魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第四十一話

二〇九五年十一月六日──司波兄妹は武家屋敷調の伝統家屋……四葉の本家に招かれていた。兄妹揃って呼ばれるのは実に三年振りとなる。

深雪はその日に色々な事を思い出していた。深夜の事、桜井穂波の事、兄さんの事、達也の事、お兄様の事……そんな事を考えているうちに、今日の用事は終わってしまったようだ。同席していた独立魔装大隊の風間と真田に、しばらく達也との接触を避けるように言いつけた真夜は、その後達也以外の全員に退出を命じた。

 

叔母様とお兄様が二人きりで会話することなんて、今まで無かったのに──

 

───

 

「達也、学校を辞めなさい」

「学校を辞めて、どうしろと?」

「しばらくここで謹慎していなさい。深雪さんのガーディアンには別の者を差し向けます」

「ガーディアンの選定は、護衛対象の専決事項だと思っておりましたが」

「何事にも例外は付き物よ」

「まぁ、そうですが……お断りします」

 

達也は真夜の命令を拒否する。当然だった。どのような理由があれ、深雪の傍を離れる理由にはならない。

 

「私の命に、従わぬと?」

「俺に命令できるのは深雪だけです」

 

最高潮に高まる緊張感、時が止まってしまったかと錯覚するような緊迫感の中、世界が『夜』に塗り潰された。

 

闇に、ではない。闇に浮かぶ、燦然と輝く星々の群れ。

四葉真夜──極東の魔王の『夜』が、達也を襲う。万物を貫く不可避の光。その全てが、音も無く砕け散った。

 

「──随分と手加減して頂いたようですね」

「当然でしょう?貴方は私の可愛い甥なのですから」

 

達也の呟きに真夜は笑顔で答えた。二人のどちらにも傷はなく、室内に血の匂いは残っていない。

 

「まぁ、それを差し引いても上出来です。だから今回は、貴方のわがままを叶えてあげましょう」

「ありがとうございます」

「いいのよ。私の魔法を破ったことに対する、ちょっとしたご褒美なのだから」

 

そのまま真夜は、軽く一礼する達也を手を振って見送った。

 

───

 

その後、サンルームに兄妹揃って呼ばれた二人は、給仕に来たメイドに思わず声を上げそうになり、真夜からその素性を聞かされて絶句しかけた所だった。桜井穂波の()()()()の姪。調整体『桜』シリーズ第二世代の桜井水波だそうだ。どうやらこの先男性のガーディアンだけでは色々と不都合があるから、という名目で深雪のガーディアンにするつもりらしい。水波について一通りの問答が済んだ後、真夜は達也の方を優しく見つめた。

 

「達也さん、他に質問があるのではなくて?」

 

ふわりと笑う真夜。全てお見通しか──そう悟った達也は兼ねてからの疑問をここでぶつける事にした。

 

達也は先の横浜事変において負傷した者を『再成』により治療……否、復活させた。それには第一高校の生徒も含まれている。想子の枯渇により障壁が消滅し、テロリストの凶弾に倒れた芺だ。

『再成』を行う際には対象のエイドスを読み取らなければならない。それにはとてつもない激痛が伴うのだが、それは今回は関係がない。

そう、『再成』は対象のエイドスを読み取る点が重要だった。達也は芺を『再成』する際に彼の構造情報を読み取り、その内容に動揺を隠せなかった。それについて、今回は無理言って真夜に尋ねるつもりだった。達也はずっと下げていた頭を上げ、彼女の目を見据えて問いかける。

 

「はい。折り入って質問がございます。『柳生』……ひいては柳生芺について叔母上が知り得るだけの情報をお聞かせいただきたいのです」

 

そんな質問は予想外だったという顔をしたのは真夜だけではない。深雪もだった。達也は深雪にさえ未だ説明をしていない。確信に至っていたが、認めたくない情報だったからだ。それだけ達也は芺のエイドスを視た際に知り得てしまった過去に対しての説明を欲していた。

 

「柳生家と言えば……千葉家と並んで剣術の名家とされる家でしょう?余り詳しくは知らないわよ?」

「叔母上、自分は先の横浜事変において重傷を負った柳生家次期当主に

対し、『再成』を使用しました」

 

達也はわざとそこで言葉を切る。それだけで十分だと考えたからだ。それは真夜も分かったようで、観念したような素振りを見せながら口を開いた。

 

「重傷を負わないようにきつく言いつけていたのだけど……芺さんが負傷した状況を教えてくれる?」

 

真夜の言葉に深雪は瞠目する。彼女の言い草からすれば前々から交流があったように聞こえる上に、自らの叔母が全く関係の無いはずの家の息子を呼ぶ声色が、まるで親しい親族を呼ぶような声だったからだ。達也は動揺を見せずに答える。

 

「はい。大亜連合の歩行戦車や装甲車、歩兵のほぼ全てを一人で捌き切り想子の枯渇直前まで戦い続けた後、回収のタイミングで潜伏していた歩兵のハイパワーライフルの奇襲から他の生徒を守るために対物障壁を展開しました。しかし想子の枯渇が目に見えていた芺さんは移動魔法で敵兵器の残骸を操作し、他の生徒の盾としました。そしてエイドス・スキンの分まで全て魔法に想子を回した結果、想子を使い切り障壁を維持出来ず腹部と肩部、右腕を撃ち抜かれました」

「分かりました。……それなら仕方ないでしょう。私達は身内には過保護ですからね」

 

達也は目を細める。“隠す気もないか”と彼は考えた。彼女は紛うこと無く柳生芺に対して“私達”と言った。それが全ての答えのように感じる。

真夜は可愛い姪を気遣った。

 

「達也さん、確認は取れたでしょうから深雪さんは下げてもらっても構いませんよ」

 

その言葉は“これから言うことは後で達也の口から語っても構わない”という意味だったが、達也は反応に困った。達也は芺のエイドスを視た時点で答えを得ている。しかしそれを深雪になんの脈絡も無しに伝えるのは大いに憚られた。だが同時にその内容は四葉真夜の姪である深雪にとって無視してはならない内容だということも理解していた。達也の一瞬の逡巡を理解したのか、深雪が強い意志を目に秘めて答える。

 

「叔母様。もし、差し支えがございませんでしたら私めにもお聞かせください」

 

深雪は頭を下げる。達也も納得したような、諦めたような顔をしていた。

 

「分かりました。ではまず、簡単に結論から言います──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也さんも分かっているように……柳生芺、ひいてはその母親、柳生茅は四葉の血を引いています」

「……っ!」

 

深雪が思わず出そうになった言葉を口を手で抑えることで何とか飲み込む。

 

「柳生茅、旧名……四葉火夜は私と深夜の妹になるわね。そして火夜ちゃんが柳生家の現ご当主さんと結婚して、生まれたのが柳生芺さん」

「最初は四葉の娘が他の家、おまけに百家でもないただの剣術の名家に嫁ぐなんて言語道断といった声が多くて困ったのよ。でも、最終的には皆が納得してくれて良かったわ。やっぱり結ばれたい人と結ばれるのが一番の幸せよね」

 

達也は深雪を気にかけながら“納得させた”の間違いじゃないかと考えたが、それをここで言うほどの命知らずではない。

 

「……何故、納得されたのでしょう」

 

その質問に真夜はニッコリと笑う。

 

「良い質問です。そうね、もし柳生家が本当にただの剣術の名家というだけなら、皆を納得させるには至らなかったでしょうね」

 

その言葉に達也は考えたくなかった仮説が立証されかけていることに気付く。

 

(芺さんの卓越した魔法力。そして柳生という苗字……突拍子も無い仮説だと思っていたが、まさか……)

 

「柳生家はその中に今で言う『数字落ち(エクストラ)』の血を内包しています。過去に第八研に籍を置いていた『八牛』の血を受けいれ、それと同時に古くから続く剣道、剣術を伝える血筋。それが現在の柳生家を象っています」

 

達也の中ではここでまだ疑問が残っている。たかが数字落ち程度で皆の意見を覆したのかと。それを察したのか真夜が『八牛』について語り始めた。

 

「第八研の研究テーマは知っていますね?『魔法による重力、電磁力、弱い相互作用、強い相互作用の操作』です。『八牛』もそれに適した魔法的素質を持つ一家として研究所に招かれました。しかし『八牛』の中には稀に精神干渉系魔法に類まれなる才能を持つ者がいました。かつての第四研は……そこに目を付けました」

「他の研究所の魔法師を引き抜いたということでしょうか」

「……ええ、それも半ば強引にだったそうです。それが発覚した後、『八牛』は真面目に研究を進めていた者達もろとも研究所から居場所を奪われていきました。“第四研のスパイだ”“我々の研究を横流しした”などと難癖をつけられて」

 

深雪は完全に固まっていた。思考が追いついていないのか、はたまた追いついてしまって理解に苦しんでいるのか定かではないが、達也はまだ聞かせるべきではなかったと反省していた。

 

「恐らくそれも、あの時からあった『()』への恐怖がそうさせたのかも知れません。そして居場所を失った『八牛』は当主と親交が深かった新陰流を伝える、かつての柳生家の当主からとある申し出を受けました。

“我々『柳生』は学びたいと思う者を拒まない。もし貴方達が望むのならば我々は受け入れる”と。その裏には柳生家が第八研の研究テーマ……主に重力について興味があったそうですが、それを踏まえた上で『八牛』はその申し出を受け入れました。彼らには非人道的な実験に付き合わされた事による、研究所の魔法師への忌避も見られたそうです。それもあってその後の百家会議において、九島の立会の元『八牛』は名前を捨て、そのほとんどが『柳生』に性を変え、剣術家の道を歩みました。残りの方々は四葉に残った者もいれば、他の『八』に協力した者もいたそうです。ですが一旦、そこで『八牛』は解体されました。……大丈夫ですか?」

 

かなり長い時間話している事からの心配だったが、達也には無用の心配である。真夜の目線は深雪に向けられていた。

 

「問題、ありません。ご心配痛み入ります。ですが、それには及びません」

 

深雪はこの話を聞き届けねばならないと思っていた。深雪も馬鹿ではない。最初の言葉で、この話は逃げてはならないものだと分かっていた。

 

「では次に現代の話をしましょう。お気づきの通り、柳生茅は深夜の妹でもあります。貴方達の叔母ということですね。そして、その息子の芺さんは……」

「……私達の、()()()

「その通りよ、深雪さん」

 

再度突き付けられた真実に達也は表情を変えずにはいられなかった。今考えてみれば不自然な点はあった。深雪は妙に懐くし、自分も芺に対して謎のシンパシーがあったことは否定出来ない。彼の身内に対する過保護さも四葉の血を継いでいるなら合点がいく。

そしてあの魔法力。深雪には及ばずとも第一高校で三巨頭と呼ばれる生徒の内、その二名を凌駕している事は達也は知っていた。彼は総合的に見ればその限りではないが、適正のある魔法においては『七草』を超える程の干渉力をただの剣術家が有していることに何も疑問を持たなかったといえば嘘になる。そして問題は彼が自分たちの血縁であるということ。血縁上で言う血の濃さで言うなら深雪や達也は芺と変わらなかった。

 

「その事を、芺さんは知っておられるのですか」

「ええ、過去に四葉家の任務に協力してくれた回数も少なくありません。そういう約束でしたから」

「分かりました。お時間をお取りした事をお詫びします」

「あら、質問は終わりかしら。これくらいの事ならいつでも構わないのよ。それと、芺さんとも仲良くね」

 

司波兄妹は深く頭を下げて、一旦その場から退出した。

 

司波兄妹は考えずにはいられなかった。もし、芺の母親……血縁上は叔母にあたる茅が柳生家に嫁いでいなければ。そうなれば芺は四葉家の次期当主候補として深雪と鎬を削っていた可能性さえある。しかし達也の考える芺の強さとは、何も魔法に限った話ではない。芺の強さは高水準の処理速度がもたらす高速移動と、相手の防御を撃ち砕く干渉力。そして高速移動に着いて行けるように鍛え上げられた肉体や体術による強力な近接攻撃。これが芺が剣術家やマーシャル・マジック・アーツの選手として名を馳せる理由だ。

もし彼が四葉家として育っていれば、今の彼は無い。ただただ優秀な魔法師として育っていただろう。そしてそれでは深雪には勝てない。()()()()()()()の魔法師など深雪にとっては取るに足らない相手だからだ。しかし、柳生芺は違う。彼は魔法師ではなく剣士──魔法以外の経験を磨いたのだ。その点では達也と似通っているとも言える。

そして最も懸念すべき事項は、彼が精神干渉魔法を使用できた場合である。四葉の魔法師は大きく二つの種類に分かれる。一つは深夜の様に精神干渉に特化した魔法師。もう一つは精神干渉は使えずとも何らかの異能に特化する達也の様な魔法師だ。ちなみに深雪は例外的にこの二つの特性を併せ持っている。そして芺も考えうる可能性では確実に何らかの異能に特化していると考えられた。『八』の血も受け継いでいる彼は、『極光』や『電磁砲』を扱って見せた。そしてこれらの魔法は第八研究所の研究テーマと一致する。恐らくこれが『四』と混じり合い『魔法による重力、電磁力、弱い相互作用、強い相互作用の操作』への適性が異能への特化という形で表出していると思われる。特に芺は『慣性中和魔法』や『圧斬り』、『不可視の弾丸』等の重力に纏わる魔法を得意としている節もある。てっきり柳生家の適性だと思っていたが、恐らく『八』の血が影響しているのだろう。

話が脱線したが、芺が精神干渉魔法を使用出来るかは不明瞭だ。まず使った事を見たことが無い。可能性としてはそれさえ誤魔化されているというものだが、そんな事を考え出すとキリがない。どこかで機会を待つしか無かった。

だが一つだけ良かった点がある。

 

柳生芺の性格上、彼が基本的に味方である……という事だ。そんな打算的な事を考えていた達也は、深雪の一声で我に帰る。

 

「芺さんは……私達が四葉家の者である事を知っておられるのでしょうか」

 

達也はそれについて失念していた事に気づく。今までそんな素振りは見せなかったが、知っていないとも限らない。

 

「分からない。だが、一度話す必要があると思う」

「私も、そう思います」

「俺がアポを取ろう。何なら向こうから話し合いの場を設けてくるかもしれない」

 

“そうですね……”と、力の無い声で返答した深雪を、達也は気遣いながらその場を去っていく。

 

「──フフ、四葉からは逃れられないのよ」

 

その室内に響いた、誰に言ったかも分からない独り言を聞く者はいなかった。

 

───

 

後日、四葉が所有するホテルのVIPルームに司波兄妹は並んで座っていた。もちろん、今日の来客は柳生芺だ。扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

ドアをゆっくり開けて入ってきたのは、紛れもない柳生芺。だが、改めて意識して見ると、彼から漂う雰囲気は達也達と似通っていた。何なら今まで芺が意識して隠していた可能性もある。何にせよ、彼は紛れも無く『四葉』の人間としてここに来た。ここのVIPルームには四葉の者しか入る事が許されていないのだから。

 

「済まない、待たせたか」

「いえ、約束の時間にはまだありますから」

「お茶をお淹れします」

 

深雪がそう言って席を立つ。芺は遠慮しようとしたが、達也がそれを手で制した。深雪は何か行動を起こす事で緊張をほぐそうとしていたからだ。芺の目の前に、湯気を立たせる美味しそうな紅茶が用意される。芺は出来るだけ普段と変わらない様子で感謝を述べた。一瞬の沈黙が流れるが、自分の方が歳上だという自負からか、芺が口を開いた。

 

「ご当主様から君達の事は聞いている。まさか、こんな近くに自分の縁者がいたとは思わなかった」

 

“ご当主様”と言うのはもちろん四葉真夜の事だろう。芺も真夜から達也達のことを知らされたのかもしれない。

 

「やはり、芺さんは……」

「そうだ。俺の母の旧姓は四葉であり、当然、息子である俺もその血を引いている。俺にとってご当主様は叔母上にあたるから、二人とは血縁上は従兄弟という関係になると思う」

「……っ、はい」

 

深雪は絞り出すように反応する。やはりまだ実感が湧いていないのだろう。突然先輩が実は従兄弟でした、などと言われたら誰だって困惑するものだ。

 

「いつからご存知だったんですか」

「俺が四葉の血を引いていることを知ったのは、確か小学生かそこらの時だった。あの時は驚いたよ。()()四葉が俺に何の用だとな」

 

芺は自嘲気味に笑う。今考えればただ叔母が会いに来ただけなのだから。

 

「その時に大体の事を聞いた。実は親が四葉で、俺に剣道の才能が無いのはその血が混ざっているから。『四』の性質が強く出ているのだとな」

「芺さんは、そんなにお強いのに才能が無かったのですか?」

「ああ、ご存知の通り俺は言わば『四』と『八』のハイブリッドだ。そこに柳生の血は濃く表れなかった。魔法を扱う剣術はどうにかなるが、魔法のない純粋な剣道では凡才もいいとこだった」

 

しかし達也達が知る芺の剣道、剣術の強さは共にトップクラスだ。剣を持つ芺が膝を着いた姿は見たことが無い。それが血の滲むような努力と鍛錬の末の強さだと言うことを改めて理解した。

 

「芺さんには確か弟さんがいらしたと記憶しているのですが」

 

達也と深雪は一度だけ柳生家にお邪魔したことがある。その時に見た柳生紫苑という少年は芺の弟だったはずだった。親が四葉なら、弟もその血を引いていると考えるのが道理だ。

 

「……この事は口外しないでもらいたいのだが。()()()()()()()()()()()()()()()。紫苑は提供された卵子と父上の精子が、母上の胎内で育った子供だった。俺はこれ以上四葉の血が広がることを本家が嫌った結果だと聞いている」

 

深雪が目を見開いて驚きを露わにする。

 

「……それは」

「余り気にしないでくれ。俺は例え血が繋がっていなくとも、兄弟として育ってきた紫苑のことを唯一無二の弟だと思っている」

「当然です。血の繋がりなど、兄弟として育った間では些細な事だと思います」

 

深雪が芺に対してフォローを入れる。その言葉が深雪にとってどういう意味であるか分からない芺は、それに対して嬉しそうにも哀しそうにも見える表情をした。

 

「ありがとう、深雪さん。この事は紫苑は知らない。知らない方が幸せだからだ。この件はくれぐれも内密に頼む」

「もちろんです。辛い事を伺ってしまい申し訳ありませんでした」

 

深雪に合わせて達也も目を伏せる。正直に言って、達也はもう心の整理はついている。彼にとって大事なのは深雪だけであり、芺が深雪にとって益となるか害となるか、それだけが重要だと思っていた。そんな彼がこの場を整えたのは、偏に深雪の心のためである。

 

「つかぬ事をお伺いしますが、俺達の素性を知ったのはいつですか」

「つい最近だ。最初は何故ご当主様の口から司波達也の名が出るのか不思議に思ったが、その疑念は一瞬で砕かれた」

「そうでしたか。その点についてはくれぐれもご内密にお願いします」

「もちろんだ。俺も自分が四葉の血を引いているということを大っぴらに言うつもりは無い。だが、もしなにか力になれることがあれば言って欲しい。柳生芺は、君達に協力を惜しまない」

 

そう芺は力強く語る。その目に嘘は無かった。達也としては芺という使える()が増えた事に感謝をしていたが。横で複雑な表情をたたえる妹を見ると、心が傷んだ。

 

「ありがとうございます。俺も、何か出来る事があればお手伝いします」

「そうか。ならまたいつか魔法の開発を頼ませてもらおうか」

「自分がお力になれるかは分かりませんが、いつでも」

「謙遜か?トーラス・シルバー」

 

芺は悪戯っぽい笑みを浮かべる。達也は一本取られたという様子で分かりやすく肩を上げた。深雪もクスッと笑う。こうしているといつもの風景に近しいもの感じるが、どうしても目の前に突如として現れた血縁に、まだ順応する事が出来なかった。

 

「深雪さん」

「は、はいっ!」

 

それに気づいた芺が声を掛けるが、やたらに緊張した反応を返してしまう。

 

「も、申し訳ありません……」

「いや、突然学校の先輩が実は従兄弟でしたと言われて納得出来る方が珍しい。俺もすぐに納得した訳では無いし、それを深雪さんに強いる気もない」

 

芺は言外に“自分を血縁だと認めなくてもいい”と言っているのだが、それは過ぎた気遣いと言えるものだった。

 

「ただ、俺は二人と従兄弟として、後輩として、これからも仲良くして行ければと考えている」

 

芺はそれを言い終わると、すっと立ち上がった。

 

「再三言うが、気持ちの整理がつかないのは当たり前だ。そこは達也君が上手くフォローしてやってくれ」

「はい。当然です」

 

“ならよし”と芺は柔らかく笑う。その表情は今までに二人が見たことの無いものだった。“そんな顔が出来たのか”と思わず失礼にも思ってしまうほどだ。その驚きを察したのか、芺が申し訳なさそうに謝る。

 

「すまない。今までは隠す事が多くてな。それを隠す必要のない相手と出会って気が抜けてしまった」

 

深雪はその説明に納得した。確かに人間誰にでも秘密はある。しかし芺は自分が数字付き(ナンバーズ)の血を、四葉の血を引いていることを、ずっと隠して生きてきた。十師族の環境で育った訳ではない彼は自分の出自を周りどころか、同じ釜の飯を食べた者達にさえ、ずっと偽り続けていたのだ。それは仲間を強く想う芺にとってどれだけ辛いものであるか、同じく四葉である事を隠している深雪はそれをよく理解出来た。

 

「じゃ、また学校で」

「はい。今日はありがとうございました!」

「また、学校で」

 

深雪が立ち上がって勢いよく頭を下げたのを見て、彼女に見えないように微笑みあった芺と達也は、短い言葉を交わして今日の所は解散となった。

 

───

 

深雪は四葉の人間の中に好意的な印象を持つ者が余りいない。深雪に好印象持つ者は数あれど、その逆は珍しかった。

だが、芺は違った。最初から、どこか兄と似た雰囲気を醸し出していた芺は深雪にとって頼りになる先輩方の一人だった。達也の実力を最初から認めていた人物でもあるし、何より誰に対しても色眼鏡をかけずに接する態度は好印象だった。

 

そんな先輩が四葉の人間だと知った時は文字通り信じられなかった。だが、今は違う。こう思い返してみて、芺と言う人物の占める重要度を再確認した。芺さんと話している時の兄の顔は、どこか雰囲気が異なっていた。頼られている時は嬉しそうだった。体術勝負をした時も楽しそうだった。

 

芺さんは……兄の、私たちの力になってくれていた。そう認識した深雪は、兄の方を向き直る。深雪の中で意思が決定した瞬間だった。

 


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