協力しない理由もなかった。そして寿和個人的な気持ちとしても、芺が心配ということもあった。エリカが昔から芺によく懐いている事は知っている。
「して、竜胆殿。前日の次期殿の足取りは分かっておられるのでしょうか」
「推測にすぎませんが……若は恐らく『吸血鬼事件』を追っておられました。若も門下生が亡くなったことに大層心を痛めており、自分に何か出来るわけでもなかったと頭で分かっておりながら、自分を責めておられました。時期的にも柳生家は『吸血鬼事件』の線で調査を進めている所です」
「分かりました。我々もその線で調べると共に、監視カメラの不具合と並行して調査を進めていきます。何か分かれば、直ぐにご連絡します」
「ありがとう……ございます……!」
竜胆は感極まった様子で再度、深く頭を下げた。
───
竜胆を見送った寿和と付き人、稲垣はレオが入院している病院の事務室を借りていた。そしてそこのドアが勢いよく開けられる。そこに居たのは真剣な眼差しを向けるエリカだった。彼女は真っ直ぐ寿和の方へ歩いてくる。
「アイツが言うには昨日の運び込まれた夜、一緒に芺さんが居たんだって。だから詳しく聞こうと思ったら、芺さんに連絡がつかないの。他の子に聞いても、皆繋がらないって」
エリカは何かを悟ったような顔をしていた。同時にそれを信じたくないという顔も。寿和はもう一発裏拳を喰らう事を覚悟していた。その程度でエリカの気が晴れるなら構わないと思っていた。しかしいつになっても衝撃は来なかった。
「ねえ、和兄貴。芺さんは無事だよね……?アイツは弱いけど、芺さんは強いから、吸血鬼なんかに負けるわけないよね……?」
エリカはいつも気丈に振舞っている。彼女元来の性格もあるが、常日頃からエリカは強い人間だ。しかし、今目の前にいるのはただのか弱い少女に見えた。寿和はエリカの肩に手を置いて、優しく、力強く語り掛ける。
「芺君は現在行方不明だそうだ。今朝、お前が出た後に柳生家から使者が来て、調査への協力を申し入れられた」
エリカはそれを聞いて縋るような、そして睨み付けるような視線を向ける。
「そんな顔をするな。千葉家は全面的に柳生家次期当主の捜索に協力する。親父も事後承諾だったがGOサインが出た。芺君は、必ず見つける」
それを聞いたエリカは、“やっぱり……”と下を向いて、何かを我慢するようにボソッと呟いた。受け入れたくない現実が、真実味を帯びてきたからだ。しかし彼女は寿和の方をキッと見詰めた。半分睨みつけていたが。
続けてレオの病室に七草真由美と十文字克人が現れた事にも触れたエリカ。寿和曰く、レオと一緒に救出された女性はどうやら七草の人間らしい。そして……
「ここからは俺の推測なんだが……この吸血鬼事件で七草家は被害者を隠匿しているようだな」
「……つまり、死体を隠してるってこと?」
エリカは汗を流しながら寿和の推測をまとめる。そして魔法師が被害者をになってるなら隠す必要も無いはずだと尋ねた。
「さて、そこなんだよな。今回の事件が一筋縄じゃいかないような気がするのは。……実は芺君も裏で吸血鬼事件を追ってたらしい。そして消息不明。七草や十文字も出張ってきてるし、多分裏でもっと動いてる組織もいると思う」
「……まさか、芺さんも七草が……?」
エリカは軽蔑と疑念を露わにして呟く。寿和が“それはない”と否定してなだめると、エリカは少し考えたあと、こう言った。
「それだけ分かったならいいわ。レオはまだ万全じゃないから、質問するならちゃんと考えてやりなさいよ」
「お、おいエリカ。どこに行くんだ」
どこかいつもの調子に戻ったような雰囲気のエリカは、病室を後にしようとした。
「一旦家に帰る。それで準備を整える。放課後くらいの時間には戻ってくるかもだけど」
エリカが学校を休んでまで芺を探しに行く気なのは明白だった。本来なら止めるべきなのだろう──寿和はそう分かってはいた。しかしそれを言うことは彼には出来なかった。
「分かった。くれぐれも無茶はするなよ」
「当たり前よ。無茶するのはあの人の特権だから」
エリカはそう気丈に笑ってみせた。彼女は強い意志のこもった眼をギラつかせ、事務室を後にした。
───
まだ朝早くから届いたメールに、達也は思わず驚きと不安に表情を変えた。感情に乏しい達也がそんな表情を見せるのは珍しいため、深雪は何があったのか尋ねた。
「またエリカからメールだ」
「悪い知らせですか……?」
「どうやらレオが吸血鬼に襲われて病院に運び込まれたらしい」
「……冗談ではないんですよね?」
「事実だ。そんな嘘をつく必要も無い。……そして、レオは芺さんと一緒にいたと証言しているそうだ」
一気に流れ込んできた二つの事実に、深雪は口に手を当てて顔を青ざめさせる。
「そんな、芺さんは……」
「連絡がつかなかったな。エリカの謎の頼みはこういう事だったのか」
二人は先程来た脈絡のないエリカからの頼みを思い出す。芺さんに連絡がつくかという旨のもので、理由は告げられなかったため疑問に思っていた。
「レオは不幸中の幸い、命に別状はないらしい。見舞いに行くのは皆の都合が合う放課後でいいだろう。まずは──
「……はい」
深雪は柳生芺という人物についての会話の中で、
伊調です。
奇しくも四十話という節目において、“四”が動きだすこのお話を書くことに不思議な縁を感じました。(どちらかと言うと黒羽でしたが)
今回の展開に関しては予想出来た方も少なからずいらっしゃるのではないのでしょうか。
変則的ですが、次は追憶編のお話を挟みます。ここからオリジナル要素がかなり増えますので、可能な限り分かりやすく描写して行ければと思います。
再三ですが、ここからは私の好きな要素をふんだんに詰め込んだお話になります。好き嫌いが分かれるかとは思います。ですが、それでも構わんという好事家の方がいらっしゃれば、ぜひお付き合いいただけると私は嬉しい限りです。
ここまで読んでくださりありがとうございます。伊調でした。