魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第四十二話

──そうだ。あんなことがあっても芺さんは私達にいつも通り接してくれた。芺さんはかけがえのない従兄弟の一人であり、お世話になっている先輩なんだ──それに気付いた深雪は、敬愛する兄に向かって力強い調子で意志を伝えた。

 

「お兄様、すぐに私がお取次ぎします」

「……ああ、頼む」

 

深雪の急ぎように、少し面食らった達也は一瞬反応を遅らせながらもそれを了承する。始業時間にはまだまだ余裕があった。深雪の案は彼女が言わなければ達也が提案していたところだからだ。

柳生家の諜報能力は一級品だった。柳生家の門を叩いた者達は千葉家と同じく各公的機関に配属される事が多いと聞く。それが彼らが──主にエリカが警察の職権を濫用している理由なのだが、今回は恐らく千葉家も芺の捜索に動き出すと考えていた。

昨日の夜から既に数時間が経っている。いつ本家が芺の失踪に気が付いたかは不明だが、真夜の口ぶりからして彼女本人は芺を可愛がっているようだった。気付いていない可能性ももちろんあるが、既に動き出している可能性も十分にある。

 

深雪のコールに応じて、真夜の顔が画面に表示されるまでの間、そう考えていた達也は自分の考えの甘さを思い知ることになるとはまだ気付いていなかった。

 

「こんにちは、深雪さん。お久しぶり……という程ではないわね。こんな朝早くから何かご用かしら?」

「突然のご連絡、申し訳ございません。今回、失礼を承知で早朝にご連絡差し上げた理由ですが……既にご存知かもしれませんが、私達の従兄弟である芺さんが昨日から行方不明になっているそうです。何か情報は掴んではいらっしゃらないか、お尋ねしたいと考えておりました」

 

深雪は、極東の魔王と恐れられる真夜に臆せず問う。その様子に満足したのか、短くない時間を置いて真夜は喋り出した。

 

「そうね……私も驚いたわ。火夜ちゃんが血相を変えて連絡してきたんだもの」

 

やはり知っていたか──達也は納得と同時に、それなら既に動き出していると分かり柄にもなく安心していた。後はどれ程の進展があるかどうかだが……

 

「でも、もう心配しないで。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

司波兄妹は揃って驚愕の表情に顔を染める。もうそこまで事態が進展しているとは到底考えていなかった達也は、同時に一つの疑問を浮かべる。

 

(それならば何故、エリカ達はまだ芺さんを探している?叔母上は柳生家達に()()()()()()()のか……?)

 

エリカの朝の連絡から芺の事を探しているのであろう。もちろん柳生家もだ。しかし朝の様子から見るに手がかりさえ見つかっていないようだった。達也がその疑問に到達した頃に、柳生・千葉家捜索隊は、更に降りかかった大きな問題に頭を抱えていた。

 

──

 

柳生家の使用人である竜胆。次期当主の世話役の様な立場の彼は、現当主 鉄仙の前に居た堪れない様子で正座していた。

 

「芺に続いて、茅もか」

「はい……ずっと目を光らせておいたのですが……申し訳ありません」

 

柳生家では、芺に続いて現当主の妻である茅……旧姓四葉火夜が姿を消していた。しかし吸血鬼事件に巻き込まれた訳では無い。置き手紙を残していた。

 

──ごめんなさい。身勝手な私を許してとは言いません。でも、皆が芺君を一生懸命に探しているのに私だけ何もしないなんて、私には耐えられないの。アテはある。絶対に見つけだしてくるから、私の事は心配しないで。最後に皆を騙して出て行ってごめんなさい。鉄仙さん、私は大丈夫だからね。

 

といった内容で、達筆ながら急いだ様子が見て取れる手紙が彼女の部屋に残されていた。茅は以前から体調を崩し、芺の失踪でそれがピークに達していた。それにもかかわらず、自ら調査に出ようとしていたため数人で監視を行っていたのだ。しかし気が付けば茅は忽然と姿を消しており、残っていたのは手紙だけ……という始末だった。

 

「……仕方ない事だ。茅はその気になればこれくらいはやってのける力がある」

「はい……」

「揺れるな、竜胆。自らのすべきことを思い出せ。何時いかなる時も冷静であれ」

「……はっ!直ぐに捜査を再開します!」

 

鉄仙は茅が精神干渉魔法を使用して、監視の目を逃れて行ったと直観的に理解していた。それを止めることは精神干渉系の術者でなければ、それもかなりの手練でないと難しい事だ。鉄仙でさえ不可能である事を自分自身理解しているため、監視の任に着いていた者達を非難する気にはなれなかった。

代わりに、焦りが見え隠れする竜胆に喝を入れておいた。鉄仙自身もこの状況で焦っていない訳でもない。しかしそれを理性で抑えつけ、常に柔軟な発想が出来るようになっておかねば新陰流の剣士とは言えないのだ。

 

鉄仙も本来ならば自らの足で我が息子と妻を探しに行きたい。しかし自分にはここでやる事がある。協力を申し入れた千葉家や、申し出てくれた吉田家等の統括を行わなければいけないのだ。鉄仙達、芺捜索隊は忙しなく働いていた。事態は既に収束に向かっているのも知らずに。

 

───

 

何故、捜索隊に芺の発見と保護を伝えていないのか。その疑問を尋ねる前に、真夜が遮るように口を開く。

 

「もちろん火夜ちゃんには伝えたわよ?今も多分芺さんの事をずっと看病してくれているはずだわ」

 

真夜が火夜と呼ぶ人物──芺の母親である彼女は、どうやら既に四葉の本家にいるらしい。しかしそれなら尚更柳生家に伝えていない理由が不明だった。何か悍ましい予感を覚えた達也は、発言の許しを乞う。

 

「叔母上、発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか」

「構わないわよ。何かしら?」

「何故、柳生家に芺さんの保護を伝えていないのでしょうか」

 

真夜の柔らかな余裕ある笑みが、一瞬張り付いた様な笑顔に変わるのを達也は見逃さなかった。しかし真夜は悪びれる様子も無かった。

 

「芺さんはただの医療機関じゃどうしようもない傷を負っているわ。それならちゃんと治してあげてからお返しした方が良いじゃない?」

 

「そんな……!」と反論しようとした深雪を達也は抑える。明らかな詭弁、虚偽しかないその言葉に、指摘するようか反応をしてしまえば真夜は機嫌を損ねるだろう。そうなればこの通信は閉じられ、芺さんの情報は入って来なくなる。達也は真夜の真意を必死に探っていた。全ては心配そうな顔を浮かべる妹の為に。

 

「それならば自分が『再成』を使用すれば解決するかと思われます」

 

達也は芺が重度の肉体の損傷を受けているのかと考え、可能な限り真夜の機嫌を損ねないような提案をする。彼の『再成』は死んでさえいなければほとんどの怪我を文字通り無かったことに出来る。相応のリスク(激痛)は伴うが。

 

「それは無理よ。『再成』でも治せない傷があるのは知っているでしょう?芺さんが負った傷はそういう類のものよ」

 

──そう来たか。真夜の言うことは正しかった。今はそれが嘘か誠か確かめる術はないために、達也の手札が一つ切られる。達也は頭をフル回転させ、解決の糸口を探した。しかし

 

「叔母様、芺さんの容態だけでもお教え願えませんでしょうか!」

 

達也が止めるより早く、深雪が真夜に問い掛ける。その問は満足に芺の情報を得られない事を察した深雪が、少しでも安心出来る材料を探してのものだった。

 

「心配ありませんよ、外傷は問題ないわ。まだ回復には遠いし、痕は残るかもだけど……日常に支障は出ないはずよ」

 

その言葉を聞いて二人は一先ず安心した。だが、外傷はとわざわざ言ったのなら、他に……精神や脳にダメージを負っている可能性が浮上してくる。そこで

 

「姉様!芺君が苦しそうなの!早くどうにかしてあげて!」

 

ヴィジホン越しに悲痛な叫びとも取れる声が聞こえる。その声の主は、二人が出会ったこともある茅のものであることはすぐに分かった。

 

「あらあら、それは大変ねぇ。少し待ってなさい」

 

真夜はそう言って葉山の制止を振り切って自らに縋る茅をなだめる。

 

「そういう事だから、今日はこの辺でね。また何かあればいつでも連絡してちょうだい」

 

真夜はそう言って返答を待たずに通信を切断した。朝早くから無理言って通信していたために、これ以上わがままを通す訳にもいかなかった。司波兄妹の間に不穏な空気が流れる。

 

「……外傷による痛みは寝ている芺さんを苦しませる程なのでしょうか……」

 

これが書き言葉であれば語尾に“いや、ない”と反語がついたであろう。今の時代、外傷のみで外から見て分かるほど苦しむとは思えなかった。

 

「もしかすると、脳や精神に傷を負っているのかもしれない。それが昨日の夜に起きた事件によるものなのか、経年の蓄積に起因するのかは不明だが、もし昨日の事件に関係するものなら……手掛かりになるかもしれない」

 

達也は誤魔化さずに自分の予測を述べる。その言葉に、深雪は不安と期待が折り混ざったかのような表情を見せた。その妹の不安を解消すべく、達也はまず動く事に決めた。

 

「まずは学校だ。そしてレオの見舞いの時にエリカ達にも聞いてみよう。エリカの事だからいつも通り職権濫用しているはずだ」

 

中々に不名誉な認知をされているエリカだが、その予測は当たっていた。今回に限っては警察としてではなく千葉家として動いているのだが。

 

──

 

いつもの一年生一行は吸血鬼に襲われたというレオの見舞いに来ていた。そこには彼の姉と思わしき女性も同席していた。

 

「みっともないとこ見せちまったな」

「酷い目に遭ったな、レオ」

「吸血鬼に襲われて病院に運び込まれたと聞いてびっくりしました」

「少し席を外します。お水変えて来ますね」

 

皆が口々にレオに心配の声をかける中、レオの姉は同級生達だけの時間を邪魔しまいと気を使って退出した。

 

「優しそうなお姉さんですね」

「……レオ、見たところ怪我もないようだが」

「そう簡単にやられてたまるかよ。俺達だって無抵抗だったわけじゃないぜ」

 

レオはフッっと笑いながら“俺達”と言う。俺達とはもちろんレオと芺の事だ。

 

「レオ、芺先輩は……」

「ああ……行方不明になっちまってるみてえだな……すまねえ、今考えてみれば俺が不甲斐ないばっかりに」

「いーや、アンタは悪くないわよ。心配しなくてもあの人はアンタよりずっと強いんだから。気にしなくていいわ」

「ははっ……そうだな」

 

幹比古の問いかけにレオは申し訳なさそうに顔を伏せる。それをエリカがいつも通り突っかかりながらも慰めていた。

達也と深雪は“芺さんは既に保護されているから心配するな”とは言えなかった。それを言うのは彼らが今まで隠してきた全てを無に帰す事に繋がる上、芺にも多大な迷惑がかかる。

達也は話題を変えるために詳しい状況を聞くことにした。

 

「レオ、外傷は無さそうだが……何処をやられたんだ?」

 

その問いにレオはうーんと首を捻った。

 

「それがよく分からねえんだよな。殴り合ってる最中に急に身体の力が抜けちまってさ」

「力が抜けた?毒を喰らった訳でもないんだよな」

「ああ。体中傷一つ無かったし血液検査もシロだったぜ」

 

“確かに妙だな……”と達也は思案する。外傷も残さずに対象の力を抜く方法などぱっと思い付かなかった。

達也は次の質問に移った。

 

「それで?そのあとはどうなった?」

「意識も朦朧としてたからな……最後に見たのは芺さんの背中だったぜ……ありゃ()だ」

「あの人らしいわね。で、こいつが倒れてるところをうちのバカ兄貴が見つけたわけ」

 

そしてレオは顎に手を置いてふと思い出したかのように語り出した。

 

「しかしあの『吸血鬼』?奇妙なカッコだったな」

「顔を見たのかい!?」

「どっちも帽子を目深に被った上に片方は白一色の覆面で、片方は金髪がチラついてたな。後は殴りあったロングコートの下はハードタイプのボディアーマーで体つきも分からなかったぜ。ただ……女だった気がするんだよな」

 

レオのそのふとした発言は大きく話題をさらって行った。

 

「女性の腕力でレオと対等に……!?」

「有り得ない事じゃないでしょ。それにレオ、()()()()って言った?」

「まさかレオ、吸血鬼は一体だけじゃなかったのか」

「ああ、少なくとも俺が見たのは二人だ」

 

レオの言葉に皆が言葉を失う。一高でも屈指の実力者であるレオと芺を戦闘不能に追い込むような者達が一人だけではないという事実に、彼らは表情を曇らせずにはいられなかった

 

「やはり……ただの人間じゃなかったって可能性がある」

「幹比古。詳しく聞かせてくれ」

 

達也は幹比古に続きを促す。吸血鬼が人間ではない可能性……それは達也が芺の敗北から予測したものでもあった。芺は軽度とは言え美月と同じ『霊視放射光過敏症』を患っている。魔法が飛び交う九校戦では特別な配慮を幹比古が施す必要が出るほどだ。その病に罹っている状態でもし人間以外の存在……それこそ精霊のような存在を直視すれば芺さんとて無事では済まない。その隙に……というのが達也の立てた仮説だった。達也とて芺の白兵戦における実力の高さは理解している。レオと同等に殴り合う()()の者に得物を持った芺が正面切って敗北するとは少し考えられなかった。

 

「古式術者の直感だけじゃ証拠にならなくて……皆に言えないでいるうちにレオと芺先輩が……」

 

幹比古は悔しげに拳を握り締める。

 

「幹比古。何か心当たりがあるのか」

「レオと芺先輩が遭遇したのは恐らく……『パラサイト』だ。正式名称はPARANORMAL・PARASITE。古式魔法師達が定義した名称の一つ。『悪霊』や『デーモン』」など様々な言い方があるけど、人に寄生して人間以外の存在に作り替える魔性のことをこう呼ぶんだよ」

「それが吸血鬼の正体か……」

 

そんな得体の知れない存在が現実に脅威となっていることにほのかは恐怖を覚えていた。しかし、達也に慰められた事で一瞬で頬を赤く染めた。

それを尻目に幹比古はレオの『幽体』を調べれば、パラサイトがレオと芺を襲ったのか確かめることが出来ると言う。レオが快諾したところで、いざ調べてみると……

 

「君って本当に人間かい?」

「おいおい随分とご挨拶だな!?」

「いやだってさ!これだけ精気を吸われていたら……」

 

その後レオの肉体の性能を称賛し、パラサイトは何故奪う必要のない血も精気ごと奪っているのか疑問が残ったところで今日は解散となった。

病室に残ったエリカは、腕を力なく振るわせるレオに声を掛けた。

 

「まあ、あたしは本当のことを知ってるからね。もう強がる必要はないんじゃない?アンタはよく頑張ったわよ」

「……素直に……褒められたと……取っとくぜ」

「褒めたのよ」

 

エリカは珍しく素直にレオを労っていた。

 

──

 

事務室に戻ったエリカは寿和と会話を再開していた。そこでエリカは再度決意を固めていた。

 

「パラサイトねぇ……興味深い話だったな」

「相手が誰であろうとやることは変わらないわ。あたしの最初の弟子と……芺さんをやられて黙っていられる理由はない。喧嘩を吹っ掛けてきたのは向こう側。あたしたちは二度とそんな気が起きないようにコテンパンにしてやるだけよ」

 

そう啖呵を切るエリカに対して“色気のない理由だな”とでもからかってやろうとした寿和だが、エリカの目を見た彼はその口をそっと閉じて“そうだな”と呟くのみだった。

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